ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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放浪篇 01

 

 

 少しだけ開けた平原に立つボクの周囲を、《マンドリル》を始めとした凶暴な魔物達が取り囲み、一斉に襲いかかる。隙をついてすばやく囲みを突破すると、ボクは迷わず手にした《刃のブーメラン》を投げ付ける。抜群の斬れ味を誇るその刃は、鋭く回転しながら加速し、周囲の魔物達を次々に切り裂き、ボクの手元へと戻ってくる。

 魔物達を切り刻みながら飛んでくる鋭利な刃をどうやって受け止めているかって?

 それは御想像にお任せしよう。勇者に不可能はないのだ。

 最後まで残っていたマンドリルの額に再び投げ付けた《刃のブーメラン》が突き刺さり、凶暴な魔物が力つきドウと音をたてて倒れた。暴れる凶獣の群れを殲滅し、ようやく静かな時間が戻る。

 

「また、つまらぬモノを斬ってしまった……」

 

 孤独な旅路の日々で、すっかり独り言が多くなってしまったことに気づかぬまま、転がるいくつかの《魔物鉱石》を手早く集めると、ボクは逗留中の《ムーンペタ》の街を目指して、元来た道を引き返すのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 多くの人々に見送られて再びローレシア城を出発したボクは、《ローラの門》と呼ばれる小さな海峡を渡り、かつてムーンブルクと呼ばれた地に立った。このあたりに出現する魔物は、ローレシアの地で出会った物達とは比べ物にならぬほどに凶悪だった。

 やたらと凶暴なだけの《マンドリル》、固い甲殻で身を固めた《よろいムカデ》、数だけが取り柄の《ぐんたいアリ》……。そのほかにも数え上げればきりがない。

 

 王様にもらった《鋼鉄の剣》をはじめとした強力な装備のお陰で、大事には至らなかったものの、《ムーンペタ》に到着するまでは緊張と混乱と奮闘の日々の連続だった。

《マンドリル》に小突き回され、《よろいムカデ》に突っつかれ、《ぐんたいアリ》にたかられる。ギラだのラリホーだのとやたらと飛び交う呪文に半泣きになりながら、ボクは山野を逃げ回っていた。

 斬れ味鋭い《鋼鉄の剣》のお陰で、一対一なら決して後れを取らぬものの、数の暴力は如何ともし難い。剣だの槍だのという武器は所詮、王宮兵士のように集団の中にあってこそ真価を発揮する。高価な装備を奮発してくれた王様には悪いが、勇者などという因果な商売に身をやつすボクには、集団を相手にする為の手段が緊急に必要だった。

 

 とはいえ、これまでの旅路の中で、回復系のベホイミこそ使えるようになったものの、攻撃呪文の方は一向に上達しない。転がるように駆けこんだ《ムーンペタ》の武器屋の壁に燦然と輝いていた《刃のブーメラン》を手に入れるため、街の周辺で魔物と決死のガチンコバトルを繰り返す新米勇者の姿は、ボクの知らぬ間に街の間でちょっとした噂になっていたらしい。

 魔物が時折落とす換金性の高い《魔物鉱石》。世の中にはそれを目当てに魔物を狩る魔物ハンターなる仕事に従事する者もいるという。己の実力に合わせて程々に稼ぐうちは良いが、だんだんと欲が出てくるのが人間というもの。

《魔物鉱石》は持てば持つ程、魔物達が寄ってくる。欲に目がくらんで、狩りに夢中になるうちに多数の魔物に囲まれ、遭えない最期を迎えてしまう者が大多数である。

 

 勇者となったボクは、行く先々の街にある精霊教会に祈りをささげ、その加護により、例え死んでも復活する事ができるという。ただ、その際には酷く苦しい思いをするらしく、場合によっては大切な思い出すらもが消えてしまう。

 王様からもらった千ゴールドを元手に《ムーンペタ》の街を拠点とし、ボクは《刃のブーメラン》を手に入れるために、せっせと《魔物鉱石》の収集に励んだのだった。

振り返ればずいぶんと無茶をしたな、と冷や汗ものの日々を送りながら、どうにか《刃のブーメラン》を手に入れたボクの前に、今、新たな難題が生まれつつあった。

 

 ――さて、どうしたものかな。

 

《魔物鉱石》を換金し当座の活動資金を確保したボクは、教会で精霊に復活の祈りを捧げると、いろいろと思案しながらとある店の前に立っていた。

 

『ルイーダの酒場』

 

 古ぼけた看板を掲げるその店は、賑やかに繁盛している。

 かつて、《ムーンブルク》と呼ばれた城はすでに後継者が途絶え、今やすっかり遺跡と化している。遥か三百年前から、失われた王家の復活が幾度も試みられたというが、その度に再興された王家には諍いが起き、血筋が幾度となく途絶えかけたという。この時代に至って、『呪われた地』などという物騒な名でいつしか呼ばれることとなったその地に根付こうとする酔狂なものはなく、この地に住まう人々は《ムーンペタ》の街に集まり、そこを拠点に繁栄していた。

《刃のブーメラン》を手にして武装を強化したボクの当面の目的地は、その《ムーンブルク城》だった。行方不明のルザロ達の手掛かりが全くといっていいほどにない以上、まずは勇者所縁の場所に赴いてみるくらいしか、今のボクには考えつけなかった。

 

 頑丈な扉を押し開き、おそるおそる中へと入る。

 喧騒は収まらぬものの、中にいた人達の視線が一斉にボクに向かうのが、肌で感じ取れた。

 なんだ、ガキかよ、とばかりにすぐさま興味を失う者。物珍しげに品定めをする者。なんとなく怪しげな視線が絡みつくように感じるのだが、気にしないようにしよう。

 傭兵やゴロツキ、あるいは冒険者という名の遊び人達がひしめく中、バクバクと激しく自己主張する心臓を抑えつけ、ボクはカウンターに座った。目の前に貫禄のある女性が立つ。ぎろり、とボクを見定め、開口一番、意外な言葉を口にする。

 

「おや、勇者さん、ウチに一体、何の御用だい?」

「えっ、知ってるんですか、ボクの事を……」

 

 呆気にとられるボクに、彼女は笑った。

 

「何言ってんだい。アンタの事を知らない奴なんてこの街にはいないよ。魔物相手にむちゃな喧嘩を吹っ掛けては《魔物鉱石》を荒稼ぎしてるアンタが何時倒れるかって、この店じゃ十分な賭けのネタさ。街の職人達も久しぶりに大量の鉱石が入って来たんで、皆ホクホク顔でね。勇者様々って奴さ……」

「は、はあ……」

 

 己の不幸を賭けのネタにされて気分が良い訳ではない。とはいえ、そんな事にいちいち突っかかっていては、この先やっていけないだろう。百面相を浮かべるボクの様子を笑って、彼女は続けた。

 

「アンタが欲しがるような情報ってのは、残念ながらないよ。反逆の黒き勇者ってやつのね」

「反逆の黒き勇者?」

「知らないのかい? 勇者の泉で起きた一件は、この街にも早馬で知らされてね、アタシも王様直々に情報の収集を命じられたのさ。そういえば、自己紹介がまだだったね。アタシはルイーダ。この店の今の店主さ。世界の運命を背負った勇者さまのお役に立てる事があれば、いいんだがねえ……」

 

 歴史ある店らしく、代々の店主が店を受け継ぐと同時に、ルイーダの名も共に受け継ぐという。どことなく冷やかすように尋ねるルイーダさんにボクは答えた。

 

「実は《ムーンブルク城》に行ってみようと思うんですが……」

「遺跡にかい?」

「はい、そのまま何もなければ、砂漠を越えて《ルプガナ》まで……」

「成程、如何に腕が立ったとしても一人旅には無理があるねえ。ってことは、仲間集めかい?」

「そんなところです。腕がよくて信頼できて、出来ればあまり高くない雇い賃の方がいればいいのですが……」

 

 ボクは肩をすくめて答えた。

 

「そいつは虫のいい要求だねえ。腕が良くて信頼できるやつってのは、報酬も高いものさ。この世界、人の価値も値段できまるんだよ。そして腕のいい奴や信頼される奴には次々にいい仕事が回り、残っている者の大半は口先ばかりのヘタレ野郎なのさ」

 

 店内に苦笑いとブーイングが起きる。ルイーダさんがフンと笑ってそれを受け流し、パラパラと帳面をめくる。

 

「勇者さん、もしよかったら十日後にもう一度、来てくれないかい」

「十日後……ですか」

「ああ、その頃になったら《ルプガナ》からのキャラバンがやってくるからさ。その護衛にアンタ自身が雇われれば、一石二鳥ってもんだろ」

「はい、それは確かに……」

「そのキャラバンには、ウチでなじみの腕の立つやつらもいるからね……。アンタを紹介してあげよう。どうだい、悪くない話だろ?」

「分かりました。では、十日後にもう一度来てみます」

 

 一癖も二癖もある店主だったが、彼女はボクに想像以上の良い選択肢を与えてくれた。ルイーダさんに丁寧に礼を言って、ボクは店を後にする。

 

「やれやれ、あんな子に世界の命運を背負わせるなんて、王様も酷な事するねえ」

 

 店を出るボクの背中を眺めながら漏れたルイーダさんの小さな呟きが、ボクに聞こえることなどあろうはずもなかった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「あの、もし、勇者さま……では、いらっしゃいませんか?」

 

 ルイーダさんの店を後にし、宿に帰ろうと夕暮れの道を歩いていたボクを呼びとめたのは、旅の若いシスターだった。どことなく儚げな表情と、修道服に包まれたなまめかしい身体のラインが妙にアンバランスだった。

 

「ええ、そうですけど、一応……」

 

 その答えに彼女は満面の笑みと安どの表情を同時に浮かべる。多くの人々と同じようにこの人も又、伝説の勇者という肩書に、幻想と憧れを持っているのだろう。

 

「私、国のあちらこちらを回って、神の祈りをささげているアルマという者です。実はこの度、彷徨う魂を鎮め導くべく、《ムーンブルク遺跡》へと赴くことになったのですが……」

 

《ムーンブルク遺跡》という言葉に、ボクの心臓が一瞬、ドキンと脈打った。

 

「道中は何かと物騒である故、護衛を雇ったのですが、どうにも心もとなくて……。つきましては勇者さま、世界の救済の為、そして望まぬ不幸な結末を迎え彷徨い続ける人々の御霊を慰めるために、貴方様のお力をお貸し願えないでしょうか……」

 

 ローレシアを出てから随分と経つが、只、金策の為に山野を転がり回るだけで勇者として特段、何かを成したわけではない。そんな焦りもあって、《ムーンブルク遺跡》には一刻も早くいってみたいところだった。それに、己の不安を口にするどことなく危なっかしいアルマさんの願いを、ボクは無碍に断る事は出来そうになかった。今のボクは、勇者という肩書によって恩恵を受ける一方で、人々が抱える勇者という幻想への期待に応えることが、義務となりつつあった。

 この街から遺跡まではおよそ三、四日程度。往復にかかる日数を考えても、ルイーダさんとの約束の日には十分に間に合う。道中、何らかのトラブルがあったとしても、最悪《キメラの翼》を使えば、大丈夫なはずだ。

 

「分かりました。同道しましょう」

 

 ボクの答えに、彼女は再びほっと笑みを浮かべた。

 

「それでは、明日の朝、街の南門でお待ちしております」

 

 丁寧に一礼すると、彼女は落ち着いた足取りで人ごみの中へと消えていく。旅に予想外のことはつきものという言葉通りに、ボクは思わぬ形で、小さな冒険に挑むことになった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 翌朝、曇りがちな空の下、街の南門でボクを待っていたのは、旅姿の修道女アルマさんと彼女が雇ったという二人の護衛だった。簡単な自己紹介をした後で、ボクは一行の殿について《ムーンブルク遺跡》へと出発した。

 先を行く三人の姿を前にして、ボクはその日の空のようにどんよりとした気分で歩いていた。ボクをそのような気分にさせていたのは、アルマさんが雇ったという二人の護衛のせいだった。

 

 道中、幾度か戦闘を重ね、護衛としての彼らはそこそこの腕だった。だが、その振る舞いはならず者に近く、戦闘の度に自分達の活躍を必要以上にアピールし、べたべたとアルマさんにまとわりついていた。

 なによりも、彼らのどことなくだらしない歩き方と、手入れを怠った靴の様子がボクの勘に障った。

 

『足元をみると、その人の人となりが分かるものだ』

 

 長年、靴職人として多くの旅人達の靴を見てきた父さんの言葉が思い浮かぶ。名人ともなれば、靴底の減り方一つでその人の体調だけでなく、その生き方までをも見抜くという。

 

 良い護衛を雇うには相応の対価が必要だというルイーダさんの言葉は尤もなことであり、裕福という言葉と縁遠い修道女のアルマさんが道中に不安を抱えていた理由が十分に理解できた。自己主張の強い魅惑的な肢体を修道服に包み、儚げな表情を浮かべるアルマさんに、彼らがよからぬ事を企んでいるのは一目瞭然だった。

 

 一行の殿につくボクを無視してアルマさんにまとわりつく二人と、戸惑いながらもやんわりとそれを受け流すアルマさん。そしてすっかり不機嫌な顔で殿を守るボク。不協和音を流しながらの一行の旅の日々は、大きな異変もなく順調に推移し、四日目の夕方近くに、ボク達は無事に目的地の《ムーンブルク遺跡》に辿りついた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

《ムーンブルク遺跡》――。

 

 呪われた地の代名詞ともいえるその場所は、不気味に静まり返っていた。《ローレシア遺跡》の時とは異なり、何やらあまり良くない気配に包まれたその場所を前に、誰もがその不気味さに言葉少なだった。

 

 すでに日が暮れ始めたこともあり、鎮魂の儀式を翌日にすることに決め、ボク達はその日の野営準備に入った。

 儀式が終われば、《キメラの翼》を使って街に帰る事になっているため、ボクの護衛としての役目はほぼ九割方、終わっていた。そんな安心感からか、ボクはその日の夕飯後、不覚にも寝入ってしまった。ここまでの道中、魔物達の急襲だけでなく、護衛達がアルマさんに悪さを働かぬように気を配り、ほとんど眠れぬ日々が続いていた。

 おそらくは魔物であろうと思える叫び声が暗闇の中から響き渡る。

 悪鬼羅刹を寄せ付けぬかのように明々と燃える焚火の傍らから、いつの間にか同伴者達の姿がなくなったことに、その場ですっかり眠りこんだボクが気付くことなど、あろうはずもなかった。

 

 眠っているボクの意識は、どこかの洞窟の中にあった。

 

 どこかで見た光景。勇者の試練の際にも同じようなことがあった事をふと思い出す。

 ああ、これは夢だな、と気付いたボクの前に、戦闘中の一団の姿があった。魔物達に囲まれた彼らは、激しい戦闘で傷つきボロボロだった。

 

 戦闘不能の二人の仲間を抱えあげた屈強の戦士を庇うかのように、先頭に立つ男は魔物達の前に立ちはだかる。彼が構えた盾には、ボクの良く知る伝説の紋章が刻み込まれていた。ボロボロに傷つき、絶体絶命の窮地にありながらも、彼の目は爛々と輝き、その勝利を決して諦めてはいない。全身にみなぎる激しい気迫に、彼を取り囲む魔物達は押され気味だった。

 傷ついた己の身体をいたわる事もなく、彼は一歩踏み出し、無謀にも持っていた剣を腰に納めた。その姿を見て魔物達は一斉に彼に襲いかかる。

 

 ――危ない!

 

 声なきボクの叫びが響こうとしたその時、周囲が明るく輝いた。彼の手から放たれた雷撃が次々に魔物達を襲い、それに触れた魔物達は瞬時にクロコゲになっていく。己をおとりにして敵を引き寄せ、不敵な笑みを浮かべて、彼は魔物達を次々に消し炭へと変えていった。

 逃げ場のない狭い洞窟内。

 追い込んだはずの獲物に逆に反撃され、魔物達は断末魔の声をあげて、躯と化していった。残された最後の力を振り絞り、全ての魔物を葬り去った彼はそのまま力つき、膝を突いた。仲間の呼びかけに気力を振り絞って立ち上がり、彼は洞窟脱出の呪文を唱える。

 転移していく彼の顔に刻まれた強い意思の表情に、ボクはすっかり魅入られていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 眠っていたボクを目覚めさせたのは、悲鳴らしき声だった。

 慌てて、起き上がろうとするが思うように身体が動かない。夕飯に眠り薬を盛られたのだろうか? 

 じたばたとするうちにどうにか意識もはっきりし、ようやく起き上がれるようになった。周囲には誰の姿も見当たらない。辺りを見回すボクの耳に再び悲鳴が聞こえた。慌てて松明を掲げ、ボクは闇の中へと走り出した。

 

 不気味に静まり返った《ムーンブルク城》。

 

 男達に無理矢理連れ出されたのであろうアルマさんを心配して、ボクは全力で走った。魔物に出会う事もなく走り続けたボクはやがて、大広間らしき場所へと辿りつく。かつては華やかな社交の場だったはずのその場所で、ボクは意外な光景を目のあたりにした……。

 

 

 

2014/03/02 初稿

 

 

 


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