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西アフリカ コンゴ
「ホークアイ3よりコマンダーへ。定時報告、異常なし。引き続き警戒に当たる。……あ”ー。やってらんねえよ」
「お疲れさん」
ジープの運転手である相方から渡されたペットボトルを受け取り、
男はZAFTに所属する兵士だったが、今ほど入隊を後悔したことは無かった。
「ちくしょー、なんで俺達、地球にわざわざ降りて来てやることがこれなんだ……?」
「しゃーねーよ、もはや俺達のお家芸だろ? 『機体はあっても人は無し』ってな」
「おっかしーな、1年前くらいはハッピーだったと思うんだけど」
『悪の連合を倒して自由を掴む』というフレーズに心躍ってZAFTのスクールの門を叩いたあの時が懐かしい、と男は思った。
今の男の任務はアフリカ大陸の西から南にかけて展開されていた自軍部隊を集結させるための大移動、その周辺警戒役である。
それだけ聞けば楽な仕事のように思えなくもないが、いかんせんアフリカの気候はコロニー育ちのZAFT兵達には堪えるのだ。
「こんな仕事、現地人達にやらせるんじゃダメなのか……?」
「いやダメだろ普通に考えて。素人に見張りやらせた挙句に肝心なことを見落とされでもしてみろ、死んでも死にきれねーぞ」
現在、総人口6000万人前後のプラントではこれまでの戦争での死者の増加もあって常に人材不足に陥っており、それはZAFTに対しても言えることであった。
それを解決するために、ZAFT上層部はある期を境に積極的に現地人を組織に引き入れるようになった。流石にMSに触らせるようなことはしないが、配食や
男はこの見張り作業もそうしたらどうだろうと考えたが、見張りには見張りで「視界内に映ったものが即応するべきものかどうかを判断する能力」が求められる。
流石にありえないだろうが、鳥と敵の戦闘機を見間違えるようなことがあってはならないし、あるいは勝手に「大したものじゃない」と判断して報告をしない、という事態を起こされても困る。
結論から言うと、男のボヤきは全く無駄な行為なのであった。
「なあ。……来るかな」
「さあ、な。個人的には峡谷の方の部隊に向かってほしいが」
男達が警戒してるのは、現在のアフリカZAFT軍を震撼させている”アークエンジェル”の存在だ。
突如としてやってきて、何もかもを焼き尽くす純白の大天使とその配下。これまで彼らの襲撃した場所は全てが物資集積所や補給所などの兵站の役割を担っていた。
彼らの狙いがZAFTの兵站破壊とかく乱なのは火を見るより明らかであり、彼らからすれば男達は格好の獲物だ。
「なあ、おい」
「口数多いな。ビビってんな?」
「茶化すな。……俺達、これからどうなるのかな」
「……今は、無事に目的地にたどり着けることだけ祈ってろ」
「そうする」
相方の言葉にうなずいて再び双眼鏡をのぞき込み始めるが、男は内心で奇妙な虚しさを覚えていた。
祈る? 何に?
神様とやらが自分達を守ったり救ってくれるとは思えなかった。当たり前だ。
コーディネイターが生命を冒涜しているとか、ジョージ・グレンが『
───宇宙に出てもわざわざ地球に戻って戦争をしている人間達を導こうとする物好きがいるものだろうか。いや、いない。
「……ん?」
男の視界に、こちらに向かってくる何かが見えた気がした。
いや、向かってきている。血相を変えて男は双眼鏡の倍率を上げ、その姿をはっきりと捉えた。
「祈る暇も無かったぞくそったれ! ホークアイ3よりコマンダー、奴さんおいでなすったぞ! こちらに向かってくる機影を確認、数は3!」
「ぶっ、マジかよ!?」
「ふざけてこんな報告できると思ってんのか!」
男達が肩に力を入れた直後のことであった。
───輸送部隊の周りに、砲弾とミサイルの雨が降り注いだのは。
<ワンド1より各機へ、”アークエンジェル”からの支援砲撃の着弾を確認、これよりVフォーメーションで敵輸送部隊への強襲を開始する!>
『了解!』
キラはペダルを踏み込み、”ストライク”を更に加速させる。向かう先は突如として奇襲を受けたことで混乱している筈の敵輸送部隊だ。
ついに始まったZAFT大規模輸送部隊への襲撃作戦、その大まかな段取りはこのようになる。
①後方に控えた”アークエンジェル”が『バリアント』やミサイルなどの対地攻撃可能な武装による攻撃を行ない先手を打つ。
②奇襲を受けて混乱している敵部隊にエールストライカー装備の
③
④後方から増速して現地に到着した”アークエンジェル”にMS隊が飛び乗り、急速離脱。
今回キラが配置されたのはAチーム、敵輸送部隊に切り込む役割を担うこととなった。
そう、Aチームである。つまり、今の”ストライク”はエールストライカーを装備しているのだ。
アリアの開発したストライカーや武器を装備していない、プレーンな状態である。
『今回、ヤマト少尉はエールストライカーで出撃してください』
その台詞が発せられた時、間違い無く”アークエンジェル”を激震が襲った。
エールストライカーで出撃しろ? 変な武器も持たせない?
すわ重大な病気か、あるいはZAFTによる精神攻撃かと周囲の人間が騒ぐのを甚だ不本意そうにしながらアリアは説明した。
『本当は私だって試したい装備があったんですよ。でもですよ……整備修理の連続で、試作装備の調整までやる暇があったとでも?』
要するに、”バルトフェルド隊”による襲撃のせいで実戦試験を行なう余裕が無い、というのが理由だった。
このような場面で”バルトフェルド隊”に救われることになったとは思わず、キラは何とも言いづらい苦笑いを浮かべていた。
後からキラが聞いた話によるとマルチプルアサルトストライカーという名前らしいが、なんとなくキラは嫌な予感を覚えていたりする。
(正直言うと、有り難いかな……!)
今回の作戦は時間との勝負になる。”アークエンジェル”が到着するまでの数分間で、可能な限り敵部隊に被害を与えなければならないのだ。
”コマンドー・ガンダム”あたりで出撃出来れば都合が良かったが、今は装備を補給部隊に引き渡してしまっているので使えない。そうなると、妙な装備をぶっつけで使わされるよりもクセの無いエールストライカーで出撃する方が遙かにやりやすかった。
とはいえ物資を攻撃する役割は、愛機にバズーカを装備させて出撃させたムウ、そしてショットガンを装備させたヒルデガルダに任せた方が良いだろうとキラは判断した。
キラは出撃前にムウに耳打ちされた言葉を思い出す。
『キラ、今回お前はヒルダのサポートに徹しろ。ただし、そうとは悟られないようにな』
『え?』
『今のあいつは
たしかに、ヒルデガルダの精神的不調は既に彼女とある程度親しい人物ならば誰でも知っていることだ。
マイケルやベントは彼女の自力での復帰を信じているようだが、キラとしては何かをしてやりたいという気持ちがあったためにムウの指示を了承する。
「MSは自分がやります、ワンド1、2は車両を!」
<頼む!>
<え……あ、うん、了解!>
ヒルデガルダは若干戸惑うものの、キラの言葉に頷く。
今の彼女にも、この場面で躊躇うことがどれだけ愚かなことであるかを判断出来るだけの冷静さは残っていた。
キラの視界には、”アークエンジェル”からの砲撃による混乱から立ち直りつつある敵部隊と、それを守るように疾走する複数の”バクゥ”の姿があった。
どうやら噂の”ラゴゥ”は出てきていないらしかった。
キラはその内の1機に狙いを定め、トリガーを引いた。
「1つ!」
「あたしだって……!」
早速キラが爆炎を生み出し始めている姿を見たヒルデガルダは、ジャンプして移動速度を速めた輸送車両群の真上にジャンプ、装備したショットガンを彼らの頭上から乱射する。
たちまちに車両に穴が開き、弾薬か何かに引火したのか1つの輸送車両が爆発を起こして宙を吹き飛んだ。その光景を見たヒルデガルダは、無意識の内に口端をつり上げる。
自分だって、やれる。高揚した気分のままでヒルダは輸送部隊の前方に陣取った。
そこでヒルデガルダは、ある武装を使用する。
「喰らえっ!」
次の瞬間、”ダガー”のつま先の砲口から12.5mm砲弾が発射され始めた。『MSの火力ではオーバーキルである』として”ダガー”に搭載された、12.5mm対人機関砲によるものである。
当然のことながら、50口径は対人を通り越して対物にも十分に通用する砲弾であり、走行していた車両は次々に穴だらけにされ、爆炎を挙げ始めた。向こう側でムウの”ダガー”もバズーカを敵が密集している部分に撃ち込み、一掃している姿が見える。
作戦は完璧に進行していた。自分はそれに貢献出来ているのだ。
自分はけして、お荷物ではない。後ろからただ見ているだけの『お嬢さん』ではない!
「やった、これで……?」
強烈な肯定感に浸るヒルデガルダ。しかし、彼女の目はある物を捉えた。
胴の下半分から先が千切れ飛んだ男の死体を抱えた、自分と同じくらいの年頃の少女の姿を。
少女は男を揺さぶるが、男は何の反応も返すことはない。
「あ……あ?」
ふと、視界に映る彼女と目が合った気がした。
無論、直接目が合ったわけではない。少女はあくまで”ダガー”を見ているだけだ。ヒルデガルダではない。
仲間の命を奪った巨大な悪魔の姿を、憎悪を込めて睨んでいたのだ。
少女は何かしらを叫びながら男の死体が持っていた拳銃を剥ぎ取って”ダガー”に乱射するが、そんなものがMSに通用する筈もない。
「ば……ばっかじゃないの!? そんなもん効くワケないでしょ! さっさと逃げるなり、なんなり……」
ヒルデガルダはそこで言葉を打ち切った。
どの口がほざく。少女が無謀な行為を始めた原因は、彼女の仲間を殺した自分だと言うのに。
やがて弾を撃ちきった少女は俯くが、程なくして今度は自分の腰から銃を取り出し。
───自らの頭部に銃口を押し当てた。
「まっ───」
少女の体が、男の死体に重なるように倒れ込む。
それは既に、少女ではなかった。
少女
「……うっ」
制限時間は刻々と経過している。今も、戦っているキラやムウの姿が見える。遠くには、こちらに接近するBチームの姿も見える。呆然とする暇は無い。
だが、それでも。
「う゛ぉ、げぇっ、えぇっ、ぷふぅ、うぅ……」
ヒルデガルダは、吐いた。
戦果がどうとか、仲間がどうとか、目の前の戦場とか、脳裏に焼き付いたあの少女の視線とか。そういったもの全てひっくるめて。
気持ち悪くて、仕方なかった。
<ヒルダ? おい、ヒルダ!?>
動きを止めたヒルデガルダの”ダガー”を見て、ソードストライカーを機体に装備させたマイケルが不安そうに声を掛ける。
早々に事態の収拾を付けた方がいい。そう判断したスノウはマイケルに命令を出す。
「ワンド3、ワンド2の援護をしろ。こちらは当初の予定通りにいく」
<スノ……了解だソード2!>
上官として命令をしてきたと判断したマイケルは普段の名前呼びを言い直し、ヒルデガルダの元に向かっていく。
これで良いだろう。スノウは改めて自らの獲物である敵MS隊に目を向け直す。
「ワンド4、支援射撃を頼む」
<任せて!>
ベントはいつも通り、使い慣れたランチャーストライカーでの砲撃支援を開始する。Aチームを誤射する危険があるために『アグニ』による攻撃の頻度は控えめだが、慎重かつ正確な射撃によって敵MSの動きは僅かに硬直する。
「───いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやっ!」
そして、スノウ・バアルの前で動きを止めることはすなわち、死を意味する。
ベントの支援のもとで次々と人型MSを切り捨てていくスノウ───”バクゥ”はキラによってあらかた撃破されていた───だが、自分の中の
(この、奇妙な感覚は……)
オカルトなどは信じていないスノウだったが、それでもこの感覚は、けして科学的に説明出来る物では無い、と彼女は考える。
なぜなら、彼女はこの感覚に覚えがあった。この感覚の正体を彼女は知っていた。
初めて感じたのは『自分』が目覚めて間もない頃、どこぞの『施設』で、同じように強化された男を相手にしての戦闘訓練の時。
目が血走った男が、ナイフをこちらに向けて突進してきた時のことだった。
これは、この感覚は。
(
「おいおいおい、手際良すぎだろ草通り越して芝生えるわ」
「そのキモい話し方止めろキモオタ。ネットスラングはネットで使いやがれ」
「あ? なに喧嘩売ってんの? 仕事前に空気悪くするとかねーわ、マジでねーわ」
「喧嘩してんじゃないバカ共。……にしても、隊長の読み通りだったか」
「『連中の初手はたぶん遠距離からの砲撃だから、戦いが始まってからしばらく経つくらいまでは少し離れた場所で様子見』。読み通り過ぎてこえーよ」
「こっちは念のためで、確率的には峡谷の方に来ると思ってたっぽいけどな……ま、十分だろ。
「自信満々かよ、引くわ」
「いちいちうるせーデブだな……」
「やめろってのが聞こえないならその耳ちぎってミミガーにしてやるわよ。───殺し合いなら終わってからにしなさい。いくわよ」
「へーへー」
「いや、一番怖いのあんただよ……」
高速で近づいてくる3つの動体反応は、”バクゥ”の基本速度を上回る速度でこちらに向かってきている。
<カップからMS隊へ、北方より接近する機影を確認した。数は3、その後方に更に1……これは!>
通信でサイが驚愕の声を挙げる。
無理も無い。
<照合完了、接近する機体はZAFT軍地上戦用MS”ラゴゥ”!>
「お出ましか……!」
大天使の前に、3頭の猟犬が立ちはだかった。
次回も金曜の夜に投稿を予定しています。
やっつけみたいな話が続いて申し訳ない……。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。