ヴィヴィッドMemories   作:てんぞー

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ナイト・アット・ホーム

 鍛錬という名の遊び時間は日が暮れて行くことで終わる。教会から与えられたという鍛錬の時間は昔から週に数回しか真面目に鍛錬をしない、完全に遊びの時間になっている。それでも昔と比べればはるかにマシになっている。昔―――自分がもっと小さかった頃に関しては鍛錬なんてことは一切せず、ほとんど遊び回っているだけだった。今でも遊ぶ頻度が高いのは師父曰く、”必要ない”という事らしいから。

 

 そんなわけで、

 

 今日も遊ぶだけ遊んで一日が終わる。日が暮れる頃にはモノレールまでヴィヴィオを見送ってクラナガンの方に帰す。ここからクラナガンへはモノレールでの移動ならそう時間はかからない為、夕飯を食べてから帰っても全然大丈夫なのだが、それでもヴィヴィオもちゃんと線引きしてあるのか、バサラ家で夕飯を食べる事はそう多くはない。故にまた明日、そんな言葉を残してヴィヴィオを見送ってからバスに乗り、ベルカ自治区の住宅街へと帰る。

 

 十分もせずに暗くなって電気の付いた住宅街へと戻ってくる。こうやってまだ早い時間に空が暗くなると、段々と冬が近づいてきているのだと感じさせられる。これから更に暗くなるのが早くなるのだろうと思うと、少々残念な気持ちになる。基本的に子供扱いである自分が外で遊び回れるのは暗くならない時間帯だけだ―――冬は外で遊び回れる時間が少なくなるため、残念だ。まあ、外で遊べる時間が減るだけで、家の中が賑やかである事実に変わりはない。

 

 暗くなった住宅街を三人で歩く。少しだけ寒そうに両肩を抱く師父の姿が前にある。

 

「ふぃー寒くなってきたなぁ」

 

「だったらそんな恰好をしなければいいだろう」

 

「いや、今日はそこまで寒くならないかなぁ、って思ってたんだよな」

 

「師父、私は師父が魔法か何かで体を温めているものだと」

 

 師父が首だけ動かして振り返りながらいやいや、と否定してくる。

 

「気合だ」

 

「お前は何時まで経っても変わらないな……」

 

 そう言いつつさりげなく体を寄せて、腕を組むナルの抜け目なさは何気に卑怯だと思う。

 

 寒くなってきた秋の夜の話をしつつバス停から数分ほど歩けば住宅街の一角に到着する。そこに見える三階の家が、バサラ家の住まいとなっている。教会側から用意された住居は大家族である事を意識しつつ、更に客が来る事などを想定してかなり大きな家となっている。分類としてはギリギリ”屋敷”という範囲に入らない大きさ。個人的な感想で言えばこの人数の家族であれば、丁度いいサイズだと思っている。

 

「ただいまー」

 

 門を抜け、小さい前庭を抜けて家の扉を師父がコンコン、と叩く。ここでベルを鳴らさないのはまだ末っ子のレインが眠っているかもしれない、という気遣いからだろう。

 

 ……一回、レインの面倒を任され、そして彼女が泣きだした時の事を思い出した。家に誰もいないから自分で何とかしなくちゃいけないのに、中々泣き止まないので、何とか泣きやめさせようと苦労していたのだが、そういう苦労を日常的に、そして素早く解決してしまう母親たちの技量には舌を巻くしかない。今の自分はどう足掻いてもそういう光景が想像できない……結局の所電話をかけて、そして電話の向こう側からアドバイスをもらいながらやっとで泣きやめさせたし。

 

「お帰りなさい」

 

 家の扉が内側から開き、中からシュテルが扉を開けてくれたのが見える。外の冷気を家の中に入れるわけもなく、扉が開いたらなだれ込む様に家の中へと入る。秋の涼しさを感じる外とは違い、此方はヒーターがガンガンつけられているのか、暖かさを感じられ、上にコートを着ている状態では熱いと感じられるほどだった。コートを直ぐに脱ぎ、それを玄関のコートラックにかける。その頃には師父とナルが靴を脱ぎ終わり、家の中へと上がっていた。自分もそれに続く様に靴を脱いで、素早く上に上がる。

 

「ただいま」

 

 その言葉に師父が振り返り、

 

「おう、お帰り」

 

 

                           ◆

 

 

 家が三階もあれば個人部屋があるのも基本的な話だ。故に自分も、部屋を丸一つ貰っている。位置的に一階のそれは元々はゲストルームだったのを自分用に改造した部屋だ。部屋の壁は自分の好きなライトグリーンで、実家の自分の部屋にあったベッドを壁際に、タンスや勉強机とかも置いてある。元々殺風景というか、此方へと引っ越してきてからは大分賑やかな部屋になったと、部屋に置いてあるゲーム機やぬいぐるみを見ながら思う。引っ越す前、実家にある自分の部屋は無趣味な事もあって非常に質素な内装だった。だから年頃の女子が、等と理由をつけて部屋に物を置いて行く家主たちの行動は迷惑だったり有難かったり、若干複雑な心境だった。

 

 ただ、まあ、そんな生活が始まって既に数年……正確に言えば三年が経過している。そしてこんな生活が三年も経過すれば流石に慣れてくる、というか諦めがつく。ここにいる間は騒がしいのだと、そういう諦めを作る。……決して嫌なわけではない。

 

 ともあれ、家に、そして部屋に帰ってきてやる事は決まっている。

 

 部屋に置いてある自分の机の前の椅子に座り、そしてカバンを机の上に置く。一応、だが自分の身分は学生なのだ。なのでもちろん宿題等の提出物は存在する。とはいえ徹夜が必要になる程ではない。それに一部の生徒達とは違って先を進んでいるというか―――修行してきた成果か、マルチタスクは非常に発達している。学園側はマルチタスクを習得していないことを前提にカリキュラムを組まなくてはならない。故にカバンから取り出したデータ、それを机と直結しホロウィンドウを出現させるが、数学や社会、歴史の単純な回答問題はマルチタスクを利用して一瞬で答えを導き出す。少々厄介なのは文章を書かなくてはならないレポート系の宿題だが、それはまだ中学生に入ったばかりという事で圧倒的に量が少ない。

 

 あったとしても読書感想文ぐらいで、それも一ページか半ページぐらいなものだ。そしてそれは今の自分にとっては片手間であっても簡単に終わるものだ。予め教師に指定された本、読書感想文を書く部分の章は読み終わっている。故に文章を考える事一秒、マルチタスクによって書くべき文章は出来上がる。あとはタイピング速度の問題だ。脳内に出来上がった文章をホロボードの上に走らせてさっさと形にして行く。この学年に入ってすでに慣れた事だ。十分もすれば文章のチェックも終わり、完全に宿題が完了する。出来上がった宿題のデータを忘れない様に保存とコピーをし、それをカバンの中へとしまう。

 

「終わっちゃいました」

 

 宿題終了。本来ならこれで時間が潰せるはずなのだが、そうにはならなかった。やはり知っている、というのは良い事ばかりじゃないな、と再度確信したところで、コンコン、とドアを叩く音がする。気配で誰がドアの向こう側にいるかは大体察している。

 

「はい、どうぞ」

 

「よぉ、勉強は……って終わってるか。真面目だなぁ、ハルにゃんは」

 

 そう言いながら部屋の中へとやってきたのは師父、イスト・バサラの姿だった。服装は帰ってきて着替えたのか家着に変わっていた。そしてその手の中にはトレーが握られていた。その上に載っているお菓子やお茶を見る辺り、たぶん差し入れにやってきてくれたのだろうか。それを嬉しく思う反面、

 

「師父、ハルにゃんは止めてください」

 

「えー。だってハルにゃんって響き可愛いじゃん。よ、ハルにゃん! ハールーにゃん!」

 

「イストー」

 

「あ、ハイ、止めます」

 

 調子に乗ろうとしたところで扉を開けて顔をのぞかせたシュテルの一喝によって師父が黙った。突発的にネタに走る師父だが、まあ、その姿勢は可愛いものだと思う。軽く叱られて項垂れている師父の姿に対して軽く笑い声を零すと、師父が溜息を吐きながら机の横までやってきて、そしてトレーの上の物を置いてくれる。シンプルに紅茶と、そしてクッキーという組み合わせだった。

 

「ありがとうございます」

 

「気にするな気にするな。お前もほとんどウチの子、娘の様なもんだからな。ちゃんと勉強して、青春して、真面目に生きている娘を叱りつける必要も縛ったりする必要もない。まあ、あえて言うなら優秀過ぎてする事がないってのが結構寂しいもんだけど。それはそれで間違いなく幸せな事なんだろうけどなぁ……もっと、こう」

 

 師父が顔を向けて来る。

 

「頼ってもいいのよ?」

 

「遠慮しておきます」

 

「アインが冷たくなってきてお師さん少し……いや、かなり寂しいなぁ……」

 

 そこで顔の前にホロウィンドウで捨てられた猫の表情を持ってくるから発言が一切信用できない。

 

 ……まあ、頼りっぱなしになっているから今更これ以上はいいんですよ。

 

 そんな恥ずかしいことが言えるわけもなく、沈黙を作るためにクッキーを口の中に放り込む。その光景を微笑ましく眺めている師父の姿には少しだけ、やきもきさせられる。まあ、と師父は部屋の入口へと向かいながら言葉を残して行く。

 

「ま、程々にサボれよ。勉強しすぎると違う意味で馬鹿になるからな」

 

 余計な言葉を残しながら師父は部屋から出て行った。残されたのは夕食の事を考慮してか少量のクッキーと、そしてカップいっぱいの紅茶だった。先ほどはただ口に突っ込んだだけだったクッキーを一枚取り、それを割ってから口に入れる。今度はちゃんとそれを味わいながら両手で紅茶を手に取り、そして飲む。味からしてまず間違いなく師父が淹れてない事を確信してからもう一回紅茶を飲み、ゆっくりと味わいながら考える。このクオリティから一体誰が淹れたのだろうか……と、思ったところでこんな事をするのはディアーチェぐらいだろうから意味がなかった。

 

「ふふ、しかし”ウチの娘”ですか」

 

 いっその事実家と縁をきってこっちに養子に―――なんて話はやっぱり無理だろう。どう足掻いても”血統”というものは永遠に自分に付いてくる。そして自分だけではなく、遠い未来、生まれるであろう自分に子供や孫、子孫達も縛られるに違いない。だからそういう妄想は無意味だ。だけど……それでも夢を見るぐらいは許されるのではないだろうか。

 

「クッキー、美味しいですね」

 

 このクッキーが市販のものではなく、手作りだというから心底勝てないと思う。ヴィヴィオに便乗してバレンタインにはチョコレートやクッキーなどを作ってみているが、毎回ディアーチェの職人じみたクオリティにドンビキしつつも心が折られる。

 

 ディアーチェさん、地味にクオリティに自信を持っているのかなのはさんを集中的に攻撃するんですよね……。

 

 アレってやっぱり昔の事を完全に流していないのか、それともなのはの事を軽く警戒しているのどちらなのだろうか。……まあ、真面目枠もはっちゃける時は、はっちゃけるものだと認識したところで、クッキーと紅茶を素早く食べてしまう。夕食まではそんなに時間がないし、何より暖かい時の方が美味しいだろう。ぱっぱと食べ終わったら師父が乗せてきたトレーに皿やティーカップを乗せて、そして軽く息を吐く。

 

「えぇ、そうですね。今更な話ですけど味わいたかった日常とはこういうものなんでしょう」

 

 誰の、とは思考する必要もない。目を閉じて軽く耳を澄ませば扉の向こう側、リビングの方からわーわーきゃーきゃー、と何時も通りの騒がしさを感じる。ここら辺はクロードが生まれた辺りから更に騒がしくなってきたのだが、たぶん今日も誰が風呂にいれるとか、誰がビデオカメラを握るかとかで乱闘直前の状況まで持ち込むんだろうな、と思った所で、

 

「それも、悪くはありませんね」

 

 毎日が楽しい。毎日が幸せだ。これ以上望むものはない。こんな日々がずっと続けばいい。

 

「―――アインハルトー、ごはんですよー」

 

「あ、はい!」

 

 明日の天気を確認してから立ち上がり、ダイニングへと向かおうとする。

 

 また、明日も良い日になりますように。そう思いながら。




 お前らはこれを読み終わった時に戦慄しているだろう。何故こんなにも平和なんだ。だがよく考えてほしい。エンジンフルスロットルでつけっぱなしの車はオーバーヒートしてしまう事が。

 キチガイにも鮮度というものがあるのです。

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