ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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天昇篇 10

 

 通路は続く。

 全く生き物の気配のない澄みきった空気の中を、ボクの足音だけが確かに響く。

 

 前へ、前へ。さらに前へ……。

 

 当代の勇者としてボクは胸を張り、先を急いだ。やがて通路の先に大広間が再び現れた。その場所にもやはり人影が一つ。

 先程の《伝説の勇者》と同じ青い甲冑を身にまとい、ボクと同じ《水鏡の盾》が左手に輝いていた。

 しっかりとボクを見据えるその顔は少しだけ大人びて、それでいて孤高の空気を纏っている。彼こそ、はるか古にたった一人で竜王と戦った《孤高の勇者》なのだろう。

 その凛々しい姿を目にした瞬間、ボクは再び精神を緊張させる。もう同じ過ちを繰り返す事はない。すらりと《稲妻の剣》を抜き放ち、歩調を変えることなく彼に歩み寄る。

《孤高の勇者》も剣を抜く。伝説の刃がきらりと輝き、彼もボクにむかって歩みだした。その姿を迎え撃たんとするボクは、手にした《稲妻の剣》の力を全開に引き出し、さらに魔力を練り上げる。

《孤高の勇者》の気配が揺れると同時に、ボクに向かってベギラマが放たれた。かわすことなく全身でそれを受け止めたボクが怯む事はない。今のボクの全てを込めた《稲妻の剣》もろとも、《孤高の勇者》の間合いに踏み込み叩きつける。

 

 交錯する二筋の剣光――。

 

 一瞬すれ違って、ボク達は互いの傍らをすり抜けた。《大地の鎧》の左肩口の部分がはじけ飛び、激しい痛みを覚えた。

 そのまま歩みを止めずボクは先へと進んでいく。《孤高の勇者》の気配が消え去っていく事を背中で感じ取りながら、会心の一撃の手ごたえと共に《稲妻の剣》を鞘におさめた。

 大広間の先の通路へと向かうボクに、声なき声援が聞こえたような気がした。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 次の大広間に辿りつくのに、さほどの時間はかからなかった。負傷した左肩にベホイミをかけながら歩き続けるボクは、ようやくこの延々と伸びる回廊の突きあたりとなる最後の大広間に辿りついた。

 

 その場所にもやはり人影が一つ。

 

 大広間に入ったところでボクは足を止めた。中央にすっくと立ちはだかるその者の放つ圧倒的な気配に、ボクは気圧されそうになっていた。

 少年と青年のちょうど中間のような年頃の彼の顔に浮かぶのは、決して揺るがぬ意思の強さと不屈の闘志。

 ボクは彼に見覚えがあった。この旅の中で時折夢に出てきた彼だった。

 背には世界を切り裂く覇者の剣を背負って光り輝く甲冑を身にまとい、揺るがぬ鉄壁の防御力を誇る盾を手にした彼は、ボクと同じ兜をかぶっていた。

《始まりの勇者》。

 彼こそが、アリアハンで出会ったオルテガさんの息子であり、伝説の始まりとなった勇者その人なのだろう。

 いかなる逆境も不屈の闘志で乗り越え、バラモス一族と史上最強の大魔王ゾーマを倒した伝説の《始まりの勇者》が今、ボクの前に立ちはだかっていた。

 

 一つ大きく深呼吸して、ボクはすらりと稲妻の剣を抜く。この《始まりの勇者》を乗り越えなければ、全ての結末への道は開かない。

 雷光の輝きに満ちるボクの《稲妻の剣》を目にした《始まりの勇者》が右手を天に伸ばす。宙空から一本の剣の柄が現れ、それを掴んで勢いよく抜き放つ。バチバチと電撃を放つその輝きは、ボクのものよりも遥かに色鮮やかだった。

 眼前に立ちふさがる《始まりの勇者》は、かつて世界中を旅してあらゆる武器を集め、それらをすべて自在に使いこなしたという。

 力も技も武器の扱いも全てが上。

 それでもボクは当代の勇者として負ける訳にはいかなかった。先手をとって最大最強の一撃を叩きつける。

 

「ギガ・スラッシュ!」

 

 確かな手ごたえと共に、ボクの一撃を受けようとした《始まりの勇者》の《稲妻の剣》が真っ二つに折れて、消滅する。だが、《始まりの勇者》に動じた様子はない。再び宙空に手を伸ばし《雷神の剣》を取り出した。先ほどとは比べ物にならぬほどに圧倒的な電撃が刀身から弾け散る。

 飲まれそうになりながらも気合と共に立ち向かう。再びボク達は衝突した。

 剣の折れる鈍い音が、周囲に響き渡る。ボクの手の中の《稲妻の剣》の刃が中ほどから折れ、みるみる鈍くくすんだ色へと変化していく。幾度もの修羅場を共に潜り抜けてきた最強の武器を失い、ボクは大きく動揺した。

 慌てて、道具袋に手を突っ込み代わりの武器を探す。

 

《鋼鉄の剣》、《ドラゴンキラー》、《光の剣》。

 

 今のボクの手持ちの武器の中でおそらく最も強い《光の剣》を取り出そうとした。瞬間、ボクの眼前に輝きが生まれ、一本の剣が現れた。

 

《錆びた剣》。

 

 ルザロが復活させて奪い去り、ロンダルキアでボクに譲られた使い道のない剣が眼前に浮かびあがる。反射的にそれを手にしたボクの前に、更なる奇跡が起きた。《道具袋》の中に入っていた三本の剣と二つに折れた稲妻の剣が光の玉となって宙に浮かび、《錆びた剣》の刀身に吸い込まれる。四つの光を吸い込んだ錆びた剣の刀身が、僅かに輝きを増した。ボクの中に何かが宿り、さらに剣そのものも少し長くなったような気がする。

 それを手にして再び《始まりの勇者》と激突する。力と技と速さが合わさった重すぎる一撃を受け止め、怖じることなく反撃する。二合、三合と打ち合う度に、錆びた剣の刀身が、《雷神の剣》の力をどんどん吸い上げ、その消滅と同時にさらに輝きを増した。

 

《始まりの勇者》が手を伸ばし、宙空から《はやぶさの剣》を取り出す。それを手に、先ほどまでの重い攻撃とはうって代わって、鋭く素早い連続攻撃で彼はボクを翻弄し始めた。盾と剣でどうにか防ぐものの、針の穴を通すかの如き正確無比な連撃の突きが、瞬く間にボクの全身を削り取る。

 若干、輝きが戻っているとはいえ、手にしているのは武器としてはあまりにも鈍らで頼りない《錆びた剣》。

 それでもボクは怯まない。怯んでいる訳にはいかなかった。

 当代の勇者として、決して負けてはならぬという思いがボクの中に不屈の闘志を生み出し、みなぎる勇気へと昇華していく。

 それに呼応するように鈍らな《錆びた剣》が軽くなり、ボクは閃光と化して襲いかかる《はやぶさの剣》の剣撃をはやぶさ斬りで迎え撃った。先ほどと同様に砕け散った《はやぶさの剣》が光と化して《錆びた剣》の刀身に吸収された。

 

《始まりの勇者》の攻撃はなおも続く。

《吹雪の剣》を、《ゾンビキラー》を、《魔人の斧》を、《両刃の剣》を、《ガイアの剣》を……。

 数多の武器を取り出してはボクに斬りつけ、《錆びた剣》がそれらを吸収する度に何かがボクの中に宿っていく。

 そしてついに彼は背中の大剣を引き抜いた。

 

《王者の剣》。

 

 大魔王ゾーマを倒し、長い長い歴史の中で少しずつ劣化しながらも、代々の勇者たちに受け継がれてその危機を救い、今、それは《錆びた剣》としてボクの手の中にあった。

 同じ形状ではあるが輝きの全く異なる剣を手にして、ボク達は向かいあう。

《始まりの勇者》が身にまとう空気とその存在感が圧倒的なものへと変わっていく。

 これまでの戦いは唯の御遊びだ、とでも言わんばかりに強烈な輝きが彼の全身から発せられる。

 対するボクの体力は連戦に次ぐ連戦で疲労困憊の状態だった。それでも気力だけは途切れることなく、手にした剣を大きく振りかぶる。

 

 ――この一撃に全てをかけよう。

 

 ありったけの魔力だけでなく、ボクの命全てもかけて眼前の大いなる伝説に挑まんとする。先の事を考えての出し惜しみをしている余裕は全くなかった。

 

 双方の魔力が充実する。刀身に眩しい雷撃が宿る。互いの刃が光り輝き足元の石床が割れ、粉塵となって舞い上がる。

 大広間全体が揺らぎ、壁面に巨大な亀裂が走った。それを合図にボク達は激突する。

 

 一撃必殺――。

 

 強力な念を込められた二筋の剣光が輝きながら衝突し、爆発が生じた。もうもうと煙の舞う中にボク達は立ち尽くす。

 互いの防具が全て砕け散り、二つの剣は跡形もなく消え去った。

 気力と体力を根こそぎ奪いとられ、朦朧とする意識の向こうで、《始まりの勇者》の姿が消えて行く。その口もとに小さな微笑を浮かべて……。

 それを目にしながら強烈な睡魔に襲われたボクは、そのままばったりとそこに倒れて深い眠りに落ちていた。

 

 それが一瞬のことだったのか、あるいはずいぶんと長い時間だったのかは分からない。身体を包む暖かな波動で、ボクは目を覚ました。気力も体力も完全に回復したボクは複数の人の気配を感じ、慌てて起き上がる。周囲を見回して驚きの声を上げる。

 

《始まりの勇者》が……。

《孤高の勇者》が……。

《伝説の勇者》とその二人の仲間達が……。

 

 穏やかな微笑みを浮かべて、ボクの前に立っていた。

 彼らが一斉にボクに手を差し伸べた瞬間、腰の道具袋から四つの光が飛び出した。飛び出すや否や四つの光はすぐさま実体化する。

 

《錆びた鎧》、《錆びた盾》、《錆びた兜》、そして《ロトの印》。

 

《伝説の勇者》と二人の仲間達が光となって三つの防具に宿る。錆ついていたそれらが黄金色に輝きはじめた。

《孤高の勇者》が《ロトの印》と同化する。生まれた光はボクが履いていた《バトルブーツ》に吸い込まれる。過酷な旅路にめげずに、くたびれかけながらもしっかりとボクを支え続けてくれた父さん手製の《バトルブーツ》は今、黄金色に輝く新たなブーツとなって生まれ変わった。

 黄金色に輝く新たな防具を身にまとったボクの前に《始まりの勇者》が立った。差し伸べられた手をボクがとった瞬間、彼の全身が輝いて消え、新たな剣が生まれた。それを手にしたボクは、眩しい光に包まれた。

 

『今、汝を《真の勇者》と認めん!』

 

 代々の勇者達の声が唱和し、厳かに響き渡る。その声に背を押されるようにして、ボクはその不思議な空間を離れた。

 

『《真の勇者》よ! 世界を救わんことを切に願う!』

 

 遠くなっていく御先祖様達の気配を感じながら、ボクは元いた場所へと戻っていった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 気がつけば、ボクは《ダーマ神殿》の祭壇の上に立っていた。

 

「ユーノ!」

 

 ドラッケンとゾーニャが祭壇の上に帰還したボクの元に駆け寄ってくる。神殿内の幻影は全て消え去り、ひっそりと静まりかえっていた。少し離れた場所にブリスさんが立っている。

 

「おい、大丈夫か、お前?」

「主、その姿は……。一体、何があったのかや?」

 

 祭壇を下りたボクに近づくや否や、二人の仲間達に問われ、改めて己の姿を見つめ直す。

 

《王者の剣》。《光の鎧》。《勇者の盾》。《希望の兜》。そして足には《覇者のブーツ》を……。

 

 つい先ほどまでは黄金色に輝いていたような気がした伝説の装備の数々は、今、澄みきった青く清浄な輝きに満ち溢れている。

 

「主、どこにも怪我はないかや?」

 

 心配そうにボクの様子を窺うゾーニャの顔を見て、コシドーの事を思い出した。

 

「ゴメン、ゾーニャ。ボクのせいでコシドーが……」

「よい、主のせいではない。あれはあれの意思で最後の力を使ったのじゃ。主が決して気に病むことではあるまいよ」

「知ってたのかい?」

「妾とは魂でつながっておったからの……。消滅の瞬間、あれの心が妾の中を通り抜けていった……」

「そうだったんだ……」

 

 未熟な召喚によって顕現した手乗り破壊神とはいえ、コシドーも又、ボク達の仲間の一人だったことに変わりはない。胸にぽっかりと空いた小さな穴に想いを馳せ、ボク達三人は暫し沈黙した。

 そんなボク達にブリスさんが呼びかけた。

 

「よくお戻りになられました。《真の勇者》ユーノ・R・ガウンゼンよ。見事に試練を乗り越えられたようですね」

 

 冷静すぎる言葉に、カッとなったゾーニャとドラッケンが何かを言いかけようとした瞬間、ブリスさんの傍らの空間が大きく揺れ、銀色に輝く台座が現れた。

 

「《真の勇者》よ。いまこそ最後のオーブをここに……」

 

 ブリスさんが台座を指し示す。

 それにオーブを嵌めればボク達は精霊ルビス様に与えられた役割を果たす事になる。《道具袋》から最後の《シルバーオーブ》を取り出し、台座へと赴こうとしたボクの両腕をドラッケンとゾーニャが掴んで引き止めた。

 

「待つのじゃ、ユーノよ。それを嵌めてはならん!」

「聖女ブリス……。アンタに聞きたい事がある!」

 

 険しい表情を浮かべる尋常でない二人の仲間達の姿に、ボクは驚いた。台座の傍らに立つブリスさんに動揺する様子はない。

 

「一体、どうしたんだよ、二人とも……」

 

 戸惑うボクの傍らでゾーニャとドラッケンは顔を見合わせる。一つ頷き合うとゾーニャが口を開いた。

 

「ブリスよ。最後のオーブを嵌めた時、一体、何が起きるのかや? 主、妾達に何か隠し事をしておらぬかえ?」

 

 ゾーニャの言葉に、ブリスさんは沈黙を保っている。

 

「この光の世界はすでに滅び去っている、最初に会った時に、主はそう言うたな? そして主は妾達がオーブを嵌めるたびに世界が繋がったと言っておった。滅びた筈のこの世界の理と妾達の世界の理がオーブの力を通して完全に繋がってしまうということ。滅び去ったものは、決して元には戻らん以上、ならばそこに起きるのは連鎖的な破滅ではないのかや?」

 

 ゾーニャの言葉にボクは愕然とする。それが真実ならば、ボク達は世界の破滅に手を貸そうとしていた事になる。

 

「ブリスさん、貴女は……一体……」

 

 眼を閉じたまま沈黙を保つブリスさん。絶句するボクの傍らでゾーニャが驚くべき一言を言い放った。

 

「黙っておっては分からぬぞよ。聖女ブリス、いや、精霊ルビスよ!」

 

 唖然としてゾーニャの顔を見る。

 厳しい表情でブリスさんを追及するゾーニャと、その傍らで同じように彼女を睨みつけているドラッケン。驚いている様子が無い所をみるとドラッケンもその事に気づいていたのだろう。

 重苦しい緊張と沈黙が辺りを包む。それを破ったのは、ブリスさんだった。

 

「《真の勇者》よ。《天竜王》よ。そして《大魔王》よ。貴方がたをこの世界の終焉に立ち会う資格ある者と看做し、全てを話すべき時が来たようですね……」

「じゃあ、貴女はやはり……精霊ルビス……様……」

 

 その問いに彼女は静かに首を横に振った。

 

「《真の勇者》よ。私はルビスそのものではありません。世界に散った《ルビスの欠片》の一つであるというのが、正しい私の姿です」

「《ルビスの欠片》?」

 

 ボク達は顔を見合わせる。ブリスさんが静かに語り始めた。

 

「今よりも遥かに古の時代……。精霊ルビスは一つの理によって、二つの世界を生み出しました。光と闇。表裏一体の二つの世界で光には光の、闇には闇にふさわしい住人達を住まわせ、彼女は静かに世界の行く末を見守りました。しかし……、ルビスの造り出した理に反旗を翻し、光を望んだ闇の住人の出現によって、世界は大きく揺れ動いた……」

「それは、我が祖ゾーマのことかや?」

 

 ブリスさんは一つ首肯する。

 

「ルビスはその行動に干渉せず、ただ見守り続けました。光を望んだ闇の住人の心も又、世界のあるべき当然の姿の一つであり、それを正さんと立ち上がった光の住人達の行動も又、あるべき当然の姿であったからです」

「ルビスの中では全てが予定されたものだったのいうのかや?」

 

 その問いに、再びブリスさんは首肯した。

 

「ですが、ルビスにも想定外の事態が起きた。世界を侵食しようとした闇を打ち払った光の住人達は、あろうことか闇の世界に光をもたらし、それを闇の世界の住人達も快く受け入れた。それは光と闇が反発と引き合いを繰り返す事で守られるはずのルビスの定めた世界の理が破られた瞬間でした」

「……。どういう意味じゃ?」

 

 ブリスさんはボクの方を向いて言った。

 

「《アリアハン》より旅立ったオルテガ。彼こそが本来、勇者としての役割をルビスに与えられた者の筈でした。光の世界に溢れだした闇を元の世界へと押し返し、彼が闇の世界で力つき命果てる事で、光と闇のバランスは本来の姿にたち帰るはずだった。だが、彼の子供である《始まりの勇者》が闇の覇者を打ち倒した。本来の理を失った世界の破綻を防ぐために、ルビスは已むを得ず、二つの世界を完全に別個の存在として分けたのです。そしてそれぞれの世界の中で光と闇を調和させようとした……」

 

 僅かに息をついて、ブリスさんは再び目を閉じる。

 

「己が生み出した世界を愛したルビスは、己の示した理を押しつけるのではなく、その異変をも新たな変化として受け入れようとしました。引き裂かれた世界の狭間に身を置き、二つの世界の守護者としてそれらを見守り続けようとしたのです。その結果、本来、表裏一体だったものが二つに引き裂かれる事で生まれた矛盾を、ルビス自身が背負う事になりました。そして、時とともに消耗し続けた。少しずつ確実に壊れゆく世界を只、見守るだけしかできないルビスの涙は時折星となって地にふりそそぎ、その心は少しずつ闇に侵されていった。光の世界が排斥した闇を、闇の世界が光によって打ち払った闇を……。ルビスは二つの世界の引き起こす矛盾を悲鳴を上げながらも一身に背負い、その闇に染まっていったのです」

 

 ボク達に言葉は無かった。ただ、無言のまま、淡々と語られるブリスさんの話に耳を傾ける。

 

「そして、光の世界の滅亡が確かになった時、ルビスの忍耐も又、限界に達しました。崩壊するその心と嘆きは、大いなる流れ星となって世界に降り注いだのです。それでも彼女は最後の力を振り絞って、小さな希望に全てを託した。そう、かつて世界を救い、同時に崩壊の原因ともなった勇者の一族にもう一度、世界の未来を託したのです」

 

 ブリスさんが真っ直ぐにボクを見つめた。

 

「あなたの旅路を振り返ってみてください、《真の勇者》よ。世界に降り注いだルビスの想いは形となって時折、あなたの前にあらわれていたはずです」

「それって、もしかして、夢で見た御先祖様や、手に入れた武具の事?」

 

 ブリスさんが一つ首肯する。ふと一つの疑問がボクの中に生まれ、それを思うがままに口にする。

 

「もしかして、ボクが《破壊の剣》を引きあてたのも精霊ルビス様の御意思だと……?」

 

 再びブリスさんが首肯し、さらに続けた。

 

「世界に降り注いだのは必ずしもルビスの光の意思だけではありません。その闇の意思も又同じように世界に降り注いだのです。光と闇は二つで一つ。どちらもルビスそのものなのですから。そしてそれを受け止めたのは、あなただけではありません」

「もしかして、ルザロも……」

 

 驚くボクの言葉をブリスさんは否定しなかった。

 

「彼も又、確かにこの時代の勇者の資質を持った者の一人でした。彼はルビスの強い闇の意思を受け止め、その道に導かれた。かつて闇の世界であったあなた達の世界を本来の姿である闇に再び帰す事。それはまぎれもないルビス自身の生み出した本来の正しい理に従う解決策の一つだったのです」

「そんな……。じゃあ、ボクがこれまでしてきた事は……」

「《真の勇者》よ、己の行いを卑下してはなりません。真実に至る道のりは常に一つではないのです。黒き勇者の道のりは、確かに《真の勇者》へと至る可能性の一つではあった。いえ、彼だけではない。貴方達と同じような立場にあり、我こそは世界を救う勇者であるという精霊の啓示を受け、その可能性に挑んだ者達も多くいた筈です。そしてその無数の可能性の中から、運命は貴方こそ《真の勇者》であるという『解』を導きだした。世界と精霊は貴方を選んだのです。どうか胸をはって下さい」

 

 ボクの左手をふわりとゾーニャの温もりが包んだ。右肩にはドラッケンの手が置かれる。ボク達の姿を見つめてブリスさんは続けた。

 

「このままでは貴方達の世界の崩壊も時間の問題。一度、崩壊してしまえば何もかもが手遅れとなります。六つの世界の理によって生み出されたオーブの中には、二つの世界の記憶が書き込まれています。《真の勇者》よ、貴方が最後のオーブを台座に捧げる事でルビスの生み出した二つの世界は、確かな終焉を迎えることになります。二つの世界の狭間に囚われた精霊ルビスはその理から解放され、一時的に世界から切り離される……。貴方達は闇に染まったルビスを世界から完全に切り離し、オーブを通して新たな理を世界に上書きする事によって、滅びゆく世界を再生させるのです」

 

 驚くべき真の敵の正体とブリスさんが示すその目的を明かされたボク達は、息をのむ。繋がれたゾーニャの手と、肩に置かれたドラッケンの手から彼らの動揺が読み取れた。

 

「無茶だよ……。世界の再生なんて……」

 

 しばらくして、ボクはぽつりと呟いた。衝撃的な真実をボクに告げたブリスさんは、いつものポーカーフェイスのままでボクを見つめている。

 

「ボクは唯の人間なんだよ。そんなボクに世界を再生させろなんて、無茶苦茶だよ。確かにボクは《真の勇者》であろうと覚悟はしたけれど、それはもう神様の領分じゃないか!」

 

 動揺するボクはブリスさんに詰め寄るように叫んだ。そんなボクに、ブリスさんは初めて見る小さく柔らかな笑みを浮かべた。

 

「落ちついて下さい、《真の勇者》よ。確かに貴方は勇者とはいえ唯の人間。それを否定するつもりはありません。でも貴方は忘れていませんか? 貴方の来た道を振り返り、貴方の回りを見回してみてください。あなたは決して一人ではない筈です」

 

 彼女は穏やかな口調で続けた。

 

「短い間でしたが、私も又、貴方達と共に旅をし、時を過ごし、様々な体験をしました。そして、貴方達は、精霊ルビスの欠片である私に、貴方達のあり方に賭けてみたいと思わせたのです。精霊ルビスの光の意思である私がそう願うのです。《真の勇者》よ」

 

 穏やかながらもその中に彼女の思いを感じ取る。長くボク達に伏せ続けた彼女の本心からの言葉が、ボクの心を強く揺さぶった。

 

「世界の再生か、面白いな……」

「ドラッケン、キミ……」

「このまま放っておけば世界は破綻する。オレの《アレフガルド》もな……、王としてそれは見過ごせない。そうだな、ゾーニャ」

「そうじゃのう、それに妾達の未来もかかっておるからのう、ユーノよ」

 

 ボクは消えたもう一人の仲間の残した言葉を思い出した。

 

 ――本当にボクは駄目だな。大切な事をすぐに忘れてしまう。

 

 それを思い出させてくれた仲間達に感謝しながら、ボクは胸の奥底から湧きあがる言葉を口にした。

 

「そうだったね。ボク達の時代のボク達の居場所。そしてボク達の未来をボク達自身の力で勝ち取らなきゃいけないんだよね」

 

 そしてボクは決して一人でない事を忘れてはならない。右手に握った《シルバーオーブ》の中に、ボクに希望を託したもう一人の友達の顔が浮かび上がった。

 

「やろう! 皆、これが最後の戦いだ!」

「そうこなくっちゃな!」

「ユーノよ、妾の全ては主と共にあるぞ!」

 

 頼もしい仲間達に支えられ、ボクはブリスさんの元へと歩み寄る。右手のオーブに込められた友達の希望とともに、ボクはそれを台座にしっかり嵌めこんだ。

 銀色の台座が眩しく輝き始める。ブリスさんが淡々と告げた。

 

「今、世界は『光の理』とともに繋がりました。そして……」

 

 一呼吸置いて、彼女は続けた。

 

「分かたれた世界は完全に繋がり、この瞬間(とき)、ついに終焉を迎えました。《嘆きの女神》が今、束縛の枷から解き放たれます」

 

 世界が眩しく輝き始める。

 銀色に、紫色に、青色に、赤色に、黄色に、緑色に。

 光と闇がめまぐるしく色を変えて輝き、ボク達の周囲の景色が大きく崩れ去っていく。その眩しい輝きに耐えきれずに、思わず目を閉じる。不意に足元の感覚が無くなり、ボク達は広大な無の空間に放り出された……。

 

 

 

2014/07/20 初稿

 

 

 


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