ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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天昇篇 12

 

 

 弾けた闇の中から、無数の異形が生まれる。魔物の姿を模った《闇の異形》達は、徒党を組み軍勢と化してボク達に襲いかかった。

《破壊の鉄球》を振り回したドラッケンが軽く十体以上を消滅させ、ボクも負けじとライデインで薙ぎ払う。さらに背後からのゾーニャのイオラによって、残りの集団がまとめて消し飛んだ。ボク達に対して何もできずに消滅した五十体近くの第一陣は、様子見のザコといったところだろうか?

 

 第二陣、第三陣と数を増やしながら現れる闇の軍勢をボク達は、先制攻撃で軽く蹴散らした。第五陣あたりからはそろそろ数と質の釣り合いがとれ始めた。

 

「じゃあ、そろそろ本気になるかな!」

 

 ドラゴラムを唱えたドラッケンが竜化する。金色の鱗を輝かせ一対の巨大な翼を背に、堂々たるドラゴンの咆哮で、押し寄せる闇の軍勢が足をとめた。すかさず灼熱の炎が吐きつけられ、一瞬にして全滅する。

 配下を殲滅されて怒ったかのように、《闇の本体》が一瞬、大きく震えた。その表面を、銀色の輝きが鎖状になって束縛するようにまとわりついている。《闇の本体》の内面で精霊ルビス様の光と闇の意思が衝突しているのだろう。

 

 その束縛の隙間から溢れた闇の一部が再び弾けた。

 現れた《闇の異形》達の軍勢が再び押し寄せる。一つ一つの個体がこれまでのものよりも大型化していた。

 

「あちらさんも、ようやく本気らしいのう」

 

 ボク達の背後でゾーニャが不敵に笑う。前衛のボク達にほとんど獲物を持っていかれて退屈していたのだろう。

 ドラッケンが全身を震わせ冷たく輝く息を連続で吐きつける。ゾーニャがマヒャドを連唱する。異形の軍勢はボク達に達する前に大半が消滅したものの、冷気の攻撃が効かぬ者達もいるようだ。飛び出したボクが《王者の剣》を引き抜き、それらに挑みかかる。

《さみだれ剣》を放って勢いを止め、さらに切りつけたボクの剣筋に沿って火炎が走った。

 

「やるじゃないか、ユーノ!」

「まあね!」

 

《始まりの勇者》との戦いの最中、幾つもの剣の力を吸収しながら、ボク自身もそれらの力を使いこなせるようになっていた。

《火炎切り》、《稲妻切り》、《マヒャド切り》、《真空切り》、などなど。

 今のボクは相手の弱点に合わせて、任意に効果的な技をくりだすことができる。

 ドラッケンとゾーニャが広域攻撃で戦力をズタズタに引き裂き、ボクが止めを刺して回る。そんな戦い方で少しずつ強くなっていく闇の軍勢に対応する。

 

 数度の攻防が繰り返されるうちに、そろそろ、ボク達にも余裕が無くなりつつあった。

 全く途切れることなく後から後から湧きあがる軍勢に、軽口はすっかり鳴りを潜めていた。

 ゾーニャが防御と回復に回る事で攻撃力が落ち、闇の軍勢が勢いづく。それでもボクとドラッケンは前衛に立って押し寄せる闇の異形達を確実に仕留めていた。 僅かな呼吸で互いの意思を察し合いながら、次の手を打つ。何かと内輪揉めしがちだったボク達三人は、ここにきて完璧なパーティーとして機能し始めていた。

 

 延々と我慢比べが続く。

 

 次から次へと湧きでてくるように現れる異形達の集団の数を数えるのは、とうに止めていた。

 さらに激しい戦闘を重ね、ようやく、異形達の出現が収まり始めた。僅かに生まれた空白の時間の中で、ボク達は肩で息をしながら体力の回復を図る。度重なる魔法の連続使用でゾーニャの消耗は思った以上に激しかった。

 

「大丈夫かい、ゾーニャ?」

「ぬ、主よ、悪いが『あれ』を出してくりゃれ」

「あれ?」

 

 ゾーニャと視線を合わせて、直ぐに理解する。《道具袋》から取り出したのは透き通った小瓶だった。魔法で封じられた瓶の中に入っているのは《世界樹の朝露》。

 世界樹の島でボク達が大騒ぎしながら集めたものである。

 一度、ゾーニャが縮んだ身体を元に戻す為に使ったが、望んだ効果は得られなかった。その時の落胆ぶりは見ていて気の毒だったが、それも今となっては過去の出来事である。

 封を開いたそれをゾーニャはボク達三人の身体に少しだけ振りかける。

 神聖な虹色の滴がボク達の身体に沁み渡るや否や、体力と気力が完全に回復し、疲労でぼうっとしかけた頭がはっきりする。

 残り少ない小瓶を丁寧に封じて彼女はそれを胸元にしまう。

《世界樹の朝露》のお陰で戦闘開始前の状態に戻ったボク達だったが、眼前の《闇の本体》にも弱体化の兆候は見られない。闇を縛るように輝く光の鎖の力の方が心なしか弱体化したように感じられる。

 

 再び《闇の本体》が大きく弾け散った。若干、小さくなったように見える《闇の本体》の前に、大型の《闇の異形》が十数体立ちふさがる。

 そのシルエットには見覚えがあった。《ネクロゴンド》で戦ったバラモスのものに似ていた。

 

「やれやれ、お前ら、相当に恨まれているらしいな」

 

 ドラッケンが呆れたように言う。

 

「妾が何故、同胞に恨まれんとならんのじゃ?」

「一族そろって、大方、ゾーマの奴にこき使われてたんじゃないのかよ。勇者の妨害にあって失敗が発覚する度に、ねちねちと小言でいじめられたとか……」

 

 珍しくゾーニャが言葉を失った。心当たりでもあったのだろうか?

 

「キミ達、この状況で余裕あるね?」

 

《王者の剣》に魔力を込めながらボクは呆れた調子で言った。ずいぶんと厳しい状況に立たされているにも拘らず、ボク達にはまた、軽口をたたき合う余裕が生まれていた。

 立ちはだかる《バラモスもどき》達――。

 ボクは《王者の剣》の力を開放して先制のギガ・スラッシュを放つ。次いでドラッケンが冷たく輝く息を、そしてゾーニャがイオナズンを二発見舞った。

 《バラモスもどき》達の足は止まったものの、消滅する様子はない。二手に分かれて前衛のボク達に一斉に襲い掛かる。

 竜化を解いたドラッケンとボクが、盾で突進をくい止めながらバイキルトで強化した攻撃力を叩きつける。会心の一撃で一匹が消滅するものの、さらに後続がなだれこむ。

 

「妾の方にも回すがよい!」

 

《メタルキングの盾》と《グリンガムの鞭》を手にしたゾーニャに二匹が向かう。

 メラゾーマを放って勢いを止め、《グリンガムの鞭》で容赦なく叩きのめした。すっかり大人モードの姿が板についた大魔王ゾーニャに容赦なく鞭うたれる《バラモスもどき》達。その光景からふと古の時代のゾーマと彼ら一族の関係が思い浮かんだ。

 

 遥か古のトラウマが蘇ったのだろうか?

 

 一瞬、動きを止めて怯む様子を見せた彼らの隙をつき、ボク達は次々に止めを刺して行く。時折思い出したように放たれる魔法に耐えながら、ボク達は眼前の強敵を、一匹一匹確実に仕留めていった。

 半数程度を仕留めたところで、戦闘の勝利を予感する。さらに数を減らすごとに戦闘は加速度的に楽になっていった。

 

 と、少しばかり安心したボク達の隙をつき、一匹が大きく後退する。ボク達が残りを殲滅している間に、さらに本体の側に移動した。

 まるで逃げるかのように《闇の本体》の側に立つや否や、あろうことか 《バラモスもどき》は、《闇の本体》に向かって手刀を叩きこむ。巨大な《闇の本体》から声なき悲鳴のようなものが生まれた。

 反撃にあいながらも《バラモスもどき》は突きこんだ手を《闇の本体》から引き抜いた。その手には銀色に輝く光の鎖がまとわりついている。

 

「まずい!」

 

 それまで闇を束縛していたルビスの光の意思が、《闇の本体》から切り離された事に気づく。

 束縛から解放され、一瞬、大きくたわんだ《闇の本体》は、《バラモスもどき》をずたずたに引き裂いて再度吸収し収縮していく。ルビスの光の意思は空間に飛び散って四散した。

 

「防御だ!」

 

 ドラッケンの厳しい声に反射的に従う。

 枷を取り払われた《闇の本体》は収縮し続け、姿と裏腹に強大で禍々しい気配が生まれた。

 

 極限まで収縮した闇が大きく弾け散る――。

 

 それぞれの防具の力を最大限に発揮して身を守ったボク達は、自分達がおかれた新たな現状に背筋を凍らせた。

 弾け散った闇が辺り一面に散らばり、徐々に形を成していく。

 ここまでボク達が葬ってきた闇の異形の数を遥かに上回る集団が、虚無の空間を無限に埋め尽くしていた。実体化した異形達の一部が、ボク達の背後の二つの世界に再び侵入を始めていた。阻止しようにも無限ともいえる《闇の異形》に囲まれ、ボク達は身動きできない。

 実体化した者達の中には先程のバラモスもどきよりも強大な力をもった者達も少なくない。そしてその集団のもっとも奥に、濃い闇の力に満ち溢れた《嘆きの女神》の姿があった。

 

「どうする?」

「一点突破しか……ねえだろうな」

 

 狙うは《嘆きの女神》只一人。その本体を叩けば、どうにかなるのではというのはあまりにも希望的観測すぎた。

 だが、その道のりは険しい。そこにたどり着くまでには凶悪で巨大なシルエットの《闇の異形》達が無数に立ちふさがる事になるだろう。手間を取られてるうちに背後から襲われ、遭えなく……、という展開が容易く予想される。

 

「ユーノ、ドラ王よ。妾に策がある。暫しの間、妾を守って時を稼いでくれぬかや」

 

 振り返ったゾーニャの顔には強い決意の色が浮かんでいた。何か大がかりな事をやるつもりなのだろう。

 

「勝算はあるのか?」

「上手くいけばおそらく、コヤツらを一掃できるはずじゃ」

 

 その言葉に思わず顔を見合わせる。このような状況でゾーニャが虚言を吐く事はない。だが、相当なリスクがある事は当然予想され、ボクは心配そうに尋ねた。

 

「キミは大丈夫なの?」

「主よ、そんな情けない顔をするでない。これでも妾は大魔王ぞ!」

 

 豊かな胸を堂々と張り、紅蓮の大魔王は宣言する。

 

「分かったよ。ドラッケン、ここはゾーニャに任せよう!」

「了解だ。とはいえ、そう長くは持たないからな」

 

 ゾーニャを挟むように守りながらボク達は異形達と睨みあう。それを合図に異形の集団が一斉にボク達に襲いかかってきた。

 広範囲攻撃で吹き飛ばされた集団は、押し寄せる波のように復元し、すぐさま反撃する。

 大技に備えて精神を集中するゾーニャから決して離れぬ距離を保って、ボク達は押し寄せるザコ達に混じって現れる巨大な異形の強力な物理攻撃を、盾だけでなく身体で受け止める。

 ドラッケンは再び竜化して、その巨体を生かし身を呈して異形達の突進を阻止していた。全身の鱗を金色に輝かせ、大きく震わせて放たれる冷たく輝く息が、大集団を薙ぎ払う。

 場所を入れ替えるようにして交替したボクが、残った大型の異形を確実に斬り捨てる。

 だが奮闘虚しく、ボク達は徐々に劣勢に追い込まれつつあった。

 

「ドラッケン!」

 

 数匹の大型の異形に取りつかれ、全身を傷だらけにしながら戦っている彼には、呼びかけるボクの方を振りかえる余裕はないようだ。

 時折傷つく身体を瞑想で回復させ、激しい戦闘を繰り返してきた彼だったが、少しずつ動きが鈍くなっていた。

 盾を正面に構えて精神を集中するゾーニャは、膨大な魔力を集中させる過程で生じる魔力障壁によって、小型の異形は寄せ付けぬものの、大型のものの直接攻撃は防げない。

 如何に傷つこうとも、絶対に後ろへは逃さんとする気迫で異形達と対峙するドラッケンはついに反撃する余力が無くなり、瞑想を繰り返しながら防御に徹する。だが、その消耗は加速度的に進行していく。

 

 ――このままでは保たない。

 

 今、この状況をどうにかすることができる可能性があるのはボクだけだった。だが、ボク自身も複数の大型の異形に詰め寄られ、身体のあちらこちらにダメージを受けながら苦戦している有様である。

 

 ――負けられない。絶対に負けちゃいけないんだ。

 

 ダメージを大幅に回復できる《世界樹の朝露》の小瓶はゾーニャが持っており、精神集中する彼女による行使は不可能だった。大技を発動する為の精神集中をまた一からやり直すことはおそらく不可能だろう。

 

 ――どうする?

 

 焦りが思考を鈍らせる。背後からドラッケンのうなり声が聞こえた。

 その瞬間、ボクが身に纏った伝説の装備が一瞬、黄金色の輝きを示した。暖かな温もりに包まれたボクの脳裏に、一つの呪文が浮かび上がる。

 躊躇している暇はなかった。ありったけの魔力を集中して、ボクは呪文を唱えた。

 

「ベホマズン!」

 

 詠唱と同時にボク達の身体が暖かな輝きに包まれる。三人の身体中の傷とダメージが一瞬にして癒された。一度に大量の魔力が消費された事で起きる目眩で僅かに立ちくらむ。使える魔法は小さなもの一発くらいが限界だろう。

 

「ユーノ、助かったぜ!」

 

 息を吹き返したドラッケンが殺到していた異形達を薙ぎ払う。ボクもあらん限りの力を振り絞って暴れ回る。

 そして、ついにゾーニャの奥の手が完成した。

 

「待たせたの、主ら!」

 

 巨大な魔力を集中させたゾーニャが艶やかに微笑む。

 

「異形共、我らの勝ちじゃ! 出でよ、偉大なる妾が父祖にして歴代の魔王達よ、今こそ荒ぶる力の顕現の時!」

 

 ゾーニャのティアラに嵌めこまれた《魔王石》が強く輝きはじめる。

 ボク達を中心にして魔力が暴走を始め、巨大な渦を巻いて周囲の異形達を薙ぎ払う。だが、全ての異形を薙ぎ払うには余りに小さすぎた。

 

 ――失敗した?

 

 だが、それは杞憂だった。あえて言うなら単なる前奏曲。さらにとんでもない光景がボク達の前に実体化しつつあった。

 圧倒的な力の気配が次々に生まれる。その数、およそ十数体。

 ボク達を守るかのように囲むそのシルエットは、押し寄せる闇の異形達と同じく輪郭だけの存在である。その中の一つに見覚えのあるものがあった。大魔王ゾーマ、その人である。

 

「これぞ我らが魔王の一族に代々伝わる究極の秘儀、魔王召喚じゃ」

「魔王召喚って、じゃあ、これは全て代々の……」

 

 ボクの問いにゾーニャは片目を瞑って答えた。

 

「ユーノ、最後の仕上げじゃ。妾の合図でアストロンを頼むぞ」

「アストロンを?」

 

 一瞬首を傾げたものの、直ぐに全てを理解する。

 召喚された魔王達の影は次々に魔法の詠唱準備に入り、ボク達の周囲に強力な魔法障壁が生まれる。大型の闇の異形の攻撃すら軽く弾き飛ばす馬鹿馬鹿しいまでに巨大な魔力の力場が、徐々に収縮していく。

 

「おい、これって……まさか……」

 

 呆然とするボクとドラッケンにゾーニャが胸を張って答えた。

 

「大魔王とその一族の真の力、よく見ておくがよい。ユーノよ、アストロンを!」

 

 残りすべての魔力を込めてボクはアストロンを唱えた。ボク達三人の身体が徐々に鋼鉄よりも固くなっていく。

 さらに蓄積していく魔王十数人分の全魔力が、ボク達の側で凝集していく。青白い火花が飛び散りはじめ、それらに巻き込まれて焼かれた《闇の異形》達が次々に消滅した。

 周囲に異様な力場を生み出し、空間を捻じ曲げながら凝集する魔力がついに臨界に達する。そして魔王達が唱和した。

 

「ギガイオン!」

 

 虚空に一瞬静寂が訪れたかと思うや否や、極限まで圧縮された魔王十数人分の膨大な魔力が一気に爆発する。最初の爆発がさらに連鎖し、爆発が爆発を飲み込んでさらに膨れ上がり、虚空にある全ての《闇の異形》と術者である魔王達をも飲み込んでいく。

 世界の始まりとはかくのごときか、とも思わせる眩しい輝きの生み出す空前絶後の破壊力の中で、鋼鉄よりも固くなったボク達はただ圧倒されるだけだった。

 やがて、全ての存在が薙ぎ払われて、虚空に静寂が戻る。

 虚空の中に残ったのは、二つの世界とそれをつなぐ六角柱、アストロンのとけたボク達、そしてギガイオンの威力をまともに浴びてボロボロになった《嘆きの女神》の姿だった。

 無限とも思える圧倒的な数の《闇の異形》の軍勢を一瞬にして消し去った魔王の一族の底力に、ボク達は唖然とする。術者であるゾーニャすらも驚愕を隠さなかった。

 

「こんなものまともに使ったら世界が滅びかねねえな……」

 

 ドラッケンが呆れ返った。これからは口ゲンカも程々にしなければなどと考えているのだろうか?

 

「残念じゃが、妾がこれを使う事はもうできんがの……」

「えっ、そうなの?」

「うむ、魔王召喚ができるのは生涯に一度だけ。代々の魔王は言う事を聞かぬ同族に対しての脅しとしてのみ、この秘術を伝えてきたのじゃ」

 

 敵味方関係なく全てを蹂躙しつくすギガイオン。

 それは本来、魔王の一族に伝えられる支配の為の秘術の一つだったという。

 魔王に反旗を翻すものあらば、《ロンダルキア》ごと、根こそぎ消滅させることも辞さない――という容赦ない力を誇示する事で、魔族は支配されてきたという。

 ゾーニャのティアラに嵌った《魔王石》の色は今や鈍くくすんでいる。《魔王石》が元の輝きを取り戻すのは、いつか訪れるであろう未来において、現在の所有者であるゾーニャが永遠の眠りにつく時。己の絶対的な支配者の力と引き換えに、彼女は世界を救わんとしたのだった。

 

「実をいうとな、妾はこのようなもので脅しながら、同胞を支配しようという考えが昔から気にいらぬでの……。せいせいしたわ」

 

 すっきりとした顔で彼女は笑う。ちょっとだけへそ曲がりな美人大魔王は、もしかしたら新しい魔族のあり方を導くやもしれない。

 

「二人とも、お喋りはそこまでだぜ。まだ、戦いは終わっちゃいないんだからな!」

 

 虚空にぽつりと漂う《嘆きの女神》。すでに全身ボロボロと化したその姿には戦う力は残っていないようだった。

 長く苦しい戦いの末に、今、ボク達は王手をかけようとしていた。

 

「とどめだ!」

 

 竜化を解いたドラッケンが《竜神王の槍》を手に猛然と突進する。

 ヒステリックな嘆きの叫びが空間を引き裂く中、ドラッケンは自らの負傷も顧みずに槍を突き立てる。

 ドラッケンの槍の穂先が女神を捉えた瞬間、時間と空間が凍りつき、時が止まったように感じられた。

 

 ――やったのか?

 

 結末を確認すべく、ボクとゾーニャがドラッケンの背を追おうとした。

 

「来るな!」

 

 突然、ドラッケンが叫んだ。その身体を一本の闇の刃が貫いていた。

 

「ドラッケン!」

 

 ボク達の呼びかけに応える事もなく、苦悶の声を上げたドラッケンは、一瞬にして闇の中に飲み込まれた。女神がその輪郭をはっきりと取り戻す。

 

「ドラ王を食ったのか……あやつ」

 

 驚愕するボク達に、力を取り戻した《嘆きの女神》が襲いかかる。嘆きの叫びが虚空を揺るがし、ボク達にダメージを与える。ゾーニャを庇って前に出ようとしたボクに向かって、闇色の女神の身体から複数の闇の刃が生まれ、勢いよく放たれた。

 

 防御か回避か。

 一瞬対応に遅れたボクに刃の群れが迫る。

 

 突然、強い力が背後からボクを撥ね飛ばした。刃の群れの直撃から逃れたボクの目の前には、その身を呈してボクを庇い、堅固な《メタルキングの盾》をものともせずに貫通した複数の刃を突き立てられたゾーニャの姿があった。

 

「ゾーニャ、どうして……」

 

 愕然とするボクの前で闇の刃に貫かれながらも、彼女は悠然と微笑む。

 

「約束したじゃろう。主を守ると……」

 

 それは、ゾーニャが元の姿を取り戻したその日に戯れるようにボクに囁いた言葉だった。

 僅かに浮かんだ苦悶の表情をすぐに消し、彼女は《嘆きの女神》を睨みつける。慌てて駆け寄ろうとしたボクを彼女は一喝して押し止めた。

 

「来るでない、ユーノ!」

「でも……」

「離れておるのじゃ。この闇は闇の眷族である妾の力すらも喰らおうとしておる。女神の癖に全く悪食も甚だしい。例え神であっても悪意と盲念と欲望に取りつかれて我を忘れた(おなご)とはかほどに醜いかや……」

 

 彼女に刺さった二本の刃が炎で燃やしつくされる。だが、同時に他の刃がその太さを増した。襲いかかる激痛に顔色一つ変えずにゾーニャは耐えていた。

 

「どうやら、こやつは一撃で仕留めねばならんようじゃ。それこそ魔王召喚クラスの力で……、薙ぎ払えれば……」

「そんな……」

 

 その生涯においてたった一度しか使えぬ切り札は、とっくに使いきった後である。

 

「ユーノよ! ここは妾に任せよ。多少の時間稼ぎくらいはできるはずじゃ!」

「ゾーニャ!」

「これ、情けない顔をするでない。主はこの大魔王である妾が唯一心を許した男なのじゃぞ! 妾もドラ王も未来を切り開く事の出来る主の……、ユーノの力を認めておる!」

 

 ゾーニャの紅蓮の髪がゆらゆらと揺れ始め、膨大な魔力が満ち始める。

 

「別れの言葉は言わんぞ! 主を……、我が最愛のユーノを信じておる!」

 

 身体に突きささる刃の痛みをものともせずに、ゾーニャは《嘆きの女神》に突進した。真っ赤に燃え上がる炎に包まれた大魔王が《嘆きの女神》に体当たりをかける。

 

「メガンテ!」

 

 詠唱と同時に爆発が《嘆きの女神》を巻き込んだ。巨大な魔力の暴走に《嘆きの女神》のシルエットが大きく崩れる。ゾーニャの命の輝きが生み出した巨大な爆発を包み込むかのように闇が広がり、全てを飲み込んだ。

《嘆きの女神》は、再び元の形を取り戻す。ゾーニャとドラッケンの全てを取り込み、さらなる力を増して……。

 

 ――そんな……。

 

 ゾーニャの身を呈した渾身の一撃が、時間稼ぎにすらならなかった現実の残酷さに、ボクは呆然として立ち尽くす。

 そんなボクをあざ笑うかのように、再び嘆きの叫びが空間を走り抜ける。

 闇色に染まる《嘆きの女神》。

 一瞬にして大切な仲間達を失い、戦う気力も体力も喪失したボクは、目の前に広がりボクの全てを喰らわんとする巨大な闇の前に成す術もなかった。

 

 

 

 そして、世界は闇色に染まった……。

 

 

 

2014/07/27 初稿

 

 

 


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