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中央アフリカ山間部 ”アークエンジェル” 医務室
「んぅっ……?」
頭を押さえながら、キラ・ヤマトは体を起こした。まだハッキリしない意識ではあったが、そこが医務室のベッドの上だと分かる。
さて、自分はどうしてここにいるのだったか。たしか自分は戦闘中に試験装備の調整をするという無茶振りをこなしつつ戦い、そのまま戦闘は終了した。
(そうだ……段々と思い出してきたぞ)
戦闘終了を確認して帰還しようとした矢先にドッペルホルンストライカーの高性能センサーが敵の存在を見つけたのだ。最悪なのはその矛先が自分の護衛をしていたヒルデガルダ機に向かっており、回避は間に合わないと判断して敵とヒルデガルダの間に割り込んで、そして。
「くぅー……」
そこまで考えたところで、キラはベッドの傍らに椅子を置いて眠っているヒルデガルダに気付いた。
どうやら自分はヒルデガルダの命を救うことに成功したようだった。そのことにホッとするも、今度はまた別の問題が生まれていた。
(どうしよう……起こした方がいいのかな)
うつらうつらと船を漕ぐ彼女の口元からは、僅かに白っぽいものが垂れていた。……よだれである。
推測ではあるが、姉御肌の彼女はこの場所に担ぎ込まれた自分を案じて見舞いか何かに来てくれたのだ。だが、彼女自身も戦闘後のプレッシャーから解放されたばかり。その精神的疲労から居眠りをしてしまったのだろう。
もしもここで起こしてしまえば、彼女はよだれを垂らしながら居眠りをしている姿という羞恥的光景を見られたことを理解してしまう。
女性に恥をかかせるなど、『”アークエンジェル”紳士同盟』に参加している者としては到底出来なかった。ちなみにこの同盟、他の参加者は
(ここは黙って、寝たフリでも───)
「おや、起きていましたかヤマト少尉」
バシュッ、と自動ドアが音を立てて開き、そこからフローレンス・ブラックウェルが姿を現す。
あっと思う間もなく、音に反応したヒルデガルダはうっすらと目を開ける。
「んぁ……?」
眠たげに空いた目が映したのは、「マジか」というような顔でドアの方向に目を向けるキラ。
可愛い後輩が目を覚ましたことに歓喜するのも束の間、自分の口元に違和感を感じて手で拭う。そこには、自分の口から垂れていたと思しきよだれが付着していた。
そして、キラが身を置いているベッドの頭側と入り口は対角線上にある。つまり、必然として、キラの視界には、よだれを垂らす自分の、醜態が。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ! あのっ、そのっ、お疲れ様でしたぁ!」
みるみるうちに顔を赤くしたヒルデガルダは、すぐさま立ち上がってドアの近くに立つフローレンスを押しのけるように立ち去ってしまった。
「……ヤマト少尉」
「……はい」
「まさかとは思いますが、このような場所で軍規の
「してませんっ!!!」
その後、全力でフローレンスに釈明を行なうキラの姿が10分ほど見られた。
「なるほど。そういうことであれば問題は無いようですね」
なんとかフローレンスの誤解を解いたキラは、自分が気絶してから何があったのか、フローレンスから説明を受けた。
敵戦車“フェンリル”の400mm砲の直撃を受けた”ストライク”はPS装甲の防御力によって装甲貫通は免れたものの、着弾の衝撃を受け止めきれなかった。
その勢いのままに吹っ飛び、パイロットの自分は頭を打ち付けて気絶。ヘルメットがあったから数時間気絶するだけで済んだものの、そうでなければ頭部に甚大なダメージを負い再起不能になっていたかもしれないと聞かされ、ゾッとする。
「ヤマト少尉、私は今、怒っています。分かりますね?」
「……はい」
ついこの間、『確実性に掛ける行為をしてまで何かを為そうとするな』と言われたばかりだというのに、キラはまたしても自分の機体を盾にして味方を助けた。
こればっかりは叱られても仕方ない。そう思っていたキラだったが、続けて放たれた言葉は、キラの予想から外れていた。
「ですが、今回は説教をしません」
「え?」
「貴方の行動が、あの場では最適だったと判断出来るからです」
”ストライク”でさえあのように吹っ飛んだ攻撃だ、防御力で劣る”ダガー”が受けていれば吹っ飛ぶどころか上半身が消し飛んでいただろう。
あの場で何もしなければ、今頃ヒルデガルダの体は無数の肉片にまで分解されていただろう。そう考えれば、耐実弾防御力で大きく勝る”ストライク”で庇ったのは最善の行動だ。
自分の安全を重視してキラが何もしなければ、フローレンスは軽蔑……まではしないものの失望くらいはしたかもしれない。
「反省出来るところはあるかもしれませんが、後悔はしなくてもいいでしょう。だから説教はしません。しかし───」
「次からは同じ轍を踏むな、ですよね」
「よろしい。では、診察を開始します」
その後は簡単な身体検査が行なわれたが、特に深刻な問題は見受けられなかったために医務室からは早々に解放された。こういう時ばかりは、頑丈に生まれた体に感謝だろう。
部屋から出てしばらく歩くと、見慣れた姿を通路脇の休憩スペースに見つける。
先ほど走り去っていったヒルデガルダだ。
「あっ、えっと……おはよう?」
「おはようございます、ヒルダさん」
困ったようにこちらを見るヒルデガルダ。
彼女はベンチから立ち上がって何かを言おうとしているが、言葉に詰まる。
なにかしらの躊躇いがあるようだ、とキラは察した。
「その、さ。なんて言えばいいのかな、さっきの……医務室じゃなくてね? 戦闘の時の……」
「さっきブラックウェル中尉に見て貰いました。大丈夫だって言ってましたよ」
「あ、そっかぁ」
その後も何かを躊躇う様子を見せるヒルデガルダ。
しかし、観念したかのように溜息を吐く。
「これで、3回目だね。助けられたの」
たしかに、彼女とのファーストコンタクトは『エンジェルラッシュ会戦』の後、彼女が『ブルーコスモス』を追い払った時。その時には「2回助けられた」ことへの感謝を述べられた。
今回で、3回目。
「あたし、ダメだね……自分の力で何でもしてやるって息巻いて、それでこれだもの」
そんなことは無い、とキラは咄嗟に言おうとするものの、ヒルデガルダはコロッと表情を変える。
「ごめんごめん、こんな辛気くさいこと言おうとしたわけじゃないの。うん、ごめん。勝手に落ち込んでるのを聞かされたって迷惑なだけよね」
「ヒルダさん───」
「とりあえず、大丈夫ってのが分かって良かったよ! それじゃ、もう時間も遅いしここら辺で! まったあっしたー!」
キラには───キラでなくとも分かるだろうが───それが『空元気』であるように思えた。
スタスタと足取り軽く去って行くヒルデガルダに、キラが掛けられる言葉は存在しなかった。有るわけもなかった。
彼女をそうしたのは、自分だったから。
”アークエンジェル” 司令室
「まさか『砂漠の虎』とはね……」
その場所には、4人の男女が集まっていた。
ヘンリー・ミヤムラ。マリュー・ラミアス。ナタル・バジルール。ムウ・ラ・フラガ。”アークエンジェル”の重鎮が勢揃いで何をやっているかというと、それは今後の部隊の方針を決める会議に他ならない。
とはいえ、それを積極的に意見を述べようとする者は現在のこの場にはいない。
ミヤムラは普段からおっとり、悪く言えば呑気なために言葉数は少ないが、他3人の言葉も少ないのは、『予想できなくはなかったがまさか本当に来るとは思っていなかった強敵』の登場が原因である。
「アンドリュー・バルトフェルド。ZAFT軍アフリカ方面軍所属”第3独立遊撃部隊”、通称”バルトフェルド隊”の隊長。そして、現状のZAFT軍最強部隊と目される存在、か」
「諜報部が集めた情報によると部隊は中から大隊規模。軍団性、つまり『集団の力』と機動力を両立させた構成であると推測されます」
「アフリカ方面軍所属とはされているが、時折『ジブラルタル基地』を経由して戦局の詰まったユーラシア方面に顔を出すこともあるらしい。なお、その場合も確実な戦果を出す、か。厄介な奴らに目を付けられたもんですね、俺達も」
ナタルが話した内容に追従する形でムウが自身の感想を述べるが、それに反論する気持ちがある者はいなかった。
なにせ、
ZAFT軍の地上進出が本格化し始めたころに、今では誰もが知る陸戦の王者”バクゥ”───もっとも、その座を奪い取ろうと虎視眈々としている者達もいるが───を用いた高速機動戦術で、『月下の狂犬』と呼ばれるモーガン・シュバリエ率いる高練度の戦車隊を蹴散らしたところから、彼らの躍進は始まった。
地形やMSの機体特性を活かした高度な集団戦法、攻め時や引き際を見極める観察力による部隊に発生する損害の少なさ、そしてそれを指揮するバルトフェルド本人のMS操縦能力。
どれを取っても高水準、正に最強と言って良いだろう。
「この場合は逆に考えることにしましょう。我々が彼らを引きつけていることで、東アフリカ方面に彼らが出てくることは無いのだと」
「”バクゥ”を中心とする彼らが、高低差の多い東アフリカに現れるとは思いづらいですが……」
「どうかな。奴らの強みは何も”バクゥ”だけじゃない。通常の”ジン”や”ゲイツ”を扱わせても一流だぜ?」
若者達がそれぞれの所見と考えを話し合うが、ミヤムラは口を出そうとしない。自分はあくまで裏方であると位置づけているためである。
年季とそれに伴う経験があるとはいっても、宇宙に限られる。素人に近い自分が下手に口を出すのは良くないだろう。
とはいえ、一言も話さないというわけではない。
「純然たる事実として、我々が、その”バルトフェルド隊”に目を付けられているということが確かだ。これはつまり、ZAFT軍にとっても我々が放置出来ない存在になったということに他ならん。
見つかってはいけないが、目立たなければならない。その点で”第31独立遊撃部隊”は立派に任務をこなしている」
「司令……」
「やることは変わらんよ、とどのつまりな」
”バルトフェルド隊”に狙われた、というのはたしかに無視出来ない要素ではあるが、”アークエンジェル”がやるべきことは『アフリカ西部における陽動・攪乱』だ。
敵が注目すればするほどその本懐は達しやすい。
「慎重さを忘れず、しかしこれまで通りに戦えばいい」
「……そうですね、私達も冷静さを若干欠いていたようです」
そこからは定例通り、どの拠点を襲撃するか、またどの装備を試験することが可能であるかの話し合いが行なわれた。
ミヤムラはそれを穏やかに見守っていたが、その心中では、アンドリュー・バルトフェルドという男に対する警戒度を一気に引き上げていた。
(恐ろしい相手だ……”アークエンジェル”の『単艦での陽動』という役割的に
”アークエンジェル”格納庫
「こりゃマズいですね……」
「マズいよなぁ……」
アリアとコジローは並んで溜息を吐く。
彼らの名誉のために述べると、けっして彼らが何かをしでかしたとか、勝手に何か妙な改造をMSに施して失敗したとか、そういうわけではない。
彼らの目の前には、電力をシャットアウトされて
その左腕は取り外されている。その理由は勿論、昼間の”フェンリル”からの一撃である。
「シールドを一瞬で粉砕してそのまま胴体に……の、筈なんですけどね。受け止めた一瞬でどれだけの負荷が掛かったのやら……」
「こりゃ酷いぜ、関節の部品が一部圧壊してやがる」
「マズいですよこれは……大事なことなので2回言いますけど」
”ストライク”はただでさえGATシリーズの中でも機構が複雑な機体だ。整備に掛かる手間は他のMSよりもかかる。
それだけではない。”アークエンジェル”の目的の1つが『”ストライク”の各種特殊装備の重力下における試験』である以上、“ストライク”が使えないのでは話にならない。
幸いにして”デュエルダガー・カスタム”以外のMSは無理の無い戦法で戦っていたために整備の負担が少なく、整備能力の大半を”ストライク”に注ぎ込むことが出来る。
治さなければならない。早急に。
一応予備の四肢パーツなどはあるが、それに頼ってばかりでいるのは整備士としての腕が廃るというものだ。アリアとて研究スタッフとしての活動の傍らで整備を行なうこともあり、能力は十二分にある。
「野郎共、今日はっていうか今日も徹夜ですよ!」
『えぇ~~~~~~~~~~~~~!?』
「文句言ってねえでやれや! 整備士魂ーーーーーーーっ!」
こういう時にコジローの存在は頼りになるものだ。アリアは人間関係のなんたるかを学んだような気がした。
アリアだけではその小柄な体躯も相まって整備士達にプレッシャーを与えることは難しいが、大の男でありベテラン整備士のコジローが怒鳴り声を上げればあら不思議。キビキビと働き始めるのである。
もっともこの艦の連中は口ではぼやいていても仕事はきっちりするので心配はしていなかったが。
「そんなに面倒だと言うなら、楽にしてあげますよ! アリアちゃん謹製、『対PS装甲用試作ドリルアームver.4』!これを”ストライク”に取り付ければ修理の負担大幅カット、加えて”ストライク”の戦闘力は数倍に跳ね上がる!」
「作業中止! まずこのじゃじゃ馬主任を取り押さえろ!」
”アークエンジェル”格納庫は、今日も今日とて賑やかであった。
短いですが今回はここまで。
もうちょいしたら更新ペース戻していこうと思います。
『対PS装甲用試作ドリルアームver.4』
○アリアの開発した(変態)装備。『コードギアスR2』を見て思い立ったらしい。
なお、作った後から「これビームサーベルでいいじゃん」ということに気付いたとかなんとか。
モデルは『コードギアス』シリーズに登場する”パーシヴァル”が装備する『ルミナスコーン』。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。