ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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天昇篇 11

 

《ロンダルキア》――。

 

 主である新たな魔王不在のその地では多くの魔族達が、種族を問わずに労働による汗を流していた。新たなる《ロンダルキア城》建設予定地では、数多くの魔族達がその建築作業に従事しつつある。

 生まれてこの方、創造なる行為とは全く無縁の魔族達の中には、建築作業に背を向ける者達もまだ多い。

 

 敗北続きの《ロンダルキア城》跡に新たな居城を作る事には、新魔王であるゾーニャだけでなく多くの者達が反対の意思を示した。

 結果として、新たな用地を開拓すべく、彼らの作業は地慣らしから始まった。岩だらけの不毛の山々を呪文で弾き飛ばし、新たな土地を切り開く。力自慢達が巨岩を運んで積み上げ、器用な者達が土をこねて焼き上げる。

 人間の職人たちに比べればはるかに不器用な手並みながらも、地道な作業を積み重ねて、小さな作業小屋を一つ一つ造り上げていく。

 一つの物が生み出され、さらにその隣に又一つの物が形作られる。その過程で得られる創造の喜びは、争いばかりを繰り返し続けた魔族達の顔に明るさを生み出し、一人、又一人、一匹、又一匹とその面白さにのめり込んでいった。

 世界救済の旅へと赴いた魔王の帰還を新たな城でお迎えしよう――そんな目標を掲げた彼らの日々は一日、又一日と飛ぶように過ぎ去っていった。

 

 そんなある日の事――。

 

 その日の作業に取り掛かるべく、種族を越えて仲間となった者達と声を掛け合った彼らの頭上の空が、突然怪しげな色に輝き始めた。不気味な色で燦然と輝く空の様子に、闇の眷族である魔族達はその闘争本能を刺激され、大騒ぎとなった。

 指導者不在で根拠の不明確な情報が錯綜する中、突然、空から無数の《闇の異形》が、新しい城の建築現場に降り立った。

 苦労して作り上げた幾つもの努力の結晶を次々に破壊し、暴虐の限りを尽くすそれらに、魔族達の怒りが向けられた。破壊するだけしか能のないかつての己の愚かな姿をそこに重ねながら、魔族達は僅かに芽生えかけた誇りと創造の喜びを守るために、無粋な襲撃者の排除へと一致団結する。

 時折、勢い余って自分達の作り上げた建築物を破壊しながらも、彼らはこれまでとは異なる種族のあり方に目覚めつつあった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 突如として空から襲来した《闇の異形》達は、広大な《アレフガルド》の大地にも降り立っていた。

 かつての騒乱を収めた勇者の少年が流れ着いた浜を中心に、多くの異形が降りたち、着々と大地を闇色に染め上げた。騒ぎを聞きつけ《アレフガルド》中から竜族の戦士達が集まってきた頃には、相当数の闇の軍勢が形成され、部族、等級を問わずに団結した竜族達はその排除のために大いなる戦いを挑んだ。

 だが、何処からか現れる闇の軍勢の援軍は一向に絶える様子はなく、時を追うごとに竜族達は疲弊していく。

 

「こんな時、若がいてくだされば……」

「やめぬか、今、若も又苦しい戦いをされていらっしゃる。そう伝え聞いておるであろう?」

「しかし……」

 

 指揮官不在の影響は大きく、勇猛果敢な竜族達もいつ終わるか知れぬ戦いの連続に、消耗しつつあった。全く顔の見えぬ敵の姿に翻弄されながらも、勇敢な者達が先頭に立ってどうにか、異形達の軍勢の侵攻を食い止めていた。だが、時を追うごとに一人、又一人と犠牲者が生まれ、竜族の部隊は徐々に浮足立っていく。

 

「一度、城にまで後退して体勢を立て直すべきでは……」

「南にも敵が現われたというぞ」

 

 疑心暗鬼になりながら、腰の引け始めた竜族達。だが、意外な場所から援軍が彼らの元に現れた。

 遥か沖合から浜に向かって、派手派手しい飾り付けのされた一隻の大型帆船が直進する。座礁気味に船体を海底にこすりつけて止まるや否や、十数人の竜人達が船から飛び降り、シーサーペントの背に乗って上陸した。

 その先頭に立っていたのはきらびやかな輝きに満ち溢れた少女だった。

 海岸に辿りつくや否やドラゴラムで竜化して、闇の軍勢の真っただ中に単身飛び込んでいく。慌てて付き従う部下達と共に戦場を縦横無人に駆け巡った。数人の戦士達でようやく一頭を仕留める事ができる程の力をもつ闇の異形を、軽々と蹴散らし、氷炎を次々に吐きつける。一族でも滅多に現れぬという漆黒の鱗を身にまとった、そのとてつもない強力な援軍の正体に気づいた竜族の戦士達は恐慌をきたして、我先に戦場にかけ戻った。

 爆発的な士気の増加で海岸を埋め尽くしていた闇の軍勢は瞬く間に駆逐された。

 

《闇の異形》達が全て消滅し、打ち寄せる波の音だけが静かに響く中、竜族達は現れた援軍を率いた少女に一斉に片膝をついて頭を垂れた。誰もが皆、怯えていた。そんな戦士達の姿を目の当たりにしながら少女はにこやかに笑う。

 

「御苦労さまでした、皆さん。竜族の戦士らしく、皆、実に勇敢に戦われた御様子。このメーヤ、留守中の兄様に代わって礼を申します」

「はっ、小竜姫様。御支援ありがとうございました」

「この戦場はどうにか収まりましたが、次は南の方に大きな一団が現れたと聞きます。皆の者、直ぐにそちらに向かって下さい」

「し、しかし、姫様……。皆、度重なる連戦で今やずいぶんと消耗して……」

「走りなさい!」

 

 にこやかに少女は笑う。空気が凍りついた。

 

「偉大なる竜族の戦士達よ! 走りなさい、今すぐに! 立ち止まる事は決して許しません! 私達の故郷を蹂躙する無粋な輩に竜族の恐ろしさを叩き込むのです、徹底的に! それともまずは私が手本を示しましょうか、貴方達の身体に?」

 

 いつの間にか琥珀の瞳は闇色に染まっている。彼女の逸話を知る誰もが震えあがった。

 

「世界を救う旅へと赴いた兄様が御帰りになられた時、愛しい故郷が荒廃していたならば、どれほど胸を痛められるでしょうか? メーヤはそのような兄様に会わせる顔など持ち得ません。自ら死を選びます。愛する者、そして愛する大地を満足に守れぬ無能な者など、我が竜族には要りません。当代の竜王である兄様が貴方達に求めるのは、出自ではありません。竜族とこの地の守護の為にその身を差し出して戦う事だけです。戦士たちよ、貴方達が立ち止まる事を許されるのは前のめりに倒れて死んだ時のみ。走るか死ぬかを選びなさい! 一歩でも後退を選ぶものならば、不肖、このメーヤが手ずから引導を渡して差し上げましょう」

 

 闇色の瞳で艶然と小竜姫は笑う。

 

 ――小竜姫様はマジで殺る御方だ!

 

 有言実行、否、有言即行の彼女の言葉に恐慌をきたした戦士達は一斉に立ち上がり、竜化して一目散に走り出す。身体の疲れも傷の痛みも恐怖が根こそぎ奪い去り、広大な大地を狂乱しながら走り抜ける竜族の一団が戦場を求めて各地へと散っていく。

 その姿を見送ると、琥珀色の瞳に戻った彼女は、不気味に輝く空を見上げた。

 

 ――兄様、ご安心を。こちらは大丈夫です。一日も早い御帰還を、メーヤは首を長くしてお待ちしておりますわ。

 

 すでに城には彼女が丹精込めて縫いあげたウェディングドレスが届けられている。王の帰還祝いと同時に執り行われることが決められた祝言の計画に一分の隙もない。最も愛する者との華やかな晴れ舞台は、少女一生の夢である。

 

 故郷で密かに進められる微笑ましい企みを察して、はるか異界に身を置いた天竜王たる若者が、悪寒とともにくしゃみを連発したかどうかは定かではなかった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 怪しげに移り変わる空の色に怯える人々を次々に王宮へと誘導するのは、《ローレシア》王宮兵士たちの仕事だった。

 昨日までにぎわっていた年に一度のバザーには、《ローレシア城下街》でなく、《リリザの街》や名もなき村々からも人々がやってきて、例年通りに盛況だった。否、そのにぎわいは例年以上だったと言えるだろう。

 

 震える大地は人々の心の中に小さくない不安を植え付け、少しでも確かな事を故郷に伝えるべく、多くの人々が不確かな情報を交わしていた。いつもは楽しい祭りであるはずのそのバザーが、今年は少しばかり殺気だったように思えたのが、《ローレシア城下町》に暮らす人々の総意である。

 世界の終焉――密かに語られるデマを打ち消す事に躍起になったお偉いさん達に振り回される日々の中、その異変は唐突に起きた。

 

 バザーを終え、故郷へ帰ろうとする人々は、突然変転した見た事もない空の色に恐怖した。

 全てを薙ぎ払う暴風雨よりも恐ろしい事態が起きる事を確信した人々は、パニックに陥った。

 そして現れる《闇の異形》達。

 国王陛下の機転で、堅固な防御を誇る王宮の中へと次々に人々を誘導しながら、王宮兵士たちは己が任務を全うする。

 

「兵士長殿! 北門前にもまた一匹現れたと知らせが……」

「あちらはまだ手薄だったな」

「自分が行きます!」

 

 声を上げたのは一人の若い兵士だった。

 一年以上前に、とある事件で瀕死の状態だった彼は、当代の勇者に命を救われた。以来、誰よりも熱心に戦いの技を磨き、日々、研鑽に勤めていた。一度の修羅場は、百の訓練よりも兵士の心を育て上げるという。自信に満ち溢れたその表情を見て、兵士長は彼に数人の部下をつけて送り出す。

 戦場となった城下町はさらに混とんとする。

 

「ほーほっほっ。もう、おしまいよ! 世界の終焉がついにやってきたのよ! 破壊神様のお導きを……」

 

 気のふれたかのように喚きちらす女はおそらく、最近勢力を殺がれつつある邪教徒達の一人なのだろう。

 ごった返す人ごみをさらに混乱させる彼女だったが、空から降りたった《闇の異形》に踏みつぶされた。その光景を眼前に人々の間に恐怖が伝染する。錯乱する人々を一人でも多く助けようと奮闘する部下達に状況を預け、兵士長は《鉄の槍》を手に単身、異形へと立ち向かう。

 決して弱くはない異形の攻撃をうまく防御しながら、熟練の技で翻弄する。だが、不意をつかれて吐き出された毒霧をまともに浴び、彼は窮地に立たされた。

 

 ――おのれ、このようなところで……。

 

 守らねばならぬ大切な者達の姿が脳裏をよぎる。

 止めを放たんとする異形に相討ち覚悟で最後の抵抗を試みようとしたその時、《闇の異形》の動きが止まった。背後から突き出された槍の穂先がその胸郭を鮮やかに貫いていた。断末魔を上げて消滅した異形の向こうには、二十数年来の旧友の姿があった。キアリーを唱えて解毒し、彼は差し出された手をとって立ち上がる。

 

「靴屋のオヤジがいい年をして、勇者ごっこか、ユグノー?」

「ふん、お前達本職の兵士があまりにだらしないんでな、加勢してやったのさ」

 

 兵士時代に身につけていた装備は古ぼけているものの、よく手入れされている。それは戦いの場に一度でも身を置いた者の本能だった。古傷の片足を引き摺る友人と並びながら、次の標的に向かう。

 現れた《闇の異形》は先ほどとは比ぶるべくもなく大きい。二人では手に余る代物だった。それでも彼らは退く事はない。

 

「いいのか、ユグノー? 長いブランク開けにこいつは少々きついんじゃないのか?」

「フン、舐めるなよ。俺を誰だと思っている。当代の勇者の父親だぞ。世界の為に戦うアイツの父親が不様な真似ができるか!」

「この親バカめ!」

 

 一年以上前に、当代の勇者として旅立った少し頼りない少年の姿が思い出された。

 息子の旅立ちを後押ししたという旧友の言葉に、当時の彼はずいぶんと驚いたものだった。

 振り返って冷静に状況を考えれば、彼の息子の旅立ちは、世界の為だけでなく、少年自身の身の安全の為にも正しい選択だった事は一目了然だった。

 人の世とは決してきれいなものではない。

 王宮内に当然の如く跋扈する悪意は、運命に選ばれた勇者の意義よりも、人の世の打算を優先させる。行方不明となった事すらある一人息子の困難な旅路を黙って見守り続けた旧友の髪には、白いものの数が目立ち始めていた。時に酒の力を借りながら、ずいぶんと忸怩たる思いに耐えてきたのだろう。

 幾つもの民家を蹴散らしながら迫りくる《闇の異形》の前に、二人は堂々と立ちはだかる。だが、新たな敵は少しばかり厄介だった。

 

「どうした、ロートル、もうおしまいか?」

「お前こそ、息が切れてるぞ。本職がそんなザマでどうする?」

 

 攻撃と防御を分担して、どうにか足止めに成功したものの、その先が続かない。頑強な竜族の戦士達ですら単独では苦戦する相手である。徐々にジリ貧になっていく戦況だったが、ベテラン達は互いを鼓舞し合いながら冷静に機会を窺う。

 不意に別方向から放たれたベギラマが異形の注意を逸らし、《隼の剣》を手にした一人の戦士が鮮やかに斬り込んで華麗な剣さばきを見せた。さらに仲間と思われる傭兵達の一団が、異形に取りついた。チャンスとばかりにベテラン達も立ち上がり、強大な異形を瞬く間に粉砕する。

 

「助かったよ、キミ達は確か……」

 

 彼らが《ルプガナ》からやってきた王家の認可状をもつキャラバンの一行であったことを思い出す。数人の傭兵達が背後の物陰に隠れていた避難民を城へと誘導し始めた。

 

「よろしければ、このまま合流しませんか?」

 

 一団を率いる若い男と相棒らしきすらりとした若い女が声をかける。金で動く傭兵でありながらも、その統率のとれた手並みに並々ならぬものを感じ取る。

 

「君たちは民間人なのだろう。このまま王宮に留まっても構わぬはずだが……」

 

 兵士長の問いに男女が顔を見合わせて小さく笑い合う。

 

「なに、俺達は個人的に当代の勇者のやつに大きな借りがありましてね。今頃、世界の危機なんて無茶苦茶な相手と空の上で戦っているだろうアイツの代わりに、帰ってくる故郷を守ってやりたいと思っただけですよ」

 

 二人のベテランが顔を見合せた。

 

「それに私達だけじゃありません」

 

 若い女が彼らの背後を指さした。

 そこには軽装備に身を包んだ十数人の少年達がこちらへと駆け寄ってくる姿がある。

 

「こっちは終わったぜ、フォックスさん! 次はどうしたらいい?」

 

 少年達は青年の指示で、非難民の誘導と戦闘を行っていたようだ。

 

「キミ達は、一体?」

 

 まだ大人と看做される歳になってさほどの時がたっていない少年達の姿に眉を潜める。

 

「オレ達かい? 驚くなよ、おっさん達。オレ達はなぁ、なんと……」

 

 少年たちの声が唱和する。

 

「『当代の勇者のトモダチ』だぜ!」

 

 自信満々に一人の少年が言う。

 

「オレはな、勇者ごっこでピンチに陥っていたアイツを助けてやった事があるんだぜ!」

 

 一人の少年が続けた。

 

「オレは、試練の最中に荷袋に穴を開けて泣きベソかいてたアイツを助けてやったのさ!」

 

 さらに一人の少年が続ける。

 

「甘いよ、君達! 僕なんて、試練の泉で苦戦してた彼を手助けして……」

「ウソ言ってんじゃねえよ!」

 

 居合わせた一同から一斉につっこみが入った。エへへと舌を出して頭を掻く少年の姿に、空気が和んだ。その姿を目の当たりにして微笑む靴屋の旧友の目に何かが輝いた。

 合流した彼らの前に再び、闇の異形が現れる。

 青年の指示で、傭兵と少年たちがすばやく左右に分かれ、慣れた様子で魔法攻撃を始めた。

 次々に弾け飛ぶ眩しい輝きを前にして、二人のベテランは顔を見合わせた。

 

「靴屋、そろそろ王宮に引き籠ってもいいんだぞ!」

「舐めるなよ、ロートル兵士! これでも俺は、昔……」

 

 歳月を重ね落ち着いた顔にかつての少年の頃の面影をだぶらせながら、旧友は満面の笑みを浮かべた。

 

「勇者を目指して、試練の道のりを片道歩き切った男だ!」

 

 咆哮と共にかつて勇者にあこがれた少年達は、侵略者達に向かって突撃する。

 かつて目覚める事のなかった小さな勇気の欠片達は、今、決して失いたくないものを守らんとして、輝き始めていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 無限に広がる虚空――。

 突如として投げ出され、足元を踏みしめる地面の感覚が完全に消え去り、ボクは一瞬、平衡感覚を失いかけた。パニックを起こさなかったのは、つないだ左手から感じ取れるゾーニャの温もりのお陰だった。

 無限の色彩が交差する世界の中で、寄り添って漂うボク達の肩を不意に誰かが強く掴んだ。

 振り返れば背に一対の翼を広げたドラッケンの姿がある。

 

「ドラッケン、その翼は……」

「フン、竜族がデカくて火を吐くだけの時代は終わった。天竜王に不可能はないんだよ」

 

 ルザロとの戦闘中に言われた事をまだ根に持っていたようだ。兎にも角にもこの虚無の空間で自在に動けるのはドラッケンだけらしい。

 と、ボク達の周囲を光の結界が覆う。見えない地面を踏みしめる感覚を足元に取り戻してボク達は安堵する。

 

「私とした事が、貴方がたに渡さねばならぬものがあった事をすっかり失念しておりました」

 

 ここにきて、ドジっ子ぶりを初めて発揮するブリスさん。ポーカーフェイスはいつもどおりだったが……。

 

「見よ、ユーノよ……」

 

 ゾーニャの傍らでドラッケンも息をのんでいた。彼女が指し示したボク達の背後には、巨大な六角柱が空間を漂っている。上面と底面の六角形の中に二つの世界が浮かび上がり、二つの六角形を六色の柱が繋いでいる。

 

「あれが、俺達の世界か……」

「そうです、そして……あれが……」

 

 ブリスさんが六角柱の中ほどにある闇を指さした。それは二つの世界からさらなる闇を吸い上げながら、六角柱の外へと移動し始めた。

 

「大地の精霊にして《嘆きの女神》ルビス……じゃな」

 

 六角柱から離れたことで、彼女は今、一時的に世界から切り離されているという。

 

「あれを倒すのがボク達の役目なんだね」

「らしいな……」

 

 問題はこの足場のない状況でどうやって戦うかという事だろうか。だが、その解決策を示してくれたのはブリスさんだった。

 

「天竜王、貴方はその翼の力で自由に動けますね」

「ああ。問題ねえよ、すぐに慣れるはずだ」

「では《真の勇者》と《大魔王》よ。貴方方にはこれらを渡しておきましょう」

 

 ブリスさんが手の中に生み出した光がゾーニャの中に消えていく。

 

「ヒルーラ。この呪文を使えば、貴女は自在に飛べるはずです」

「ほう、それは便利じゃな……」

 

 さらにブリスさんは手の中に輝く羽を二枚取り出した。

 

「《真の勇者》よ。これは《ラーミアの羽》です。ラーミアの翼の力が宿っています」

 

 ふわりと浮きあがった二枚の羽の力が僕の履いていた《覇者のブーツ》に宿った。一瞬、黄金色に輝いた《覇者のブーツ》は又元の青色の輝きを取り戻す。

 

「《真の勇者》よ、《天竜王》よ、《大魔王》よ。ここから先の未来を貴方がたに託します。どうか、迷えるルビスと世界を救ってください」

 

 ブリスさんの身体の輪郭がぶれ始める。

 

「ブリスさん?」

 

 驚くボクに彼女は小さく微笑んだ。

 

「私も又、《ルビスの欠片》。あるべきところに帰る時が来ました。ごらんなさい」

 

 彼女の指し示す先には六角柱がある。両面に映った世界から不意に幾筋かの光が浮き上がり、闇となって漂うルビスに吸い込まれていく。

 

「あれらも私と同じく《ルビスの欠片》である光の意思。私はこれより元のルビスと同化し、少しでも闇の力の活動を抑えることにします。その間にどうか……」

 

 ブリスさんの身体が光に包まれていく。

 

「貴方達と過ごした時間は決して無駄にはなりません。私はそう確信します」

 

 最後の言葉を残して、彼女は光となって闇の中へと吸い込まれていく。

 言葉を失うボクの手をゾーニャが強く握った。

 

「主よ、別れを惜しむのは全てが終わった後じゃ」

「そうだな。アイツの正体がどうであれ、残した思いは本物なんだ。オレ達しかそれを叶えてやることはできないんだからな」

 

 二人の仲間に背を押され僕は小さく頷いた。ブリスさんが残した結界が徐々に消えて行く。

 

「じゃあ、行くとしようかの……」

 

 ヒルーラを唱えたゾーニャがふわりと舞い上がる。

 

「最後の戦いだ!」

 

 翼を大きく広げたドラッケンが咆哮する。

 

「行こう! ボク達の時代のボク達の居場所。そしてボク達の未来をボク達自身の力で勝ち取るんだ!」

 

《覇者のブーツ》から二対の翼が生まれる。翼の力で僕は宙空へと駆け出した。世界の六角柱を背にして、巨大な《闇の本体》と化した精霊ルビス様、否、《嘆きの女神》と対峙する。ボク達の到着を待っていたかのように、巨大な《闇の本体》が一瞬震え、その一部が大きく弾けた。

 

 

 

2014/07/23 初稿

 

 

 


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