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”アークエンジェル”より南西部 山岳地帯
<今すぐ後退しろ、隊長! これ以上の戦闘は……!>
「分かってる!」
せっかく救援に駆けつけてくれたスノウに対して荒い口調になってしまうムウ。それもその筈、”アークエンジェル隊”は今まさに、壊滅の危機に陥っているのだ。
付かず離れずの巧妙な戦い方をする敵MS隊に自分達が引きつけられている間に”アークエンジェル”は敵対地攻撃部隊の襲撃に遭い離陸を妨害され、そうこうしている間に爆撃機の編隊まで飛んで来たという。ここでムウが取るべき行動は”アークエンジェル”まで後退することなのだが、それが困難な理由が2つあった。
1つは、前述した通り敵MS隊のやり口が巧妙で迂闊に背中を見せられないこと。
そしてもう1つは───。
「ヒルダ! 突っ込みすぎるなって言ってるだろ!」
<っく、でも!>
「冷静さを取り戻せ!」
戦闘前からの懸念、つまりヒルデガルダの危うさがここで露わとなってしまったのだ。
戦闘開始からここに至るまで何度かヒルデガルダは無闇矢鱈と敵への接近を試みていた。自身の乗機に装備させているのが近接戦仕様のソードストライカーとはいえ、敵の陣形が崩れていない状態で切り込んだところでそれは無理攻めでしかない。おまけに視野狭窄になったのか、戦線を下げるのに絶好のタイミングで踏み込もうとして、結局状況が変わらないなんていう事態にも発展した。
未だに被害が生まれていないのは”ダガー”の優秀な基本性能の高いこと、そして敵が消極的姿勢を取っているということに終始する。
<埒が開かないな……隊長、私が攪乱する。その隙に後退、どうだ?>
「頼むっ!」
<ああ。───しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァっ!>
ムウに確認を取った後のスノウの行動は正に神速。
小回りと瞬間速度では”ストライク”も上回る”デュエルダガー・カスタム”の機動性を遺憾なく発揮し、両手に構えたマシンピストルから弾幕をばらまきながら敵の目を引きつけ始めた。
敵MSも隙を見せれば一瞬で狩られるということを理解しているのか、こちらへの注意を向ける余裕は無さそうだ。ムウはそのように判断し、僚機に呼びかける。
「今のうちだ、退くぞ!───ヒルダ! 分かってるだろうな!?」
<……了、解!>
ギリッ、と通信越しに聞こえてきた不快な音を聞き、ムウは舌打ちをする。
歯ぎしりをしたいのはこちらだ。
しかし、そのような悪態をつく前にやらなければいけないことがある。
ムウは務めて平静を保つよう心がけながら”アークエンジェル”に向かい始めたが、内心にこびりついた部下の問題解決に奔走しなければならないことへの倦怠感を捨て去ることは出来そうになかった。
<あたしは……あたしだって……>
ヒルデガルダ・ミスティル軍曹。
公式撃墜数、未だ0。
”アークエンジェル”艦橋
「くそっ、あの高度じゃあ”ストライク”では対応出来ないぞ!」
「ワンド4は直ちに迎撃態勢を取ってください! 早く!」
「慌てるな、『バリアント』起動! 牽制を掛けるんだ!」
突如として襲来した爆撃機の編隊に艦橋は紛糾するが、マリューは指示を出し、冷静に対処を試みる。
一般的なビームライフルでは大気の影響を受けて照準がズレることもあってこの場では頼りに出来ないが、幸いにして、先ほどの”ストライク”の飛翔よりも更に高い高度から襲い来る敵への対処方は幾つかある。
その内の1つが、”アークエンジェル”の誇るレールガン”バリアントMK.8”だ。実弾兵器であるが故に大気の影響も少なく、また爆撃機の動きが機敏ではないこともあって十分に対処は可能としている。
開閉口が展開してその砲塔がせり出てくるが、事態はその数を2機にまで減らした”ディン”隊の行動で変化する。生き残っていた隊長機が“”ストライクに対して突貫、機体をぶつけることでその動きを封じたのだ。
”ストライク”という最大の障害を一時的に封じることに成功し、残ったもう1機の”ディン”が”アークエンジェル”に肉薄、その胸部に温存していた多目的ランチャーから小型ミサイルを一斉に解き放つ。
放たれたミサイルの内1つが『バリアント』の基部に命中、機能不全を引き起こした。
「『バリアント』1番、被弾! 射角が取れません!」
「嘘でしょぉ!?」
艦橋内の悲鳴の音量が更に上昇する。
それをなした張本人である”ディン”隊は、先ほどまでの粘り強さは何処へやら、一目散に飛び去ってしまった。
上空の爆撃機に気を取られた瞬間に行なわれた攻撃、そして早々の後退。まさか、これも『砂漠の虎』の読み通りだというのだろうか?
いや、間違い無い。あの”ディン”隊の目的は”アークエンジェル”の離陸妨害、そして爆撃機に対して有効な対空火器を潰すことだったのだ。
マリューが戦慄している間に、ついに爆撃機編隊が”アークエンジェル”の上方に到達した。
上方に段々と増えていく黒点。その1つが1つが大きな痛手になる爆弾であり、それらはたしかな殺意を伴って”アークエンジェル”に降ってくる。
「───『ヘルダート』、上方に発射!」
『バリアント』によって爆撃機の数を減らすことさえ出来なかった現状、『
爆撃とは『ただ敵のいるところに爆弾を落とすだけ』でしかない。しかし、それ故に誘導ミサイルのようにデコイを用いて狙いを逸らすということも出来ない。
やれることはやった。もはやマリュー達に出来るのは、「どうか当たりませんように」と祈ること、それしか無かった。
「来ますっ!」
アミカの悲鳴の直後、艦体が大きく、断続的に揺れ始める。
辺り一面に爆発炎が広がり、夜明け前の暗闇の中の”アークエンジェル”を照らした。
<ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>
甲板上に立ち、ランチャーストライカーに備わる120mm対艦バルカン砲を放ち爆弾の迎撃を試みるベントだが、それも焼け石に水。
爆弾を撃ち落とすどころか至近距離で発生した爆発によって吹き飛ばされ、機体ごと地面に叩きつけられてしまった。
<ベントさんっ! くっ……!>
懸命にライフルを連射するキラとてそれは同じこと。こちらの射撃は禄に当たらないが、敵は『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』理論で爆弾を雨あられと降り注がせてくる。
そして、まるでナイフを喉元に突きつけられた悪寒がキラを襲う。
必死に操縦桿を操り、向かう先は”アークエンジェル”艦橋、その真上。
<がぁっ!?>
艦橋に直撃するコースにあった爆弾、その落下コースに割り込んだ”ストライク”とキラに襲いかかったのは、予想よりもずっと大きな衝撃。
PS装甲の”ストライク”本体は無傷でも、中のパイロットはそうはいかない。真上に位置していたために艦橋の上に叩きつけられ、キラは思わず息を吐き出してしまう。
当然ながらその衝撃は艦橋内の乗組員にも襲いかかる。
「耐えるんだ! ここを耐えさえすれば、まだ十分に打開出来る!」
普段は温和なミヤムラの必死の指示も、幾重にも響く悲鳴によってかき消されてしまう。
悲鳴を挙げていない”マウス隊”移籍メンバー達でさえ、衝撃に備えるために両手で頭を覆って必死に時間が経つのを待つしか出来ずにいるのだ。仕方のないことではある。
しかし、ミヤムラの言うとおり、爆撃は無限ではない。
次第に揺れの数は少なくなり、収まっていく。
艦橋の上で”ストライク”が機体を起こす振動を切掛に平静を取り戻し、矢継ぎ早に被害状況を報告し始める。
モニターには被害状況を示す艦体図が表示されていたが、どこもかしこも
「『イーゲルシュテルン』3から7、9、11から13までが被弾、使用不可能! くそったれ、16基中8基もかよ!?」
「第27ブロックで火災発生、消火活動急げ!」
「左舷エンジンに異常発生、出力11%低下! 離陸はかろうじて可能ですが、高度が……!」
「ワンド4、滑落! 回収急げ!」
聞こえてくる報告は、どれもが耳を覆いたくなるような痛ましさをマリューに与えるが、それでも最悪ではない。
最悪は、脱したのだ。
「隊長、なんか普通に耐えられてますけど」
「あっれー!? これで十分だと思ったんだけどなぁ」
「ほら見なさい、あたしを省いて大物狩りなんかするからよ。あたしだったら1発だったわよ」
「爆撃編隊に戦車で張り合うなよスミレ……」
「いやー、驚いた。ここまでやって落ちないとは、”バルトフェルド”隊過去最大の難敵だね。
ところでダコスタ君。
「あと160秒ほどですね」
「だ、第2波接近! 数は先と同程度です!?」
サイが悲鳴のような声を挙げる。否、実際に悲鳴だった。
既にこちらの対空火器も、護衛のMSも半壊状態。そのくせに相手方は先ほどと同規模の爆弾を降らせてくるというのだ。次は確実にやられる。
唯一対抗出来そうな”スカイグラスパー”も、搭乗しているのは実戦での空対空戦の経験に乏しいトール。突っ込ませたところで護衛の”インフェストゥスⅡ”に阻まれて終わりだ。
そして先ほどの攻撃で発生した問題により、”アークエンジェル”は浮上するのに更なる時間を掛ける必要が出来た。
山岳地帯という地形は周囲を山に囲まれており、守りに強い。しかしそれは、守る側にとっても『移動しづらい』という弱点を与えることになる。
この場合、半端な高度では”アークエンジェル”は下手に飛ぼうとすれば辺りの岩肌に艦体をぶつけ、最悪そのまま墜落してしまう。
よって真上に浮上し、十分な高度を稼ぐ必要があるのだが、先ほどの報告にもあったように浮力が低下している現状では迅速な行動は難しい。
もはやこれまでか。
マリューが諦めかけた、その時である。
「───『ローエングリン』起動、並行して本艦の使用可能な全兵装も起動だ! 急げ!」
「えっ!?」
「っ、了解!」
突然の指示にマリューが戸惑う中、エリクとアミカは行動を開始、直ちに陽電子砲発射態勢を整えていく。
「な、なにを!?」
「もはや真っ当な方法での窮地からの脱却は不可能。ならば……奇策を以て事に当たるのみ」
「そ、それが『ローエングリン』の使用とどう関わってくるというのです!?」
「高度が足りないというなら、足りるようにするまで」
すっとミヤムラが指を指した方向には、”アークエンジェル”の前方を、まるで塞ぐかのように泰然とする山があった。
「……まさかっ!?」
「壁があるなら、砕くまで。『ローエングリン』を含む現在の本艦の全火力で目の前の山を粉砕し、必要高度を引き下げる!」
ミヤムラの打開策は、もはや賭けの領域にあった。
たしかに、上手くいけば山の標高を削り、”アークエンジェル”に上昇と前進を同時にさせることで斜め上に飛び立っていく形を作り出してこの窮地を脱せるかもしれない。
『ローエングリン』を以てしても目の前の山を崩せる確証は存在しない。浮力が足りずに岩肌に激突するかもしれない。リスクが高すぎる。
だが、マリューにそれ以上の打開策は思いつかなかった。拳を固く作り、無力に打ち震えるしかなかった。
それでも、やるべきことは残っている。それまでは、下を向くわけにはいかなかった。
「本艦はこれより急速浮上、現領域を離脱する! MS隊の収容を急げ!」
「ベントさん、ベントさん! くそっ、気を失っているのか……!」
<キラ、無事か!>
動きを止めたベントの”ダガー”を前に四苦八苦するキラの元に、ようやくムウ達が駆けつける。
流石に“ストライク”1機で”ダガー”を迅速に運び込むのは難しい。こうなればコクピットをこじ開けて中のベントだけでも……とキラが考えて始めた時、絶好のタイミングであった。
「隊長、ワンド4は気絶している模様! 運ぶのを手伝ってください!」
<任せろ! ワンド2、3は先に艦内に! モタモタすんなよ!>
『了解!』
次々と”アークエンジェル”のハッチに飛び込んでいく”ダガー”を尻目に、ムウの”ダガー”と協力してベントの”ダガー”を抱える”ストライク”。
キラが心配しているのは、ベントのことだけではなかった。
「ソード2は!?」
<後から追いついてくる! いくぞ、1、2の……>
2機で飛び上がり、スペースに余裕のある後部着艦ハッチに飛び込む。
これで後は、”インフェストゥスⅡ”を警戒して着艦を遅らせているトールの”スカイグラスパー”と、スノウの”デュエルダガー・カスタム”だけだ。
<全兵装、使用可能! 司令!>
<全兵装を前方に集中! 目標、目障りな壁!>
その直後、先ほどまでの爆撃とはまた違う衝撃がキラ達を襲った。
「くうっ!?」
<今だ! エンジン全開、飛び立てぇっ!>
浮遊感が全身を襲う中、キラだけは別のものに気を向けていた。
飛翔し始めた”アークエンジェル”の後方から迫る機影、すなわち”デュエルダガー・カスタム”に気付いたのである。
「ソード2、急いで!」
<分かっている!>
怒鳴り声で返答が帰ってくるが、その声にも焦りが含まれていた。
ここにいる全員が、例外なく必死になっていた。
<届けぇっ!>
飛翔する”デュエルダガー・カスタム”。それと同時に、”アークエンジェル”が前進を始める。
「───少尉ぃっ!」
<ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!>
壊す勢いでスノウはペダルを踏み込み、”デュエルダガー・カスタム”をハッチまで向かわせる。
伸ばされた右腕は、僅かに届かず───。
<あらよっと!>
僅かな不足を、2つの腕が補った。
”ストライク”と、ムウの”ダガー”がその腕を掴んだのである。
<間一髪、だな!>
<……感謝します>
息を荒くしながらムウに感謝を示すスノウ。その息は激しく乱れている。
彼女は
ホッと息を吐くキラ。段々と閉じていくハッチの隙間から、先ほどまで自分達がいた場所を燃やし尽くす業火が見えていた。
自分達は、今日もまた、生き残ったのだ。
直後、ガリガリガリッ、という音と衝撃が艦内に響き渡る。
まだ敵の奥の手が残っていたのか、と警戒するキラの耳に飛び込んできたのは、整備士達の悲鳴。
<あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ、底面が山肌に擦られる音ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!>
<船渠に入ったら艦艇整備士達に白い目で見られるやーつ!>
<あっはっはっはっは! せっかく直したMSもまたまたまた修理地獄だよクソがぁっ!>
「……」
どうやら、杞憂であったようだ。
キラは合掌しながら、ふとあることに気付く。
出撃前に見た時刻と、今現在の時刻がほとんど変化していないのだ。おおよそ、3、40分といったところだろうか。
「たった、それだけしか……」
1時間にも満たない戦闘をこれほど長く感じたのは、何時ぶりだろうか。
キラは段々と眠気が襲ってきていることに気付く。起床したのはついさっきだというのに、無理矢理起こされたようなものであっても、十分に睡眠時間は取っていた筈なのに、眠気を感じる。
それだけの疲労が、あの短時間に襲ってきていたのだ。
「これが……戦争、か」
”バルトフェルド隊” 仮設指揮所
「……逃げられちゃいましたね」
ダコスタのぼやきに反応する者は誰もいなかった。
これまで狙ってきた獲物は、尽く討ち取ってきた。いつも通りだったら、この辺りにはコーヒーの匂いが充満して、我らが隊長が飄々とした顔でそれを堪能している筈だった。
しかし、今目の前に広がっているのは全く異なる光景。
バルトフェルドが、あのコーヒーフリーク極まったバルトフェルドが。
挽いたコーヒーを1口も飲まず、地面に捨てているのである。
「あーあ、もったいない。あたしはわかんないけど、良い豆だったんじゃないのそれ?」
「そうだよ。───だからこそ、捨ててるんだよ」
スミレのぼやきにバルトフェルドはそう帰す。
作戦は失敗に終わった。そんな有様でこのコーヒーを飲むことは出来ない、許されない。
しかしここで取っておくというのもまた、まるで作戦に「あそこでこうしていれば良かった」という未練を引きずるような気がしてならないのだ。時間の経ったコーヒーが劣化するのが耐えられない、というのもあるが。
「これはケジメってやつだよ。今捨てたコーヒー、失った装備……そして兵達の命。何1つとして無駄では無かったことの証明のために、ね」
「ふーん。……それだけじゃないでしょ?」
分かっちゃうかぁ、とバルトフェルドは頭を掻く。その顔に浮かんでいた表情は、怒りも悲壮でもなく、歓喜。
失われたものを考えれば、このような顔をするべきではない。それは自覚していたが、抑えられなかったのだ。
何を?───ようやく巡り会えた強敵への闘争心と、期待を。
「やっぱり僕って戦争向いてないね。思い通りに事態が動くのが最善なのに、思い通りにならない敵がいるってことに、ワクワクしちゃうんだからさ」
「そうでなくっちゃ!」
パンッ、と拳を反対の手の平に打ち付けるスミレ。それを見て笑みを深めるダコスタ。
そうだ、この場では取り逃したが、それは自分達の本来の土俵では無かった。
次こそは”バルトフェルド隊”が、『深緑の巨狼』が、そして『砂漠の虎』が恐れられる所以を教えてやろう。
ダコスタの視線、その先には。
───オレンジの4足歩行型MSが、
これにて、バルトフェルド隊との第一戦は終了となります。
アークエンジェルの無茶苦茶な切り抜け方が引っかかるかもしれませんが、ご容赦ください。
作者の脳ではこうでもしないと、あの状況を切り抜けさせられなかったのです……。
次回はいったん番外編更新の方に移ろうと思います。
いい加減「Thunder clap」の後編を更新していかないとね……。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。