『誰か…、僕の声を聞いて…。
力を貸して…。魔法の…力を…』
『痛い?でも大切なものをとられちゃった人の心は、もっともっと痛いんだよ』
『封印すべきは忌まわしき器。ジュエルシード!』
『リリカルマジカル ジュエルシード 封印!』
『名前を呼んで?』
『わたし、高町なのは。なのはだよ』
『受けてみて、ディバインバスターのバリエーション!』
『全力全開!!スターライトッ!ブレイクワァァァーーーーッ!!』
『にぱ〜☆ 朝なのです 起きるのですよ〜!』
「……」
『にぱ〜☆ にぱ〜☆ にぱ〜☆ にぱ〜☆』
ガチャポンっ☆
知らない天井という事もない極めて普通の天井をしばらく眺めた後、朝からにぱにぱとうるさい機械時計を裏拳で停止させる。いつのものルーチンワーク。どうやら今日も変わらない平凡な一日になりそうだ。
低血圧で気だるい脳髄に鞭を打ち、よっこらせっと身体を起こし掛け布団を剥がす段階で逡巡する。
季節は花咲き誇る春とはいえ、まだまだ肌寒い。このまま二度寝と洒落込みたいのが人情ってものではないだろうか。
そもそも布団というものは人が快適に寝ることを目的に用いる為に造られ、寝る際に体温が下がらないように保温する。なんて、素晴らしいものであるからして、より長い時間活用することこそ布に羽毛を詰め込まれた此奴にとってもこの上ない至福であるからして、Win-Winってやつであるからして
「なのはー?」
ドア向こうから私を呼ぶ女性の声、すわ女神かと思わせるようなこの美声は、今では最も耳馴染んだ我が愛するおふくろさんの声である。もはや数千万里平原平野の向こうであってもこの美声は聞き逃しはしまい。惰性怠惰を地で行くこの私が毎朝この時間に起床し起動できるのも、この声が聞きたいが為である事は、否定できない事実である。
「はーい♪」
自分の声帯から放たれた、未だ慣れない鳥肌の立つようなにゃんにゃんボイスでもって返答し、布団の内でもぞもぞパジャマを脱ぎ放ると必死の覚悟を以ってして長方形のベッドから飛び降りた。
頭が痛くなるような一面ピンク色のファンシーなこの空間に慣れ始めている自分にゾッとする。断じて言うがこの有り様は私の趣味では無い。私は断固として反対したのだ。
だがしかし民主主義というものは結局のところ、少数派が封殺されるものである。
聴くだけ聞いておいて少数意見を圧殺するのであれば、それは尊重ではなく嫐り殺しではないかと常々思うのであるがまあそんな事は置いといて
10歳に満たない少女でありながら、さながら死んだ魚のような目と言動を繰り返す私にも原因はあるのだろう。私の様な気味の悪い落伍者の如き雰囲気を醸し出す非人間的幼女に、目一杯の愛情を注いでくれただけでも感謝感激雨あられである。
白を基調とした、如何にも金が掛かっていますと主張しているような非現実的なデザインの制服を身に纏い、鏡で全身を確認する。
ボサボサに跳ね回る色素の薄い亜麻色の髪の下には頬を薄紅に染めた半目の少女が、口をへの字に結んで此方を見つめ返している。
まあ自分で言うのもなんであるが容姿は平均よりも優れているのではなかろうか。この戯けた目を除けばだが。 成長次第で分からないが、両親の容姿も非常に整っている事から考えれば余程の事が無い限り将来は安泰という事だ。
「約束された勝利の女やぞ、コラ☆」
などとのたまわっても良いぐらいには優れた容姿であることにはまず間違いない。
ンギモッヂイイイイ
「私の名前は高町なのは☆
私立聖なんたら小学校3年生の9ちゃいです
なのわじゃないよ
ところで私、前世の記憶があるんです。嘘じゃないよ? 」
まず私の両眼を見て欲しい
どう見ても腐ってやがる 遅すぎたんだ
私の前世はしがない根無し草であった
人間関係の不和がたたって大学を中退し、だらだらと冷や飯を食らっていたそんなどうしようもない男であった。
そんなどうしようもない私はとある日、同窓会で意気揚々と現実を充実させた輩共に現実を突きつけられ、逃げるように浴びるようにヤケ酒。そして爆睡
それ以降、私に記憶は無い
そしていつの間にか気が付けばこの高町家の末っ子として生を受けていたのである。
恐らく、いや間違いなく私はぽくっと死んだのだろう
ゴキブリの如く生き汚い私であるが、真冬に氷点下の外界で爆睡し生き延びるほどの生命力は生憎と持ち合わせてはいない。
早朝、真冬の公園のベンチで永眠している姿を発見され敢え無く笑い者、というオチであることは想像に難くない。
我ながら筆舌に尽くし難いさもしい人生であったな、ハハ
などと、しようもない過去の自分を振り返りつつ、焦点の合わない目線を宙に漂わせ栗髪を梳かし続けていた矢先、「痛っ」と頭髪に電流走る
櫛に引っ掛かりぷつんと抜けたこの憎らしい亜麻色のミドルヘアー、常々と切りたいと思っているのだが
「坊主にしたいよぉ(マジキチスマイル)」
と両親に訴えたら泣きながら止められた始末であり、未だ切断には至っていない。
◇
「うぃー」
芳ばしい珈琲の匂いが漂うリビングには、既に我が高町家の面々が出揃っていた。
「おはよう、なのは」
私の姿を確認し、にっこり微笑む絵に描いたような天女
この人わてのおふくろさんなんやで?シンジラレナーイ
私にとってまさしく理想の女性であり母である。
名前は桃子
なんと奥ゆかしく可愛らしく美しき名か。桃子さん、愛してる。結婚してください
何を隠そう桃子さん、海鳴随一の人気店喫茶翠屋随一の菓子職人である。
湧き上がる万感の思いを胸に抱き、私は駆ける
「桃子すわぁあぁあぁん!」
ぼふむっ☆
「あらあら」
大人の色香を漂わすエプロン姿の天女に抱き着いた私は、鼻の穴を広げ甘い香りを堪能しながら形の良い桃子の桃を円を描くように丹念に撫で回す。
うーん、全て遠き理想郷
下腹部に押し付けた私の顔面が桃子の桃源郷に辿り着く直前、がしりと後方より私の色々な意味で小さな頭が鷲掴まれた。
「はは、朝から甘えんぼさんだなぁ…なのは」
余裕綽々で私の頭髪を撫で回すこの男、我が今世の父親にして桃子の桃やらなんやらを欲しいままにする憎き男、名を高町士郎という。
前述の超ド級人気喫茶店翠屋のオーナーであり、誰もが羨望する幸福な家庭環境を一代で作り上げた高町家の大黒柱である。
さらにはこの男、飛天御剣流やら京都神鳴流だか知らないが世界で名を馳せた凄腕の剣術家らしい。(近所の主婦、山中さんの談)
一体何処の恋愛シュミレーションゲームの設定か
前世の私ならば嫉妬の炎を滾らせて小一時間壁という壁を殴打していたであろう 。
畜生
あ、ちなみに翠屋は駅前商店街の真ん中にあるケーキとシュークリーム、自家焙煎コーヒーが自慢の喫茶店なの☆
学校帰りの女の子や、近所の奥様に人気のお店なの☆
みんなも来てね(宣伝)
「しかと聞けオヤジ殿、桃子の桃は私の桃である。よって今後一切の摘み取りを禁止したい所存である。私はこの身が産まれ出た桃源郷へと再び舞い戻るのだ」
「あらあらまあまあ」
「ははっ、『パパ』だろ?なのは。それから桃子の桃は僕のものだぞ☆」
「うふふ、そうなの。ごめんね?なのは」
畜生
「おはよう、なのは。ほら、ご飯食べよ」
「…顔は洗ったか?なのは」
桃子さんとの逢瀬を引き裂かれ、椅子にかけた私の左方をご覧頂きたい
少しばかり近すぎないか?と思わせる程に仲良く肩を並べるは我が兄と姉
兄、高町恭也
顔あり学あり女あり
はい終わり
父以上に胸を抉るのであまり触れたくは無い
何処の主人公か
神はどこか
私は切実に平等を所望する
姉の高町美由希はメガネだ
二人共に高町士郎率いる飛天御剣流だか京都神鳴流だかの継承者らしく、毎朝毎夜、庭先にある道場でポン刀を振り回している危ない方々である。
詳しくは知らないが、二人共に正しく血の繋がった兄姉ではないらしい 。
ほんわかとした雰囲気のわりに複雑な家庭事情である 。
「今日も世界一かわいいよ、桃子さん」
「まあ、あなたったら♪」
「タイが曲がってるわよ美由希」
「恭ちゃん……」
なんとも複雑な家庭である
◇
小学児童の喧騒に包まれている朝の通学バスは相変わらず喧しく、未だしつこく睡眠を要求する内界からの囁きと、外界から撃ち込まれる雑音が、私の顔面表情筋をピクピクと痙攣させているのも相変わらずの事である。
聖祥大付属小学校は小学校から大学までエスカレーター式の私立学校であるらしい。
親にはそれなりの学費、本人にはそれなりの学力が要求されると言われるだけあって、前世で私の通っていたオンボロ公立小学校とは授業の進行速度が段違いだ。
今現在は成績上位者に喰らいついている私だが、場末の三流大学生(中退)であった前世での実績を考えれば進級進学を重ねる事にズルズルと順位を下げ連ね、恥を晒す事は容易に想像がつく 。
この様な上等な学校に放り込んでくれた両親には悪いが、男女で別れるという地獄の女子中学生活に突入する前に、どうにかしてそこらの公立にこの身を捻り込ませたいと私は腹の中で密かに画策している。
子供というのは存外、本質を覚るに機敏である。
当然とは言えるのだが私の様な負のオーラを撒き散らす奇天烈女児に寄り付くような猛者は殆どおらず、後方座席の片隅に浮き出た絶海の孤島で日々、平穏な通学を満喫している。
そもそも年端も行かない小学生と、どうやって円滑なコミュニケーションを図ればよいのか。前世と合わせ三十を過ぎている私に分かるはずもなかろう。そも私の場合、年齢云々は関係なく根本のコミュニケーション能力に不備があるのだが。
日々憐憫の篭った視線を私に射出し、通信表に両親のSAN値を減退させるような懸念材料を毎学期書き込む教師一同に、私はフライングエルボーを叩き込みたい。
「今日も陰気な面をしているな、高町」
そんな事を考えながら窓枠に頬づえをつき流れる風景を眺めていた私に、声を掛ける者がいた。
「また、貴様か。日向」
気怠く顔を上げた視線の先、漆黒の短髪を逆立てた無愛想な大柄の男子生徒が私を見下ろしていた。
名を日向小太郎
何処かで聞いたようなパチモン臭い名前だが、その名に恥じず非凡な才と体格でもって、聖小きっての天才蹴球少年として有名を馳せている。
そして殆どに含まれない、私に話し掛ける稀有な存在でもある。
「いい加減にその薄暗い雰囲気と口調を修正しろ高町。女子を始め、人類がお前に寄り付かない原因はそれだ。間違いない」
「寄り付かないで結構。三つ子の魂百までと言うやつだ日向。私は永劫に私で有る故にな。そも疑問なのだが、お前は本当に小3か日向。まさか私の様に羊の皮を被ったドブネズミではあるまいな」
「……いつもお前が何を言っているのか俺には分からん。頼むから羊の皮ぐらいは被ってから俺と喋ってくれ」
小学3年生とは思えない様な陰鬱な言葉の応酬を交わす私と日向であるが仲は悪くない、と思いたい。
この日向小太郎という男は先程述べた通り、天才蹴球少年であり、学級内を飛び越え学年内ヒエラルキーの頂点に立つ男である。無愛想で口は悪いが、頭が良く体格に優れ知的でもあり根は優しい。当然男子は彼を中心にコミュニティを形成し、慕う女子も少なくはない事から黙っていても私と違って人が集まる。だが侮るな私は羨望などしないなぜならば
日向程ではないが私も嘗て少年時代は、やれ麒麟児やれ神童だと持て囃されたものだ。そんな私も成長すれば凡人以下のぼんくらに成り下がったのだ。十で神童十五で才子二十過ぎればなんとやら。
ふふ……ふはは、可哀想な奴。今の内に青春の絶頂を味わっておけ、少年よ。
日向は我が父、高町士郎が監督を務める翠屋FCなる蹴球倶楽部のエースストライカーであり、そういった繋がりから父の頼みと持ち前の器の大きさを発揮し、私の様な人間落伍者に構っているのだろう事は予想がつく。
互いに無遠慮な気質と、生前私も学徒時代に野球や蹴球を嗜んでいた事から、案外と会話のネタには事欠かない。
「やはり4-2-3-1システムが無難だろうと私は思うがどうか」
「ふん、好かんな。中央型の3-4-3で突き破るべきだろう」
「脳筋が」
「ふん、黙れ精神的敗北者め」
◇
「みんなは将来どんなお仕事に就きたいですか?
今から考えてみるのもいいかもしれませんね」
「起立、礼」
昼休み。私は屋上で桃子さんが私のために作った至高の弁当を一人もそもそと食していた。
将来の夢か。なに分、今世は女であり、恵まれた家庭環境である。持ち前の怠惰を以ってして、家事手伝いなどと言う永遠戦士に落ち着くことは避けなければならない。
だが高町家にあるまじき脳無し体力無しである私に残された未来は何処にあるというのか
このそこそこな容姿を存分に活用し安定した公務員でも引っ掛けて主婦になれというのか。はたまた如何わしいマッサージ屋さんに身を沈めてしまうのか。
お断りだ。私はホモではない(憤怒)
「ウチはお父さんもお母さんも会社経営だし、いっぱい勉強して、ちゃんと後を継がなきゃ、くらいだけど?」
「私は機械系が好きだから、工学系で専門職がいいなぁ、と思ってるけど…」
聞こえてきた声に反応し、後ろにチラリと顔を向けた私は、思わず口から「げ」、と漏らしてしまった。
金髪碧眼の異人の少女と、毒々しい紫の頭髪を風に揺らめかせる少女。バニングス月村両名である。
聖小で知らぬ者はいない大金持ちコンビであるこの二人だが、目立つのは容姿と家柄だけではない。入学早々大喧嘩をやらかし、すわ財閥戦争かと教師達を震撼させたかと思えば次の日には何があったのかというくらいに甘々のカップリングが成立していてはたまた教師生徒共々を混乱させた。
そして私であるが、月村すずかとは浅からぬ縁がある。
なんと月村すずかは我が兄高町恭也がすけこました女の妹なのだ。世に言う逆玉の輿というやつである畜生。
そんな訳で兄の彼女共々、月村すずかとは一、二度顔を合わせた事がある。
『……た、高町さんも聖小なんだね』
『…………あ、はい』
『……あの、趣味とか』
『……特に無いですが』
『……そ、そうですか』
『…………』
『……………………』
当然私が円滑な会話などできるはずもなく、周りが気を利かせたのか二人だけの席に、ただひたすら気不味い空気だけが流れ、お互いに苦手意識を植え付けられたのは苦い記憶である。
風の噂では相方のバニングスもとんだ暴れ馬であり、日々気に入らない生徒を千切っては投げているらしい
この二人と別クラスになったのは私にとって幸いであろう。
君子危うきに近寄らず。まだ食べ掛けの弁当は惜しいが、ここは一先ず退散と行くが吉である。
すたこらさっさ
◇
『たすけて……』
『……たすけて』
帰宅途中、なんらかの電波を受信した私は、立ち止まり頭を抱えていた。頭の中から他人の声が聴こえてくるという怪奇現象に直面し、終にこの私も黄色い救急車の世話になるべき時が来たのかと悲嘆に暮れる。
『……たすけて』
助けて欲しいのは私の方だ。
この声は内なる私が作り上げた幻聴か、それとも信じたくはないが所謂アレ、心霊現象というやつなのか。
幻聴であればまだ良い、だが私を呼ぶこの声の主が悪しき心霊であった場合、連れ帰ってしまえば家族にまで被害が及びかねない。
そこで私はティン、と思い出す。たしか日向は寺生まれであった筈だ。些か気乗りはしないが今は手段を選んでいる場合では無いであろう。
携帯のアドレス帳から寺生まれである日向小太郎の電話番号を引き出し通話ボタンを押す。
『日向か、私だ。今すぐに破ァ!!を頼む』
『……終に異常をきたしたか。少しまて、今黄色い救急車を呼ぶ』
その後、寺まで行って坊さんに視てもらったが、結局のところ私には何も憑いていなかった。
やはりただの幻聴だったようだ。
まあ、それはそれで問題があるのだが。