ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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激闘篇 02

 

 

 そろそろ宵の口という時間だった。

 味に無頓着な竜族の食事にかなり閉口しながらも、どうにかそれらを詰め込んで、ボクは与えられた一室の寝台の上に横たわっていた。食べられる時に食べておく。サバイバルの鉄則である。

 竜王に突然、城奪還の為の攻撃司令官に任じられたドルバルドさんは、急ぎ《ラダトーム砦》を離れ東の地へと向かっていた。再び一人になったボクは、その日出会った様々な竜族の顔や言葉を思い浮かべながら、一つ一つ事態を整理する。

 

 ここ《アレフガルド》の地には、すでに人間の集落が存在しないのは御存じのとおり。

 この地の今の支配者である竜族は、竜王の一族を頂点にして、知性の低い下級種族のドラゴン達を、ダース族とキース族という二つの上級種族が統治していた。

 かつてはダース族の方が上位であったとはいえ、今や二種族の間に能力的に大きな差はない。だが、近年、再びダース族の勢力が拡大し、キース族の者達は何かと不遇な地位に甘んじていたという。

 

 二カ月前、この地に現れた勇者を名乗る者――おそらくルザロとその一団は、その争いに目をつけて利用し、キース族の一部を上手く焚きつけて反乱を起こさせ、竜王の城を乗っ取った。今は亡き先代から竜王の地位を引き継いだドラッケンは、同世代の者達には慕われているという。

 だが、その若さゆえにまだ権力基盤が弱く、不意をつかれてあっさりと居城を乗っ取られ、ずいぶんと辛酸をなめたらしい。彼に同情するつもりはないが、ボクへの八つ当たりまがいの言動もなんとなく頷ける。

 ダース族とキース族の双方を両親に持つドルバルドさんは、竜族の中でも文武に優れた英傑であり、昔から竜王ドラッケンと懇意であったらしい。最も信頼する部下であり友でもあるという間柄のようだ。だが、今回のキース族の反乱によって、その出自ゆえに純粋なダース族の者達に疎まれたドルバルドさんは、無用な争いを避けるため自分から僻地に赴き、時を過ごしていたという。

 

 その事情を十分すぎる程に理解できていたとはいえ、大変な時に自分の側にいなかったドルバルドさんへの竜王ドラッケンの苛立ちは、いかほどであったのだろう? 本来、竜王自らが指揮するはずの攻撃軍司令官役に突然、抜擢したのは、ささやかな意趣返しというところだろうか?

 

 開け放たれた窓からは月明かりにぼんやりと浮かびあがる竜王の城の姿が見える。

 

 ――ルザロは一体、今、何をしているのだろう。

 

 共に同じ日に旅立ち、泉で戦った時から随分と時間が過ぎている。

 ボクよりも遥かに勇者に近く、誰よりも相応しかった筈の彼は、この地で争いの中に身を置き、何を考えているのだろうか?

 そんな事を考えながら、ボクはいつしか眠りに落ちていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 しんと静まり返った冷たい夜の空気の中、ボクは気付けば《ラダトーム砦》の中を彷徨っていた。

 

『こっちだよ……』

 

 謎の声に導かれ、ボクは人っ子一人、否、ドラゴンの子一匹いない砦の中を、ふらふらと夢遊病者のように彷徨っていた。

 ふと気になって、何気なく傍らの扉に手をかけようとしたボクを、再び謎の声が導いた。

 

『そっちじゃないよ……、こっちだよ……』

 

 その声に促され、ボクの足はふらふらと誘われるままに進んでいく。やがて、古ぼけたとある扉の前で、ボクの足は止まった。

 暫し、躊躇した後で、ボクは扉を押しあける。扉が開かれるや否や、眩しい光が差し込み、ボクは思わず目を覆った。

 眩しい輝きに満ちた室内は予想以上に広々としていた。そしてその中央に、おそらくは輝きの源と思われる一人の女性らしき姿がある。彼女が身にまとう神々しい空気が、ボクからあっさりと警戒心を奪った。

 

「また会えましたね……当代の勇者よ」

「あの、貴方は……?」

 

 眩しい輝きを手で覆いながら、ボクは女性らしき人影に問うた。

 

「私は…………。勇者よ、あなたに…………たい…………ります」

 

 なにやら雑音のようなものが聞こえ、彼女の言葉は上手く聞き取れない。少しだけ困ったような空気を醸し出し、彼女は続けた。

 

「どうやら……、時間が……ようです。勇者よ……。破滅と崩壊の…………すぐ……まで、迫って……す。一刻も……早く………………」

 

 彼女との距離がどんどんと開き、その言葉はもうほとんど聞き取れなかった。話し終えた彼女はボクに片手を差し伸べ、生み出された光がボクの全身を包む。

 それを最後に世界が強く輝いた。

 余りの眩しさにボクは、目を閉じ、やがてそのまま意識が遠のいた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 何者かが、ボクの身体を揺さぶっていた。

 寝床が固すぎたのか、身体の節々に痛みを感じつつぼんやりとした頭で起き上がる。眠りに落ちた時とは全く違う周囲の景色にボクは「あれ?」と疑問を抱いた。そこで再び身体を強く揺さぶられる。

 

「おい、しっかりしろ。とっとと目を覚ませ。水をぶっかけられたいのか?」

 

 声の主は竜王ドラッケンだった。

 周囲には数人の近習達が控えているが、その顔には皆、動揺の色が浮かんでいる。起き上がったボクは改めて周囲の景色を眺め、ぽつりと尋ねた。

 

「ここ、どこ?」

 

 すかさず竜王がゲインと拳でボクの頭をどついた。

 

「聞きたいのはこっちだ? お前、一体、なんでこんな所に居やがる? どうやってここに入った? それに……その姿は……」

 

 しばし、マジマジとボクの姿を見つめて沈黙する。何気なく、自分の身体に目をやり、ボクは飛び上がった。

 

「何だよ、これ?」

 

 目覚めたボクは見慣れぬ装備を身に纏っていた。そして右手には、見たこともない重厚な造りの剣を持っている。

 

《ドラゴンキラー》、《ドラゴンメイル》、《ドラゴンシールド》、《ドラゴンヘルム》。

 

《ドラゴンキラー》を鞘から抜き、手に取ったボクに、竜王が心底嫌そうな顔を向ける。

 

「悪いが、それをしまってくれ。どうにも気分が悪い……」

 

 見ればお付きの者達の顔色が悪い。この剣はどうやら彼らのトラウマを刺激しているようだ。剣を鞘に納め、代わりにボクは彼に要求した。

 

「とりあえずさ……。何か食べさせてよ。それからゆっくり話を聞いてあげるよ」

 

 目覚めて早々、空腹感を覚えた胃袋の自己主張が止まらない。そんなボクのささやかな要求に、竜王はお付きの者達と共に心底あきれた顔を見せたのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 ボクが目覚めた場所は、《ラダトーム砦》の奥にある《聖なる封印》で数百年近く封じられた、《開かずの間》と呼ばれる隠し部屋だった。そこは過去、儀式に使われた場所らしく、祭壇らしきものがあったが、さすがに今は荒れ果てて見る影もない。

 竜王の話によると、今朝、ボクを呼びに行かせた近習が、空っぽの寝床を見て顔色を変えて戻って来たという。外に出た様子はないという事で、砦内の捜索が徹底的に行われた結果、《聖なる封印》が開放された《開かずの間》で呑気に寝ているボクが発見されたという事だった。

《開かずの間》に至るまでには、警備役のドラゴンが幾匹も居た筈なのだが、全く気付かなかったという事で、ずいぶんと上から絞られているようだ。

 

『働かせたければ、先に十分に飯を食わせろ』という人間族のしきたりをでっち上げたボクは、竜王と朝食をとりながら事態の把握に努めていた。とはいえ、覚えている事はほとんどない。簡潔に言えば、なんだか変な夢を見て、気が付いたら新しい装備を押し付けられていたというのが実情である。

 なぜかしつこく夢の内容を聞き出そうとする竜王の言葉に、少々不審を抱いたものの、覚えていないものは答えようがない。

 仕方なく、これまでの道中での似たような経験を彼に話し、ボクが如何に理不尽な運命に翻弄されているか、懇切丁寧に主張した。当然、同情される訳もなく、軽く聞き流されたのだが……。

 

 そして、ボクの話を聞き終え、暫し何事かを思案していた竜王は、その日、更なる大胆な決断を行った。

 竜族の若き支配者は使える人材を徹底的に使う主義らしく、ボクは腹に詰め込んだ食料に見合った、あるいはそれ以上の活躍を要求され、とても後悔したのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 仄明るい三日月が中天に輝く深夜――。

 

《竜王の城》周辺ではかがり火が焚かれ、ドラゴン達の咆哮が轟いていた。

 昼過ぎから始まった攻撃は、夕方に一度双方衝突した後、膠着しているようだった。城の周囲を取り囲み、挑発するかのように上がり続けるダース族の咆哮とそれに負けじと反撃のごときキース族達の咆哮が重なって周囲を揺るがし、その音の威力で頑丈な石造りの城すらもが揺れるように思えた。

 華やかな戦場の表舞台と裏腹に、ボクと竜王は僅かな月明かりを頼りに、シーサーペントの背に乗って《ラダトーム砦》から海を渡って直接《竜王の城》に乗り込んでいた。

 

「なんで、主のオレが裏口からこそこそしなきゃ、ならんのだ!」

 

《竜神の槍》、《みかわしの服》、《魔法の盾》、《鉄仮面》を装備して、不貞腐れている若き竜王であるが、この奇襲を計画したのは彼自身である。

 この戦、当初の予定では竜王自らが攻撃部隊を指揮して、正面決戦をするつもりだったが、ボク達が現れたことで事情が変わった。戦線にドルバルドさんが復帰した事で、彼に指揮官を任せ、竜王は側近と共に僅かな手勢で奇襲をかけるつもりだったという。だが、ボクが予想だにせぬ奇跡を起こしてしまった為に、とうとう彼はボクと二人で城に乗り込むという、無茶苦茶な決定を下したのだった。

 

 当然、側近達は猛反対したが、勇者と竜王が手を取り合って負けると思うのか、という竜王の言葉に誰もが押し黙った。ボクの腰で怪しく輝く何者かに押し付けられた《ドラゴンキラー》が、その状況に一役買っていた事にボクは気付かなかったのだが……。

 予期せぬ形で強力すぎる武具を手に入れたばかりに、ボクは今、混沌かつ困難極まりない局面に、当然の如く放りこまれようとしていた。

 

『タダより高い物はない』

 

 古の先人の遺した格言の意味を、身をもって知る。

 過去、この城は三度襲撃を受け、二度陥落させられ、そのうちの一度は、たった一人で押し入られ、主が打ち取られたという。打ち取られたのは誰あろう、かつての竜王であり、打ち取ったのは誰あろう、かつての勇者である。

 当然、そんな勇者達の子孫であり、当代の勇者であるボクにも同じような働きが期待されていた。

 

 まったくもって迷惑千万な話である!

 

 すごいのは正義の名のもとに、やりたい放題に略奪し暴れ回った御先祖様達であって、ボクではないのだが、腹いっぱいに御馳走になった手前、働かぬわけにはいかない。

 反逆した竜族達は、城の防衛戦の為に皆、出払っていた。

 

「ドルバルドのヤツ、上手くやってくれてるみたいだな……」

 

 何気ない竜王の呟きで、ボクはようやく彼の意図を理解した。

 攻撃部隊の指揮官役に抜擢されたドルバルドさんは、戦況を膠着状態にして、敵を引きつけながらも、双方の犠牲を最小限にするように求められたのだろう。ダース族、キース族、双方の血を引いているからこそ、手柄目当てに無茶な突撃を仕掛けようとする同族達を抑え、竜族全体の無駄な消耗を抑えさせようとしたのだ。

 その隙に、ボク達二人だけの奇襲部隊が本丸に切りこんで、事態を打開する――そんな手筈になっているに違いない。若き竜王は、その豪快な振る舞いに似合わず、何気に策士であり、竜族全体の未来について、きちんと考えているようだった。

 

 長い年月をかけて再建された巨大な城に突入したボク達は、ほとんど無人の城内を探索する。先頭に立ってかつての居城を忌々しげに歩く若き竜王の後ろで、ボクは背後からの奇襲を警戒した。

 上への階段を見つけ登ろうとしたボクを押しとどめ、彼は大広間へと侵入し、玉座の後ろの隠し階段を探し当てた。

 

「この戦い……、オレ達の勝ちだな!」

 

 まだ相手と顔を合わせた訳でもないこの状況で、彼の油断をたしなめるボクを、竜王は鼻で笑った。

 

「なんだ、知らないのか。地下深くに陣取って引き籠る陰気な総大将ってのは、昔から間違いなく負けるんだ。勝利者ってのは、常に高い所にいて、堂々と下々を見下ろすものさ!」

 

 そう言い放って、彼は階段を下りていく。

 

「そ、そうなのかい?」

 

 高い所に居ても負けた総大将もいたように記憶していたボクは、その言葉に首をかしげながら、彼に続くのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 数層に渡る《竜王の城》の地下迷路は、実に複雑な造りだった。時折現れる魔物達を、激しい炎で薙ぎ払い、竜王は舌打ちした。

 

「この忙しい時に邪魔ばかりしやがって……」

 

 長年、この城の地下に住みついている知性の低い魔物達は、侵入者のみを攻撃する習性らしい。どうやら、今はボク達が侵入者とみなされているようだ。竜王の城に巣食う魔物達は、激しい炎とボクのブーメランの攻撃で大抵瀕死となる。それらを《竜神の槍》と《ドラゴンキラー》での攻撃で止めをさし、ボク達は戦闘を終える。

 新たな装備と竜王の実力のお陰で、戦闘に危なっかしいところは全くないが、次々に襲いかかってくる魔物達のお陰で、予定よりかなり遅れていた。

 先を歩く竜王の道案内でずいぶんと奥まで迷わずに来れたボク達だったが、どこからか聞こえる言い争いの声に、ふと足を止めた。

 逸る竜王を抑え、そっと近づいてボク達は物陰から様子を窺う。争っていたのはキース族と思える風体の竜人達だった。

 

「こんな穴倉に引き籠って、何、考えてる? 敵の攻撃はもう始まってるんだぞ。勇者の野郎は一体、何やってるんだ!」

「黙れ。貴様らこそ、なぜ持ち場を勝手に離れている。最前線で攻撃を食い止めることこそ、若者の役目であろうが!」

「皆、十分以上にやってるよ。お前ら口先だけの年寄り共が、イカレ勇者共のご機嫌とって、油を売ってる間もな……」

 

 膠着しかけてはいるものの押され気味の戦況に、殺気だった若い竜族達と、彼らが意のままに動かぬ事にいら立つ老齢の竜族達。大戦(おおいくさ)の経験が双方共にないため、動揺しているらしく、どぎついやり取りの後で睨み合う。

 

 今回の反乱に加担したキース族はおよそ三分の二。残りの三分の一は竜王に恭順し、その一部は攻撃部隊に参加もしている。

 反乱軍に加わった者達のほうでも、その半数は一族の決定に従ってしぶしぶといったところらしい。竜王がいくら若者達に支持されていても、一族の縦の繋がりの前には仕方なく従わざるを得なかったという。

 肝心な時にも拘わらず、一向に戦場に姿を見せぬ勇者達を引き摺り出そうとする若者達と、押し止める老人達の間の空気が限りなく険悪に近づき、ついには力づくでの決着となりかけた。

 

 ――このまま、共倒れを狙うかな?

 

 息を潜めていたボクの背後にいた竜王が、突然すっくと立ち上がり、つかつかと歩み出した。無言のまま、一同の前に立った彼の姿に、誰もが驚き言葉を失った。思わぬ行動に慌ててその背をボクは追う。突如として現れた竜王の姿に意表を突かれた一同を暫し睨みつけ、竜王は口を開いた。

 

「邪魔だ! 道を開けろ! このオレ自ら、偽勇者を叩き出しに来た!」

 

 若者達が顔を見合せ、老人たちは呆気にとられた。暫くして、一人の老人が叫んだ。

 

「何をしておるか! 早く敵将を打ち滅ぼせ! 千載一遇の機会だぞ!」

 

 だが、その言葉に竜族の若者達は動こうとしなかった。とはいえ、彼らの顔から当惑の色は消えない。彼らを再び一睨みして竜王は続けた。

 

「いつまで、寝ぼけた夢を見てるつもりだ! 出自はどうあれ、お前達は竜族。そしてお前らの主はこのオレだ! とっととバカ騒ぎを終わらせて、祭りの後片付けをしろ!」

 

 老人達が顔色を変えた。

 

「バカな祭り……ですと? 若、貴方は……。我々が、長年、どんな思いでダース族共の傲慢と横暴に……」

「知るか、そんな事! 竜王となった時にオレは言ったはずだ。出自にはこだわらない。竜族とこの地の守護の為にその身を差し出して戦う奴なら、分け隔てなく扱うと。その志は今も変わらねえ! 間抜けなお前らが、如何に王であるオレの意思と言葉を軽んじ、手前勝手な妄想にとりつかれて、駄々をこね回してきたかって事だろうが!」

「フン、貴方様よりはるかに長く生きてきた我らが、今更、そんな建前に惑わされるとお思いか? 貴方様とてダース族の娘と婚約を交わし、いずれは……」

 

 竜王の怒気が一気に膨れ上がった。その空気に押され、彼らは口をつぐむ。怒気を押し殺しつつ竜王は再び問うた。

 

「選べ! 服従か、死か? お前達にそれ以外の選択肢はない!」

「何を今更、我らの望む結末は唯一つ。貴方様の首を取り、ダース族共を気の済むまで踏みにじって、キース族の永劫の繁栄を勝ち取る事!」

 

 ドラゴラムを唱えて四体の《キースドラゴン》が現れた。それなりの身体の大きさから実力も相当なものだろう。小さく舌打ちした竜王は《竜神の槍》を構え、ボクも《ドラゴンキラー》を引き抜いた。と、若者達が飛び出した。

 

「待って下さい。竜王。この始末は、どうか我々が……」

「黙れ! 如何に愚かとはいえ、同族の先達に手をかければ、先々、苦しむのはお前達だ。言葉の通じぬバカを誅するのは、王であるこのオレだけの仕事。無駄な犠牲は、もう、たくさんだ!」

 

 若者達は押し黙った。静かに身を引き、ボク達の後方に控える。

 

「我らを相手に、伴も連れず、竜化もせずに立ちはだかられるとは……。しかも人間などを……」

 

《キースドラゴン》達は、ボクの手の中で刃を輝かせる《ドラゴンキラー》に眉を潜めている。さすがに脅威を感じているのだろう。

 

「長年生きていながら、物事の表面しか見えないか……。つくづく軽い一生だったな。あの世でバカを直して来い!」

 

 言葉と同時に若き竜王が、凍える吹雪を吐きだした。慌てて、二匹が激しい炎で相殺し、さらに二匹が炎で応戦する。素早くそれをかいくぐり、ボクは彼らの真正面に飛び出した。

 

「行くぞ!」

 

 竜王の掛け声と同時に、ボクは真横へと飛ぶ。同時に再び凍える吹雪が吹きつけられ、《キースドラゴン》達を襲った。左端にいたドラゴンの懐に飛び込むや否や、《ドラゴンキラー》を突き立てる。

 絶叫が轟き、《キースドラゴン》は瞬時に絶命した。固い鱗をやすやすと切り裂く《ドラゴンキラー》の刃は、竜族の精神にも強く影響を与え、通常の魔物に対する攻撃力以上の効果があるようだ。

 一瞬で、仲間を打ちとられ動揺する三匹の隙をついて、竜人の姿のままの竜王が槍で攻撃する。《さみだれ突き》で翻弄し、再びボクが切りつける。二匹目、三匹目が立て続けにあっさり討ちとられ、あっという間に残りは一匹となった。

 

「ど、どうして……、人間などにこうも、あっさりと……」

 

 驚愕の表情を浮かべる《キースドラゴン》を竜王は冷笑する。

 

「なんだ、知らなかったのか。無理もない。この者こそ、当代の勇者殿。かつての盟約を果たしに、わざわざこの地へとやってきたのだ!」

 

 数日前には信頼できないだのと言っていたその口で、いけしゃあしゃあとボクを勇者呼ばわりする。偉いドラゴンというのは、実に面の皮の厚いものだ。

 そんな竜王の言葉に《キースドラゴン》は顔色を失った。

 

「バカな! 勇者は、今も神殿奥に坐しているはず。それにこの者の姿は……」

「カッコばっかりに目が行ってるから、騙されるんだよ。伝説の武器や防具が戦をするか? お前達の勇者は、お前達と共に肩をならべ、戦おうとしたか? カビの生えた盟約を建前に相手を上手に利用する事ばかり考えてるから、真実が見えなくなる。挙句にこのザマだ!」

 

 倒れ伏した三体のドラゴンの躯を見下ろし、竜王は小さくため息をつく。

 

「今一度、問う。服従か、死か?」

「黙れ、若造。かくなる上はお前の首を取って、我らの無念を……」

 

 瞬間、竜王の槍が閃光と化し、《キースドラゴン》の身体に突き刺さる。絶叫と共に絶命し、短い戦闘はあっさりと終わった。

 武器を収めたボク達のもとに、後方で戦況を見守っていた若者達が駆け寄った。

 

「お前ら、上の奴らにこの事を速やかに報告し、身の処し方を考えさせろ。ついでに『竜王様は、大変寛大な方でいらっしゃる』と付け加えてな……」

 

 思わず噴き出したボクは、竜王にじろりと睨まれる。一人の若者が進み出た。

 

「竜王。この先にはキース大老がおられます。どうか……」

「分かっている。それ以上言うな……」

 

 彼の言葉で一同が黙り、頭を下げた。竜王はつかつかと先に歩み始め、ボクはそれに続く。いよいよボク達は本丸へと突入する事になるようだ……。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

《竜王の城》の最下層――地下神殿と呼ばれるその場所の入口で待っていたのは、一人の老人だった。小物臭のぷんぷん匂った先ほどの老人達とは違って、彼は老いたりといえども非常に思慮深い面立ちをしていた。

 

「久しぶりだな、キース大老」

「しばらく見ぬうちに、ずいぶんと竜王らしくなられましたな、若……」

 

 まるで親しい間柄のように、二人は言葉を交わす。

 

「悪いが、キース族の未来に害にしかならんバカどもは、早々に片付けた。構わねえよな?」

「他者を扱い責任を負う立場にある者は、命をかけるのが必定。結構なことです。それでこそ竜王……」

 

 意外にも老人は小さく微笑みを浮かべた。

 

「早速だが、そこを通るぞ。オレは奥の偽勇者どもを追い出さなきゃならないんでな」

「偽……勇者ですか……」

 

 ボクの姿をしばし、真っ直ぐに見つめ、老人は頷いた。この人はおそらく真実に気づいているのだろう。彼の目を見ながら、ボクはふとそう思った。

 

「では、若、私を倒して、お進み下され」

 

 こともなげに言った老人は、ボク達の前に立ち塞がる。

 

「おい、ちょっと待て、キース大老」

 

 珍しく焦った様子で、竜王が躊躇する。

 

「待てませぬな、若。これが上に立つ者の筋の通し方です。貴方様にはそう教えて差し上げた筈……」

 

 ドラゴラムを唱えた老人の姿は、巨大な竜へと変貌する。身体のあちらこちらに古傷を抱えながらも、その姿は堂々かつ雄々しい。《グレートキースドラゴン》――キース族最強の戦士がボク達の前に立ちはだかる。ぎりりと奥歯をかみしめその姿をにらみつけていた竜王は、絞り出すように小さく言った。

 

「勇者、悪いが……、しばらく下がっていてくれ」

 

 竜王もまた、ドラゴラムを唱え竜化する。初めて見る巨大で強大なその姿こそが、彼の真の姿である。

 この戦いはボクが手出ししてはならぬもの。ボクは黙って後方へと下がった。それを合図に二体が戦闘を始める。

 互いに吐き出した吹雪で凍りつく空気の中を、二体のドラゴンがぶつかり合い地響きを立てる。厚い鱗で覆われた互いの身体に牙を立て、巨大な爪で相手を叩きのめす。激しく咆哮しながら、巨大な二体の竜が暴れ回り、神殿を揺るがせた。

 

 初めて見るドラゴン同士の本気の戦いに、ボクは圧倒される。

 

 老獪な攻撃で竜王を圧倒するキース大老と、みなぎる若さと体力を武器に粘り強くくらいつき、どうにか五分に押し返す若き竜王。

 傷口から血を流しながらもぶつかりあう激しい戦いだったが、どこかいたわり合うかのような優しさが感じられた。

 我が身を以て、未熟な弟子を鍛える師――そんな言葉がふと思い浮かぶ。永遠に続くかと思われた激しい二匹の戦いは、やがて終局へとなだれ込んだ。

 

 時が経つ毎に動きが鈍くなっていく《グレートキースドラゴン》に対して、竜王の猛反撃が始まった。竜王が圧倒的な手数で叩きのめし、その首筋に噛みついた。そのまま振り回して壁面に叩きつけたところで《グレートキースドラゴン》は動けなくなり、戦闘が終わった。

 互いに竜化を解くと、竜王は倒れたままの老人によろよろと歩み寄った。激しい戦いで全身に傷を負っている様子の竜王は、同様に重傷を負い動けぬ老人を前にして立ち尽くす。疲労困憊ながらも振り返りボクに声をかけた。

 

「勇者……、悪いがキース大老に回復を頼む」

 

 彼自身も相当な重傷なのだが、それでも彼は老人を先に助けてくれと依頼した。

 

「ボクは構わないけど、完全には……」

「応急処置でいい。まだ死なれては困るからな……」

 

 ボクのベホイミで僅かに回復した老人は眉を潜めた。

 

「何をなさるか、若。敵将に止めを、それが戦う者の……」

 

 老人の言葉を途中で遮り、竜王は怒鳴りつける。

 

「うるさい、なんでもかんでも、いつまでもお前らの思い通りになると思うな! 敗者に美学を語らせるほど、オレはお人よしじゃねえ。黙って勝者に従え!」

 

 そう言い放って、竜王はそっぽを向く。

 聞きわけのない子供のようなその姿に、キース大老は呆れたように肩をすくめた。老人に応急処置を施し、竜王を薬草とベホイミで回復させる。

 ふと、老人がボクに尋ねた。

 

「当代の勇者殿……で、あらせられるな?」

「え、あ、はい……。一応」

「やはりか……。では勇者殿、一つ御忠告を。世界には光があると同時に闇も又ある。真実に至る道のりは必ず一つでない事をお忘れなきように……」

 

 何のことだか分からずに、きょとんとするボクを見て彼は小さく微笑んだ。ボク達は彼をその場に残してさらに先を目指す。

 

 

 

 いよいよ、ルザロとの再会の時。そして《悪魔神官》達との決着の時……。

 逸る心を抑え、ボク達はついに城の最深部である神殿の奥へと辿りついたのだった……。

 

 

 

2014/04/13 初稿

 

 

 


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