機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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第88話「Q.天使とは何を以て天使なのか」

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中央アフリカ 山脈地帯

 

「出てきたぞ! 例の白いの、“ストライク”だ!」

 

愛機である”ディン”を操りながら、チームリーダーの男は僚機に警戒を呼びかけた。

これまで集めた情報で、あのトリコロールのMSが驚異的な戦闘力を持っていることは把握済みである。たとえ自分達が有利な空中に陣取っていたとしても、警戒をするに十分な相手だ。

それにしても、と彼は舌を巻いた。驚異的なのは”ストライク”だけではない。その僚機や、母艦である”アークエンジェル”だって十二分に難敵だ。

艦橋やエンジンを守るように配置された対空機銃砲座の弾幕は装甲が脆弱な”ディン”には掠るだけでも致命的だし、甲板の上に陣取った砲撃戦装備の”ダガー”が放ってくる強力なビームは言うまでも無く必殺である。

低空から接近して敵艦の懐を攻撃する”アジャイル”戦闘ヘリも、機敏に動き回るカスタム機の放つマシンピストルによる銃撃で徐々に数を減らしている。あの機体も、単独での戦闘力は”ストライク”に並ぶとして要注意だ。

しかし、だとしても依然として有利なのは自分達の側だ。

 

「おっと!」

 

自分目がけて放たれたビームを、男は間一髪で避ける。このビームは”ストライク”によるものだった。

なるほど、たしかに良い腕をしている。間合い一つ離れた位置にいる自分を指揮官機と見抜く戦術眼も中々だ。

男は冷や汗をかいた自分を自覚しながらも、それでもにやりと笑ってみせた。

 

「”バルトフェルド隊”なんだぜ、俺達は!?」

 

彼の自信の理由は、それだけで十分だった。

 

 

 

 

 

「避けた!?」

 

キラは自分の攻撃が失敗したことに若干の驚きを覚えた。

マモリ・イスルギという教官のもとで基礎を得て、ここまでの実戦で磨かれたキラの射撃能力は文句なしに最高峰のものとなっていた。キラ自身もたしかに必中を確信して放たれた射撃、それをあの指揮官機らしき”ディン”は紙一重で避けてみせたのだ。

驚愕による僅かな硬直、その隙をついて他の”ディン”からの攻撃が”ストライク”に襲いかかる。

 

「ぐうっ……!」

 

PS装甲の御陰でダメージは0に等しいが、着弾の衝撃まで消せるものではない。

揺れる機内で、キラは思考を巡らせる。

 

(考えろキラ……! 自分よりも高いところを飛び回る”ディン”相手に、どうすれば勝てる!?)

 

エールストライカーの推進力があれば一時的に”ディン”と同じ高度にまで飛び上がることは可能だろう。しかし、エールストライカーには滞空能力が無い。

”スカイグラスパー”の登場によって空という戦場から追われた”ディン”が、今でも一定以上の評価を維持しているのは、『上から下にそれなりの火力を叩きつけ()()()()()』点にあるのだ。

トールの駆る”スカイグラスパー”が唯一対等に渡り合える存在ではあるのだが、今は彼も別の仕事にかかりっきりのために増援は期待出来そうにない。

 

「……やるしかない、か」

 

キラの研ぎ澄まされた思考は、彼に()()()()を思いつかせた。

それはけしてパイロット訓練の際に教わるようなことではなかったし、マモリだって実際に見れば激怒するかもしれない。

だが、手早く敵を片付ける必要があった。離れた場所の仲間達を助けにいく必要もあった。

まるで()()()()()()()()()()()()()全能感も後押ししてくれた。

ならば、躊躇う理由は無かった。

キラは飛んだ。

 

 

 

 

 

「なんだと!?」

 

先ほどまで地上から射撃してきていた”ストライク”が突如として飛び上がってきた時、それを目撃した全員が驚愕に目を見開いた。歴戦の”バルトフェルド隊”といえど、今までそんな無謀なことをしてきた敵と出会ったことは無かったからだ。

 

「自由飛行も出来ない身で、この”ディン”相手に空中戦を挑もうというのか!?」

 

その言葉には、「不利な戦い方を選んでも自分達に勝てる」という思い上がりを持った”ストライク”に対する怒りがこれでもかと詰まっていた。

しかし、この悪名高い白いMSは、これまで単機でいくつもの味方を葬ってきた存在でもあった。

警戒はする。それはそれとして、舐めた行動には怒りをぶつけさせて貰おう───!

 

「そんなナリで俺達の領域に踏み入ろうってのか、えぇ!?」

 

マシンガンと散弾銃の連射を、”ストライク”は盾で受け止める。

右手に持ったライフルを撃ち返す余裕も無いようだ。その様を笑っていた男だったが、次第にその顔へ困惑をにじませていった。

 

(おかしい。何故失策を悟って下りようとしない?)

 

此方からの攻撃を受け止めるしか無いのだから、普通は態勢の不利を悟って減速し、地に足を付けようとする筈だ。

にも関わらず、“ストライク”は減速しない。盾を構えたまま、隊長機である自分のところまで向かってこようとしている。

まさか、このまま体当たりでもしようというのだろうか。そう考えた男の予想通りに”ストライク”は男の目の前まで迫り、そして。

()()()()()()

 

「っ!?」

 

まるで意味がわからない。あの勢いのままいけば、確実に自分の居る高度まで届いたはずだ。

勿論そうなった場合の対処法も男は思いついていたが、肝心の敵がそれをせずに落ちていってしまうなど、誰が想像出来るだろうか。

だが、男は”ストライク”……正確には、”ストライク”の落ちていった方向を見て、三度驚愕させられることになる。

 

<あっ!?>

 

男は”ディン”攻撃隊のリーダーとして、もっとも高い位置に陣取っていた。そう、()()()()

”ストライク”の落ちていった方向、そこには、”アークエンジェル”への攻撃を優先していた味方の”ディン”がいた。

あろうことか”ストライク”は、その”ディン”を踏みつけ、再びスラスターを点火したのだ!

ここまできて、ようやく男は”ストライク”のパイロットの狙いに気付いた。

スラスターは使い続ければその熱を処理出来ずにオーバーヒートし、機能を一時停止させてしまう。それを避けるためには、所々でスラスターを休ませる必要がある。

突進と見せかけた急上昇はただのブラフ(引っかけ)

本命は、隊長機よりも下の位置にいる”ディン”を踏み台にすること。

スラスターを休ませ、より高く、より強く上昇するために───!

 

「はっ……」

 

ついに”ストライク”は隊長機を抜き去り、この場の誰よりも高い場所に飛び上がった。

自由に空を駆ける翼を持った”ディン”よりも、更に高い場所。

 

「そんなん有りかよ───!?」

 

夜明け近くの、青みがかってきた空を背景(バック)に。

”ストライク”はツインアイを瞬かせ、ライフルを両手で構えた。

 

 

 

 

 

「キラ君が、あんな戦い方を……」

 

マリューは驚きのあまり、階級を付けて呼ぶことすら忘れて言葉を紡ぐ。

”ディン”を踏み台にして高度を稼いでからの”ストライク”は圧倒的だった。

エールストライカーの滑空能力を活かしてなめらかに舞い降りながら、その手に握ったライフルから正確無比な射撃を放っている。その動きは、さながら空中でダンスでも繰り広げているのではないかと思うほどに華麗だ。

いきなり上下の立場が逆転した”ディン”隊はこの事態に動揺、”ストライク”への対処に掛かりきりとなっている。”アークエンジェル”への攻撃の手は、もはやその数を当初の半分以下にまで落とした”アジャイル”くらいしかいない。

そしてその”アジャイル”も───。

 

<こちらワンド4よりソード2へ! ”アジャイル”の相手は僕に任せて、フラガ隊長達の元に!>

 

<……任せる!>

 

一瞬の考慮の後に、”デュエルダガー・カスタム”がムウ達の戦っている方向に向かって駆けていく。

これで、ムウ達の救援という問題にも対処出来た。北北西に陣取ったMS隊については結局有効な手を打つことは出来なかったが、それでもトールがその場で監視を続けている以上、何か動きがあれば今なら対処は可能だ。

───切り抜けた。そう実感し、安堵で息をつくマリュー。他にも何人か、同じようにしている者達がいる。

しかし、そうではない者もいた。

エリク・トルーマンやアミカ・リー、マイケル・ベンジャミンといった”マウス隊”移籍組と、ヘンリー・ミヤムラである。

彼らは状況が好転したにも関わらずその肩から力を抜こうとせず、モニターをにらみつけたり、あるいは離陸準備を進めている。

 

(なーにか、変だよねぇ……)

 

歴戦のオペレーターであるアミカの中には、歴戦であるが故のある種の()のようなものが身についていた。

彼女を始め、”マウス隊”にいたことのある者達は大なり小なり窮地に追い込まれた経験がある。その度に戦術や自分達の能力を活用して切り抜けてきた。

しかし、それまでの経験と現在の状況で異なっていることがある。

それは、達成感とも安堵ともつかない、なんとも名付けがたい『感覚』が来ないということだ。『空気が変わっていない』、と表現することも可能かもしれない。

この攻撃の意味はなんだ?

威力偵察? NO。それにしてはあまりに戦力が過剰。

この戦力で十分だと判断しての攻撃? それもおそらくNO。単機で1つの拠点を壊滅させうる”ストライク”がいるということを知ってこれなワケがない。

一番あり得るのは嫌がらせ(ハラスメント)だが、これはこちらを撤退に追い込むには不確実だ。こちらがどこかしらから補給を受けていることは向こうも察しているだろうし、何より嫌がらせは継続して行なうからこそ意味があるものだ。今のZAFTにその余力があるだろうか?

そうなれば、この『空気』が変わらない理由は1つ、『”アークエンジェル”の撃滅』に絞られる。

 

(だけどここからどうやって”アークエンジェル”を沈めるつもり? ”フェンリル”による超長距離砲撃……あり得なくはないけど、この山岳地帯では射線が限られる。山なりに砲弾を撃ち込むにしたって……)

 

とにかく、今は飛び立つのが先決だ。

既に位置が割れている以上留まる意味が無いのはとっくの昔に明らかとなっている。それに、「『空気』が変わらない」などという不確定な理由で場を混乱させるのも避けたい。

肩の力を抜けないのは、戦闘が終わっていないからだ。きっとそうに違いない。そんなアミカの思考は、レーダーに新たに1つの光点が生まれたことによって止められる。

いや、1つではない。2つ、3つとドンドン増えてくる。

 

「艦長! 新たにこちらに接近する物体を確認しましたー!」

 

「えぇ!?」

 

それを聞いたマリューも驚愕に目を見開く。

既に大勢は決まった筈。ここで新たに戦力を投入する意味がどこにある?

これでは徒に戦力を消耗するだけではないのか?

 

「……そうか! そういうことか!」

 

その隣で、ミヤムラもまた拳をアームレストに叩きつける。

老齢故にその拳に勢いは無かったが、痛恨といった様子を見せるミヤムラ。彼が何に気付いたのか、それをマリューが問おうとした時、モニターに()()()は映し出された。

 

「え、えぇ……」

 

「ははっ……嘘だろ。ここまでやるか?」

 

開いた口が塞がらなくなったマリューと、その後方のオペレーター席で苦笑いをするエリク。

それも仕方のないことだろう。『まだ何かある』と身構えていた”マウス隊”メンバーでさえ、予想だにしない『切り札』がやってきたのだから。

 

「……”アークエンジェル”1隻のために、()()()()()()なんて引っ張り出すか!?」

 

先ほどの”ストライク”よりも更なる高み、手の届かない天空。

そこを飛行する20機余りの爆撃機が、”インフェストゥスⅡ”の護衛を付け、”アークエンジェル”に襲いかかろうとしていた。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”より西方にて

”バルトフェルド隊” 仮設指揮所

 

「なんとまあ、大胆な手ですね……MSや戦闘ヘリで敵をその場に留めておき、そこをエリアごと爆撃するなんて」

 

「そうかなぁ?」

 

ポリポリと頭を掻くバルトフェルド。それを見てマーチン・ダコスタは、本日何度目か分からない溜息を吐いた。

その場に設置されたモニターには、バルトフェルドの推測通りに推移する戦場の様子が映し出されている。

 

「MS隊第一陣による敵機動戦力の誘引、第二陣による様子の窺い、そして本命……に()()()()()足止め部隊。ここまでの全てが、絨毯爆撃のための布石だなんて誰にも読めませんよ」

 

「読まれたら困るよぉ、せっかく借りてきた爆撃機なんだからさ」

 

それはたしかにそうだ。ダコスタは内心で頷く。

連合軍の大規模作戦が間近に迫る中、爆撃機編隊という貴重な戦力を引っ張ってくることに成功したのは”バルトフェルド隊”のネームバリューと、この任務の重要性を相手方に説き、頭を下げたバルトフェルドの努力の賜物なのだ。

ZAFTでは運用ノウハウがほとんど無いため、経験を積ませるという意味合いもあるにはあったが。

これらの爆撃機をどこから持ってきたのかというと、当然どれもZAFTの開発したものではない。『三月禍戦』で連合軍から鹵獲した”ネッフ”爆撃機であったり、あるいは同盟国家から払い下げられた旧式の爆撃機をかき集めて、編隊を組めるだけの数を揃えたのだ。

あくまで戦術の1つとして起用出来る筈だと揃えたは良いが、当然の問題として浮上してくるのが『人手不足』だが、これも”オートマトン”の自動運転技術の流用により早くに解決した。

元々司令塔(コマンダー)から下される大まかな指示に従って集団で行動する”オートマトン”と、複雑な機動を行なう必要がない爆撃機は相性が良かったのだ。

現在”アークエンジェル”に向かって飛んでいく20機ほどの爆撃編隊の中にも、実は実際にパイロットが搭乗している機体は実に5機ほどしかない。

今のZAFTにおいてもっとも求められているのは強力なMSではなく、人材だ。彼らに経験を積ませられる機会が来たとくれば、なるほどバルトフェルドの目の付け所は意外と順当であったかもしれない。

 

「でも、いいんですか? 『せっかくの獲物なのに1発しか撃ってない!』ってスミレがぶー垂れてましたよ」

 

「えぇ!?」

 

「なんで驚くんですか」

 

「いや、だってさ? 彼女は立派に仕事を果たしたよ? 彼女が痛烈なファースト・アタックをたたき込んでくれた御陰で、あの艦は空への注意をおろそかにしたんだからさ」

 

『深緑の巨狼』の名は連合軍内でも広く知れ渡っている。

その本人に一度狙われたのだ。いくら山岳地帯という戦車を運用するには向かない地帯であっても、輸送機で空輸し、絶好のポジションから砲撃を行なうということも不可能では無いのだから、警戒をせざるを得ない。

まさか”アークエンジェル”の兵士も、最初の”フェンリル”の砲撃からここに至るまでの過程、その全てがこの男の想定から大きく外れることなく進んでいたとは思うまい。

 

「わざわざあの辺に”フェンリル”を持っていくより、最初から飛んでって吹き飛ばしてくれる爆撃機の方が楽だし確実だよ」

 

まあ、あの”ストライク”の動きには流石に驚かされたがね。

そう言いながら、つまらなさそうにインスタントコーヒーをすするバルトフェルド。きっと彼にとって、あの”ストライク”の奮戦もある程度は想像通りだったのだろう。

 

「でも、爆撃で本当にあの艦を仕留められますかね?」

 

「んー、どうだろうね。半々ってところかな?」

 

「えぇ……」

 

「別に完全に撃破する必要なんか無いんだよ。飛べなくなるだけで、あの艦は終わったようなもんだ」

 

艦橋でもいいし、エンジンでもいい。なんなら翼でもいいだろう。

敵地に侵入して飛行不可能になるということは、神出鬼没の難敵から格好の獲物へとその身を転じることに他ならない。運が良ければ、艦と艦載機を拿捕することも可能であるかもしれない。

あの艦がいる場所は連合側ではなく、ZAFT側なのだ。持久戦でもなんでも好きに料理出来る。

 

「天使や悪魔が畏怖されたのは、羽根が付いてて空を飛べる(人には出来ないことが出来る)からだ。───羽根を捥がれてしまえば、後は囲んで棒で叩くだけで殺せる只人とどう違うって?」

 

信仰というもののほとんどが衰退したC.Eだが、もしも神がいるとしたらきっとこの男のことが嫌いなのだろう。

平和に無駄な時間を過ごすことを何よりも好むアンドリュー・バルトフェルド。しかし彼の戦いの才能は底知れず、また、その戦いには無駄が極めて少ない。

相反する二面性を持つ男はマグカップを置き、近くに置いておいたコーヒーメーカーを起動する。

 

「せっかくブルーマウンテン(コーヒーの王様)を用意したっていうのに、これじゃ飲み応えが無いかもしれないな~」

 

重要な任務の後にはその重要度に応じて格の高いコーヒー豆を用意し、手ずから煎ったそれから作ったコーヒーを飲む。

彼にとって一種のお約束(ジンクス)と化したこの行為は、それを知る者からは喜ばしいことに───そして連合軍からは憎々しいことに───阻まれたことは無いまま、継続中であった。




次回で決着です。
長くて前後編どころか前中後編になってしまった……。



なんとなく、バルトフェルドのステータスを作成してみました。
比較対象として最近またしても影が薄くなり始めたユージ君のステータスを載せておきます。

ユージ・ムラマツ(Sランク)(成長限界)
指揮 15 魅力 13
射撃 13 格闘 9
耐久 12 反応 10

アンドリュー・バルトフェルド(Aランク)
指揮 16 魅力 15
射撃 14 格闘 16
耐久 14 反応 14

得意分野 ・指揮 ・格闘 ・反応

なんということでしょう。オリ主かつ連合最強部隊長のクセになに一つ勝ってるところがありません!
成長性さえもです!
まあ、こんな感じに想像しながら書いてますよというお話。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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