チンと、ベルみたいな音がする。空間に響き渡る複数の声がして、身体が竦む。誰だろう。誰かがここにやって来たみたいだけれど、みんな知らない女性の声……。
「あっ、クロームちゃん!」
こんなところを見られてショックなのに、誰かの明るくて活気な声が駆け寄ってくる。嫌だ、来ないでよ……。
顔を見られないように、妖精さんの影に隠れて様子を窺っていると、近づいてきた人と何やら話している。私の分からない言語――恐らくはニホンゴ……。
「ハルちゃん……」
「お久しぶりですー! 奇遇ですね! お仕事から帰ってきたんですか?」
「うん…… ボスから伝達があって、さっきイタリアから」
「そうなんですか~。ハルたちはショッピング中に偶然ビアンキさんと出会って、久しぶりに女子会を開こうとお誘いされたんです。よかったらクロームちゃんもどうですか?」
「うん、考えておく……」
妖精さんの声に対して、相手の女性の声はすごくハキハキとしてて、少し騒音なくらい。この声の人は一体どんな人なんだろうと、少し気になった。うるさい意味の方で。
顔も知れない女性の人が、一方的に騒いでいる。そこに今度は別の女性の声が聞こえてくる。落ち着いていてとても澄んだ声だ。
「ハルちゃん! クロームちゃん!」
「あっ、京子ちゃん!」
なんか連続でちゃんちゃんと言っている彼女たちは、こんなところで女子トークか、すごく盛り上がっている様子。ああ、うるさいっ……。
「クロームちゃん、どうしてそんなところに座っているの?」
「えっと……」
「はひ? そこにいるのは誰ですか?」
……ついに見つかってしまった。空気には成り損ねたみたい。結構自信あったのにな。
存在に気づかれた私は、逡巡した後、視線に耐え切れずおずおずと顔を上げた。途端に好奇の目を捉えてしまった。知らない女の人たちがじっとこちらを覗き込んでいた。思いの外至近距離に吃驚して肩が跳ねる。
と、私と目が合った彼女たちは、途端に柔らかな微笑みを湛えて、嬉々とした声を上げる。
「わぁ、可愛い女の子! 外国の子かな? でもすごく着物が似合ってるっ!」
「プリティーガールですぅー! ハル、思わずハグしたくなっちゃいます~!」
「……?」
彼女たちが何かを言っても、私には何を言ってるのか分からない。意味が分からないので、反応もしようがない。だからじっとその顔を見つめていると、しばらく沈黙が続く。
「……日本語、分からないのかな?」
「そういえば、この子はクロームちゃんの連子さんですか?」
「ううん、たぶん…… 迷子の子」
妖精さんが何かを言って、女性の二人の反応がなんか変。いきなり驚いた顔をしている。
「はひっ!? 迷子ですか!? こんな地下にですか!?」
肩までのショートカットの黒髪ジャポネーゼがわたわたとしだして、隣にいる清楚な雰囲気のジャポネーゼにまあまあと落ち着かされている。コントしているのだろうか、彼女たちは。
「迷子なら、きっとここにいる人の誰かの子供だよね」
「うん」
「一体誰ですか!? こんな美人なお子さんを持つ人は……!? 獄寺さん!? 山本さん!? ま、ままままさかハルが知らない間にツナさんが他の女の方と……!?」
「は、ハルちゃん、落ち着いてっ」
目をぐるぐる回している女の人、なんか怖いんだけど……。ジャポネーゼって、本当にワケ分かんないよ……。
「落ち着きなさい。ハル、そんなに大声をあげないの。相手が怯えるわ」
「はひっ、すみませんっ。ビアンキさん」
彼女につられて私の頭までも混乱しているところに、大人っぽい女性の声。もうどんだけ多彩なの。と、その声の持ち主が二人の女性の間を通って姿を現した。女性の大人ボイスに見合った、とても綺麗な人だ。ジャポネーゼではなさそう。
大きな袋を持っているその女性は、私を見てにこやかに、大人の余裕の微笑みを向けた。
「ごめんなさい。この子たちが騒いじゃって。私はビアンキ。あなたは?」
イタリア語で話しかけられた。やっぱり、彼女はイタリアーナ……。
名前を訊かれた。どうしよう……。
私はまた、愚かなことをして、惨めな思いはしたくない。
ふと、妖精さんと目が合う。私が無意識に、彼女に何かを求めてしまっていたのかもしれない。
最初目が合った時は困ったようにしていた彼女も、すぐに私を真っ直ぐな目で見つめ返してくれた。
――大丈夫。
頷いて、そんなことを言ってくれたのかもしれない。
妖精さん――ありがとう……。
「…………私は、アカネ」
再びその名前を口にすると、自然と口元が緩んだ。
この名前は、やっぱり私の中では大切な…… ディーノがくれた命みたいなものだから。捨てることはできない。空っぽの私に、彼が授けてくれたものだから。
妖精さんが隣で微笑んでいるようだった。
「アカネ、ね。素敵な名だわ」
「ハル今の聞き取れましたよ! この子はアカネちゃんですね! 名前もベリーキュートですっ!」
名前を褒められて、自然と笑みが零れてしまう。
そう…… 私にとっては唯一の宝物。
「ありがとう」
ビアンキさんと妖精さんには伝わるように、お礼を口にした。私なりの誠意を込めてみた。
通訳によって他の二人にも私の気持ちは伝わり、なんだかんだで女同士打ち解け合えるものがあった。
――と、そこに彼の声がする。
「―――クフフ、ここにいたのですか」
一瞬心臓が止まりそうなくらい、ドキンとした。
「――! 骸様……」
儚い彼女の声が、霧と共に現れた彼のことをそう呼んだ。
妖艶な笑みを湛える口元からは、あの不思議で面白い含み笑いが零れている。
「お楽しみのところ失礼しますよ」
「あっ、確かパイナップルの人です!」
「……何か、三浦ハル」
キッと睨まれて、ショートの彼女は何やら咄嗟に口を噤んでいる。
「何か用なの、六道骸」
今度はビアンキさんが彼に何か話しかけている。どうしてバチバチと睨み合っているんだろう。因縁関係なのだろうか。
「毒サソリ…… 生憎貴女のお相手をする時間はありません。僕はちょっと、そこの少女に用があるのです」
そう儚げに告げた彼と、不意に目が合う。
目が合うと彼は、緩ませた唇からあの言葉を紡ぐ。
「彼女は、過日世界中を轟かせたかのイタリア怪奇事件――チェレーネの怪奇の重要参考人なのです」
イタリア――…… チェレーネ――……。
その単語で、大体の察しはついた。
そして私は、得体のしれない悪寒に背筋が震えた。
案の定、二人からは分かりやすい反応がある。ビアンキさんと、確かクロームさんという妖精さんだ。表情が見る間に険しくなっていく。なんだか、悪いことをしているみたいで居た堪れない。
「チェレーネ……? 何ですか、それ?」
「灰…… って意味」
「それってたぶん国際ニュースで見たことあるよ」
よく分かっていない二人の方は、ニホンゴで質問しているみたい。
恐らくあの妖精さんは、私を引き取りに来たんだろう。ツナの命令かな。
「――て、えぇ!? みんな
「あっ、ツッ君!」
「ツナさぁんっ!」
――と思ってたら、そのご本人が登場。何やらモテモテである。
どうやってこの場所にいると突き止めたんだろう。そんな疑問を持ちながら、みんなから話を聞き回っているツナの姿を見て、覚悟を拳に固めた。
「――ツナ」
全員の話を聞いて何やら疲れきっている彼に強い眼差しを向ける。不思議そうにこちらを見据える
「これから、よろしくお願いします」
「アカネちゃん……」
「ねぇ、ツナ。私にできることなら、頑張るよ。これは、いろんなことへの償いだと思う。ディーノには、本当にたくさんの勇気をもらった。もう、目は逸らさないから」
もう逃げないから、ちゃんと過去の自分にも向き合っていくから――
またいつか、私に太陽の笑顔を頂戴。ディーノ。
もとは前回と一気に書こうと思ってたのですが、見切りいいかなと分割投稿しました。
前回書き忘れたことでもダラダラ書いてきます。←
アカネはクロームと所々似通っているところがあると思って書いてます。
口調も控えめで、「……」が多いキャラクターで、孤独感がある。
境遇が少し似ているから、絶対この二人仲良くさせたい!と躍起になりました。
クロームは書いてて本当に可愛いキャラだなぁと思いました。麦チョコw
アカネももっとキャラを出していきたいです。
なんか趣味がズレてるところとか。
それにしても、骸が予定外に活躍している気がする。
この際骸ルートを少し考えてみようかな。
……ギャグになるかも知れないw