ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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放浪篇 04

 

 

 港町《ルプガナ》――。

 ローレシア王家を盟主として栄える貿易の街である。古くから優れた操船及び造船技術を持つ者達が集まり、歩いて行くことのできない小さな国や街との定期便が頻繁に運航する。

 

 ずいぶんと長くお世話になったキャラバンの人達に別れを告げ、ボクは次なる目的地を探す事にする。

 しばらくはこの街に逗留し、ルザロの手掛かりをさがすことになるだろう。もしも、何も見つからなければ《ベラヌール》、《ペルポイ》、《ザハン》、《デルコンダル》といった国や街に、海路で向かう事になる。

 この街の太守の館へと向かい、王宮宛てに旅の報告を終えたボクは、波止場の岸壁で海をぼんやりと眺めていた。

 

 ――又、一人になっちゃったな……。

 

《ムーンペタ》から数カ月。わいわいと賑やかな人達に囲まれてきた日々をふと振り返る。

 もっとこんな時間が続けばいい、そんな風に思うボクを勇者としてのボクが戒める。幾つもの出会いと別れを繰り返し、前に進み続けること。それが勇者としてのボクの運命なのだ。なんとなくジワリと何かがこみ上げかけてきた時だった。

 

「おーい、ユーノ、ここにいたのか、探したぜ」

 

 声をかけてきたのは、フォックスさんだった。

 ここまでボクが同行してきたキャラバンは、この街に本拠を置いており、新たな物資の買い付けの為に、暫くの間この街に逗留するという。フォックスさん達とは、ついさっき別れたばかりだったので、少しばかり照れくささを感じた。

 

「実はちょっとばかり急ぎの仕事が入ってな……、ラヴィの奴が別件で都合がつかないんで、お前、手伝ってくれないか?」

「もしかして、愛想尽かされちゃった、とか?」

「バカ言うな。アイツは俺にゾッコンだよ」

 

 からかうボクを、フォックスさんはフンと笑い飛ばす。実際、そうなのだろう。長い時間を共に過ごしてきた二人の自然なやりとりは、はたから見ているボクにはとても心地良く感じられた。

 

「で、どんな仕事なの?」

「そいつは、おいおい話すさ。まずは腹ごしらえだ」

 

 フォックスさんに誘われボクは立ち上がる。少しだけ延長戦に入った見知った人達と過ごす時間に、ボクは少しだけほっとしていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 港街《ルプガナ》には多くの人々が暮らしている。

 交易で儲けた人々が本拠地を置くこともあって、富豪や名家が軒を連ねる一方で、貧しい人々も又、多い。街の端々のスラムに貧しい家々が立ち並び、身なりの汚い子供達が物乞いをする姿がある。《ローレシア》の城下町よりも遥かに落差の大きいその光景に、ボクは驚きを隠せなかった。かつてこの街の北にあった移民の街もいつしか吸収され、街の発展と貧富の格差をより増大させる原因となったという。

 

 貧しい人々の多くはアレフガルド人と呼ばれる人々であり、かつては海の向こうの《アレフガルド》という広大な国で暮らす人々だった。だが、何処からか現れる強力な魔物達の力に敵わず、街を破壊され生まれ育った土地を追われ、この土地の北に流れ着き移民の街を作ったという。人間の暮らせなくなった《アレフガルド》の土地は、唯一魔物に対抗する力を持つ竜族によって支配され、今や、竜族の為の地となっていた。かつて幾度となく行われた祖国奪還運動の甲斐もなく、結局、アレフガルド人はこの地に暮らす人々と交わり、窮屈な生活を送りながらも根付きつつあった。

 

 そんなアレフガルド人の困窮をどうにかしようと考える人達の一つが、カンダタ一家である。

 時代を遡ればずいぶんと古い歴史をもつと言われる彼らではあるが、その影響力は《ルプガナ》に暮らす多くの富豪たちの財力に及ぶべくもない。結局、彼らは富豪や商家を襲っては財宝を奪い、困窮したアレフガルド人に分け与えることを生業にしていた。

 

 ――奴らは極悪人である!

 ――いや、彼らこそが、義賊なのだ!

 

 立場の違う人達からの異なる評価は、国のあちらこちらで面白おかしく噂される。ローレシア城下町で生まれ育ったボクでもその名前くらいは知っていた。

 そんなカンダタ一家が、この街一番の大富豪の家に襲撃の予告状を出したという。堂々と日付と時刻まで指定している辺り、その目的の達成を確信しているようだ。

 予告された襲撃を恐れた大富豪は、カネに糸目をつけず手当たり次第に手練れを集めているという。カンダタ一家の目的は大富豪の持つ宝物の一つである《黄金の精霊像》であるらしい。

 指定された時間は明日の夜中。事のあらましを聞きながら昼食を終えたボクは、フォックスさんと共に件の大富豪の屋敷へと向かった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 襲撃予告のあった屋敷の前で、ボクは大きな溜息をついていた。

 悪趣味なほどにケバケバしいその屋敷の庭には、己の財力を誇示するかのごとく意味不明、理解不能な彫像が並び立っている。

 この屋敷の主人にして街一番の大富豪ドアクトさんは、《ルプガナ》では新興の成金だった。手広く様々な商売を手がけて一代で巨額の財をなした『やり手』であると同時に、裏ではずいぶんと悪行三昧らしい。貧しい人々だけでなく、街の古くからの名士や富豪達からもかなり疎まれているという。

 

 フォックスさんの顔パスで屋敷に通されたボク達は、やたらと無駄に大きな玄関から建物に入って思わず眉を潜める。

 室内には一目で手練れとわかる強面の戦士達や、明らかにならず者とおぼしき人達がひしめいていた。フォックスさんは知り合いらしき人達から親しげに声をかけられている。

 

「フォックス、妙なガキ連れて、何やってんだ?」

「なんだ、フォックス、オメエにゃ、用はねえ。ラヴィさんはどこだよ?」

「テメェ、まさかカネに困って、ラヴィさんをどっかに売っぱらたんじゃねえだろうな!」

 

 ボクが勇者である事を明かすでもなく、フォックスさんは苦笑いを浮かべて声をかける彼らに悪態をついていた。フォックスさん達はかなり顔が広いらしい。

 これほど大々的に襲撃予告がなされているにもかかわらず、太守の館に詰める王宮兵士たちの姿はない。ドアクトさんはこの一件を自分だけの力で内々に片付けるつもりらしい。色々と悪い噂のある彼は、内情を探られたくはないのだろう。

 

 しばらくして、雇用主であるドアクトさんが現れた。

 毎日美味しいものを食べているせいか、まるまると肥えた身体に、これまたケバケバしいガウンを着て、王冠に似せた飾りを頭に載せたその姿に、室内から失笑が湧く。その有り余る財力を持って、ルプガナ周辺の地をローレシアから独立させ、自分の国を作ろうとしている――そんな噂を肯定するかのような姿だった。

 とはいえ、彼は雇用主。金持ちの道楽にいちいちケチをつけても始まらない。

 

「おう、ずいぶんと集まったのう! 今宵、やってくるというカンダタなるバカなコソ泥、生死は問わん! 見事討ち果たし、《黄金の精霊像》を守り抜いた者には、望み通りの褒美をくれてやろうぞ!」

 

 ドアクトさんの傍らに置かれた移動式の台座に載せられた《黄金の精霊像》の姿の眩しさと美しさに、誰もが溜息をつく。時価十万ゴールドは下らないだろうといわれるその像を狙うカンダタの襲撃に、彼が怯えている様子はない。提示された特別報酬と活躍如何によっての新たな雇用条件に、一同から歓声が湧いた。

 

「この精霊像は我が家の家宝。そしてこのワシだけの女神さまじゃ! 思い上がった盗賊風情などには決して渡さんぞ!」

 

 暑苦しく肥えた男に無理やり頬ずりされ、精霊像が嫌そうな表情を浮かべたように思えた。傲慢極まりない態度でふんぞり返るドアクトさんの姿に、ボクは少しだけカンダタ一家に肩入れしたくなった。もしかしたら、この部屋にいる多くの人達も同じ気持ちなのかもしれない。

 とはいえ、破格すぎる報酬に目の色が変わっている者も多く、室内は喧騒に包まれる。ゆっくりと更けていく夜の闇の中に明々と浮かぶドアクトさんの屋敷は、波乱の空気に満ち満ちていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 月の輪郭が闇に隠れてしまった深夜、予告の刻限が近づくに連れ、屋敷内の緊張が高まっていく。

 ボクはフォックスさんと一緒に、《黄金の精霊像》の置かれた部屋の前の廊下で、警護の任務に当たっていた。ドアクトさんも自らその場所にいるようだ。周囲にはボク達と同じ臨時雇いの者達が数人。

 室内で精霊像を直接警護するのは、ドアクトさんの周囲で常時、警護任務に当たっている者達だった。妥当すぎる布陣が敷かれた屋敷内で、ボクは渇き気味の口の中を水筒の水で湿らせながら時を待つ。

 カネにあかせて百人近くの腕利きの傭兵を雇ってはいるものの、万が一、事態が動いた場合、頼れるのはフォックスさんと、常時雇いの警護役くらいだろう。カンダタの首に高額の懸賞金がかかっていることもあり、功を焦った者の独断専行が厳重な警備網に穴を開けることもある。あるいは、臨時雇いの者達の中にカンダタの息のかかった者がいる可能性だってある。

 息の合った者、信頼できる者――いざという時に頼りになるのは気心の知れた者でしかない。

 おそらく皆、同じことを考えているのだろう。周囲の傭兵達も互いの行動を牽制し合いながら、迫りくる刻限と襲撃者の到来を今や遅しと待っていた。

 やがて中央広間の大時計が、大きく鐘を打ち、日付が変わったことを知らせた。それを合図に館内の緊張が最高潮に達する。

 

 予告の時間の到来――。大広間の時計が時を刻む音だけが、館中に響くように感じられた。

 

 コツ……、コツ……、コツ……と。

 

 だが、襲撃者の気配は一向に感じられない。しんと静まり返る館内の空気が徐々に緩んでいく。

 

 ――なんだ、ただの悪戯だったのか?

 ――きっと、奴らは、厳重すぎる警備に恐れをなして、襲撃をやめたに違いない。

 

 館内にざわめきが生まれ始めた。気を緩ませ、大声で盗賊達の不甲斐なさを笑い飛ばす者も現れる。そんな空気に充てられ、ボクも気を緩ませかけた……その時だった。

 どこからともなく物悲しい、笛の旋律が流れてきた。気を緩ませた傭兵達がその怪しい音色に気づき、再度、警戒する事はできなかった。悲しい旋律を耳にした途端に激しい睡魔に襲われ、皆、バタバタと倒れていく。

 ボクの周囲の傭兵達も同じように次々に昏倒していった。異変を感じて大声を上げようとしたボクのまぶたも強烈に重くなり、身体が動かなくなる。傍らのフォックスさんは、すでに昏倒していた。

 

 ――まずい!

 

 とはいえ、押し寄せる睡魔に抵抗する術はない。ずるずると壁に背をもたれながらボクは崩れ落ちる。ふと、腰にある《道具袋》の口から輝きが漏れている事に気づいた。震える手を伸ばして中を探ったボクに、熱を伴った何かが触れた。《道具袋》からそれを取り出した瞬間、まばゆい輝きが生まれた。ボクを襲っていた睡魔が一息に吹き飛ぶ。

 手の中で熱く輝いていたのは《ロトのしるし》だった。

 伝説の聖遺物に助けられ、意識をはっきり取り戻したボクは、あわてて傍らのフォックスさんを揺り起こした。

 

「ん、ユーノ、一体どうした?」

 

 まだ朦朧とする意識の中で、フォックスさんはどうにか目を覚ます。彼に状況を説明しようとしたその時、絶叫が《黄金の精霊像》の置かれた部屋から聞こえた。

 眠りこける周囲の傭兵達を放置し、飛び上がる様に起き上がったフォックスさんとともに、ボクは厳重に施錠された扉を体当たりで破壊して部屋の中へと飛び込んだ。思いもよらぬ室内の光景にボク達は立ちすくむ。

 部屋の中央に安置されていたはずの《黄金の精霊像》の姿は影も形もない。周囲にはドアクトさん直属の警護部隊の面々が皆、昏倒していた。

 大きく開かれた窓の側でドアクトさんを捕まえた大柄な男達の姿がある。

 その数四人。

 大胆不敵な襲撃者達は僅かな数で侵入し、何らかの手段で屋敷中の人間を眠らせ、目的の物を奪いとるつもりらしい。

 

「た、助けて、命ばかりは、どうか……。ほ、欲しいものなら何でもくれてやる。金か、女か……」

 

 怯えながら命乞いするドアクトさんの襟首を捕まえ、強大な腕力で宙釣りにする初老の男。髪やひげに白いものが目立つその男は覆面で顔を隠す事もなく堂々としていた。他の男達と風格の全く異なる老盗賊の姿に、彼がカンダタその人であると直感した。

 

「やめろ! その人を離せ!」

 

《刃のブーメラン》を手にして、ボクは彼らの前に飛び出した。フォックスさんが傍らに立つ。ボクのことを一目、ぎろりと睨みつけ、カンダタと思しき男は少しばかりしゃがれた声で言った。

 

「ほう、お前が勇者か。ガキの癖に大した度胸だな!」

 

 この街では、ボクが勇者であることは大っぴらにされていないはずだが、どうやら事情を知っているようだ。さすがは盗賊の頭といったところだろうか。頭の言葉を聞きつけ、三人の子分達がボクの間に割って入る。覆面で顔を隠しているものの、その体形から、先日、橋の上で対峙した彼らである事に気づいた。

 

「お、お前達、何をしている、は、早く、こいつらを皆殺しにしてワシを助けぬか」

 

 恐怖で顔を歪めてドアクトさんがボク達に怒鳴りつける。間髪をいれず、カンダタがさらに締め上げ、ドアクトさんの顔色が真っ青になった。

 

「ユーノ!」

 

 フォックスさんの合図でボクは、一旦、ステップバックする。その隙をついて、フォックスさんがマヌーサを唱えた。周囲に霧が立ち込め、手下たちは幻に包まれる。すかさずボクが《刃のブーメラン》を投げ付けた。鋭い弧を描いてブーメランは手下達に襲いかかり手傷を与えた。

 

「チ、チクショー。よくもやりやがったな」

 

 幻に包まれた手下たちがやみくもに武器を振り回す。それらをかいくぐり、ボクとフォックスさんがさらに攻撃を加えた。戦いの場が狭い場所であり、滅茶苦茶に武器を振り回す三人の部下達は、そこそこ腕が立つこともあって、なかなか致命傷が与えられない。膠着状態になりかけた状況にしびれを切らしたのは、カンダタだった。

 

「ヤロウ共。もういい、引くぞ!」

 

 頭の指示に速やかに従い、手下たちが大きく開かれた窓から中庭に飛び降り、逃走を開始する。

 

「待て!」

 

 追いかけようとするボクの前に、締めあげられ失神しかけたドアクトさんを宙づりにしたままのカンダタが立ちはだかる。腰から山刀を引き抜いたカンダタは、それを無造作にドアクトさんに押し付けた。

 

 そして……、再び絶叫が轟いた。

 

 山刀で腹から心臓を突き抜かれたドアクトさんのまるまると肥えた身体が、大きくエビぞりに痙攣し、そのまま動かなくなる。ドアクトさんが死んだことを確認すると、彼の遺体を無造作に放り出し、カンダタは血に濡れたままの刃をボクに向けた。

 突如として、眼前で繰り広げられた目を覆うような惨劇にボクは絶句する。身体の中から湧きあがる激しい怒りにボクは身体を大きく震わせた。傍らでフォックスさんが眉を潜める。

 

「なんて……、事を……」

 

 ドアクトさんが決して、褒められる人間でない事は十分に承知している。それでも、あまりにも一方的で無慈悲なカンダタの非道な行いにボクは激昂した。《鋼鉄の剣》を抜き放ち、咆哮を上げてカンダタに斬りかかる。ボクの攻撃を大きく飛び下がってかわした老盗賊は、大きく開かれた窓枠の側に立って不敵に笑った。

 

「あばよ、役立たずの間抜けな勇者様。《黄金の精霊像》はたしかに頂戴したぜ!」

 

 ひらりと窓から飛び降り、闇の中へと消えていく。追いかけようとするボクの肩をフォックスさんが掴んだ。

 

「待て、ユーノ、この闇の中、深追いは危険だ!」

「でも……」

「大丈夫だ、奴らの根城は分かっている。それよりもこの状況の収拾が先だ。今、奴らを追えば、俺達にもあらぬ疑いがかけられるぞ……」

 

 正しい行いが正しく評価されぬ人の世の矛盾に満ち満ちたその言葉で、冷静さを取り戻す。

 苦悶に満ちた表情を浮かべて絶命したままのドアクトさんの姿を、呆然と見下ろしながら、カンダタの言い残した通りに、ボクは勇者として全く役立たずな自分を責めていた。

 

 

 

2014/03/23 初稿

 

 

 


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