機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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第75話「灼熱の『蒼』」

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”アークエンジェル”艦橋

 

「敵艦からの攻撃、止みません!」

 

「ちくしょう、俺達の言えたことじゃないけどあいつら正気か!?」

 

まったくその通りだ、マリューは”マウス隊”から転属してきたエリクの悲鳴に全面的に同意した。

もういいだろう、なんでそこまで目の敵にして攻撃を続けてくるんだ?

”ナスカ”級の主砲から放たれたビームが艦橋を掠めていく。

操縦席に座るノイマンと、エリクと同じく”マウス隊”から転属してきたマイケル(パイロットの方と名前が被るからマイクでいいと自称した)には感謝の念しかない。今に至るまで、後方から迫り来る敵艦からの砲撃に直撃弾が無いのは彼らの必死の操舵のおかげというのが多分に存在していた。

 

「ラミアス艦長、ZAFTというのはこうまで血気盛んなものなのかね?」

 

「流石にあの艦がおかしいだけです!」

 

「そうか。ところで、何か打開策はあるかね?”ナスカ”級はMS輸送と前面火力くらいしか無いが、その前面火力に後ろから突っつかれてるのだが」

 

「今考えてます!」

 

”アークエンジェル”の長所は多機能性と高い基本性能だが、やはり火力の大半を前面に集中させているだけあって攻勢に強くても守勢には弱い。

このまま副砲のバリアントを撃ち続けても射角が限定されているために不毛、回頭をかけて正面に捉えるなどと悠長なことをやっているわけにはいかない。

ならば、どこかで大きく軌道変更を掛けるか?

 

「MS隊は!?」

 

「現在ソード1、ソード2が敵MS部隊と交戦中!ワンド各機は艦内待避しています!」

 

出し所を誤ったか!マリューは自分の失策を悟った。

ローエングリン、アグニによる砲撃で敵部隊を攪乱させることには成功した。

白兵戦用MSによる敵部隊への切り込み、成功。

敵艦への近接砲撃、これも成功。これによって3隻の内2隻が戦闘から脱落することになった。

彼女の失策とはあらかた砲撃支援を終えたMS隊の内2機を艦内にいったん戻し、エールストライカー装備に変えさせておくことで、万が一敵MSが”アークエンジェル”に接近してきた場合への備えとすることだ。

変えた時点でさっさと出撃させておけば良かった!大事に抱えておいたところで結局使えないのでは意味が無い。

”アークエンジェル”にこんな加速をさせている中でMSを放り出せば、経験の浅い2人だと最悪バランスを崩して大気圏に突っ込む。

おまけに、艦外で砲撃支援を続行させていたムウとベントの2人もエネルギー切れにより補給に入らざるを得なくなった。

出撃ゲートは既にヒルデガルダとマイケルの2人の機体で埋まってるから後部ハッチから格納させたが、あそこはあくまで緊急着艦用であって満足に補給・整備が出来る場所ではない。

 

「ラミアス艦長、聞きたいことが1つあるのだが」

 

「なんでしょうか!?」

 

そんな中、ミヤムラは平時と変わらない穏やかな口調で問いかけてくる。

状況が切羽詰まっているためにマリューも思わず声を荒げてしまったが、ミヤムラは平然としたままでこう告げた。

 

「後部格納庫のワンド1、4の機体なのだが、彼らにあそこから砲撃をさせるのはどうだね?」

 

「はっ……しかし、あの場は緊急着艦用の場所であって補給が行える場所では……」

 

「バッテリーの供給さえ出来ればメインウェポンが使えると思うのだが、これも無理か?」

 

「そうで……、……?」

 

緊急着艦用、補給が出来る場所では無い、バッテリーだけでも。

マリューの頭の中でいくつもの単語がよぎり、1つの結論へと彼女を導いていく。

 

「あっ」

 

やはり初陣のプレッシャーというのは侮れないものだ。こんな単純かつ試してみるだけの価値はあることに気づけないのだから!

マリューはすぐさまシートに備え付けてある通信機を起動し、格納庫の技術屋連中に連絡を取った。

 

 

 

 

 

”ゲルブ”艦橋

 

「『足つき』からミサイル!」

 

「撃ち落とせ!いいか、絶対に奴のケツから離れるんじゃあないぞ!」

 

「了解です艦長!ホールド&ロック(掴んで離さない)、絶対に1発ぶち込んで沈めてやります!」

 

ここにいる全員が、生きる理由を無くした人間だった。大雑把に言ってしまえば、復讐者だ。

『血のバレンタイン』、第1次・2次ビクトリア攻防戦、カオシュン。彼らがそうなった要因を上げ連ねていくなら、ここから更に遡って掘り起こすことも出来る。

法律も軍規も、彼らには関係無い。

だってそれらは守りたい物があるから、手に入れたい物があるから誰もが従うのであって、そのどちらをも持たない彼らには他人の糞ほどの価値も無い。

だからこういう(何もかも投げ捨てる)ことだって出来る。艦も、MSも責任もなんもかんも知らん。

───こんなはずじゃなかった、こうなる筈の無かった『世界』にグーパンたたき込めればそれで満足だ。

だから、『血のバレンタイン』で義理娘と孫を失ったハルヒコ・サトー艦長は前進を命じた。そうするべきだと思ったし、何より軍規は彼を『生』へ縛るに値しないものだった。

しかし、『生』を捨てれば強くなるかというとそんなわけは無い。

 

「こ、これは!?」

 

CIWS(近接防御機関砲)がミサイルを撃ち落としたかと思ったら、”ゲルブ”の前面は白い何かで包まれた。

不慮の事態にうろたえるオペレーターを、ハルヒコは叱咤する。

 

「ただの煙幕だ、怯えるな!」

 

「どうしますか、艦長?」

 

「我らがうろたえたこの隙に、『足つき』は体勢を整えて反撃に打って出るつもりなのだ!ならば前進あるのみ!」

 

『オォーーーーーーっ!!!』

 

普通に考えれば、煙の中にわざわざ突っ込む必要など無い。

だが、彼らは戦いに酔ってそのことに気付かない。

結局彼らは、「勇敢に戦う自分達カッコイイ!」をやって、そのままで死んでいきたいだけなのだから。

そしてその報いは当然のように訪れた。

 

「煙、抜けまぁ……!?」

 

果たして『足つき』はそこにいた。だが、予想した光景とは違うものが2つ映っている。

1つは、思ったよりも敵艦との距離が縮まっていたこと。しかも、”ゲルブ”の射線上から離れてはいない。つまり減速を掛けたということだが、そうした理由は2つ目の『想定外の光景』が説明してくれる。

敵艦の後部ハッチ、そこに”ダガー”が姿を現し、その背中に背負った大砲を”ゲルブ”に向けているということが2つ目の異常だった。

直後放たれたアグニの1撃は”ゲルブ”の正面、特に装甲の薄い場所───MS発進ゲート───を貫いた。

格納庫内を圧倒的破壊エネルギーが駆け巡り、そこを基点として艦内の至る所に火が燃え広がっていく。

そしてそれが、格納庫の真上に位置する艦橋に及ぶのは当然のことだった。

ハルヒコらの体を炎が包み、数秒の苦しみを味あわせた後に”ゲルブ”は爆散した。

何もかもを無くして、何もかもを捨てた人間らしく、綺麗さっぱりと消えていった。

 

 

 

 

 

「ビンゴォゥ!やっぱり最後はこれ(火力)だな!」

 

ムウは作戦が上手くいったこと、つまり彼の撃った砲撃で敵艦の撃沈に成功したことへの歓喜の声を上げる。

マリューの作戦はこうだ。

まず後部ハッチに応急的に電源供給用コネクタを設置、”ダガー”へのエネルギーを供給して砲撃を可能にする。

次に煙幕を敵艦の前方に展開して一度視界から自分達を消し、その間に後部ハッチを開放して砲撃姿勢を取らせた。これで後方に張り付く敵艦への有効打を用意することが出来る。

まさか敵が煙幕に突っ込むとは想像していなかったものの、マリューはそこで緊急減速を指示し、敵艦との距離を縮めた。

何のために?無論、アグニを至近距離でたたき込むためである。

煙から抜け出た敵艦は仰天したであろう、なにせいきなり眼前に大砲構えたMSが現れるのだから!

閉まっていくハッチの隙間から、敵艦が爆発炎上していく光景が垣間見えた。

おそらく今の”アークエンジェル”を前方から撮影すれば、『爆散する敵艦をバックに悠々と宇宙を進む白亜の戦艦』という良い画が撮れることだろう。

 

「なんとか、なったかね」

 

モニターの外では、いきなり難題を突きつけられながらもこなしてみせた整備士、技術スタッフの面々がわちゃくちゃとしているのが見える。

予定外に無い作業のせいで、大気圏突入に備えて固定していた機材のいくつかを使う羽目になり、再び固定作業を行なっているのだ。とりあえず手を合わせて同情の姿勢を見せるムウ。

とはいえ、もう後は問題も起こらない筈だ。母艦を失った敵MSは戦闘を継続出来なくなるし、何より今外に出ているのは期待の若手2人(キラとスノウ)だ。彼らの腕なら問題なく終わらせられるだろう。

とりあえず、自分達の機体を固定しなければ。ムウは格納庫へのゲートへと機体を進ませる。

 

<隊長、あの>

 

「今はいい。いいんだよ、ベント」

 

<はい……>

 

用意出来た電源供給用コネクタは1つだったのでムウが砲撃したが、おそらく2つ用意出来たとしてもベントが撃てたとは思えない。

さっきの”ナスカ”級だって、対処手段はいくつもあった。なまじ余裕があると、途端に人間の決断力は鈍るものだ。

まして、さっき初めて殺人を実感したベントに、何十人も乗っているだろう”ナスカ”級を撃ち抜けと命じるのは酷だろう。

 

(やるせねえなぁ……ま、それも俺の仕事か)

 

そう、今は撃つのを躊躇ってもいい。それくらいならフォローしてやれる。

今ならまだ引き返せる。こんな、殺すか殺されるかの世界に慣れる必要は無い。───言い換えれば、慣れるのだって自由ということなのだが。

可愛い部下はどんな選択をするのか。憂い気に思案するムウの元に、ある報せが飛び込んでくる。

 

<少佐、緊急事態です!>

 

「今度はなんだってんだ、ハミルトン少尉?」

 

 

 

 

 

<ソード2……バアル少尉が重力に捕まりました!>

 

 

 

 

 

時は少々遡り、キラとスノウは4機のMSと戦闘を繰り広げていた。

 

「くそっ、こいつら……!」

 

スノウはいらだたしげ舌打ちをするが、それで何かが好転するというわけでもない。

先の大立ち回りとは反対に、今度は数的不利状況下に置かれたキラ達が若干追い込まれている。

敵も先ほどの奇襲から態勢を立て直したということもあるが、それ以上に───。

 

「はっ、はぁ、はぐぁ……!」

 

”デュエルダガー・カスタム”の動きが、誰の目からも見れば分かる程に鈍っているのだ。

 

<ソード2、どうしました?ソード2!>

 

「うる、さい。騒ぐな……!」

 

キラが心配して通信回線を開いてくるが、忌々しげに返答してそのまま通信を切る。

何が起きているのか、それを知りたいのはスノウの方だった。

 

()の効果はまだ続くはずだ。戦い始めてまだ1時間ほども経っていないというのに、何故ここまで消耗している?)

 

計器を見ると、外部温度計の数値が跳ね上がっているのが見えた。───これが原因か!

途端、スノウは自分の体から多量に汗が噴き出ていることを実感した。

戦闘中、何度も乱高下を繰り返したことで機体温度も徐々に上昇していたため、体温の上昇した体が大量に発汗。

そのために、本来もっと効果時間が続く筈の薬の効果が、切れ始めてきたということだ。

仮設ではあるが、そう考えるしかない。いくら考えたところで、()()()()()()()が間近という事実は変わらないのだから。

今はまだ戦闘機動が取れるが、その時が訪れてしまえばたちまち、禁断症状の苦痛によってまともに操縦桿を握れなくなるだろう。

───そうなる前に、鏖殺しなければ!

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁっっっ!」

 

雄叫びを上げながら弾の切れたマシンピストルを投げ捨て、代わりにビームダガーを持って”ゲイツ”に斬りかかる。

しかし、精細を欠いた今のスノウの攻撃を”ゲイツ”は盾で受け止め、反撃にレーザー重斬刀を振りかぶる。

 

<くたばれ、薄汚いナチュラル!>

 

「お前が、シネェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」

 

罵り合い、切りつけ合う2機のMS。

しかし、精細を欠いているのはお互いに言えることであった。

元々命を捨てて戦ううつもりでいる”ゲイツ”のパイロットがあまり防御に気を払わなかったこともあるが、”デュエルダガー・カスタム”の獲物は両手で持つ2本のビームダガー。

手数の多さに押され、ついには剣を握る右腕を切り裂かれる。

 

<ぐうっ、まだぁ!>

 

”ゲイツ”のパイロットはそれでも諦めずに残った左腕で”デュエルダガー・カスタム”の頭部をつかむ。

 

<貴様らが、貴様らさえ……!>

 

彼もまた、連合の杜撰な統治下に置かれていた時代のプラントで、『ブルーコスモス』のテロによって子の命を奪われた『被害者』だった。

憎悪の炎を燃やしてこの場に立っている。

───スノウの知ったことでは無かった。

 

「私ニ……フレルナァァァァァァァァァァッッッ!!!」

 

2本のビームダガーが”ゲイツ”のコクピットに突き刺さり、パイロットを蒸発させる。

力を失った”ゲイツ”を蹴飛ばし、それが爆発するのを見届けるスノウ。

 

「ハァ、ハぁっ、はあ……流石に、これ以上は……」

 

それなりに手こずらされたが、それでも勝ったのは自分だ。スノウは一息ついて、戦闘の継続が極めて困難であることを悟り。

───その一息の隙から、隙が生まれた。

 

<もらったぞ!>

 

「っ!?」

 

ガクン、と揺れたかと思うといきなり高度計の数値がドンドンと下がり出したことに気付いたスノウ。

そう、()()()()()()()()()

虎視眈々とスノウを狙っていたのは、左腕と右脚を失った”ジン”。

戦力的価値が低下したことでヘイトが低下した彼は、スノウが”ゲイツ”を撃墜して一息をついた瞬間、その隙をついて”デュエルダガー・カスタム”の右足に飛びつき、地上に向かって進み始めたのだ。

無論、それが何を意味しているのかも理解した上で。

 

<俺じゃあお前は倒せない、だから地球に焼いてもらうことにした!ほら、お前らの好きな蒼き清浄なる世界でじっくりローストされてこい!>

 

「くっ、離せぇ!」

 

”デュエルダガー・カスタム”は再びビームダガーを振うが、大気の風に煽られていること、また脚部を掴まれて不安定な姿勢ということもあって中々上手くいかない。

そして、その時は来た。

 

<離せ?ああ、離してやるよ!もう終わってるんだからなぁ!>

 

ようやくビームダガーが”ジン”の腕を切り裂いた時、既に高度計はデッドラインを割っていた。

今からでは、離脱出来ない。それだけの加速が付いてしまった。

 

「……っ、お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

<そうだ、そ……が欲しか……たんだ!心底悔しがり……がら死……でいけ、ナチュ……ル!そ……こそ、マリーを……したお前らに相応……い末路だ!>

 

それきり、”ジン”のパイロットとの通信回線は切れてしまった。

正直、それで良かった。

うるさいだけで耳を傾ける価値も無いと思ったし、これ以上、あんな声を聞いてはいたくなかった。

 

「くそっ、くそっ、くそっ……!」

 

”デュエルダガー・カスタム”に大気圏突入能力は無い。

重力から抜け出すだけの推力も無い。

どうしようもなく……詰んでいた。

 

「絶対に、死ぬものか……絶対に、死ねない!」

 

それでも、スノウは諦めなかった。ペダルを思い切り踏み込んでスラスターを噴かし、重力から逃れようとする。

自分は今、何者でもない。

『スノウ・バアル』というのは識別するための記号でしかなく、『名前』では無いのだ。

『名前』、つまり『自分』を取り戻すどころか、知ることさえ出来ないまま、死の運命を受け入れる?

まっぴらごめんだ。

しかし、どれだけ決意が固かろうと不可能な物は不可能。

徐々に下がり続ける高度計に焦りは止まらない。

 

「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ!こんな、こんな、暑い、熱い、嫌だよぅ……」

 

ついに何も出来ないことを心底から悟ったスノウは、体を抱えてうずくまる。

()()()とは逆だ。

あの時は、ただひたすらに寒かった。周りには暗黒の空間が広がっていて、自分はただそこを漂うばかりで、今以上に無力で。

少女に残る記憶の残滓。───あの時も、誰も助けに来てくれなかった。

 

「もう、嫌だ……誰か、誰か……」

 

赤子のように泣きじゃくるスノウ。

ただひたすらに、スノウは求め続けている。

 

「誰か、助けてよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<少尉ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!>

 

聞こえない筈の声が、聞こえた。

何も無い筈の空間に、()()はいた。

それは、伸ばされなかった手を伸ばしていた。

───”ストライク”が、こちらに向かって手を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<無茶ですよ、ソード1!>

 

「このまま何もしないわけにいきません、行きますよ!」

 

<やめろキラ、お前まで燃えつきるぞ!>

 

スノウが大気圏に掴まったと聞き、キラはすぐさま救助に駆けつけようとしていた。

既に”エールストライク”の推進力でも抜け出せない領域まで高度が下がってしまっていると聞いたが、それなら”ストライク”を盾代わりに大気圏を降下しようと考えるキラ。

カタログスペックの話でしかないが、PS装甲は熱エネルギーに対してもある程度有効だ。理論上、大気圏降下は出来る。

リサやサイは止めようとしていたが、キラは止まろうとしない。

何の覚悟もしないまま、責任を負うことを厭うて説得を試みたところで何の意味もなかった。

恩師に銃を向ける友に、何の行動も出来なかった。

助けたいと心底から思っている。

そのための力もある。

なら、キラが止まる理由は存在しなかった。

 

<待て、ヤマト少尉!バアル少尉に続いてお前まで失うわけには───>

 

「彼女はまだ生きてます!」

 

<もうどうしようもない、帰投しろ!これは命令だ!>

 

ナタルがキラを引き留めようとするが、既に”ストライク”は”デュエルダガー・カスタム”に向けて機体を進めようとしていた。

 

<少尉!くそっ、誰でもいい、ヤマト少尉を連れ戻せ!>

 

「僕はまだ……彼女に名前を呼んで貰ってないんだ!」

 

<───エクセレント、最高ですよヤマト少尉>

 

突如として通信回線に割り込む声。

幼い少女のような高い声、キラには覚えのある声だった。

 

「トラスト少尉?」

 

<シチュエーションも完璧、本人のやる気十二分。ならばご覧あれ、技術者道!コジローさん、あれを!>

 

<このクソ忙しい時に仕事増やしやがって!坊主、無事に帰ってきたらPXで何か奢れよ!>

 

”アークエンジェル”から何かが射出される。

戦闘機にしてはやけに縦に薄いそれは、まるでスペースシャトルの底面だけを切り取ったような造形をしていた。

 

「これは?」

 

<こんなこともあろうかと!積み込んでいたMS用試作大気圏突入装備、通称『フライングアーマー(飛行装甲板)』です!耐熱性に優れるだけでなく、大気圏突入後もある程度の防御力を発揮することの出来る優れものですよ!>

 

それが本当ならば、スノウを救出出来る可能性はかなり上がるだろう。

キラはアリアに感謝するが、同時に疑問を覚える。

 

「だけど、大気圏突入装備の試験はスケジュールに含まれていなかったような……」

 

<甘い、甘いです。『戦闘発生の可能性がある大気圏突入作戦』と聞いた時点で”マウス隊”なら誰だってこれを持ってきますよ。”マウス隊”で予定通りいくことなんて、他のどの部隊よりも少ないんですから>

 

<ちょっと待て、たしかそんな装備は搭載装備リストには無いぞ!>

 

<バジルール中尉、今は気にしない気にしない!>

 

たしかに、ただでさえ試験部隊なんてトラブルの起こりやすいイメージのある部隊に所属していたなら警戒心が発達するのかもしれない。

通信先でナタルが動揺しているのが聞こえるが……キラは細かいことは気にしないことにした。

なにはともあれ、準備は出来た。

あとは、()()だけだ。

 

「ありがとう、少尉!」

 

<ほらほら、そんなことより!>

 

「分かってる。───これより、ソード1はソード2の救援に向かいます!」

 

<おい、少尉!……まったく、どうしてこうなるんだ!司令、よろしいですか!?>

 

通信回線を閉じたキラは、モニターに映る”デュエルダガー・カスタム”を見据える。

既に機体全体が赤くなりだしている。もう、時間はない。

 

「今いくよ、少尉……!」

 

 

 

 

 

<なんで、なんで!?>

 

「今はそんなこと言ってる場合じゃない!手を伸ばして!」

 

フライングアーマーのおかげで熱の問題は概ねクリア出来たが、今度は大気に煽られて思うように”デュエルダガー・カスタム”の方に進めない。

加えて、”ストライク”は”デュエルダガー・カスタム”に右腕を伸ばしているために片腕でフライングアーマーを操らなければいけない。

 

<来るな、こっちに来ないでぇ!来たら───>

 

「フライングアーマーならいける!だから、手を!」

 

<降りられたとしても、何処に降りるかは分からない!>

 

「降りてから考えればいい!」

 

<孤立無縁になるかもしれない!>

 

「うるさい!助かりたいか助かりたくないか、どっちだ!?」

 

<そういう問題じゃ───>

 

「そういう問題だ!あとは、君が手を伸ばすだけなんだよ!」

 

<……っ!>

 

何かを決めたのか、ようやく手を伸ばしながらこちらに向かって機体を進めようとするスノウ。

先ほどと変わらずに風は強烈だが、それでも距離の縮まるペースは早まる。

少しずつ、少しずつ、手と手が近づいていく。

 

「あと、少し……!」

 

<嫌だ、届いて、届いて、助けて……!>

 

もう少し、あと少しが遠い。

 

「っ、るぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁァァァァァァァァァ!!!」

 

もう止めたのだ、半端に手を広げることは。

なんでもかんでも出来るほど長い手が欲しいというわけではない。今は、今だけは。

目の前の、1人の女の子の手を掴めるだけの力があればいい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、かんだ!」

 

がっしりと、鋼鉄の手と手が繋がった。

それを確認したキラはエールストライカーをパージし、”デュエルダガー・カスタム”が背中に来るように引き寄せる。

バッテリー残量に不安は残るが、エールストライカーがある状態で2機のMSを乗せることは出来そうにない。

 

「冷却装置最大稼働、融除材ジェル展開、突入角調整……頼む!」

 

<あ、わたし、あ……?>

 

「しっかり掴まってて!」

 

スノウは茫然自失となっているものの、機体のバランスは保たれている。

もうこれで、何も出来ることは無い。

 

「なんとかなるさ、生きていれば……」

 

キラの眼前には、どこまでも雄大な『蒼』が広がっていた。




というわけで……半ば無理矢理感もありましたがアークエンジェル、いざ地上へ!
こっから先は地上のアークエンジェルと宇宙のマウス隊で描写が別れていくことになります。
次回こそ、本当に衛星軌道上戦の終結です。

活動報告、更新しました。
そこそこ重大な報せなので、興味のある方は覗いていってください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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