ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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激闘篇 09

 

 

 大きく崩れかけた神殿内に再び、静寂が戻る。

 ルザロ、ドラッケン、ボク、そして部屋の隅に転がっている筺体の上の破壊神シドー。四者が沈黙したまま睨み合う。

 

「ルザロ、もうやめよう。これ以上の戦いに意味なんてないよ」

 

 しばらくしてボクが最初に口を開いた。ルザロはそっと首を横に振る。

 

「駄目だよ、ユーノ君。当代の勇者がそんな事を言ってちゃ。キミは選ばれた以上、キミの役目を果たさなきゃならないんだ……」

「違う。本来ならこれはキミがやるべきだった事だろう。故郷にいる誰もがそう認めてたはずだ!」

「違わないさ。ユーノ君。ボクはね、最初からこうするように運命に決められていたんだ……」

「言ってる事が分かんないよ! 自分の行動は自分の意思で決めるものだろう?」

 

 ルザロは再び首を横に振った。

 

「ユーノ君、ボクはね、勇者の試練を乗り越える自信は最初からあった。でもね、試練を乗り越えたボクが、誰もが認める勇者になってしまえば、《ローレシア》という国はおそらく無くなっていたんだよ」

 

 思わぬ言葉にボクは絶句した。

 

「キミも知っているだろう。ボクがかつてのサマルトリア王家の直系だということを……。そのボクが勇者になる事で、ボクの家とそれに連なる家々がボクを奉じて立ち上がり、王位を簒奪する。かつて不当に奪われた我らがサマルトリアの地を奪還すること――それがボクの一族の長年の悲願だった」

 

 ルザロは少しだけ嘲るような笑みを浮かべた。

 

「不当に奪われた地?」

「妄想だよ。真実なんてどうだか分からない。自らの身の上の不幸を嘆いた愚かな御先祖様の一人がついた嘘を、代々真実として伝えた結果、歯止めが利かなくなった……きっとそんなところじゃないかな……」

「分かっているんだったら、どうして……?」

「分かっていても止められないのさ。世間のしがらみって奴だよ。ここまでの道中、キミが勇者になったことで、キミは命を狙われる事はなかったかい?」

「それは……」

 

 思い当たるふしはあった。黙りこんだボクにルザロは微笑んだ。

 

「人の世の闇だね。自分達の利益を害しかねぬ存在は、あらゆる手段を駆使して抹殺する。それがやり方なのさ。勇者の試練に挑んだ者達の中から、百年以上勇者が現れなかったのもそう。試練を乗り越える事の出来る可能性のある者は、帰りの道中で抹殺される。勇者が現れ、大きな活躍をすれば、やがてはその存在を王位に担ぎあげようと考える者が現れるのは必定。もともとが王族だったんだからね。資格は十分さ。華やかな伝統の裏側で、そんな事が幾度も繰り返されながら、勇者の試練は繰り返されてきたんだ。もしかしたら試練そのものが、勇者としての資質を秘めた者を間引くために仕組まれたことだったのかもしれない」

「ウソだ!」

「ウソじゃないよ。ユーノ君。ボク達の出会いだって偶然じゃない。仕組まれた、いや、ボクが仕組んだ必然だったんだ」

 

 再び言葉を失った。あの冬の日にボクを助けた事が偶然ではなかった、ルザロはそう言っていた。

 

「どういう訳だか、今年は勇者の試練の適格者が多かった。一族の者達が無茶な妨害をすることは目に見えていたんでね。ボクは訓練の傍ら、試練を受ける者に片っ端から出会って、その実力を見極め、可能性のありそうな者には、ボクの実力を見せつけ、さらに周りの取り巻き達を使ってやんわりと潰してきた。ボクの為に同世代の者が無駄な血を流すのは、正直見たくなかった。尤も鼻っ柱ばかり強くて、ボクの脅威になりそうな奴は、ほとんどいなかったけれどね。ただ……、一人だけ、キミは例外だった」

 

 ルザロはじっとボクの目を見つめた。

 

「どういう事だい?」

「ボクの勇者という立場を脅かす存在。あるいはボク以上に勇者というものがふさわしい存在。ボクはキミに出会い、日が経つに連れ、そう確信していた」

「バカなこと言うなよ! 実力はキミの方が圧倒的に上だったじゃないか!」

「そうだよ。そして、今もね。でも勇者とは決して力だけの存在ではない。それはここまでの道のりで、キミ自身が証明してきたはずだ」

 

 手の中の闇色のオーブを弄びながら、ルザロは語り続ける。

 

「キミは試練を受けると言いながら、勇者となる事を否定した。己というものを知り、その上で靴職人になるんだってね。今の時代に勇者なんて必要ない――キミが無意識に導きだした結論は、とても正しく当たり前のことだった。世に求められる勇者とは世界の危機を救う者。救うべき世界に具体的な危機が存在しないのに、勇者が現れたって何の意味もない。目的のない手段は凶器にしかならないんだ。そんな当たり前の事を、国中の者達が誰一人気付かないんだから、滑稽きわまりないよね。何かに選ばれた人間。誰かに与えられた特別な力。そんな幻想の為に名前と肩書だけを求めて、相手を落としめ、時に足を引っ張り、命すら奪う。馬鹿馬鹿しいことこの上ないよ、本当に……」

 

 ルザロの母親に刺された時に感じた事を、ルザロ自身が思っていた。ボクはその事に動揺する。

 

「でもね、ユーノ君。ボクはそんなキミがボク以上の勇者になる事を、心のどこかで期待していたんだ。キミはボクが決して選べぬ正しい選択をする事ができる。目的がなければ作ればいい。そしてそれは結果として間違っていなかった。現に今、こうしてキミはボクの前に立っている。ボクはね、キミにとても感謝してるんだ。キミがいてくれたから、ボクはこうしてボクにふさわしい道を歩く事ができる。そう、『闇』という名の正しき混沌の道をね」

 

 一瞬、ルザロが身にまとう闇の気配が強まった。ボクの傍らで沈黙したまま立っていたドラッケンが僅かに緊張した。

 

「あの二人の《悪魔神官》達とともにあちらこちらを歩き、ボクには一つ分かった事がある。この世界は闇こそが真実なんだってね。物事を正しく解決しようとすれば必ずそこに矛盾が生じる。当然だ。闇という混沌の中で、怒り、呪い、蔑み、憎む。そんな姿こそがあらゆる者にとって、とても自然な姿なんだ。無理に正しく、清く、笑い合おうとするからこそ、誰もが悩み苦しむ。そう考えた時、ボクは色々な事が見えるようになった」

「ルザロ、そんなのおかしいよ。それじゃ悲し過ぎる。キミの事を知り、心配してくれる人達だって……」

 

 ルザロはそっと首を横に振る。

 

「ユーノ君、ボクにはそんな人達はどこにもいないんだよ。彼らにとって、その望み通りの『勇者のルザロ』でないかぎり、ボクは誰にも必要とされないんだ。家族も友人も、そして、ボクを取り囲んでいた女の子達も……」

 

 とても淋しげな表情を浮かべて、彼は続けた。

 

「未来の勇者。そんな言葉と共に昔から多くの人達がボクに近づいた。ボクに挑み、その才能の差に打ちのめされ、自分から取り巻きに身を落として、道化を演じる者だっていた。とても愚かだよ。勇者ではない生き方なんていくらだってあるのに。ボクには決して選べぬ選択肢を捨てて、分をわきまえぬ望みにいつまでもすがりつく彼らの姿をボクはずっと軽蔑してきた」

 

 初めて聞くルザロの胸の内。多くの者達に囲まれとても眩しく見えた彼の本音は、ボクには上手く理解できなかった。

 

「とても理解できない。そんな顔をしているね、いいさ。それが当たり前なんだよ、きっと。持つ者の悩みなんて持たざる者には贅沢にしか見えないんだから。当人にとってどんなに深刻な悩みでもね……。それでもいい、ボクはどうにかやっていくつもりだった。キミに出会うまでは……」

 

 大きく息をつく。

 

「靴屋になる為に試練を受ける。そんな滅茶苦茶なキミを最初は訝しんだ。だが、時折、顔を合わせ、話すうちにそれは真実だと気付いた。そして、ボクは考えた。もしかしたら……、キミを利用してボクがボクらしい道を歩く事ができるのでは……と。だからキミと同じ日に出発したんだ。キミが律儀にも習わし通りに、己の誕生日を出発の日と選ぶ事は分かっていたからね……。でも正直驚いたよ。《破壊の剣》を引き当て、そのまま試練に挑むなんて無茶ぶり、キミらしいと思うと同時に呆れてしまったよ」

「まさか、あれもキミ達が仕組んだ……」

 

 その言葉にルザロは首を横に振った。

 

「あの一件はボクじゃないし、ボクの一族の仕業でもない。ただ、なぜそんな事が起きたかという事に、少しばかり心当たりはあるけどね……。でもそれは些細な事、いや、大事な事だったのかな、ボクが自分の道を行く決心をする事になったんだから……。そして、勇者の泉で初めてキミと本気で剣を交え、ボク達の本当の旅は始まったんだ……」

「ボクはそんなもの、望んじゃいなかった……」

「それは嘘だね。本当に望んでいなかったら、キミは今頃、靴屋に弟子入りしてるはずさ、そうだろ?」

 

 否定できない事に気づいた。ルザロとの遭遇戦をきっかけに、広い世界に憧れと未練があった事を思い出す。

 

「《アレフガルド》でキミと再会し、キミはボクの前に立ち塞がった。まだ未熟ではあったけれども、キミは竜王を味方にし、見事に正しい勇者のあり方を示した。ボクは正直、嬉しかった。そして、同時に嫉妬した。より強くなったキミを倒し、ボクの正義を証明したい、世界は混沌とした闇のままにあるべきだという……、正義の為に……」

 

 その瞬間、ルザロの装備していた伝説の武具が一瞬輝き、消滅した。ルザロの身体から外れたそれらは、少し離れた場所に転移して転がった。赤錆びの浮いたとても使える状態ではない剣と防具の姿に唖然とする。

 

「これは……一体……」

 

 驚くボクに、ルザロはひょうひょうと答えた。

 

「当然のことさ。今のボクは世界の為に闇の道を歩く混沌の勇者としてではなく、ボクの満足の為だけに力を振い、キミに挑もうとしているんだ。伝説の武具がそんなボクに力を貸すわけないだろう?」

 

 鎧が外れたルザロの身体は、酷くやせ衰えていた。極限まで削ぎ取られ、まるで鋼線を束ね合わせたかのようなぎすぎすした筋肉に支えられ、かろうじて立っている。出発の日に握手を交わした時の面影は、もうかけらもなかった。

 

「醜い姿だろう。ここまでずいぶんと無茶と無理を重ねてきたからね。でも不思議なくらいに、今は気分が充実してるんだ。そしてボクの力の源はこのオーブさ!」

 

 闇色のオーブから闇が溢れだし、ルザロの身体を覆い、形作っていく。

《破壊の剣》、《悪魔の鎧》、《死神の盾》、《不幸の兜》。

 禍々しい装備に身を固めたルザロの姿がそこにあった。その姿にボクはもう言葉も出なかった。

 

「これでさしずめ《地獄の勇者》ってところかな……。改めて言うよ。ユーノ君。いや、当代の勇者、ユーノ・R・ガウンゼン、ボクと戦え!」

「嫌だ!」

「だったらキミを殺して、全てを奪う事にするさ。キミを倒し、改めて勇者としてボクは名乗りを上げ、《ローレシア》に凱旋しよう。すぐにあの国を滅ぼし、愚か者達が踊り狂う様を眺めながらゆっくりとこの世を闇と混沌に染め上げていこう。キミの家族も友人も知り合いも皆、その中で正しく狂っていくんだ。どうだい? とても素敵なことだろう?」

「そんなのは駄目だ!」

「嫌だ、駄目だ、と言ってるだけじゃ、子供のままなんだよ。キミは今ここで、選択しなければならないんだ。ボクが闇の道を選んだように、キミは……」

「やめろ! 黒き勇者! それ以上、お前の我が儘をユーノに押し付けるんじゃねえ。お前が今、やろうとしてる事は……」

 

 それまで沈黙を貫いていたドラッケンが割って入る。だが、すかさずルザロが制した。

 

「黙れ、竜王! これはボクと彼、勇者という存在を巡っての人間の世界の問題だ。竜族のキミには関わりのない事。竜族や魔族の本質を知っている聡明なキミなら、決して口出しすべきでない事も分かっているはず!」

 

 ドラッケンがルザロを睨みつける。暫しの沈黙の後で彼は答えた。

 

「いいだろう。だがな、ユーノとお前がやり合うってんなら、オレは迷わず、ユーノに手を貸す。ユーノが勇者だから、じゃない。ユーノがユーノだからだ。俺はこいつを気に入っている。こいつと共に歩き、辿りつく先にあるものをオレは見てみたい。それがオレの手を貸す理由だ。二対一が卑怯だ、なんて言うなよ。オレはこいつの剣となり、盾となる。それはオレにそうさせたいと思わせる、お前が決して持ち得なかったユーノ自身の力だ! 文句は言わせない、いいな!」

 

 二人の間に沈黙が生まれた。やがて、くつくつとルザロが笑う。

 

「いいよ。正直、ユーノ君だけの力じゃ、ボクを倒せるか心もとないんでね。友情の力っていうんだっけ? その胡散臭い力でボクに向かってくる事を許してあげよう!」

 

 互いに武器を向けあって、構える。

 

「ユーノ、腹をくくれ! こいつにお前の言葉はもう通じない。お前自身を叩きつけて、こいつの閉じきった心を開け放ってやれ。お前がこれまで幾度もしてきたようにな……」

 

 その言葉にすっと心が洗われるような気がした。《稲妻の剣》を引き抜きボクはしっかりと構えた。

 戦って闇に堕ちたルザロの心を開放する。

 それが、勇者ユーノ・R・ガウンゼンにできるたった一つの事であると、ボクはようやく気付いた。覚悟を決めたボクの姿に小さく微笑みを浮かべると、ルザロは殺気に身を任せた。

 

「それじゃあ……行こうか……」

 

 電光石火の一撃が走る。

《水鏡の盾》で受け止めたボクの傍らからドラッケンが《竜神の槍》の一撃を叩き込む。《死神の盾》で防いだ隙をついてボクの《稲妻の剣》の一撃がルザロの胴を捉えた。存分な手ごたえがあったにもかかわらず、ルザロが怯む様子はない。闇の力を秘めた圧倒的な防御力の前に、効果はいま一つのようだった。

 さらにルザロが攻撃に転ずる。

 右足を振り抜き回し蹴りでボクとドラッケンを薙ぎ払い、さらに《破壊の剣》で斬りつける。かわされた剣の一撃が石床を粉々に砕き、大穴を穿つ。かつてのボクが使っていた時とは及ぶべくもないその凄まじい破壊力に、背筋が凍った。

 

「ユーノ!」

 

 一瞬、目を合わせたドラッケンが前に出る。すかさずボクは呪文の詠唱準備に入った。

《さみだれ突き》を打ち込むドラッケンの攻撃を盾で防御しつつ、ルザロは懐に飛び込み《飛びひざ蹴り》でドラッケンを弾き飛ばした。さらに前に出てギガデインを唱えようとしていたボクに剣で斬りつける。慌てて盾で受け止めて剣で反撃するも、あっさり防がれ、気付けば《体当たり》で吹き飛ばされていた。

 慌てておきあがったボク達にルザロは容赦のない魔法攻撃で追撃をかけた。

 

「ジゴスパーク!」

 

 ルザロは地獄から雷をよびよせた。地獄の雷があたりをなぎはらい、ボクとドラッケンを同時に捉えた。苦悶の表情を浮かべてその場に転がるボク達を、冷ややかに見下ろす。

 

「どうしたんだい、ユーノ君。そんなんじゃ、ボクは倒せないよ。それに竜王。せっかく二対一だってのに、ちっともいいとこなしじゃないか。もう一人くらい加勢が欲しいところかな? どうやらキミの友情は足手纏いになってるみたいだよ」

 

 ルザロの挑発にドラッケンが激昂する。ドラゴラムを唱えて竜化し、ルザロをその巨体で踏みつぶそうとした。それを見抜いたルザロは壁を蹴って竜化したドラッケンの背に飛び乗り、その背に《破壊の剣》を叩きつける。

 ルザロの放った痛恨の一撃で悲鳴に似た咆哮が響き渡り、ドラッケンは崩れ落ちた。竜化がとけ、人の姿に戻った彼はそのままぐったりとその場に倒れたままだった。ルザロがそれを踏みつける。

 

「やれやれ、的が大きいだけの大きな身体で火を吹く程度の芸当じゃ、今時、流行らないんだよ。キミの種族は遥か古から全く進歩してないみたいだね……」

 

 さらにもう一度踏みつけようとしたルザロを、ボクは大声で制止した。

 

「やめろ、ルザロ!」

 

 怒りに任せ、剣で薙ぎ払う。盾で防御したルザロの体勢が崩れ、ルザロは初めて大きく飛び下がった。

 

「ドラッケン、立てるかい?」

「悪い、しばらくのんびり休憩させてもらうぜ……」

 

 倒れたまま静かに回復に専念するつもりのようだ。どんな時でも決して弱音を見せぬ彼の珍しい姿に、ボクは慄然とした。おどけて見せてはいるものの、ダメージは相当に深刻だった。

 このままでは負ける。ルザロとボク達の実力差は余りに大きすぎた。

 ボクの焦りを見透かすように、ルザロが挑発する。

 

「それじゃあ、まずはキミの足元の死に損ないに止めを刺して、それからゆっくりキミを殺してあげよう。腕と足を一本一本斬り落としてね……。どれから斬り落とすかは、キミに選ばせてあげるよ!」

「ルザロ、いい加減にしろ!」

 

 怒気を吐きだし、ボクは彼に挑みかかる。《稲妻の剣》を振りかぶり、ボクはあらん限りの力と怒りを込めてルザロに叩きつける。かわされた斬撃が先程のルザロのものに勝るとも劣らない威力で石床を破壊し、砕けた礫がボク達を襲う。小さなダメージを無視してボクはさらにルザロを斬りつける。《破壊の剣》で受け止められたが気にせず、さらに攻撃を重ねる。ボクの猛攻にルザロは防戦一方に追い込まれ、その表情から余裕が消えた。

 

 ――絶対に負けるもんか!

 

 その一念での攻撃がついにルザロの身体を捉えた。上段に振りかぶったボクの渾身の一撃を受け止めた《破壊の剣》が砕け散り、闇に還った。瞬間、巨大な殺気がルザロの中から生まれた。

 攻撃に夢中になっていたボクを《正拳突き》で突き飛ばす。ごろごろと床を転がり起き上がったボクは、ルザロに向き直り……、その姿に絶句した。

 ゆらりと立ち上がったルザロは《死神の盾》を闇に還した。不気味な音と共にルザロの背中からさらに一対の腕が生えた。彼の四本の腕にはそれぞれ新たな《破壊の剣》が握られていた。

 

「ヤロウ、とうとう、本格的に人間やめやがったか……」

 

 ようやく回復を終えたドラッケンが起き上がり、ボクの傍らに立つ。

 

「ふふ、ユーノ君、ボクはようやく本気で戦えそうだよ」

 

 圧倒的な闇の気配を背負ってルザロが笑う。

 

「ユーノ、オレが右を行く。お前は左だ」

「分かった」

 

 短く言葉を交わし、ボク達は左右からルザロを挟み込む。四本の腕を自由自在に操るルザロは、左右から襲いかかるボク達を難なくさばいた。攻防の一瞬の間を使って放たれるライデインが、ボク達を捉え、その動きを徐々に鈍らせていく。時が経つ毎に彼の攻撃パターンが読めるようになったものの、そこまでだった。決定打を打つ隙を全く与えずにルザロはボク達をあしらう。

 奇跡的に放たれたボクの会心の一撃が、ルザロの腕を撥ね飛ばしたものの、それをあっさりと闇の力で再生させ、何事もなかったように攻撃を続けた。

 

「まったく、嫌になるほど、強いな。お前」

「光栄だよ、竜王。キミのような偉大な戦士に力を認められるなんてね……」

「だから、なおさら、許せないんだよ。それ程の力を……」

「闇の者は所詮、闇の者さ。真実に至る道のりが常に一つとは限らないんだよ」

 

 その言葉にボク達は戸惑った。一瞬の隙をついて飛び下がるルザロが再び魔法を唱えた。予期したボク達は、慌ててそれぞれの対応策を試みる。

 

「ジゴスパーク!」

 

 再びよびよせる地獄の雷があたりをなぎはらう。カウンターのギガデインを放ったボクの傍らで、ドラッケンが《竜神の槍》を石床に突き立て避雷針代わりにする。

 ギガデインで相殺され、さらに避雷針代わりの槍で弱体化された雷が襲いかかるも、今度はどうにか耐えきった。即座に回復しつつ睨み合う。

 全く決定打が打てぬ間に刻一刻と時は経ち、ボク達は確実に消耗していた。対してルザロの闇の力は一向に衰える気配はない。

 

 ――ジリ貧だ。

 

 焦りが思考を低下させる。ぎりり、と食いしばる歯の音までをルザロに読み取られているようだった。

 

 

 

 と、その瞬間――。

 そこに立つ誰もが全く予想外の出来事が、起こった。

 

 

 

2014/05/21 初稿

 

 

 


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