駅前のバス停からバスに乗って十数分移動する。毎回同じ時間の同じバスに乗っているせいか、バスの運転手とは既に顔見知りだ。話し合う仲ではないが、それでもバスに乗る時軽く挨拶をするぐらいには互いに面識がある様になっている……それぐらいには日常的に利用している。そうやってバスが到着するのは聖王教会手前のバス停だ。ミッドチルダ最大規模のベルカ自治区という事もあり、聖王教会そのものもかなりの大きさを誇っている。
……ベルカ民の九割が教徒ですから必然的に立派になりますよね。
今日も何時も通り聖王教会の正面入り口は大量の教徒の姿でごった返している。日々巡礼や礼拝、様々な理由を持って教会へと尋ねてくる人によって人ごみは途切れることなく続いている。その中に紛れ込む様に自分とヴィヴィオも混じる。正面入り口、門を抜けようとするときに左右に立つ門番が軽く敬礼する。それに対して即座に笑顔を向け、手を振り返すヴィヴィオは凄いと思う。自分なんて軽く嫌気を覚えているというのに。
「アインハルトさん、人付き合いって結構苦手ですもんね。だからこそのぼっちハルトさんなんですけど」
「そろそろ殴っていいですか」
拳を軽く握って作ると、それに即座に反応する辺りヴィヴィオらしいと思いつつ、教会の敷地内に入る。そのまま真直ぐ前へと進めば礼拝堂やらに行けるのだが―――生憎と自分達の目的地はそこではない。なので真直ぐと奥へ進もうとする人込みを避け、横へと列から抜けて進んで行く。入るのは教会の関係者用の扉だ。それを見張っている人間がいないのは基本的なモラルに信頼を置かれているからだ―――実際、聖王教会における汚職率は他の宗派と比べてかなり低い。それでも出る時は出てくる辺り、理想だけではどうにもならないのが世の中だと思う。
そんな事を思いつつ教会の関係者用の敷地に入ると、此方は此方で多くの人がいる―――流石に表ほどではないが。此方は先ほどの光景と比べてカソック姿の人が圧倒的に多くなる。その人物たちで自分やヴィヴィオの姿を見間違えるような人物はいない。彼らは敷地内を進む自分達を見かける度に頭を下げ、そして挨拶をしてくる。何度も経験しているその光景に疲れを感じつつ、軽く溜息を吐きながら目的地へと向かって進む。ヴィヴィオは一々挨拶を返して露骨に点数稼いでいるが―――正直な話、身内以外はどうでもいい部分が大きいので、そういうキャラは全部ヴィヴィオに任せる事にする。
「……」
「……なんですか」
「うーん、べっつーに? なんでもないですよー?」
「ヴィヴィオさんって挑発の才能ありますよね」
へこますには一体どうすればいいのだろうか、と少しだけ悩みながらも中庭を抜け、更に施設の中を通り、聖王教会の裏手へと真直ぐ抜けたところで、漸く目的地へと到着する。外へと通じる扉を抜けるのと同時に感じるのは太陽の光と、そして秋の涼しい風だ。広く、そして整えられた大地の中央に立つのは三つの姿だ。一人目は聖王教会の騎士が着る騎士甲冑姿の男―――護衛だ。
必要ではないが、形としては必要な存在だ。
その横に立つ人物がロングスカートにセーター姿の銀髪の女性、片目を長い銀髪で隠す様にし、此方に気づくと同時に軽く手を振ってくる。昔の無表情さと比べれば今の彼女はどれだけ表情豊かになったのかが解る。ナル・バサラは此方を笑顔で迎え、そして、
「お、来たかチビっ子共」
赤毛、長身の姿が秋だというのにショートスリーブのシャツと、そしてジーンズというラフな格好で立っていた。おそらく動きやすさを優先してそんな恰好をしているのだろうが、よくもまあこんな季節に、と思ってしまう。それでも平気なのはすぐ傍にユニゾンデバイスが存在し、彼女による何らかの支援があるに違いないと思う。事実上、彼に一番近いのは彼女だと認めるしかないのだから。誰が言ったか、超絶勝ち組と。
イスト・バサラは左右で違う目の色を此方へと向け、歯を見せる笑顔で此方の存在を片手を挙げ、迎えてくれる。しかし、この服装のラフさに関してツッコミを入れる人間は存在しないのだろうか―――いや、なのはであれば確実に笑っているのだろうが、此処にそれだけの勇気や文句を言う様な存在はない。故に、
「おじさん!」
「おっと」
何時も通りヴィヴィオが走って師父に飛びつき、抱きつく。そのまま顔を師父の胸に埋めるその光景を護衛の騎士は微笑ましそうに見ながらも邪魔にならないように端へと下がる。本来は必要のない人間なので邪魔にならないように下がってもらっていた方が助かるのは確かだ。
「ヴィヴィオは甘えん坊だなぁ」
「そんな事ないですよー!」
だからそうやって媚びるの止めろよ。
あと無駄にあざとい。
喉まで上がってきた言葉を何とか飲み込んで、自分も近くへと歩み寄る。ヴィヴィオの背丈はまだ自分と比べて小さいため、師父が片腕で持ち上げられる程度の大きさしかない。その間のヴィヴィオは嬉しそうな、快活な年下の少女の姿をしている―――このアマめ。
と、そこでヴィヴィオを片手に抱えた師父が開いている片手でサムズアップを作り、向けて来る。
「あ、そうだ。鍛錬とか仕事とかだるいから、今日は全部投げ捨てて商店街いこっか」
「わぁーい!!」
「そうですね」
「お前らはそこ”は”仲がいいな」
ナルの言葉を聞き流しながら自分も師父の横へと並ぶ。ヴィヴィオの逆側に立つと軽く頭を撫でられる、それが短い事に若干残念さを感じていると、すいませーん、と声を上げて護衛役が手を振ってくる。
「どうせ止めても無駄ですのでここら辺で気絶させてくれると非常に仕事が楽なんですけど。ほら、責任追及とかそこらへん放り投げられるので」
「もう少しまともな人材はいなかったのだろうか」
「堅物というかもうちょっと真面目な連中は予め司教の方からストップがかかっていて……曰く”一時間もすれば発狂するからあかんわ”だそうです。ですので適度に不良でサボりがちな自分みたいな人材が護衛として投げつけられています」
「ナイス司教」
「ヴィヴィオ知ってるよ。これ、普通なら責任追及する様なことだって」
守る対象の方が強いのだから、ここで護衛をつけるとか一体どんなギャグなのだろうか、という話は既にある。この二人、というかバサラ家自体戦力過多なのは周知の事実であり、護衛の必要性の無さは理解されているからこそこんな状況なのだろうが。
「じゃあ殴るか」
「あ、待ってください。やっぱり気絶させられると痛そうなので睡眠薬で眠らされたって設定はどうでしょうか」
「この世のどこに護衛を睡眠薬で眠らせる要人がいるんだ」
「睡眠魔法ならあるぞ」
ナルのその言葉に視線が集まり、ナルがホロウィンドウを浮かばせる。そこにはたしかにレジストに失敗した相手を強制的に眠らせる魔法が記載されていた。それを誰もが確認し、そして頷き、護衛の騎士を見る。護衛の騎士はそのまま聖王教会裏手の草地に寝転がり、眠りやすい体勢を確保し、寝転がった状態で視線を向けて来る。
「―――どうぞ」
「これって意味あるんですか?」
「努力する事に意味があるんじゃないかなぁ」
その光景を見てイングヴァルトとオリヴィエの時代の、のほほんとしてたベルカはもうないんだなぁ、と毎回思う。まあ、アレはアレでいいが、今の方が遥かに楽しいのでやっぱり、こっちの方が好きだ。
◆
「ま、秋と言ったらやっぱり食欲の秋だ」
聖王教会から少し離れた位置―――といっても依然ベルカ自治区内だが、その商店街を四人で歩く。こうやって聖王教会から抜け出してサボる事自体は初めてではない。その証拠に商店街に入ると、商店街の店の主達がお、と声を漏らしながら挨拶をしてくる。それを自分は面倒だと思うが、師父は楽しそうに片手をあげて挨拶を返す。
「よぉオッチャン、景気はどーよ」
「かーっ! てんでダメだな! 超ダメだな! マジ無理! 今にも潰れそう! あ、でもちょっとでいいから買い物してってくれれば廃業を逃れるかもな!」
「笑顔で嘘ぶっこいてんじゃねぇーよ」
そう言いつつも師父が財布を投げ、そしてそこからお金を抜いた店主がサイフと共に肉まんを投げ返してくる辺り、かなり馴染んでいると思う。基本的に師父の様な立場の人間は敬われたりで話しかけられにくいという存在の筈だが、こうやって一緒に出掛けている分、そういうところを見かけた事はない。
「ほら、しっかり食えよチビ共。食わないと大きくならないからな。まあ、早く大きくなられても色々と困るんだけどな」
そう言って袋に入った肉まんの中身を全員に分けてくる。火傷しそうなほどに熱いそれを受け取ると同時に両手で踊らせるように左右へと持ち替えると、小さく柔らかい生地にかみつく。まだ熱い。が、こうやって熱の逃げ道を作っておけば割と早く食べごろの温度にまで下がってくる。チラリ、とヴィヴィオへと視線を向けるとヴィヴィオが片腕で師父の服の裾に捕まりながらもう片手で肉まんを掴み、食べている。
こういう時ばかりは義手である事が羨ましくなる。たぶん、熱いまま食べられるのだろうなぁ、と。
「しかしDSAAも終わってこれから本格的に秋かぁ……今年はどうすっかね。去年は教会の方のイベントに参加してきたけど今年はどうするかね」
商店街を歩きながらそんな事を師父が話し出す。去年の秋のイベント、そう言われて思い出すのは聖王教会が主催で行ったイベントの事で、自分やバサラ家の面々で参加したやつだ。えーと、と言う師父を補足する様に、ぺろりと自分の分の肉まんを食べたナルが指の先を軽く舐めながら言葉を続ける。
「あぁ、あの狂った祭りか。モミジ狩りだっけ。地球の文化の”紅葉狩り”を真似しましょう! と地球ブームに乗っかったのは見事な発想だったが、嘆くべき所はミッドやベルカで伝わる紅葉は紅葉ではなく”モミジ”という名の危険生物だったからな。一般参加者までデバイスを持ち出してミッドの辺境へ転移でモミジを狩りに行く光景は壮観だったな―――管理局が途中で勘違いに気づいて止めに入らなければ確実に絶滅していたな」
「私もモミジ狩りの詳細な内容を知らなかった側の人間ですから率直に言うと地球がどんな修羅の世界かと思いました。モミジと言えばかなり獰猛な部類の生物なんですけど、デバイスも魔法もない世界の人たちは毎年イベントとしてやっているのかと」
「慣れれば無手でも余裕だけどな」
……それを世間一般ではキチガイと呼ぶそうです、師父。
このあと地球出身組による正しい紅葉狩りの説明があって危うく野生との衝突は起こらない事となったが、やはり文化の違いという者は改めて面白いと思う反面、面倒が付きまとうと思う。こんな風に笑い話で済むならまだいいのだが。
「ま、今年の秋は聖王教会のイベントはないんだけどな」
「そうなんですか?」
「去年派手にやり過ぎて今年分の予算まで食ったらしい」
「それってありえるんですか」
「ちなみにこの予算食い潰しに関してゴーサインだしたのは俺だ。謹慎を食らったのも俺だ。あとカリム」
さりげなく犠牲者が増えているというかその人は確実に巻き込まれただけではないのだろうか。
「流石おじさん!」
「褒めるなよ」
そこは褒めてはいけない部分なんだろうが面白いのでいいか、と納得しておく。
はは、と胸を張って師父が笑いながら肉まんを食べ終わる。そして口を開く。
「ま、今年の秋は地球に来てみないかって馬鹿後輩に誘われてるし、地球へ家族旅行って感じも悪くはないんじゃないかなぁ、って思ってるし。まあ、今月末までには予算と相談しながら決めなきゃいけないな。もう全部シュテルにぶん投げようかなぁ」
「別にいいが、後で苦労するのは結局自分だぞ」
「えー。俺JS事件とマリアージュ事件で頑張ったからもう働かなくたっていいと思うの」
「残念だったな、世の中働く人間しか認められないらしい。苦労する事を忘れたなら私がたっぷりと労働の味を思い出させてやるぞ」
「……うっす」
「おじさんって基本的に尻に敷かれてるよね」
「男って生き物はよ、基本的に女には勝てないものなんだ……」
師父の家に居候している身だからこそ解る―――師父のヒエラルキーは実の所結構低い。というか一番低い。見ていて偶にかわいそうになるぐらいには低い。最初は不憫に思っていたが、それに関しても十分慣れてしまった自分がちょっとだけ恨めしい。
そんな風に、何でもない日常は少しずつだけ、進んで行く。ゆっくりゆっくりと、何の変哲もなく。
時系列は原作Vividの開始前の”秋”で、78年頃となっております。
つまり78年の秋~冬部分がプロローグとなり、本編は79年の冬~夏となります。基本的にゆるーい日常メインのギャグ系になったりするので、緩い更新速度と共に脳を緩くしてハルにゃんの絵に祈祷しながら更新を待とう。