ヴィヴィッドMemories   作:てんぞー

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プリペアリング・フェスタ

 本格的に秋の終わりに入ってくると寒さもシャレにならないものになってくる。だがそれとは別に秋の終わりを締めくくる為の準備も始まり、街や学校はにぎわい始める。住宅街へと行けば仮装文化等を取り入れたおかげでデコレーションによってオレンジ色に染まる家屋の姿が見られたりし、それは学園の方にも適応される。どの世界であっても人々がお祭り好きである事実は消えず、楽しい時間を全力で過ごそうとする。

 

 故に秋も終盤に入ると、St.ヒルデも秋のお祭りを前に準備が佳境に入る。学園のいたる所がデコレーションによってハロウィーン色に染め上げられ、そして学生たちが普段は許可されない魔法の使用を許可され、忙しそうに左へ右へと走り回っている光景を目にする事が出来る。何の不思議もない―――ハロウィーンフェスティバル、その準備に誰もが奔走しているのだ。しかも毎年去年よりも凄い事をやろう、そんな事ばかり考えているので段々と内容はダイナミックになって行く。お化け屋敷一つにしたって献血で血を抜いて自分の血を提供する生徒まで出てくる始末、自重という言葉はかなぐり捨てた気合の入れ方が特徴的になりすぎている。教師陣ももはやリミッター解除しているので止めもしない。

 

 この時期になってくると生徒の方は大体当日にはどんな仮装をするのか、そういうのを決め終っている。出店内容も決め、そしてあとは準備や製作、という段階になってくる。もちろん己のクラスもそれは決まっている。一週間ほど前に謹慎処分は解け、そしてクラスの出店内容も一緒に決めた。

 

 自分のクラスでやるのはシンプルに喫茶店だ。それぞれが仮装して、そしてお茶やお菓子を作って、それを出す喫茶店。シンプル故にクオリティが求められる難しいものだ。他のクラスでも割と多くが喫茶店などをやっているので衝突も必死だろうし、客を稼ぐのは正直難しいかも知れないと言う意見も多かった。それでもやりたいという意見が大多数であったために決定された。

 

 そうした始めた喫茶店作りとは意外とハードなものだった。もちろん料理の部分だってまだ中学生だ、料理経験の浅い子しかいないためにそこで難航する。だがそのほかにもテーブルや椅子、レイアウト、デザイン、食器、モチーフ、テーマ。そういう所にも気を使わなきゃいけない事が判明し、予想外に考慮しなきゃいけない事の多さに目を回し始める。

 

 だが、それももう過ぎ去った事だ。

 

 やはりハロウィーンという事で仮装喫茶、そういう雰囲気に喫茶店を染め上げようと、教室の内部はオレンジや黒がベースの色の空間と変貌していた。徹底的に自重しない姿勢を日頃の勉学ではなくここで見せ始める証として、テーブルクロス等の物は自作しよう、とプロフェッショナルに弟子入りしに行ったクラスメイトが存在する。努力する方向性が間違ってないかな、と疑う様になったが、幸せそうな表情をしている辺り、何も言いだせない。

 

 ともあれ、そういう作業も佳境に入っている。

 

 クラスを見渡せば装飾はほとんど終わっており、家等から持ち込んできたテーブルにしろのテーブルクロスがかけられており、清潔な感じを作っている。予め教室自体クラスメイト全員で大掃除をしたため、埃ひとつない程に綺麗になっている。人の印象というものは第一に清潔感、それから恰好が来るらしい。だから何よりも清潔感を。それを伝えた所、皆で必死に掃除をし始める辺り、少しだけ笑いが堪えきれなかった。

 

「ストラトスさん?」

 

 ここ一週間の活動を思い出しながらクラスを眺めていると、横から声がかかる。クラスメイトの一人だ。やはり、名前は覚えていない。

 

「あ、はい。なんでしょうか?」

 

「ちょっと試食お願いしても良いですか? 今出来上がったので」

 

 そう言って皿の上にパンプキンケーキを乗せて、此方に差し出していた。それを受け取るが、それと同時に首を傾ける。

 

「あの、私よりも適任なのがいそうなんですが」

 

「でもストラトスさんって舌肥えていますよね?」

 

「あ……」

 

 舌が肥えているかどうかで言われたら確実に肥えている。伊達にプロ並みの腕前を持つ主婦の下で暮らし、教わったりして生きているわけではないのだから。だから味に関してはところどころ厳しい、と自分でもそう評価している。ただ、料理がそこまで出来るわけでもない。なので、

 

「味に関しては割と厳しいですが、料理自体は出来ないので生意気な発言になってしまいますが、それでも良いのなら喜んで試食させてもらいますけど」

 

「あ、それで全然問題ありません! どうぞどうぞ!」

 

 あの事件が終わり、謹慎処分が解けてから学園へと戻ってくると、クラスの自分への対応は大きく変わっていた。今までは普通な感じだったが、今では前よりも話しかけられる回数が圧倒的に増えた様な、そんな気がしてならない。まあ、実際回数は増えているし、実害がある訳でもない。その裏で考えている事があるかもしれないが、興味はない。なので素直にそうですか、と言って受け取る。フォークでパンプキンケーキを切り、それを口に運ぶ。しっかりと味わい、そして舌の上で感触を確かめるが、

 

「……」

 

 なんだか視線が突き刺さっているような気がする。ともあれ、

 

「少し甘すぎる感じがしますね。おそらく砂糖を多めに入れているのでしょうが、砂糖などを多く使い過ぎると折角のパンプキンケーキなのに素材の味を出せず、砂糖の味になってしまいます。ですので甘さを控えめにして、逆に一緒にホイップクリームかなにか、甘めのものを一緒にだして、お客さん側で甘さの調整を出来る様にした方がいいと思いますよ?」

 

「おぉ」

 

 率直な感想を出すと、背後から驚きの様な、どよめきの様な声が一斉に聞こえてくる。素早く後ろを振り返ると、多くのクラスメイトが口笛を吹いていたり、無駄にテーブルクロスを確かめてたりと、妙に挙動不審な行動をとっている。いや、今さっきまでこっちの事絶対に見てたよね、と一言言ってみたい。言ってみたいだけで実行する事は永遠にない。

 

 ……まあ、どうでもいいですか。

 

「あの図々しい事を結構言った感じがしますが、今の感じで良かったのでしょうか?」

 

「あ、はい。ものすごく助かりました。これを参考にもう一度厨房スタッフを死ぬまでコキ使うので新しく出来たの、待っててくださいね!」

 

 笑顔のままクラスメイトは喫茶店の厨房スペースへと走って行く。数秒後、厨房から怒鳴り声と乱闘の気配を感じる。皆、仲がいいのは羨ましいなぁ、等と思ってその光景を見ていると、数秒でその光景が収まる。確実に勝者が出たのだろう。お前たちもうちょいノリが穏やかな方じゃなかったっけ、と思わないでもない。いや、明らかにノリが違う。

 

 最初は戸惑いもしたが、良く考えたらヴィヴィオあたりのノリに近くなっているだけなので、特に問題もなかった。正直こっちのノリの方が慣れている部分もあるので、来るなら来いというスタンスになる。まあ、ハロウィーンには確実にバサラ一家がやって来るので、下手な事をすることはできない。勉強を見てもらって、喫茶店の事に関してもアドバイス貰ったり、それでいて手伝ってもらったりしているのだから。

 

 ただ、

 

 心配なのは―――師父の事だ。雪山で遭難フラグを乱立させまくってそれを生存フラグに変えようとしたのはいい。

 

 だがどうやらガチで遭難したらしく、連絡が取れなくなっている。教会の方からは捜索隊を派遣する準備が順調にできつつあるのを、師父は知っているのだろうか。いや、たぶん知らないのだろう。ただハロウィーンの日付だけは知っているから一度帰ってくる―――事には期待しないでおく方がいいかもしれない。そう思ったとたんにやる気がそがれて行くのは錯覚ではないだろう。

 

 いけない、そう思っていても頼ってしまうのは自分らしさなのだろうか。

 

「はーい! 本日の作業はここまでですよみなさーん!」

 

 教師が手をパンパン、と二度叩きながらそう言う。他のクラスがどうかは解らないが、このクラスに関しては進歩はかなりいい方だ。実際、内装は完全に終わっている。あとは喫茶店に出す料理のクオリティを煮詰めて行く段階なだけだ。

 

「はい、つまりこれから居残る皆は先生と一緒に残業タイムですねー。べつにかまいませんけど先生の職場をあまりブラックにしないでくださいねー。皆さんが帰らないと先生家に帰れませんからね。あ、いやこれマジで。今夜は一人で布団の中でビール飲みながら一日を終わらせるつもりなんで早めにみんな帰ろうね」

 

「作業続行―――!」

 

「いやぁぁ―――!」

 

 絶叫する教師の姿を完全に無視しながら全員が一日が終了した事を気にすることなく作業へと戻る。厨房組もそのまま中に残る様子だし、ここで自分が帰るのも間違っている話だろう。ケーキに関してアドバイス、というよりは意見をだしたのは己だし。となれば、何時もよりも帰る時間は少々遅れる。これは先に連絡をいれておいた方がいいだろう。素早くホロウィンドウを表示させ、そしてそこに短く遅れる事を打ち込んで送信する。とりあえずこれで心配させることはないだろう、とホロウィンドウを消しながら思う。ともあれ、

 

「口を出しておいて手伝わないわけにはいきませんよね」

 

 短くそう呟き、そして厨房へと向かおうとする。

 

 季節は秋。

 

 もうすぐ冬に入る。そうなれば雪の降るベルカでは移動がし辛く、この学園への通学も一苦労という事になるだろう。だがその終わりを締めくくるイベントはもう、すぐそこにまでやってきている。

 

 ……何故か、今年は例年よりも少しだけ、楽しそうになりそうだと思いながら。




 今回は繋ぎの回という事で短めダス。次回がはろうぃーんで、それが終了したら冬ですかねぇ。ハルにゃんの周りでも意識の変化はあったよーで。ともあれ、頭の悪いお祭り始まりますよ。

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