ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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激闘篇 06

 

 

 

《一番星号》の航海は順調だった。

 途中、物資の補給の為に立ち寄った《ベラヌール》では些細な騒動に巻き込まれたものの、勇者の威光と復活した竜王ドラッケンの力技で事なきを得、ボク達は東に向かって航海を続けた。

 道中、平穏を取り戻した《ベラヌール》から《ルプガナ》経由で《ローレシア》王宮宛ての書簡を出したボクは、行方不明となっていた間の出来事を報告し、ようやくほっと一息つく事ができた。ボクが行方知れずになったことで心配してくれる人達もこれで一安心だろう。

 ただ、ルザロの事だけは、詳細に報告する事が躊躇われ、『彼と遭遇し戦闘に至るも身柄の確保はならず』という短い一文のみで事実を示した。《ローレシア》の地で待つ人達の心情を思うとやりきれなさだけが募った。

 

 始めの内は物珍しかった船旅も、日が経つ毎に退屈なものと化していた。

 船の周囲を警戒するシーサーペント達のお陰で魔物も近寄らず、目的地《ペルポイ》につくころには、すっかり日焼けしたボクは、いっぱしの海の男になっていた。

 

「《ペルポイ》が見えたぞー」

 

 物見台に立った船乗りの声を聞いてボク達は甲板に飛び出した。険しい山々が軒を連ねるロンダルキアの山々のふもとに見える大きな街並み。

 ボク達はいよいよ、旅の終着点ともいえる敵の本拠地への足ががりを掴もうとしていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 魔族と人間が共存する《ペルポイ》の街は、地上と地下の二層に分かれている。

 はるか昔、ボクの御先祖様たちが破壊神を倒した頃は、魔族の襲撃を警戒して造られた地下都市に、人々はひっそりと息を潜めるように生活していたらしい。長い時間の中でどうにか人間と魔族が上手く折り合いをつけて暮らすようになるまでは、色々な困難があったようだ。

 長い年月が経った今、街に暮らす多くの者たちは皆地上で生活し、かつての地下都市はカジノという名の遊技場となっている。

 港に《一番星号》を停泊させたシドミドさんとその配下の船乗りたちは、早速乗り込んでいった。ドラッケンは、それを悔しげに見送る。ロンダルキアに乗り込んだ後の帰還の際に、再びこの街に立ち寄って遊びつくして帰るつもりらしい。

 人間、魔族入り乱れてのにぎわいある街なみで、ボク達は山越えの準備をする為にあちらこちらの店を散策していた。

 

「うう、どの店も高すぎるよ……」

 

 ボク達が入ったのは武器屋と防具屋と道具屋がいくつも軒を並べた一角。

 武器防具の店を覗いてその店頭表示価格に、ボクはかなり絶望的な気分になった。

 確かな力を秘めた彩り豊かな武具は、どれもこれも最低でも一万ゴールドはする。

 こんな商品、一体、誰が買うんだよ、と突っ込んだところで、所詮、持たざる者の負け惜しみ。

 世界を救う勇者といっても、所詮、人間の世界のルールには敵わない。

 

「なんだ、ユーノ、買わないのか? どれもこれもいい品ばかりだぞ?」

 

 がっくりと肩を落として店を出ようとするボクをドラッケンが呼びとめる。持たぬものには冷たい商人たちの視線が痛かった。

 

「ドラッケン、残念だけど、ボクには手が届きそうにないものばかりだ」

 

 持ち物をまとめて処分したところで、買えるのは鎧一つ、あるいは盾一つといったところだろう。いくらボクが当代の勇者でも、世界最大の難所といわれるロンダルキアの山々に巣食う魔物達を相手に、裸同然で突っ込む度胸は持ち合わせていない。勇気と無謀は違うのだ。

 

「なんだ、お前、金がないのか?」

 

 言いにくい事をズバリと指摘し、ドラッケンが不思議そうな顔をする。如何にお金に対して無頓着な竜族とはいえ、仮にも彼は王様。庶民の気持ちが分かるはずもない。しばし、小首を傾げた彼は、己の荷袋をごそごそと探って宝石を一つ無造作に取り出した。

 面倒臭そうな顔をしていた店主達の目の色が変わった。

 

「そ、それは幻の宝玉と言われる《夢見るルビー》!」

 

 その声に周囲の店の店主達が次々に飛び出してくる。

 

「七、いや、八万で売って下され!」

「ケチくせえやつだな。十万! 十万でどうだ? 兄ちゃん達!」

「ならば私は、十二、いや十三万で!」

 

 理解不能な金額が次々に踊り、もはやそこは別世界だった。

 

「ど、どうしたんだよ、あれ?」

 

 白熱した競売に熱中する店主達を尻目に、ボクは小声でドラッケンに尋ねた。

 

「出かける時に城の倉にあったのをいくつか持って来たんだ。人間の世界は何かと金がかかるからな……」

「いいのかい? たしか幻の宝玉とか言ってなかった?」

「あの程度なら、ウチの城の倉にごろごろ転がってるぜ」

 

 ドラッケンはこともなげに答えた。唖然とするボクにさらに続けた。

 

「竜族は光り輝くものを眺めるのが大好きだからな。上級の奴らなら大抵、住みかに一つはあるんじゃないか?」

 

 竜退治には宝がつきものといわれる由縁だろう。

 

「城を乗っ取られていたのに、よく、盗まれなかったね?」

 

 ボクの率直な感想にドラッケンがニヤリと笑った。

 

「あの城は昔から、お前の先祖達が幾度もやりたい放題に荒らしていったからな。代々の竜王と側近達が色々と知恵を絞って秘密の隠し倉を作ったのさ。お陰で今回の騒ぎでも無事だっただろう?」

 

 他人の家に土足で入り込んで、金目の物を巻き上げる強盗もどき――代々の勇者の確かな一面である。後世の子孫たちが欲に目がくらんで押しかけぬよう、そして今後の人間と竜族の友好の為にも、この事実はボクの胸の内に永遠にしまっておかねばならぬようだ。

 結局、無茶苦茶な値段につり上がったルビーの代金で、ボク達は新たな装備を購入した。

《光の剣》、《魔法の鎧》、《水鏡の盾》、《知力のかぶと》。

 それらを装備してボクの準備は完了する。

 

「なかなか似合ってるじゃないか」

 

 ドラッケンは《刃の鎧》と《力の盾》を購入し装備していた。

 まだまだ競売の熱気冷めやらぬ店内で、ホクホク顔の店主達に見送られ、ボク達はようやく店を後にした。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 しっかり準備を整えたボク達は、出発しようと街の入口に向かっていた。ふと、街の入り口で何やら争う姿を目にする。

 一人の老人が数人の若者達に囲まれていた。見覚えのある彼らの姿にボク達は眉を潜めた。

 

「ユーノ、邪教徒共だ」

 

《ベラヌール》で騒動の原因となった者達と同じローブ姿の彼らが、たった一人の老人を無理矢理取り押さえようとしていた。

 老人は魔法で果敢に反撃する。

 飛び出したボク達は老人を庇って若者達を一掃した。かけつけてきた街の警備隊に彼らを引き渡して一件落着となった。

 

「あ、ありがとうございます。なんとお礼を……。りゅ、竜王の若君?」

 

 老人が驚いた顔でドラッケンを見つめる。彼の顔を見てドラッケンも気まずそうな表情を浮かべた。

 

「久しぶりだな。ゴロン爺……。オレ達はゾーニャの奴に文句を言いに来たんだが、元気にしてんのか? 場合によっちゃ、とっちめなきゃならないんだが……」

 

 物騒な事を口走る竜王に、ゴロンと呼ばれた老人がいきなりすがりついた。

 

「ひ、姫様を助けて下され、若! もう、我らにはどうすることもできませんのじゃ!」

 

 公衆の面前で突然、おいおいと泣きだす。ドラッケンは小さく舌打ちして老人を引きはがす。

 

「ユーノ、放っとけ、行くぞ!」

「いいのかい? 知り合いなんだろ?」

 

 周囲の奥様達の視線が痛い。老人をいじめている若者のように思われているのだろうか?

 

「嘘泣きだよ。全然、変わってねえな」

 

 その言葉でピタリと泣き声が止んだ。ボクは唖然とする。

 

「さすがは、若、相変わらずの御明察、恐れ入ります!」

「うるさい、性悪魔族が! お前達に関わると昔から碌な事がないんだ!」

「そんな事をおっしゃらずに……。ところで、そちらのトッポイ若者は一体、どなたで?」

 

 口の悪い老人がボクを一瞥する。ドラッケンが溜息をついて答えた。

 

「オレの友人にして、当代の勇者、ユーノだ!」

「な、なんと。この方が……」

 

 老人と思えぬすばやい身のこなしで立ち上がり、ボクの手をなれなれしく握った。

 

「いやー。成程、貴方様が勇者殿でござったか。そのふてぶてしく男気溢れる面構え。この爺、一目見て、只者ではないと分かりましたぞ!」

 

 ――ずっこける。

 

 世渡り上手というのはこういう人の事なのだろう。美辞麗句をならべ立てて賞賛する老人に圧倒されるボクの傍らで、ドラッケンはうんざりといった顔をしている。

 

「悪いな、ゴロン爺。オレ達は急いでいる」

「ロンダルキアの洞窟は難関ですぞ。若いお二人の為に、不肖、この爺めもお供しましょう。ついでに姫様をお助け下さいませ!」

 

 そちらが本音らしい。

 

「いや、全力で断る。お前らの厄介事に首を突っ込むつもりは微塵もない! 行くぞ、ユーノ!」

 

 なぜか頑なな態度のドラッケン。なんとなくドルメーヤさんの時の事が思い出された。

 ここは彼に任せた方がよさそうだと考え、ボクは彼に従うことにする。

 

「うう、当代の勇者様と竜王様はなんと器量の小さき方々かな。ああ、姫、どうやら我が魔族もここで滅びの道を歩む事になりそうですぞ……。この非力な爺めをお許し下さい」

 

 再び、おいおいと泣きだす。

 

「ドラッケン、話ぐらい聞いてあげようよ」

 

 少しだけ妥協しようとしたボクに、老人が嘘泣きをやめて素早く食らいついた。

 

「さすがは、勇者殿。なんとお優しい。姫様奪還の折には、ぜひともお礼をさせていただきましょう」

「いや、それは別にいいから……」

「勇者殿、姫は大層、お美しい方ですぞ。おまけに『ボン・キュッ・ボン』ですのじゃ」

 

 身ぶり手ぶりで老人が表現する。

 思わず興味を惹かれたのは勿論、若さゆえの過ちである。そんなボクの密かな動揺を確実に見抜いた老人が、チャンスとばかりに巧みにそれを突いてくる。

 

「お礼は……、そうじゃのう。姫様にパフパフしていただくというのはどうですかな? 姫様のパフパフは正に世の若者達の憧れ。それを勇者殿、貴方様だけの手で……」

 

 パフパフなるものが実は化粧でない事くらい、フォックスさんに教えてもらっている。俺にはおそらく縁のない事さ、と寂しげな笑みを浮かべてラヴィさんを眺めていたその哀愁漂う姿は、今も忘れられない。

 

「べ、別に……、きょ、興味なんて……、な、ないよ……」

 

 好奇心あふれる十五歳のボクは、素知らぬふりを決め込むものの、表情の緩みは隠せなかった。老人の老獪な話術の糸に、ボクは見事に絡め取られていた。

 

「ユーノ、お前、単純すぎるぞ……」

 

 再びうんざりとした顔で、ドラッケンが口を開く。

 

「あまり期待するな。現実の女は魔物よりおっかないものだからな……」

 

 誰の事をさしているのかは問うまいと、心に誓う。

 こうして、パフパフなる行為につられたボクは、新たな道連れに道案内してもらいながら、ロンダルキアの山々に挑む事となった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

《ペルポイ》を後にしたボク達は、小さな山々を貫くトンネルを通って、ロンダルキア山脈のふもとへと辿りついた。

《ロンダルキアの洞窟》。

 その悪名高き洞窟は、過去、無数の英雄や力自慢の戦闘狂達を尽く無残に葬ってきた。奇跡的に無事に帰って来られたものですら、再び挑戦する事を拒んで泣きだしたという。この洞窟に挑んで無事だったとされるのは、三百年前の御先祖様たちくらいのものだろう。

 一部の魔族とそれに関わる人間のみが無事に通る事を許されたその洞窟のお陰で、魔族達は長く安住の地を得て、ロンダルキアの台地の上で暮らしてきた。

 

 魔族――。

 一言でまとめきるにはあまりに雑多な種族の総称である。

 主に魔人族と呼ばれる人間に酷似した姿の者達と、高度な知性を持ち、人間に近い生活を送る上級の魔物を総称してそう呼ぶのが一般的であろう。

 強い力を持つ魔族の大半はその闇の力をもって、下級の魔物を従える事ができる。力が強ければ強いほどその数は多い。

 ロンダルキア台地の中心にある《ロンダルキア城》において、そんな彼らを統べるのが魔王の一族である。

 その血筋を遡れば、かの勇者と激闘を繰り広げた大魔王ゾーマに辿りつくという。

 由緒正しい血脈が受け継がれた魔王の元、魔族達は《ロンダルキア台地》で小さな諍いを飽きることなく繰り返し、歴代の魔王達を悩ませてきた。

 

 事件が起きたのはおよそ半年前の事。

 

 飽きもせずに繰り広げられる魔族同士の抗争の仲裁に疲れ、度重なる過労とストレスで過食気味だった先代魔王が、食当たりで倒れ、そのままあっさり息を引き取った。

 唯一の後継者である魔王の娘ゾーニャ姫の後見を巡って、各種族が水面下で駆け引きを始めようとした矢先、魔人族の有力者であるハーゴン四世が邪教徒達と共にあっという間にゾーニャ姫の身柄を拘束し、城を乗っ取ってしまった。《光の玉》によって力の大部分を封じられたゾーニャ姫は、今も城の最上階に幽閉されているという。

 かつて、勇者たちの活躍によって一度は崩壊させられた邪神教団を再び復活させたハーゴンの子孫達は、長い時間をかけて、魔族と人間の双方の世界に教団を根付かせてきたという。

 危機感を抱いた多くの魔族達が、邪神教団に対抗すべく《ホープタウン》と呼ばれる街に集まって会議を開いた。

 だが、もともと仲の悪い者同士の会議が上手くまとまるはずもなく、更なるいがみ合いに発展するのは必定だった。一向に改善しない現状にしびれを切らし、邪神教団に寝返るものすら出始めているという。

 盟主であるゾーニャ姫の奪還など二の次で、互いに牽制しあう反動勢力の醜態を横目に、ハーゴン四世率いる邪神教団だけが着々と足場を固めて日々勢力を広げる――それが、ゴロン爺がボク達に語った《ロンダルキア》の現状だった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「行け、若、そこでキック、キック! 危ない、勇者殿。右、右、そこから左。ええい腰が入ってない。こうですじゃ!」

 

 危険極まりないといわれる《ロンダルキア洞窟》の中に、ゴロン爺の声が響いていた。押し寄せるモンスターもなんのその。最も危険きわまりないのはこの老人だったことにボクが気付いたのは、洞窟に入って暫くしての事だった。

 魔法の得意な魔人族だけあってその威力はなかなかのもの。助けを求めにこの洞窟をたった一人で下りてきた猛者ではあるが、よる歳波には勝てず、持病の癪とギックリ腰のせいで、ボクが背負って歩く羽目になってしまった。

 思い通りにならぬ現実と己の身体、そして近頃の大勢に流されっぱなしの不甲斐ない若者達の有り様にとうとう癇癪を起こし、戦闘の度に八つ当たりまがいの極大魔法が辺り構わず炸裂する。度重なる大呪文の行使にも精神力が衰える気配は微塵もなく、一体どこからその元気が出てくるのか不思議で仕方がない。

『キレる老人』――そんな表現をボクはふと思いつく。

 

 ――だから、言ったんだよ。関わるなって……。

 

 先頭を無言で行くドラッケンが背中で抗議する。

 

 ――ゴメン、反省してます。

 

 人は失敗を重ねてのみ成長するという。

 生きていく上で、正直なことや素直さは、無条件に美徳とはいえない。

 少しずつ現実に絶望しながら歪んでいくのが、今時の正しい大人の在り方なのかもしれない。闇に堕ちたルザロの気持ちがちょっとだけ分かるような気がした。

 

 とはいえ、一度抱えたお荷物をポイと放り出すわけにもいかず、ボク達はじっくりと忍耐力を試されることとなった。

 群がる魔物達を落とし穴に蹴り落とし、最短距離と称して迷路の壁をぶち抜いて大穴を穿ち、パーティ内で激しい世代間闘争を繰り返しつつ、ボク達は進む。

 隠密・速攻こそが基本中の基本の洞窟探索行において、ファンファーレの如く鳴り響く剣戟音と爆発音が暗い洞窟内に幾度も木霊する。驚いた魔物達がさらにおびき寄せられ、老人の煽りに乗せられて目の色の変わった若者達が、全力ガチンコバトルを挑み、前代未聞の魔物達の絶叫が響き渡った。

 難関中の難関といわれるロンダルキア洞窟探索の難度をさらに自分達で上げつつ、ボク達は先を行く。無事に突破した暁には、ボクは勇者として大きな成長を遂げるだろう。確信に近い予感を胸に、ボク達はさらに先を目指した。

 

 前へ、もっと前へ!

 破壊し、蹂躙し尽くせ!

 まだまだ、ワシは現役じゃ!

 

 いつしか悪役然とした顔つきの勇者と竜王と老人の一行が、縦横無尽に暴れ回り、洞窟内を鮮やかに駆け抜けていた。

 気付けば洞窟踏破最短記録を更新して、ボク達は少し肌寒いロンダルキア台地の日の光を浴びている。

 

 ボク達の踏破行は、勇者による三百年ぶりの厄災の再来、あるいは第二の災厄として、洞窟内に暮らす魔物達の間で長く語り継がれたという。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

《ホープタウン》――。

 

 三百年前、大神官と破壊神を倒され、本拠地を失った魔物達が救済を求めて集まった《希望の祠》を中心に造られた街の名である。堂々たる門構えの街の入口に立ってボクはようやくほっと一息ついていた。

 

「フム、まあまあですかな……」

 

 ロンダルキア洞窟突破を果たし、勇者として一回り、否、二回り以上逞しく成長したボクの背の上でゴロン爺がふと呟いた。はたとボクは思い至った。

 

 ――この老人、もしや、ボク達の力量不足を見抜き、鍛えるためにわざと大騒ぎしていたのでは……。

 

 そんな深読みをするボクに、同じく竜王として一回り以上成長したドラッケンが静かに首をふる。

 

 ――錯覚だ。奴はあれが地なんだよ!

 

 現実に決して期待をしてはならない。竜王ドラッケンの哲学の一つである。ボク達の成長は、運命に導かれた必然であったらしい。

 

「では、参りますかな」

 

 ギックリ腰の再発を用心し、腰を撫でながらそろそろと歩く老人が先頭に立ち、街の門を潜った。背の重荷が消え去って、やっと休憩できそうだと喜ぶボク達は、街の宿に向か……。

 

「待て! 貴様ら、何者だ!」

 

 現れたのは邪教徒達。そして問答無用の戦闘状態に突入する。

《悪魔神官》一人に、《地獄の使い》二人、そして《妖術師》が数人。さらに《魔法使い》が多数。

 ばらばらとボク達を囲んで、いきなり『絶体絶命の危機』に陥った。

 洞窟内で鍛えに鍛え抜かれたボク達は、条件反射で容赦なく反撃する。

 ドラッケンが瞬時に竜化して灼熱の息を吐きつけ、ボクが洞窟内で練り上げた新呪文ギガデインを炸裂させる。

 僅か数秒足らずで戦闘は終わり、無謀な勝負を挑んで勝手に『絶体絶命の危機に陥った邪教徒達』はあっさり壊滅した。頑丈な街の正門が一緒にはじけ飛んだのはご愛敬である。

 

「希望の街でいきなり、喧嘩を吹っ掛けてくるなんて、なんて危ない奴らだ!」

「全くだよ、無粋だね!」

 

 ぴくぴくとクロコゲになった一団を放置して、ボク達は今度こそ宿へと向かう。今はとにかく寝床が恋しかった。

 

 街に現れるや否や、いきなりの大技を放って破壊活動を行った危険かつ物騒極まりない一団に、すすんで粉をかけようとするものは、もういなかった。驚いた宿の店主が震えながら宿賃を無料にしてくれ、ボク達はようやく一息ついたのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 宿の地下にはうらぶれた造りの酒場がある。

 顔と身体をすっぽり覆い隠す程の大きな帽子と外套をかぶり、トゥーラを掻きならすトゥーラ弾きの物悲しい曲が、店内の空気を震わせた。時に激しく、時に哀しくトゥーラの音色は、歴史と世界の狭間に生きる様々な人生を奏でた。

 客は店の中央のテーブルに座る四人だけ。

 掃除が行き届いたカウンターでは、バーテンがせっせとグラスを拭いていた。

 決して寂れている訳ではなく、この店は今、貸切状態だった。

 

 すっかり日が暮れた《ホープタウン》の街中では、今、激しい抗争が繰り広げられている。

 きっかけは昼前の出来事――。

 街に潜む反乱分子の捜索の為、ロンダルキア城からやってきた邪教徒達の援軍が、行きずりの一団にいきなり壊滅させられたことだった。

『邪教団、恐るるに足らず』

 度重なる邪教徒達の横暴にうんざりしていた街の住人と、隠れていた反乱分子の魔族達が一斉に立ち上がり、街から邪教徒達を叩き出した。おそらく夜明け前には片がつくことになるだろう。役割を終えた者達は競うように、街の南側にある宿の周りに集い、中の様子を窺っている。

 宿の地下酒場のテーブルで眉間に皺を寄せて睨み合う四人の姿、もとい、そのうちの一人はもともと皺だらけの老人だった。

 

「……で、この騒ぎの収拾、どうつけてくれるつもりだ、ゴロン爺」

「ワシは知らんよ。勝手に騒ぎ出したのは主達の部下じゃろう。それを収拾し、状況を見極め次の手を打つ――それが主ら、一族を率いる者の役割じゃろうが……」

 

 老人の言葉に三人の、否、三体の魔族は渋面を浮かべた。

 

 巨人族族長アトラス。

 デーモン族族長ベリアル。

 デビル族族長バズズ。

 

 魔族の最強勢力の三族長を相手に涼しい顔をしているのが、次期魔王候補ゾーニャ姫の御守役のゴロン爺だった。

 それまで物悲しかったトゥーラの音色が、一転して激しい戦いの旋律へと転じた。

 

「元はといえば、先代魔王様逝去の折に、主らが足りぬ頭で、穴だらけの策謀に知恵をめぐらして状況を混乱させたのが、発端であろう?」

「あれはバズズの独断で……」

「卑怯だぞ、誘ったのはベリアル、お前ではないか」

「フン、貴様らが我ら巨人族を只の脳筋種族と軽んじるからだ。権力の奪取とは力あってこそだ!」

「そうやって互いにけん制し合っておるうちに、曾孫ごときに美味しい餌をかっさらわれたのであろう? 主ら、ちっとも成長せんのう」

 

 曾孫とはハーゴン四世のこと。彼に初代の醜態を思い起こさせるその言葉は、当人にとってコンプレックスだという。

 

「なんだと!」

「いい加減、重い腰を上げて、城に乗り込んで姫様を助け出そうという忠義心は湧かんのか、主ら?」

「そんな事をしておる隙に、この街を乗っ取られるかもしれんではないか」

 

 誰がという事はない。三人が三人とも同じ事を考えている。

 否、三人だけはない。

 この場にはいない別の種族の族長達も又、同じように考えているのが魔族の現実である。

 不毛な議論と責任のなすりつけ合いだけが白熱した。

 

「やれやれ、主らの我儘にさんざん振り回されて御命を落とされた先代魔王様に姫様も浮かばれんのう」

「その姫様を守れなかった御守役が何をいうか! 大体、ゴロン爺。今朝方、お前と共にやってきたという若者達は何者だ?」

「それを知ってどうする? この際、主らもまとめて弾き飛ばしてもらうとするか? 古き悪しき者としてのう……」

 

 険呑な空気が広がる。

 誰もが膨大な力の持ち主であるだけに、場の緊張が尋常ではない。カウンターにいた筈のバーテンはとっくに逃げ出している。

 激しい音色を奏でていたトゥーラが不意に途切れた。暫しの静寂が店内を満たす。

 

「やれやれ、やっぱり魔族ってのは、阿呆と腰抜けの集まり、みたいだな……」

 

 テーブルに座る三人の顔色が変わった。

 振り返って睨みつけた先にはトゥーラ弾きの姿がある。トゥーラを傍らに置き、ブカブカの外套を脱いだ。帽子で顔は隠したままである。

 

「何者だ! 貴様!」

 

 トゥーラ弾きはそのまま立ち上がる。丸腰ではあったが、全身に闘気をみなぎらせ、三族長に気後れする様子は微塵も感じられない。むしろ、気押しているくらいだった。

 

「今しがた、お前達が話題にした者だよ」

 

 言葉と同時に大きな帽子を脱いだ。

 

「お前、竜族か……」

 

 人間と並び魔族とは相反するその存在に、族長たちは色めき立つ。唯一正体を知る老人が静かに告げた。

 

「この方こそ、遥か《アレフガルド》よりわざわざお越しいただいた現竜王、ドラッケン様じゃよ!」

「な、何だと!」

 

 呆然とする三族長。そんな彼らに若き竜王ドラッケンは冷たい視線を送った。

 

「竜王相手に椅子に座ったままとは、魔族の族長風情がずいぶんと態度がでかいな。この地で俺と対等なのは、魔王ただ一人の筈だったと記憶しているが。それとも何かな? お前達の中にこれから魔王の座につこうかという豪気な奴でもいるのか?」

 

 族長たちは慌ててその場に片膝をつき頭を下げる。唯一、老人のみが椅子に座ったままだった。老人と僅かに視線を交わすと若き竜王は側にあった椅子にどっかりと腰掛け、徐に足を組んだ。

 

「さて、今更、面倒臭い挨拶は抜きだ。お前達に尋ねたい。『黒き勇者』について知っているか?」

 

 三人が顔を見合わせた。べリアルが答える。

 

「しばらく前にこの地に現れ、ハーゴンと共闘の誓いを交わしたと聞いておりますが……」

「じゃあ、城にいるんだな?」

「はい、おそらくは……」

「分かった、じゃあ、俺達は明日、日の出とともにこの街を発って、城に向かい、奴を打ちとる。俺達の邪魔をするなら邪教徒達も曾孫も同罪だ。お前達はどうする?」

 

 三人が言葉に詰まった。アトラスが問う。

 

「竜王様、お一人で乗り込まれるおつもりですか?」

「いや、上で爆睡している俺の友人と二人でだ!」

「お二人で、ですと。そんな無茶な!」

「無茶じゃないさ。歴史は繰り返すんだよ。邪教団敗北の歴史がな……」

 

 ドラッケンがニヤリと笑った。バズズが訝しむ。

 

「一体、彼は何者ですか?」

「驚くなよ。オレの友人にして、遥か《ローレシア》よりお越しの当代の勇者殿だ!」

 

 三人が呆気に取られた。

 

「こ、この上、さらなる別の勇者の襲撃とは。そのような事、我らがみすみす許すとお思いですか。遥か古の先祖の屈辱、我ら忘れたわけではありませんぞ」

「何を寝ぼけている、バズズ。お前達の真の敵は一体誰だ? 己の私欲で魔族内の和を乱しているのは?」

 

 若き竜王が厳しく弾劾する。バズズが黙りこんだ。

 

「それとお前達、一つ忘れてるみたいだな。まあ、俺達が負けるはずはないが、万が一、俺達が戻らぬ事があれば、竜族が総出でこの地に乗り込んでくるぞ。道中、ちょいと派手に暴れてきたんでな、ロンダルキア洞窟は、防衛線としての機能は当分、果たせない。そして竜族の大部隊の先頭に立って指揮するのはおそらく……、小竜姫だ。お前達、覚悟はできてるんだろうな!」

 

 艶然と竜王が笑った。三人が凍りつく。

 小竜姫のキレっぷりは、遥かロンダルキア台地にも届いているらしい。

 

「選べ! 俺達に協力して、騒乱を収めるか。あるいは、このままここに引き籠って、一族滅亡の未来を指を咥えて待つのか。二つに一つだ。更なる選択肢はないと思え!」

 

 三人が顔を見合わせる。もはや、仲間内で足を引っ張り合っている場合でない事を理解したらしく、観念の色が同時に浮かんだ。

 

「竜王様の仰せのままに……」

「そうか、お前達の物分かりがよくて助かったよ。さて、詳細を詰めようか」

 

 再びトゥーラを手にとってつま弾きながら、竜王は笑顔を浮かべた。それから明け方近くまで、ロンダルキア城及びゾーニャ姫奪還作戦の計画が練られることとなった。

 

 

 

2014/05/07 初稿

 

 

 


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