ヴィヴィッドMemories   作:てんぞー

7 / 17
ノーマリティ

 何時も通り学校に到着し、ヴィヴィオと別れ、そして教室へと到着すると退屈な時間がやってくる。今日ばかりはアギトが一緒にいてくれるため、多少は何時もよりマシだが―――それでも授業は基本的に退屈だ。周りからチラチラと向けられる視線も煩わしい。ただそういう事を表情に見せない事には非常に慣れている。故に誰に気取られるまでも無く、普通に知っている内容を聞かされ、睡魔に負けず、何とか午前、問題の授業まで時間をやり過ごす事に成功する。肩に乗せたアギトが眠そうに欠伸しながら肩の上で立ち上がる。その様子を横目に見ながらも、視線を教室の前の方へと向ける。名前は……覚えてない。ただ教師がそこで色々と指示を飛ばしていた。

 

「はい、それでは次は体育ですので一旦更衣室の方へと移動お願いします。バリアジャケットを展開する事が出来る子はそちらの方でも全く無問題ですのでそのまま真直ぐグラウンドの方へと向かってください。はい、では移動しましょうねー」

 

 教師の言葉と共に立ち上がり、そして移動が始まる。それに自分が遅れるわけにもいかず、立ち上がる。バリアジャケットはデバイスのサポートが無くても自分でできるので特に問題はなく、更衣室へと向かう事もなく、廊下に出ると真直ぐにグラウンドの方へと向けて歩き始める。他の生徒が知り合いや友人と固まってグループを形成していく中で、自分だけが一人、取り残されている。

 

「……」

 

「なんですか」

 

「いや、別にあたしはとやかく言わないさ」

 

「そうですか」

 

 この状況を見ても何も言ってこないアギトの存在がありがたかった。実際知ったら五月蠅い人はいる―――主に家で専業主婦をしている連中の事だが。彼女たちはどちらかというと”日常”に対して強いあこがれを抱いている。だからこそそこから外れるような行動を極力忌避しているし、特別になろうとは思わない。

 

 それはたぶん、自分とは違う。

 

「ま、なんにせよ授業はちゃんとやっているようであたしは結構安心したよ。ヴィヴィオもヴィヴィオで心配だけど、アレは強かさがあるからそこまで心配いらないんだよなぁ。お前はどちらかというと不器用なタイプだし。もう少しそこらへん、兄貴みたいになれないのか?」

 

 そう言われても正直な話困る。現状知らない人と友達になる理由が存在しないのだ。いや、別に話したくはない、というわけでもない。ただそこに価値を見いだせない、それだけの話なのだ。当たり前の話だが価値がなきゃやらないのが人間という生き物だ。

 

「ま、答えないならいいさ。どうせ今日はお目付け役だし。そういうのはルールーで慣れているし。というかルールー少しは落ち着いてくれたかなあ……あたし、暫くルールーに会いに行ってないからどうなってるか割と不安なんだよね」

 

「少し前にあった時に白天王に乗って世界一周ゲームとか言ってましたよ」

 

「やべぇ、変わってねぇどころか悪化してる」

 

 何故ルーテシアもキャロも名前が出てくるだけで場が混沌とするのだろう。もはや名前を出しておくだけでオチがつくという異様な存在になりつつある。というか既になっている。そのリストにヴィヴィオの名前が載るのもそう遠くない未来だと思っている。願わくばクロードやレイン達、今の赤ん坊がそういう風にならない事なんだろうが、望みは薄いのだろうと諦めている。母親の時点で割と”アレ”って言えるレベルではあるし。

 

 と、そんなこんなを考えているうちに、足は何時の間にかグラウンドの土を踏んでいた。バリアジャケットを生成できる子はそう多くはない。故にグラウンドへやってくるクラスメイトは三十人中自分を含めて五人、六人程度しかいない。逆に言えばそれだけ将来有望な若者が存在するとも言える。まあ、中学生程になれば管理局からのスカウトが十分あり得る年齢となっている。それこそ六人いたって別に不思議ではないのかもしれない。

 

「あぁ、そうそう。べつにユニゾンするわけじゃないから。あたしは外付けデバイスとして調整とかするから」

 

「そうなんですか?」

 

「兄貴からそうしろって頼まれたからなぁ」

 

 何時の間に。軽く記憶をさかのぼってもアギトが召喚されたのはいきなりで、アギト自身も驚いていたはずだ。となれば、その後で念話か何かで伝えられたのだろうか。まあ、ユニゾンなんてすればオーバーキルなのは目に見えているので求めたりはしない。というより別段、デバイス自体自分で魔法構成や設定できるので必要でもないのだが―――。

 

「ほら、見られているぞ」

 

 視線をアギトが見ている方向へと向けると、素早く視線を逸らすクラスメイトの姿が見えた。まあ、自分の事を解っている者のリアクションはこんな物だろう。そんな感想を抱きつつ彼らを視界から外す。小さくバリアジェケットを展開するためのキーワードを口にするのと同時に、St.ヒルデの制服が自分の着用するバリアジャケットへと姿を変える。一瞬で終わる装着は実戦を想定しての事だ。最低でも0.1秒以下でバリアジャケットの展開、再展開は出来ないと役立たずらしい。

 

 少なくとも師父も、クラウスもその一点では同じことを言っている。

 

 考えれば師父はクラウスの記憶を持っているので同じことを言うのは当たり前だった。

 

 バリアジャケットの展開を終わらせ、数秒間目を閉じて呼吸を整える。それだけで意識は状態のシフトを完了させる。今までの退屈な、だるい感覚を脳から追い出し、完全に意識を覚醒させた状態へと持って行く―――それと同時に頭の横に衝撃を感じる。

 

「お前は一体どこと戦争する気だ」

 

「戦争……? 何の事ですか」

 

「そんだけ気合入れてどうするかって話だよ。いや、いいよ。大体察した」

 

 諦めた様な溜息をアギトは再び吐き出しつつ今度は飛び上がり、そして横に浮かび上がる。アギトはおかしなことを言っている。それこそ武術、武道という事に関しては人生の全てを捧げていると言ってもいい。そして何よりも自分がこの世で一番、真剣になれるものがそれだ。だとしたらそれで手を抜く事はありえない。非殺傷設定が”教会とは違って”ここでは義務付けられている。ならば殴り過ぎるなんてことは万が一にでも存在する事はない。なら、まあ―――結局やるのは何時もやる事と同じではないのだろうか。

 

「お、揃ってる揃ってる」

 

 そう言いながら着替え終ったクラスメイト達と共に教師がグラウンドへとやってくる。教師の姿がバリアジャケットではなくジャージ姿である事に対して何故か若干親近感を覚える。が、それを無視し、様子を眺めていると、やがてクラスメイトが全員グラウンドに揃う。そこからは教師が全員を一か所に集めて並ばせる。首からぶら下げているホイッスルを一度吹き、注目を集める。

 

「はい、今日は皆お待ちかね魔法戦! 君達の年齢になると力が有り余って使いたくて使いたくてしょうがないだろうから、先生や保護者さん達の見える所で使い方を覚えてもらおう、っていう内容なんだけど……正直皆そんな事より魔法を使いたいよね!」

 

 先生のその言葉に凄まじい声が返ってくる。誰だって魔法は使いたい。だけど誰もが自由に使っていいわけではない。少なくとも教師から、学校から、教会から、等と何にしろ魔法の使用には許可が必要になってくる。棒を手にしたら振り回したくなる―――だけどそれをずっと許可されてないようなものだ。誰だって自分がどれだけできるのか、知りたがる。

 

「知っていると思うけど。このグラウンドだけじゃなくて学園内では全魔法が強制非殺傷化される魔法が常時発動しているから、安心していいわよ。さ、先生の長話も疲れるだろうし、何時も通りストライクアーツやシューティングアーツの動きを始めていいわよ。ただ今日はそれに魔法を絡めていくから、解らない子は先生の周りに集まって、出来る子達は勝手にやっててね」

 

 勝手にやらせていいのか。いや、それはそれで教師の信頼なのかもしれないが。

 

 ともあれ、自分が他人から教われる様な事は何一つとして存在しない。必要なのは実戦と実践。もうそれしか存在していない。故に教師の話をこれ以上聞く必要はない。集団から離れた場所で軽く体を捻り、伸ばし、そして軽い準備運動をする。

 

「どーせ、誰も来ないでしょうし」

 

 そう、誰も来ない。誰も自分には付いてこれない。誰もが自分の実力は知っている。だから誰もが近寄らない。自分個人としてもそれはそれで十分だ。何せ同年代でまともにやり合えるのはヴィヴィオ達を抜けば本当に限られる。それこそ想像できるのはDSAAに参加している上位出場者達ぐらいだ。いや、彼女たちでさえ自分を”本気”にしてくれるのかどうかは怪しい。

 

 結局の所、人生とは妥協なのだろう。

 

「―――ストラトスさん」

 

「……?」

 

 何時も体育の授業は一人でシャドウやらをやっていたが、本日は違っていた。声の方向へと視線を向けると、そこには先日自分に話しかけていた女子の姿があった。名前は―――やっぱり覚えていない。というかそもそも名前を見た事すらない気がする。ただ、彼女が自分を訪ねてくるのは少々珍しいと思った。

 

「あの、ストラトスさんは一人ですか?」

 

 彼女の言葉の意図が良く解らない。だがその答えは決まっている。

 

「えぇ。どうせ誰も私に付いてこれませんし。誰も私と組もうとは思いませんよ」

 

「では私の相手をしてくれませんか?」

 

 そう言ってくる彼女の存在に驚かされる。まさか誘われるとは思いもしなかった。横のアギトへと視線を向けるが、アギトは黙って此方に応えてくれない。それはつまり自分の意志でどうにかしろという事なのだろうが、あまりにも慣れてない事に一瞬どうしようか困り……そして判断する。自分にこういう話を持ちかけるという事はそこそこ覚悟をしているのだろうと。だとすれば断る理由はないだろうし、素直に歓迎する。

 

「私で宜しければ全力を持ってお相手させていただきます」

 

「まあ、本当にですか!」

 

『いいか、本気だすなよ、絶対にだぞ。本気だすなよ! 絶対にだぞ!!』

 

 アギトが念話で何か言ってきているが、自分が本気を出すわけがない。いや、出せるわけがない。相手の肉付、気配、魔力量、どれをしても一般人レベルのそれだ。服装だってバリアジャケットじゃなくて学園指定の体操服だ。そんなレベルの相手に対して自分が本気を出せるわけがない。

 

『違う、そうじゃない……! いや、もう……呼ばれた意味は完全に理解したからあたしは諦めるよ』

 

 アギトのそんな念話での声を聞きつつ、目の前の少女と握手を交わす。早速、というべきか少女は拳を握り、そして構えてくる。それは授業で教師が教えてくれたストライクアーツの基本的な構えだ。

 

「ど、どうですか?」

 

 そう言ったその姿に近づく。

 

「脇が甘いです。足も開きすぎです。隙が多すぎます。それでは簡単に接近を許してしまいます。それに拳も握り慣れてないので非常に緩いですねこれ。魔法云々の前に基本からして壊滅的だと言わざるを得ません。構え方だって型を意識しすぎて教科書に載っている様な状態その物です。点数を取るのであればその程度で十分ですが実際に動くのであればお粗末としか評価できませんね。まあ、子供のおままごとレベルとして満足するのであればこれ以上追及する必要もありませんけどね」

 

 一瞬の沈黙が包み、アギトのあっちゃぁ、との声が静かに響く。

 

「い、今私の心にグッサリ刺さりましたのよ……! 人生でかつてない程のダメ出しを食らいましたのよ……!」

 

「……?」

 

「ちょっと待ってください、何ですかその何言ってんだこいつ的な表情は。ものすごいスピードで、それでいてかつてない程の流暢な早口でストラトスさんがダメ出ししてきた事だけでも驚いているんですけど」

 

「……ダメ出し?」

 

「あ、なるほど。私ストラトスさんがちょっとだけ理解できました。何というかストラトスさんが教職員からあかん認定されていた理由が少し解りましたわ」

 

 本当に一体何の事を言っているのだろうか。ダメ出しもなにも別に普通に間違っている事を教えただけだ。なるべくソフトに言ったつもりというか、ヴィヴィオだったらまず間違いなく調子に乗るぐらい丁寧に言ったつもりなのだが、何か間違っていたのだろうか。やはり知らない人とのコミュニケーションというのは中々に難しい事らしい。ともあれ、言葉で伝えられる事は多いが―――それが正しく伝わるかどうかはまた別の話だ。何故かショックを受けている彼女から数歩離れ、そして拳を構える。

 

「言葉で伝えるのは難しいです。なので構えてください。おそらく口で伝えるよりも此方で伝える方が圧倒的に速いでしょう」

 

「わ、解りましたわ!」

 

『それ、一部の特殊な人種のみに適応する手段なんだけどなぁ……』

 

 師父と自分はこれでコミュニケーション成立するし、ヴィヴィオでも成立する。つまり成立確率百パーセントだ。そこに一切の問題は存在しない。彼女も此方を見習って構えていてくれている。ここは解りやすく、テレフォンンパンチでも叩き込むべきだろう。

 

「ではこれから一撃を叩き込みますので、それを全身で感じ取ってください」

 

「な、何かハードルが高いですけど女は根性!」

 

 彼女が構える。今、自分がやっている物を真似た構えだ。まあ、それに対して言うことはない。ただ拳を振り上げ、後ろへと引き、大きく左足を前に出し、

 

「あ」

 

「―――覇王断空拳」

 

 次の瞬間、グラウンドを横切る様に吹き飛び、そして校舎の壁を砕いて中へと叩き込まれる一つの姿が生まれた。




 防具なしのレベル1に防御無視必殺技を叩き込む終盤クラスの強キャラの図。

 ツッコミいっちょー。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。