ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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天昇篇 02

 

 

《ペルポイ》のカジノは大賑わいだった。

 つい先ほどモンスター格闘場に出来ていた人だかりは、今はポーカーテーブルの周りにある。

 その中心にいたのは、史上空前の豪快な賭けっぷりで、コインを荒稼ぎしている二人の王様だった。ひと勝負毎に大歓声が湧き、彼らの強運にあやかろうとコインを積み上げる者達も現れる。

 異様な熱気渦巻くカジノ場の片隅で、すっかり寂れたスロットマシンの前に座ったボクは、有り金全てをとっくに巻き上げられてスッテンテンになってしまったデルコンダル王と並んで、僅かなコインでスケールの小さすぎる最後の勝負に挑んでいた。

 

 時は少し遡る。

 きっかけはボク達がロンダルキア洞窟に再び入った事だろう。

 

「な、なんじゃ、こりゃあ!」

 

 ボクに抱きあげられたままのゾーニャが、その惨状を目の当たりにして、素っ頓狂な悲鳴を上げた。同道していたボク達も顔をしかめる。

 

「酷いな、これは……」

「全く、一体……誰の仕業だ!」

 

 コシドーがぽかりとボクの頭を蹴っ飛ばしたが、気にするほどの痛みではない。所詮は手乗り破壊神のやる事である。

 洞窟内は、言葉に言い表せぬほどに燦々たる酷いありさまだった。

 壁という壁に大穴が空き、時折、担架に乗せられた魔物を運ぶ傷だらけの魔族達がよろめきながら通り過ぎていく。なぜか、ボク達に近寄る者はものはおらず、皆が引きつった顔で慌てて逃げていく。中には目が合うや否やその場に倒れて死んだふりをし、《魔物鉱石》を放りだす者もいた。凶悪さをすっかり潜めた魔物達は、もはやロンダルキア台地の番人となりえぬだろう。

 暫し、呆然としたままのゾーニャだったが、すぐに気を取り直したようだ。

 

「まるで……、婚約者にいじめられた腹いせに、己より弱いものに八つ当たりしたドラゴンと、理不尽な運命に翻弄されてすっかりひねくれてしまった人間が、破れかぶれに暴れ回った後のようじゃな……」

「世の中には悪い奴らがいるもんだな……」

「全くだよ。精霊様は一体何をしていらっしゃるんだろう?」

「いい加減にせんか、主ら!」

 

 ぽかりと小さな拳がボクの頬に当たる。

 

「何するんだよ」

 

 とはいえ、幾つもの死線を潜りぬけてきたボクにとって、今のゾーニャの力は撫でられた程度である。

 

「大体、これはもともとお前のとこの腹黒ジジイのせいであって……」

「そうそう。いつまでも気ばかり若いつもりで、老いという現実を受け入れられない、キレる老人の所業を付け加えないと……」

 

 今度はゾーニャが頭を抱えた。

 

「ま、まあよいわ。修繕費その他諸々は《アレフガルド》と《ローレシア》に請求する事にしておこう。ついでに新たな城の建築費も上乗せしておくとするか……」

 

 新たな魔王の座についたチビッ娘は、何気にちゃっかり者の商売人である。

 

「何、バカなこと言ってやがる。なんで、オレ達がお前のとこの壁の修理費を支払わなきゃなんねえんだ!」

「ほう、主、まだそのようなたわけた事を申すか」

 

 仄明るい魔法光の下、竜王と魔王が睨み合う。風もないのにゾーニャの紅蓮の髪が揺らめき、抱き上げた身体の温度が上がっていく。まるで焚火の傍らにいるようだった。

 

「どうやら、主とは決着をつける時が来たようじゃな、ドラ王!」

「面白ぇ! お前とは一度きっちり白黒つけなきゃ、ならんと思ってたんだ、ゾーニャ!」

 

 いきなりパーティー分裂の危機だった。チビッ娘魔王を抱き上げたままおろおろするボクをそっちのけにして、二人は睨み合う。互いの視線がぶつかり合い火花を散らした。

 

「よかろう、ドラ王、その勝負、受けた!」

「後で泣くなよ! チビッ娘!」

「誰がチビッ娘じゃ! 誰が!」

 

 何故か、ぽかりと再び殴られたのはボクだった。くるりとボク達に背を向けると、ドラッケンは傍らの落とし穴に自分から飛び込んだ。

 

「続けぃ、ユーノ、遅れるでない。闘いの舞台に遅れて到着するのは、ゲンが悪いぞよ!」

 

 かくして、ボク達はロンダルキア洞窟の最短距離を走り抜け、《ペルポイ》のカジノに向かう事になった。二人の王達にとっては、世界の危機よりも、王としてのメンツの方が大切らしい。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 チーンと虚しい音が響き、ボクの最後のコインをしっかり胃袋に収めたスロットマシンは、ゲップをしながらドラムの目で「アッカンベー」とボクを愚弄する。台にゴツンと頭をぶつけ、ボクはついに財布ごと真っ白に燃え尽きた。傍らにはボクと同じく、いや、それ以上に真っ白に燃え尽きているデルコンダル王の姿があった。

 

 ボク達がこのカジノについた時、豪勢に羽振り良く振舞っていたのは、デルコンダル王だった。

 入口で年齢制限の為に立ち塞がった門番達に、ポンとチップ代わりの金貨を放り投げ、強引に突破したゾーニャとドラッケンが、カジノになだれ込むや否や、カジノ内の運気の流れが一気に変わった。

 王たちの三つ巴の戦いで始まったはずのカジノバトルは、わずか一時間足らずで、デルコンダル王が身ぐるみはがされ、ゾーニャとドラッケンの一騎打ちになった。

 そして延々と勝負は続き、日没サスペンデッドゲームとなりつつある。全てのカジノの店員さん達が真っ青になって成行きを見守っていた。色っぽいバニーガールのお姉さん達は、営業スマイルを浮かべることすらできなくなっている。

 

「いやはや、全く、さすがは竜王殿と魔王殿ですな……。強い王は勝ち運も自在に引き寄せるようで……」

 

 完全燃焼状態からすっかり復活したデルコンダル王が、《ステテコパンツ》一枚で言った。頭の上に王冠を載せていなければ、この只のおじさんを見て、誰もこの人が王様だなどとは思わないだろう。さらなる無謀な勝負の為に、王冠を換金しようとした無茶を真っ青になって止めるカジノ店員さん達の顔を思い出す。きっと今日は彼らにとって厄日に違いない。

 

「ところで、勇者殿。確か、精霊ルビス様の居場所をお探しだとか……」

 

 カジノの熱気に当てられ、すっかり本来の目的を忘れていたボクに、デルコンダル王が尋ねた。

 

「ええ、実はあてがなくて困っています」

 

 何気なく答えたボクに、デルコンダル王はワハハと豪快に笑って言った。

 

「精霊ルビス様にお会いしたいならば、ルビス様の祠に行けばよいではないですか」

「えっ?」

「ここから東の海の真ん中。優秀な船乗りならば誰でも知っておりますぞ。古より番人である《キングクラーゴン》に守られ、何人も近づけませんがな……」

「そ、そうだったんですか!」

 

 意外な収穫だった。やはり情報とは人の集まるところに転がるもののようだ。優秀な船乗りならば、港でボク達を待っているシドミドさんという心当たりがある。

 

「あ、あの、ありがとうございました、本当に……」

「分けてもらったコインの礼じゃよ。すっかり台に食われてしまったがの……」

 

 ガハハと笑って立ち上がる。じっとボクの目を見て王様は穏やかな口調で言った。

 

「勇者殿、小国の王である私にはこの程度のことしかできません。ですが、我が国民達の為にもどうか、一日も早く世界の危機を御救いください」

 

 その言葉にボクは驚いた。徒に世の中を混乱させるのはまずいと思い、世界に危機が訪れつつあるという事はボク達一部の人間の胸の内に留められていた筈だった。そんなボクにデルコンダル王は笑いながら答えた。

 

「なに、そんなに驚く事ではありません。蛇の道は蛇。世の中にはいろいろな人のつながりがあるのですよ。それでは勇者殿。ごきげんよう。お二人の王にもよろしくお伝えください。我が国にお立ち寄りの際には歓迎致しますぞ」

 

 ワハハと笑いながら、《ステテコパンツ》姿で歩いて行く。不意に何人かの客たちが駆け寄り、王冠をかぶった《ステテコパンツ》のおじさんは、瞬く間に王様の姿を取り戻し、陽気な足取りで伴の者達とカジノを出て行った。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 結局、ドラッケンとゾーニャの勝負に決着がつく事はなかった。

 閉店時間となっても立ち上がらぬ二人の前に、カジノ支配人が現れ、《破壊の鉄球》と《グリンガムの鞭》を手土産に直々に哀願したという。翌日、店の前を通りかかったボク達は、奇妙な看板を目にした。

 

『竜王禁止!』

『魔王禁止!』

 

 出入り禁止をくらった二人が地団太を踏んで悔しがるその傍らで、ボクは看板の片隅に小さく書かれた文字を読んで、大きく肩を落とした。そこには次のように記されていた。

 

『勇者大歓迎!』

 

『勇者』と書いて『カモ』と読む。世界の理とはなんと理不尽なのだろう。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 再びドラゴンシップ《一番星号》に乗り込んだボク達は南の海を、東へ向かって航海していた。

 目指すは精霊ルビス様がおられるという祠。危険な番人がいるというにも拘わらず、シドミドさんはボク達の頼みを嫌がる顔一つ見せずに快く引き受けてくれた。

 左手に陸地が見えなくなり、水平線しかない海の上を、ボクは日がな一日眺めていた。

 時折現れる小さな島々を目にして、目的地かと思わず胸躍らせるものの、素通りしては再びがっくりと落ち込む。その繰り返しを飽きもせずに続けていた。

 

「主、本当に変わっとるのう……」

 

 先程、昼寝をしていたドラッケンに糸を付けて海に放りこみ、釣り餌にするという試みに失敗し、大喧嘩をしていたゾーニャが呆れたように言う。妙なカリスマを発揮して水夫たちを手なずけてしまった魔王の手腕に、シドミドさんが呆れたのはいうまでもない。

 海は大きく荒れる事もなく晴天が続き、時折訪れる凪の時には、シーサーペント達が一丸となって船を引く事で順調に航海は続いていた。

 

 そんな、ある日、ボク達はとある島に近づき上陸する事になった。まるで山のように大きく枝を広げる巨大な樹が、島の中心に立っている。『世界樹』と呼ばれる巨大なその樹は、途方もない古からこの地にあり、世界の理を見守っているという。

 飲料水の確保の為に島に上陸する水夫たちに混じってボク達も小舟で上陸する。

 その島への上陸は、ゾーニャたっての希望でもあった。

 島には《ウドラー》や《人面樹》といった魔物達がいるが、必要以上に略奪をしなければ、無害な存在だという。水夫たちの補給作業を見守り、彼らの無事の帰還を見送ると、ボク達はその日、島の中央の巨大な樹の下で一晩を明かす事にした。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 焚火の炎が明々と燃える。

 燃やすべき薪には事欠かない。少し離れたところで、ボク達を警戒するかのように《ウドラー》達がごそごそしているが、いつの間にか気にする事も無くなっていた。

 ボクの直ぐ傍らでは、ゾーニャが寝袋にくるまり、コシドーとともにすやすやと寝息を立てていた。性格破綻したイケメン大神官に、邪神召喚の生贄として捧げられ、身体が縮んだ事で体力も又減少したという彼女は、旅の間も眠っている事が多い。眠っている間はコシドーがいつも側にいるところを見ると、やはりそのつながりは深いのだろう。

 

「こうやってみると、本当に子供に見えるな」

 

 すべすべの頬を突っつきながらそう言ったボクに、「怖いもの知らずめ」とドラッケンがあきれる。いつも側にいるせいか、ゾーニャとの関係は今のところ良好なものだった。

 

「だって、キミ達のお陰で、王様のイメージがガラガラと崩れちゃったからね……」

 

《ステテコパンツ》姿の王様もそれに一枚噛んでいる事は、この際内緒にしておこう。

 

「オレはともかく、そいつはまだ魔王になったばかりだからな。色々と無理してたんだよ」

 

 ゴロンと横たわり、生い茂る《世界樹》の葉の隙間からのぞく夜空を見上げながら、ドラッケンが言った。

 

「もともと型にはめられる事を極端に嫌がる奴だからな、玉座に置かれて飾りものにされるなんてのは論外だ。魔族って奴らは、所詮雑多の寄せ集めで、考え方もばらばら。そんな奴らが一つにまとまって国を維持するなんてのは土台、不可能な話なのさ。放っておけば争い事ばかりのそんな奴らをまとめようと思えば、世界征服くらいしかないんだよ」

「ストレス発散の為に征服される側は、たまったもんじゃないよ……」

 

 人間と魔族の争いの歴史は長い。そして勇者と魔王の戦いも。

 

「バカみたいに同じ事を繰り返し続ける同胞に嫌気がさしていた事もあって、こいつは昔から外の世界との別の繋がりを模索していたのさ……。メーヤとダチだったのもそういう経緯からだな……」

「じゃあ、魔族の未来は明るいね」

「そんなに簡単にいくかよ。ロンダルキアの争いを見てみな。例えゾーニャが元の姿を取り戻したとしても、手練手管を極め尽くしたジジババ達から見れば所詮は小娘。そう簡単に物事なんて変わらぬのが現実さ。オレのところを見ればわかるだろ。たった二つの部族ですら、あれだけバカ騒ぎをやって、分かりあうどころか、ようやく休戦状態なんだぜ……。精霊ルビスとやらに説教したいのはこっちだっての。一体、何考えて、こんな世界を作り上げたのかってな、全く……」

 

 そのままドラッケンは目を閉じる。やがて、すやすやと寝息をたて始めた。話し相手を失い、仕方なくボクも横たわる。

 夜空の星を眺めながらふと思った。

 ボク達人間の世界だって色々な事がある。勇者になったルザロを王様に仕立て上げようと画策する正気とは思えぬ人達の存在は、その一部なのだ。

 

 ――ルザロはどんな事を思っていたのかな?

 

 彼と出会った日以来、かわしてきた数少ない言葉を思い出しながら、ボクは目を閉じる。少しだけ鼻の中にツンと重いものを感じながらボクは、煌々と揺れる炎の傍らで眠りに落ちて行った。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 そこは全く見覚えのない場所だった。

 おそらくどこかの城の一室なのだろう。

 玉座に座る初老の男と、彼と向き合う一人の女性。背中ごしのその姿からは、表情が伺い知れない。

 二人は静かに語り合う。

 

「大丈夫ですか……、…………ガ殿?」

「私は平気です。聖女様……。ただもうそれほど長くは……」

「もうしばらくの辛抱です。もうじき、運命の子らが現れるはず……」

「そうですか……、ではもうひと踏ん張りする事にしましょう。これは、私の願いであると同時に償いでもあるのですから……」

「では、私もお側におりましょう」

「よろしくお願いします」

 

 疲れ切った様子の初老の男は僅かに微笑んだ。どこか見覚えのある顔だった。誰に似ているんだっけ、と記憶を探るが思い出せない。喉元辺りまでは、出かかっているのだが……。

 

「おや、何者かの視線を感じますね?」

 

 聖女と呼ばれた女性がこちらを振り返ろうとした。途端に周囲に光が満ち溢れ、その光景は遥か彼方へと流れていった。

 光が消え去り、代わりにあったのは一面、闇の世界。

 どこまでも続く闇の中、ボクは一人ぼっちになって立ち尽くしていた。

 

「おーい、ドラッケン、ゾーニャ、コシドー、どこだよ?」

 

 だが、返事はなかった。代わりに闇全体がボクを嘲笑っているようだった。

とてつもない孤独感が胸をしめつけ、重圧となってボクを押しつぶす。叫ぼうとしたが何故か声は出なかった。何一つ存在せぬ闇の世界で、ボクは途方に暮れた。

 

 不意に誰かが手を握る。

 強く握りしめられたその温もりを辿って……、ボクはようやく目を覚ました。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「主、早う、起きぬかや!」

 

 小さな指がボクの頬をつねる。まだ周囲は暗くひっそりとしている。少しばかり遠くで、波の打ち寄せる音が聞こえた。

 

「なにやら、うなされとったようじゃが、なんぞ悪い夢でも見たんかえ?」

 

 目を覚ましたボクの顔を、傍らに座ったゾーニャが覗き込んでいた。起き上がったボクに彼女が問う。

 

「うーん、何か怖い夢をみたような気がするんだけど……」

 

 起きた拍子に、夢の内容は忘れてしまった。ゾーニャが少しばかり呆れたような顔をする。

 

「主、夢は大切じゃぞ。とくに主のように力ある者が見る夢は、未来の危険を察知しておるやもしれんのじゃからな……」

「そんな事言われたって、思い出せないものは思い出せないよ……」

 

 不貞腐れるボクに、ゾーニャは肩をすくめる。

 

「まあよい。それよりも行くぞよ。早うせねば、夜が明ける」

「行く、ってどこに?」

 

 ゾーニャの小さな拳がボクの頭に炸裂する。

 

「主、まだ、寝ぼけておるのかや、昨夜言ったであろうが……」

「ああ、そういえばそうだったね……」

 

 明日の朝一番にこの樹に登るといって、ゾーニャは昨夜眠った事を思い出す。勿論、登るのは、彼女を抱き上げたボクである。小さな火種のくすぶる焚火の向こうでドラッケンはまだ眠ったままだった。

 

「起こさなくて、いいのかい?」

「よい、騒がしゅうなるからの……。世界樹は神聖なもの故な……」

 

 仕方なくいつものように彼女を抱き上げ、レミーラの明かりを頼りに、ボクは世界樹の幹の中の空洞に入った。まるで岩のように固い大樹の幹には、巨大な空洞が幾つもあり、それらの中には樹上まで繋がっているものもあるという。さほどの時をかける事もなく登り切った大樹の上で、ボク達は水平線に僅かに輝き始めたその日の太陽の輝きをようやく目にしたのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「主、もう少し前じゃ……。これ、しっかり支えぬか……」

「わ、分かってるよ。足元が不安定なんだから、余り暴れないでよ……」

 

 朝の気配が漂う世界樹の上でゾーニャは朝露を数本の小瓶に集めていた。葉についた虹色の輝きの滴を、彼女は一つ一つ丁寧に集めている。《世界樹の滴》と言われるその滴――特に朝の光に照らされたそれには、神秘的な力が宿るという。朝の光と世界樹の力が合わさったその一瞬を逃さぬように、ボク達は巨大な樹の上を駆けまわっていた。

 ボクに肩車されたり、肩の上に立ったりしながら、ゾーニャは、小さな身体を一杯に伸ばして朝露を集めている。すべすべとした感触のほっそりとした太腿をしっかりと抱えて、ボクは操り人形の如くゾーニャの指示に従い、右往左往していた。

 そんなボク達の姿を、目を覚ましたドラッケンが下から呑気に眺めていた。

 

「面倒臭いことしてるな、お前ら……。少しは頭使えよ!」

「ほう、主が頭を使うと、どんなよい考えが生まれるんじゃ?」

 

 手を動かしつつも、口を動かすゾーニャに、ドラッケンがニヤリと笑う。

 

「いいぜ、見てな!」

 

 すかさずドラゴラムを唱えて竜化する。どうやらその巨躯を生かして幹に体当たりし、その反動で大量の露を集めようと考えたらしい。強引すぎる力技だった。落ちてくる朝露をどうやって集めるかということまでは、考えていないようだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、ドラッケン」

 

 足元の不安定な樹の上で、ゾーニャを肩車しているボクは慌てた。

 

「動くな、主」

「そんな事、言ったって」

「アホウは放っておくに限る。それよりも時間との勝負じゃ。しっかり支えておれよ!」

 

 ドラッケンはいよいよ体当たりをしようとしていた。生み出される強烈な衝撃は朝露だけでなく、ボク達も樹の上から落としかねない。と、ドラッケンが悲鳴を上げた。

 

「痛ってー。何しやがる!」

 

 見ればドラッケンの身体に幾本もの樹の枝が刺さっている。彼の背後にはいつの間にか、無数の《ウドラー》達が立っていた。

 

「テメエら、何のつもり……」

 

 言葉を遮るように、《ウドラー》達がドラッケンに飛びかかり、一斉にボコり始めた。

 

「本当に阿呆じゃのう。世界樹ははるか古よりこの世界を見守る神聖なもの。手荒く扱おうとすれば、守護者達の怒りに触れることなど少し考えたら分かるであろうが……。何でもかんでも力づくで解決しようとするから、そういうことになるんじゃ……」

 

 ゾーニャは心底呆れたように、ボコられているドラッケンを眺めていた。

 

「分かってたんだったら、教えてあげればいいのに……」

「バカは痛い目に遭わんと分からんからのう。いや、本物のバカという病は死んでも直らんものじゃ。それどころかその者が死んだ後もさらに周囲に呪いをふりまき、誤った導きをする……ということを覚えておくがいいぞ、主よ……」

 

 あまりの言葉にボクはあきれ果てる。そんなボク達の目の前にひらひらと一枚、《世界樹の葉》が落ちてきた。

 

「やれやれ、この樹はあんな阿呆でも助けてやるつもりらしい。主よ、後であの阿呆に使ってやってくりゃれ」

 

 手渡された《世界樹の葉》を《道具袋》にしまったボクに指示を出し、ゾーニャは朝露集めを再開する。

 

 ――ゴメン、ドラッケン。もう少し我慢しててね。

 

 すっかり溜飲を下げた《ウドラー》達が立ち去って、世界樹の下でピクピクとピクついている彼に心の中で詫びながら、ボクはゾーニャの朝露集めを手伝うのだった。

 

 

 

2014/06/08 初稿

 

 

 


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