機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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お待たせしました……。
そしてお待たせしまくった挙げ句に日常回です。


第86話「山間に潜む」後編

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”アークエンジェル” レクリエーションルーム

 

「それでは、第一回タロット占いのコーナーを始めさせていただきたく思います! 主催はあたし、ヒルデガルダちゃん!」

 

『イ、イエー?』

 

『深緑の巨狼』の襲撃から一夜明けた今日、キラ達若手パイロット組はレクリエーションルームに集まっていた。

強敵の登場によってそのスケジュールや戦略に見直しが必要となった”アークエンジェル”は一時活動を停止、一部の艦橋用員と整備士勢を除いて休息状態となっていた。当然、パイロット達も例外ではない。

トレーニングや機体調整等やることが無いではないが、それでも本分は戦闘時にある。ようするに暇をしているのだ。

そこにヒルデガルダが声を挙げ、こうしてレクリエーションルームに集まって彼女の趣味に付き合う形で暇を潰そう、というのがここに至るまでの経緯であった。

キラとサイがセシルの話を聞いた頃とは違って室内は清掃が行き届いており、ビリヤード台の方向からはノイマンやダリダ・ローラハ・チャンドラ2世達がキューでボールを弾く音が響いてくる。暇をしているのは子供達だけではないということであった。

 

「それにしても、マイケルさんが参加してるのは驚いたな。占いとかってあんまり信じない方だと思ったんだけど」

 

「んー?」

 

トールの言葉に内心で同意するキラ。

いかにも活発な体育会系青少年といったマイケルが、ヒルデガルダの占いに参加するというのは少々の驚きがあった。

 

「俺も最初はそんな感じだったんだけどよー、意外と当たるんだわこいつの占い」

 

「占いの忠告を無視すると訓練教官に叱られることが多かったもんね、マイケル」

 

「このヒルダちゃんの占いを無視するからよ。祟りよ祟りよ~」

 

「ふん……このC.E(コズミック・イラ)にオカルトなど。よくもまぁ、夢中になれるものだ」

 

やれやれと呆れる様を見せるスノウ。

出会ったばかりにはどこか他者と壁を作っている雰囲気を漂わせていた彼女だが、こうやって集まりに参加してくれるというのはたぶん良いことだろう。

 

「なんだ貴様。何がおかしい?」

 

「いや、別に?」

 

「チッ……」

 

キラの目線に気付いたスノウは舌打ちをし、そのまま腕組みをしてソファに体重を預ける。

 

(なんだか、彼女の保護者みたいな感じになっちゃってたな)

 

「とりま、やってみよっか」

 

ヒルデガルダは持ってきていた小さめのケースからカードを取り出し、それをテーブルの上に置き、丁寧に混ぜ始めた。

 

「今からやるタロット占いは、22枚の大アルカナカードを使ったものよ。本当は78枚の小アルカナカードも使うのもあるんだけど、難易度高いし、大体は大アルカナでも出来るから」

 

「アルカナってなんですか?」

 

「んー、ラテン語で『秘密』『神秘』とかいう意味で使われてる言葉らしいわ。タロット占いだとカードを通じてその『秘密』を明らかにする、読み解くのが目的って感じね」

 

サイの質問に答えつつも、ヒルデガルダがカードを混ぜる手は丁寧かつ澱み無い。混ぜている本人の顔からも、どこか清廉さが感じられる気がする。

占いが趣味だと聞いた時もそうだが、普段は朗らかで活発な彼女の印象が変わるものだ。そうキラが考えていると、準備が終わったようだった。

 

「これでよし、と。それじゃまずは……キラ君。これ引いてみて」

 

そう言って、テーブルの上に山札の形に整えられたカードを指差すヒルダ。

単なる遊びだと思っていても、多少の緊張感があるものだ。僅かに緊張しながら、キラは山札の一番上のカードを表にする。

 

「……『吊られた男(ハングドマン)』?」

 

「『吊られた男』の正位置、ね」

 

表にしたカードにはⅫの数字と、逆さに吊られた男の姿が描かれていた。

 

「『吊られた男』の正位置が示すのは『試練』『努力』。きっと近々、キラ君にとって試練と呼べるものが訪れる。だけどそれに対して急ごしらえで何かをしようとするんじゃなく、たゆまぬ努力や忍耐をもって立ち向かうのが吉でしょう……ってところかな」

 

「努力かぁ……」

 

「キラって意外とサボり魔なところあるもんな。カレッジの講義でも何回か代返頼まれたことあるし」

 

「へぇ、ちょっと意外かも」

 

「ト、トール? それは秘密にしてって言ったじゃん?」

 

努力することが好きではないと自覚出来ているが、それでもこういう形で知人に明らかになるのは恥ずかしい。思いがけない流れ弾である。

その様子をヒルデガルダは笑いながら眺めているが、キラに対して更に言葉を付け足した。

 

「でも、あたしは結構キラ君っぽいかなと思うよ? 『吊られた男』の絵には『自ら試練を受け入れて吊されている』って意味もあるの。目的を持って兵士になった(試練を背負った)キラ君には、ピッタリじゃない?」

 

「そ、そうですか?」

 

「うん。でも気を付けてねキラ君。タロットには正位置の反対、逆位置っていう、要するにカードが上下逆さまの状態でドローした状態もあるんだけど、『吊られた男』の逆位置が指し示すのは『報われない苦悩』『徒労』。何をしてもダメってことだから」

 

報われない苦悩。キラに当てはめるならばそれは『親友(アスラン)を止められない』ということだろう。

あの親友は、兄貴分のように思っていた中々に不器用な性格をした親友はきっと自分で止まることは出来ない。もしもそのまま、突き進ませてしまったなら……。

頭を振って、『最悪』を描き始めた妄想を追い出すキラ。

 

(いや、それを止めるのが僕の目的じゃないか)

 

「ついでに、あたしオリジナルのスプレッドもやってみないキラ君?」

 

「スプレッド?」

 

聞き慣れない言葉に頭を傾げるキラに、ヒルデガルダは説明をし始める。

タロット占いにおけるスプレッドとはつまりカードの並べ方であり、その並べ方次第で占えることも変わってくるのだという。

先ほど行なってみせたのは『ワンオラクル』、1枚のカードだけを使ったシンプルなスプレッドであり、簡単な悩みを解決したり現状に対する理解を深めるのに役立つのだとか。

 

「あたしのオリジナル……題して『ミスティルスプレッド』は、過去と現在、そして未来。それぞれの時間で直面する問題を洗い出すために作ったもの」

 

「それぞれの時間、ですか?」

 

「例えば『過去』なら、何かやり忘れていたことだったり、隠されていた謎が近々降りかかってくる。

『現在』なら、解決するために行動を開始しなければならないことがある。

『未来』は、いずれ対面することになる障害がどういうものかを明らかにするって感じね。

さっき引いたカードも使うからここまでで4枚なんだけど、ここに『助けになってくれる存在』を指し示す1枚を付け足して、合計5枚のカードを使ったスプレッドよ。試してみる?」

 

「せっかくなので、お願いします」

 

段々と気分が乗ってきたキラは、ヒルダの誘いに乗ることにした。

お任せ、といって『吊られた男』を除く21枚のカードを再び混ぜ始めるヒルダ。

山札の形に整えられたそれらから再びキラが4枚のカードを引くと、結果はこのようになった。

 

過去:『(タワー)』の正位置。

現在:『愚者(フール)』の逆位置。

未来:『正義(ジャスティス)』の逆位置。

助けとなってくれる存在:『女教皇(プリエステス)』の正位置。

 

「ほうほう、これは……とりあえず、『現在』の問題からいこっか。

『愚者』の逆位置……これは『夢想』『無計画』『無謀』を指し示しているの。キラ君か、それとも親しい他の誰かかは分からないけど、確固たる地盤が築けていないままで行動して問題が起きたってことだから、それを解決するために動こうって感じ。心あたりある?」

 

と言われるが、キラには思い当たることが無かった。

何か無謀なことをしたことは……大気圏突入時のことはフローレンス達に窘められたし、”コマンドー・ガンダム”での単機突入はそもそもそういうコンセプトだから仕方ないし、ドッペルホルンストライカーの戦闘中のOS調整もなんだかんだ出来たし。

 

(……あれ?)

 

思い返せば、意外とあるような気がしてくるキラ。

いや、しかしこれらは全て解決したはずだ。うん、違う。きっと。

 

「なんとも言えなさそうな顔……とりあえず、無計画な行動は控えるって感じで良いと思うよ。で、『過去』なんだけど……」

 

なんだか言いづらそうにするヒルデガルダ。

なんと言おうかと迷っているようだったが、やがて決心を固めたように口を開く。

 

「うん、ズバッと言っちゃう。簡単に言うなら『どう足掻いても絶望』です」

 

「!?」

 

驚愕に目を見開くキラ。それも仕方の無いことだろう。

どうやっても取り返しの付かないレベルの大問題が過去にあります、などと言われたのだから。

 

「『塔』は22枚の大アルカナの中で唯一、正位置でも逆位置でもネガティブな意味合いを示すアルカナ。正位置の場合は『事故』『崩壊』『ショック』。たぶんだけど、唐突に衝撃の事実が明らかになるって感じかな。ちなみに逆位置だと常に不安定な立場に置かれるって感じの意味合い」

 

それを聞き、キラは渋い顔をする。

所詮遊び。スノウのようにそう切って捨てることは出来たが、それにしたって運が悪いと気分もいいものではない。もしこれで占いが的中でもしていたらと思うと尚更だ。

しかし自分の過去に大問題など言われても、思い当たる節はやはりキラにはない。『コペルニクス』で生まれてからここまでの人生で、何か見逃していたことでもあっただろうか?

 

「で、最後に逆位置の『正義』についてなんだけど……これは、うん。ZAFTとかじゃない?」

 

「なんか急に雑だなテメー」

 

「いや、正直言ってそれくらいしか思いつかないし……」

 

マイケルの茶々にヒルデガルダはそう返す。実際、今自分達が戦争をしている相手なのだから合っているといえば合っている。

『正義』の逆位置。その指し示すものは、『罪』『不正』『不平等』。

(アスラン)は、いったいどんな『正義』に従って戦っているのだろうか。あるいは、持たないまま戦っているのだろうか。

 

「で、最後に助けとなってくれる『女教皇』なんだけど……『聡明』で『神秘的』、そして『判断』に優れる女性……これは間違い無くあたしのことね!」

 

『それはない(と思います)』

 

「あんたらいっぺん表出なさい」

 

同時に否定の言葉を吐き出すマイケルとベント。しかしその意見には心の中でキラ、そしてサイとトールも同意していた。

他二つはともかく、明らかに『神秘的』ではない。

 

「まあ百歩譲ってあたしじゃないとしても、そういう人がいざと言うときに助けになってくれるかも?ってことは覚えておけば良いと思うかな。ただ『女教皇』の逆位置が指し示すのは『批判』『冷徹』。冷静すぎる余りに無神経な人に見えたりすることもあるから、そこが注意ね」

 

「へぇ……」

 

「こんな感じかな。どうどう? 暇潰しにはなったでしょ?」

 

「そうですね……少しハラハラしました」

 

実際に当たるかはともかく、神妙な雰囲気に身を置くという経験はキラにとって珍しいものだった。

ジュニアハイスクールの頃に同級生の女子達の一部が好んで占いをやっていたことを思い出す。当時は理解出来なかったが、なるほど、これはこれで面白みがあるものだ。

 

「所詮はただの札遊び。そんなもので未来や過去が分かってたまるか」

 

「むむぅ。それじゃ、スノウちゃんもやってみない? 当たらないかどうか」

 

しかし、そんな雰囲気を割って裂くのがスノウ・バアルという少女。ただの遊びと切り捨てる彼女に、しかしヒルデガルダは口を尖らせながら山札を差し出し、ドローを促す。

『セフィロト』にいた時からの付き合いもあって、そういう性格だと理解しているヒルデガルダには、この程度の貶しは容易に看過出来るのだった。

女子特有の付き合い、というのとは少し違う気もする。どちらかといえば、世話焼きな姉とぶっきらぼうな妹のようだ。

そしてスノウも、そんな関係は苦手ではないらしく、鼻を鳴らして山札からカードをドローする。

 

「……これはどういう意味なんだ?」

 

「どれどれ……」

 

スノウがかざしたカードを見て、ヒルデガルダは顔を若干強ばらせる。

カードには、『審判(ジャッジメント)』の文字とXXの数字が、逆さまになって描かれていた。

 

「……『審判』の逆位置が指し示すのは、『警告』『罰』『罪の償い』。えっと、その、言いにくいんだけど……」

 

「……」

 

それを聞いたスノウは思いきり顔を顰め、ヒルデガルダにカードを返し、無言で部屋を出て行った。

 

「あー、そのー……」

 

「え、えっとその、ヒルダさん! 良かったら俺も占ってみてくれませんか? 恋愛占いとかもあったら嬉しいんですけど!」

 

微妙な雰囲気になる一同だったが、トールが一声を発したことでなんとか空気を持ち直す。コミュニケーション能力に長けた彼がこの場にいることにキラは密かに感謝した。

斯くして”アークエンジェル”隊の若者達は、一時の休息を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

「『罰』だと……?」

 

スノウは艦内通路を歩く。

無心に、あてどなく歩く。───まるで、自分自身の内面を象徴するがごとく。

『警告』だと? それは何に対してだというのだ。殺人か?

『罪の償い』? 償うべき罪があると言うなら教えて欲しい。まさかZAFT共と戦っていることに対してではあるまい。もしそうだとしても、キラがそのカードを引かないのはおかしい。

スノウは憤りとも戸惑いともつかない言葉を吐き捨てる。

 

「自分のことすら理解していないこの『私』を、誰が何の罪で裁くと言うんだ……」

 

出来るものならやってみせて欲しい。

罪を裁くということはすなわち、自分の過去(記憶)を教えてくれるということに違いないのだから。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”格納庫

 

「ほうほう、そんなことがあったのですか」

 

タブレットとにらめっこをしながら機体の調整をするアリアは、その目元に浅い隈を作っていた。きっと昨日から今に至るまで、ずっと作業をしてくれていたのだろう。

他の整備士の面々も含め感謝の念が絶えない。キラは”ストライク”のコクピットでキーボードを叩きながらそう思った。

午前中を他のパイロット達と過ごしたキラは、午後になって格納庫を訪れていた。前回の戦闘で左腕部に甚大なダメージを負ってしまった愛機”ストライク”の調整を手伝うためだ。

コクピットに籠もって淡々と作業をしていたキラに、アリアが「何か気晴らしになるような話はないか」と話を振ってきたことが、冒頭のアリアの言葉に繋がっている。

 

「うん。トールが『恋人』の正位置を引いて『良縁でしょう』って言われてた時は思わずダーツの的にしてやろうかと思っちゃったよ」

 

ちなみにマイケルも悪乗りしてダーツ盤の前にトールをくくりつけようとしていたりして雰囲気的には盛り上がった。

バイオレンスな教官(マモリ)に鍛えられたことで若干自身もバイオレンス思考になりつつあるキラなのであった。

 

「おや、ヤマト少尉もそういうミーハーなことに興味あったんです? てっきり部屋に籠もってパソコン弄ってる方が好きなダウナー系列かと思ってましたけど」

 

「ひっどい偏見だなぁ……」

 

キラは苦笑するが、否定はしなかった。

友達と一緒に遊んだり作業をすることも好きだが、時々1人でひたすらにパソコンに向き合いたい時もある。

そういう意味ではアリアの言うことも的外れではない。

 

「ていうか、そういうトラスト少尉はどうなのさ」

 

「えっ、まさかこのちんちくりんボディに男っ気があるとでも? それともまさかヤマト少尉……私はアウトでしょ」

 

「いや違うからね? そういうんじゃなくって休日とかは何してんのかなーって」

 

アリアが両腕で自分の体を抱く仕草をするが、キラは冷静にそれを対処する。

アリアは(自称)15、6歳と言っているが、正直に言うと中学生、最悪小学生だと言い張っても受け入れられる可能性があるレベルの小柄な少女だ。

そんな少女に()()()()()()()()の関心を向けるなどすれば一発で牢屋行き、最悪キラの場合は月からマモリが引導を渡しに来る可能性まであるのだ。

「教え子の不徳は師の不徳、こいつを殺して私も死ぬ」とかやってもおかしくない。

 

「んー、休日ですか。もっぱら研究のためにロボットアニメを見たり、後はMSや新装備の設計とかですかね」

 

「設計まで出来るの?」

 

目の前の少女が優秀だというのは、この数週間でキラは十分に理解しているつもりだった。

まさか、一般の整備士よりもずっと複雑な知識を求められる設計まで出来るとは。

なるほど、『ヘリオポリス』で初めて”アークエンジェル”に乗り込んだ時にムウが自分をコーディネイターと当たりを付けてくる気持ちも分かったかもしれない。キラはそう思った。

 

「いやいや、設計が出来るっていうのと実際に採用されるていうのは別ですよ。でもでも、今研究してるのには自信があるんですよ! これが実現すればMSという兵器の限界を更に向上させることが出来るんです!」

 

「限界を向上?」

 

「現在のMSより自由、かつ負荷の大きな動作と機動が可能となるんです!」

 

アリアは興奮しながらズイッとキラの方に顔を寄せる。

その後もしばらくマシンガンのように自分の設計しているものや興味のある物について口を動かし続けるアリア。キラはそれを興味深そうに聞き入っていた。

怠け癖があるとはいえ元は工業カレッジ所属の学生、その手のメカ話には興味がそそられるのである。

 

「ふふふ、まさかここまで私の話に付いてきてくれる人が“マウス隊”以外にいるとは思いませんでしたよ!」

 

「褒められてる?」

 

「はい。大抵の人は私が話し出すと気持ち悪そうにしてそそくさと去って行くものですから」

 

「えっ?」

 

アリアの言葉に違和感を覚えるキラ。その様子に気付いたアリアは、やってしまった、というような顔をしながら説明する。

 

「あっ、えっと、その。ほら、私ってご覧の通り、些か軍には不適切な見た目じゃないですか? 世間一般的に私みたいな少女が嬉々として兵器について語るのって、やっぱり奇異の視線に晒されるんですよね」

 

まあ、そういうだけの話です。

そう言ってアリアは自分の作業を再開した。明らかに、気まずそうにしている。

 

「……良かったらまた何時か、君のしてる設計について教えてくれない? すっごく興味あるんだよね」

 

「……私にですか?」

 

「えっと……君の趣味に、で良いのかな?」

 

「……」

 

僅かに、沈黙。

目の前の少女が自身(キラ)を見る目に含まれているのは、警戒か、それとも興味か。

アリアは僅かに考え込む仕草を見せた後、パッと明るい笑顔を見せる。

 

「───そういうことでしたら、いくらでも! でも、覚悟してくださいね? 何を隠そう、私は”マウス隊”の中でも『話し始めたら止まらない奴ランキング』のトップ3常連なんですから!」

 

「は、ははは……お手柔らかに」

 

どうやら、一定の信頼は得られていたようだ。

キラ自身も上手く説明出来ない『ミステリアスさ』を持つ少女、アリア・トラスト。度々彼女に抱く『違和感』の正体も、何時かは分かる時がくるのだろうか。

そうして、その日の午後は過ぎていった。

戦争をしているとは思えない、賑やかではあったが穏やかな時間であった。

 

 

 

 

 

4/17

”アークエンジェル”艦橋 CIC

 

「お疲れ様」

 

「あ……どうもです」

 

差し出された缶コーヒーを、サイはあくびをかみ殺しながら受け取った。

時刻は午前4時前後。もうしばらくすれば太陽も山の陰から顔を覗かせる時間帯。普通の人間なら寝入っているはずの時間帯にサイと、コーヒーを渡した通信士のリサ・ハミルトンがCICにいる理由は単純、夜警である。

何時いかなる時でも不足の事態に対応するために、CIC担当の兵は幾つかのグループで交代をしながら、レーダーとにらめっこしているのだ。

しかし、人間である以上は夜中に眠気に襲われるのは必然。それに抗うためのコーヒー、そして世間話であった。

 

「サイ君も大変だね。キラ君トール君もそうだけど、まだ16とかそれくらいの歳なんでしょ?」

 

「そうですね、俺は17です」

 

「17かぁ……私がそのくらいの時は、のほほんとしてたなぁ」

 

当たり前のように学校で授業を受けて、友達と喫茶店で駄弁って、こっそり秘密の趣味に熱を上げて。

戦争なんて想像もしてなかった当時の自分が、そのように過ごした青春。───彼ら(サイ達)は、そんな青春を戦争なんかに費やしている。

老けた考えと言われるかもしれないが、リサはそれがどうにも物悲しかった。

 

「……ねえ、サイ君。辛くはない?」

 

「うーん……まあ、正直言うと辛い、ですね。いつ大砲とかビームとかミサイルとかが飛んで来て艦橋に直撃して、自分が死んだことにも気付かずにあの世にいくのかって、不安になったりもします」

 

コーヒーをすすりながら、サイは答えた。

 

「でも、もう知っちゃいましたから」

 

「?」

 

「もう、目を背けられないんだってこと、知っちゃいましたから」

 

サイはコーヒーを平らな場所に置き、リサに向き直る。

レーダーから目を離すのは良くないことだが、どうせ反応があればアラームが鳴るので問題は無い。

 

「『エンジェルラッシュ会戦』の時、フレイ……ああ、分かります? アルスター外務次官の娘さんで、俺のガールフレンドなんですけど」

 

「あー、あの人」

 

記憶の中から、娘のために宇宙に上がってきたという男性のことを拾い上げる。

”ブルーコスモス”だったりキラやアイザックと揉めたという話も聞いたが、娘思いの父親ではあった。

 

「その子が、泣いてたんです。『良かった』って。それを見て気付かされたんですよね……好きな女の子の父親が、いつ目の前で死んでもおかしくなかったんだって」

 

「それは……」

 

仕方の無いこと、といえばそうなのだろう。

目の前で親を殺される子供、その逆。そんな光景と戦争は、切っても切り離せない。自分も”マウス隊”で何度も通信士として戦ってきたが、それまで何度も、敵MSが撃墜される姿を見てきた。

あの中にも、誰かにとって大切な人が、『命』が乗っていたはずなのだ。

 

「今はそういう世界なんだって、分かって。何かをしないといけないって気持ちに駆られて。そんな時に、自分から軍に入るって言ったキラを見て」

 

怠け癖があって、若干天然が入ってて、───自分よりも高い能力があるのも鼻に掛けずに友人としていてくれた。

そんなキラが自分から戦うことを選んだ時、サイ自身も決意を固めたのだという。

 

「俺、キラみたいにMSを動かせるわけじゃないですし、トールみたいに戦闘機パイロットの才能があるわけでもないですけど。やっぱり、好きな女の子がいつ涙を流してもおかしくない世界って、いやじゃないですか。それをなんとかしたくて……すみません、なんかクサい話になっちゃいましたね」

 

「……凄く、立派だと思うな。私はそう思うよ、サイ君」

 

好きな女の子のために、命を賭けられる。

漫画のようで、サイの言うようにクサくて、それでも尊いもの。リサはそういう、キラキラしたものが好きだった。

なんとなく、自分達が生きるこの世界も悪くないと、そう思えるから。

 

「あとは、まあ。……あいつら2人だけだとなんだか危なっかしいし、俺が後ろで支えてやらないと」

 

「っっっ!!!!!!!!!」

 

恐ろしい速度で顔を上に向けるリサ。

 

(あっっっっっっっっっっっっぶない! 尊みで鼻からブラッディなストリームが吹き出るところだった!)

 

リサは、()()()の尊みも大好物だった。というか、それが原因で”マウス隊”まで飛ばされてきたのである。

どこを探しても『閉鎖的空間で生活を共にし、時には衝突しながらも不意に芽生える男達の友情。次第に友としての立場に甘んじているのに耐えられなくて……』などという光景が見たいがために艦艇通信士としての道を志した女などリサ・ハミルトン以外にはいまい。

弟分のように思っている友人を支えるために自分も軍に入る。

こういうのも、()()()()()()である。ストレートでフラッシュである。

 

「どうしました?」

 

「いや、なんでもない、なんでもナッシングだから……」

 

奇妙な動作をし始めた同僚の女性を尻目に、ふと時計を見やると、もう少しで交代の時間となるのが分かった。

 

 

「そろそろ時間みたいですね。コーヒー、ありがとうございます」

 

「いいのいいの、それくらい。でも出来ればカレッジ時代の話とかまた今度聞かせて───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビィィィィィィィィィィィッ、ビィィィィィィィィィィィッ!

 

直後、いやに響く音を鳴らし始める機材。

サイは顔を強ばらせながらオペレーター席に座り、レーダーを見つ始めた。リサも真剣みを帯びた表情で後ろからそれをのぞき込む。

 

「サイ君、これって!」

 

「第6索敵センサーに感あり。 熱源……MSサイズが3! ハミルトン少尉、お願いします!」

 

言うや否や、リサは自身のシートに座って機材を立ち上げ始めた。

サイは躊躇無く、あるスイッチを押し込む。

敵襲を告げる緊急警報、そのスイッチを押した瞬間、艦内に甲高いアラートが鳴り響き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「場所を特定してすぐに強襲……隊長にしては随分と急いた運びですね。普段は結構ゆったりしてるのに」

 

「ん? んー……ダコスタ君さぁ。君、夏休みの宿題はいつ終わらせるタイプだった?」

 

「は?」

 

「だーから、夏休みの宿題だって」

 

「……毎日少しずつ、コツコツと進めてましたけど」

 

「つ……堅実だねぇ」

 

「いま『つまんない』って言おうとしませんでした?」

 

「気のせいだよ気のせい。あれと同じだよ、あの(ふね)は。後回しにすればするほどプレッシャーと期限に追い詰められて、結局間に合わなくて提出も出来ないっていう破滅が待ってるやつ」

 

「あの艦を放置すれば、待っているのは破滅と?」

 

「過大評価にしたって、早々に片付けるに限る案件だろう?」

 

「それはそうですね。……ところで、隊長は宿題はいつ片付ける派でした?」

 

「僕かい? 僕は夏休み中盤にガーッと片付けるタイプだったよ。それが一番()()()と思ったから」

 

「楽しい……ですか?」

 

「夏休み開始直後は、学校から解放された喜びで遊びまくった。

で、中盤になって飽きてきたら宿題をまとめて片付けた。

そうして空気をリセットしたら、あとは夏休み明けまで何を気にするでもなくまた新鮮な気持ちで遊び放題。

……今はまだ、中盤だ。今のうちに、面倒な宿題(足つき)は片付けてしまおう」




劇中でヒルデガルダのやってたタロットを始め、作者のタロット知識はにわかのそれです。細かい突っ込みはあってもスルーして欲しい……。

次回は金曜の17時までに更新するよ!
出来なかったら桜の木の下に埋めて貰っても構わないよ!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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