魔法使いの異世界譚   作:御手洗ウォシュレット

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Different world travel Vol.2

 かちゃかちゃ、とナイフとフォークを動かす音が響く部屋。

 ベッドの置いてあった部屋から移動して、ダイニングルームで食事をしている。

 今出されている料理は、一見普通なのだが、食べたことのない味をしている。

 豚肉と鶏肉の中間のような、それでいて牛肉のような食感の肉を食べる。

 噛めば噛むほどに肉汁が溢れ出し、口の中を蹂躙する。

 仄かに香るハーブの匂いが、肉独特の臭みを消している。

 

「どう?美味しいでしょう?」

 

 うふふ、とミーシャは微笑む。

 その顔は子供を産んでいるとは思えないほど若々しく、美しい。

 ただ、微かに妖艶さが混じることによって、年相応な大人の雰囲気が漂っている。

 ミーシャに見惚れていると、エルザが何やら不機嫌な顔でこちらを睨んできた。

 

「むぅ・・・、お母様は人妻なのよ?」

 

 何を言っているんだ、この子は・・・。

 

「あのな、俺は人の──────────」

 

「あら、嬉しいわぁ。私もまだまだ若いってことねぇ」

 

 俺はエルザの言い草に反論しようとしたが、ミーシャの言葉に声をかき消された。

 何とも、この母娘はお人好しすぎないか?

 仮にも初対面の男に対する態度としては、とても相応しくない。

 特にミーシャさんに至っては旦那さんが可哀想だ。

 兎に角、このまま団欒を続けるつもりはないので本題を切り出す。

 

「俺は、この世界の住人じゃない・・・かもしれない」

 

「・・・・・・どういうこと?」

 

 まあ、いきなりこんなこと言われてもそういう反応が正しいだろう。

 俺自身、彼女たちの側に立てばそう思うはずだ。

 それでも、不思議なことにミーシャだけは疑っていない様子だ。

 

「ねぇ、魔法ってわかるかしら?」

 

 『魔法』・・・・・・、ファンタジーなんかの世界の話かだろうか。

 名称は知っているが、どういう意味の"わかる"なのか。

 もし、この世界に魔法があると断定した場合、答えはNOだ。

 と、ここであることに気付く。

 俺はこの状況に順応し過ぎではないか?

 普通ならもっと焦っているだろう。自暴自棄になり、何をしでかすかわからない。

 それが人間という種族なのだ。

 つまり、この母娘の雰囲気に流されているということか。

 この二人には感謝してもしきれない。

 勿論、食事を用意してくれたメイドのチルダにもだが。

 そんなことより、先の質問への返答をしようと意識を戻す。

 

「何言ってるの?知ってるに決まってるじゃない!」

 

「いや、知らない。俺の記憶では、魔法なんてのは夢物語の一つにすぎない」

 

 すると、エルザは驚愕の表情をこちらに向け、ミーシャは何か考え事を始める。

 

「ほ、本当に知らないの?」

 

「ああ、できるのなら見せてくれないか?」

 

 そう言うと、逡巡した後、何かを唱え始める。

 

「偉大なる火の精、プロメテウスよ。天上に灯されし命の火を人に与えし者よ。我の血を糧に、汝の導きを授けたまえ!」

 

 突如、エルザの手が発光したかと思うと、次の瞬間には熱を持つ赤色の揺らめきが彼女の右手に灯る。

 驚愕のあまり、声を失う。

 何もないところから火が発生した。

 これが"魔法"・・・・・・。

 

「私たちは、生まれてすぐに精霊と契約をするの。マクシミリオン家は代々、天上から火を齎したとされる巨人、プロメテウス様と契約をするのよ」

 

「といっても、私は嫁いできた身だから違うのよねぇ」

 

 そう言うと、ミーシャも詠唱を始める。

 

「アポロンに恋せし水の精、クリュティエよ。その脚を根にし、大地に聳え立ちし大輪よ。その花を咲かす永久(とわ)の潤いを、我が力として顕したまえ!」

 

 唱え終わったミーシャの周囲に水が浮いている。

 その水はとても澄み切っていて、そしてとても鋭利な刃のようにも見える。

 

「私は元々水の精を崇拝する村の生まれなの。だから、契約をしたのも村の為来りでクリュティエ様なのよ」

 

 いまいち理解はできていないが、何となくは判った。

 

「なら、俺は使えないのか?」

 

 疑問に思った。そもそも俺はこの世界の住人ではない。

 契約しているというプロメテウスとクリュティエというのは、ギリシャ神話の中に出てくるので知ってはいる。

 だが、俺のいた世界ではあくまで神話でしかなかったため、契約によって魔法が使えるという話は微塵も聞いたことがない。

 と、思考に耽っているとミーシャが口を開く。

 

「コーキさん、この結晶体に触れてみて」

 

 そう言われ差し出されたのは、翠緑色の玉───────翡翠だ。

 触れと言われたので、俺は迷わずにその翡翠に触れる。

 

「ッ!!」

 

 瞬間、頭の中に一気に情報が流れ込んでくる。

 脳が溶けてしまうのではと錯覚してしまうほどに、頭が熱くなり頭痛に襲われる。

 

「ぐぁ・・・・・・ッ」

 

 絶え間なく流れ込んでくる情報の奔流に思わず気を失いそうになる。

 が、情報の流れが止まり、声が聞こえる。

 

《我が名はアグライア・・・・・・。光の女神である・・・・・・》

 

 アグライア、光の女神。

 気付くと、口が勝手に言の葉を紡いでいた。

 

 

「全知全能の神ゼウスの娘、〖輝き〗の象徴である女神、アグライアよ。その〖輝き〗を持って、総てを魅了する女神よ。我が魂と共に、闇を浄化する力を解放せよ!」

 

 

 俺の全身が眩い光に包まれる。

 そして、次の瞬間にその光が弾ける。

 

「これは・・・・・・」

 

 光の鎧。見る者を魅了する、黄金の鎧だ。

 この鎧ならいつまで見ていても飽きないだろう。

 それほどまでに美しく、この場にいる全員が鎧を凝視している。

 

「光・・・、それも精霊ではなく女神・・・・・・?」

 

「綺麗・・・・・・」

 

「黄金の鎧・・・、神秘的です・・・・・・」

 

 三人が見惚れている。俺自身も、この鎧を見つめている。

 と、頭の中にまた情報が流れ込んでくる。

 

「【Cardia=Aglaia(女神の御心)】・・・・・・」

 

 鎧の名前だ。疑問だが、ミーシャやエルザの魔法は現象なのに、俺の魔法は具現なのだろうか。

 とは言うものの、光の現象自体どの様なものかを知らないが。

 

「私の魔法とは逆の属性ですね」

 

 そう言ったのはメイドのチルダだ。

 そういえばまだチルダの魔法は見ていなかった。

 

「そうねぇ、本当に真逆よぉ」

 

 真逆、ということはつまり。

 と、チルダが詠唱を始める。

 

「死の象徴たる神、タナトスよ。鉄の心臓と青銅の心を持ちし者よ。死にいく魂を刈るその刃を我が手元に呼び寄せたまえ!」

 

 唱え終わると、その手には漆黒の鎌が。

 見る者を吸い寄せ、魂までも啜ろうとするその鎌は、俺の鎧とは対照だった。

 片や、総てを魅了する黄金の鎧。

 片や、全てを刈り取る漆黒の鎌。

 双方とも神の力の恩恵を受けているため、鎧には神々しさが。鎌には禍々しさが宿っている。

 

「そういえば、聞いていなかったわねぇ。コーキさん、貴方はいま何歳なの?」

 

「俺は15歳だ」

 

「えっと、私も15歳なんだけど・・・同い年?それとも年上?」

 

「誕生日はいつだ?」

 

「9月23日だけど・・・・・・」

 

「なら同い年だな。俺は6月2日だしな」

 

 言ってから思ったのだが、時間軸は元居た世界と同じなのだろうか・・・・・・。

 まあ、それは置いておこう。

 気になるのは何故年齢を聞いたのか、だ。

 

「なら、丁度いいわねぇ・・・・・・」

 

 何が丁度いいのだろうか。

 

 

「コーキさん、貴方も皇国立オリュンポス魔法学院へ入学してみない?」

 

 

 これが、俺の日常を非日常へと変えることなるとは、このときは微塵も思っていなかった。


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