ヴィヴィッドMemories   作:てんぞー

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アイ・シーン・ジス

「―――それでは両選手、どうぞ腕を組んで待機をお願いします。試合開始の合図は此方の方で用意しているゴングを持って知らせます。それまで腕を組み、そして開始できる姿勢での待機をお願いします」

 

 カンペを読みながら指示を出すと、台についたカリムとゲンヤが互いに笑みを浮かべながら手を握り合い、勝負の準備に入る。師父が横から新たなカンペを渡してくるので、それを確認しつつ次の行動を確認する―――チラリと確認するヴィヴィオは完全にやる事を把握しているのか、カンペを一度も確認する事もなく見事にMCをやってのけている。こういうヴィヴィオの社交性は、実はちょっとだけ羨ましい。

 

 と、そこでカリムが微笑みながらゲンヤへとまっすぐ視線を向けるのが見える。何時の間にか実況席から離れたヴィヴィオがマイクを片手に、二人の近くへとマイクを持って行くのが見える。やはりコミュ能力が高いとこういう行動も早いのだろうか、なんてことを思ってカリムとゲンヤの間に起きそうな選手特有の煽りあいに耳を傾ける。

 

「―――ゲンヤ・ナカジマさん。二ヶ月前にベルカ自治区のキャバクラで匿名希望Tさんにいっぱい貢ぎましたね? その一週間後にミッドチルダのクラブ”えりのあ”で歌手をやっているAさんに対してボトルをプレゼントしましたね? その後三日後―――」

 

「やめてくれぇ―――!! ギンガ、スバル、俺をそんな目でみないでくれぇ―――!」

 

「おっとぉ! カリム選手汚い! 情報戦というか精神攻撃だぁ―――!」

 

 ゲンヤが両手で顔を覆いながら横に倒れる。それをカリムは変わらない笑顔で見ているが―――心なしか、その笑顔が真っ黒なものに見えてくる。視線を横の、解説の師父の方へと向ける。その視線を受け、師父が頷く。

 

「ベルカ騎士は戦闘訓練を受けている―――だが一言も戦うとは言っていない」

 

「ダメじゃないですか」

 

「まあ、待て。カリムの様な後方メインになってくると腕っぷしよりも重要になってくるのは政治力の方だ。政治力つってもいろんな風に解釈できる。人を動かしたりとか状況を操作したりとかな。カリムの仕事は教会の権力を管理局に食い込ませることだし」

 

「もう一回いいますけどそれって物凄い駄目じゃないですか。というか師父、それ言っちゃっていいんですか」

 

「いや、管理局と聖王教会の関係とか、なんで聖王教会の騎士が管理局で地位を持っているとか、そう言うのを調べれば割と出てくる事だから諸君、冬休みの間に気になったら調べてみよう!! ……ともあれカリムは仕事柄、情報を多く扱う。だからそのアンテナに引っかかったのを使っただけなんだよなぁ」

 

「でもそれって腕相撲じゃありませんよね」

 

「そうなんだよなぁ……」

 

 とは言うが、床に倒れて動かなくなったゲンヤはどう見ても戦えるような様子ではない。ゲンヤの顔を確かめてみれば白目を剥いているのが理解できる。近くにいるヴィヴィオが軽くゲンヤに近寄り、そして頬を数回叩いてゲンヤのリアクションを調べる―――が、そこに反応は一切ない。此方へと視線を向けた。カンペはなくても、付き合いは長い。何をすべきかは察せる。

 

「えー……ゲンヤ選手、戦意喪失により敗退決定しました。一人では帰れない様子なので親族の方は回収の為にお願いします。えー、師父、一応MC的なものなので聞いておきますがカリム選手の勝因はなんだったと思いますか?」

 

「やぱりアレだな、情報を制する者はアレだな」

 

「予想通りの答えをありがとうございました。それでは次は八神シグナム選手対イング・バサラ選手で、両者ステージの方へどうぞ」

 

 ステージに上がってきたスバルとギンガがぺこぺこと頭を下げながらゴミを見るような視線を父へと向け、蹴り転がすようにステージから蹴り落として行く。もはや父としての尊厳が死滅しているのは明らかだが、それをいつかは取り戻せるものであると祈っておく。そうやってゲンヤがステージから追放され、そして黒い笑みのカリムが待機席に戻ると、それと入れ替わる様にシグナムとイングが中央にやって来る。

 

 ―――どちらも武闘派だから今のような展開の心配はいりませんね……。

 

 そんな事を思っていると、シグナムが指をびっしり、真っ直ぐイングへと向ける。

 

「カリムの様な脅迫は私には通じん、故に正々堂々とした勝負を望む」

 

「私の知り合いに女騎士好きの未婚男性がいます」

 

「くっ……殺せ!」

 

「ハイ、ちょっとカット」

 

 師父が立ち上がって解説席から選手たちへと向かって行く。そして選手二人を交えて話し合いを始める。それに交代する様にヴィヴィオが実況席に戻り、そしてマイクを再び握り始める。

 

「いやぁ、腕相撲大会の筈なのに大会は予想外の展開を経てまさかの精神攻撃系の大会に突入してしまっていますねアインハルトさん。私的にこのまま大会を続けるとなると優勝候補はカリム選手一択なんですがアインハルトさんはここらへん、どうなんでしょうか」

 

「腕相撲大会なのに試合開始前KO率が高すぎてちょっとドン引きしていますけど、ここでこそイング選手がカリム選手を薙ぎ倒してくれると信じています―――というかヴィヴィオさん、もはやシグナム選手の敗北は確定していますか」

 

「シグナム選手の顔を見ればアレはもはや合コンへ行く前の女の顔をしていますね。どう足掻いてもあの状態から勝負にはなりません……あ、イストさんが確認完了しましたね。駄目ですか? 駄目……? あ、駄目っぽいですね、ハイ! そういうわけでシグナム選手も戦意喪失! カリム選手とは対照的に飴で勝利しました! ハイ、どう足掻いても腕相撲という名の賄賂ですね!」

 

「腕相撲とは何だったのでしょうか」

 

 イストが席に戻ってくるのと同時に、選手席にいたカリムが再びステージの中央に戻ってきた。そうやって、十分以内に腕相撲大会は何時の間にかクライマックス、決勝戦へと突入していた。しかし、状況はだれもがどう見ても明らかであった―――どう足掻いても普通の腕相撲を見る事はかなわない、そんな状況だった。誰もが普通の腕相撲試合を諦めていた。それでも、内容自体は面白いので誰も文句は言っていない。基本的に面白ければ文句はない―――それはどこにでも通じる話だが、もう少しだけまともな状況に対する関心というか、そういう部分を持ってほしいと思うのは儚い願いなのだろうか。

 

「というわけで決勝戦の準備に入ります」

 

「初の勝負が決勝戦とはたまげたなぁ」

 

「しかし師父、このままだとぶっちゃけまともな試合がない可能性の方が高いです」

 

「そうなんだよなぁ……」

 

 頭を抱える師父の姿を見る。少なくとも師父がやった時は普通の腕相撲大会であった。大人げないが、ここまで大人げない様子ではなかった。溜息を吐きながら決勝戦という名の何かを憂いつつ、視線を会場へと向ける。何時の間にかたくさんの学生や来場客が増えている気がする。少なくとも開始直後よりも遥かに増えている、そういう感じはある。と、観客席でギンガやスバルの姿を発見する。その直ぐ横では灰色になっているゲンヤの姿もある。ゲンヤの財布らしきものをギンガが持っている辺り、どう足掻いてもゲンヤはしばらく娘たちに勝てない様だ。

 

 その他にもティアナや、ユーノ、はやて、顔見知りの姿を客席の方に見かける。自分の名前を呼んでカメラを向けている知らない者は……おそらくただのブロガーとか、そういう類の人種だろう。本当に迷惑だったり害悪だったら騎士団の者達が外へ追い出しているだろうし。そう思いつつ更なる知り合いを求めて視線を客席に向け―――視線を止める。

 

 それは妙に気のかかる黒髪だった。おそらく自分より年上、ツインテールの少女。容姿が整っていることを抜けば珍しくもなんともない姿の相手だ。だけどその黒髪がなんとも、妙に自分の気を引いていた。言葉にはし難い感覚だ。気になる、という言葉が適切かもしれないが―――そう、既知感だ。それが一番納得のできる言葉だ。この姿ではなく、この人物は自分の知っている人物だと、そう自分の感覚が訴えかけている。いや、寧ろ感覚としては―――。

 

「はい、それでは決勝戦を開始します! アインハルトさんからも一言どうぞ!」

 

「え、わ、わふっ!?」

 

「ハイ! というわけでアインハルトさんの一言でした!」

 

 唐突に話を振ってきたヴィヴィオに思考が中断され、しかも何か物凄い痴態を見せてしまった気がする。しかも、師父のすぐ隣でだ。もしかして幻滅してないだろうか。そんな事を思って横の師父へと視線を受けると、微笑ましい笑みを師父は此方へと向けていた。違う、違うんですと心の中で叫んでいても、それを口にするだけの度胸はない。なので口を師父に向けてパクパクと動かしていると、

 

「うんうん、解ってるさーで、どの男を見ていたんだ? んン? ちょっと男の話し合いをしないといけないからな……」

 

「掠ってもいませんから師父、お願いだからその拳を下ろしてください」

 

 そこで少々残念そうな表情をつくられても困る。そしてこれ以上考えるのは精神的にあまりよろしくはないので、視線をステージへと戻す。

 

 そこには耳栓をしているイングの姿と笑顔で微笑むカリムの姿があった。もうこの時点で腕相撲じゃないと言いたい。

 

「精神攻撃対策に耳栓を装備してきたな……イングのやつ、メタって来るとは本気だな」

 

「魔法禁止ルールなので魔法による通話手段がないのでこうやって耳栓をされるとカリム選手お得意の精神攻撃が通じませんね。耳への装着はアクセサリー扱いで反則でも何でもないのでこれはイング選手、頭脳プレーによる勝利でしょうか……!?」

 

「あの、真顔で精神攻撃対策とかちょっと意味が解らないんですけど」

 

「アインハルトさん、MCとは状況に流されつつ臨機応変になんとかする役割なんです、これぐらいしっかりと対応しましょうよ」

 

 そこで何故怒られるような流れに入らなきゃいけないのか若干解らない。ただ会場全体が完全に流れとしてノっているので、これで問題がないらしい。おかしいのは自分ひとりだけなのかもしれない。ただそう思うと実はこの世界めちゃくちゃ狂っているのではないかと思う。味方はいないのだろうか。視線をとりあえず選手の方へと向けると、

 

「―――おーっと! カリム選手手を動かしています、これは……これは……手話だぁ―――!!」

 

「淑女の嗜みです」

 

「ハっちゃけてんなぁ」

 

 腕を組んで頷く師父は頷き―――そして硬直する。試合テーブルの上で視線を合わせるカリムとイングは握手を交わすと、イングが耳栓を解除し、片手を上げる。

 

「では棄権します」

 

 その瞬間、決勝トーナメントでも一戦もせずに優勝するという珍事が発生した。

 

「勝負とは一体なんだったんでしょ」

 

「少なくともこれは戦いというよりは社会の縮図ですよアインハルトさん。情報を制した存在がコネクションと情報、そして権力を使って武力を封殺する……現代社会におけるフォワード勢と各組織の上層部の関係の様な何かですよ」

 

 なんで汚い大人の世界を垣間見なくてはならなかったのだろうか。

 

 しかし答えはおそらく、ノリにノってしまったからだけだろう。割と何時もの事だが、普段はローテンションや常識的な面子でもテンションが上がってくると意味不明な行動に出始める。たとえばディアーチェやイングがいい例だ。良妻賢母系のキャラを有しているあの二人だが、偶にネジをどっかに置き忘れるのか、そういう時に限って町全体を巻き込むような騒動に発展するような気がする。

 

 楽しい、日常の一ページだ。

 

「とりあえず優勝者インタビューをします。解説の―――」

 

 ヴィヴィオと共に視線を師父へと向ける。だがそこにはずるずるとイングに引きずられるステージの横へと消える情けない師父の姿があった。即座に視線を犯行現場から背け、そしてカリムの方へと視線とマイクを向ける。

 

「カリム選手! 大人げないですね!」

 

「褒め言葉です」

 

「ヴィヴィオさん、この人腐ってます」

 

「大人で権力者であるという事はこういう事です。第一こういう手段を取る事によって暴力的な解決を封じているのだから結果論ですが此方の方が正しいです」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。カリムの口が達者である事は良く理解している為、これ以上ツッコムのは拙い。視線でそれをヴィヴィオへと伝えると、ヴィヴィオが頷きを返してくる。

 

「それではカリム選手、優勝しましたが、願いの方はどうしますか?」

 

「そうですね、この後の時間を皆が全力で楽しんでくれる事……でしょうか」

 

「ハイ、聖職者らしい言葉をありがとうございました! これにて腕相撲大会らしき何かは終了です! お疲れ様でした―――!」

 

 最後だけやけに綺麗にまとめて、そうやって混沌しかなかった腕相撲という名の全く別の大会が終了した。こういう事を繰り返し、思い出は積もって行くのだろうと思いつつ、

 

 秋はゆっくりと過ぎ去って行く。




 vividアニメ化決定らしいですな。ついにテレビにキチロリが―――え、違う? そっか、原作はキチロリじゃなくて百合ロリだったよな。

 これにて秋は終了。転換の冬が来る

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