ヴィヴィッドMemories   作:てんぞー

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ブランド・ニュー・デイ

「―――おはようございます師父」

 

「……」

 

 朝、朝食を食べ終わって家を出る前に師父を見かけ、挨拶をした直後にソファの上へ師父が灰色になって倒れ死んでいた。一体何があったのだろうか。色々と憶測できるのだが、どれも正確に答えを導く事が出来ない。なぜならわりかしと思い当たる事は多く、そして可能性がどれも捨てきれない。

 

「……師父」

 

「しゅっちょー……」

 

「あ、なるほど」

 

 師父、イスト・バサラは出張という名目で数日から数週間ほど家を空ける時がある。今回もその一つだろう。そういう時は揃ってまるで生気を吸いだされたかのように灰色になっている。本当に吸い出されたかどうかはまた別問題として、家族との繋がりを重視している人物にとって出張程キツイものはないと思う。特に最近では子供が本当に可愛いらしく、何かある度に自慢したり猫かわいがりしてたまにウザイ時がある。

 

 このノリを職場で通しているから凄まじい。

 

 ―――この出張だが、出張中は”一度も”連絡をいれないのだから更に怪しい。

 

 まあ、その出張内容は置いておき、師父が出張に出るという事であればしばらくは学校の後の寄り道が無くなるという事だ。その事はひそかに残念に思っておく。ひそかに。あまり顔に出し過ぎるともしかしてめんどくさい子と思われてしまうかもしれない。それはそれで嫌だ。

 

 と、そこで師父が顔を持ち上げる。大げさだったリアクションはなりを潜め、そして少しだけ真面目な表情で視線を向けて来る。

 

「基本的に今回は長くて一ヶ月は帰ってこれないかもしれないからそこらへん注意しておいてくれ、嫁達にゃあ既に伝えたから大丈夫だと思うけど。まあ、魔力喪失地帯の雪山の登山なんてマジで久しぶりすぎて苦労する事確定だからどうとも言えないんだよなぁ……」

 

「私の知っている出張と何か違います」

 

「細かい事を気にしてたら立派な男にはなれねぇぞ」

 

「私将来は男よりも女になる可能性がありそうなので別にいいです」

 

「そっかぁ……そうだよなぁ……」

 

 何故そこで納得したような表情を浮かべるのかは解らないが、とりあえずスルーしておくのが賢明だと判断した。なので今度こそいってきますの一言と共に家を出ようと思ったところで、のそり、と師父が起き上がる姿が目に入る。その姿は虚空を掴む様な軽い動きを取ると、次の瞬間には一瞬だけ魔法を発動させ、そして手元に一つの存在を呼び寄せていた。

 

「ぬわぁっ!? ちょ、ちょっとな、なんだ!? ……ってアレ、兄貴にアインハルトじゃねぇか。もしかしてネタに使われるのか」

 

 諦めきったような表情を浮かべたアギトが師父の手の中に握られていた。その様子を眺めていると、アギトの存在が此方へと投げられる。その姿をそっとキャッチすると、師父が再びソファに倒れ込み、軽く手を振る。

 

「今日は実技だろ。たぶんアギト連れて行かなきゃ後悔するから連れて行きなさい」

 

「いや、そこにあたしの意志はどうなるんだ」

 

「解りました」

 

「おい」

 

 まあまあ、とアギトを眺めながら解放すると、アギトが溜息を吐きながらだが、それでも肩の上に乗ってくる。それはつまり了承したという事だ。デバイスが必要ならぶっちゃけた話バルニフィカスかルシフェリオンを貸して欲しいというのが本音だが、態々そっちではなくアギトを強引に引っ張ってきたのはそれなりの理由があるのだろうと、そう判断する。

 

 鞄を片手で持って、一礼をする。

 

「では行ってきます」

 

「寄り道するなよー」

 

 暫くは会えないであろう師父の姿を少しだけ眺めてから、真直ぐ玄関へ、そしてバス停へと向かう。

 

 

                           ◆

 

 

「……で、アギトさんが拉致されたわけですか」

 

「まあ、別に暇だし別に困る事じゃないんだよなぁ。ただ、こう、もう少しプライバシー尊重してほしいというか」

 

「プライバシー」

 

「おい、そこ笑いながら言うなよ」

 

 モノレールの中でヴィヴィオと合流する。モノレールの中は通学時間ということもあり、結構人が多い。そこで肩に乗せているアギトに視線が集中するのは少なからず、仕方のない事かもしれない。実際ユニゾンデバイスなんて存在はレア中のレアではあるし、ヘテロクロミアの少女が二人も横に並んで座っていれば、珍しいものが一箇所に集まり過ぎて注目の的になるのは仕方がない話だ。これももう慣れた。

 

「アギトさんには不幸キャラって立派な属性があるんですからそこはちゃんと理解しましょうよ。大丈夫、お風呂中に外へ放り出されたりとハプニング系のイベントは多いですけど何だかんだでキャラが立って非常に美味しいポジションですからプライバシーとか今更ですよ。割り切って捨てましょう。そう、全ては笑いの為に」

 

「芸人は目指してないんだよ!!」

 

 アギトが疲れた表情を浮かべる。実際ヴィヴィオのエキセントリックさはその成長と変化を見守ってきた自分だから理解している。だが被害者になるのは圧倒的に嫌なのでここはアギトを盾として置いておく……のは無理だろう。そこらへんは付き合いが長いので素直に諦める。まあ、とヴィヴィオが声を漏らす。

 

「確か本日は体育の実技でしたよね」

 

「そうですね」

 

 実技、といっても今まで軽い運動みたいなことはしていた。ただ今までの体育の授業はストライクアーツやシューティングアーツの基本的な事しかしていない。学校の方も、冬休み前に本格的な体の動かし方―――戦闘についての教授を始めるという事なのだろう。戦闘訓練がカリキュラムに組み込まれるのはベルカ系列の学園ではそう珍しくはない。特にSt.ヒルデの様に古く、そして聖王教会関係の学園だとなおさらだ。こういう学校を出た後、大体はベルカの騎士か、もしくは聖王教会所属のシスターなどになる。そういう職場に行った場合”何故か”戦う事があるのだ、割と。

 

 ……それに今は師父がいますからねー……。

 

 家では物凄い駄目駄目だという事を解っている自分はいいが、過去の派手な活躍等に憧れを抱いている人間は決して少なくはない。そのせいか、ここ数年は騎士になりたがったり管理局入りしたがる未成年魔導師が急増していて各所から嬉しい悲鳴が、何て話をカリムから聞いた覚えがある。ともあれ、

 

「まあ、確かにクラスの高いデバイスよりもアギトさんの方が安心かも知れませんね、アインハルトさんの場合」

 

「どういう意味ですか?」

 

 ヴィヴィオの言葉に首をかしげる。だがその言葉に対してヴィヴィオは笑みを浮かべて黙る。これは絶対にロクでもない事を考えていると、そう確信のできる笑みだが、どうやらヴィヴィオはそれを語ろうとはしないようだ。アギトへと視線を向ければアギトもアギトで肩を振って解らないと伝えてくる。こうなると完全にお手上げだ。ヴィヴィオはヴィヴィオでたまに完全に理解の外側を飛んでゆくから困る部分がある―――それは自分とヴィヴィオの意識の違いによるものなのかもしれないが。

 

「ともあれ、師父の弟子として、覇王流の継承者としてみっともない姿は見せられません。今までは何だかんだで目立ちたくないから手を抜いて来ましたが、組手であろうと真っ当な戦闘行為であるならば一切の手を抜く事はできません。師父が居らずとも……いえ、師父がいないからこそしっかりとしなくては」

 

 その言葉にヴィヴィオが反応する。

 

「え、おじさんいないの?」

 

 そういえば”出張”に関しては今朝はやく決まったばかりの事らしかったし、ヴィヴィオが知らない事も仕方がないのだろう。―――となると自分が知っていて、そしてヴィヴィオが知らない事が出来る。それも師父の事に関してだ。これは一つの大きなリードだ、そう思って、笑みを浮かべる。

 

「クッ、アインハルトさんがゲスな笑みを浮かべている……! わ、解りましたよ! 体ですね! 私の体が目当てなんですね!? 解ってますよ、だってアインハルトさん前世は男ですもんね! なら仕方ないにゃあ、処女膜ぶち抜かないレベルだったら私の体を―――」

 

「止まれぇぇぇぇ―――!!」

 

 アギトが大声でヴィヴィオの言葉をかき消しながら肩から飛び上がり、そして顔面に蹴りを食らわす。その衝撃を受けて一気にのけぞるヴィヴィオが後頭部を席の後ろの壁に叩きつけ、ガコンという音と共に頭を押さえる。頭を壁にたたきつけられる経験は割とあるのでこれは解る。アレは痛い。なので後頭部を抑えながら涙目になっているヴィヴィオの姿に対して内心ざまぁ、とだけ思っておく。

 

「今アインハルトさん内心ざまぁって思いましたよね」

 

「勿論思いましたよ」

 

「そっかぁ、思っちゃったかぁ……仕方がないですねぇー」

 

「なんでお前らの友情成立しているかがあたしの疑問だよ」

 

 アギトのその言葉にヴィヴィオと顔を見合わせる。何故友情が成立しているか、か。その答えは中々答えるのが難しい。ヴィヴィオの方へと視線を向ければ自分と同じようにヴィヴィオが首をかしげている。

 

「……私達なんで友情が続いているんでしょうか」

 

「ホントそうですね。なんで私達友達やってるんでしょ。やっぱりアレですかね。昔やったアインハルトさんが涙目で”お願いヴィヴィ王様! このボッチハルトの友達にになってください”なんてイベ―――」

 

 ヴィヴィオが最後まで言い切る前に指を素早く動かして目つぶしを叩き込む。ぐおぉ、等と少女らしからぬ悲痛な声を上げながらヴィヴィオは今度は目を抑え、その場でのたうちながら後頭部を今度は椅子の横のメタルバーにぶつける。ガゴン、等という音を車内に響かせ、少しだけ騒がしかった車内を静かにさせる。誰もが息をのみながらヴィヴィオの方へと視線を向け、そして見る。

 

 ぷるぷると震えながら目を瞑り、耐えるヴィヴィオの姿を。

 

「やりました」

 

「やりましたじゃねぇよ!! 犯罪宣言かよ! もうちょっと友達をいたわれよ!」

 

 アギトが頭を抱えながらツッコミを入れる。その迫力あるアクションに周りでうん、と頷く不特定多数が存在するがそれは有象無象なので無視する。問題なのはヴィヴィオが復帰し、そして涙目で睨んでいる事だ。若干恨めし気に。そうやって数秒間黙って睨んでくるヴィヴィオは、

 

「今日終わったらソッコでおじさんに抱きつきに行きますね」

 

「本日から出張です」

 

「じゃあ帰ってきたら」

 

「一ヶ月は帰ってこないようですよ」

 

「―――」

 

「やりました」

 

 完全に固まって、今にも灰になりそうな様子のヴィヴィオがそこにいた。一瞬憐れに見えた様な気もするが、何だかんだでこの肉食獣は生物学的に言うとキャロやルーテシアに近い存在で、その猛威が振るわれていないのは歳の差が親子ほどの差があるからだろう。―――逆に言うと年齢が近かったらヤバかったという事だが。この少女の危ない所はそこらへん、キッチリと隠せている所だ。

 

 まあ、ともあれ、

 

「ヴィヴィオさん、大丈夫ですか」

 

「アインハルトさんがこれまで無いぐらいに無感情な視線を向けながら心配してきてくれている……私がそっち系だったら危ない表情ですよそれは」

 

「そっち系だったら寧ろ友達になってないです」

 

 アギトが口を挟もうとリアクションを取ろうとし、そして固まり、そして此方の肩の上に乗ると足を組んで座り込み、溜息を吐く。

 

「深刻なツッコミ不足」

 

 それだけ言うと、アギトが疲れた様な声を漏らしながら横に倒れ込む。

 

 ……その役目は学園へと到着すればリオやコロナが引き受けてくれます、だからアギトさん、今は安らかに眠るがいい。

 

 心の中でそう呟き、祈りをささげておく。とはいえ聖王教ではあるが信仰対象が目の前にいるという若干複雑な気分ではあるのだが。もはや”コレ”とオリヴィエは別物としか考える事が出来ないので、信仰心にそこまでの揺らぎはなかった。というよりこの娘が、ヴィヴィオが、”いずれオリヴィエになる”という言葉は今も有効なのだろうか。師父は確信しているようだが、こうやって日常的なヴィヴィオを見ているとどうも、そうとは思えない。

 

 ともあれ。

 

 ―――今日も学校だ。




 新鮮なハルにゃんよー。

 浮気する時って大体出張ってシチュエーションだよな。

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