『創らせろ』
「っ……!」
ユージ・ムラマツは複数の白衣を着た研究員達に詰め寄られていた。
研究員達はそれぞれ、「ストライキ、ナウ!」「個性を大事に」「早乙女研究所に移籍しても良いのか」と書かれたプラカードを持っている。
「変態技術者達って何時もそうですね……! 中間管理職のことなんだと思ってるんですか!?」
なぜユージがこのような、ネットでよく見かける青年向け漫画のバナー広告のような台詞を口走る事態に追い込まれているのか。
事の発端は30分ほど前に遡る……。
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『セフィロト』 第4格納庫
「これで言うのは何度目になることやら、どこでどんな因果が絡むか分からんものだな」
「どこかの誰かさんが絡まれたがりですからね、仕方有りません」
暗に「この隊に持ち込まれるトラブルって結構お前絡みのことあるぞ」とマヤに揶揄され、ユージは肩を落とす。
彼らの目の前には、2機の暗灰色のMSが佇んでいた。
イージスガンダム
移動:7
索敵:A
限界:180%
耐久:300
運動:33
シールド装備
PS装甲
武装
ビームライフル:130 命中 75
バルカン:30 命中 50
ビームサーベル:180 命中 75
ブリッツガンダム
移動:7
索敵:C
限界:175%
耐久:240
運動:30
シールド装備
PS装甲
ミラージュコロイド・ステルスシステム
(攻撃時命中率に+20%、回避時回避率に+20%)
武装
ビームライフル:130 命中 70
ランサーダート:100 命中 50
グレイプニール:80 命中 50
ビームサーベル:180 命中 70
”イージス”、そして”ブリッツ”。本来は連合軍から失われてしまった2機の『ガンダム』。
この世界においても片や強奪、片や奪取を防ぐために自爆と一時的に失われてしまったこれらのMSだが、”イージス”はクライン派の手によって返却、“ブリッツ”は”アークエンジェル”が持ち帰ってきたデータを基に再建造という形で連合軍の元に戻ってきたのだった。
「しかし、この2機を我々に実戦テストさせるとは……上は俺達を便利屋扱いでもしているのか?」
そう、現在ユージを悩ませているものは、これらの2機のテストが自分達に任されたということであった。
開戦当初は自分達しかいなかったMS実験部隊も、今ではそこそこの数が存在している。『三月禍戦』の折に強奪された”ストライク”も、テストを行なうことになっていたのは”マウス隊”以外の部隊。
にも関わらず、なぜ自分達にばかりこういった曰く付きのMSを任せようとするのか、ということをユージは愚痴る。
「しょうがないことだと思いますよ。”イージス”も”ブリッツ”も、物が物ですから」
マヤが冷静に、書類に目を落としながら指摘する。
”イージス”は連合に協力的な組織を経由しているとはいえ、一時は敵に運用されていたMS。進んで運用したがる部隊はあるまい。
対する”ブリッツ”も、その身に秘めた技術が技術だった。
「『ミラージュコロイド・ステルスシステム』……理論と実機こそ既存のものでしたが、このレベルで完成されているのは驚愕しかありません。本体性能こそ”ダガー”の投入によって埋もれかけですが、このシステムがあるだけで一線級ですよ」
”ブリッツ”が完成する以前にも、”ジン戦術航空偵察タイプ”というZAFTの機体がこのシステムの搭載に成功しているが、それでも視認を不可能とする
しかし、”ブリッツ”は透明な状態で移動し、武装を運用することも可能なのだ。その気になれば、まったく無警戒な状態の敵艦に忍び寄って対艦装備を叩き込むことすら容易に行える。
無論、電力に難を抱えるために常時展開し続けることは出来ないという弱点こそあるが、それを補って余り有るメリットがある。
───この世界においては、余りにも危険過ぎる代物だった。
「万が一この技術がZAFTに渡っていれば、この戦争の結果を左右していたとしてもおかしくはありませんでしたよ。自爆装置が作動してホッとしています」
「そ、そうだな」
「どうしました?」
「いや、なんでも」
当時”ブリッツ”の自爆装置はそれぞれ離れた場所にいる3人の責任者の持つセキュリティキーを同時に押し、そこからも厳重なロックを解除していかなければ即自爆するという堅牢なセキュリティが施されていたのだが、何を隠そう、そのように働きかけたのはユージ自身である。
ハルバートン経由で”ブリッツ”の情報が開示された時にユージはさも「ぱっと見た程度ですが」という雰囲気を醸し出しつつ提言したのだが、その結果が
しかし、その御陰で出撃の度に「透明な敵機に近寄られて何が起きているかも分からず死ぬのではないか」という恐怖に襲われる危険が無くなったので、ユージは後悔しなかった。
「何はともあれ、責任重大ですよ。万が一この機体が奪われたら……」
「プレッシャーを掛けるな、頼むから」
「失礼しました。ですが、それだけ評価されているということですよ」
それはそうだろう。ユージはマヤの言葉に内心で同意する。
絶対に奪われたくない、でも実戦でのテストはしたい。
ならば、
「そろそろ、『実験部隊』の肩書きが外れるかもな」
「かもしれませんね。3人ものトップエースを抱える部隊を実験部隊の枠に押し込めておくのは損ですから。絶対
マヤは言葉を区切り、周りの視線が自分達に向いていないことを確認した上でユージに寄りかかり、耳元に口を近づける。
「ちょっ」
「───それでも、導いてくれるんでしょう?」
アテにしてますよ。そう言い残すと、呆気に取られるユージを置いてマヤは格納庫の出口に向かっていってしまった。
ユージは、たとえこの戦争でZAFTに勝てても、マヤ・ノズウェルという女性に勝てる日は来ないのだろうな、と思いながらその背を追うのだった。
マヤに追いついて”マウス隊”のオフィスに向かう道中、ユージはある疑問について口にした。
「そういえば……あいつら、最近ヤケに静かだな」
「言われてみればたしかに……戦争も佳境にさしかかったことだし、ようやっと落ち着きを取り戻した、とかは……」
「あの連中に限ってそんなことがあると思うか? この間も元気に食堂でどこからか仕入れてきた『DX超合金アクエリオン』を片手にあーだこーだ言ってた連中だぞ」
ゲッター、もといスパロボ狂いの変態技術者達が、複雑な変形機構を持つ”イージス”という絶好の
そう考えていたからこそ、ユージは何時何処で彼らが暴走しても対応出来るように備えていた。
しかしユージの心労を嘲笑うがごとく彼らは静謐を保っており、一種の気味の悪さを創出しているのだった。
「そうね……私もちょっと疲れてたかもしれないわ。あいつらへの警戒を怠るなんて」
如何にも自分が変態技術者に振り回される側であると振る舞うマヤだったが、彼女も時々変態技術者の暴走に混ざっていることを知っているユージは、そうだな、と生返事を返すことしかできなかった。
しかし、何事も起きていないということは杞憂に他ならない。ユージがそう結論づけて歩いていると、ある人物の姿が目に映った。
目的地である”マウス隊”オフィス前に立ち尽くすその女性は、余らせた白衣の袖を振り回して退屈そうにしていたが、ユージ達の姿を目にすると胡乱げな笑みを浮かべて近づいてくる。
「おやおや、隊長とノズウェル主任じゃないか。新しいサンプルの視察とやらは終わったのかい?」
「まあな。それよりお前こそどうしたパレルカ少尉」
女性の名前はアグネス・T・パレルカ。最近になって新しく”マウス隊”に配属されてきた女性研究員の彼女は、やはり”マウス隊”に相応しい変人だった。
彼女がこの部隊に配属された理由はただ1つ。───彼女を引き取る部隊がどこにも無かった、というだけである。
『驚異的な発展速度のMS開発技術、その恐竜的ともいえる進歩を前にしてはいずれパイロットがMSに追いつけなくなる』
そういった持論を持つ彼女はパイロットの能力を一時的に強化する薬品───いずれも人体に危険な成分は未使用───を開発していたのだが、その開発の過程で多くの失敗事例を生み出した。
酷い時には被験者の体の一部が発光するという謎の怪現象まで引き起こす薬品を作り出したアグネス。加えて彼女も軍の規律というものに無頓着な性格であることも相まって左遷。
回り回って”マウス隊”に転がり込んできたのだった。
「いや、それがね。先輩達が『準備があるから外に出ていろ』って言うんだよ」
「……」
顔に手を当てて天を仰ぐユージ。
何度目だろう、このパターン。
マヤが同情的にユージの肩に手を置く。これはユージを引き留めるためのものであった。抑えておかなければ、ユージは何処かへ走り去ってエナジードリンク片手に現実逃避を始めるのだということを彼女は知っていた。
「マヤぁ……」
「諦めなさい」
「はい……」
同情的に、しかしぐいと背中を押すマヤとそれを面白そうに見つめるアグネス。
二対の視線に見送られながら入室したオフィスの中は暗かった。
「……今度は、何が狙いだバカ共」
『勇気は~あるか、希望はあるか!?』
突如として灯ったスポットライトの光の先には、マイクを握りしめて熱唱するウィルソンの姿があった。
混乱するユージにたたみかけるように、新たなスポットライトが灯る。
『しん~じる、心にぃ~!』
その先に立っていたのは、右手にマイク、左手にドリルを携えた
きっと今の自分の目は死んでいる、ユージが虚無的感覚に包まれていると、新たなスポットライトが灯る。
そこに立っていたのは変態技術者筆頭、アキラ・サオトメであった。
『明日の~た~めに、戦う~のならっ!』
そして、ついに部屋全体の灯がつく。
気付けばユージは、思い思いのプラカードを握りしめた研究員達に取り囲まれていた。
『いま~がそ~の、と、き、だっ!!!』
「───と、いうわけで!」
そうして、冒頭の場面に至る。
「……ここはいつも
「今日は特に酷いわね。まあ、よくあることよ」
ドアの外、マヤとアグネスの会話が、ユージには途方も無く遠く感じられた。
「つまり、ボイコットということですかな……?」
「隊長、口調が崩れてるぞ」
「誰のせいだと……!」
ユージは怒りにまかせて机を叩くが、それで事態が変化するわけもなかった。
変態技術者達の言い分をユージがかみ砕いてまとめたものは、以下の通りになる。
○最近の仕事はある物を使えるようにするというような作業ばかりで面白く無い。
○『三月禍戦』から立ち直り始めている今こそ、チャレンジャーとしての自分達を思い出すべきだ。
○てかゲッター創って良い?
どれもこれも軍人、というより良識ある社会人としてあるまじき発言だったが、ユージには彼らの言い分を一蹴することが出来ないでいた。
理由の1つは、『更なるMS技術の発展』が必要という認識がユージにはあること。
いずれ戦場に姿を現すかもしれない核動力MS、それに対抗するには最低でも後期GATシリーズ級の性能が欲しい。『原作』ではそれに加えて
もう1つの理由、それは……。
(こいつらが拗ねたら部隊全体が崩壊するんだよなぁ……)
MSの大規模修理や強化パーツの調整、戦況に合わせた装備の設計と開発etc.。彼らの仕事は多岐に渡る。
もしも彼らが働くことをやめてしまった場合、たちまちに”マウス隊”は凡百の部隊以下にまでその力を落とし込んでしまう。
他の追随を許さない技術力と気性難を併せ持つ、そんな彼らをまとめ上げられているからこそ今の”マウス隊”があるのだった。
加えて、ユージがタチが悪いと考えている部分がもう1つある。
「で、計画は練ってあるんだろうな?」
「勿論だ!」
彼らは、自分の我が儘を通す時にはきっちりと相手が受け入れるだけの準備をしてから事を起こす。
時折それすら省いて行動することもあるが、致命的な事態は避けているあたりが周到で、ユージの胃を痛める要因となっていた。
「俺達はここまで、色々とゲッターを創るために思考錯誤していた。だが考えてみろ……無理だろ、少なくとも現時点では」
「今更っ!?」
うんうんと頷いている研究員達を見たユージは「本当はこいつら各分野のスペシャリストとかじゃなくて、迷い込んだバカが偶々傑作のアイデアを思いついてただけなんじゃないかな」と考え始めていた。
まさかあの意味不明な変形機構とよく分からないエネルギーを持ち、無機物なのに繭を作って地下深くに潜行したり勝手に火星に飛んでいくようなとんでもロボを本当に作り出そうとしていたのだろうか。
「ああ。俺達の今の技術力じゃあモーフィング変形の再現は無理だった……それは認めよう」
「”イーグルテスター”とかはどうなるんだ」
「あれは、まあ試作品ですよ。合体変形した時のモーションデータ作成に使えるかと思って。それと趣味です」
「そもそもゲッターロボに斬艦刀なんて持たせないだろ~? うっかりだな隊長も~」
「隊長も歩いて歩くと棒にぶつかり昇り出す、極めて稀でレアなこともあるものだと俺ぁ思う」
(訳:隊長がそんなうっかりをするなど、珍しいこともあるな)
「………………まあ、いいだろう」
趣味で創ってあの性能か、とユージは溜息を吐いた。
今更、エドワード・ハレルソンと”イーグルテスター”の組み合わせがどれだけZAFTにダメージを与えたのかを知らない人間はこの場にいない。
「その事実に、俺達は『DX超合金ゲッターロボ號』を弄っている時に気付いた。当初は深く絶望したよ、どう頑張っても、この戦争が終わるまでにゲッターを創ることは出来ない、と」
「だろうな」
戦争が終われば部隊は解散、豊満な予算と頼れる仲間達とは離ればなれとなり、今よりもゲッターロボ開発という目標の達成は困難になる。ユージには理解出来ないが、深く絶望するだけの理由にはなるのだろう。
しかし、そこでめげないのが変態技術者。絶望の中から新たな境地を見いだしたのだという。
「だから、俺達は目標を思い切って、断腸の思いで、奥歯が砕けるほど歯ぎしりしながらも、目標を切り替えることにした」
「未練ありまくりだな……」
「その結果が、これだ!」
ブロームとウィルソンが運んできたホワイトボードを、アキラが叩いて回転させる。
再び叩くことで回転を止めると、そこには『CG計画』と、デカデカと書かれていた。
「我々にはゲッターは無い、だが、『ガンダム』があるっ!!!」
「可能な限りゲッターロボのエッセンスを詰め込む……いわゆるゲッターナイズした新型『ガンダム』の開発計画を、我々は提案する」
ゲッターロボの開発を諦める代わりに、それっぽい『ガンダム』を全力で創る。それが、稀代の変態達が立てた究極の妥協点だった。
ユージは
最初は顔を顰めながら、段々と引きつった笑顔を浮かべながらユージは資料を読み進めた。
「……1つだけ、確認する」
「なんなりと」
「
資料を流し見しただけではあるが、ユージは彼らの暴論を受け入れることを決めた。
もしもこのMS達が完成したなら、その時は。
───”マウス隊”は、誰もが異論を挟むことが出来ないほどの、『最強』の部隊になる。
それは連合だけの話ではなく、ZAFTを含めた上でだ。
「当然だ。俺達を誰だと思っている?」
「まあ、問題はまだまだ多いですが……なんとかなるでしょう」
迷い無く、出来ると言い切った。
ならば、彼らの上官になってしまった
それも優しくなどはけっしてない、カタパルトで射出するかのような勢いで。
「条件がある。けして通常業務をおろそかにしないこと。これは当然だな」
「もちろんだ、隊長」
「きちんと、戦争が終わる前に完成させろ」
「ぶっちゃけると8割がた設計図が出来上がってるので、特に時間は気にならないな」
「この話は上に持っていくが、受け入れられなかった場合は諦めろ。いいな?」
「……………………………………ああっ!」
最後の問いに若干の間があったが、ユージはそれで納得することにした。
この変態技術者達は嘘を吐くことはしない。出会って1年も経っていないのに、ユージはそれが断言出来た。
(この際、自重は投げ捨てるべきということだな)
それは一種の諦め、あるいは悟りに近かった。
ユージはこれまで、癖のある部下達を制御しようと務めてきたが、それは間違いだった。
(こいつらは俺なんかが御せるような奴らじゃない。……もうどうにでもなれ)
「それでは諸君、最初の目標を発表といこうじゃないか!」
いつの間にか用意されていたプロジェクターが、壁に
「手始めに開発するのは、広域火力支援用MS強化装備”CG-03ユニット”だ! 少なくとも、”ゴンドワナ”攻略作戦までには間に合わせるぞっ!」
『応っ!』
「……まあ、ユージがいいならいいけど」
「くくくっ、退屈だけはしなさそうだねぇ?」
「ちなみに、『CG計画』のCGって何の略なんだ?」
「
「いや、やっぱり未練たらたらだろ」
伏線回、ということになるのでしょうか。
やっつけ感の残る話になりますが、とりあえず更新です。
予定では、次は番外編の更新になると思います。
誤字・記述ミス指摘は随時うけつけております。