ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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激闘篇 05

 

 

 現れたのは一人の美少女だった。

 くるくると巻かれた金髪に琥珀の瞳。竜族でありながら、まるで、人形のように愛くるしく華奢な外見。ボクの胸の高さ程の背丈のその華やかな少女は、満面の笑みを浮かべてやってきた。

 

「メ、メーヤ。 ド、ドウシテ、ココニ……」

「嫌ですわ、お兄様。一刻も早くお兄様にお会いしたくて、飛んで参ったに決まってるじゃないですか……」

 

 甘えるようにドラッケンの腕にしがみつき、プクリと頬を膨らます。ほほえましい光景のはずなのだが、何故か周囲に緊張が充満していく。

 

「あら?」

 

 ドラッケンにすがりついたままの少女がボクを注視する。

 

「見慣れぬ人間ですわね。この村の者ではない……。ああ、もしかして兄様からのお土産かしら。フフッ。《首狩り族》達が喜びそうな首ですわね。素敵な飾りものになりそうだこと……」

 

 ――ドン引きだった。

 

 観賞品を値踏みするかのような視線でボクを見つめての言葉に、背筋を凍らせる。人は決して見かけで判断してはならぬものらしい。

 

「お、おい。メーヤ」

 

 どうにか冷静さを取り戻したドラッケンがたしなめる。

 

「そいつはユーノ、オレが名を呼ぶ事を許した当代の勇者だ。今回の反乱鎮圧の為にオレと共に戦い、勝利の立役者となった竜族の恩人でもある」

「まあ、本当ですか……」

 

 甘えるようにドラッケンにすがりついていた少女が表情を変え、居住まいを正した。小さな貴婦人とも言うべき空気を瞬時に纏い、彼女はボクの前に立つ。そっと長いスカートの両端をつまんで、膝を折り、彼女は丁寧に挨拶した。

 

「大変、失礼しました、当代の勇者様。私、竜王ドラッケン兄様の婚約者、ドルメーヤと申します。兄様が名を呼ぶ事を許す程に心許された方ならば、私にとっても大切な御方。先ほどの無礼はどうぞお忘れになって、今後ともよろしくお付き合いくださいませ」

 

 彼女はにこりと微笑んだ。

 本来ならその華やかな微笑みに見とれるところだろうが、第一印象は強烈過ぎた。

 小竜姫ことドルメーヤさん。

 この人は決して敵に回してはならない……。ボクの直感がそう告げた。引きつり気味の笑顔を浮かべて、ボクは返礼する。

 

「ところでメーヤ。シドミドを呼びだしたのはお前だな!」

「ええ。そうですわ。先ほど、ふと思い立ちまして、そこの《首狩り族》に連れてきてもらいましたの。今頃、縛りあげられて塔の物置に転がっていらっしゃるかと……」

 

 世間ではそれを『拉致』という。竜族達の間では違うのだろうか?

 どうやらこのドルメーヤという少女。思考と行動がドラッケン以上に直結しているらしい。

 

「直ぐに開放しろ。全くお前は……」

「あら? それでは兄様達は、お船でお出かけになられるのですか?」

「まあな。そういう訳だから、直ぐにシドミドを返してくれ。事態は一刻を争うんだからな!」

 

 一刻を争うのは事態ではなく、別の物のような気がした。

 

「それでは兄様。私も連れて行って下さいまし。丁度、《あまつゆの糸》が品切れになって、私、とても退屈しておりましたの。あれは、竜の角でしかとれぬ物ですから……。そうですね、《首狩り族》達も連れて行きましょう。きっと何かの役に立つかもしれませんわ」

 

 ボク達の背後で、《首狩り族》達がプルプルと首を横に振って震えている。

 船旅とは退屈なものだという。退屈を持て余したドルメーヤさんの無茶な思いつきに、彼らが振り回されるのは目に見えている。

 

『深そうな海ですわね。一体、どのくらいの深さがあるのかしら。そうだ、ちょっとそこの貴方、潜って調べてきて下さいな』

 

 庇護されている以上、主の要求は絶対である。重りをつけられ、無理矢理海に放りこまれる彼らの姿が、ふと思い浮かんだ。

 

「あの、《あまつゆの糸》って?」

 

 ボクの問いにドラッケンが答えた。

 

「こう見えてメーヤは、織物の天才でな。この村の歴史ある織物技術の継承者でもあるんだ」

「まあ、兄様。天才だなんて大げさですわ。兄様の素敵な雅楽の調べに比べれば、ほんの退屈しのぎの手なぐさみでしてよ……」

 

 ほほほ、と謙遜したように微笑んでいるが、ドラッケンが真剣なところをみるとおそらく真実なのだろう。やはり、人はみかけによらないものだ。

 

「さあ、兄様。私と共に竜の角へ……」

「悪いが、遠慮してくれ。オレ達の行く先は逆方向。《ロンダルキア》に行かなきゃならないんだ。い・ま・す・ぐ・に・な!」

「なーんですって……!」

 

 ドルメーヤさんの身にまとう空気が変わった。空気が一気に緊迫し、琥珀色の瞳が徐々に闇色に染まっていく。首狩り族達が震えあがり、ドラッケンが真っ青になった。

 

「そうですか……そうですか……。そういう事だったのですね……」

 

 小竜姫さんはぶつぶつと呟きながら、すぐそばの大樹へと向かって歩いて行く。

 

「私をこんな辺鄙な村に放り出しておいて、ご自身は楽しい、船旅を……。はっ、もしや兄様のお目当てはゾーニャ姉さま。婚約者の私の目を盗んで、その友人であるお美しい姉さまと背徳のひと時をお楽しみになるつもりなのですね……。そうですわ、きっとそうに違いありませんの……」

「な、なんで、オレがあんな性悪女と……」

「はっ、それでは、そちらの勇者殿が兄様の……。しばらく会わぬうちに禁断の果実の味をお知りになられたのね……」

「ちっがーう!」

 

 ――この人、上級者だ。

 

 何やら、あらぬ事を口走り始め、一気に闇へと落ちていくドルメーヤさんの姿を見てボクはそう確信した。

 

「メ、メーヤ。すぐに妄想の暴走をやめろ! 竜族の沽券にかかわる! 」

 

 ドラッケンの切実な訴えもその耳には届かぬようだ。どこに隠し持っていたのか知れないが、彼女はいつの間にか右手に《毒針》を左手に竜型の藁人形を持っていた。大樹の幹に藁人形を押し当て、右手の《毒針》でドスンと突き刺した。地響きと共に大樹が大きく揺れた。

 

「おい、メーヤ、止せって、誤解だ!」

 

 やめさせようとするドラッケンに首だけギギギ、と振り返った小竜姫さんは、無表情のまま答えた。

 

 「な・に・か・し・ら? 兄様。私、今とても忙しいんですの。後にしてくださいませんこと? 私を裏切り、純情を踏みにじった者達にどんなお仕置きをするか、考えねばなりませんの!」

 放っておいたら、全く無実の周囲の人々全てを滅ぼしかねかない。あるいは世界までも……。ドラッケンが畏れ慄くその片鱗を目の当たりにして、ボクは震えあがった。

 

 ――もしや、この方こそ真の竜王では?

 

 そんな恐ろしい事実がふと思い浮かぶ。もしかしたら旅立つ時のドルバルドさんの一言は、この事を意味していたのでは……。

 だが、当のドラッケンは弁解に必死だった。

 

「だー。悪かったよ。一人にしておいて、オレが本当に悪かった。メーヤ、オレはお前一筋だ!」

 

 藁人形に毒針を打ちつける手がぴたりと止まった。振り返ったドルメーヤさんは琥珀色に瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべて尋ねた。

 

「本当ですの? じゃあ、今すぐ、結婚してくださいまして?」

「ちょっと待て、それとこれとは……」

 

 言い淀むドラッケン。ドルメーヤさんの瞳が再び闇色に染まった。

 

「そう、やっぱり。所詮は口だけ……ですのね。世間では『ヘタレヤロウ』と言うんでしたか……。そうですね。そうですわよね。生涯、只一人の殿方を真剣に愛するなんて、今どき流行りませんもの……。私のような女、重っ苦しいなんて言われてポイ捨てにされ、うらぶれた村の片隅で悲しく朽ち果てていく運命なのですわ……」

 

 どすんどすんと毒針が打ちつけられ、大樹は今にも倒れそうだった。長いこと村を見守ってきた村の守り神が、こんな事で朽ちてしまわねばならぬことになるとは、きっと無念に違いない。

 すっかり闇色に染まり、妄想を爆発させて怨念の塊となった小竜姫さんと、打つ手を無くして、頭を抱えるドラッケン。押す事も引く事も出来ずにその場で震えあがって縮こまる《首狩り族》御一同。

 

 

 

 修羅場だった。

 それは……、まごう事なき修羅場だった。

 竜族の争いも、人間同士の諍いも、全てが児戯に等しく見える程に、修羅場だった。

 

 

 

 どうにかしなければならなかった。他人さまの厄介事に首を突っ込み、解決に導く事も勇者の稼業である。

 どうしたものかと懸命に思案するボクの脳裏にふと、あるものの存在がよぎった。慌てて《道具袋》を探る。目当ての物は直ぐに見つかった。懐かしい人達の顔が同時に思い出された。

 

 ――ラヴィさん、貴女の好意、今ここで……!

 

 思い出の品を手にしたボクは、思い切って死地に飛び込んだ。もはや引き返す事はできない。藁人形相手に果てしなく湧きあがる怨念をはらす事に夢中の小竜姫さんの背後に立ち、おそるおそる声をかける。

 

「あの……。ドルメーヤさん……。丁度ボクの手元に《あまつゆの糸》があるので、良かったら……」

 

 瞬間、彼女の手がぴたりと止まった。

 

「なんですって……」

 

 すっかり闇色に染まった瞳のまま、ボクを振り返る。とてつもなく恐ろしかった。周囲の誰もが唖然としてボクに注目している。

 

「ど、どうぞ……、知り合いからの頂き物で恐縮ですが……、よかったらお使いになって下されば……」

 

 片膝をつき、恭しげに糸束を差し出す。もしも、彼女の眼鏡にかなうことがなければきっとボクは、藁人形のようにされるに違いない。

 

 ――精霊様、どうか御慈悲を……!

 

 だが、彼女は一向にそれを手に取ろうとはしない。

 

 ――やっぱり、気に入らなかったんだろうか?

 

 おそるおそる顔を上げる。見上げた先には、驚愕の色に満ちたドルメーヤさんの顔があった。

 

「ゆ、勇者様……、い、一体、どこで、これを……」

 

 震える手でボクの差し出した糸束を、彼女はようやく取り上げる。

 

「ええと、知り合いに餞別代りに譲っていただいたのですが……。お気に召さなかったでしょうか?」

 

 それを手に入れてまだ十日も経っていない事にふと気付いた。手に取った《あまつゆの糸》を日の光にかざすドルメーヤさんの瞳が琥珀色に戻り、キラキラと輝いていく。

 

「こ、これはまさに《あまつゆの糸》。それも数十年に一度しかとれぬと言われる虹色の輝きを秘めた逸品。ゆ、勇者様……、ほ、本当にこれを私に譲っていただけるのですか?」

 

 どうやら、彼女の目にかなう品だったらしい。遥か彼方の地で今もフォックスさんにからかわれているだろうラヴィさんに、ボクは心の底から感謝する。

 

「どうぞどうぞ。ボクが持っていても仕方のない品ですし……。織物の天才と謳われる貴女に使っていただいた方が、きっと役に立つはずです!」

「素晴らしい! 本当に素晴らしいですわ。勇者、いえ、ユーノ様とこれからはお呼びさせていただきます」

「え、ええ」

 

 どうやら彼女の機嫌は直ったようだ。手にした糸束にすっかり夢中の彼女の様子に、誰もがほっと胸をなでおろした。

 

「でかした、ユーノ!」

 

 ドラッケンが喜びのあまり抱きついて、ボクの首を抱え込み、首狩り族達は地に伏して、ボクを崇め奉っている。

 

 ――ああ、他人様の役に立つというのは、実に気持ちいいものだ。

 

 きっと御先祖様達も行く先々で、こんな気持ちを味わったのだろう。これぞ勇者の醍醐味である。

 

「ユーノ様!」

 

 輝きに満ちた笑顔を浮かべたドルメーヤさんがボクを呼ぶ。

 

「もしよろしかったら今夜一晩、村に滞在していただけませんでしょうか。私はこれから、この糸を使って、すぐさま織物を始めます。できた品は、どうぞ御持ちになって下さいませ……」

「え、ええ。でも、いいんですか?」

「私は造り手。最高の材料を使っての逸品を生み出すその瞬間にこそ、喜びを見出すのです。できた品はどのようにお使いくださっても構いませんことよ」

「そうですか。それでは遠慮なく。待たせていただきます」

 

 兎にも角にも、ドルメーヤさんの機嫌が直り、時間稼ぎができたようだ。ドラッケンと今後の対策を練る時間は十分にあるはず。互いに視線を合わせ、目で合図する。彼もその事に気づいたようだ。小さく親指を立てて了解の意思を示した。

 だが、想定外の事態は常に起こりうるもの。

 

「さあ、グズグズしてはいられません。直ぐに塔に戻らないと……。首狩り族!」

 

 パチンと彼女が指を鳴らす。《首狩り族》達がさっと立ち上がり、ドラッケンの周囲を囲んだ。有無を言わさず、数人がかりで彼の身体を抱え上げる。

 

「な、何のつもりだ、お前ら……」

 

 慌てて暴れるものの、多勢に無勢。

 

「兄様。船旅への同行は、ユーノ様に免じて今回は諦める事に致しますわ。でも、私、こちらでずいぶん長い事淋しい思いをした事ですし、今夜は機織りをする私の傍らにつきっきりで、いろいろな話をお聞かせ下さいましね……」

「ちょっと待て、メーヤ。どうしてオレがそんな事に付き合わなきゃ……」

「そうそう……。兄様が、戦のどさくさにまぎれて、私をはるか《テパ》の地に厄介払いした、などという根も葉もないうわさ話が、竜族の女性たちの間でひっそりと囁かれている事、ご存知ですか?」

 

 ドラッケンの動きがぴたりと止まった。ドルメーヤさんがにっこりとほほ笑んだ。

 

「もちろん、そんなでまかせ、メーヤは露ほども信じておりませんわ。この地にとどめたのは、もしものことがないようにメーヤの身を案じてのこと。兄様の海よりも深い愛情、メーヤはしかと心に受け止めております。それでは、参りましょう!」

 

 ボクに略礼をしたドルメーヤさんとドラッケンを抱えた《首狩り族》の一団が、あっという間に立ち去って行く。「離せー」というドラッケンの悲鳴はすぐに聞こえなくなった。

 

 この日、二人目の『拉致』の現場を目撃しただろう村民たちは、何事もなかったかのように歩いている。

 賑やかな宴が終わり、気がつけば、ボクは少しだけくたびれた大樹の根元にぽつりと一人、取り残された。

 

「こうして……、尊い犠牲のもとに人々の日常は守られるものなのか……」

 

 勇者として一つの真理を会得し、ボクは遠い目をして呟いた。全てが丸く収まって、空いたその日一日をのんびりと過ごす為、そのまま村の宿へと足を向けることにした。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 翌日の昼過ぎ、宿を出たボクはそのまま河岸に足を向けた。大河に錨を下ろして悠然とたゆたうドラゴンシップ《一番星号》と河岸の間を、ひっきりなしに荷物を積んだ小舟が行き来している。甲板の上には乗組員たちの活気あふれる声が響き、一目で出航の準備をしていることが分かった。

 

「おー。来たか! アンタが勇者だな」

 

 岸辺でボクを出迎えたのは真っ黒に日に焼けた大柄な海の男、シドミドさんだった。

 

「ユーノといいます。あの、無事に解放されたんですね……」

 

 昨日、拉致されていたはずのシドミドさんは、ガハハと大声で笑った。

 

「なーに、この村じゃ、『たまー』にあることよ。メーヤ嬢ちゃんもこんな辺鄙な村じゃ、退屈だろうからな。秘蔵の酒を一樽頂いて、チャラってことさ!」

 

 何とも豪快な人だった。荒海相手の航海に比べれば、あの程度の事、些細なことらしい。

 

「ドラッケンはもうここに?」

 

 瞬間、僅かにだが、シドミドさんが確かに硬直した。

 

「な、なぁに、仮にも若は竜王だからな。あの程度の事でどうにかなるようなタマじゃねえ……はずだ。アンタは気にせずにのんびり待ってるんだな!」

 

 深く追及すべきではないのだろう。互いにその事を確認するかのように握手を交わした。

 

「出発はいつになりますか?」

 

 着々と出航準備の進む大型帆船を眺める。

 ドラゴンシップ《一番星号》。

 過剰に装飾され、デコレーションシップと呼ばれるほどに見てくれが派手派手しいものの、その大きさは通常の大型帆船と大差はない。

 船の持ち主兼船長であるシドミドさんは、竜族と人間の血をひくシーサーペント使いの一族である。

 船の周囲には常時数匹のシーサーペントがいて、海賊や魔物などの外敵を追い払うだけでなく、凪や大嵐の時には船を引いて泳ぐという。最速最強と呼ばれるのはこのあたりからきているようだ。

 少しばかり目のチカチカする派手な外装の由来に、気のない相槌を打っていたボクのところに、ドカドカという足音と共に見覚えのある一団が近づいた。

 

「ユーノ様、大変、お待たせいたしました」

 

《首狩り族》達の担いだ籠からキラキラと輝く少女が下りる。徹夜明けだと一目で分かる少し充血した目のドルメーヤさんが、ボクの側にやってきた。

 

「ユーノ様のお陰で素晴らしい逸品が、仕上がりました。メーヤ会心の一作、《虹の羽衣》どうぞ、お納めください」

 

 ほとんど重さを感じさせずキラキラと七色に輝くその防具は、あらゆる魔法や特殊攻撃を尽く減衰させる効果を持つという。

 

「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」

 

 丁寧に礼を行って、道具袋にしまう。

 

「そうそう、よければこちらもお持ちになって下さいな」

 

 手渡されたのは、用途不明の何やら怪しげな品だった。

 

「あの、ドルメーヤさん……。これは?」

 

 淫靡さがそこはかとなく匂うその品を手にして首をかしげるボクに、彼女はにこりと微笑んだ。

 

「《ガーターベルト》ですわ。《夜の三種の神器》といわれるものの一つです。ご存じありませんか?」

「えっ、じゃあ、これが最後の……」

 

 道具袋の中のさらに荷袋の中に収めている二つの品を思い出す。ドルメーヤさんが驚いた顔で問うた。

「まあ、それではユーノ様は三つの神器を全て集められたので……?」

「は、はあ、心ならずも……」

 

《シルクのストッキング》、《エッチな下着》、そして《ガーターベルト》。

 

 まったく使い道のないそれらは十五歳の少年の妄想と共に、《道具袋》の底で静かに眠る事になりそうだ。ドルメーヤさんが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「ご存知ですか。《夜の三種の神器》を愛する殿方に送られた女性は、永遠の幸せを手にするという噂を?」

「えっ、そうなのですか」

 

 驚くボクの顔を彼女はじっと見つめる。ボクの瞳の奥を覗くかのようにしていた彼女はにこりと微笑んだ。

 

「ふふっ。勇者様。きっと貴方は、近いうちにその神器を贈るに相応しい素敵な女性に巡り合う事になりますわ」

「そ、そうでしょうか?」

 

 勇者という因果な稼業のせいで、あてどなくあちらこちらを旅する身。出会って別れて、命がけの場面に遭遇してばかりのデンジャラスな毎日に、そんなロマンチックな展開がはたして訪れるのだろうか? 今一つ信じがたい。

 

「大丈夫、優れた道具とはそれを必要とする方の元に自然と集まるもの。メーヤの造り手としての勘がそういうのですから間違いありませんわ」

「は、はあ……」

 

 怪しげなやり取りを交わすボク達の傍らを、《首狩り族》達が丸太のような物を抱えて歩いて行く。エイヤッという掛け声と共に、それは物資の積まれた小舟に放りこまれた。ドラッケンのように見えたのは気のせいだろう。

 

「メーヤ、かわいいよ……。メーヤ、愛してるよ……。メーヤ、結婚しよう」

 

 小舟の中で、そんなうわ言がぶつぶつと延々に繰り返されている。今後も変わらぬ友情の為に、ボクはそっと見て見ぬふりをした。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 やがて、出港の準備が整った事を知らせる銅鑼が鳴り響く。小舟に乗りこんだボクをドルメーヤさんと《首狩り族》達が見送った。ドルメーヤさんがそっとスカートの両端をつまんで、優雅に膝を折る。

 

「では、当代の勇者、ユーノ様、旅の目的の達成を心よりお祈り申し上げます、そして……」

 

 小さく可愛らしい微笑を浮かべた。

 

「兄様とともに無事の御帰還を心よりお待ち致しております。次にお会いする時は私達の結婚式……ということで……」

「ええ、その時を楽しみにしています」

 

 ボクもまた微笑んで別れを告げる。

 

 

 

 こうして、又一つ、出会いと別れを重ねて、ボクは《テパの村》を後にした。

 行き先は《ロンダルキア》。

 謎めいた言葉と共に闇に堕ちたルザロを追うボク達を乗せた《一番星号》は、好奇心満ち溢れる大海原へと漕ぎだした。

 

 

 

2014/05/03 初稿

 

 

 


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