灰色の世界に囚われた少女   作:ひばりの

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どうしても草壁さんを不憫に書いてしまうw


第11話

 草の人が付いて、風紀財団の地下アジト内を巡る。私の手にはヒバードという名の黄色い小鳥。『校歌』っていう歌が歌えるんだって。すごい。インコみたい。

 

「みーどりたなびくー」

 

「変な歌だね」

「あ、アカネ嬢…… それはぜひ恭さんの前では、たとえ口が裂けても呟かないでください」

「?」

 

 後ろの彼に、そんなことを忠告された。なぜか顔が真っ青。風邪かな? さっき池に飛び込んだから…… 私は大丈夫だから、休憩した方がいいんじゃ……?

 

 そう思って、廊下を歩き回るのはやめて、その場に腰を下ろして庭の鑑賞に移る。ジャッポーネって感じの趣きのある庭園に、気持ちがほっこりする。カンッ、て竹の音が面白い。

 

「…………あなたも座れば?」

 

 私なりの気遣いで、頑張って声をかけてみた。

 

「いえ、私は大丈夫です」

「風邪なんでしょ。無理しない方がいいよ」

「は?」

「え?」

 

 キョトンとされたので、キョトンとする。二人でキョトンとしてしまった。肩のヒバードが小さく鳴いてる。

 

 ……しばらくして、草の人の方が咳き込んだ。

 

「い、いえ…… 風邪は引いておりません。お気遣い、ありがたく受け取っておきます」

「えっ、咳き込んでる……」

「いや、こちらは違います……」

 

 どうやら噛み合わない会話が続く。面倒くさいから、先に折れたのは私だけど。辛くなったら勝手に休むでしょう。強情な人に、私は別に粘り強くない。

 

「(……確か跳ね馬の証言では極度の人見知りだと聞いたが、そんなこともないように見える。彼の働きで、彼女の心が次第に開いているのか? いや、この少女は……)」

 

 難しい顔をしだした草の人が、ずっとこっちを見ているので視線がくすぐったい。私の髪に何かついているのか……? ポンポン触ってみるけど、あんまりよく分からない。

 

 私の挙動に草の人が気づいて、すみませんと謝ってきた。変な人だ。ジャッポーネも、ジャポネーゼも、みんなおかしい。でも、面白い。

 

 その後、いろいろな経過があって、草の人との談笑が意外に弾む。彼が話すのは、ほぼあの感じ悪い人の話ばかりだけど。確か名前は…… 忘れた。やっぱりジャッポーネって変わってる。

 

「恭さんは孤高に立つ人でしてね。誰かと群れたがるのを極端に嫌うのです。昨晩の笹川氏の披露宴でも……」

「そうそう、それ」

「はい?」

「いえ、何でも…… それで?」

「へい。恭さんは同窓生の誼みとして披露宴にも珍しく参列したのですが、笹川氏がサプライズだと言って、恭さんに祝辞を言わせようと奮闘しましてですね。恭さんを無理矢理マイクステージに立たせて、恭さんも内心でだいぶ腸を煮え繰り返らせておりました。私も終始ハラハラしましたよ。結局、祝辞の文面も用意してませんから、溜め息を吐くだけで恭さんは舞台から下りましたけど…… 笹川氏にはもう少し自重してほしいところがあります。例えば……」

 

 …………あれ? いつの間にか、草の人の愚痴に付き合ってない? 私……?

 

 草の人の愚痴が止まらないところに、救世主が現れた。……いや、死神降臨、とでも言った方が当てはまる。

 

「……哲」

「――!? きょ、恭さ……――ガハァッ!」

「…………」

 

 冷めた目で、さっきの人が部下を見下ろしている。その部下である草の人は、死にかけの蝉みたいに身体がプルプル痙攣している。だ、大丈夫……?

 

 金属棒を仕舞った彼が、不意に私の方へ視線を向ける。いつの間にか服装がスーツになってるし。

 

「……君、付いてきて」

「……え?」

 

 少し警戒しながら、そう返事を返す。と、相手は何も返さないでスタスタと踵を返していく。……付いて来いって、こと?

 

 肩のヒバードが羽ばたいて、男の人の方に留まる。…………。

 

「きょ、恭さん…… 私も……」

「君は付いて来るな。群れるのは嫌いだ」

 

 大の大人の身体も竦みそうな殺意を込めた視線を投げて、彼は再び歩みを進めていく。後方からは弱々しい声で「へい……」と返ってきた。可哀想すぎる……。

 

 男の人の後に付いて、廊下を進んでいく。けど、ひとつ気になることがあった。

 

「……ディーノは?」

 

 思い切って尋ねてみるけど、無言しか返ってこない。……トイレかな。広いから迷子になってないといいんだけど。

 

 鉄製の扉の前までやって来て、彼が何やらポチポチやっていると、スゥーッと扉が開いた。和式の廊下が、開いた向こう側から最新式のような風貌に一変する。

 

 首を傾げつつ、男の人がそのまま進んでいくので追いかけると、そこに誰かが通りかかった。

 

「ん……? ヒバリか」

 

 女の人が通りかかった。ジャポネーゼではないのに、ニホンゴを話してる。だから何言ってるのかは分からない。様子見しておく。

 

「珍しいな。お前がここにいるとは」

「そのまま返すよ。君こそ何か用なの」

「オレはリボーンに文句があってきただけだ。お前は沢田にか?」

「そんなところだよ。送り迎えのついでに咬み殺してこようか」

 

 青髪の女の人が、首を傾げている。一体彼女に何を言ったんだろう? その女の人が、ふとこちらに気づいたようで、さらに目を丸めている。

 

「なんだ、その餓鬼は」

「沢田綱吉関係のダダ事らしい。君も耳にも入っているだろう。イタリアで起こった怪奇事件」

「!?」

 

 女の人の目付きが変わった。さっきとは違った剣幕で、私を睨んでくる。ディーノもいないし、この男の人に隠れるのは勇気がないので、身を縮ませるしかない。

 

「まさか、こいつがか……?」

 

 しばらくこちらを凝視して、女の人が零した。

 

「キャバッローネの情報網は、取引するには値するものだからね」

「跳ね馬!? ディーノが何か嗅ぎ回っているのか!?」

「ディーノ……?」

 

 キャバッローネと、彼の名前が上がって、思わず反応していた。なぜか、急に不安になったんだ。

 

 案の定、驚いた顔で女の人がこちらを窺う。この人も、ディーノの知り合いなんだろうか?

 

「彼は沢田綱吉に頼まれて、一端を担いでいたらしいよ」

「沢田か。あんな面倒事を請け負うとは、10年経っても変わらないな。あの馬鹿は」

「同感だよ」

 

 何かに頷いた男の人を見て、女の人が不意にまたこちらへ視線を投げてくる。さっきのような剣幕はなかった。淡白な表情で、イタリア語を話してくる。

 

「オレはラル・ミルチだ。何かあれば、沢田よりオレを頼ってこい。あの馬鹿面をぶっ飛ばすことはしてやる」

「は、はぁ……」

 

 凄いことを当たり前のように言ってのけた彼女は、その後スタスタと先に行ってしまった。

 

 彼女の姿が見えなくなると、男の人もさっさと廊下の奥を進んでいく。私もそれに付いて行くことしかできない。

 

 さっき、女の人と何を話していたんだろう……。ディーノのこと……。

 

 彼の背中が怖くて、聞けず終いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 着いたのは、豪勢な大扉の前。

 

 男の人は、ノックもなしに扉を開ける。入る前に視線を寄越して、「入れ」と暗に言ってきた。

 

 渋々入った大部屋の中には、彼が驚いた顔で迎えていた。

 

「ヒバリさん! ……と、アカネちゃん!?」

 

 すると、男の人がツナに近づいて、いきなり彼をぶっ飛ばした。えぇー!?

 

 ぶっ飛ばされたツナは、すごく痛そうに頬を押さえて、ヒバリさんに文句みたいなことを言っている。

 

「何するんですかいきなりぃ!? オレが何したって言うんですかー!?」

「……少しスッキリしたよ」

「ただのストレス発散ーッ!?」

 

 爽快に微笑んだ彼を見て、ツナがすごく声を張り上げている。なんだか、可哀想。

 

 手の物騒な物を仕舞った彼は、そうしてニホンゴ口調のままツナに何かを伝えた。

 

「僕も忙しいんだ。今日はこれで済ますよ。それで、跳ね馬の代わりに連れて来たよ。彼女」

「あっ、ディーノさんの代わりに…… ありがとうございます。ヒバリさん。それで、ディーノさんは……」

「………………」

 

 男の人が、急に私を振り返ってきた。その目は、感情の隠っていない、涼しい眼差しをしていた。

 

「後は彼に世話してもらいなよ。じゃあね」

「えっ、待って……!」

 

 咄嗟に彼の背中に投げかける。扉の前で、その人は止まってくれた。

 

「ディーノは……」

「いないよ」

 

 ここには、と呟いて、横目で彼は私に真実を突きつけた。

 

「彼は、イタリアに帰ったよ。君を置き去りにしてね。

 君は、彼に見捨てられたんだよ」

 

 何の感情にも囚われない無情な顔で彼は告げて、扉を閉めて行った。

 

 その瞬間、色が世界から消えていくような感覚を覚えた。

 

 




*補足

ラルさんが主人公に声をかけたのは、言動から察せる通り彼女も事件のことについて少し疑問に思っています。
嗅ぎ回っているまではいかずとも、情報を拾うのは裏の社会に長くいる彼女のモットーだと思いますから、当事者で鍵となる彼女と接してみたのです。
何かあれば頼れ=情報捜査と捉えてもらえばいいです。
ラルさん思考の補足でした。彼女に今後出番があるかは謎です。←

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