無能少女マジだるなのは   作:ポイテーロ

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きたねぇ花火なの

 

 

 

――私立聖祥大付属小学校

 

 

 刻限は既に0時を過ぎ、異様な静寂と月星の光が微塵も差さない深い暗闇と瘴気を纏った灰色の霧が校舎一帯を包み込む。

 

「こりゃ奇っ怪な事になっとるの」

 

 力強く砂利を踏み締めたのは一人の女。肩口から引き違ったかのように袖の消失した巫女服に身を包む、深海を思わせる青い瞳を持った亜麻色の髪の乙女(?)、高町桃花。

 

「うぅ…怖い……」

 

「無理して来なくてもよかったんだぞ美由希」

 

「だってぇ~…」

 

「恭也、美由希。あまり気を抜くなよ」

 

 目の前にして緊張感の無い会話を続ける二人を窘める年若い見た目の男、しかしその柔和な風体からは想像も付かない、殺気にも似た鋭い剣気を全身に纏っていた。

 

 ――永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術――

 

 数百年と日ノ本の表裏の歴史に続く闇の殺人剣の流れを組む実戦型剣闘術。その現師範にして海鳴一と名高き喫茶翠屋のマスター、高町士郎。その子にして弟子の恭也、美由希の二人。

 

「ふむ、久々の実戦だ…腕が鳴るな」

 

「親父、程々にな…」

 

 更に後に続くは2mを軽く超える巨体に鋼の如き重厚な筋肉と清廉な僧衣を纏った坊主と、黒い短髪を逆立てた怜悧な雰囲気の少年。

 海鳴の片隅にほのぼのと佇む煉獄寺、その和尚、日向安次とその息子、日向小太郎の二人である。

 

「全くぞろぞろと煩わしいのぅ…儂と小太郎だけで良かったというのに」 

 

「はは、なのは達の通う学校ですからね。そんな訳には行きませんよ桃花さん」

 

「然り、海鳴の平和を守るのが我々自治会の努めなれば。それに、独り占めは狡いですな桃花殿」

 

 拗ねたような高町桃花の言に、黒鞘と上腕二頭筋を軋ませながらニヤリと口角を上げるマスターと坊主。この二人、変態である。

 

「チッ、相変わらずの脳筋共め」

 

「師匠が言わないでくださいよ…」

 

 この状況においても豪胆な大人たちに、小太郎はため息を吐いた。

 

「小太郎、核は視えるかえ?」

 

「これだけ強まれば。屋上に強い力が視えます、事件に残された残滓と同じ」

 

「ふむ、やはり一連の事象に通じておるか」

 

 海鳴一帯に巻き起こる怪奇現象、霊気でも体気でも無い不可思議な力の残滓。

 だかしかし、この正体不明の力の波動に小太郎には少しばかり覚えがあった。

 それはいつも小太郎の身近にいる彼女が内に秘める力にも似ていて――

 

「なのはは」

 

 思案に耽る小太郎に降り掛かった名前に、思わずはっと顔を上げる。

 

 高町桃花は瘴気渦巻く校舎を見据えながら小太郎以外に聴こえないよう、そっと呟いた。

 

「なのははこの件には関係しておらんよ」

 

「なぜ」

 

「現場を見てあの子の匂いに少し似てるとは思ったが…ありゃ別モノだ。はっ、そもそもアレがそんな大それた事をするタマかよ」

 

「…違いない」

 

 気怠そうに欠伸をしながらベンチでぽりぽりと尻を掻いて寝そべる彼女の姿が頭に浮かび、小太郎は思わず苦笑した。

 どうやら要らぬ杞憂であったようだ。

 自分よりもよほど高町なのはを良く知るこの人が言うならば確実だと、小太郎は目の前の厄介事に集中する事にした。

 

「桃花さん、どうするんです? 校舎は完全に閉まってますけど」

 

 どうにか侵入できないかと、傍から見れば完全に不審者のような動きで校舎を見て回っていた士郎が戻ってきて桃花に問う。

 

「…斬ればいいんじゃないか?」

 

「ダメだよ恭ちゃん!」

 

 多数の寄付により金が掛かっているだけあって校舎は堅く閉ざされており、さらには8階建ての高い頂上にある屋上まで昇るには校舎の中に入る他はない。

 

「ふむ、では拙僧が行って殴ってみようか」

 

「人払いの結界は張ってある、思う存分やるがいい」

 

 コキコキッと骨を鳴らしゆっくりと身体を解す鋼の坊主、日向安次。

 ムンっと全身の筋肉に気を漲らせると、ドンッと響く音と共に彼の足下の地面が円状を描いて陥没、瞬く間に衝撃波を残して掻き消えた。

 

「カアーーーーーーッハハハハハハッッッ!!!」

 

 安次は校舎の下まで一瞬で駆けると、そのまま壁に足をめり込ませ雄叫びをあげながら垂直に走り出す。

 彼は吸血鬼でない、ただのイカれた坊主である。

 

「阿呆だの」

 

「はは、相変わらず凄いね安次さんは」

 

「見事な脚力だ」

 

「人間なの?」

 

 完全に人間の限界を超えた動きで校舎の壁を走る父親に、小太郎はなんぞこれと頭を抱えた。

 

「ムッ!?」 

 

 七階付近を駆け抜け屋上までもう少しというところで、途端、校舎の瘴気が爆発するかのように強まる。

 ガラッと一勢に窓が開き、室内に置かれた椅子や机が次々と安次へと向けて射出される。

 

「ぬおおおおおッ!」

 

 勢いよく走る安次は障害物を避ける事が叶わず、咄嗟に腕を交差させて顔面を守る。

 闇に響く鈍い衝突音と共に、安次は宙へと弾き飛ばされた。

 

「親父ッ!」

 

「応ッッッ!」

 

 弾き飛ばされた勢いそのままに空中からぐるりと姿勢を立て直し、地面へと鮮やかな五点着地で転がった安次に小太郎達が駆け寄る。

 

「親父、怪我はないか」

 

「ああ、大丈夫だ。ちょっと吃驚したがな」

 

 答える安次には怪我一つない。

 数十キロはある物体に衝突して七階から勢いよく落ちたら普通ちょっとどころでは済まないはずなのだが、なにしろ全員が普通じゃないのでツッコむ人間はここにはいなかった。

 

「どうやら奴さんは近付けさせてはくれんようだのぅ」

 

 校舎の窓やドアが開き、机や椅子、下駄箱から自販機といった校舎内に置かれたあらゆる物が空中に浮き上がり、意思を宿したように整然と動いて八本の巨大な腕を形作る。 

 

『オォォォォォォォォ』

 

 建造物の内から吐かれる地獄から響くような怨念の咆哮。校舎そのものが一つの生物として彼等の前にズシンと鳴動し立ちはだかった。

 

「師匠…」

 

「ああ、引き寄せられていた悪感情や怨霊を取り込みよった…面倒な」

 

 自らの敵を定めたのだろう。瘴気が再び膨れ上がると、八本の腕がそれぞれに唸りをあげて小太郎達に襲い掛かる。

 

「散れっ!」

 

 迫りくる巨大な剛腕に、六人は一斉に飛び散ると校舎に向かって走り出した。

 

 

 士郎たち御神の剣士三人の視界がモノクロに切り替わる。眼前に猛スピードで迫りくる巨大な腕は、緩やかに速度を落とし、加速した知覚速度に喰らいつこうとする全身はギチギチと悲鳴をあげる。

 

 ―御神流奥義之歩法・神速―

 

 体が壊れぬように無意識に脳が掛けている鍵を外し、通常限界を超えた力を脳と視神経に注ぎ込む。

 要らぬ機能を閉じるために視界は色を消し、知覚領域の拡大により周囲の速度が遅く見える。

 尋常を超えた神速の領域へと進入する、究極の歩法体術である。

 しかして身体に負担が掛かるために領域に踏み込めるのは数秒ばかりであり、そう連続で使えないのは難点か。

 三人は神速による高速移動により、触れぬギリギリで腕を躱し、撫でるように刃先を斬れ込ませる。

 

「なにっ!?」

 

「くっ…」

 

「えぇっ!?」

 

 キンっと刃金が甲高く響き火花が散った。

 鋼鉄すら容易く刻む御神の斬撃が、壁に阻まれるようにあっさりと弾かれる。

 しかし動揺も一瞬、三人は冷静に追撃を捌くと再び駆け出して体制を立て直す。

 

「父さん」

 

「ああ、視えない膜が張り巡らされているみたいだ」

 

「どうするの?斬れないんじゃ近付くのは難しいよ」

 

 振り回される四本の腕を『心』と呼ばれる察気術によって上下左右に避けながら、三人は冷静に気を練って観察する。

 御神の本質はその不動の精神、如何なる状況下においても揺らぐ事はない明鏡の止水にある。

 

「徹…いや、雷徹で叩くぞ」

 

「外が駄目なら内から、か」

 

「あれ苦手なんだよなぁ……」

 

 瞬く間、三人は一息に散開し、再び神速による領域移動で一本の腕へと並走する。

 

『雷徹』

 

 内部への衝撃を連続で叩き込む御神流の奥義、雷徹。

 

「疾――――ッ」

 

 三人は一糸乱れぬ精密な動きで上左右の三角方向から徹しの斬撃を叩き込み、一瞬で離脱する。

 すると内側から一勢に衝撃を受けた巨腕はボゴンッと鈍い音を響かせながら折れ曲がり、緩やかに地へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

「破ァーーーーッ!」

 

 叩き潰さんと大地を叩く巨腕を安次と小太郎の二人はするりと避けると、安次は節くれ立った鋼鉄の拳を骨が軋むほど握り込み、横っ腹からこれでもかと殴り付ける。

 

「オン・バサラ・チ・シュタ…破ッ!」

 

 その後ろから跳躍した小太郎が手元の札に吐息を吹き込むと、札はサッカーボールほどの球状の形をした青白い霊力の塊へと姿を変える。

 そのまま体を反転させ、縦へ回転する勢いに乗せてオーバヘッドで霊弾を蹴り込んだ。

 

「ッ…効かないか」

 

 しかしズガンとぶち当たって小さく爆発した霊弾に少しばかり仰け反るも、巨腕に大したダメージは見られない。

 

 

「退けっ! 安次! 小太郎!」

 

 

――燐光・火龍――

 

 

 空中から落下する桃花の手元から、黄金に輝く炎の渦が放射される。

 炎は勢いそのままに四本の巨腕をグルグルと包み込み、轟音を響かせ爆発した。

 

「やったか!?」

 

「それは駄目だ、親父」

 

 フラグを懸念する小太郎を他所に炎の中から姿を現した巨腕は、中身が残らぬ程に煤塵と消えていた。

 

「はは、どうじゃ小太郎! 儂の術はよく燃えるじゃろうが!」

 

「燃やしてどうするんですか…学校の物を」

 

 なにしろ私立学校の机や椅子といった様々な高価な備品である。あの腕一本で軽く数百万は超えるだろうと思うと小太郎は頭痛が痛くなった。

 

「しょうが無いじゃろ、儂って燃やしてぶっ飛ばすのが一番得意なんじゃから」

 

「気にするな小太郎! バレなきゃいいんだ、バレなきゃな!」 

 

「……」

 

 

 小太郎少年の受難は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日向・高町連合による聖小討伐大作戦は万事上手く行っているかのように見えたが、実はそんな事もなかった。 

 あれから切って燃やす度に巨腕は何度も再生、それを再び切って燃やすを繰り返し、戦いが始まって既に一時間は経とうとしていた。

 

「キリがないのぅ…いっその事、校舎ごと消し飛ばすかえ?」

 

「ふーむ、それもアリですな」

 

「やめてください」

 

 何処から出したのか未だ暴れ続ける校舎を前にのんびりと茶を啜る、神も仏も真っ青な巫女と坊主。

 この人たちならば本当にやりかねないと、小太郎は珍しく必死な形相で止めに入った。

 ただでさえボロボロになってしまった己が通う学舎をこれ以上破壊されるのは心が痛む。

 

「桃花さーん! 帰っていいですかー!」

 

「まあ、良い鍛錬になるな」

 

「もう嫌ぁ〜」

 

 もう三十分程か、三人の御神の剣士はぐねぐねと迫る八本の巨腕をひょいひょいとアトラクションのように避け続けている。

 単に桃花たちが休憩する為の囮として扱き使われているのだが。

 なにしろ士郎は婿養子であり、桃花には昔から色々と世話になっている事もあって頭が上がらない。

 恭也と美由希に至っては完全なとばっちりであった。

 

「じゃがそれくらいしか手が無いだろうに、どうにか近付いてもあの奇っ怪な力の壁で弾かれるしの」

 

「ふぅむ、物理攻撃は分が悪いですしな、現状アレにダメージを通せるのは桃花殿の霊気術のみ。アレが街へと広がる前に叩かねばならん」

 

「しかし」

 

「待て――」

 

 言いしれぬ胸騒ぎを感じていた小太郎が桃花たちに反論しようとした途端、桃花が何かを感じ取ったように雰囲気を切り替え、スッと目を閉じて小太郎を静止させた。

 

「師匠?」

 

「――外から結界を破られた」

 

「ほぅ…」

 

「馬鹿な…師匠の結界を破るなんて」

 

 高町桃花はこの日ノ本でも、いや世界においてもトップクラスの霊術師である。

 特に結界術において彼女の右に出る者はいない。

 それ程の結界が破られたのだ、高町桃花の出鱈目な強さを身を持って良く知る弟子の小太郎が驚くのも無理はない。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか。いずれにしろ面白くなりそうじゃ」

 

「あれは…」

 

 光一つ無い闇が広がる聖祥の上空、小太郎の常人より視える両眼がその異物をハッキリと映し出す。

 

 闇夜に流れ輝く金糸の髪に、強さを秘めたワインレッドの瞳、肌に張り付くような露出の高い黒衣の上からは、内側が赤く染まった漆黒のマントを羽織っている。

 そしてその手に握られているのは、刃が放射状に噴出された黄金の鎌。

 非現実に顕れた非現実。暗闇を照らす月のように空を舞う黒衣の少女は、完成された絵画の様に幻想的な光景を生み出していた。

 

 

「死神…?」

 

「ばっかもん、どう見ても魔法少女じゃろうが」

 

「ふむ、なにやら飛んでおるな」

 

 突如として現れた黒衣の魔法少女、その名をフェイト・テスタロッサ。 

 フェイトは此方を見上げる小太郎達を一瞥し、次に目標のジュエルシードへと視線を定める。

 彼等からは魔力の反応は感じない、恐らく一般人。

 なぜ彼らが暴走したジュエルシードと戦闘を行っているのかは知らない。自らの侵入を拒んだ結界のようなものに彼らは関係があるのだろうか。しかし今の自分には関係の無いこと。

 有象無象に割くような時間は無い。

 冷静にそう断じると、フェイトは眼前の暴走体への対処へと思考を切り替えた。

 

「…いくよ、バルディッシュ」

 

『yes sir』

 

 フェイトの言葉に彼女の相棒であるインテリジェントデバイス、バルディッシュが、平坦な男の音声で返答する。

 同時に飛行魔法の術式とベクトルを制御し、彼女の靴から生えた黄金のフライアーフィンを一層と輝かせる。

 

「――――!」

 

 瞬間――少女は空を飛ぶ。

 金色に輝く一迅の風のように、うごめく八本の腕をすり抜け屋上に輝くジュエルシードまで一直線に飛躍した。

 

『Haken Slash』

 

「ハァアアアっ!」

 

 空気を震わせる甲高い衝突音。

 不可視の壁と黄金の刃が、光を散らしてせめぎ合う。

 

「師匠、あの力は」

 

「ああ、どうやらあの子のようじゃな」

 

 現場に残された焼け付いた破壊の残滓、さらには目撃情報との完全な一致。一連の事件にこの少女が関わっていることは間違いないと小太郎達は確信した。

 

「くっ…」

 

 彼女が最も得意とする展開魔力刃、ハーケンスラッシュの斬撃が通らない。

 フェイトはジュエルシードが作り出す魔力壁の予想以上の頑強さに焦っていた。

 純粋な魔力だけじゃない、観測できないナニカの力がジュエルシードの魔力を増強させている。

 

『燐光・飛燕ッ!』

 

「っ!?」

 

 霊気を帯びた緑の風刃が、音を上げせめぎ合う刃と壁の間へと飛び込んだ。

 すると尽くに抵抗していた強固な壁にピキリ、と僅かな亀裂が入る。

 しかしそれは一瞬、瞬く間に壁の力が強まると亀裂が再生され、増大した力によって金の刃はフェイトごと空中へ弾き飛ばされた。

 

「ふむ、やはりそうか。目には目をってやつじゃな」

 

 空中で姿勢を立て直したフェイトが囁くような声にはっと振り向くと、長い栗毛を風に靡かせる妙齢の女、高町桃花が腕を組んで佇んでいた。

 足下には紙で作られた大きな鶴が意思を宿し、桃花を乗せて羽ばたいている。

 

「っ……!」

 

 宙へと浮かぶ不可思議な女。

 魔力は感じない、しかし魔導師としての彼女の勘が、只者では無いと表皮に鳥肌を立てて警告する。油断無く警戒を強め、フェイトはバルディッシュを構える。

 

「まあ待て、そう警戒するな」

 

「…あなたは誰」

 

 警戒そのままに刃を向けて問い掛ける。

 

「よくぞ聞いてくれた! 霊能少女本気狩るモモちゃんこと高町桃花とは儂のことじゃ! よろぴく☆」

 

「……」

 

「よろぴく☆」

 

 よろぴく☆と唐突に両手をあげてアヘ顔ダブルピースを披露する高町桃花に、フェイトはより一層警戒を強めた。

 

「おかしいのぅ、今若者に流行りの挨拶だとなのはが言っていたのだが」

 

 勿論そんな訳もなく、高町なのはの細やかな嫌がらせであった。

 

「あなたは管理局の魔導師…? だけど魔力は感じない…一体何者……?」

 

「管理局?マドゥ氏? なんの事やら知らぬが、儂らはその管理局のマドゥ氏ではないぞ。強いて言うなら海鳴を守る会終身名誉会長の高町さんじゃ」

 

 海鳴を守る会。数十年前に高町桃花とその知人によって結成された海鳴の自治会であり、其処には全国から様々な達人が集うという…ちなみに現会長は日向安次である。

 

「守る会…あなたは現地住民ということ?」

 

「現地? ん、まあそんな感じじゃの」

 

 ジュエルシードが取り込み、現地住民が操る魔法ではない未知のエネルギー。

 管理外世界には魔法世界ミッドチルダとは全く異なった系統の魔法や、正確に観測できない超常的な力があると習ったことがある。

 第97管理外世界『地球』

 このような力があると事前に聞いていなかったが、全くありえない話ではないとフェイトは納得する事にした。

 

「あなたの目的は…何?」

 

「いやなに、アレをどうにか止めたいだけじゃよ。そういうおまえさんはどうなんじゃ?」

 

「…私はジュエルシード……あの暴走体の原因になっている物を回収したいだけ」

 

「ほう、ジュエルシード、ね」

 

 ジュエルシード、暴走体、これは思わぬ情報が聞けたと桃花は内心ほくそ笑む。

 しかし今は目の前の厄介事をどうにかするのが先決、それを成すにはこの少女の協力が必要不可欠であり、下手に踏み込めば敵に回る可能性もある。

 

「おまえさんと儂らの目的、この暴走を止めるという点では一致しているようじゃな」

 

 あなた達がジュエルシードを狙っていないのならば、とフェイトは頷いた。

 

「そんなもん好きに持っていけばよい。ま、それはともかく、儂に良い案があるんじゃが乗ってみんかえ?」

 

 高町桃花は胡散臭くニヤリと笑った。

 

 

 

『雷徹』

 

 神速からの連撃、恭也と美由希が迫りくる腕を幾度も打ち払う。

 その後方より飛び出したのは高町士郎と日向親子、校舎間近まで一気に迫ると、反転した安次が膝を着いて地面に置いた両手を開き、小太郎と士郎、両名の足場を作る。

 

「親父! 右斜め15度! 高さは35mだ!」

 

「合点承知ッ!」

 

 小太郎の瞳が、眼前に張られた障壁の表面、魔力の混ざりが最も薄い部分を正確に捉え、安次へと伝達する。

 

「ぬうううおおおおおッッッ!!」

 

 巨木の幹のような安次の剛腕が、手の平に足を乗せた士郎と小太郎の二人を、まるで投石器のように勢いよく跳ね上げた。

 

「じゃ、頼むよ小太郎君」

 

――オン・ビダルジャ・ソワカ――

 

「纏え」

 

 小太郎が札より解放した霊力が、士郎の差し出した小太刀を包み込む。

 

「頼みます」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 士郎は薄っすらと白銀の光を纏った刃を鞘に収め、小太郎を足場に更に高く跳躍、脳の箍を外し神速の領域へと侵入すると、視界全てが白と黒の二色に染まる。

 

――御神流・虎切――

 

 鞘から刃を奔らせ高速の斬撃を放つ抜刀術、虎切。

 本来は一本の刀で繰り出す虎切を、士郎は神速からの二刀抜刀で抜き放つ。

 抜き放つ勢いそのままに上半身のバネのみを利用し、二刀刺突の形へと流れるように繋ぐ。

 

――御神流 裏 奥技之参・射抜――

 

 身体中の古傷が悲鳴をあげ、内からは筋繊維が次々と捻じ切れる音が聞こえてくる。

 歯茎から血が流れるまでギリギリと歯を食いしばり、己の全力を注いで唯、小太郎が落ちる間際に貼り付けた札へと向かって、白銀に輝く二刀を突き穿った。

 

「ッ――――!」

 

 風を突き裂く音速の一刀が突き刺さる。

 

 刀に纏った霊力が弾け、大砲を撃ち込んだような衝撃音がビリビリと響いて空気を震わせた。

 

「く――――ッ!」

 

 更にその反動を利用し、一刀より尚速い二刀目を柄頭へと突き込む。

 突撃を超えた爆撃、杭を打ち込んだかのように重なった二刀は障壁へと深く突き刺さり、其処を起点とした亀裂が蜘蛛の巣の如く走り広がる。

 

 二刀虎切から射抜への複合技

 

それ即ち――我流奥義・虎砲――――

 

 

「済まないな…ありがとう八景」

 

 

 虎砲を放った反動で地へと落ちながら、士郎は己と長年を共に歩んだ漆黒二対の愛刀へ別れを告げた。

 

 

「上出来だ婿殿」

 

 

 亀裂が走る障壁を見下ろし、空中高くに浮かぶ二人。

 高町桃花、そしてフェイト・テスタロッサ。

 己が最大の一撃を引き出すための詠唱を続ける二人の周囲には、黄金の魔力と白銀の霊力が密度を高めて視覚化され、闇夜を照らし出す。

 元々別の要因で校舎へと引き寄せられていた怨念や悪霊にジュエルシードが反応し暴走、さらにそれを取り込み魔力、霊邪気の強固な混合エネルギーを作り出した。

 であるならば話は単純、魔力と霊力を同時に放ち相殺すればいい。

 

 

――灼雷以って化生を結び、灼炎以って火焔に還す――

 

 

 ――疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ――

 

 

 

 フェイトの周囲には38基もの黄金に輝くフォトンスフィアが展開され、桃花の頭上には巨大な白銀の満月が形作られる。

 

 

――フォトンランサー ファランクスシフト――

 

     ――燐光・月光――

 

 

消し飛ばせ!(Fire!)

 

 

 毎秒7発、計1064発の電撃魔力槍フォトンランサーの連続斉射をこれでもかと浴びせ掛ける。 

 

 周囲一帯に爆炎と砂塵が立ち昇り、視界を塞ぐ。

 

 その中で尚、天に光り輝く白銀の満月。

 

 

「くハハハ!! はじけてまざれぇええ!!」

 

 

 校舎を覆う程まで膨らんだ圧縮霊気の擬似満月・月光は、未だ雷槍の一勢斉射が続く学舎目掛け、ズドン、と垂直落下した。

 

 

 

「やり過ぎ…完全なオーバーキルだ……師匠」

 

 

 

 

 

――――私立聖祥大付属小学校

 

 

 

 

 純粋無垢な子供たちの夢と希望に溢れたその学校は、たった一晩で草木も生えない絶望の更地と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、全身を撫で付けられるような不気味な感覚にハッと目が覚めた私は、体中から噴き出した汗によって失われた水分を補給するため水源を目指して闇の中を手探りで歩く。

 汗でパジャマがベタついて気持ち悪い、後で着替えねばならないか。断じて言うがおもらしはしていない。

 しかし目覚める前に何か夢を見ていた気がするのだが、もやもやと霧がかかったように思い出せない。

 魔法飛び交うファンタジックな夢だったような気がするし、そうでない気もする。

 何にせよこういう感覚は腹立たしい。定期的に消失するリモコンや、食道に張り付く味噌汁のわかめのような微妙絶妙な腹立たしさだ。

 

「ん…これは……」

 

 一階のリビングダイニングキッチン、略してLDKからは蛍光灯の光が漏れ、鼻腔をくすぐる甘い珈琲の匂いが漂ってきた。

 私の記憶が定かならば、まだ時間は深夜の二時過ぎだった筈だ。早寝早起き健康第一がモットーである高町家の面々が起きているのも珍しい。

 いや、オババがいたか。あれは平気で朝まで酒を飲んでいたりする。

 そういえば、オババこと私の曾祖母高町桃花は暫くの間この街に滞在するらしい。

 回遊魚のように動き出したら留まることを知らないあの人にも、珍しい事があるものだ。

 そっと覗いてみると、なんと台所にスラリと佇む女神の後ろ姿が。

 なにやら握っているようだ。握り飯だろうか。

 はて、この時間に何故米を握るのか。桃子さんなりのストレス発散法であるのか。私は思わず首を傾げる。

 

「桃子さん」

 

 私がそっと声を掛けると桃子さんは肩をびくっと震わせ振り向いた。

 深夜にキッチンで振り向く桃子さんというのも新鮮で美しい。

 深夜のキッチンに立つ人妻というこの仄かなエロティシズム、お分かりいただけるであろうか?

 

「な、なのは? どうしたの? こんな時間に」

 

「いえ、ちょっと目が覚めまして。しかし桃子さんも何故こんな時間に握り飯など? 深夜に炭水化物など摂取しては太りますぞ」

 

 いや、ふくよかな桃子さんというのもまた良いのかもしれない。

 

「えーっと…ちょっとお夜食をね? 士郎さんたちが皆出掛けちゃったから」

 

「出掛けた? そういえばオババも居ませんな。はたまた何処へ?」

 

 あの柳のようにあらゆるものを受け流すオヤジ殿でさえ、暴風嵐のようなオババには頭が上がらない。

 たまに飲み屋へと連れ回さたりしているが、朝早くから仕事のある親父殿や未成年者の兄姉をこの時間まで引っ張り回すほど非常識でも無いはずだ。

 

「うーん、パトロールみたいなものかな? ほら、最近物騒でしょ? だからお腹が空くだろうと思って」

 

「なるほど…しかしオヤジ殿たちはまだしもオババは大丈夫ですかな」

 

 ああ見えて齢80近い老婆である。一歩間違えば徘徊老人である。

 

「大丈夫。ああ見えてすっごく強いのよ? おばあちゃんって」

 

 まるで自慢するかの様に、ぐっと細い二の腕にこぶを作って微笑む桃子さん。くっ…可憐だ。

 孫の桃子さんが言うならあの人もそれなりに強いのだろう。あれだ、漫画などでよく見る合気道の達人だったりするのだろうか。

 

「無事に帰ってくればいいけれど…」

 

「はは、大袈裟な」

 

 そうよね、と苦笑する桃子さん、だがその瞳の奥にはどこか不安な感情を隠せないでいた。

 数年前にオヤジ殿が負った大怪我。その事を桃子さんは未だ引き摺っているのだろうか。

 桃子さんが悲しむ顔は見たくない。私も皆が無事に帰ることを願うことにした。

 

「…あら? 雨かしら」

 

「そのようで」

 

 ポツポツと響く雨音が次第に勢いを増していく。

 

 私と桃子さんは窓際に立つと少しの間、二人静かに暗雲広がる暗い雨空を見上げていた。

 

 

 

 まったく、生まれ変わっても天気予報は当てにならない。

 

 


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