機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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第81話「ティーンエイジャーズ・コンフリクト」

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タンザニア南部 元ZAFT前線基地

 

「なんとか、お互い生き残れたなぁ……」

 

「……そうだね」

 

戦闘が終了して数時間が経ち、空が暗黒に染まった時間帯。

しかし基地の敷地内は多数のライトに照らされ、その下でせわしく車両や人が行き交う様子を、マイケルとベントは展望デッキの手すりに寄りかかりながら眺めていた。

ZAFTが整備していた前線基地は連合軍によって占領され、今は連合で運用するために整備しなおしている。この旧世代の遺物を使えるようにするために働いていたZAFT兵達には申し訳ない気もするが、仕方あるまい。

だって、戦争をしているのだから。

 

「お前見てた?俺がビシッと”バクゥ”吹き飛ばすところ。初戦果だぜ初戦果」

 

「……そうだね」

 

「気ぃ抜けてんな。ま、しょうがねえだろうけど」

 

何を言っても同じような文言を繰り返すベントに溜息を吐くマイケル。この展望デッキで合流してから30分ほど経つが、ずっとこの調子なのだ。

つい1週間ほど前から、ふと見やると考え事をしているようになったが、それと関係があるのだろうか?

 

「……なんか、悩み事あるなら聞くぞ?」

 

「ありがとう、でも、これは僕の問題だから」

 

それを言われると、もうどうしようもない。

そうか、と返してまた窓の外を眺め始めようとするマイケル。しかし、ベントが言葉を紡ぐ。

 

「ごめん、やっぱり相談、してもいいかな」

 

「全然いいぞー」

 

マイケルの気楽そうな返答にホッと息を吐くと、ベントは話し始める。

 

「昼間のことなんだけど……」

 

 

 

 

 

<敵基地に接近! MS隊はただちに発進し、基地内の敵MSを排除してください!>

 

『了解!』

 

時を少し遡り、ZAFT基地攻略作戦の最中のこと。

キラ達先発隊と戦車隊が敵基地へのルートを切り開いたことで基地への直接攻撃の用意が整った。スノウ、ヒルデガルダ、ベントの3人は艦橋からの指示に従い、発進していく。

 

<らぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!>

 

<な、なんだこい───!?>

 

カタパルトから打ち出された勢いそのままに基地の敷地内に侵入した”デュエルダガー・カスタム”が、その手に持つ2本のビームダガーで”ジン・オーカー”を3分割する。

機動力に優れる地上の王者”バクゥ”も、空から標的に襲いかかる”ディン”も、鈍足だが拠点防衛には有用な”ザウート”もいない。今ここにあるのは、進化する地上戦線に置いていかれ、半ば作業用MSとなった”ジン・オーカー”のみだった。

銃を向けながらも及び腰の敵MS隊に、スノウの駆る”デュエルダガー・カスタム”は更に斬りかかる。

そして鬼神のごとく暴れ回る”デュエルダガー・カスタム”に目が引きつけられている間に、ヒルデガルダとベントの”ダガー”は安全に着地する。

 

<オッケー、A地点確保! ベント、いいわよ!>

 

「了解!」

 

ヒルデガルダの”ダガー”がショットガンを構えて周辺警戒に当たっている間にベントの”ダガー”がしゃがみ、背中のストライカーを地面に下ろす。

すると、そのストライカーから続々と連合軍の歩兵が姿を現し始めた。

これこそがキャリアーストライカー。ストライカーシステム搭載MSによって陸戦隊を敵地へ運び、制圧するための装備。これもまた、”第31独立遊撃部隊”に下された『試作ストライカーの性能試験』の一環である。

迅速に歩兵を展開するためのプランの1つとしてこのストライカーは作成され、こうしてその機能を果たしていた。

欠点としては『MSの背中に背負われるので、揺れが酷い』ということが挙げられる。

この作戦に参加した陸戦隊員はほぼ全員が「揺れをなんとかしろ」という感想を得たのは当然とも言える。

 

「陸戦隊の皆さんは全員降りたようです! あとはこのまま……」

 

<敵MSの掃討ってわけね!>

 

「……っ、はい!」

 

ヒルデガルダの言葉は、たしかにその通りであった。しかし、ベントは言葉を詰まらせてしまう。

彼の目に、頭に、自分の攻撃に貫かれて爆散する”ゲイツ”の姿が焼き付いてしまっていたために。

 

(ばかっ、今はそんなことを考えている場合じゃ……)

 

頭を振ってためらいを捨てようとするが、彼が幻影を振り切ろうとする間にも事態は進行していた。

 

<っていっても、スノウちゃんがズバズバ斬っていってるからあまり仕事は無さそ───>

 

<油断したな、ナチュラル!>

 

建物の影から、ヒルデガルダの”ダガー”に斬りかかる影が1つ。重斬刀を両手で構えた”ジン・オーカー”だ。

ヒルデガルダは驚きながらもショットガンを発射するが、距離が近すぎたせいで弾丸は”ジン・オーカー”を捉えられず、咄嗟に盾でその一撃を受け止める。

”ダガー”と”ジン・オーカー”、2機のMSの性能差は歴然であったが、奇襲であることと”ジン・オーカー”が体重を掛けて押し込んでいるために両者は拮抗したつばぜり合いを見せている。

 

<うわっ、ちょっベント、ヘールプミー!?>

 

「ヒルダ! くそっ……」

 

ベントは自機の装備するビームライフルを”ジン・オーカー”に向けて構えた。

ロックオンが完了したことをモニターが告げる。

 

「……!」

 

ライフルから粒子の弾丸が発射され、その弾丸は”ジン・オーカー”の()()を吹き飛ばす。

右肩を吹き飛ばされた”ジン・オーカー”、しかしその動きは止まらず、右肩を欠損すると同時に地面に落ちた剣を拾い上げ、なおも戦闘を継続しようとする。

その間にヒルデガルダの”ダガー”は距離を取り、ショットガンを構えていた。

 

「もうやめろ、そんなナリで戦うつもりか!」

 

<黙れ! お前達みたいな奴らがいるから、こんなことになったんだ! お前らが俺達の”ユニウス・セブン”を……!>

 

「お互い様だ! 僕だって、お前達に……」

 

剣を左手に構えて走り出す“ジン・オーカー”。標的となったのは、当然ベントだ。

その疾走は、しかしヒルデガルダの放ったショットガンによって遮られる。

左腕も吹き飛ばされ、散弾であるが故に胴体にもいくらかの弾丸が浴びせられた。おそらく、コクピットのパイロットも常体ではないだろう。

それでも、止まらない。

 

「と、止まれっ! 止まるんだ!」

 

<ベント、なにくっちゃべってんのよ!?>

 

ヒルデガルダがベントを叱咤するが、彼女もどこか怖じけたような声色だ。

無理もない。2対1かつ武器どころか両腕も無い、そんな状態でも戦おうなどと言う人間は、まさしく『狂人』と呼ばれる類いの人間だ。

なまじ有利な状況下にあり、正常な判断力を保持する2人では気づけない。

この敵は、既に常識は通じない(正常な思考ではない)のだと。

 

<ぐだ、ばれ、なぢゅ───>

 

<───ベントさん!>

 

その歩みは、横合いから射かけられた一条のビームによって止められた。コクピットを貫かれた”ジン・オーカー”は糸の切れた人形のように倒れ込む。

 

<2人とも、大丈夫ですか!?>

 

エールストライカーを背負った”ストライク”が2機の近くに降り立つ。どうやら、先ほどの射撃はキラが放ったものらしかった。

彼がここにいるということは、既に敵防衛線のカタは付いたということなのだろう。

 

<う、うん。あたしは大丈夫。それより……ベント!あんた、どういうつもりよ!>

 

「えっ……」

 

<えっ、じゃないでしょ! ()()()()()()()()()()っつってんのよ!>

 

ヒルデガルダの詰問がベントに降りかかる。

ベントの腕があれば、ヒルデガルダの言うように両腕の無い”ジン・オーカー”程度、容易に撃ち抜けた筈だ。

その心に、迷いさえ無ければ。

 

<それは……その……>

 

あやふやな態度のベントにヒルデガルダは更に怒りを募らせるが、戸惑いながら事態を見守っていたキラが何かを発見する。

基地から撤退していくZAFTの車両目がけて、2丁のマシンピストルを乱射する”デュエルダガー・カスタム”の姿だ。

戦意を失った敵を撃つという行為にキラは眉をひそめるが、止めようとはしなかった。逃げのびた敵は、いずれまた新たに銃を取って攻撃してくる可能性が高いからだ。味方のためを思うのなら、どれだけ嫌な思いをしてもやらなければならない仕事だ。

なぜなら、彼らは軍人なのだから。

しかし、ここでキラは目を剥くこととなった。射程範囲外にまで逃げた敵部隊をにらみつけていた───「こういう表情をしているだろう」という憶測に過ぎないが───スノウは、怯えた目で両手を挙げながら建物から出てくるZAFT兵の姿を眼下に見つける。

そして、そのまま手に持ったマシンピストルを彼らに構えた。

 

<っ、いけない!>

 

すぐさま”ストライク”を走らせ、ZAFT兵達と銃口の間に入り込むキラ。

もしかしたら、あくまで銃口を向けただけで発射するつもりは無かったのかもしれないが、キラには不思議な確信があった。

彼女なら、撃つ。

 

<……なんの真似だ、ソード1>

 

<武器を下ろしてくれ、ソード2。既に決着は付いた。必要以上の示威行為は、良くないと思う>

 

<そこにまだ敵がいるだろう>

 

<ダメだ! 投降している兵を撃っては……>

 

<武器を隠し持っている可能性がある!>

 

次第に苛立ち混じりの言葉を吐くようになるスノウ。キラの説得に耳を貸そうとせず、何かと理由を付けて投降した兵を撃とうとしている。

売り言葉に買い言葉、キラも段々とスノウへの苛立ちを隠せなくなろうとしていた。

その時である。

 

<お前ら、何やってんだ! 戦闘終了だ、終わってんだよ!>

 

2機の間に、ムウの”ダガー”が割り込む。

周りを見れば、既にこの場にいる兵士達以外は拘束され、敵司令部も完全に制圧されていた。

おまけに戦闘終了命令まで出ているとなれば、MS隊に出来ることはもう無い。ここからは陸戦隊の仕事だ。

 

<……了解>

 

<了解です>

 

スノウも、流石に命令に逆らってまで攻撃するつもりは無かったようで、大人しく”アークエンジェル”に向かう。

この時、ムウはたしかに、部隊内に不穏な空気が生まれだしたことを感じ取っていた。

 

<ったく、若いってのはこれだから……>

 

その一部始終を、ベントは黙って見ているしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「なるほど、帰投してからの微妙な空気の理由はそれか」

 

そして、現在に至る。

自分の命の危機を前にしても躊躇ってしまった自分と、投降しようとしている敵兵すらも撃とうとしたスノウ。撃つべき者を撃てなかった自分と、撃つべきではないものまで撃とうとしたスノウ。

どちらか片一方だけであれば話は別だったのだろうが、生真面目なベントは自分のあり方とかそういうもので悩み始めてしまったのだ。

 

「あの時、僕は最悪な行動をした……と思ってる。自分どころか味方の命も危険な状態で、何もしないでいるなんて。脚部を破壊して無理矢理動きを止めることも……いや、やっぱり撃たなきゃいけなかったんだ、自爆のリスクも考えれば」

 

何もしないのは、時には何かをして失敗するよりも悪い結果を生むことがあるんだ。ベントはそう吐き捨てた。

 

「かといって、バアル少尉みたいにためらい無く生身の人間に銃を向けられるような人間になりたいわけでもない」

 

「そりゃそうだろ。手ぇ挙げてる人間を撃てたらそれはそれとして問題だっつーの」

 

「だけど、あの時の僕に必要なのは、やっぱり少尉みたいに行動出来る決断力だった」

 

「……ったく、お前は真面目に考えすぎなんだよ」

 

マイケルは静かに溜息をついた。

この男は、出会って1年も経っていないけれども友だと確信出来る男は、物事を深く考えすぎる。無鉄砲な自分(マイケル)とは大違いだ。

自分やヒルデガルダが気楽そうに振る舞えるのは、ある意味彼の御陰といってもいい。訓練生時代には何度もその思慮深さに助けられた。もっとも、ヒルデガルダはあれでいて深く物事を考えた上で即決することも出来る女だが……。

何はともあれ、何度も助けられた友が悩んでいるというなら、それをなんとかしようとしてやるのが男だろう。

 

「なあ、ベント。お前はたしかにやらかしちまったかもしれない。撃つべきところで撃たなかったかもしれねぇ」

 

「……うん」

 

「だがよ、俺はこう思うわけだ。───別に、それでもいいじゃねぇかって」

 

懐疑的な視線を向けてくるベントに、落ち着け、とマイケルは平手でを向ける。

 

「お前が悪く無かったって言いたいんじゃねぇよ。何が起きていたとしても、お前は生き残ったんだろ?ヒルダもピンピンしてる。だから、失敗したと思うんなら次に活かせばいいんじゃねぇのってことだ」

 

どれだけベントが悩もうと、それは既に過ぎ去ってしまったことなのだから、その反省を次に活かせればそれでいい。マイケルの言いたいことは結局そういうことだった。

深く考えたわけではなく、単純に自分ならそうするという持論を語っただけであったが、これが実は最適解だった。

既に起こってしまった事態に対して深く考え過ぎることで生み出せるものは少ない。それを続けるくらいならば、すっぱりと割り切って前に進む方が建設的だ。

 

「次、か……」

 

「そう、次だよ。まだまだ戦争は続いてるんだから、深く考え過ぎてるとやられるぞ」

 

「そう、だね……。ありがとうマイケル、少しだけどスッキリしたよ」

 

まだ憂いは残っているが、先ほどよりはその色も薄くなったベント。

兵士としての義務の重さにもがいていた少年、しかし彼は、否、彼らはそれを1人で背負っているわけではなかった。

 

「そりゃ何よりだ。……まあ、相談くらいならいつでも乗るぜ」

 

「頼りにしてるよ」

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”食堂

 

「うーん……」

 

一方、キラも夕食を摂りながら頭をひねっていた。

ちなみに本日のメニューはボボティーと呼ばれる南アフリカの伝統料理で、挽肉にカレー粉やスパイスや卵などの食材を加えて焼き上げたものである。

工程のいくつかを短縮した上で簡単に調理できるように袋詰めとされたインスタントの食品だったが、軍用糧食としては十分美味な代物に仕上がっている。一緒に出されるイエローライスとの相性も抜群だ。

十分に満足いく食事、しかしそれを前にしてもキラの顔は晴れない。言うまでも無く、スノウとの雰囲気の悪化が原因である。

 

「どうしてこうなるかなぁ」

 

あくまでキラの憶測でしかないが、あのまま放置していればスノウはZAFT兵を撃っただろう。それを止めることに問題など無い筈だ。

しかし、それを言ったとしてもスノウは素直に受け止めないだろうし、何より問題なのは、「実際にはやっていない」ということである。

あくまで示威のために銃を向けていたのだと言われてしまえば、何を言うことも出来なくなってしまう。しかし、何もしないでいればスノウは再び同じような行動をするかもしれない。

キラから見て、彼女は決して『悪人』ではない。初対面時のように一方的に敵視されることは無くなったし、話しかければきちんと返答してくれる。

おそらく、過去に何かしら()()()()()のだろうと思うが、それを話してもらえるほどの関係というわけでもない。

しかし、この狭い艦内で同じMSパイロットとしてやっていく以上、早々に関係は修復しなければならない。

キラが溜息を吐いていると、その向かいに1人の男が座る。夕食のトレーを持ったムウだ。

 

「いかにも、悩んでますってツラだな」

 

「隊長……」

 

「スノウのことだろ?」

 

頷くキラに、だよな、とムウは言いながら言葉を続ける。

 

「俺も、お前達の関係が悪化している現状はあまりよろしくはないと思ってる。で、だ。スノウとの関係を修復するための秘策があるんだが、どうする?」

 

「え?」

 

この問題の難しい点は、スノウ側に明確な弱みと言える箇所が存在しないことだ。

キラの言ったことは正論だが、スノウが実際に撃ったわけでもない。あくまで可能性の話に留まっているからこそ、厄介なのである。

それをあっさり解決する方法があるというのか?それを尋ねると、ムウはあっけらかんと『秘策』を明かした。

 

「えぇ……本当に大丈夫ですか?」

 

「いけるいける。ま、やってみろ」

 

ムウの楽観的な態度に不安になりながらも、結局それ以外のアイデアが浮かばなかったキラは、半信半疑ながらも『秘策』を実行することにしたのだった。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル” 艦内通路

 

「あ……」

 

「む……」

 

バッタリ。キラとスノウは、その表現がもっとも相応しいシチュエーションで遭遇した。

キラと出会ったスノウは露骨に顔を歪めて立ち去ろうとするが、キラとしてはそれを見逃すわけにはいかない。

 

「……あのっ、バアル少尉!」

 

「……なんだ」

 

不機嫌そうにしながらも、キラの方を向いて話を聞こうとするスノウ。どうやら、完全に拒絶されているわけではないようだった。

関門を1つ突破したような気分になりながら、『秘策』を使用した。

 

「……ごめんなさい!」

 

「……はぁ?」

 

いきなり謝られることで困惑するスノウ。その様子を気にせず、キラはさらに言いつのる。

 

「たしかに少尉の言うとおりでした。まだ武装解除もしていない敵兵を警戒するのは当然だし、()()()()()()()()のだってそうです。僕が早とちりしただけでした!」

 

「えっと、ちょっと待て、貴様は何を言って」

 

「本当にすみませんでした!」

 

ひたすらに頭を下げるキラとひたすらに困惑するスノウ。

この状況を生み出すことこそが、ムウの『秘策』だった。

 

『───謝っちまえば良いんだよ、先に』

 

『えっ?』

 

『押してダメなら退いてみろ、ってな。どっちも自分が正しいって思ってこじれてるなら、まずは自分から一歩譲る姿勢を見せて切掛を作っちまえばいいんだ。そうすりゃ相手も、少なくても話を聞こうって気になる』

 

『でも……』

 

『ああ、そのまま自分がひたすらに悪いってことを言ったって、そりゃ()()()()を言ってるようなもんだ。そこで、こうするんだよ』

 

ムウから教えられたことを思い出しながら、キラは次の段階に移る。

 

「……分かったなら、それで」

 

「───少尉があの場面で撃ったりするわけありませんよね」

 

「っ!?」

 

スノウの言葉を遮っての発言は、彼女の激情に火を灯すには十分だった。

しかし、ここでスノウは気付く。

あの場面でスノウは、『敵がまだいる』『武器を隠し持っている可能性がある』と言った。しかし、『実際に撃つ』とは言っていない。

───ここでキラの発言を否定してしまえば、『あの時撃つつもりだった』と言ってしまえば、キラと自身の形勢は一気に相手に有利となる。軍規違反を起こそうとしていた自分と、それを止めようとしたキラというポジションが確立してしまう。

スノウの頭脳は、この場面における最適解を導き出した。

 

「……そう、だな」

 

「ですよね!」

 

それは、()()()()にすること。この問題を穏便に解決するにはキラの言うとおり、『キラが早とちりしていた』という形で事態を終わらせることが最適解だった。

スノウだって、同じパイロットとの関係悪化が長期続くのは良くないということは理解している。

キラが僅かに口端をつり上げているのを見て取ったスノウは、嵌められた、ということに気付いた。

 

「それと、もう1つ聞かせろ。……誰からの入れ知恵だ?」

 

「フラガ隊長から」

 

「そうか」

 

この少年は高い能力があるクセにバカだ。でなければ、たった1機で大気圏に引きずり込まれようとしている自分を救出しにくるものか。無鉄砲と言い換えてもいい。

そんな人間に、こんな搦め手が使えるとは思えなかった。

 

「ちっ」

 

「その、ごめんなさい。でも、なんとかしたくて」

 

この言葉に、スノウは悪態を吐く気すら無くした。

スノウも、あの状況でどちらに問題があったかというと、それは自分だと分かっている。助言を受けたとはいえ一歩譲る姿勢を見せられた以上、これ以上事態を引っ張るのは些か以上に無様だ。この問題は、ここで終わりにしようと決める。

それはそれとして。

 

「なら、もう1つ言っておくことがある」

 

首を傾げるキラに、スノウは吐き捨てた。

 

「───その話し方(敬語)を止めろ。不愉快だ」

 

この男はバカだ。にも関わらず丁寧ぶった話し方をされると、むず痒くなる。

スノウ自身もよく分かっていない意図が込められたその言葉をぶつけられたキラは目を瞬かせ、微笑みながら応える。

 

「そうするよ、少尉」

 

「……ふんっ」

 

ズカズカと通路の向こうに去って行くスノウ。その後ろ姿を見送りながら、キラは胸をなで下ろす。仲間との関係が悪化したままで戦うという事態は避けられたようだ。

 

「良かったね、仲直り出来て」

 

「うわっ!? ヒ、ヒルダさん」

 

後方からひょっこりと姿を表したヒルデガルダに驚きの声を挙げるキラ。

どうやら、先ほどのスノウとのやり取りを覗かれていたようだった。

 

「ごめんごめん、でもそんなに驚かなくてもよくない?」

 

「す、すみません……」

 

「で、どうだったの?」

 

「はい?」

 

何が進んだというのだろうか。キラが首を傾げるのを見て、ヒルデガルダは補足する。

 

「スノウちゃんとはどうなったのって話」

 

「ああ……えっと、なんとか解決しました」

 

「……それだけ?」

 

ヒルデガルダは何を聞きたがっているのだろうか。よく分からないキラだったが、そういえば、と思い出す。

 

「敬語はやめろ、って言われましたね」

 

「……ふーん」

 

それを聞いたヒルデガルダは、ニヤリとしながらキラの肩を叩く。

 

「やるじゃん、キラ君」

 

「はい?」

 

彼女が何を言おうとしているのかが分からない。

女の子の考えることってよく分からない。先ほどのスノウの要求も含め、キラはぼんやりとそんなことを考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「被検体が対象Yと接触した。どうする?」

 

「コーディネイターなどを相手に絆されるようではな……調整が足りなかったか?」

 

「構うことはない。データは十分に取れているし、()()()()()()()()使()()()()だ。使える内は使う、それでいいだろう」

 

「そうだな、主任に報告するだけに止めよう」

 

「ああ。全ては」

 

『───蒼き清浄なる世界のために』




心理フェイズ回です。
次回からはきちんとMS戦とかやってくので、気長にお待ちください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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