ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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天昇篇 01

 

 

 それから数日が経った。

 逝ってしまったルザロを看取ったボクに、彼との別れを悲しんでいる時間はなかった。

《ロンダルキア城》が壊滅し、本拠地を失った魔族達は《ホープタウン》に集まり、新たな王の誕生を祝っていた。街のほぼ中心部、かつての希望の祠を元に建立された大聖堂の中にある仮設された玉座の上に、ボクは座っていた。ボクの膝の上には魔王に戴冠したばかりのチビッ娘、もといゾーニャが座っている。

 

 圧倒的多数の魔族達の冷ややかな視線を浴びながら、ボクは正直、生きた心地がしなかった。少し離れた場所に作られた貴賓席に座るドラッケンは密かにニヤリと笑いながら、ボクの置かれた状況を楽しんでいる。

 邪教団掃討及びゾーニャ奪還の立役者であるボク――勇者と魔王の良好な関係を演出すると同時に、かつて屈辱を与えた勇者を魔王が尻に敷くとも解釈できるこのパフォーマンスは、ゴロン爺の発案らしい。密かに賛否両論の意見が魔族達の間でかわされている。場内をパタパタと飛んでいる破壊神コシドーの存在が、さらに様々な憶測を呼んでいた。

 

 玉座に座るボクの膝の上に座るゾーニャ――説明しにくい事この上ない状況にあるボク達の前には、魔族の各部族の族長達が片膝をついて頭を垂れていた。

 件の三族長は当然として、氷炎族の女王フレイザーデスや、飛竜族のキングバピラス、パペット族のパペやんに、オーク族のグレートオーキン……。その他早々たる面々の片隅で魔人族の族長たちが肩身を狭そうにしている。

 邪教団に加わらなかった魔人族達にも出席の栄誉が与えられる事で、反目しがちな魔族達はとりあえずの平静を装っていた。勿論、ぽんと軽くメラを打ち込めば、確実に大爆発を起こす状況は、スリリングを通り越してデンジャラスだった。

 

 すっかり治癒しているはずの身体に、大げさに包帯を巻きつけた三族長が進み出て、恭しく頭を下げる。

 

「姫、いや、新たな魔王様。この度は、誠におめでとうございます」

 

 ボク達を先に行かせるために残った彼らは、現れた古代兵器の集団との大激闘を制し、相当な深手を負いながらも、今度は誰が一番活躍したかで三つ巴のバトルロイヤルを繰り広げていたという。大いなる大地の揺れをきっかけに塔が崩れ落ちた真の原因は、彼らであるという噂も、なかなか信憑性があるものだった。

 

「うむ、そち達も此度の働き、誠に大義であった。そなたたちのような忠義者を家臣に迎え、妾も実に心強いぞ」

 

 玉座に座るボクの膝の上に座るゾーニャ……が、徐に告げる。

 彼女が言葉を紡ぐ度に僅かに揺れるつややかな髪と服越しに伝わる仄かな温もりが、実にこそばゆい。戴冠したばかりの彼女の柔らかな紅蓮の髪を飾る特注品のティアラには、代々の魔王の力が封じられているという漆黒の《魔王石》が嵌めこまれている。

 本来ならばボクよりも僅かに年長なはずの彼女の姿は、破壊神復活のせいで今のようになっているのはご存知の通り。

 彼女の力と魂の一部を核にする事で破壊神コシドーは顕現しているという。

 いずれ時が経てば自然に消滅するらしく、ボク達の間ですっかりコシドーという名が定着した件の手乗り破壊神は、自由気ままにパタパタとゾーニャの回りを飛んでいた。

 

「はっ、新たな魔王様の為ならこの一番手柄のベリアル、今後も剣となり盾となり……」

「最も多くの邪教徒共を葬ったこのバズズこそ、魔王様の御為に……」

「このアトラス。魔族最強の強力をもって、なみいる敵の山をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……」

 

 ミイラ男も真っ青の包帯だらけの三人が睨み合う。誰が一番活躍したかの問題は、未だに解決していないようだった。

 場内に失笑が漏れる。

 ゾーニャが眉一つ動かさずに、彼らに言った。

 

「ふむ、確かに一番手柄はそち達のうちの誰かで間違いはないじゃろう。ところで、話は変わるが此度の塔の崩落、三階部分からの崩れ方がよその箇所よりも激しいという報告があるのを知っておるかや?」

 

 ピタリと三族長の動きが止まった。

 

「一番手柄をあげた者は最も激しく戦ったということ。誠に天晴れなり。ついては新たな城を建築するにあたって、その者が最も費用を負担するという名誉を与えることが適当であると思うが、如何かえ?」

「そっ、それは……」

 

 しどろもどろになるミイラ姿の三族長達。魔族達の中から忍び笑いが漏れた。

 

「さて、三人の中で一番手柄は一体誰か……。決めるかの?」

 

 途端に三人の族長が手柄を譲り合う。譲り合いはやがて押し付け合いになり、果ては諍いになりかけた。

 

「うむ、手柄を他者に譲るその姿こそ天晴れ。これからの時代の魔族に必要な事よ。三人ともその精神を持って、妾の為に力を合わせてくりゃれ」

 

 強引すぎるゾーニャの決着に三人は黙りこむ。魔族の未来は、晴れのち曇りというところらしい。

 一番手柄の問題が決着したところで、それまで沈黙を貫いていた氷炎族のフレイザーデスが尋ねた。

 

「それでは、新たな魔王にお伺いいたします。これより我ら魔族はいかなる者を敵と見定めるべきでしょうか?」

「ほう、主、妾に何を求めるのじゃ?」

「はっ、此度の邪神教徒の騒乱には、人間共の謀略が深くかかわっていたという噂が……。ならば愚かな人間共に当然、報復することこそが、新たな魔王様の責務ではないかと……」

 

 魔族達の間にどよめきが生まれる。賛成と反対が半々といったところのようだ。

 大部分の魔族達が敵意を持っている訳ではない。だが、放置しておけば、魔族同士で争うことを重ねる彼らをまとめるには、手っ取り早く敵を作って、感情の矛先を外に向けるのが彼らのやり方らしい。

 

 ――冗談じゃないよ。

 

 動揺して反対しようとするボクを、膝の上のゾーニャが手を握って押しとどめた。フレイザーデスの言葉に幾人かの族長たちが同調する。その多くが、今回の反乱で手柄をあげる事の出来なかった野心家たちである。

 

「人間共を潰せ! 世界を我らの手に!」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「魔族に永劫の繁栄を!」

 

 聖堂内が湧きあがる。

 だが、それは全ての魔族の意思ではない。穏健派や弱小種族の族長たちは必死で反対を訴えているが、聖堂内に湧き上がるシュプレヒコールにあっさりとかき消されていた。

混乱しかけた状況を制したのは、意外な人物だった。

 

「成程、人間と事を構えるという事は、人間と不戦の盟約を結ぶ我ら竜族とも一戦交えよう、って訳だな」

 

 貴賓席に座っていたドラッケンが立ち上がり口を開いた。堂々と歩き、ボク達の座る玉座に歩み寄る。好戦的な族長たちの一団をじろりと見下ろし、ニヤリと笑う。

 

「何だったら、今ここで前哨戦をやってみるか? お前達が閉ざされたロンダルキアの地で、如何に頓珍漢な妄想に浸っているか、たっぷりと身体に刻み込んでやろう」

 

 その言葉に会場内の魔族が動揺した。堂々と恫喝する竜王の一睨みと、一度戦うと決めた時の彼ら竜族の爆発力と団結力を、彼らは良く知っていた。

 

「やめぬか、竜王! 今日は妾の戴冠というめでたい席ぞ。この者達も少しばかり羽目を外したにすぎんわ。のう、皆の者や?」

 

 少しばかりわざとらしい猫なで声でゾーニャが問う。一同がその助け船に、しぶしぶと引き下がる。場が静まったのを見計らい、ゾーニャが徐に告げた。

 

「此度の戦いは、あくまでも魔族内の争い。そしてその解決に竜王だけでなく、ここな勇者も協力してくれたのは、皆も知っておろう。魔族の未来と妾の命を救ってくれたこの恩義を仇で返すような愚かな真似を、妾は我が魔族にさせるつもり、断じてないぞ! 文句のある者はおるかや?」

 

 三族長が立ち上がり、ゾーニャの両脇につく。彼らの賛同が得られた事で安心したのか、穏健派達が拍手で賛同する、徐々に広がっていく拍手はやがて、聖堂内の隅々に行き渡った。

 どうやら大事にはならないようだ。

 ゾーニャを膝の上に抱えたボクはほっと一息つく。だが、意外な横槍が入った。

 

「しっかし、まあ……、オメエら、呑気だねえ。世界が足元から無くなろうって時に、やれ、侵略だの和平だのって……。まあ、破壊神のオイラにゃ、別にどうでもいいことだけど……」

 

 パタパタ飛ぶのに飽きたらしく玉座の上に停まって見物を決め込んでいたコシドーが、初めて口を開いた。その言葉に誰もが唖然とする。

 

「コシドー、それは、一体どういう事じゃな?」

「コシドー、いうな!」

 

 その呼び名は至って不満らしい。

 このあたりは召喚主である壊れたイケメンの影響を受けているようだ。

 頭上のコシドーと話す為にボクは無意識にゾーニャを抱き上げて玉座から立ち上がり、コシドーと顔を合わせた。ボクに抱きあげられたゾーニャが驚いた表情と共に僅かに頬を染める。気づくことなくボクは尋ねた。

 

「コシドー、キミは世界の危機について、何か知っているんだね?」

 

 世界の危機――。

 その事をこれまで、ぼんやりとしかボクには認識できなかった。伝説の装備の奪還という旅の目的を一つ果たした事で、ようやくそれが解決せねばならぬ厄介事として、ボクの中で具体的に認識されつつある。

 ただ、ルザロの最後の言葉が気になったものの、断片的な手がかりばかりで、それを繋ぎ合わせることの全くできない状況は、お手上げ状態といえた。

 

「だから、コシドー、いうなって!」

 

 頬を膨らませて抗議するコシドー。不意ににょっきりと腕が伸び、コシドーの首筋をあっさりと掴んだ。

 

「離せー。オイラ、破壊神だぞ! 神様だぞ! エライんだぞ!」

 残念ながらほとんど力はないことは、すでに承知している。名前だけの手乗り破壊神をつまみあげたドラッケンが、一言、言い放った。

 

「吐け!」

「離せー」

 

 強情な破壊神とも拳で語り合うつもりらしい。はたからみれば弱者いじめの悪役にしかみえぬその所業に、ボクは呆れ果てる。

 

「やめんか、ドラ王。それは妾の分身でもあるのじゃぞ! 手荒く扱うでない!」

 

 ボクに抱きあげられたまま、ゾーニャが抗議する。チッと一つ舌打ちをして、ドラッケンがコシドーを放りだした。

 コシドーは僅かに涙ぐんでパタパタと宙を飛び、再び玉座に停まる。破壊神の威厳はもはや欠片もなかった。

 

「コシドーよ、世界が足元からなくなるとは、いったいどういうことじゃ? 分かりやすく言ってくりゃれ」

「できないよ!」

 

 へそを曲げたのか、コシドーはゾーニャの問いに対する解答を拒否する。名前の件は諦めたらしい。

 

「そう言わずに教えてよ」

「だから、オイラには説明できないんだって。そういう約束事なんだよ、この世界じゃ!」

 

 ボクの問いにコシドーは更なる疑惑を振り撒いた。ボク達は顔を見合わせる。しぶしぶとコシドーが続けた。

 

「揺れてるだろ。足元が……。それは世界崩壊の序曲なのさ。いずれは、この世界も文字通り無くなっちまうんだ。破壊神として召喚された異界の神のオイラが触れていいのは、ぎりぎりここまで。オイラの存在意義は破壊のみだ。まあ、それももう出来ないけど……。そういう訳で、これ以上はいかに崩壊しつつある世界とはいえ、その理に反するんだよ!」

 

 誰もが押し黙る。

 災厄という言葉では全く足りぬほどに重大な事実を告げられ、皆、呆然としている。あるいはスケールが大きすぎて全く実感が湧かないというところだろうか。

 ボクも又同じだった。

 戸惑いの表情を浮かべて、ゾーニャとドラッケンが顔を見合せる。

 彼らは長であり種族全体の未来に責任をもたねばならぬ以上、その破壊神の告げた事実を決して放置することはできない。

 すっかり黙りこんでしまったボク達に、コシドーは苛立たしげに言った。

 

「何、悩んでんだよ、オメエら。分からなきゃ、聞きに行けばいいだけの話じゃないか」

「聞くって……、誰に?」

 

 きょとんとした顔で尋ねるボクに、コシドーは呆れたように答えた。

 

「だから、この世界の盟主、ルビスだよ。アイツがこの世界の理を仕切ってるんだから、アイツの首ねっこひっ捕まえて、いろいろ尋ねりゃいいだろ!」

「あっ!」

 

 誰もがポンと手を打った。

 確かに妥当な解決方法だった。問題は精霊ルビス様がどこにいらっしゃるかということだろう。

 

「やれやれ、この世界のやつら、少し、神様ってのをないがしろにし過ぎなんじゃないか? 苦しい時だけ頼みこむなんてことばっかしてたら、愛想尽かされて放り出されるぞ」

 

 呆れたように溜息をつくコシドーに、一同が苦笑いした。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 精霊ルビス様を探す旅にボク達が出発するには、さらに数日を要した。

 新たな魔王であるゾーニャがボク達に同行することに少なからぬ反発があったためである。《ロンダルキア》の今後については、暫くは族長大会議の決定に従うことになっていた。

 

『話し合う』とは『決断を延ばす』と同義である!

 

 胸を張ってそう言ったゴロン爺の指導により、とりあえず厄介事は大会議の席上でたらいまわしにされ、そのうち摩耗して消滅するようだ。旅を終えた魔王が帰ってきたら、雪だるまのように膨れ上がった厄介事を巡って、バトルロイヤルの真っ最中だった――などということもありうるが、まずは世界の真実の探求が最優先である。

 

 旅支度を終え、宿屋のカウンター前で待っていたボクのところにやってきたゾーニャは、邪教団殲滅の礼と言って《大地の鎧》をくれた。激しい戦いですっかりくたびれていた《魔法の鎧》の代わりにそれを身につけたボクに、ゾーニャはさらに意外な物を差し出した。

 

《グリーンオーブ》――。

 

 それは代々魔王の一族に受け継がれていたものだという。ボクはそれまでに手に入れた四つのオーブを取り出して、テーブルの上に並べた。

 

 ローレシアで見つけた《ブルーオーブ》。

 ムーンブルク遺跡にあった《パープルオーブ》。

 アレフガルドの竜王の一族が持っていた《レッドオーブ》。

 旧サマルトリア王家の血を引くルザロの《シルバーオーブ》。

 そしてロンダルキアの魔王の一族が持っていた《グリーンオーブ》。

 

 オーブ達は再会を祝うかのように、それぞれが僅かに輝きを増している。

 

「オーブは世界に六つある――妾はそう聞いておる」

「残り一つか……。どうやって探すんだ?」

 

 ドラッケンの問いにボクは暫し、黙考する。ふと砂漠のバザーで出会った謎の老婆の事を思い出す。

 

『いずれ必要な物は主の前に勝手に現れるだろうよ。主はただ真っ直ぐに前だけを見て歩くがよい。幸運も災いも嫌でも寄ってくる』

 

 確かにその言葉どおりの旅路を歩いてきたボクは、その導きを信じることにする。

 

「いや、まず、ルビス様の所へ行く事を優先しよう」

「しかし、オーブは最後の希望。それが、黒き……いや、主の友人の最後の言葉だったはずじゃろう? いずれ必要になるのではないかえ?」

「それは、そうだけど……」

 

 暫し、沈黙した後で、ボクは続けた。

 

「五つともいつのまにか勝手に手元に集まってきたからね。最後の一つもきっと、必要になればボク達の前に現れるような気がするよ……」

「なんともいい加減じゃな、主よ」

 

 全く計画性のないボクの意見にゾーニャが呆れる。

 

「まあ、お前らしくていいがな」

 

 ドラッケンがくっくっと笑う。行き当たりばったりは彼も同じのような気がするが……。

 五つのオーブは、幾つもの出会いと別れを繰り返したボクの旅の成果そのものといえた。それらを思い出しながら、一つ一つ《道具袋》に収めて行く。《シルバーオーブ》を手にした時、ほんの少しだけじんわりとしかけたボクは、慌ててかぶりを振って、鼻をすする。ふと《虹の羽衣》の存在を思い出し、ボクはそれを取り出した。

 

「ゾーニャ、もらってばかりで悪いから、よかったらこれを使ってよ。あ、でも大きさが……」

 

 小首をかしげながらそれを手に取った彼女だったが、直ぐに視線が厳しくなる。

 

「ほう、これはメーヤの手製じゃな……」

「分かるのかい?」

「それなりの付き合いじゃからのう……。しかし、主よ。よいのかや? これはなかなかに貴重なものに思えるが……」

「うん。でも、キミのサイズだと……」

 

 以前の姿はどうだか知らないが、今の彼女は『ツル・ペタ・ストン』のチビッ娘魔王である。成人女性のサイズに合わされたそれは、彼女には大きすぎた。だが、ゾーニャは小さく微笑んだ。

 

「ふん、まあ、見とるがよい……」

 

 それを手にして別室で着替えてきた彼女の姿にボクは驚いた。羽衣は小さな彼女の背丈にぴったり合わさっていた。

 

「《あまつゆの糸》の力とメーヤの腕じゃな。うむ、これはなかなかに快適な着心地じゃ……」

 

 クルリと一周回って、軽く膝を折ってそっとお辞儀する。光の加減で七色に輝く羽衣に彼女の紅蓮の髪が見事に映えていた。幼、否、少女のあどけない仕草に思わず見惚れた。

 

「惚れたかや?」

 

 ――ずっこける。

 

「えーと……、よ、よく、似合ってるよ」

「主、今一つ、洒落っ気がないのう……」

 

 ハハハ、と顔だけで笑うボクにゾーニャが頬を膨らます。

 

「おい、ゾーニャ。オレには何かないのかよ? 俺も今回はお前達の為にずいぶんと命を張ってやったんだが……」

 

 恩着せがましく言うドラッケンに、ゾーニャがジト目を送る。

 

「すまんのう、ドラ王。主らが派手に暴れたせいで我が城は見事に崩れ落ちた。数々の財宝も今や瓦礫の中。主に相応しきものは……。おお、そうじゃ! 妾からの接吻というのはどうかや?」

「いるか、そんなもん!」

「遠慮するでないぞ、ドラ王。妾の接吻には『小竜姫の狂乱』という有り難いご利益がつくからのう。主に無理矢理迫られて妾は涙ながらに接吻させられた、と手紙に書くと、さぞかし面白かろうて……」

「やめんか、ドアホウ!」

 

 それは『死の接吻』と呼ぶべきものだろう。しっかり青ざめるドラッケンの姿を楽しみながら、コロコロとゾーニャは笑う。

 

「それじゃあ、行こうか。これからもよろしくね、ゾーニャ」

 

 握手すべく、チビッ娘魔王に片手を差し出した。

 

「うむ、暫しの道連れ、よろしく頼むぞ、ユーノよ」

 

 ゾーニャが両手を大きく広げた。

 疑問符が浮かぶ。魔族には握手という習慣はないのだろうか?

 暫しの沈黙の後にゾーニャが口を開いた。

 

「何をしておる、主よ。早う妾を抱き上げぬか」

「はい?」

 

 思わず目が点になる。ゾーニャが続けた。

 

「主、この小さな身体の妾を、まさか延々と歩かせるつもりではないじゃろうな?」

 

 筋金入りのお姫様発言に思わず、ずっこける。

 

「えーと、それは、その……」

「主、ゴロンを背負って、あのロンダルキアの洞窟を踏破してきたのじゃろう。ならば、妾を抱きかかえて歩くことなど造作もなかろうが……」

「いや、それは……」

 

 確かに今の彼女の身長は、ボクの腰ほどの高さしかなく、その身体は触れれば折れるかのようにか細い。左手一本で軽々と抱き上げることはできるが、これからずっと、となるとさすがに抵抗がある。

 どうにか助けを求めようとドラッケンの方を見るが、先程のゾーニャの先制攻撃で、すっかり守りに入っているようだ。

 

「では、勇者ユーノよ。これより主には、この史上最も美しき魔王である妾を抱き上げ、その温もりと共に旅をする栄誉を、直々に与えようぞ!」

「は、はあ……」

 

 小生意気なチビッ娘では、という突っ込みを魔王様にする度胸はさすがにない。

 

「シャキッとせぬか、主、男じゃろう?」

「は、はいっ!」

「うむ、それでこそ、世界の危機を救う勇者じゃ」

 

 結局、強引に押し切られてしまったボクは、彼女を抱き上げ共に旅をする事になった。チビッ娘魔王ゾーニャを抱き上げたボクの姿を、ドラッケンがジト目で眺めている。

 

「おい、ゾーニャ、お人好しなユーノにつけこんで、あまりやりたい放題は……」

「何をいうか、ドラ王。昔、とある勇者が助け出した美姫を片手に抱き上げたまま、鼻歌交じりにとある竜王を倒し、世界を救ったというめでたい故事を知らぬのかえ? この旅の目的は世界の救済であろう? ならば、ゲン担ぎには丁度よいでないかや?」

「つ・く・り・ば・な・し・だ!」

 

 ドラッケンが顔色を変えて反論する。彼にとっては御先祖様の名誉にかかわる事なので真剣にならざるを得ないのだろう。全く、ボクの御先祖達のヤンチャぶりには、ほとほと困ったものである。

 旗色悪しと見て、逃走を試みるドラッケンの後を、ゾーニャを抱きあげたボクが続く。パタパタと飛んできた手乗り破壊神がボクの頭の上に停まった。

 魔王の旅立ちの門出を一目見ようと集まってきた魔族達の視線が深々と突き刺さり、とても痛かったのは……いうまでもない。

 

 

 

2014/06/01 初稿

 

 

 


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