ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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 ぺけわ ぱこほ ぶりとわ
 やぶに ぼめま ろきさよ
 そこび つさな まかびの
 ごりえ とばね みむてそ
 ぎぬい むほぶ さごぐぎ ねま

 ふっかつのじゅもんがちがいます


試練篇 01

 

 

 今より遥か昔――。

 

 遠くロンダルキアの大地に巣食った邪教の教祖と彼らが崇める邪神の復活を阻止すべく、勇者ロトの血を引く三人の若者達が立ち上がり、これを打ち果たしたという。

 数々の苦難を経て、世界を救済した彼らの行いは大いに称えられ、人々はその勇気と困難の道のりを長く語り継いだ。

 

 それからおよそ三百年――。

 人間、竜族、魔族がともに暮らす世界は、只、虚ろに時を重ね続けていた。

 生まれ、出会い、育ち、争い、死んでいく。

 気の遠くなるような平凡な日常が繰り返され続ける世界――。

 

 そこに小さな異変が生じ始めたのは数年前の事だった。

 決して揺るがぬはずの不動の大地が大きく揺れ、そこに暮らす人々の心をも揺るがした。

 だが、それも年に一度あるかないかの事。小さな不安を抱えながらも、いつしか人々はそれも日常の一つと割り切っていた。

 

 ただ、その年の始まりの日、夜空を無数の流れ星が流れ、見上げる多くの人々を驚かせたという。ある者はそれを吉兆と捉え、又ある者は凶兆と捉えたが、真実など分かろうはずもなかった。

 

 ――何かが起こるのかもしれない。

 

 不気味な予感と根拠なき期待が人間、竜族、魔族を問わず、多くの者達の心をよぎったものの、数日も経たずに忘れ去られ、又いつもと変わらぬ当たり前の日々が過ぎていた。

 

 来たるべき大異変に果敢に立ち向かい世界を救わん、という大仕事の表舞台に立つであろう者達も又、同じように……。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 その日は気持ちよく晴れ渡った朝だった。

 一つ大きく伸びをして起き上がったボクは、着替えを済ますと、階下から立ち昇る朝食の匂いにつられて、階段を下りた。

 

「お早う、ユーノ」

 

 テーブルに鍋を置きながら声をかけてきた母さんの隣で、腕の良い靴職人の父さんがいつもと変わらずどっしりと座っている。

 二人に「お早う」と朝の挨拶を返したボクは、そのままテーブルに近づき、見慣れた朝の光景の中に身を置いた。

 暫し、無言のままで朝食を食べていたボク達だったが、やがて母さんが口を開いた。

 

「いよいよだね。もう準備はすませたのかい?」

 

 その日はボク――ユーノ・R・ガウンゼンの十五の誕生日。そして、それは、ここ、ローレシアの国において大人になる為の始まりの日でもある。

 

「準備っていっても、必要なものは《布の服》一枚だし……」

 

 ローレシアの子供は十五の年になると大人とみなされる。夢見がちな子供時代に別れを告げ、地に足のついた大人になるべく、それぞれの道を歩み始める。

 だが、一部の少年たちは、その成長の過程において、自分こそが世界を救い、改変するという夢、あるいは妄想に取りつかれる事がある。俗にいう『勇者病』である。

 大抵は十五の誕生日を迎える頃にはおさまっているものなのだが、稀に勇者の資質を備えたものも現れるから困りものである。特にこのローレシア城下においては……。

 

 そんな彼らが勇者見習いとみなされる条件は二つ。

 一つは血筋。すなわち勇者ロトの子孫の家系の出身である事。

 もう一つは魔法の基礎中の基礎であるメラとホイミを習得している事。

 この二つの条件を満たした者は勇者見習いとして、十五の年になった一年の間に一度だけ、勇者の試練を受ける事が許される。

 

 試練を受ける事を決めた者は布の服一枚で登城し、王様から宝箱を受け取ってそのまま城の外へと放り出され、遥か東にある勇者の祠へと赴き、その泉で洞主様と呼ばれる老人の問答を受ける。

 宝箱の中には《キメラの翼》が一枚と50ゴールド、そして貧相な武器が一つだけ与えられるというとてもスパルタンな儀式なのだ。無事に問答を済ませ、《キメラの翼》を使うことなく歩いて戻ってきた者のみ勇者として認められる。その余りの過酷さゆえに過去、百年以上に渡って、勇者と認められた者はいない。

 かつて世界を破滅から救ったロトの子孫であるローレシア王の故事に習ったこの儀式は、勇者病に犯されかけた子供の目を覚まし、当たり前の責任ある大人にならしめんとする役割を果たす為にのみ、存在する。

 

 ボクの名前、ユーノ・R・ガウンゼンのRはローレシアと読む。それは何代も遡ればローレシア王家の血筋である事を意味する。

 同様にミドルネームにサマルトリアのS、またはムーンブルクのMを持つ者が勇者ロトの子孫であるとみなされる。

 だが、この条件を満たす者たちは、ローレシア城下街だけでなく国中にゴロゴロしている。石を投げれば必ず当たるくらいに、というのは言い過ぎかもしれないが……。

 様々に複雑な事情が入り組んでいるのだが、今はやめておこう。兎にも角にもボクは今日、勇者の試練を受けるために旅立つ。

 

「無理はするな。自分が無理だと思えば観念して帰ってくればいい。勇者などにならんでも、人はきちんと生きていけるのだから……」

 

 ぽつりと父さんが呟いた。

 

「うん、分かってるよ」

 

 父さんも又、十五の年にボクと同じように勇者の試練を受けている。勇者の泉まで辿りついた父さんは、勇者にはなれなかったもののその勇敢さと戦いの腕を買われ、王宮勤めの兵士に抜擢された。けれども魔物との戦いで王子を庇って大きな怪我をし、その傷がもとで兵士をやめざるを得なくなり、靴職人になったという。

 試練が終わるまでは暫く御無沙汰となる家族そろっての朝のひと時を、ボクは静かに過ごしていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 定められた布製の上下を着て、母さんが作った弁当を荷袋に入れ、父さん手製の履きなれた丈夫な皮靴を履いて、ボクは家を出た。

 

「見ず知らずの者が押し付けてくる善意には、気をつけろ」

「身体に気をつけるんだよ。無事に帰ってこれさえすれば、それでだけで十分なんだから……」

 

 戸口の前に立って、両親がボクを見送った。

 

「いよいよ、出発かい。頑張りな!」

「立派な勇者になるんだよ」

 

 顔見知りの街の人達に声をかけられながら、ボクは王宮へと向かう。勇者になるつもりなんて毛頭ない。ただ出来るだけの事をやって自分の限界を知り、そして一人の大人として胸が張れればそれでいい。

 実のところ、この試練が終わったら、父さんに弟子入りして、靴職人になろうとボクは密かに決めている。きっと父さんは嫌がって知り合いの別の靴職人の工房に放りこむつもりなのだろうが、そうは問屋が卸さない。ウチの店に父さんの作った靴とボクの作った靴を並べて売るのがボクの夢なのだ。

 そんな未来を思い浮かべながら王宮の門をくぐろうとしたボクの前に、たくさんの少女達に囲まれた一人の少年が現れた。

 

「やあ、ユーノ君、これから王様のところへ行くのかい?」

「まあ……ね」

 

 途端に黄色い声が広がった。面倒な奴に出会ったな、というのが本音である。

 今年、勇者の試練を受けるのは百人近く。例年三十人程度というのだから、今年は途方もない当たり年ということが分かるだろう。

 

 彼の名はルザロ。ミドルネームにSの名を持ち、ボクと同じく勇者の試練を受ける少年である。

 顔良し、実力良し、家柄超良し、の何でもあり。近年稀にみる逸材という噂は伊達ではなく、すでにイオラが使えるほどの腕前だ。もしかしたら勇者になれるのではというもっぱらの評判もあって、女の子達も放っておかないらしい。

 

「ケチな王様の噂は伊達じゃないね。僕は《銅の剣》だったけど」

 

 試練に向かう若者に与えられる只一つの武器は、たいていろくでもないというのが相場である。《こん棒》、《竹やり》は当たり前。《銅の剣》ならまあいい方だろう。《聖なるナイフ》なら大当たりといったところか。

 悲惨なのは《ひのきの棒》を引いた者である。我こそは世界の救世主であると息巻いている、勇者病真っ盛りの見習い勇者の前に叩きつけられた理不尽な現実は、容赦なくその心をえぐり、奈落の底へと叩き込む。過去にはそのまま泣きながら試練を放棄した者もいたというのだから想像に難くない。

 尤もその程度で心が折れるのならば、とても勇者はつとまらない。王様なりの深い思慮ゆえの親心なのだろう。とはいえ、《ひのきの棒》だけは御免こうむりたいのが、皆の本音である。

 

「そのうち、どこかで会う事もあるだろうさ。お互いに頑張ろう。ああ、でもキミと剣を交えるなんてのは、御免だけどね……」

 

 無理矢理な握手と共にさわやかな言葉を残して、ルザロは周囲の女の子たちと共に去っていく。

 賑やかな一団が去り、引きつり気味の笑顔のまま、一人ぽつりと城門の前に取り残されたボクを見つめる衛兵のおじさん達の眼差しが妙に優しかったのは……、気にしないようにしよう。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「おお、来たか。勇者を志す若者よ。汝が名を問おう」

 

 謁見場の大広間の玉座の上でボクにそう問われたのは、ローレシア国王スパルタスその人である。

 形式通りの文言で声をかけて下さった王様に、ボクは素直に名を名乗る。王様に拝謁するボクの胸には、勇者見習いを示す《勇者のバッジ》が輝いていた。

 今年はずいぶんと多い勇者見習いの儀式だが、王様は顔色一つ変えずに未来ある少年達一人一人と言葉を交わす。偉い人は大変なものだ。

 ふと、ボクの名を聞いた王様の表情が少しだけ緩んだ。

 

「ほう、そなたがユグノーの息子か……」

 

 ユグノーというのはボクの父さんの名。

 かつて王宮兵士だった父さんの知り合いはこの王宮にも多い。王子を魔物から庇って受けた時の傷のせいで靴職人となった父さんだが、その時の事を王様はまだ覚えていてくれたようだ。

 靴職人となった父さんの靴は、かつて兵士であった頃の経験を生かして随所に工夫が施され、足に優しく疲れにくいと評判で、王宮でも愛用する兵士が多いという。

 

「そなたの父、ユグノーは見事な男であった。そなたも父に負けぬよう、しっかりと励むがよい」

「はい、ありがとうございます」

 

 例の品を、という王様の言葉でボクの前に宝箱が置かれる。それを開けようとするボクの姿を、謁見場にいる全ての人達が注目する。緊張の一瞬だった。

 

 ――《ひのきの棒》だけは、勘弁してよね。

 

 頑丈な作りの宝箱に手をかけ、思い切ってふたを開けようとする。だが、宝箱の抵抗は凄まじく、ふたは全く開く気配がない。何か引っ掛かっているのかと少々焦りつつ、揺すってみても相変わらずである。

 

「フム、どうやらそなたの旅は、その宝箱の鍵探しから始まるようじゃな……」

 

 王様の言葉で、謁見場に苦笑が漏れる。国王スパルタス――その名の通りのスパルタぶりというよりは、退屈しのぎの悪戯好きらしい……。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 それからかなりの間、宝箱の鍵を探すボクは、だだっ広い王宮内を彷徨っていた。胸に光る《勇者のバッジ》のお陰で、ボクの行動を咎め立てする者はいない。途中、幾人かの父さんの知り合いに声をかけられ、餞別代りにいくつかのアイテムをもらった。とはいえ、目当ての鍵はなかなか見つからない。ふと、厨房近くの廊下を通りかかった時に、ボクは料理番達のひそひそ話を耳にした。

 

「この見慣れない鍵、一体どこのだい」

「ああ、そいつには触らないでくれ。大臣の命令でそのうち、誰かがとりにくるらしい」

「ふーん。……ってことは勇者の試練がらみかい。王様も酷なことするねえ……」

「まあ、そういってやりなさんな。近頃は当の本人にその気がないのに、自分の子供を無理矢理、勇者に仕立てようと躍起になるバカ親も多いっていうからねえ」

「子供に夢を見るのは、誰だって同じだろ?」

「自分の人生がつまんないからって、子供のそれで仇をとろうってその根性が腐ってんだよ。所詮、カエルの子はカエルだよ。必死で頑張っても親の無責任な期待に応えられず、道を踏み外すどころか命を落とす子供の姿なんて……、かわいそうなもんさ」

「そういうものかねえ……」

 

 少しばかりしんみりとした空気が流れた後で、彼らは次の仕事をすべくその場を離れた。ボクはそっとその場所に忍びこみ、ようやく目当ての鍵を手に入れた。

 

 謁見場に戻ってきたボクを出迎えたのは大臣と、数人の衛兵だった。すでに王様は次の会議の為にその場を離れており、今日はもう戻ってこないらしい。偉い人とは忙しいものだ。

 ようやく見つけた鍵を宝箱の鍵穴に差し込み、鍵を開く。カチリという音を耳にして、ほっと一息ついた。ちょっとした回り道の後で、ようやくボクの旅が始まるようだ。

 

 ふたを開いて中を覗き込んだボクは、50ゴールドの入った袋と一本の剣を見つけた。《ひのきの棒》でなかったのは重畳だが、《銅の剣》にしては、妙に禍々しい形状である。切っ先が斧のような形の剣を手に、軽く一振りしようとしたその時、ボクの手にあるものを見た一人の兵士が顔色を変えた。

 

「待ちたまえ、それを装備しては……」

 

 だが、時すでに遅し。謎の剣を一振りしたボクの身体に不気味な気配が漂い、身体が重く感じられる。

 

「ユーノ君、大丈夫か」

 

 顔色を変えて近づいて来たのはこの城の兵士長さんで、父さんの古い友人でもある。その只ならぬ剣幕に、大臣や他の兵士も何事かと驚いていた。

 

「この剣がどうかしたんですか?」

 

 血相を変えた知り合いの姿に不安が募り、それに比するかのように身体がさらに重く感じられた。

 

「これは……、《破壊の剣》だ」

 

 忌々しげな面持ちで、ボクの手の中のそれを見つめて兵士長さんは呟いた。ボクは真っ青になって立ち尽くした。その言葉に誰もが驚き側にいた大臣に注目する。注目された大臣も又、慌てて、首を横に振った。どうやら彼もこの事を知らなかったらしい。

 

「このようなものをどうして勇者見習いなどに……。一体、陛下は何を考えておられるのだ……」

 

 その問いに答えられる者はいない。当の本人もその場におらず、又、主を非難する事など到底許されることではない。

《破壊の剣》――それは装備した者に災いを与える呪いの武器である。うっかりそれを装備して一振りしたことで、ボクの身体にはすでに呪いが掛かっていた。

 

 勇者の試練――。

 ボクはそのスタート地点で早くもつまずいたのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

《破壊の剣》と荷袋を背負ったボクは、城を後にし、城下町を通りぬけ、街の外の草原に踏み出した。ボクの身に起きた事について知られぬよう、家には立ち寄らなかった。いわくつきの剣の重さのせいで、余り良い気分での門出というわけではないが、兎にも角にもスタートである。

 大岩の上に腰かけ、母さんの弁当を食べながら、今後の方針を今一度、確認する。

 

 王宮内の探索で手に入れたものは、薬草と毒消し草、そして数種の種や木の実。

 

 食後の一服とともに、種や木の実をまとめて口にする。その効果のせいか、身体の中から燃え上がるかのように力が湧きあがり、奇妙な高揚感を覚えた。

 子供の間は決して口にしてはならないとされるそれらは、父さんの知り合いの兵士のおじさん達から餞別代りに譲ってもらった物だ。城下町で年に一度開かれるバザーで売られる数量限定のそれらを、争うかのように買い求めるおじさん達の気持が、少しだけ分かったような気がした。

 

『まずは身の守りを徹底的に固め、絶対に無理な戦いをするんじゃないぞ』

 

《破壊の剣》で呪われたボクの為に《守りの種》をくれた兵士長さんの言葉を思い出す。《破壊の剣》は圧倒的な破壊力と引き換えに、呪いのせいで戦闘中に身体が動かなくなるという。瀕死の状態で逃げることすらできなくなれば、その時は命を落とす事になる。勇者見習いの身では教会での復活はできないのだ。ボクに課せられたリスクの大きさは、何が起きるか分からぬ戦闘の怖さを知る者ほど、慎重になる。

 とはいえ、いつまで悩んでいても仕方はない。

 

 さらに荷袋の中を探ったボクは、すべすべとしたさわり心地のアイテムを取り出した。それを手にして思わず苦笑いする。《シルクのストッキング》という名のそれをボクにくれた、否、押し付けたのは、この国の王子の家庭教師である女性だった。

 

『カガミよ、カガミ、世界で一番美しいのは、だぁれ?』

 

 宝箱の鍵を探して、王宮内探索をしていたボクは、とある一室の前でそんな声を耳にして、何気なくその部屋を覗き込んだ。整った身なりの生真面目そうな眼鏡姿の女性が、鏡の前で「ああ、王子様、この美しすぎる私めに存分なお情けを……」と身もだえている――そんな光景に出くわしたのだった。

 鏡の中の彼女と思わず目が合ってしまい、気まずい沈黙が流れた。動揺するそぶりもなく振り返って居住まいを正した彼女が、ボクに尋ねる。

 

『何か……、見ましたか?』

『いえ、何も見ていません』

 

 即答だった。それ以外の言葉を口にすれば命はない。

 人生にアクシデントはつきものらしく、安全なはずの王城の中で、とてつもなく強大なボスモンスターに予期せずに出会ってしまったボクの本能がそう告げた。暫し、ボクの事をじっと見つめていた彼女は、やがて、眼鏡をくいっとかけ直して、徐に口を開いた。

 

『よろしい。少年よ。素直さと正直さは美徳であります。褒美にこれを差し上げましょう』

 

 言葉と共に押し付けたのが件のブツ――《シルクのストッキング》である。

 

『素敵なお友達と過ごす夜に使うのが、大人の嗜みですよ』

 

『夜の三種の神器』の一つと呼ばれるそれを押し付ける彼女の手の爪が、しっかりと食い込んだ時の痛みを思い出す。まだ出発すらしていないというのに、予期せぬ状況でホイミを使うことになり、ボクはその時人生の奥深さとほろ苦さを一つ知った。大人の階段を登るというのは、こういう事なのだろうか?

 兎にも角にも、どう考えても試練の最中に使い道のないそのアイテムは、道具屋に売り飛ばして換金する事が賢明な判断だろう。だが、それをそっと荷袋の奥に再びしまいこんでしまったのは、若さゆえの過ちである。十五歳になったばかりの興味深々の少年には、色々なものが眩しく見えるのだ。

 

 食事を終え、そろそろ行こうかと大岩の上からだだっ広い草原を見渡す。

 突然、地面が大きく揺れた。

 数分程度ぐらぐらと揺れるそれを大岩の上でおっかなびっくりにやり過ごす。突然の揺れに驚いたのは草原に潜む小動物達も同じらしく、一斉にひっそりと気配を消し去っている。

 ここ数年、半年に一度程度の割合で、このような地震がローレシア全土を襲っていた。さほど大きな被害は報告されていないものの、大人達がまだ子供だった頃には全くなかった現象らしい。今年はこれで早くも二度目であり、今頃、街では様々な噂がとびかっていることだろう。勇者見習い出発の日に起きたさらなる不穏な事態に、なんとなく気分がどんよりと落ち込みかける。

 とはいえ、気にしていてもはじまらない。立ち止まって得られる物は何一つないのだ。

 

 希望と不安と煩悩を荷袋に押し込み、《破壊の剣》を背負ったボクは、大岩の上に立ち上がって「ウガァー」と一つ咆哮する。

 何はともあれ……、これが十五になったばかりのボク、勇者見習いユーノ・R・ガウンゼンの旅立ちだった。

 

 

 

2014/02/02 初稿

 

 

 


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