ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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激闘篇 04

 

 

 それは……、まだ冬の終わりのとある夕暮れだった。

 薄暗い西日に照らされた草原で、ふらふらと宙を漂う《ゆうれい》の姿。こん棒を持ったままそっと近づいたボクは、狙いを定め、思いきりメラを放った。

 生み出された火の玉は、魔物を焼き払い、瞬時に消滅した。

 

 ――まあまあ、かな。

 

 魔法が使えるようになってさほど時間が経っていなかったあの頃のボクは、発動した呪文を確実に対象に当てるために四苦八苦していた。

 およそ一年前に連れ立って勇者ごっこに興じた友人達は、一人、又一人とそれに飽き、別の遊びに興じていた。三ヵ月後に迫った試練の日の為に、その頃のボクはたった一人で草原に出ては、せっせと魔物狩りに精を出していた。

 確実に上達しつつある戦闘技術に手ごたえを感じ取っていたボクだったが、思わぬ気配にぎくりと足を止める。

 目の前の大物に気を取られ過ぎて、気付かぬうちに数匹の《アイアンアント》に囲まれていた。このあたりでは滅多にある事ではない。だが、例え、小さくとも魔物は魔物。勇者ごっこに興じるボクには、複数の魔物は脅威だった。

 がくがくと足が震える。頭の中はもうパニック寸前だった。不意に、背後から聞き覚えのない声が飛んだ。

 

「伏せるんだ!」

 

 反射的にその言葉に従って大地に倒れこんだボクの頭上で、「イオラ」という掛け声と共に、爆発が起きた。

 襲いかかろうとしていた《アイアンアント》達が瞬殺される。おそるおそる顔を上げるボクの周囲に、数人の足音が近づいた。

 

「大丈夫かい、キミ?」

 

 身なりの良いさわやかな笑顔の少年が、ボクの手を取った。

 

「今のは……、キミが?」

 

 ボクの問いに彼は微笑んだだけで、答えようとしなかった。自分の手柄を大げさに吹聴するような性格ではないらしい。かわりに仲間達が彼を褒めそやした。

 

「さっすが、ルザロさん。すごい魔法の威力だ」

「やっぱり、将来の勇者確実って人はモノがちがうな!」

 

 ボクと同じように勇者ごっこに興じる少年達の一団に、ボクは危ない所を助けられた。

 

 それが……、ボクとルザロとの出会いだった。

 

 

 

 その夜、野営の訓練を兼ねて、ボク達は焚火を囲んでいた。数人の少年たちが寝入った中、ボクは偶々寝ずの番で一緒になったルザロと何気なく話していた。

 

「キミは勇者になるつもりは無いっていうのかい?」

 

 奇妙奇天烈なボクの言葉に、彼は目を丸くする。

 

「まあね」

「じゃあ、どうして、勇者ごっこをしているんだい?」

 

 しばし、考えた後でボクは、胸を張って答えた。

 

「いい靴職人になるためさ!」

 

 再びルザロは唖然とする。暫くして肩を震わせて彼は笑い始めた。

 

「キ、キミ、面白過ぎるよ。キミみたいなヤツ、初めて見たよ」

「よく言われるよ。どうしてだろ?」

 

 首をかしげるボクに、ルザロはこらえきれずに腹を抱えて笑っていた。

 彼の名前だけは以前から知っていた。ボクと同い年で、勇者に最も近い少年。実際の彼は友人達の噂話の中の彼とは全く異なるほどに人当たりのよい少年だった。

 全てを兼ね備えていながら、それを鼻にかけず、周囲の期待に全力で答えようと努力を惜しまぬ人間。器の違いすぎるそんな人間を目の前にしたら、勇者などというものに憧れをもつこと自体が馬鹿馬鹿しくなる。

 

 ――所詮、ボクは普通の人間。だからこそできる事を見つけて、それをとことん追いかけよう。

 

 彼とともに火の番をしながら、ボクはぼんやりと自分の未来を思い浮かべていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 息苦しさを覚えて目を覚ます。

《ラダトーム砦》の一室の寝台で目を覚ましたボクは、傍らの水差しを手に取り、そのまま水を飲み干した。

 

 ――ずいぶんと懐かしい夢だったな……。

 

 初めて出会った時のルザロの笑顔を思い出す。神殿で再会した彼の変節が今でも信じられなかった。

 

 あれから三日が過ぎようとしていた。

 騒動の原因となった偽勇者の一団を叩き出したボク達は、竜王のリレミトで地下を脱出した。

 先に脱出したルザロ達は、《キメラの翼》を使って早々にどこかに飛び去ったらしい。

 地下を脱出したボク達は、若き竜王に対して一斉にひれ伏し、忠誠を約束する竜族達に出迎えられた。

 

 己の居城を無事に奪還した竜王は、戦の疲れを微塵も感じさせずに、反乱の事後処理を指揮していた。

 その容赦ない人使い、否、竜使いの荒さで、ダース族、キース族問わずに振り回し、頑強な竜族の戦士達が皆半泣きだったように見えた。しばらくは、互いにいがみ合う元気さえ残らないだろう。

 

 食べた食料以上に働かされた気がするボクは、とりあえず《ラダトーム砦》に戻って落ち着き、身体を休めていた。

 竜族の為に造られた《竜王の城》は、全てが竜族のサイズに合わされているため、ボクには少々居心地が悪かった。はるか昔に暮らしていた人々の生活の名残を感じさせる寂れた砦からは、すでに多くの竜族達が離れ、すっかり閑散としていた。その場所でボクは色んな事を思いながら、ぼんやりと時を過ごしていた。

 

 ――このまま、ルザロを追うべきなのだろうか?

 ――あるいは、《キメラの翼》でルプガナに戻り、旅をやり直すべきか?

 

 見たくない現実から目を逸らそうとする弱い心がむくむくと頭をもたげ、ボクは少しばかり迷っていた。再び寝台に横たわり、開け放たれた窓から聞こえる波の音に耳を傾け、もう一度眠ることにする。

 

「おい、ユーノ、起きてるか! 出かけるぞ、直ぐに出発だ!」

 

 開け放たれた窓から聞こえるなじみのある声。慌てて起き上がったボクの前に現れたのは竜王だった。

 

「竜王、何だよ、いきなりこんな時間に……。それに出かけるってどこへ?」

「まだ、寝ぼけてんのかよ、お前。行くんだろう? 《ロンダルキア》に……」

 

 ボクが敬遠しようとしていた選択肢をずばりと言い当て、強引に押しつける。思考と行動が直結している竜族の支配者に、ボクはまた振りまわされようとしていた。

 とはいえ、ボクは無理やりにでも背を押された事に心のどこかでほっとする。一人でいたら、きっと堂々巡りを繰り返し、間違った選択をしていたかもしれない。彼に少しだけ感謝をしながら、ボクは手早く荷物をまとめた。

 

「そうだ。お前、こいつに心当たりはないか?」

 

 まるで石ころを放り投げるかのように、竜王はボクに丸い物体を放り投げる。綺麗な輝きを秘めたそれを、ボクはあわてて受け止めた。落としたら一大事である。

 

「これって、もしかして……」

 

 手の中の球体を目にしてボクは驚きの声を上げる。深紅の輝きを秘めたその球体はまぎれもない、《レッドオーブ》だった。

 

「ユーノ、そいつに心当たりがあるのか?」

 

 ボクは黙って《道具袋》から《ブルーオーブ》と《バープルオーブ》を取り出した。それを手にして竜王は小さく目を見張った。

 

「成程、やっぱりか……」

 

《レッドオーブ》は代々、竜王の一族に受け継がれてきたものらしい。そいつはお前にやる、と言って立ち上がると、彼は窓の外の様子を慎重に窺っていた。

 竜王の様子がどこかおかしい。

 戦闘時でもないのに、まるで地下迷宮にいる時のように、いや、それ以上にしきりに周囲を警戒している。よく分からぬままにさらに急かされ、手早く準備を終えたボク達は、窓から外へ飛び出した。そのまま海岸へとひた走る。

 

「どうしてこんなに、急いでるんだよ?」

「仕方ねえだろ。ちょっとばかり厄介な追手に追われてるんだ!」

「追手? 刺客かい?」

「まあ、そんなところだ、とにかく急げ、ユーノ!」

 

 内乱が収まったばかりの不安定な情勢。竜王の暗殺を目論む不満分子も当然、いるに違いない。

 たるみきった神経を一気に緊張させて、ボクは竜王とともに夜の闇の中を走る。ふと、小さな違和感を覚えたが、きっと些細なことだろう。

 

 海岸の砂浜には二匹のシーサーペントが待っていた。

 この背に乗って、竜王の居城にもぐりこんだのが数日前の事。今度は一体、どこへ行こうというのだろう?

 再び急かされてシーサーペントの鞍にまたがろうと手をかける。突然、ボク達の周囲に幾つもの気配が現れ、あっさりととり囲まれた。

 

「誰だ?」

 

《ドラゴンキラー》を手にして周囲を牽制するボクと、なぜかがっくりと肩を落とす竜王。ボク達を囲んだ刺客達が闇の中から声をかけた。

 

「探しましたぞ、若! 勇者殿を連れて、一体、どちらに遊びに行かれるおつもりかな?」

 

 不意に雲間が晴れ、月が顔を出した。月明かりに照らされたボクが目にしたのは、竜王の側近達とドルバルドさんの姿だった。思わず目が点になる。

 

「ええっ……と。これ、一体……、どういう事?」

 

 周囲に苦笑が湧いた。竜王は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべている。

 

「お前ら、なんで、気付いた?」

 

 ボク達の周囲を囲んでいた一同が視線を合わせた。大きな溜息が洩れ、ドルバルドさんが答えた。

 

「真面目に働き過ぎたからですよ、若」

「へっ?」

「一体、どれほど長い付き合いだと思っているんですか? 要領だけ抑えて、細かい事は下に放り投げる。面倒臭がりの若が珍しく事細かに指図し、我々に考える間を与えずにこき使う。最初の日は、ついに竜王としての自覚に目覚めてくれたと喜んでいたのですが、翌日にはどうもおかしいと思い始めて……。三日目にはもう皆が疑惑の視線を送っていたのですよ。これはきっとよくない事を企んでいるに違いない、とね……」

 

 ああ、成程、とボクは思わず納得した。

 

「クソッ、お見通しかよ!」

 

 がっくりと肩を落とす竜王だったが、すぐさま、立ち直る。

 

「まあ、いい。ばれちまったものは仕方ない。オレはこれからユーノと共に《ロンダルキア》に向かう。悪いが留守を頼む!」

「玉座に書き置き一つ残しただけで、はい、どうぞ、と許可するとでも、お思いですか、若?」

 

 堂々と開き直る若き竜王と、それを押し止める側近達。

 

「うるせえな! オレが行くと決めたら行くんだよ! 邪魔するな!」

 

 すっかり暴君と化して、竜王が駄々をこねる。

 

「ようやく混乱が収まった状況だというのに、貴方が飛び出してどうするのですか?」

「そのためにお前達がいるんだろ! きちんと仕事しろ!」

 

 側近の一人の言葉に、容赦のない反撃を竜王が加える。

 

「若、戻られた時に竜王の座に誰か別の者がついていたら、どうするおつもりか?」

 

 ドルバルドさんが厳しい声で竜王に問うた。だが、意外にも竜王は、顔を輝かせた。

 

「そうか……、その手があったか……」

 

 暫し、思案した竜王はポンと手を打って答えた。

 

「よし、決めたぞ、ドルバルド、お前、竜王をやれ! お前なら安心して竜族を任せられるからな!」

 

 無茶苦茶な決定にドルバルドさんが眉を潜めた。

 

「若、そのような事、例え冗談でも我らの前で軽々しく口になされますな。竜王の地位はそれほどに軽くないはずでありましょう?」

「それだけ分かってるなら、十分じゃねえか。お前達ならきちんと、不在の間の一切を取り仕切れるはずだし、身の程知らずな夢を見るヤツのケツをひっぱたく事もできるはず! 大体だな……、これだけ大きな騒ぎを起こした後だぞ! まだ騒ぎ足りないと叫ぶめでたい奴がいる程、竜族はバカの集まりなのか? 自分の居場所は自分で守る――生きとし生けるものの基本だろうが! 厄介事をいつまでも王様一人に押し付けて、甘えてんじゃねえよ!」

 

 一同が顔を見合わせた。

 

「そういう訳で、後事に憂いなく俺は旅に出る。これは竜族の、ひいては世界の為に下した、この竜王様の決定だ!」

 

 堂々たる主の宣言に、誰もが溜息をついた。こうなったらもう止まらない。長い付き合いだからこそ、彼の事は骨身にしみて彼らは分かっているようだ。顔を見合わせた側近たちは、しぶしぶそれを了承した。

 

「じゃあな! 達者で暮らせよ、皆の衆! また会おう!」

 

 鼻歌交じりにシーサーペントの鞍に足をかける竜王。そんな彼の背にポツリと声がかけられた。

 

「おお、忘れておりました。小竜姫様によろしくお伝え下されよ、若!」

 

 意味深な言葉にずるりと鞍から滑り落ち、竜王は夜の海に顔を突っ込んでいた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 そろそろ半月になろうかという月の光に導かれながら、ボク達はシーサーペントに乗って海を南下していた。

 ボクの傍らでは、先程から竜王がくしゃみを連発している。頭から海に突っ込んで身体を冷やしたのか、あるいは側近達が噂をしているからなのかは不明であるが……。

 

「ところでさ……。小竜姫って……どんな人なんだい?」

 

 先程から少し気になっていた何気ない問いを、彼に投げかけてみた。瞬間、竜王のくしゃみがぴたりと止まった。

 ギギギ、と首だけを動かしてボクを睨みつけ、彼はおどろおどろしく言った。

 

「い・い・か、ユーノ! オレの前で二度とその名前を出すんじゃねえぞ! あれは俺にとって、決して存在してはならぬものだ!」

 

 鼻声だったが、目がマジだった。

 さらに、瞳の中にちらりと映った小さな怯えをボクは見逃さなかった。いつも豪快な竜王をそこまで豹変させるその言葉は、もう二度と口にせぬ方が賢明らしい。再び勇者と竜王が争うような面倒臭い事態など御免である。了解の意を示し、再びボク達は海を行く。

 

「そろそろ、行く先を教えてくれないかい。まさか直接、このまま《ロンダルキア》に行く、なんて言わないだろうね?」

 

 高い山々に囲まれた《ロンダルキア台地》への道のりは険しい。だが、それも竜王にかかればなんのその。立ちはだかる障害を踏みつぶし、一直線に目指すなどと言い出すこともありうる。

 

 「そんな訳ないだろ。まずは聖なる祠に……、そこから旅の扉で《テパの村》へ向かうんだ」

 

 彼が常識を持っていた事に、ボクはほっと胸をなでおろす。すかさず彼に尋ねた。

 

「《テパの村》?」

 

 聞いた事のない名前だった。轡を並べながら竜王が頷く。

 

「ああ、ずっと南方の歴史ある小さな村だ。あそこには最速最強のドラゴンシップがあるからな。あれなら南海の荒波やいかなる難所、そして魔物の襲撃もあっさり乗り越えられるはずだ」

 

 ドラゴンシップがどういうものかは理解できぬが、ともかく又、溺れる心配はないようだ。初めての船旅で魔物に襲われ海に落ちた経験のあるボクは、今度こそ安全かつ快適な船旅を心から願っていた。

 

「よく分からないけど。とりあえずキミに任せる事にするよ。これからもよろしくね、竜王!」

「ドラッケン、だ!」

「へっ?」

「ドラッケンでいい。今後、オレをそう呼ぶ事を特別に許してやる!」

 

 こちらを振り返ることなく前を向いたまま、彼はぶっきらぼうに言った。先ほどから感じていた小さな違和感の正体をようやく理解する。彼はずっとボクの事を『勇者』ではなく『ユーノ』と呼んでいた事にようやく気付いた。

 

「分かったよ。よろしくね、ドラッケン!」

 

 少しばかり照れたような表情を浮かべて、彼――ドラッケンは無言で小さく頷いた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

《旅の扉》――精霊様の力による奇跡といわれるその扉を通ったボク達は、《テパ》の大地に立っていた。

 眩しい朝の光の中に、のどかな村の姿が浮かび上がる。幅の広い河の向こう岸には、《満月の塔》と呼ばれる塔が、ぽつりと立っている。

 そしてさらに南東には、ボク達がこれから乗り込む事になる《ロンダルキア》の山々が軒を連ね、壁のように立ちはだかっている。

 

 《テパの村》に暮らす住人達の多くは人間であるが、竜族あるいはその両方の血を引く者も多いという。

 この地は、遥か南東の《ロンダルキア》の山々から時折現れる魔物を追い返す事で、竜族と魔族の境界線になっている。

 久しぶりに精霊教会を訪れ、祈りを捧げると、ボク達はそのまま村の中を歩いた。先頭に立ったドラッケンは迷いなく道を進み、村の守り神らしき大樹の近くにある、とある一軒の家のドアを叩いた。

 だが、返事はなかった。

 

「おっかしいな? 留守なんて事はないはずなんだが……」

 

 河岸に悠然と錨をおろして停泊する、巨大で派手な飾りがふんだんに取り付けられた帆船を眺めながら彼は首をかしげる。尋ねたのはこの船の持ち主であり船長でもあるシドミドさんだった。

 ドラゴンシップ《一番星号》。

 最速最強の船は、次の航海に備えて眠る様に穏やかに水面に浮かんでいる。

 

「どうするんだい?」

「待つしかない……んだろうな」

 

 ドラッケンは肩をすくめた。少しばかり緊張した面持ちのまま、ドラッケンは溜息をつく。この村に入って以来、彼は今一ついつもの彼ではないように感じられる。

 主の帰還を待つために、直ぐ側の大樹の根元にボク達は腰を降ろそうとする。と、周囲に幾つもの只ならぬ気配を感じ取り、ボク達は武器を引き抜いて身構えた。

 現れたのはおよそ十体前後の魔族だった。

 派手な腰みのと頭飾りを身につけ、手に石斧を持っている。《首狩り族》、そう呼ばれる魔人達だった。

 彼らの一人が進み出た。身につけた飾りものが他の者達よりも圧倒的に派手派手しい。おそらくはリーダーなのだろう。

 丸腰のままでボク達の前に立った彼が、物静かな口調で語りかけた。

 

「失礼ですが、竜王様とお見受けします」

 

 見た目と口調のギャップに、思わず気が抜ける。

 

「そうだ、お前達、一体、何の用だ? ここは魔族が簡単に立ち入れるような場所ではなかったと思うが……」

 

 表情を崩さぬままにドラッケンが尋ねた。

 

 「はっ、我ら、確かに魔族ですが、今は小竜姫様の庇護のもとにこの地の守護の一部を仰せつかっております。決して、村の者達にも貴方様にも害をなすものではありません」

 

 《首狩り族》達が一斉に跪き、頭を垂れた。ドラッケンの顔に苦い物が浮かぶ。

 

「小竜姫……だと!」

 

 それは、ドラッケンにとってあってはならぬもの、決して触れてはならぬといった人物の名だった。

 

「はっ、我ら、小竜姫様の命により、竜王様を《満月の塔》にご案内するように……」

「断る!」

 

 即断即決の男が瞬時に拒絶する。《首狩り族》のリーダーが顔色を変えた。

 

「ど、どうか、そう言わずに、私どもと一緒に……」

「断る!」

「お、お願いします! 竜王様! どうか我らの命を助けると思って……」

 

 半泣きの顔で訴えはじめるリーダー。さらには凶悪極まりない面相の他の《首狩り族》達も、おいおいと声をあげて泣いている。その姿を前に、ボクは唖然としていた。

 

「な、なあ、ドラッケン。この人達、困ってるみたいだし、ちょっとくらい……」

 

 振り返って目にしたドラッケンの顔色は真っ青だった。まるで命の危機に直面したかのような顔に、ボクは再び言葉を失う。

 

「お、お前達の境遇には……、ど、同情するが、俺も、何かとい、忙しい身……。せ、世界の為……、一刻も早くシドミドの船で出かけなければ……」

 

 動揺しながらもドラッケンは、拒絶し続ける。だが、事態は最悪だったようだ。

 

「その事なのですが、竜王様。シドミド殿はつい先程、小竜姫様に呼ばれ、今は《満月の塔》に……」

「やられた! チクショウ!」

 

 どういう訳だかしらないが、小竜姫なる人物は、ドラッケンの来訪を予期して先手を打っていたらしい。シドミドさんの船を動かす為には、小竜姫なる人物とどうしても会わねばならないようだ。

 

「ユ、ユーノ。お前、ひとっ走り行って、ヤツを倒して、シドミドを連れ出してきてくれ!」

「なんで、ボクが?」

「お前、勇者だろ! 悪い奴を成敗するのが、お前のところの家業だろうが!」

「無茶いうなよ!」

 

 あきれ果てるボクと頭を抱えるドラッケン。そして哀願する首狩り族達。

 のどかな村内の昼下がりには似つかわしくない光景がそこに繰り広げられていた。その空気を察したのか、村の人達は誰も近づこうとはしない。

 

「ちっ、仕方ない。一旦《アレフガルド》に戻って、シーサーペントで直接……」

 

 冷静さを完全に失ったドラッケンが、とんでもない事を口走り始めてその場を離れようとした時だった。

 

「まあ、お兄様、ようやくお迎えにきてくださったのですね! メーヤは首を長くして、ずっとお待ち申し上げておりましたのですよ!」

 

 耳に心地よいソプラノが周囲に響いた。いそいそと近づいてくる足音に、ドラッケンは完全に凍結した……。

 

 

 

2014/04/27 初稿

 

 

 


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