本当にお待たせしました……。
4/23
”アークエンジェル” 小会議室
「さてと、諸君……早速でなんだが、解決した問題と新たに増えた問題について話し合っていこうじゃないか」
ミヤムラはその部屋に集ったメンバーを見回し、口を開いた。
誰もが複雑そうな表情を浮かべており、彼らにややこしい問題が襲いかかっているということが窺える。
「まず、タムラ料理長」
「はい。昼間の買い出しの御陰で、食糧の不足は解消出来ました。次に補給するタイミングまで、保つことでしょう」
これは吉報だ。
”アークエンジェル”は先の戦闘でモビルタンク”フェンリル”からの砲撃を受けた際に食糧庫に被害が及んでしまい、食糧不足に陥っていたために買い出しに出たのだが、これで問題無く任務を続行出来る。
もし調達に失敗していれば、船員は味気の無い非常糧食で空腹を満たすことになっていただろう。
「ふむ……では、フラガ少佐。ミスティル軍曹は、問題無く任務に出せる状態かね?」
「はい。彼女の精神状態は回復した、と自分は思います」
この買い出しに参加したヒルデガルダ・ミスティルも、戦闘中に歩兵を殺傷したことが原因で
その解消の意味も込めて、親しいキラ・ヤマトと共に外出させたのだが、何が契機となったかは分からないものの、無事に復調したということをムウは語った。
船医のフローレンス・ブラックウェルも、彼女自身が簡単にカウンセリングした結果としてムウに同調したことにより、
しかし、それでも彼らの顔が晴れやかとは言いがたいのは、新たに飛び込んできた問題の内容が、それらとはまた違ったベクトルかつ複雑な事情を内包していたからである。
「『東アジアからの家出娘が実家に雇われた傭兵団と共に保護を求めてきた』……絶対、なんかありますよね」
ムウの言葉に、その場にいる全員が同意した。
彼らのリーダーらしいヘク・ドゥリンダと名乗った男とその部下達は、
娘を束縛しようとする両親と、それに反発して家出した娘。物語の題材としてなら一定以上の価値があるだろうが、現実の話としてそれにリアリティは全く感じられない。
なおかつ、家出先がよりにもよって激戦区でもあるアフリカ大陸という事実が、ミヤムラ達の疑惑を更に深めていた。
「しかし、彼達の持っていた身分証明書に
今は”アークエンジェル”のゲストルームに待たせているが、彼達の処遇をどうするかという結論は早くに出すべきだ。
ミヤムラ達が唸っていると、部屋の入口に備え付けられたパネルからブザー音が鳴った。
この部屋への入室を望む者がいるらしい。ナタルがパネルを操作すると、そのモニターに少年の顔が映し出される。
「ヤマト少尉か。今は会議中だが、急ぎの用か?」
<はっ。先ほど保護を申し出てきた一団について、1つ申し上げておくべきかと思いまして……>
”アークエンジェル” 食堂
「お、戻ってきた」
「お帰り、キラ」
「うん、ただいま」
キラは食堂で見知った友人達の姿を見つけると、彼らの近くに座った。
時刻は19時を過ぎ。兵士は明日以降あるいは夜間の仕事に備えて食事を済ませているべき時間にも関わらず、キラは会議室に一度向かってからこの場所に来た。
会議室にいる上官達に伝えておくべきことがあったからである。
「で、なんて言ってた?」
「それがさ、サイ……ミヤムラ司令が『ボーナスを期待しておきなさい』って」
「マジか!?」
先に食事を始めていたマイケルが驚きの声を挙げるが、その気持ちはキラも一緒であった。
「ただ、
そう、キラは既に、町で保護を申し出てきた由良香雅里なる少女と出会っていたのだ。
それも町ですれ違ったなどという程度ではない。むしろ、忘れようと思っても忘れられないだろう。
彼女とは『ヘリオポリス』が崩壊したその日に出会い、意図せぬ形で別れたのだから。
「どんな風に会ったの?」
「えっと、『ヘリオポリス』が崩壊した時に、僕達の所属してたゼミの教授を訪ねてきたお客さんがいて、それがあの子だったんです。サイにトールも、覚えてるだろ?」
「……あっ、そういえば!」
「あの日は色々ありすぎて、中々思い出せないこともあるんだよな……」
ヒルデガルダからの質問に答えると、キラと同じゼミに所属しており、その日も同じ場所にいたサイとトールも思い出す。
たしかに、帽子を目深に被った少年が1人、ゼミのカトウ教授の元を尋ねてきていた。
あの頃は少年だと思っていたが、キラの言うことが本当ならば少女だったのだろう。
キラは更に話を続ける。
「あの日、ZAFTが攻めてきて僕達も逃げようってことになったんですけど、あの子が1人で工廠エリアの方に行っちゃって、それを追いかけたんですよ」
「うわ、無茶するねキラ君」
「そうですね、でも、心配で……。その先で、”ストライク”や”イージス”、そしてそこで戦うラミアス艦長達と会ったんですよ」
思い返せば、随分と危険なことをしていた。
見ず知らずの少女のことなど放っておいて、友人達とシェルターに向かう選択肢もあった筈だった。
しかし、それでもキラは、少女を追うことを選んだ。
少女が心配だったというのは本当だ。しかし、今にして思うと、誰かが自分の背を押していたような気もしてくる。
『追え、そして巡り会え』と。
そしてキラは、そこで
「聞けば聞くほど、とんでもない人生歩いてんなお前……辛くなったら言えよ?話なら聞くぜ。まあ、聞くだけで終わるだろうがな!」
「なっさけな……そこは流石に『力になってやる』くらい言ってみせなさいよ」
「うっせぇ」
そのまま口論を始めるマイケルとヒルデガルダ。
キラはそれを見て、少しだけ口元をつり上げる。ああ、いつも通りの光景が戻ってきた、と。
親友との望まぬ形での再会。
頼れる大人達との出会い。
差別的なナチュラルから向けられた敵意。
恩師から授けられた様々な知恵と力。
そして、友と思っていた、否、今でも友と信じている少女の裏切り。
それらは時にキラを支え、時にキラを傷つけた。それでもキラは、自分が幸福だと確信を持って言える。
だって、彼らと出会えたのだから。
「……」
1つだけ気がかりなのは、一団の端の方で会話に混ざらずに黙々と食事を続けるスノウ・バアルのことだ。
彼女が無愛想なのは別に何時ものことだが、最近はそれに加えて体調も悪そうに見える時があるのだ。それも、日に日に頻度が増している気がしている。
心配になって声を掛けても「問題無い」の一言で会話を終わらせてしまうため、それ以上は聞こうにも聞けなくなってしまう。
「……ジロジロと食事中の他人の顔を見るのが趣味か、お前は?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「ふん……何を考えているか少しは分かるが、私は問題無い」
そう言って、スノウは食事に戻る。
最近は話を振れば会話をするようになったスノウだが、それでも決定的な部分には踏み入らせないようにしているとキラは感じていた。
(もっと、頼って欲しいんだけどな)
ともかく、今は解決出来るようなことではない。
ならば、
4/25
中部アフリカ コンゴ民主共和国 チセケディ刑務所
どうして、自分はこのようなところにいるのだろうか。若いZAFT兵は戦闘ヘリ”アジャイル”の整備をしながら考える。
ここはチセケディ刑務所。15年ほど前に発生した
その事件とは、従来のワクチンを無効化するS2型インフルエンザの流行と、それがジョージ・グレン暗殺に対するコーディネイターの報復であるという噂で発生したコーディネイター排斥運動である。
元から紛争行為が頻発していたアフリカ大陸で、更にこのような事件で犯罪者が大幅に増加してしまい、新しく作られたのがこの場所だ。
しかし、今は刑務所としてではなく、ZAFTが獲得した連合軍の捕虜を収監しておくための場所となっている。
本来であればきちんとした収容所に収監するべきなのだが、ZAFTが地上侵攻を開始してから1年ほどしか経っていないために収容所を用意出来なかったのである。
加えて、収容所建設に投入する人材も、資源も存在していなかったことは語るまでも無い。
「帰れんのかな、俺……」
配電盤の蓋を閉めながら、彼はぽつりと呟いた。
いまやZAFTアフリカ方面軍はほとんどが中央アフリカから撤退しており、残されているのは重要度の低い任務に就いている者達ばかり。
ただでさえ戦争に人材を投入して産業に影響が出ているZAFTでは、捕虜やその収容所の維持費などは余計な負担でしかない。戦争が激化している今では尚更である。
だから、捨てる。
この基地でも明日には撤退が行えるよう準備が進められており、彼もその時に備えて準備を進めているのだ。
もっとも撤退先は、現在連合軍が反攻作戦を計画しているナイロビだ。安全などとは程遠い。
自分もMSに乗ってナチュラルと戦い、国を守るのだと意気込んでみたところで、結局は自分よりも優秀な人間にその枠は奪われ、今はこうして見捨てられた場所で逃げ出す準備をしている。
情けないとか恥ずかしいといった気持ちを超越し、虚無的感情に沈むZAFT兵。
彼のやる気を削ぐ物は他にもある。
「貴様、なんだその態度は!」
耳障りな金切り声が、”アジャイル”やバギーを停めている一帯に響き渡る。
声の主は、この基地のMS隊で唯一”ゲイツ”を駆るMS隊の隊長。
しかし、この基地で彼のことを慕う人間は1人もいなかった。
「態度って、撤退準備を手伝ってくださいって言っただけですけど!?」
「お、俺は作業の監督という大事な仕事があるんだ!そんなことに時間を割けるか!」
このように傲慢かつ幼稚な思考を晒すことを憚らない彼だが、”ゲイツ”を受領しているだけあって実力はある……ということもなかった。
彼自身は激戦をくぐり抜けてきたベテランを自称しているが、実際は味方の影に隠れて戦いをやり過ごしてきただけだということを会話した全員が察している。
本当に誇れる戦果を挙げているなら、あんな風に怯えた態度を常に取るわけがないからだ。
そもそも、ああいう人間が隊長に配置されている時点でこの場所に向ける関心などは無かったのだろう。
最初から、無関心。泣いて気分が晴れるタイミングはとっくに逸した。
(まあ、それも明日までだ)
たとえ撤退する場所が激戦区だろうと、このままこの場所で腐っていくよりはマシだ。
出来るなら兵士として勇敢に戦いたいし、更に言うなら生きて帰りたい。
気持ちを切り替えて整備を再開しようとしたその時、基地内にサイレンが響き渡った。
「なんだ、何が起きた!」
MS隊長が狼狽した声で周りを見渡していると、アナウンスが響く。
それは、今、刑務所内のZAFT兵がもっとも聞きたくない報せだった。
<敵襲、敵襲!東方よりこちらに向かってくる飛行体あり!報告にあった、”アークエンジェル”級と思われる!ただちに戦闘配置に移行せよ!>
どうやら、若いZAFT兵のささやかな望みは叶いそうになかった。
<
『了解!』
”アークエンジェル”より出撃したMS隊は地面に着地すると、そのままゆっくりと目的地であるチセケディ刑務所に前進し始めた。
本来、速攻を得意とする彼らが一見して悠長に見えるペースで前進しているのは、CICのリサ・ハミルトンが言ったとおり、刑務所に被害を出す事を避けるためである。
下手に何時も通り攻撃すれば、
それに、敵を刺激して下手な行動に移られるのも困る。
<へっへっへ、俺のマグナムが火を噴くぜ!なーんてな>
マイケルが意気揚々と愛機である”ダガー”に掲げさせたのは、MS用大型自動拳銃『クトゥグア』。装弾数7発の大口径拳銃である。
本来は“マウス隊”に配備されている”アストレイ・ヒドゥンフレーム”が装備するものだが、大抵のMSの装甲を一撃で破壊可能な威力を備えていること、そしてマシンガンやアサルトライフルと違って弾丸がばらまかれるということがなく、今回のように周辺への被害を抑えたい任務での有用性が見込まれて量産されたのだ。
ちなみに、同じく”ヒドゥンフレーム”が装備するリボルバー式拳銃『イタクァ』の方は、リボルバーという特異な形状が忌避されて量産は見送られている。
「はあ、いいなぁ……」
それを見ながら、キラは”ストライク”のコクピットで溜息を吐く。
彼が駆る”ストライク”の背中には現在ストライカーが装着されておらず、代わりに、長大な大剣をその手に持っていた。
これこそが、今回キラが”ストライク”で評価試験を行なうように命じられた大型実体剣、XM404『グランドスラム』である。
『ヘリオポリス』崩壊と共にデータと実物が失われてしまったこの武器だが、”マウス隊”の手で復元され、今はこうして”ストライク”の元にあった。
キラが不満をこぼしているのは、「何故アーマーシュナイダーで十分な代物を今更試験させるのか」ということに起因している。
性能はある程度保証されているとはいえ、出番を増やすためにビームライフルは愚か、『クトゥグア』も装備させてくれないのはどういう了見か。
『いやー、すみませんねヤマト少尉。ブロントさんがどうしても試験して欲しいって言って聞かなくて』
出撃前のミーティングでアリアがそんなことを言っていたが、宇宙に再び上がった時はその『ブロントさん』の胸ぐらくらい掴んでもいいかもしれない。キラはそう思った。
そのようなことを考えていると、MS隊はいつの間にか、刑務所のすぐ近くに到着していた。
刑務所の防衛部隊は、”ゲイツ”が1機に”ジン・オーカー”が3機と貧弱極まっており、本来の”アークエンジェル”隊であれば1分もあれば殲滅可能なほどである。
どうやら、中央アフリカからZAFTが殆ど撤退しているというのは事実らしかった。
<我々は地球連合軍所属、”第31独立遊撃部隊”だ。チセケディ刑務所のZAFT諸君、直ちに武装を解除し投降したまえ>
ミヤムラが呼びかけるが、刑務所側から帰ってくる反応は無い。
無視を決め込んでいるのか、それとも対応に迷っているのかは分からないが、”アークエンジェル”側もそう時間に余裕があるわけではない。
キラは”ストライク”に『グランドスラム』を構えさせ、ジリジリと近寄っていく。こちらに引く意思がない、ということを知らしめるためである。
すると、ここで動きがあった。
”ゲイツ”がレーザー重斬刀を抜き放ち、”ストライク”に向かってきたのだ。
その動きはお世辞にも巧いとは言えず、「近接戦のマニュアルに従っています」と評するべきものだった。
イスルギ教官が見たら激怒するだろうと考えながら、キラは通信回線を開く。
「こちら”第31独立遊撃部隊”所属、”ストライク”です。抵抗は止めて、投降してください」
<うううう、うるさい!我々はZAFT軍だ!貴様らナチュラルなんぞに!>
恐怖で冷静さを失っているのかは知らないが、そんな物に付き合う気はキラにはなかった。
「もう一度言います、投降してください。さもなくば───」
<わぁぁぁぁぁぁぁっ!あああああああああっ!>
話にならない。キラは攻撃とも言えない攻撃を易々と避けながら、周囲の反応を窺った。
どうやら恐慌状態にあるのは目の前の”ゲイツ”のパイロットだけで、他はまだ冷静に考えられるらしく、キラ達に銃を向けながらも迂闊な行動は避けるようにしているのが見えた。
ならば、目の前の”ゲイツ”さえ止めればそのまま事態を収拾出来るだろうか。
「こちらソード1、応戦の許可を求む」
<こちらカップ、反撃を認める。ただし、機体を爆発させることは避けるように>
「了解!」
<ヒルダ、
「え?」
キラと敵機の戦闘───と言うには稚拙だが───を見守っていたヒルデガルダは、不意にムウから声を掛けられる。
たしかに、何が起きてもフォロー出来るように注意していたが、それがどうしたのだろうか。
<お前、よくソードストライカー使うだろ。だったら、あいつの立ち回りは参考になる筈だ>
「……了解」
たしかに、今の”ストライク”はストライカーを装備せずに『グランドスラム』のみを装備しているなど、ソードストライカーに近い状態だ。参考に出来るところはあるだろう。
周囲への気を配りながらも、ヒルデガルダは”ストライク”の動きを観察する。
敵の振り回すレーザー重斬刀を最低限の挙動で躱し続ける”ストライク”。”ゲイツ”が焦れて、剣を振りかぶったその時である。
”ストライク”は一切の澱みなく、敵機の胴体に『グランドスラム』を突き入れた。
刺された”ゲイツ”は一瞬固まったかと思うと、ダラリと腕を下ろして沈黙する。爆発は、起きなかった。
敵機の隙を見逃さず、最大の一撃を叩き込む。それこそがソードストライカー、対艦刀の扱い方なのだということをヒルデガルダは理解した。
「流石に、全部真似しろって言われても無理だけどさ」
剣を引き抜く”ストライク”の姿を見つめていると、事態は一気に動く。
動かずに控えていた“ジン・オーカー”が、刑務所に対してライフルを向けたのだ。
<う、動くな!捕虜がどうなっても───>
<いいわけないだろう……!>
”ジン・オーカー”のパイロットは、何が起きたかを理解する間もなくこの世を去った。
MS隊に続いてこの基地に接近してきていた”アークエンジェル”、その甲板上にて狙撃体勢を取っていたベントの狙撃が、コクピットを直撃したのだった。
傑作狙撃銃『バレットM82』をMSサイズに大型化させたようなその実弾狙撃銃も『クトゥグア』と同じく、周辺への被害を抑えるために開発・装備されたものだが、一撃の威力はMSの装甲を貫通して余りある。
また1人、他人の命を奪ったことに震えるベント。しかし、操縦桿から手を放すことはせず、次の標的に照準を移す。
彼は出撃する前に、町から帰還して何かが吹っ切れたヒルデガルダからこのように言われていた。
『マイケルはああ見えて遠慮しがちなところあるけど、あたしは違うわ。ハッキリ言うわよベント、選びなさい。殺すか、殺されるかよ』
衛星軌道上で”ナスカ”級を落とした時から自分が殺人に迷い始めていることを、付き合いの長いヒルデガルダは気付いていた。
訓練生時代からの付き合いだから気付いて当然と言えば当然なのだが、それでもヒルデガルダが何も言わずにいてくれたのは、自分が立ち直る筈だと信じていてくれたからなのだ。
しかし、事ここに至ってそんな時間は残されていないのだという現実を、彼女は突きつける。
「甘えていたんだな、僕……」
誰かが言わなければならなかったことを、ヒルデガルダは言ってくれた。
”バルトフェルド隊”を始めとして、おそらくここから先は激戦が続いていくだろう。そんな中で迷い続けている自分に背中を預けたいと思う人間が何処にいる?
自分の意思を尊重して静観してくれたマイケルと、損な役割を買ってくれたヒルデガルダ。そして、自分の射撃に信を置いてくれているキラ達。
彼らの命と、見ず知らずの敵の命。天秤に掛けるまでもない。
殺さずに済む選択肢など、軍に入隊した時点でなくなっていたのだ。
「こんな戦争、早く終わらせないとな……」
その後、チセケディ刑務所の制圧は滞りなく行なわれた。
絶対エースの”ストライク”に加えて高性能量産機”ダガー”の小隊、それに加えて狙撃手までいるのでは、残った”ジン・オーカー”2機では何をしたところで意味は無い。
斯くして”アークエンジェル”隊は刑務所内に残されていた63人の捕虜の奪還と共に、基地内のZAFT兵47人を捕虜とすることに成功したのだった。
”アークエンジェル”格納庫
「モーリッツ・ヴィンダルアルム中尉!いらっしゃいませんかー!?」
騒々しい格納庫内をアリアは歩いて回り、ある人物を探す。
格納庫内は解放された元捕虜の連合軍人と、”アークエンジェル”隊が捕虜とし、今は拘束して独房の部屋割りが決まるのを待つZAFT兵でごった返しており、身長の低い彼女には人一人を探すのも苦労であったが、声を聞きつけてある男性兵士が彼女の前に姿を現す。
「自分が、モーリッツだ。どうかしたかい?」
「ああ、探しましたよ中尉。アリア・トラスト少尉です、”マウス隊”のMS技術者ですが、今は”アークエンジェル”隊に出向しています」
差し出された手を戸惑いながら握り返し、モーリッツは疑問をぶつける。
どういった理由で自分を探していたのか、と。
「”第14機甲小隊”、いや、今は”第14機甲戦隊”の皆さんから貴方に贈り物です。『戻ったらすぐに戦線に復帰してもらう、それまでにこいつに触っておけ』だそうです」
「贈り物……?」
「まったく、ちょうど良いから
彼女に導かれて向かった先は、格納庫の中でも後部搬入口に面したスペース。
本来は資材の搬入やMS隊の緊急着艦に使われるスペースとして使われるその場所に鎮座するある物を見て、モーリッツは目を見開いた。
「おお……これは……!」
所々戦車と言うにも、いささか大きすぎた。
記憶と違う箇所もあるが、見間違える筈も無い。自分は2ヶ月前の『第二次ビクトリア基地攻防戦』において、『彼』と共に戦ったのだから。
───それは、戦車というにも些か大きすぎた。
ごつくて、重そうで、風格があった。
それは正に、『陸の王者』と呼ぶに相応しい威容を称えていた。
「”ノイエ・ラーテ”……!」
”アークエンジェル” 艦橋
「……」
任務を達成し、捕虜も獲得。あとは、目的の連合軍基地に向かっていくだけ。
にも関わらず”アークエンジェル”の艦橋は、奇妙な沈黙が支配していた。
そこにあるのは達成感などではなく、まるで嵐がすぐそこまで迫ってきているかのような緊張感だった。
「……静か、ですね」
CICのサイがポツリと呟く。だが、その言葉に頷く者はいなかった。
誰もがこの緊張の正体について、無意識下で結論を下していたからだ。
『彼ら』が仕掛けてくるとすれば、今しかないと。
そして、その予想はすぐさま現実のものとなった。
「───レ-ダーに感あり!前方に大型艦の反応!これは……”レセップス”です!」
「っ、やはり……!」
そして、彼らは来た。
大天使の翼をもぎ取り、その首に食らいつくために。
「回頭、面舵20!振り切───」
「右舷に反応!いや、左舷にも……!」
「嘘でしょ……どこに隠れてたワケ!?完全に包囲され掛かってるじゃん!」
マリューはすぐさま”アークエンジェル”の進行方向を変えて戦闘を避けようとしたが、その直後に敵の出現が告げられる。
しかし敵はそれを見越して左右に陸上駆逐艦”ピートリー”級を配置していたのだ。
方向転換して一度逆方向への逃走を彼女が考えた瞬間、艦が大きく揺れる。
「どうした!?」
「後方より砲撃!これは……”フェンリル”です!しかも、
これで、”アークエンジェル”の逃げ道は全て塞がれた。
戦艦クラスの主砲を持つ”フェンリル”をわざわざ2両も用意するとは、どうやら彼らは自分達を高く評価しているようだ。マリューは苦々しく顔を歪め、指示を出す。
「───総員、第一種戦闘配置!我々はこれより、”バルトフェルド隊”との戦闘に突入する!」
『大天使』と『虎』。
敵対する二軍、その最高峰に位置する二隊による激闘の火蓋が今、切って落とされた。
繰り返し、お詫び申し上げます。
長い間、大変お待たせいたしました……!
これからは週一更新ペースに戻していくように努力いたします。
次回更新は一週間後の2月4日を予定しています。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。
P.S 活動報告を更新しました。