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西アフリカ 市街地 喫茶店
「ま、この店のケバブが美味しいのは事実ね。拘りが無いなら頼んでみるのも良いと思うわよ」
「あ、そうなんですか? じゃあオススメされてみよっと。キラ君はどうする?」
「……じゃあ、そうします」
ヒルデガルダの問いかけに、キラは生返事しか返せない。
それもその筈、
キラはそのことを訓練生時代にマモリから教えられたのだが、訓練課程の違い故かヒルデガルダは気付いていないようだ。
「すみません、ちょっとトイレ行ってきますね」
「いってらー」
先ほどのやり取りのおかげか、目に見えて快活さを取り戻したヒルデガルダ。
彼女の性格ならば、自分がいない間も持ち前のコミュニケーション能力で男女との会話もこなせるだろう。そう考えると、むしろ何も気付いていない状態の方が自然な会話が出来て都合が良いかもしれない。
そう考えながらキラは店のトイレの中に入り、便器の蓋を上げずに座ると、小型無線機を取り出す。
偶々元パイロットがこの地域に住んでいたという可能性もあるにはあるが、それでも早々に合流した方が良いのは間違い無い。
キラは無線機のスイッチを入れようとして───。
『ううっ、漏れる漏れる~。少年、急いでくれよ~』
ドアの外から聞こえてきた男の声を聞いた時、キラは心臓が飛び出そうな錯覚を覚えた。間違い無い、あの浅黒い肌の男の声だ。
「す、すいません。もう少し待ってください」
『早く頼むよ~』
キラはこの時、男が自分を見張りに来たのだと思った。
おそらく席に残った2人には、「なんだか自分もトイレに行きたくなった」などと言ってきたのだろう。2人に違和感を感じていないヒルデガルダは、特に気にすることも無かった筈だ。
とにもかくにも、キラはこれで秘密裏に連絡を取るという手段を封じられたことになる。どれだけ声を小さくしてキラが言葉を発しても、ドアの前に立たれてしまえば聞き逃す方が難しい。
通信機をしまい込み、その代わりに、懐に忍ばせた拳銃の安全装置に指を掛ける。
「───すいません。今でますね」
トイレの水を流す音に合わせて、キラは安全装置をONからOFFに切り替えた。
通信は出来なかったが、これで銃をいつでも抜けるようになった。水を流す音に合わせたのは、万が一にも安全装置を切り替えた音から拳銃を持っていることを悟られないようにするためだ。
そうして、何食わぬ顔でキラは個室から出た。
「お待たせしました」
「すまんね、急かして」
いえ、と言ってキラは席に向かおうとする。
その後ろ姿に、男は声を掛けた。
「ああ、そうだ少年」
「なんでしょうか?」
「───使っているトイレの個室と危ない物にはちゃんとカギを掛けておくべき。そうは思わないかね?」
キラが思わず立ち止まった間に、男は個室に入ってしまった。
キラは、自分が冷や汗を流しているのを自覚した。
「おかえり~」
「悪いわね、あのオッサンに急かされたでしょ?」
「いえ……」
なんとか平静を保ちながら、キラは自分の席に座った。ヒルデガルダに何事も起きていなかったことにホッとしながら、キラは周囲の様子を探る。
自分達以外の客は勿論、屋外の席であるため道を歩く人々まで探るが、幸か不幸かこちらを監視するような様子は見られない。
(まさか、2人だけで来たってわけじゃあるまいし……)
この周辺地域からは殆どZAFTは撤退してるが、連合軍が支配しているというわけでもない。ZAFTの構成員が紛れようと思えばそれは容易く実行出来るだろう。
キラが密かに警戒を強めている間に男もトイレから戻り、料理が出てくるまでの間の暇潰しとして世間話が始まる。
「へぇ、こちらには出張で?」
「何をするにも、ほら、お金って必要だろう? 生活のため上司の命令に従って泣く泣く……」
「よく言うわよ、現地でしか堪能できない物を目聡く見つけてエンジョイしてるくせに」
曰く、2人は同じ会社で働く同僚で、この地域には出張でやってきたらしい。
男は内縁の女性を比較的戦禍の小さいアジア地域に住ませており、その生活費を稼がなければならないと溜息を吐く。
「いやほんと、戦争のせいで色々と大変だよ。戦争なんてなければ一緒に暮らせてたのにさぁ」
「苦労、されてるんですね……」
「いやほんと、なんで戦争なんか起きちゃったんだろうねぇ」
男の言葉はキラもよく考えることだった。否、この世界に生きる者のほとんどが考えることの筈だった。
この戦争は、回避出来なかったのか?
他にやりようは無かったのか?
「この戦争はZAFTが理事国に対して仕掛けたものだが、その理由は理事国がプラントに過剰な圧力を掛け、なおかつ労働者達に不当な扱いをしていたからだ。───はたして、どっちに問題があると言えるのだろうね?」
「そりゃ、どっちもだと思いますけど」
男の問いかけにキラは言葉を詰まらせたが、ヒルデガルダはあっさりと返答した。
「戦争は政治的最終手段って言うじゃないですか。言葉でどうにもならなくなったから、殴り合って解決しようってんですよ。でもそこで余計に被害を出しまくるから戦争って最悪なんですよ」
理事国のトップとシーゲル達で殴り合ってれば良かったのだ、とヒルデガルダは言った。
その光景を想像したのか、男は吹き出した。
「くっくくくく、そりゃいいね。そうなってくれてれば余計な被害なんか無い、指導者達が青タン作るだけで済むってわけだ」
「それをどうしてこんな規模に、しかも長引かせるのか……って感じです」
「そりゃそうだ。君の言うとおりだよ。……そこで正しい行動が出来ないのが、人間の性なんだろうな」
男は愉快そうに、しかし諦念を含ませる声で話す。
「実際、戦争はここまで来てしまった。なあ、どうやったらこの戦争は終わると思う?」
店員がケバブを運んでくる様子を尻目に、男はキラ達に問いかける。
キラは『
訓練生時代にマモリからも「戦争は両軍トップの政治で決着する」と教えられている。
「通常の戦争ならば、どちらかの軍の目的達成か戦争継続不可などの理由によって講和会議などが行なわれ、決着する。だが、この戦争の根底にあるのは政治以上にナチュラル、コーディネイター間の蟠りだ。
大っ嫌いな相手に向ける矛を収めるってのは、簡単じゃないぞ?」
「それは……」
「あのさぁ、ごちゃついた話をするのもいいけど、ケバブ来たし食べたら?」
「おおっ、そうだそうだ」
男は先ほどまでの圧するような雰囲気を霧散させ、ケバブに目を移す。
キラも同じようにケバブに目を移すが、その頭の中を占めていたのは、ある場面の映像だった。
『俺が皆を、守るんだ!』
目の前で仲間思いの少年が乗った“強行偵察型ジン”が自爆した光景は、忘れようと思って忘れられる物ではない。
もしも、戦争の終わりが近づいたとして、全員がそれを受け入れられるわけもない。必ず、敗北を受け入れられずに戦い続ける人間はいるだろう。
そうなったら、どうやって戦争は終わるのだろうか。そして、アスランがそうであった場合、自分は彼を撃てるのだろうか?
命を奪うことで、止めるしか無いのだとしたら……?
「おいおいスミレ君、ケバブにはヨーグルトソースと決まっているだろう? 悪いことは言わないから、その手に持ったチリソースは下ろすんだ」
「は? 部下の食事にもケチ付けるとかパワハラ?」
ふと気付くと、目の前で男女がパチパチと火花を散らしていた。とはいえ、あくまでコミュニケーションの一環なのか剣呑さは無い。
先ほどまでの空気とのギャップをキラが感じていると、同じように男女のやり取りを見つめていたヒルデガルダが何かを思いついたように指を鳴らす。
「キラ君、ちょっとそっちのナイフ取って?」
「え、ああ、はい」
「ありがと」
ヒルデガルダはナイフを受け取ると、自分のケバブを半ばから半分に切り分け、それぞれにヨーグルトソースとチリソースを掛けた。
「こうすればどっちも食べられるじゃん」
「あ、それいいかも」
スミレと呼ばれた女性も同じように、ケバブを半分に切り分けて2種類のソースを掛ける。
こうすれば、どちらの味でも食べられるというわけだ。
「こういうのとおんなじですよ」
「ん?」
「どうやって戦争を……ってやつですよ。人って好きな物が出来るとそれに拘るけど、2つある内のどっちかしか知らないから意固地になる。ならどっちの味も知って、互いに理解していくしかない」
「戦争してる相手のことを知らないといけない、ということかね?」
男は再び、ヒルデガルダに問いかける。
ヒルデガルダは真っ向からその視線を受け止め、言い返す。
「嫌いな相手よりも、知らない相手との方が仲良くなんて出来ませんよ。意外と話してみたら気が合う奴だった、なんてこともありますし」
「あ、それ僕も覚えあります」
キラは月で出会い、今は宇宙の何処かで陸戦隊として戦っている筈の友、グラン・ベリアのことを思い出す。
彼も最初は、MSパイロット候補生でありながら陸戦隊候補の自分よりも優秀な成績を収めるユリカに対する嫉妬から険悪な関係となっていたが、最終的には和解することが出来た。
それはグランが、日々の訓練生活の中でユリカやキラ達の人となりを知ったからである。
「戦争してしまうのが人間の性なら、面倒な手順を踏んでも和解していかないといけないのも人間。今やってる戦争も、きっとその
「……この戦争の果てに、和解があり得ると?」
「ただただ相手が滅びるまでやる戦争なんてあり得ませんよ。憎しみがどうとか以前にそもそも戦えなくなって、その内『こんなんやってられっか!』ってなるのがオチです」
「なるほど、なるほどなぁ……」
何かを考え込む男、その眼前にスミレはナイフを差し出す。
「ん?」
「あんたも、1つに拘ってみるのを止めてみるのもいいんじゃない?」
徒っぽく問いかけるスミレ。
やたらめったらとヨーグルトソースを押してくる上司への意趣返しが込められているのだろう、楽しげだ。
実際、ここでナイフを受け取らないという選択をすることは難しい。他3人が半分に分けている中で1人だけ1種類の味だけで食べるというのは、疎外感を創出するからだ。
しかし、男は唸りながらもそのナイフを受け取らない。
「いーや、それだけは無いね! 僕は断固ヨーグルトソース派を貫くよ!」
「何を意固地になってんだか……」
「あはは……だけど、そうやって1つのことに夢中になれるっていうのも、いいことだと思いますよ」
結局その後、不穏な空気が漂うこともなく和やかに食事は進んだ。
ちなみに食べ比べの結果キラはチリソース派に決まり、男は口を尖らせて拗ねた。
「なんだよぉ……ヨーグルトソースだってなぁ……」
「はいはい、何時までも拗ねてないの」
食後のコーヒーを飲みながらそっぽを向く男に、スミレは呆れた様子を見せる。
戦時中とは思えない穏やかな雰囲気に包まれながら食事を終えたキラ達。食後のコーヒーを味わい、解散しようとしたところで男がキラ達に声を掛ける。
「そうだ、最後に1つ、いいかね?」
「はい?」
「戦争が何故始まってしまうのか、どうすれば戦争が終わるかについてはもう聞いただろう?───君達が戦う理由はなんだね?」
キラは空気が僅かに緊張したのを感じた。
「えっ、と……」
「……」
ヒルデガルダは空気の変化には気付くものの頭が追いつかず、助けを求めてスミレを見るが、彼女も男と同じく無言で返答を待っている。
「どうして話してないのに軍人であると分かったのか?」という疑問が頭を占めていたヒルデガルダを庇うようにキラは前に立ち、男に応えた。
「僕は……僕の望む世界のために戦っています」
「ほう?」
「家族や仲間、そして親友が戦争なんかせず、穏やかに笑って生きていけるような世界が、僕は欲しい」
最初は「アスランを止めたい」、その一心で戦っていたキラだが、戦争の真の非情さを知ったこと、そして仲間達との戦いの日々の中でその考えは少し変わった。
すなわち、大切な人達が笑って生きられる世界のために戦う。そのために戦争を止めなければならないから、兵士として自分はここにいるのだ。
キラのその言葉を聞き、男は一瞬、悲しげに顔を伏せる。
「そっかぁ……しくじったかな」
「あんたが言い出したんでしょ、『これから戦う強敵がどんな奴か知りたい』って。……覚悟を決めなさい」
スミレが発破を掛けたことで男は溜息を吐き、頭をポリポリと掻いた後、立ち上がった。
男はサングラスを外しながらキラ達に語りかける。漆黒のガラスに隠されていたその先には、キラ達の想像していた通りの飄々としたまなざしがあり、そして。
───徐々に湧き上がろうとする燃える闘志が映っていた。
「ありがとう、話に付き合ってくれて。君達が勇敢で、確固たる信念を持って戦っているということがよく分かった。本当は君達のような若者と戦いたくないし、手製のコーヒーをごちそうしたいくらいだよ」
だが。
「確固たる信念……いや、そこまで大層なものではないか。譲れない物というのは我々にもある。次に会う時が君達の最後だと予告しておこう」
「───っ!」
ここにきて、ヒルデガルダはようやく理解した。
自分が今まで軽やかに談笑していた相手は、飄々とした男とその部下であるスミレは。
紛う事なき、『敵』なのだと。
「……自己紹介をしていなかったね。僕はZAFT地上軍第11戦闘大隊長、アンドリュー・バルトフェルド。『砂漠の虎』……なんて呼ばれてるらしいね」
「あなたが……『砂漠の虎』」
まさか、ここ最近苦しめ続けられてきた”アークエンジェル”隊の宿敵と呼べる男が目の前にいるとは。
キラは油断なく、いつでも懐の拳銃を抜けるよう備えたが、男はクルリと背を翻し、立ち去っていく。
スミレもそれに付き従って去ろうとするが、立ち止まってヒルデガルダの方を向く。
「……こないだとはまるで違うわね。不調だった?」
「何を……」
「無謀にこのあたしの”フェンリル”に飛びかかってきた時とはまるで違うのが分かるってことよ。
あたしはスミレ・ヒラサカ。『深緑の巨狼』の方がわかりやすい?」
先ほどと比べれば度合いは落ちるが、キラ達は再び衝撃を受けた。
特にキラは、目の前の女性が駆る戦車の一撃で意識不明にまで追い込まれたこともあるのだ。あの一撃によるショックは忘れようとしても忘れられない。
「今度はマジで潰しに行く。あんたが
「っ……!」
それだけ言い残し、スミレはバルトフェルドの後を追って去っていく。その背を撃とうとすれば出来たかもしれないが、マモリに鍛えられたとはいえ1ヶ月のにわか仕込みでしかないキラには反撃を喰らうビジョンしか思い浮かばなかった。
それ以上に、「撃ちたくない」という思いがあった。
残された2人はしばし立ち尽くし、やがてヒルデガルダが口を開いた。
「ねえ、キラ君」
「……なんですか、ヒルダさん」
「あたしさ、色々と迷走して、キラ君に励まされて、また一からスタートだって思ってたのよ」
ヒルデガルダは拳を固く握りしめながらキラに話す。
その目の奥には、先ほどのバルトフェルドのものに勝るとも劣らない闘志が燃えさかっていた。
「スタートして最初の目標、さっそく見つけたわ」
「それは……?」
「あたしは……あいつに勝ちたい。勝って、前に進む!」
ヒルデガルダの誓いが、たしかに青空の下に響いた瞬間だった。
一方その頃。
ヒルデガルダが打倒スミレを誓ったその時、キラ達とは別行動で物資を調達していたノイマン達の元に奇妙な来訪があった。
彼らの邂逅が何を意味するのか、それを知る者は今このとき、誰一人としていなかったのである。
「いやー、どうもどうも。自分、ヘク・ドゥリンダと言います。こっちは
運命の渦が、廻り始めた。。
はい……認めます。
時間的余裕と一緒にやる気も減退しています。
なので次回はマウス隊回です。
今回、以前に開催した『オリジナルキャラクター募集』で集まった案の中から先行登場させていただきました。
「車椅子ニート(レモン)」様からのリクエストで、「ヘク・ドゥリンダ」です!
素敵なリクエスト、感謝します!
そして彼が何故アフリカにいるのか、彼が伴う由良香雅里とは何者なのか()、それについては……近日番外編で更新する予定の「プライベート・アスハ」で語られます!
気長にお待ちください!
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。