ヴィヴィッドMemories   作:てんぞー

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アポロジャイズ

 おかしい。

 

 何故自分はこんな所にいるのだろうか。

 

 視線を前へと真直ぐ前へと向ければそこには腕を組んで立っているシュテルの姿がある。服装ジーンズにシャツと、レヴィ寄りの服装なので若干レアに思える恰好。外に出る時は大抵スカート派なのがシュテルなのでこういう姿は結構珍しいんじゃないかと冷静に思っている自分がいる。いや、実際には珍しい。本音の所、師父に対してのアピール戦争は終わってないわけで。

 

「思考を逸らしていますね」

 

 じゅっ、っという音共に何か熱いものが額に押し付けられる。それがシュテルの指先であり、指先に灯った炎だと気づくには更に数秒必要だった。反射的に口から声が漏れそうだったが、次の瞬間に聞こえてくる言葉に体は硬直する。

 

「動くな」

 

「―――」

 

 鍛錬の、そして過去の癖で体は反射的に硬直し、そして動きを止める。その結果もう数秒だけ額に熱い炎が押しつけられ、そこから悶えるのが数秒後の出来事となった。額を抑えて床に転がり、虐待の犯人であるシュテルに向けて恨みがましい視線を向ける。その視線を受けたシュテルはそれに怯えるどころか逆に睨んでくる。額を擦るがそこには焦げ跡も火傷も、そして熱も残っていない。非殺傷設定なのだからそれぐらい当たり前だ。だけど熱かったという事実まで消えるわけではない。というかかなり熱かった。

 

「何をするんですか」

 

「当然の事です。馬鹿な子供を躾けるのが大人の役目です」

 

「私が馬鹿だと言うのですか」

 

「当然です」

 

 シュテルが此方へと向ける視線には確実に怒りが混じっている。それに思い至る事は一つだけある。そしてそれに関しては既に謝罪を言ったはずなのだが……きっと、誠意が足りないとか、そういう問題なのだと思う。故に床に転がる体を持ち上げ、そして服に付いた埃を一旦落とす。そして、この部屋にいるもう一つの姿に対して深く頭を下げる。

 

「今回の件は誠に申し訳ありませんでした。学園の壁を破壊してしまい本当にすみませんでした」

 

「あ、いやいや」

 

 謝罪と共に頭を上げると、視線の先には小太りした男の姿がある。男はメガネをかけているが、酷い程に汗をかいているので、それによってズレて落ちてきている。それを数秒に一度修正しながらも、男は―――St.ヒルデの学園長は酷く焦っているような姿を見せている。両手を突きだす様に振り、

 

「いえ、あの、そのストラトスの御息女にですね? そのこうやって頭を下げられても私が困るといいますか、あの、その、えーと、何といいますか……」

 

 酷く焦った声のままで学園長が話す。が、その内容は主体性が無く、何を言いたいのか伝わってこない。故にそれを聞こうとしたところで、頭の横から衝撃が来る。犯人はもちろんシュテルしかおらず、シュテルの方を睨むのと同時に学園長からあうあう、と狼狽するような声が漏れる。そしてそれに合わせて大きな溜息が聞こえてくる。視線を溜息の方向へと向けると、

 

 学園長室、その中央のテーブルの上にアギトは胡坐を組むように座っており、

 

「お前が悪い」

 

「解せません」

 

「ふぅー……そうですね」

 

 シュテルは一旦溜息を吐いてから此方に視線を合わせてくる。

 

「今回、何故私が態々顔を出しに来たんだと思いますか?」

 

「……学園の一角を壊したからですよね?」

 

 そう答えると、返ってくるのはやはり溜息だ。何か間違えたのだろうか、そう自分の発言と行動を振り返るが、そこに一切の誤りは見つからない。故にシュテルやアギト、そして学園長がなぜそこまで焦り、呆れているのかが解らない。そう思ったところでアギトからいいか、という注目を集める言葉が来る。それに応える為に視線をアギトへと向ける。

 

「今回さ、どれだけの強さで殴った?」

 

 それは名を覚えてもいない彼女の事だろう。そんな事愚問だ。

 

「全力の一撃ですが」

 

 じゃあさ、とアギトはそこで言葉を繋げる。

 

「もしアタシがいない状態で全力で殴った場合、どうなってたかは解るか?」

 

 そもまた愚問だ。馬鹿馬鹿しい質問に他ならない。

 

「―――骨折は免れないでしょう。元々直接的な打撃やアームドデバイスによる攻撃とかに非殺傷化は効果を効かせ難いです。ですから運良くて打撲、高確率で骨折ですね。最悪殴った箇所と飛んだ先が悪ければ死ぬって事もありますが」

 

 それを聞いてひぃ、と小さく声を漏らしたのは学園長であり、露骨な溜息がシュテルの方から漏れてくる。アギトの方はやっぱりか、と呆れたような言葉を吐くとそのままテーブルの上に倒れる。何だろうかこのリアクションは。少し私に対しての反応が悪くはないだろうかこれは。その事に若干不満を感じているとシュテルが目線を合わせてくる。それはまるで自分が子供扱いされているようで、少しだけ腹が立つ。

 

「いいですかアインハルト―――皆がキチガイって訳じゃないんです」

 

「奥さん、オブラート! オブラートお願いします! 一応グレたりしたら責任こっちなので! 近々従弟の結婚式があるのでそれまで職キープしたいんです! なのでオブラート! オブラート!」

 

「我欲でまくってるなぁ……」

 

 そこはどうでもいい。しかし私を指さしてキチガイとは一体どういう事だ。

 

「それはむしろヴィヴィオへと言うべき事ではないんですか?」

 

「いえ、貴女は少々”時代錯誤”と言うべきか、価値観が現在と明確にフォーカスされていません。いえ、これは教会の方針以前に許していたダーリンの方が悪いのでしょうけど。まあ、指摘しなかった私達も十分に悪いという事なんでしょう……はぁ、こういうのはむしろディアーチェやイングの仕事なんですけどねー。一番はダーリンですけど現在音信不通ですし」

 

 今物凄く聞き逃せない言葉があったが、それは今すぐ関係ないので無視する。それではなく問題の発言は自分の考え方が時代錯誤という事だ。

 

「今の発言訂正してもらいます」

 

「何も間違ってはいませんよ。貴女は”遅れている”んですよ。実際に貴女の思想に一から十まで理解を示せる存在は貴女のすぐそばにいますか? あ、ちなみに身内はアウトです。ついでに追加しておくと高町なのはもアウトで」

 

「……くっ」

 

「自分で言っておいてアレですけどちょっと悲しくなってきましたね……」

 

 そこで一気に同情の視線が集まるのはやめてほしい。まるでぼっちがいけない事の様ではないか。違う、ぼっちではないのだ。孤高なのだ。そして真の理解者は既に存在してくれているので満足しているだけであって決してぼっちなのではない。ハブられているわけではないのだ。

 

「話を続けてください」

 

 軽く怒気を込めてシュテルへ言葉を向けると、シュテルがいいですか、と一旦間を置いてから話を続ける。

 

「アインハルト・ストラトス、自分が恵まれている上で異端であるという事を理解してください。貴女の考えもついでに私達もまともではありません。いいですか? 貴女達がやっている”鍛錬”と言うものは世間一般では鍛錬ではなく”拷問”というカテゴリーに入る過酷さです。貴女は自分がスタンダードだと考えてはいけません。決して自分が”普通”であると思い込んではいけないのです。貴女の様な怪物的スタンダードを他者へと求める事は非常に間違っているのです」

 

 それは殴られる事よりも衝撃的な言葉だった。

 

 何故ならそれは、

 

 ……私を否定した。

 

 そういう言葉だったから。一瞬感情的になりそうになるが、理性が冷静な部分で考える―――この人は嘘を言ってはいない。だが全てを言ってもいないと。故に感情的になるにはまだ早い。軽く深呼吸してからシュテルを睨む。

 

「貴女は別だと言いたいのですか」

 

「いえ、私もどちらかとキワモノですよ。だからなるべく普通であろうとしているわけで―――まあ、其方はもう何年も前に終わった話ですから今は良いでしょう。ですがアインハルト、貴女の考えは万人が抱くようなものではありません。どんなに取り繕おうがそれは違うんです。貴女は普段は余人の事を”どうでもいい”と評価しますが、真実貴女は”期待”してもいます。何時か絶対に誰かが自分の期待に応えてくれると。イングという成功例を見てしまっている為、余計にそれは酷い」

 

 シュテルの伝えてくる言葉には黙るしかなかった。シュテルの言葉は的確で、そして何も偽りはなかった。確かに―――自分がふつうであると、自分はそう信じている。だが、

 

「それはいけない事なんですか?」

 

「そうではありません。ですが貴女の価値観を他人と共有するのは止めなさい、って話です。貴女が今日ホームラン決めた子は幸いにも”こうなる”と解りきってたのかダーリンがアギトを寄越した事であの程度で済みましたが……まあ、甘いといいますか何といいますか……ホント、子煩悩ですねウチのは。これ、帰ったら超説教ですね……」

 

 ……つまるところ私は―――。

 

 めんどくさい少女だった、という事だろう。いや、それすらも愛しいと言った師父の度量の凄さを褒めるべきか、何で言ってくれないのか罵るべきなのか。……いや、罵るだけの資格は自分にはないだろう。ともあれ、現実として自分は決して馬鹿ではないのだ。

 

 自分は贔屓目に見ても優秀な魔導師なのだ。

 

 そして優秀な魔導師という存在は酷く”冴えている”のだ。

 

 マルチタスクそれは便利であるのと同時に悲しくもある技能だ。何度も訓練を重ねてきたそれは思考しようとすれば自動で出てくる。そしてそれと同時に脳は熱を冷まし、冷静に考え始める。一般的価値観を、自分の価値観を、何が正しく、何が間違っているのか。悲しい事に受け入れがたい事実であってもマルチタスクという技能に成れてしまえばそれは”作業”になってくる。

 

 故に作業的に感情と理性が働き始める。そうやって冷静に処理される思考の中で、確かに自分の非を認めるしかない事に納得する。だが、それとはまた別の質問が、一つだけ浮かび上がってくる。期待してはいけないのは解った。だとしたら、

 

「―――私はどうすればいいのでしょうか」

 

 必要以上の力を持って生まれて、必要以上に賢く生まれて、覇王の記憶を継承して生まれて、遺伝子の濃さを瞳の色として受け継いで、余計なものばかりだ。これでなければ今の人たちに会えないのは確かだ。それは否定しないし、できもしない。だけどそれを抜いて残るのは空虚さと渇望だ。満たされないという感覚が常に胸中に存在する。その感覚が、胸を焦がし、そして期待を抱かせようとする。満たされず、本気を求めようとするこの気持ちは、

 

「一体どうすればいいのですか」

 

「貴女じゃないから知るわけないじゃないですか。知りたかったらイングにでも聞いてくださいよ―――まあ、教えてくれるかは微妙ですけど」

 

 それはつまり自分でその理由を探せ、という事だろう。相変わらず身内にはセメントの様で甘い。それに感謝すべきか、怒るべきかは……微妙な感情だ。理解できるし、理解できない。中途半端に成熟した”記憶”が存在していると嫌に納得してしまいそうで、面倒だ。

 

「あ、あのぉ……」

 

「……ん」

 

 それまで黙っていた学園長が主張する様にか細く声を上げる。一斉に視線を集めた事に後悔しているのか、大量の汗をかきながら学園長が顔をハンカチで吹き始める。

 

「えっと、あの、その、ですね? 問題解決したらまた―――」

 

「あ、当分反省の意味を込めて自宅謹慎させますので。出席はもちろん」

 

「あ、はい」

 

 権力よりもシュテルの眼光が勝った。どうやら皆勤賞は行けそうだ。

 

 ともあれ―――自宅謹慎なら自宅謹慎で十分考える時間が出来るという事だ。それではそれで、またいいのかもしれない。

 

 後何より、

 

 ……午後、ヴィヴィオさんに煽られずに済みますねこれ……!




 つまりハルにゃんは満足したいって事。満足病ですな。で、戦闘ってフィールドに立つのであれば本気じゃなくても全力。お前覚悟で来てるんだよな。手加減はしねぇぞこらぁ、という事で。戦闘に関して私の前に立つイコール全力の相対というイミフな図式がハルにゃんにはあるのです。たぶん戦犯は組手する度にガチでやりあってるどっかのパパ。

 さて、これで大目標と小目標が出来上がりました。もうそろそろですな。

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