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”アークエンジェル”艦橋
「敵の規模は!?」
「現在確認されているのはMSが3機です。威力偵察の可能性もありますが、いかがいたしますか?」
艦橋に駆け込んできたミヤムラに、マリューが敬礼しながら返事をする。
現在”アークエンジェル”では、設置式の索敵センサーがMSの反応を感知したため戦闘態勢を取っていた。夜明け間近という奇襲にはもっとも都合の良い時間帯の出来事ではあったが、それを理由に撃破されるなど洒落にもなっていない。兵士達もこういう事態に備えて迅速に起床する訓練を受けているため、戦闘準備は完了している。
しかし、マリューは絶妙な
「たしかに、敵襲といっても確認出来ているのは3機のみ。こちらへの奇襲には余りにも少ないが、かといって伏兵の可能性もある。MS隊総出であれば速攻で叩き潰せるだろうが、艦からMS隊を引きつけることが目的だとすれば……。……ラミアス艦長、君はどうするべきだと思う?」
ミヤムラはマリューに判断を求めた。
これはただ他人任せにしているのではなく、あくまで自分はご意見番に徹し、若者達に主導性を持たせようという思いがあるためである。マリューもそれは薄々と理解していたため、僅かに考え込んだ後、自分の考えを話し始めた。
「どちらにせよ、単艦での陽動作戦を行なっている本艦の場所が割れている時点でこの場所からは離れなければいけません。早急に発進準備を進めますが、それまで敵をこちらに近づけないよう牽制を掛ける必要があると思います」
「どのように牽制を行なうのかね?」
「MS隊の内から数機を反応があった方向に向けて進行させ、簡単な警戒線を敷きます。残りのMS隊は本艦の防衛に専念して貰います」
「よろしい。ならばそのようにしたまえ」
そう言うと、ミヤムラは自分の席にどっしりと座り込む。どうやら、問題は無いと判断されたようだった。
マリューはCICを介して指示をMS隊に伝え始めるが、内心では不安を拭い切れていなかった。
必ず何かある。そう感じながらも、マリューにはそれ以上のことが出来なかった。
「“ストライク”の修理も完了していないっていうのに……!」
”アークエンジェル”より南西方面 山岳地帯
「お前ら、分かってるな? 俺達の役割は敵MS隊を”アークエンジェル”に近づけないことだ! 深追いはするなよ!」
『了解!』
先ほど、ムウはCICから通達された簡易防衛線構築の命令を受け、その実行メンバーを選出してから出撃した。
スノウは
ベントは僅かに精神的不調を抱えていること、そして彼の得意な砲撃戦は艦の防衛に有効と判断して待機。
必然、選出されたメンバーはマイケルとヒルデガルダ、そして指揮を執る自分の3人となる。敵MSの数も3、こちらも3。数の上では互角だが、それとはまた違った理由でムウは一抹の不安を抱えていた。
<今日こそ、上手くやってやるんだから……!>
何かしらの焦りがあるのか、ヒルデガルダが前のめり気味なのだ。
”アークエンジェル”が発進準備を終えるまでの時間稼ぎで良いのだが、もしかしたら敵に必要以上に気を取られ、踏み込み過ぎるかもしれない。
(マイケルだけ連れて行くべきだったか……?)
自分の部下達の中でも、とりわけマイケルの戦い方には特長と呼べる物はない。しいて言うなら、ヒルデガルダと並んでムードメーカーとして部隊内の緊張感を和らげるくらいか。
しかしムウは、マイケルを強く評価していた。特長は無いが、安定した戦いをしてみせるからだ。
前衛が不足していれば前衛に、傷ついた味方がいればそのカバーにと、安心して多方面への仕事を回すことが出来る。今回の戦闘でも、おそらく大きなヘマをすることは無いだろう。
ランチェスターの第三法則、つまり攻者3倍の法則*1というのもあるし、時間稼ぎをするだけというならマイケルだけを連れて行くのは十分
しかし、そうなると今度はヒルデガルダを艦の防衛に回す───つまり自分の目の届かないところに配置するということになる。自分がフォロー出来ないというのも、それはそれで不安だった。
何より、今のヒルデガルダだと「自分も連れて行け」と言い出しかねない。
「ったく、考えることが多くてやんなっちゃうぜ……! そろそろ目的地点だ、全機、警戒態勢!」
そうこうしている内に、索敵センサーの存在していた位置が近づいていく。索敵センサーは敵の存在を探知した直後に破壊されたらしく、今は何の反応も送ってこない。
敵もバカではない。感知された地点からバカ正直に”アークエンジェル”へ近づいていけば、迎撃準備が出来ている自分達とかち合う羽目になるからだ。
であれば、敵の動き方は大まかに2つ。1つは、こちらとの接敵を避けて遠回りに”アークエンジェル”の方に向かう動き。
そしてもう1つは───。
<───うわっ!? 野郎、撃ってきやがった!>
待ち伏せして自分達を叩き潰す。どうやらこの敵は、後者だったようだ。
「落ち着け! 陣形を乱さず、敵の確認に努めろ!」
ファーストアタックは許してしまったが、逆に言えば初手という絶好の機会を相手は取りこぼしたということだ。
愛機である”ダガー”のメインカメラが、木々や山に隠れながらこちらに攻撃を行なった山岳迷彩仕様”ジン・オーカー”の姿を捉える。
<”ジン”なんか、今更!>
「前に出るなヒルダ! 敵の全滅が目的じゃないんだぞ!」
<っ……了解>
ソードストライカーから対艦刀を引き抜こうとするヒルデガルダを制する。かろうじて言葉で押し留まったが、今にも飛び出していきそうな雰囲気はそのままだ。
何か切掛があれば、
「早め早めでお願いしますよぉ、エンジンルームの皆さん!」
”アークエンジェル”が発進準備を終えるまで、およそ15分。
普段ならあっという間のはずなのに、今のムウには時間がゆっくりと進んでいるようにすら感じられた。
”アークエンジェル”艦橋
「牽制チームが接敵しました! 数は3、”ジン”タイプのみだそうです!」
エリクから伝えられた情報に、マリューは安堵する。
”ゲイツ”タイプではなく、旧式の”ジン”タイプ。それなら殲滅は無理でも、MS隊が返り討ちになることは無いだろうと思ったからだ。
もしかすると、本当にただの偵察だったのではないだろうか?
しかし、次にサイから発せられた情報にその楽観思考は打ち砕かれることになる。
「これは……第4センサーに反応! こちらも同じく、MSサイズが3……あっ、センサーからの反応が途絶しました! おそらく、破壊されたと思われます!」
「第4……北北西ですね。どうします艦長?」
アミカはそう言ってくるが、こちらには既に自由に動かせる駒がほとんど無い。
艦長席に備え付けられた受話器を手に取って格納庫に通信をつなぐマリュー。
「ラミアスです。”ストライク”の修理はまだ掛かりそう?」
<もう少し待ってください、あと10……8分! 最終調整だけなんです!>
「5分で済ませて。……仕方ありません、ペンタクル1、ケーニヒ2等兵に出撃命令を伝えて! 内容は『北北西に確認された部隊の偵察』!」
「了解!」
少しして、右舷ハッチから”スカイグラスパー”が飛び立っていくのが見えた。小回りを優先してか、ストライカーは付けていない。
これでどうにか、最低限の対処は出来た筈。新たに確認された敵の動きが分かれば、艦の防衛に回しているスノウを向かわせるなどして対処も出来る。
しかしマリューは歯がみをするしかなかった。戦力を小出し
何か、敵の思い通りに動かされているのではないか?
不安を覚えてチラリとミヤムラを見ても、彼は手元の地形図を睨んだまま、何も言おうとはしない。
不安を拭えぬまま、トールからの報告が届いた。
<こちら、ペンタクル1! 確認出来た限りでは、”ジン”が2……いや3機です! 動きはありません!>
「……ケーニヒ2等兵、何か気付いたことはある?」
<え?>
マリューの質問にモニター越しに首を傾げるトール。
今必要なのは、情報だった。どんな小さなものでも欲しかった。
「どんな小さなことでもいいの、何か不思議に思ったことは?」
<……なんだか、
トールの話を信じるなら、やはり北北西の部隊も本命というわけではなさそうだ。しかし、そうなるとやはり「引っ張り出されている」という妄想が現実味を帯びてくる。
とりあえず目を離すワケにもいかないため、トールにはそのまま敵の有効射程外からの偵察続行を命じておくマリュー。
そんな中、沈黙を保っていたミヤムラが口を開いた。
「ラミアス艦長。直ちにMS隊とケーニヒ2等兵を帰還させるべきだ」
「えっ……」
「ここにきてようやく確信できた。これまで確認出来た2つの部隊は、やはり陽動だ。南西と北北西、2方向からの部隊を順々に投入することによってこちらの戦力の分析と引き離しを行なったんだよ。ならば、次に行なわれるのは当然───」
「っ、これは!?」
レーダーを見つめていたCICのチャンドラ2世が驚愕の声を挙げる。それを聞いたミヤムラは痛恨たる思いを顔ににじませながら呟いた。───遅かったか、と。
「対空レーダーに反応! 5機のMSがこちらに向かって接近中、いずれも”ディン”タイプ!」
「おまけに脚部に対地攻撃用ミサイルポッドを増設してるみたいです! 間違いありませんよ、
次々と変化する状況。マリューも必死に頭を働かせて次の一手を考えるが、変化はそれを上回る速度で行なわれていく。
(5機ならバアル少尉とディード軍曹の2人、そして”アークエンジェル”の対空火器で対処出来る……いや、ここまできて本命がたった5機の”ディン”だけなわけがない。早急に離陸しようにも、フラガ少佐達を置いていくわけにもいかない! せめてヤマト少尉が動けるようになれば……!)
今となっては仕方のないことだが、この戦いでは自分達は致命的なミスを犯した。最善策は、『逃げること』だったのだ。マリューは悔恨のあまり思わず爪を噛んでしまった。
敵部隊の目的がなんであれ、さっさと飛んで逃げてしまえば良かった。なまじ敵の戦力が少ないからと、こちらの戦力なら十分対処可能だからと欲をかいた結果が現状である。
艦橋内に更なる報告が響き渡る。もはや誰の声を聞いても悲鳴にしか聞こえない。
「ちくしょう、やっぱりあれだけなワケがなかった! 艦長! 第3、第8センサーが此方に向かって飛翔する物体を複数感知しました! MSサイズではありません、おそらくZAFT軍の攻撃ヘリ”アジャイル”です!」
「くそっ、こいつらちょこまかと……!」
間違い無く、今の自分は
ベントと2人で緊張感に苛まされながら艦の周辺を警戒していたところに、いきなりの”ディン”部隊による奇襲。
明らかに戦い慣れしている部隊だった。
初手でこちらに向かって脚部に装備していた空対地ミサイルを発射、こちらがその迎撃に手間取っている間に重石となったミサイルポッドを排除し、近中距離射撃戦を挑んで来た。その過程のなんとスムーズなことか!憎きZAFTではあるものの、そこには素直に感心するしかあるまい。
それでも、十分に対処可能な相手だった。ベントの射撃能力は防衛戦においても十分に活かせるし、”アークエンジェル”の対空火器もあった。何より、自分の射撃の腕───格闘戦の方が得意ではあるが───への自信もあった。
しかし、こちらに僅かに残っていた余裕を奪い去ったのは、普段は事務的に処理しているような”アジャイル”攻撃ヘリだった。
山脈を越えて上から襲い来る”ディン”に対し、”アジャイル”は山脈の合間を縫うようにやってきた。
まるでタカとハチの群れに同時に襲いかかられているような気分になるスノウ。加えて、彼女には別の焦りもあった。
(保ってくれ、私の体!)
些か以上にダーティーな手段で手に入れた能力は、自分に時間制限を与えた。それを過ぎれば、自分は壊れた人形以下の役立たずへと成り下がる。
加えて、今現在のように焦燥感を感じている場合は、ストレスによるものなのかタイムリミットが更に早くなるという事が分かっている。
スノウは、自分が情けないことを言っているという自覚を持ちながらも叫ぶしかなかった。
「ソード1は……あの
<もしもーし! こちら格納庫のアリアでーす!>
それはまさしく、マリュー達にとって福音だった。
<すいません、5分は無理でした。でもまぁ、許してください。7分で終わらせましたから。───『ガンダム』出せます!>
思わず握り拳を作るマリュー。
ずっと欲しかった打開のためのピースが、ようやく揃った。
受話器を取って、直接キラに通信を繋げる。今は1秒だって惜しい。
「ヤマト少尉!」
<こちらソード1、発進準備が出来ました!>
「現在、本艦は”ディン”と”アジャイル”による混成部隊から攻撃されて離陸が困難な状況にあります。”アジャイル”の対処にはバアル少尉が当たっているため、ヤマト少尉は上空の”ディン”への対処をお願いします!」
<ムウさ……フラガ少佐達は!?>
「後退信号は発射済みです! 彼らの自力での帰還が難しい場合は応援を出すことになりますが、時間との勝負になります。早急に”ディン”への対処を!」
<了解!>
これで、打てる手は打った。後はその場その場でやっていくしかない。
若干の安堵を見せるマリュー。艦橋にいる他のスタッフ達の間にも、ほんの少しだけ和らいだ空気が流れる。
そんな中、唯一顔を険しいままにしている人物がいた。
ミヤムラである。
(……もしも私がこの作戦における向こう側の指揮官だったら、これだけでは済ませない。ここまでで、ついに本艦の打てる有力な手は
気付けラミアス艦長。敵は確実に、まだ切り札を抱えているぞ───!)
「カタパルト強制排除!」
背中にエールストライカーを付けた”ストライク”。その足を固定していたカタパルトとの接続を解除し、一歩を踏み出した。
カタパルトでの発進をしないのは、この山間部で電磁カタパルトによる加速などしたら、その勢いのまま山に激突してしまうからである。
いつもとは勝手の違う出撃、加えて味方は窮地に陥っている。自分の役目もそれなりに重大だ。これほどペースの狂う出撃は経験したことがない。
それでも、やるしかない。
「上手くやれよ、キラ……」
自分で自分を鼓舞し、一度目を閉じて深呼吸をする。
その目が開いた時、そこにいたのは1人の戦士であった。
「───キラ・ヤマト、『ガンダム』いきまーす!」
約束は守る男だぜ、俺はよ……。
次回更新も金曜の17時を予定。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。