灰色の世界に囚われた少女   作:ひばりの

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第10話

 目が覚めると、視界が一気に朝日の光に包まれる。あまりに眩しくて、目を擦って視覚を覚ます。すると、知らない天井の模様が見えた。波打つようなベージュ模様。よく見渡せば、室内も身に覚えのない。不意にカーテンの開いた窓へ目をやると、知らない外界の景色が映った。キャバッローネ邸は大きな森林に囲まれた場所にあるから、どの部屋からも青々とした樹々が見える。けど、私の目に映るのは、沢山のビルが立つ都市部の光景…… ということは、少なくともキャバッローネ邸には戻ってきていないみたい。

 

 自分が寝ていたベッドを見下ろすと、隣でエンツィオがまだ寝ていた。甲羅から出てきていないから、よく分からないけど。寝ていたら悪いし、顔を出してくるまでそっとしておこう。

 

 とりあえず、うーんと伸びをしていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。

 

「オレだけど、アカネもう起きてるか?」

 

 ディーノの声。ベッドから下りて、ドアに近づいて中から開けてあげると、いつも通り少し寝癖が残った髪のディーノがにこやかに笑っていた。

 

「なんだ、まだパジャマかよ」

「おはようが、そこは先じゃないの。さっき起きたばかりだもん」

 

 彼の第一声へのツッコミに、ディーノは改めておはようと挨拶してくれた。……頭は撫でなくてもいいだろう。

 

「どうだ、こっち来てからの体調は?」

 

 と、いつものように訊かれたので、別に問題ないと無難に答えた。でも、ディーノが今言った言葉が少し引っかかった。

 

 こっちに来てから…… ああ。そういえば、昨日からディーノの知り合いのパーティーで、ジャッポーネに来ているんだった。寝ぼけてて、ちょっと忘れていた。

 

 ディーノにそのことを確認したら、彼からはなぜか苦笑された。

 

「ああ。あれからアカネ寝落ちして、オレが予約しておいたこのホテルまで運んできたんだ。あっ、お前のことは女性のホテルマンに任せたからな。昨日はよく眠れたか?」

 

 昨日のパーティーで、夜に免疫のない私はどうやら途中で寝落ちしてしまったらしい。そんな私に気を遣って、ディーノはせっかくのパーティーを抜けて早いうちにホテルに戻ってきたとのこと。また彼には、余計な面倒をかけてしまった。

 

 こうしてまた私に気を遣っているけど、他人のためにこんなに笑顔になれる彼の気が心底知れない。

 

「ん? なんか浮かねえ顔してんな。なんだ、添い寝してほしかったか?」

「!? バッ…… そんなワケないッ……!」

「ハハッ、声から動揺しまくりじゃねえか。もっと素直になっとけよ。甘えられんのは子供の特権だぜ」

 

 わしゃわしゃと頭を掻き回してくるディーノに睨みを利かせて、フンッとそっぽを向く。別に拗ねてはいないが、ディーノがあまりに私を子供扱いするのが気に食わない。

 

 そんな彼の方は、頭を放してくれたものの、懲りずにクックと喉の奥を鳴らし続けている。……うざい。どうして朝からこんなに上機嫌なの。

 

 …………まさか。

 

「ディーノ」

「なんだ?」

「……ようやく、相手が見つかったんだ。昨日のパーティーで……」

「……いや、別に見つかってねえけど、なんでそんな子の晴れ姿を見守る保護者みてぇにしてんだよ。アカネ……。言っとくが立場逆だからな?」

 

 なよなよしく私に話しかけるディーノはやっぱり変わらないディーノだと、内緒で肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 今日もどこかへ出かけるらしく、ホテルを後にしてディーノと車に乗り込む。タクシーじゃなくて、なんか車内が部屋みたいに大きくて黒い車だった。

 

「へいっ、お客さん、どちらまで」

「遊んでんじゃねーよ、ロマーリオ」

「へへっ、さっさとバレちまったようだぜ。ボス」

「えっ、ロマーリオ…?」

 

 運転席を覗き込むと、無精髭のロマーリオが運転していた。「よっ、アカネ嬢」と彼に気前よく挨拶されたのでそれに応える。ロマーリオまでこっちに来ていたとは…… 何かあるのか。この車は、一体どこかへ向かうというのか。何やらただならぬ予感がする。この衣装然り、妙な緊迫感然り、恐らくこの後に何かあるんだろう……。

 

「ディーノ」

 

 ぼんやり窓の外を眺めていた彼を呼んで、率直に尋ねてみる。

 

「どこに向かうの?」

「ん? んー、まぁ、知り合いんとこだ」

 

 言葉を濁す辺りが、なんか怪しい。私の彼に対する疑心暗鬼は深まるばかりだった。

 

「……何、この服」

「これは古来よりジャッポーネで着られるジャッポーネの民族衣装だ。着物(キモノ)って言うんだぞ」

「へぇー……」

 

 ピンクの花柄。出かける前、ホテル員を呼んでまで着させてもらった。なんか窮屈だし、歩きにくいし、靴は木でできててガラガラ鳴るしうるさいし歩きにくい。これが昔のジャッポーネの衣装……? 変わってる。

 

 でもディーノは私の姿を見て、相変わらずのご丁寧な保護者面で笑っている。

 

「似合ってるぞ。アカネ」

「うん。ディーノは、似合わないね」

「うっせ。知ってるわ」

 

 あっさり似合わないと認めた。自覚があるのは素晴らしいことだよ。私がそう言ったから、ディーノは拗ねちゃってまた窓の方にそっぽを向けた。ついでにロマーリオとエンツィオにまでからかわれている。

 

 こんなのを着て、これから一体どこに向かうのかと、内心緊張と期待の入り混じった気持ちで構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 着いた先は、地下アジトだった。

 

 組織の名前は『風紀財団』というらしい。またジャッポーネマフィアらしい漢字並べで。

 

 そこに変な髪型の、草を口に咥えた律儀な男性が加わって、私とディーノは地下アジト内を進んでいく。ちなみに、ロマーリオはお留守番らしい。

 

「恭さんとの面会は長らくしていませんでしたね。跳ね馬ディーノ。ところで、失礼ながらそちらのお嬢さんは……?」

 

 草の人がディーノを通して伺ってきた。ちなみに本名は草壁らしい。もう草でいいと思う。

 

「こいつは、ちょっとした事情でうちのファミリーで預かってる奴だ」

「ほぉ。そうですか。オレはてっきり隠し子か何かだと思って、式に恭さんをお呼びしないとは何たる不始末だと、キャバッローネを疑いましたよ」

「お前の恭弥へ注ぐ忠誠心が10年分倍増したことはよく分かった」

「仰せの通り」

 

 こちらもニホンゴで話されているから意味はさっぱり。草の人、一応イタリア語は話せるようで、一応どころかペラペラだった。ドン引き…… じゃなくてびっくり。さっき軽く挨拶されて、人がいいのは分かった。だけど、草咥えてる人がハイスペックとか意味分からないよ。

 

 花が咲き誇る襖の部屋の前に着いた。先に草の人が、中を伺う。

 

「恭さん、跳ね馬をお連れしました」

 

 …………。中から返事はない。誰かいるの……?

 

 と、襖が吹っ飛んだ。草の人が巻き込まれて、地下なのに庭の池に飛び込んでいった。

 

 …………え?

 

「跳ね馬? 呼んでないけど」

 

 中から声がした。見ると、襖があったところに、着物の人が佇んでいた。ジャポネーゼ。その佇まいと容姿から一目瞭然。まるで日本人形のように、凛々しく花のある人だ。鋭い吊り上がった瞳が、漆黒の色に染まってディーノを射抜く。

 

「……また来たの。咬み殺されに」

 

 何を言ってるか分からないけど、その人の手には最初からか、鋭い光を反射する金属棒が固く握られていた。

 

 慄く。人形のような容姿からは不似合いな殺意の隠った気配が、ディーノの隣にいる私にまで届いて、全身を突き刺す。思わず彼の背に隠れる。

 

 その時、見られた。確かに漆黒の瞳と目が合った。

 

「相変わらずだな。恭弥。せっかく家庭教師がどうしてるか見に来てやったってのに、えらい挨拶だな」

「……うるさい。彼が招いても、僕の許可は下りてないよ。不法侵入者は咬み殺す」

「まーまー、落ち着け落ち着け。お前の好きな日本酒の土産もちゃんと持ってきてやったんだから、これで手を打とうぜ」

「…………フン」

 

 怒っていた彼が、急に武器をおろした。ディーノの説得が成功したみたいだね。恐らくはさっき厳選してきた日本酒ってところだろう。

 

 生命の危機が去ったところで、男の人の視線が再び私へと向けられる。

 

「…………で、そこにいる小動物。跳ね馬の隠し子かい」

「お前の部下にも言われたわ、それ……」

「…………」

 

 ずっと無愛想な顔が、眉間を寄せてムスッとした。ムスって…… 子供みたい。

 

 ディーノがその男の人に私のことを説明しているみたい。時々彼にじっと見られるもの。その視線がなんだか居た堪れなくて、小動物のようにディーノの背中に隠れる。

 

 あの人の目…… なんだか観察するようで、それに不思議な眼差しで射竦めるから、苦手だ。

 

「アカネっていうんだ。よろしくしてやってくれ」

「よろしくじゃないよ。群れてるね。咬み殺す」

「酒割るぞ?」

「…………」

 

 再び武器を構えた男の人の動きが止まる。ディーノは余裕を見せてしたり顔をしている。……何やってるの、この大人たち。

 

 なんだかんだで、広い室内に入室を許可された。イタリアでは見ることのない日本家屋独特の雰囲気。素敵だ。なるほど、この服装を選んだ意味が解る。

 

 ディーノの隣に座らされて、二人の大人たちの話を聞く。……って言っても、ニホンゴ、分からない。

 

 つまらないとボヤいていると、どこからか鳥が羽ばたいてきた。一羽の黄色い小鳥が、あろうことかジャポネーゼの男の人の黒髪の頭の上にポスンと乗った。鳥の巣……!?

 

 私がある意味衝撃を受けていると、ディーノが何を勘違いしたのか、名案を閃いたとでもいう風に男の人に話しかける。

 

「なぁ、恭弥。お前の小鳥、アカネに貸してやってくれよ。ここでじっとさせてるのもつまらねえだろうから」

「嫌だ」

「酒投げるぞ?」

「…………」

 

 ピチチ、と黄色い小鳥が羽ばたいてきた。私の頭の上にも乗る。私の頭は鳥の巣じゃないよー。

 

 慣らし方に手間取っていると、初めて黒髪の男の人が話しかけてきた。

 

「気が散るから、君は外に出てって。哲を付き添わせるよ」

 

 イタリア語で、普通に淡々と言ってきた。「Si」としか、碌に返せなかった。しゃ、喋れたんだ……。ていうか、感じ悪っ。

 

 さっきの草の人がいつの間にか万全になって控えていたので驚く。やっぱりハイスペックだ。そして話の邪魔になるからと、私は部屋から追い出されました。

 

 




10年後雲雀さん来たワーイッ♪

主人公の雲雀さんに対する印象は一般的です。普通は感じ悪って思いますよね。でも雲雀さんはそこがいいんですよw(作者の個人意見です)

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