秋も後半に入ってくるとかなり寒気が身に染みてくる。寒い、純粋に吹いてくる風をそう思える。自動で体温調節してくれるバリアジャケットを展開すればそんな事もないのだろうが―――街中での魔法使用は一応犯罪扱いなのでそんな事は出来ない。こんなくだらない事ばかりで法律を疎ましく思ってしまう。ただ、やはりこういう物騒な思考を平然とネタとして使えている辺り、今の時代は遥かに平和なもんだと思う。少なくとも自分の記憶に存在する世紀末よりははるかに楽しく、そして平和な時代であるということが約束されている。それも、全てはその時代を”獲得”した者達による功績なのだから、その勇者たちには感謝しても足りないという話だろう。
まあ、日常生活をする分であれば感謝しても邪魔なだけなのでそこらへんは完全に投げ捨てておく。
「うぅ、寒っ」
一人でベルカ住宅街を歩きながらそんな事を呟く。既に遊びに行くと言う事は連絡しておいてくれただろうし、リオとコロナも既に向こうに集まっているはずだ。やっと週末になって、そしてアインハルトを煽る時が来たのだ。この時を見逃せるはずがない。早くバサラ家へと到着し、暖かいココアの一つでも飲みたい所だ。いや、ココアも良いが先日飲ませてもらったスパイスティーというのも中々美味しかった。なのはは確かに料理が上手で美味しいが、やはりレパートリーや腕前ではディアーチェに負けるので毎回遊びに行くときはディアーチェの出してくるものが楽しみになっている。
餌付けされている自覚はあるけど美味しいものは美味しい。これはもうどうしようもない。
結構離れた背後から女二人が付かず離れずで此方の事を追っているのが知覚できる。魔法なんか使用しなくても彼女たちがベルカの騎士、教会に派遣された自分の護衛である事を理解する。イストがいる時はもはや心配する欠片もないが、やはりああいう規格外がいなくなるとこういう風に護衛が付いてしまうのは若干うっとうしい所だ。自分の価値観をあっちの”馬鹿”と違って自分は理解してあるのでここらへんウダウダ文句を言うつもりはない。
と、そうやって歩きなれたベルカの住宅街を人目を避ける様に歩き続けると、そのうち見慣れた家を見つける。やっと到着した。そう思いながら軽く手袋に包まれた領域に息を吐き、手を温めてから家の前へと到着する。中に感じる気配と、そして感じる騒がしさから既に全員が揃っているのを察する。やっぱ騒がしいと楽しさも倍増するよねぇ、と小さく呟きながら家の扉の前のチャイムを二度ほど押す。
その数秒後、扉が開いて、良く知る人物が顔を出す。
「いらっしゃい。今日は一人ですか?」
「あ、はい。フェイトママもなのはママも今日はお仕事らしいですしパパ達は職場に連行されました」
「社畜は何時でも忙しそうですね―――と、これは子供に言っても仕方のない話ですね。上がってください。ディアーチェが暖かいものを用意してますよ」
「わぁーい! おじゃましまーす!」
玄関へと淹れてくれたのは母、なのはに良く似た女性、シュテルだ。普通の家着姿の彼女は非常にリラックスした様子で、微笑む様な笑みを向けて来る。自分が知る何年か前のシュテルと比べて母性が明らかに出ているのはやはり、子供を育てているからなのだろうかと思いつつも、軽いガッツポーズを決めて玄関を上がる。一応大人連中に対しては少しやんちゃな良い子でキャラを通しているので、そこらへん鉄壁の仮面を剥がすつもりはない。
玄関はミッドの実家と変わらない地球式で、靴を脱いで上がってから、真直ぐにリビングの方へと向かう。リビングには既にリオとコロナ、それにアインハルトの姿がある。ダイニングテーブルを占拠する三人の姿を見つけると、一直線にその方向へと向かい、合流する。既に三人とも雑誌をダイニングテーブルの上に広げていた。
「ういーっす!」
「あ、ヴィヴィオちゃんいらっしゃい」
「先に始めてるよ」
「お久しぶりですヴィヴィオさん」
「あ、何か皆先に始めてる。私も混ぜてよー」
そう言って椅子に座り、ダイニングテーブルの面子に混じる。リビングに赤ん坊たちの姿が見えないのはやっぱり、此方が騒げるようにと気を使って二階か三階に移してくれたのだろう。こういう所ばかりは素直に申し訳ないと思う。だが、やっぱり一番広く、そして遊び慣れているのはこの家なので、皆で家で集合する時は必然的にここになる。春になってくれれば外で遊ぶのも全く問題ないので、素直に外で遊ぶようになるが、秋冬と寒い時期はやはり家の中で暖かく遊ぶのが一番だと思う。何より、秋のこの時期はもっと忙しい事がある。
ダイニングテーブルの上いっぱいに広げられているのはハロウィン関連の雑誌だ。秋の終わりごろには地球やミッド同様、ベルカにも仮装文化がある。最近ではこれも割とダイナミックになってきて十メートル級の衣装を作り出して街中を徘徊する剛の者まで出現する事もあるが、基本的には有名な怪物や妖怪、そういう生き物の姿に仮装してパレードを歩く行事が存在している。St.ヒルデもここらへんは大々的にやるつもりで、校内でハロウィンフェスティバルをやる予定があったりする。クラス別に出し物をやって、そしてその際に仮装したままその出し物をやる。一般の入場客を取る大々的なものになるのは去年のに参加していれば良く解る事だ。
自分の前に雑誌を一つ引っ張り、そこに描かれている人狼コスチューム等を確認する。
「皆はもう決めた? あ、あとぼっちハルトさん謹慎おめーっす。いやー、流石ぼっちハルトさんっすわー。ないわー。マジないわー。あ、この吸血鬼衣装可愛い」
「私、ヴィヴィオさんのそういう流れる様に煽る所殴りたくなるぐらいに素敵だと思いますよ」
「もう、褒めないでくださいよー。超調子に乗ってるので」
「ヤバイ、ツッコめない」
「諦めちゃ駄目だよリオ……」
本日も我らの友情平常運転なり。それを再確認しつつ再び雑誌を見ようとしたところで、横に自分用のマグカップが置かれるのを認識する。それを追う様に視線を持ち上げれば、エプロン姿が非常に似合っているディアーチェの姿がそこにある。その片手には大きなボウルが握られている。
「あ、ありがとうございます」
「ん、気にするではない。それよりもこっちには軽くつまめるものを用意したが、ちゃんと晩御飯の分を考えてあまり食べすぎるのではないぞ?」
「はーい!」
声を揃えてそれに返答する。お菓子だけでお腹をいっぱいにするのは非常に申し訳ないというか勿体ない。一流の料理人にも負けず劣らずの腕前の料理を食べないのはじつに勿体ない。なのでもちろん晩御飯分を想定してちびちび食べる程度にとどめておくことにする。軽く頭を下げると、
「では我等は基本的に二階か三階におるからな、何か用があったりしたら遠慮なく頼るがいい。まあ、貴様らもそこまでやんちゃではあるまいから心配はしてないがな。変わりが欲しければ戸棚の中にあるが、その代わり晩御飯の量を少なくするから、それだけは覚えておくがいい」
「はーい」
声を揃えてディアーチェに返答し、その姿を見送る。その背中姿を見ながら、リオが口を開く。
「いや、でも流石にお菓子でお腹いっぱいするのは勿体ないよな」
「だよねー……ディアーチェさんの料理食べちゃうと家に帰ってからの料理が若干足りなく感じちゃうし。いけない事だと思っちゃうけど、どうしても身近な所と比べちゃうよね。その点アインハルトさんは毎日食べられているようだし、そこらへんは凄く羨ましいなぁ」
「アインハルトさんアインハルトさん、ドヤ顔はいいですけどその体じゃあ胸はほとんど無いようなものなので別に凄くとも何ともないですのでというか激しく見苦しいのでやめてください」
「貧乳オリヴィエ遺伝子を受け継ぐ聖王様はお黙りください。変身魔法使った時に胸を盛って変身してるくせに」
「おい、それ言ったら戦争だろうがお前。マジで本気だすよ? だしちゃうよ? 聖王モードとかに開眼しちゃうよ? ん? 今必死で組み上げている聖王の鎧復活術式とか気合で完成させちゃうよ? 一撃必殺パンチ唸るよ?」
「偽オパーイ」
「表に出ろアインハルト―――!!」
「ごめん、今物凄くスルーし辛い単語がモリモリ出て来た事にどう反応すればいいのかな」
「強く生きよう」
しばらくアインハルトと睨み合う。が、お互いにこの家で武力を持って衝突すれば修羅となった奥方たちが出現して瞬く間に制圧・圧殺・消滅という凄まじい拷問コンボが待っているのでそれ以上発展する事はない。JS事件で消滅したのはオリヴィエの人格であって、記憶や経験はアインハルトがクラウスの記憶や経験を持っている様に、保持している。だからと言ってそれを十全に使えるわけではない。人格という部分が存在して初めて完成するのだ。体が未熟な上に人格まで未熟であれば、一方的なリンチにしかならない。
少なくとも今は。
だから、
「ぐぬぬぬぬ」
「むぅ」
二人で揃って唸って飲み込むしか方法はない。だけど、まぁいいと思う。それぐらいが丁度いい関係だと思っている。変にどちらに偏っても面倒なだけだと思うのが本音ではあるし。ともあれ、マグカップの中身を確かめ、それがココアであると匂いから察し、嬉々として飲み始める。もう片手で雑誌をめくり、
「皆はもう決めた?」
「まだー」
「ですね」
「去年は思いっきりネタに走ったから今年はせめて真面目なものに挑戦したいよね」
「あぁ……確か去年は何がトチ狂ったのか四人で”合体! 超ベルカ変形ロボ!”という謎のジャンルに挑戦して見事仮装大賞を奪ったもんでしたなぁ……」
「ホントトチ狂った選択だったよね。何が凄いってバリアジャケット使用しない、というか魔法使用ゼロの状態で装甲パーツとか全部一から作って着込んで、変形機構とかまで搭載したところだよね。途中で投げ出そうとしたら六課のメカニッククルーが現れて”楽しそうな気配がして”とか言って手伝ってくるから実現しちゃったのがね……」
「あの人たち日常に一体何を求めてるんだろう……」
……たぶんネタじゃないかなぁ。
というより、やっぱりどっか優秀な人間は基本的にネジが外れているというか、やっぱりどっかおかしなところがある。それは自分やアインハルトにも当てはまる話なのであまり考えたくもない事だが。ともあれ、とりあえずは雑誌をお菓子を食べながらめくって行く。とりとめのない雑談を挟み込みながら雑誌のページをめくり、ハロウィン特集のページを確認してゆく。やはりこういうのは子供向けが多いなあ、と思う。大人向けのコスチュームも割と記載されていたりするが、
「この部分的に隠しているミイラ女って明らかに恋人向けのコスチュームですよね……」
「これキャッチコピーが”これで貴女の彼氏もミイラに!”とか若干直接的過ぎる表現入ってるしね」
「いや、まあ、確かにエロイですけど。これたぶん私ら向けじゃなくて」
上を全員そろってみる。どちらかというとアッチ側の人向けのコスチュームだ。断じて自分たちの様なロリっ子たちが着る様な服装ではない。アインハルトも発育的にギリギリアウトだ。なのでこの面子では誰も出来ない。
「あ、でも変身魔法……!」
「相手は妻子持ち」
「はっ」
「あ、今露骨にぼっちハルトさんに見下された。ぼっちの癖に! ぼっちの癖に! ぼっち拗らせて謹慎処分受けたぼっち・オブ・ぼっちの癖に! あ、ごめん……真実はぼっちのぼっちハルトさんには辛いよね……」
「ファイッ!」
素早くココアを飲み干しながら、アインハルトと同時にテーブルから横へ飛びだす。そのままサイドステップで素早くリビングまで移動し、一気に裏庭へと通じる扉を開こうとし―――それが達成される前にアインハルトと全く同じタイミングで床に叩き伏せられる。
「ぐぇ」
「ぐぁ」
「仲がいいのは解りますけど、もうちょっと平和的にその仲良しさをアピールしましょうね。あとは軽く近所への迷惑も少しは考慮に入れて。まあ、我が家結構騒がしい事で有名ですけど今まで文句の一つも来ないのは恐れられているからですかねー」
首だけ動かして視線を持ち上げれば、ユーリが背中から魄翼を生やし、それを腕の形へと変形させて押さえつけていた。何時の間に気配もなく登場したんだ、とは思うがそれぐらいできそうだなあ、と納得し、ぐったりと床に倒れる。そのまま魄翼に持ち上げられ、そして元のダイニングテーブルの席まで運ばれ、座らせられる。
「友達なんですからもっと平和的に仲良くしなきゃ駄目ですよー。殴り合って愛とか友情とか確かめるのはキチガイだけでいいんですから―――あ、これ確実に私達はいるので今のカットで」
そう言うとユーリは魄翼を羽ばたかせながら上の階へと戻って行く。魔法は使用禁止だが希少技能は許可という微妙なラインが納得いかない。それに魄翼……スピリットフレアはオリヴィエが見覚えできなかった技能の一つなので、何気に少しだけジェラシーも感じる。
ともあれ、
ハロウィンフェスティバルは月末の大イベントだ。
今年も何か、一発でウケを狙えるのを用意しなくては、そんな事を話しながら再び雑誌をめくる。
ハロウィン! コスプレ! コスプレプレイ!
だが旦那は雪山で遭難。なんという悲劇。
そろそろ秋終盤って感じになってきた、冬が近いですなー。冬になったら冬になったで新しいイベントが始まりますな。