機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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ここからしばらく”アークエンジェル”隊編です。


第79話「心を近づけるために」

身体が重い。キラは、暗い視界の中でそんな風に考えた。

動く気がしないとかそういうことではなく、言葉通り、本当に身じろぎが上手く出来ない『重さ』が身体に襲いかかっているのだ。

いったい、自分に何が起こっているのだろうか。そもそもここは何処だろうか。

そもそも、自分は先ほどまで何をしていたのだったか?

思考がそこまで進んだところで、キラは極々単純な行動をすることを決めた。

───目を開けてみればいいだけじゃないか。

目を開けようとすると、途端に思考が明瞭に、そして直前までの出来事を思い出し。

 

「───っ!」

 

キラ・ヤマトは身体を起こした。

 

 

 

 

 

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”アークエンジェル” 医務室

 

「はぁっ、はっ、ここ、は?」

 

たしか自分は、重力に囚われた”デュエルダガー”を救出しようとしていた筈だ。

たしかに、たしかにその手を掴んだ。そして、共に重力の井戸に落ちていった……。

しかし今キラがいるのはMSのコクピットではなく、清潔感溢れる1室。そこのベッドの上に横になっていた。

そこまで理解したところで、勢い良く起こしたキラの身体が無理矢理にベッドに押し倒される。

 

「ぐぅっ!?」

 

片手で自身を押さえつけた犯人の方をキラが見るとそこには。

───冷たい目でキラを見つめる、フローレンスの姿があった。

 

「え、あ……」

 

「動かないで」

 

そのままフローレンスはペンライトでキラの目を照らす。

瞳孔に異常が無いか、あるいは光を当てられたことでキラが異常を起こさないかを確認するためである。

念入りにそれを行なったフローレンスは息を吐くと、身体をそのままにするようにキラに言った後に手を離す。

圧力から解放されたキラはその通りに、そして確認のためにフローレンスに問う。

 

「あの、ブラックウェル中尉。ここは……?」

 

「”アークエンジェル”の医務室です。……何がどうなったのかは説明するので、身体を動かさないように。貴方はまだ安静にしている必要がありますから」

 

フローレンスはキラの寝ているベッドの近くに椅子を寄せると、カルテに何かしらの記述を行ないながら話し始めた。

 

「”アークエンジェル”は貴方がバアル少尉を救出するために向かってしまった後、貴方達を救助するために大気圏突入を行いながら移動を開始しました」

 

「っ、そうだ!少尉、スノウ・バアル少尉は───」

 

「そこも説明します。というか、覚えてないのですか?突入が成功した後、貴方の方からあのフライングアーマーというものを操作して”アークエンジェル”に着艦したと聞きましたが」

 

そこまで聞いたところで、キラは朧気ながら思い出す。

そうだ、たしか自分は視界がグラグラと揺れる中、それでも”アークエンジェル”の姿を見つけたのだった。

風に煽られながらもなんとかフライングアーマーを操作して、そして。

 

「記憶障害か、それとも意識が朦朧としていたのか……とにかく、機体から下ろされた貴方とバアル少尉は意識を失っていました。そして貴方はこちらで、バアル少尉は……()()()()()()()がいるので、そちらで治療を行なっています。一昨日のことです」

 

何処かいらだたしげだが、フローレンスの言ったことが本当であるならば。

自分は彼女を救うことが出来たのだ。

 

「良かった……」

 

キラはホッと息を吐き、そう呟いた。

しかしフローレンスはカルテを書く手を止めて、キラをにらみつける。

 

「良かった?なにが良かったというのです?───”アークエンジェル”を危険に晒したことを踏まえても『良かった』と言える立場にあるのですか、貴方が?」

 

「え……」

 

「貴方と”ストライク”は、”アークエンジェル”隊に与えられた任務である『地上用ストライカー運用試験』のための機体としてこの艦に積まれています。もしも”ストライク”が欠けたなら、その時点で任務は失敗になる。分かりますね?」

 

他にもある、とフローレンスは言った。

 

「そして”アークエンジェル”は任務をこなすためにベストを尽くす必要があった。”ストライク”を失う、あるいは敵の手に渡るような事態を避けるために強引な操舵で突入軌道を変え、貴方たちを救出する必要があったわけです。この艦の全員の命を賭ける危険な行為を行なう必要が生まれたのは、貴方の行動に端を発しています」

 

「っ、でも」

 

「その行動にどんな意味があったにしろ、それでより多くの人を危険に晒すことになる。そのことを理解していたのですか?……その上で行動した、と言えますか?」

 

もうキラには何も言えなかった。

たしかにスノウを救おうとして、救うことは出来た。しかし、その行いが大勢の仲間を危険に晒すということが頭から抜け落ちていた。

何時か、訓練生だったころにマモリに言われたことを思い出す。

 

『軍隊においてスタンドプレーなどは許されん。それは()の利点、隊である意味を失わせることであるからだ。ましてや個人の独走で他者を危険に晒すことなど以ての外だ。私が教えているお前達はそのような愚を起こすとは思わんが……』

 

キラが何も言えずに俯いているが、フローレンスは更に言いつのる。

 

「それだけではありません。”アークエンジェル”は当初予定していた降下地点から僅かに北に逸れ、ZAFTの勢力圏ギリギリに降下しました」

 

「ええっ!?」

 

ならば、今こうしている間にもZAFTの手が迫っているということではないか?

キラは反射的に身を起こそうとしたが、凍てつく視線に縫い付けられて身体が固まる。

 

「動くなと何度言ったら分かるのです?それに、貴方が動くようなことはありません。幸いにも現地部隊が”アークエンジェル”の撤退援護を行なってくれたおかげで、我々は無事に南アフリカ統一機構の勢力圏へ撤退することに成功しました。今は整備中です」

 

そういう意味では、南アフリカの部隊にも負担を強いたことになる。

これが軍隊、これが戦争。たった1人の独断が大勢の人を振り回した。

 

「そして、ヤマト少尉。私が1番不愉快に思っているのが何かを教えます。……貴方が、()()()()()()()()()()()()()救出に向かおうとしたことです」

 

フローレンスは命を救うことを生業としている。これまで何人もの命を救い、そして何人もの命が失われていくのを見てきた。

軍隊になど、戦争をする場所で働いているのだから当たり前だが、その中で彼女は理解したことがある。

 

「自分1人の命すら保証出来ない人間に、いったい誰を救えるというのです?自分は確実に生き残る、人はそういう確信あるいは保証無しに他者に気を遣える程、強くはありません。ナチュラルだろうがコーディネイターだろうが、それは一緒なのです」

 

フローレンスの言うことは、全てが正論だった。

幸運にもフライングアーマーが存在していたからなんとかなったが、そうでなければ今頃スノウは、そしてキラも”アークエンジェル”どころかこの世にいるかさえ怪しかった。

今更ながら、自分がどれだけ危険な綱渡りをしていたのか、そして仲間にもそれを強いたことを理解し消沈するキラ。

 

「理解しましたか?───では、ここからは軍人ではなく、(フローレンス)の意見を言わせてもらいます」

 

そう言われてキラがフローレンスを見ると、先ほどの冷徹な視線はどこにも存在せず、代わりに暖かいものを感じさせる穏やかな笑顔を浮かべるフローレンスがそこにいた。

 

「貴方は母艦を危険に晒した、それはけして見逃せません。ですが……私という人間は、『純粋に誰かの命を救うために行動出来る人間』に出会えたことを、嬉しく思っているのです」

 

「中尉……」

 

「きっと貴方は、これからも誰かの命が左右されるような状況に何度も遭遇するのでしょう。ですが、その度に無茶を繰り返すのはけして許しません。許してはならないのです。貴方自身のためにも」

 

フローレンスがキラの手を握る。

そこには体温があった。『命』が、あった。

『命』が存在していることへの『歓喜』があった。

 

「だから、強くなってください。少なくとも自分の命を保証出来るように、仲間のことをちゃんと見ておけるように。そもそも味方が危機に陥る前に気づければ、危険な綱渡りをする必要もありません」

 

この人は、心底から自分を案じている。

だからこそ正論で自分を糾弾するし、正論で諭す。そして、自身の言葉で肯定する。

キラにはフローレンスの思いがヒシヒシと感じられた。

 

「……はい」

 

「分かっていただけてなによりです」

 

「その、中尉」

 

「なんですか?」

 

「……すみませんでした、それと、ありがとうございます」

 

フローレンスは僅かに笑うと、ひとまず休めとキラに言ってから机で仕事を再開した。

たしかに、目を覚ましたとはいえ少なくとも24時間は眠っていたということは、それだけ身体に負担が掛かっていたということだ。

”アークエンジェル”も安全な場所に到着したというし、ここは休んで、体調を整えておくのが良いだろう。

安心感に包まれているからか、再び睡魔に襲われ始めるキラ。

 

(目を覚まして動けるようになったら、トラスト少尉達にお礼を言って、ミヤムラ大佐達に謝って、それから……)

 

たくさん、あるなぁ。

そんなことを考えながらキラは眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

4/1

”アークエンジェル”司令室

 

「まずは無事を喜んでいることを伝えるよ、ヤマト少尉。───呼ばれた理由は分かっているね?」

 

「はい」

 

1日が経過し、身体を動かすのに問題が無いことがハッキリしたキラは、すぐさま司令室に呼び出された。

今この場所には、5人の人間が揃っている。

キラの他にミヤムラ、マリュー、ナタル、ムウ。

この5人で集まって話すこととなれば、それは1つしかない。

 

「ヤマト少尉、君が行なったのは歴とした命令違反だ。当時、既に帰還命令が出ていたのは承知していた筈だ。にも関わらず、君はそれを無視してソード2の救出に向かった。何か弁明は?」

 

「ありません。司令の仰られた通りだと」

 

「うむ。君たちを救出するために我々が無理な降下を行なわざるを得なくなったのも、そしてその尻拭いに現地部隊が駆り出され、南アフリカ統一機構に借りを作ったのも、君の行動がきっかけだ。それを踏まえて、君には何か処分を与える必要があるのだが……」

 

ミヤムラは一度そこで言葉を句切る。

彼もまた、キラの善性を「善い」と思える人間だった。

しかし、それを理由にキラの勝手を見逃すということも出来はしない。

加えてキラは”ストライク”のパイロット。迂闊な判断をすれば任務に支障も生まれよう。

十分に考えた、と自分で判断した後に、ミヤムラは再度口を開いた。

 

「しかし、君の行動によって我々が失わずに済んだもの、スノウ・バアル少尉の命と”デュエルダガー・カスタム”の存在も大きい。加えて、予期せずしてMSによる大気圏突入のデータを取得することも出来た。そして”ストライク”を十全に扱うには君が最適だと思われる。───これらの理由によって、最終的な判断はこう下されるべきと判断した」

 

ミヤムラはしっかりとキラの目を見て、結論を下す。

 

「キラ・ヤマト少尉の問題行動に関しては『3ヶ月の減俸』を罰とし、厳重注意の後に通常任務へ復帰されたし。ただし次に同じような行動をした場合は、通常よりも重い罰が与えられると思うように」

 

「はっ。温情をいただけたこと感謝いたします。二度とこのようなことが無いよう、気を付けます」

 

内心でホッとしながら、キラは敬礼を返した。

最低でも懲罰房入りは免れないと思っていたところで減俸のみで済む、これはキラにとって嬉しい誤算だが、次からもこうしてもらえるわけではないというのは言われている。

チラリと周りの様子を窺うと、マリューやムウもホッとしているが、ナタルは微妙に不満そうだ。

 

「うむ。ではフラガ少佐、頼むよ」

 

「はっ。ヤマト少尉、付いてこい」

 

「はい」

 

そうしてキラが部屋から出て行った後、ナタルはミヤムラに対して口を開く。

 

「司令、本当にこれで良かったのですか?」

 

「今(いたずら)に問題を大きくするのは、我々にとっての害でしかないよ」

 

「ですが……」

 

なおも食い下がろうとするナタル。

生まれが軍人家系、本人も模範的軍人であることを良しとする彼女にとって軍規とは絶対であり、基本だ。

彼女から見てキラへの咎めの内容は、「甘い」と言わざるを得ない代物であったのだ。

 

「バジルール中尉、規則とは集団を効率的に動かすため、集団を守るために存在するのだ。それは分かるね?」

 

「勿論です」

 

「ならば、今ヤマト少尉に厳罰を与えてその動きを縛ることが集団の活動に制約を与えるとしたら、君はそれでも、規則通りに彼を裁くべきだと思うかね?」

 

要するに、ナタルの理屈では順序が逆なのだ。

規則は人を罰するためにあるのではない。集団を円滑に動かすためにある。

規則が重石となることこそ避けなければいけない。

 

「だからこそ人を裁くということは難しい、いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

「司令……」

 

「結局、『理想』と『現実』の戦いなのだよ。なに、君達はまだまだ若い。自分なりに折り合いを付ける時間はいくらでも有る筈さ。……そろそろ仕事に戻るとしよう」

 

ナタルは釈然としない様子で、しかし綺麗な姿勢で敬礼をし、部屋から退出していく。

ミヤムラの言葉が響いたのは、ナタルだけではなかった。

 

(『理想』と『現実』か……)

 

先の戦闘で自分(マリュー)も、敵部隊のイレギュラーな戦いに翻弄された。

最終的にはミヤムラの疑問───助言もあって窮地を脱したが、せっかく艦内に抱えていた戦力を有効に扱えないままで終わってしまったのは、未だに鮮烈な苦さを彼女に与えている。

 

(こんな有様ではダメね……もっと、頑張らなくちゃ)

 

自分に活を入れ直し、ナタルと同様に敬礼をして部屋を出るマリュー。

その後ろ姿を、ミヤムラはいつも通りの穏やかな微笑みで見送った。

 

 

 

 

 

”アークエンジェル”通路

 

司令室から出てしばらく経った時、ムウはふと立ち止まった。

後ろに付いていたキラもそれに合わせて立ち止まる。

 

「なあ、キラ」

 

「はい」

 

ゆっくりと振り向いたムウは、いつもの飄々としたナリを潜めてキラに話しかける。

 

「ちょーっと目をつむって、歯を食いしばれ」

 

「……はい」

 

言うとおりに目をつむり、歯を食いしばった。

ムウが自分に怒りを覚えるのは当たり前だ。自分の指揮下にある人間が勝手に危険な行動をしたのだから。

しかし、キラが予想していた箇所、頬に衝撃が飛んでくることは無く。

───代わりに頭頂部に飛んで来た。

いわゆる『拳骨を落とされる』というものである。

 

「うごっ」

 

殴り飛ばされる覚悟は出来ていたが、少しばかり予想と違う場所に飛んできたことで情けない悲鳴を漏らすキラ。

拳骨を落とした張本人であるムウはその様子を見てフッと笑い、続けてキラの頭をガシガシとかき回す。

 

「心配掛けやがってっつーのと、よく2人で帰還した、っての。2つ合わさってちょうど良い案配はこんなもんだろ。フローレンス中尉とミヤムラ司令に絞られた後だ、俺からはこんなもんで済ましてやる」

 

「っ、はいっ」

 

流石に鍛えた軍人の拳骨は痛いが、それで十分だということなのだろう。

 

「お前は俺の部下なんだ、部下は上官の機嫌取りだって仕事なんだ。……俺の前で勝手に死ぬようなことはすんな、俺が不機嫌になる。いいな?」

 

「肝に、命じます」

 

「おう」

 

そう言うと、ムウは再び前を向いて歩き始める。

ひたすらにパイロットとして、エースと呼ばれる存在として戦ってきたムウには、、気の利いた言葉を持ち合わせる余裕は無かった。人を教え導くなんて以ての外だ。なので、自分なりのやり方で意思を伝えることにした。

その背中は飄々と、かつガッシリとしており。

それを見てなんとなく、「この男が隊長で良かった」と。

キラは思うのだった。

 

 

 

 

”アークエンジェル”ブリーフィングルーム

 

「よう、戻ったかキラ!」

 

「マイケルさん、心配かけてすみませんでした」

 

「お前が無事ならそれでいいんだよ、それで!」

 

バシバシとキラの背中を叩くマイケル。

背中に衝撃と痛みが与えられるが、キラはそれを笑って受け止めた。

ムウのように不器用に伝える人間もいれば、このようにハッキリと親愛を示してくれる人間もいる。

この痛みは、そういった人々が心配してくれていたという事実だった。

 

「本当はもっと早く駆けつけたかったんだけどよう、その、ブラックウェル中尉が……」

 

「『医務室では静かに』って、ね……いやぁ、怖かった。殺されるかと思ったよ、ほんと」

 

ベントは恐怖で身震いをした。

キラが目を覚ましたと聞いて駆けつけたは良いが、入室したと思った瞬間いつもの3人全員が麻酔銃を撃たれ、先ほどのセリフを聞きながら廊下に転がされていたのだから、無理も無い。

よほど深い眠りだったのか、その時寝たままでいた自分は幸運だったと、キラは空笑いした。

きっと般若のようなその表情を見てしまっては、再び眠りに就くことは困難だっただろう。

 

「だけどホントに良かったよ、キラ君。もー、今度からはやる前に言ってよね」

 

「言ったところでお前にゃ何も出来んだろ」

 

「あ”あ”!?」

 

ヒルデガルダとマイケルが口論を始めるが、それを見てキラは安心感を得る。

ああ、本当に良かった。

フローレンスには叱られたが、それでもキラはこの場所に無事に戻ってこれたことを喜んだ。

死んだら、もうこの光景を眺めることも出来ないのだから。

 

「あっ、そうだそうだ、馬鹿に構ってるんじゃなかった」

 

そう言ってヒルデガルダは、部屋の隅に向かい、そこからある人物の手を引っ張ってくる。

気まずさ全開といった様子の、スノウ・バアルの手だった。

 

「ほら、スノ……バアル少尉。言いたいことあるんじゃなかったですか?」

 

「分かった、分かっているから離せ軍曹っ」

 

もどかしそうに自分の手を掴んでいたヒルデガルダを振り払い、スノウはキラに向き合う。

最初に目を合わせ、しかしどこか所在なさげに視線をあちこちに振りまくスノウ。

手遊びをしている辺り、何か迷っているようだった。

 

「えっと、その、なんだ……」

 

「ほら、ファイトっ!」

 

横からヒルデガルダの茶々が入る。

やがて何かを決心したのか、再びキッとキラを見つめるスノウ。

 

「……先日は貴官に助けられた。感謝する」

 

「えっと……どういたしまして?」

 

「それだけじゃないでしょっ」

 

「……キラ・ヤマト少尉」

 

スノウが絞り出すように発した言葉、それは紛れもなく自分の名前。

名前を呼ばれるというだけ、それだけではあったのだが。

キラにとっては価千金と言って良い報酬だった。

 

「今後ともよろしく、バアル少尉」

 

キラはそう言って手を差し出すが、スノウは一瞥して鼻を鳴らす。

 

「勘違いするな、別にまだ、お前を認めたというわけじゃない。ただ、その……あれだ。『裏切り者候補』から『使える肉盾』に格上げしただけだからな」

 

「ははっ、まだまだ先は長いかな?」

 

「……ふんっ」

 

スノウはそっぽを向いて席に座り、黙り込んでしまう。

だが、先の戦闘の前に感じていた敵意のようなものは大分和らいだ気がする。

どうやら彼女から信頼を得るには、相応の時間が必要なようだった。

 

(でも、第一歩かな)

 

それでも、先には進んでいる。それだけ分かれば、キラには十分と思えた。

 

「あー、いけるかなと思ったのになぁ」

 

「お前そういうの趣味悪いと思うぞ」

 

「ヒルダのそういうゴシップァー(のぞき魔的気質)なところ、嫌いじゃ無いけど好きでもありませんよ」

 

「なによう、こういうのが嫌いな女の子なんていないわよ」

 

「まあ、なんだ。仲が良くなったようで何よりだな!」

 

部下同士の仲が良くなることは良いことだが、この後も予定がある。

ムウはそう判断し、柏手を打つ。

 

「別に仲が良くなったというわけでは───」

 

「はいはいもう分かったから先に進ませろ」

 

スノウを抗議を聞き流し、ムウは部屋に備え付けられたモニターを起動する。

ここからは、お仕事(軍人)の時間だ。

少年達も先ほどまでの和やかな雰囲気をしまい込み、戦士としての自分に切り替える。

 

「それじゃ、ミーティングを始めるとするか。つっても、キラ以外は既に聞かされてる内容だから他の奴らにとってはおさらいってことになるんだがな」

 

「そうなんですか?」

 

「貴様がグースカ寝ぼけてる間にな」

 

「少尉、話を拗らせるな」

 

たしかに、地上に降りてから3日は医務室に籠もっていたのだからその間に話が進んでいたとしてもおかしくはない。

キラが1人納得している間にも話は進んでいく。

 

「続けるぞ?俺達が協力、もといしばらく世話になる南アフリカ統一機構の目的は、首都の奪還だ」

 

モニターに映るアフリカ大陸が、連合とZAFT、両勢力の支配地域ごとに色で分けられていく。

南アフリカ統一機構、文字通り南アフリカと一部東アフリカを支配する連合加盟勢力の首都はケニア共和国のナイロビ。

しかし、モニターに映るナイロビのあるエリアは赤く染まっている。

既にZAFTの手に落ちてしまった、ということだ。

 

「ナイロビは『3月禍戦』後に落とされたんだが、ビクトリア基地陥落後に休戦協定締結が前線に伝わる前に前線基地を築かれてしまった事も大きな要因となっている。こっちがアタフタしてるところに、慌てて出てきたZAFT地上軍がなし崩しに攻略したってわけだ」

 

「なし崩し?」

 

「ああ。どうやら先の奇襲、ZAFTの中でも伝えられていた奴とそうじゃない奴がいたらしくてな。味方が動いたのに合わせて慌てて出てきたってことだよ」

 

流石にそれは足並みが揃っていないというレベルではないのではないか?

ZAFTの本質が義勇軍あるいは民兵ということは教わっていたが、いくらなんでも行き過ぎだとキラは感じた。

ZAFTも一枚岩ではない、ということか。

 

「で、連中も慌てて動いただけあってまだ防衛体制が確立していない。現地部隊で早々に奪還しようとしたらしいが……これが現れた」

 

そういってモニターに映し出されたのは、地上で猛威を奮っていると散々聞かされた”バクゥ”。

だが、一箇所だけ以前までとは違う箇所が存在していた。

 

「ビームサーベル!?」

 

「連中はよりにもよって”バクゥ”の頭にビームサーベルを搭載しやがった。こちらの主戦力である”ノイエ・ラーテ”は強力な戦車だが、ビーム兵器に対しては有効とは言えない」

 

モニターに次々と映し出されていく写真、そこにはビームサーベルで溶断されたと思われる“ノイエ・ラーテ”の無残な姿が映っていた。

つまり”バクゥ”は、サーベルを起動して敵とすれ違うだけで致命傷を与えられる、より驚異的な存在になったということか。

 

「とは言え、”ノイエ・ラーテ”は装甲だけでなく火力・射程にも優れる。近づけなければいくら”バクゥ”ったってやりようはいくらでもある」

 

「にも関わらず撃破されている、ということは……」

 

「そう、攻めるってのはざっくり言うと前に出るってことだ。そうすりゃ”バクゥ”と接近するリスクは多くなる。”ノイエ・ラーテ”が返り討ちにしてる例もあるが、接近戦で不利なのは間違い無い」

 

攻めるには不利だが、守る分には射程と火力、そして物量から有利。

現地部隊とZAFTは膠着状態に陥ってしまったのだ。

しかも南アフリカには”ダガー”の配備数が少なく、”ノイエ・ラーテ”に追従出来る”パワード・ダガー”はほとんど無いに等しい。

これは連合側が『休戦終了後に短期決戦を仕掛ける』ことを主軸に置き、ZAFTの2大地上拠点であるジブラルタル基地とカーペンタリア基地の方に主力を向けていたことが仇となった。

 

「”アークエンジェル”は2日後、ZAFTが戦線を上げるために建設中だという前線基地の攻略作戦に参加する。その際に懸念されるのは、やはり”バクゥ”の存在だ」

 

お互いに決定打が無い状態で現れた”アークエンジェル”に求められているのは───。

 

「俺達はパワードストライカーの機動性で”ノイエ・ラーテ”に追従、”バクゥ”から彼らを守るのが役目だ。重要な役目を担うことになるが……」

 

ムウはそこでいったん言葉を切り、部下達の顔を見渡す。

誰も怯えることなく、作戦を成功に導こうという気概を露わにしていた。

 

「既に何度も鉄火場をくぐり抜けたことがある俺達なら、不可能じゃない。南アフリカの連中とZAFTに、俺達の力を見せつけてやろう」




「最近作風ブレてきてますね(意訳)」と言われてしまった……反省。
自分でもハッとなったので、しばらくは真面目にいきたいと思います。

それと現在実施しているアンケートなんですが、結果が偏り過ぎたので「ムルタ☆ダイアリー」を除いてもう一度集計したいと思います。
皆、盟主王好きなんやなって……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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