こんな世界に生まれて、後に起こる災厄の知識を持ってたら、そりゃ「ふざけんな!」ってなるよね。
ようやく、第2部最終話です。
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プトレマイオス基地
「機材のセット、完了しました」
「うむ、ご苦労」
準備が終わったことを知らされたハルバートンは、講演台の場所まで歩みを進める。
これから彼は、ZAFTの奇襲によって大打撃を受けた連合軍を鼓舞するために演説を行なうのだ。
聞いた時はどうして自分なのかと思ったが、上層部は「英雄」を欲しているとのことだ。
第8艦隊はMSの早期戦線投入に成功、以降も様々な作戦を成功させている精鋭艦隊として扱われている。
その第8艦隊の司令でありMSについて高い先見性を持っていたハルバートンは前線の兵士からは評価が高く、そんな彼の演説には一定の効果がある。
「まったく、私にはそういうことは不向きだというのにな」
ハルバートンは政治に関しては疎い方だと自覚している。彼は士官学校を卒業してからここまで、現場一本でのし上がってきた。
思えば、随分と遠いところまで来たものだと思う。開戦前までハルバ-トンは、自分が将官クラスにまで上り詰めることが出来るとは思っていなかった。
佐官から将官に昇進するためには実績だけでなく、他の将校との
疎いだけでなく、軽く嫌悪すらしていた。そういうことをしてのし上がるのは兵士達の命をチップに自分達のことばかり考える輩だという偏見も持っていた。
だから自分は大佐が限界、そう思っていたところでこの戦争だ。
開戦当初はやはり大佐として1隻の艦艇の艦長でしかなかった彼だが、MSの価値に早期に気付いてMSの開発計画を提出したこと、そして彼以上の階級を持つ将校達が開戦初期に多数戦死したために、准将階級と第8艦隊提督という地位を得ることが出来た。
御陰で出来ることは増えたが、その分やるべき義務も増えた。薄汚い政治闘争にも少しずつ巻き込まれている。
だが、そこで一つ学んだことがある。
とても単純で、だからこそとても大切なことを。
「本番10秒前、9、8……」
台本は一応あるが、軽く流し読みしただけで放り投げた。
やれコーディネイターを許すなだの、やれ報復をだのと短絡的に過ぎると思う内容だったからだ。
それよりかだったら、自分で考えて、自分の口で言う言葉の方が人の心に伝わると思った。
「3,2、1……どうぞ」
そして、演説が始まった。
勇敢なる連合軍兵士の諸君、私は連合宇宙軍第8艦隊提督のデュエイン・ハルバートン少将だ。
僭越ながら、諸君らに向けて演説などさせてもらう。先の事変の後始末で忙しいかもしれないが、流し聞きでもいいので少しばかり耳を傾けて欲しい。
世界というものは、様々な人々の働きによって成り立っている。男も女も、老いも若いも関係無くだ。
軍隊で例えよう。
前線で銃を手に取って弾丸を発射する者。
軍医や兵站のように後方で戦線を支える者。
敵の手の及ばない安全な場所で、しかし前線の兵士達が満足に戦えるように作戦を練り、軍を勝利に導く者。
どれが欠けても、軍隊というものは成立しない。誰もが使命を遂行するからこそ、軍隊という1つの
だからこそ前線の兵士は後方を信じなければいけないし、後ろにいるものはその信頼に応える為に全力を注がなければならない。
だが、これはなんだ?
この戦争は、いったいどうしてしまったというのだ?
最初は戦争ですら無かった、紛争が良いところだった。
MSはたしかに驚異的ではあったし、宇宙戦闘の有り様に一石を投じた。しかし、それを含めても宇宙の片隅での問題で済む筈だったのだ。
「血のバレンタイン」。あそこから全てが狂いだした。1発のミサイルが全てを変えてしまった。
ここで責任問題について語るつもりはないが、紛争が激化して戦争になるきっかけは間違いなくあの事件だ。
核に怯えたZAFTはNジャマーを作り、報復としてそれを地上にばらまいた。そう、「エイプリルフール・クライシス」だ。
10億を超える死者を生み出してなお、彼らは足りぬと言う。
大切な人を奪われた苦しみを知りながら、それを免罪符とするように更なる虐殺を行い、当然としているのだ!
そして彼らは自分達を『正義』と騙り、『自由』を餌に市民に武器を取らせる!
更に彼らは、「勝利のため」として先の奇襲を行なった。
彼らは「連合側が先に協定をやぶった」と言うが、我々にそうするメリットが無いことも、そして協定違反から有無を言わさず、かつ電撃的に行なわれた作戦を見れば作為があったのも明らかだ!
戦争の早期終結を願う身内の意見も封殺し、自らの属する社会を狂気の道へと誘ったのだ!
悔しくはないか?一部の人間の暴走に付き合わされているこの現状が。
腹立たしくはないか?暴走する人間達が自分のことをゲームの駒にしか思っていない現状が。
たった1発の核をエゴのために撃ち込んだ者達も、自らの狂気に市民を巻き込む者達も。
誰も彼もが、自分のことしか考えていない!
今起こっているこれは、たしかに戦争だ。だが私は、それを連合対ZAFTという単純な図式には当てはまらないと思っている。
我々が良識を持って
彼ら、自らの欲望のままに動き
これを聞いている諸君らの中にはピンときていない者も存在しているかもしれないが、結局のところ私が言いたいのは、「より良い世界を作るために力を貸して欲しい」ということだ。
地球圏には多くの問題があるが、真っ先に片付けなければいけない問題はなんだ?───そう、ZAFTだ。
プラント内で頻発するテロになんら対応しなかった理事国に怒る気持ちも、ある程度は理解出来る。
だが、彼らはそこで最悪の手段を取った。
言論による理知的解決ではなく、武力による野蛮な解決方法を取ったのだ!
彼らは自らを進化した人類であると驕るが、それは大いなる勘違いだ!
そして、そのような大馬鹿者共が、この世界にもっとも大きな混沌をもたらしている!
諸君、今がその時なのだ!
この世界の人間社会が数多く抱える問題に立ち向かうべき時、すなわち人類をステップアップさせる時だ!
まずは、ZAFTという歪みからプラントを解放することから始めよう。
そして、次こそは戦争が起きないような世界を作っていこう。
そうすることで、ようやく人類は『
それこそが、本当の勝利と呼べるのだ!
立ち上がれ、勝利のために!
君達全員が、よりよい『未来』を作る英雄となるのだ!
「───カット!素晴らしい演説でした、提督」
「ありがとう、世辞でも嬉しいよ」
ハルバートンは広報の兵士からの言葉にそう返す。
応援演説の筈だったが、最終的に何処かズレていたような気がする。
ともあれ、自分の言いたいことは言い切った。後はなるようになるだけだ。
「おべっかなどではありません!本当に、感動しています。きっと前線の兵達にも提督のお心は伝わったでしょう」
「そうだといいのだがな」
この兵士は若い。目の前に
その点では自分と先ほど痛烈に批判したZAFTの間に違いは無い。
「て、提督!よろしかったのですか?」
「ホフマン、よろしかったとは何のことだ?」
「先ほどの演説です!ZAFTだけでなく、『血のバレンタイン』についても批判するなど……」
なるほど、ホフマンが危惧することについてもハルバートンは理解出来る。
核攻撃を批判するということは、それを実行した者達───“ブルーコスモス”に対して批判するのと同義である。
「ふんっ、連中に何を考慮してやる必要がある?Mark.5核ミサイルの無断使用……それだけに留まらず、下手クソにしか使えなかった愚か者共だぞ」
それもハルバートンの本音であった。
核兵器などというものは、抑止力でなければならない。
そしてそれを使わなければならないとすれば、圧倒的暴力によって何もかもを焼き尽くす必要が生じた時。
言ってしまえば、中途半端だったのだ。「血のバレンタイン」とは。
どうせ撃つなら徹底的に滅ぼしてしまえばいいのに、たった1発撃っただけで狂人共は満足してしまったのだ。
その先に、どのような世界が待っているかも予想せずに。
核兵器自体も気に入らないが、加えて中途半端に運用した連中にはもっと腹が立つ。
「むしろこれで大々的に動いてくれた方が、私としてはやりやすいよ。患部は明らかな方がいい」
それを聞いたホフマンはもごもごと何かを言いたそうに口を動かすが、やがて観念したように溜息を吐く。
「正直に申しまして、私は貴方の言うところの安全な後方で
「まあ、そうだろうな」
「私は出世したかった。いや、今もより高い地位に就いて権力を手にしたいと思っている。───しかし、貴方の下で働くことになった瞬間から、とっくに目論見は破綻していたのでしょうね」
「それは、済まないことをしたな」
「ええ。ですから、こちらもヤケにならせてもらいます。
絶対に戦争に勝ってください。活躍してください。でなければ、私は『英雄の副官』という立場すら手に入らなくなる」
あくまで自分の欲望に従うのだと、ホフマンは言う。
一種の開き直り、そんなふてぶてしさがハルバートンは好ましく思えた。
「言われるまでもない。私は、私達は勝つよ。それが軍人の義務だ」
「そうしてください」
そして2人は歩み始めた。やるべきこと、やらなければいけないことはまだまだあるのだ。
だが、そう問題にはならないだろう。
利用する者、される者。
人を使う者、人に使われる者。
お互いの信条を理解し合った彼らに、絶えず未来への道は開けているのだから。
「くひひっひ、きゃははははは!!!!
すごいよラウ今の聞いたラウ!?あたし達大馬鹿者だって!」
「ああ、聞いているよヘキサ」
ハルバートンの演説は、遠くプラント本国にも放映されていた。
情報統制を行なっているために民間の公共放送は行なわれていないが、ZAFTの指揮官クラスには閲覧許可が出されている。
ラウは本国の自宅でその演説を視聴し、混迷を深める世界を観察していたところを、茶色がかった黒髪の少女の
ソファに座るラウの首に後ろから抱きつき、楽しそうに笑うその姿は休日の父親と娘の団欒の光景に見えるが、少女が連合軍の基地から単独でMSを奪取する能力を持っていることを知っていれば、そのような感想は抱かないだろう。
ヘキサ・トリアイナ。ラウに抱きつく少女は、周囲からそう呼ばれていた。
彼女は最近になってラウが重用し始めた兵士で、あらゆる面で高い戦闘適正を持っていることからMSパイロットだけでなく、先の事変のように潜入しての破壊工作に参加することもある。
常に仮面を付けて外さないラウのことを嫌っている者達の中には『愛玩人形』と揶揄する者もいたが、ヘキサが連合の試作兵器である”ストライク”を奪取してからは、そういった言葉も減った。
少女が少女たるのは、外面だけだと気付いたからだ。
「ねえねえ、これからどうなるかな!?
たくさんの艦隊に攻め込まれちゃうのかな!?
たくさんの殺意に無茶苦茶にされちゃうのかな!?
そうなったら、そうなったらきっと、うん!
───とっても
「どうだろうな。君は攻められるよりも、攻めることの方が好みだと思うのだが」
「どっちも好き!あたしが勝つもん」
「自信満々だな」
ラウは苦笑するが、その言葉に
彼女の自信は至極当然のモノだ。
「だってあたしは、
知恵を持つ『獣』に、人は勝てない。
自分は勝つのだと断言する。
「随分愛らしい『獣』がいたものだ。だが、君だって分かっているだろう?この戦争でZAFTが勝つ可能性はどう見積もっても五分を超えないと。それは賢いモノの見方が出来ていないのではないかね?」
「あれ、ZAFTを勝たせるなんて言ったっけ?あたしは勝つけど、ZAFTは知らないよ」
「ほう、ではどこかに亡命でもする算段が?」
「犬猫が人間に可愛がられることで生存権を手にしたのと同じよ。これでもいい顔してると思うんだけど?」
少女はそのままソファを乗り越えてラウの膝にまで移り、何かをねだる子猫のような仕草を見せつける。
自分の愛らしさも武器か。
ラウはその光景に微笑ましそうに口元を歪めるが、同時に懸念を抱く。
彼女はたしかに天才だ。開花すれば『獣』に相応しい能力を発揮し、人類に禍をもたらすだろう。
だが、まだ子供だ。
「たしかに、君は魅力的だがね」
「でしょでしょ?」
さて、どうしたものか。
彼女は初の実戦を経験したことで自信を付けたようだが、元から自信家だったこともあってか些か過剰に過ぎる気がする。
誤った自信を身につけたままで失敗することも、普通の子供ならば矯正のための第一歩となり得る。
しかし彼女のいる場所は戦場であり、一度の失敗が取り返しの付かない結果になることも珍しくはない。
どのように諫めたものだろうか?ラウが少女の導き方を思案していたところで、部屋の中に新たな人間が姿を現す。
「ラウ、あんたはもっとビシッと言うべきよ。『あんま調子乗るな』って。変なところでこの子がリタイアするのも嫌でしょ?」
「エンテお姉ちゃん!」
ヘキサはラウの膝からピョンと跳ね起き、現れた女性に抱きつく。
女性の名はエンテ・セリ・シュルフト。20代前半に見える彼女だが、平均的顔面偏差値の高めのプラントおいても人目を引く容姿をしていた。
その髪は老婆のように白く、目は鮮血のような赤に染まっている。一言で表すなら、アルビノ体だ。
そんな彼女だが、愛らしく抱きついたヘキサを乱雑に引き剥がし、ラウの隣に座る。
「ひっつくな、暑苦しい」
「酷いよお姉ちゃ~ん」
「やかましい。大体、たかだか1回の実戦をくぐり抜けた程度で何でも出来るって思い込むような奴は嫌いなのよ」
エンテもまた、ラウやヘキサ同様に闇から生み出された存在。
とある実験施設から逃げ出した彼女をラウが拾い上げたのは、気まぐれという小さなモノには由来していなかった。同情などであるともラウは思いたくない。
彼女を生み出した人間達は彼女を『失敗作』と断じた。このような存在が生み出されたこと自体が汚点であると。
自分を生み出した男も、このような出来損ないが『自分自身』である筈が無いと言っていた。
ならば、彼女にもきっと有るはずだ。───この美しく、そして醜い世界を裁く権利が。そう思ったからこそ、拾い上げた。
エンテは愛用する扇子を開き、自分を扇ぐ。
暑苦しさを誤魔化すためというだけではない。訳あって体温の調節機能に難を抱える彼女には、必須の道具だ。
やはりZAFTに所属している彼女は普段は空調機能内蔵のノーマルスーツを着ているので、実際に使う姿を見るのは稀だが。
ラウはその姿を見ることの出来る数少ない人間の内の1人だったが、扇子に違和感を覚える。
「おや、新調したのかね?」
「ん、
実はこの扇子は特別製で、骨の一本一本が即効性の毒針となっていた。
彼女はプラントコーディネイターの中でも群を抜いて高い身体能力を誇るため、時折対人戦闘に駆り出されることもある。
しかしその身体能力故にこの暗器を使わずとも大抵の人間を制圧出来るはずであるが……。
「君がそれを使うとは、珍しいこともあるじゃないか」
「最っ高に楽しかったけど、最っ低な気分。だって殺せなかったんだもの」
「……
「お察しの通り。───マグナウェル・ローガン。初めてやり合ったけど、あれはもう怪物の領域ね」
エンテという対人戦において最高クラスのカードを切って倒せない相手、かつ、この情勢で戦闘する可能性のある人物。そうなれば、ラウには1人しか思いつかなかった。
マグナウェル・ローガン。白服を与えられたZAFT兵にしてMSパイロット。通称、『クライン派の最大戦力』。
生身での戦闘もこなせる上に高水準、人格者なので慕う人間も相応数と、称号に違うところの無い傑物だ。最近では、地上で投入された
リーダーであるシーゲルからの信頼も厚い彼だが、ラウは
「事故に見せかけてアイリーン・カナーバを殺るはずが、ご破算よ。シーゲル・クラインがあっさり拘束された時点で違和感を感じるべきだったわ。あれがいなかったなら当然だもの」
「シーゲル・クラインが指示を出したのか、それとも独自に判断して行動したのか。どちらにしても、厄介だな」
「ねーねー、お姉ちゃん。そのローガンって人、強い?」
「強いわ。少なくとも今のあんたじゃMS持ち出さないと勝てないくらいにはね。興味湧いたからってちょっかい出すのは止めときなさい」
「はーい!」
元気よく返答する少女に、エンテは眉をしかめる。
エンテは強い人間が好きだ。そして、弱い人間が大嫌いだ。
だが、ヘキサという少女は彼女の目から見ても異質だ。
すがすがしい程に戦闘、そして勝利を欲するヘキサは好ましく思えるはずなのだが、どうにも
違和感を解消するために時々
「まあ、いいわ。どうせシーゲルの身柄が抑えられている時点でクライン派は動けないし」
「そうだな。そして……これからが本番だ」
ラウは立ち上がって台所に向かい、そこから持ってきた瓶を2つテーブルに置く。
片方は赤ワイン、もう片方はリンゴジュースだ。
「おそらく、もうこのようにして集まり、談合する機会は訪れないだろう。景気づけに1杯どうだろうか?」
「おー、なんだかお高そうなお酒!」
「……あんたって、結構そういうところは俗物的っていうか、オーソドックスな感性してるわよね」
「私も常に他人と違う行動を取りたがるような天邪鬼ではないさ。ヘキサ、君のはこっちだ」
「え~?あたしもお酒飲みたーい」
「あんたには早いわよ」
グラスとコップを取り出し、酒とジュースを注いでいく。
苦笑する男とグラスを片手にくつろぐ女性、はしゃぐ子供。
それだけ切り取れば朗らかな一家団欒の光景に見えるが、彼らの本質を知っていればけしてそのような感想は出てこないだろう。
彼らの最終的な目的地は、どれもバラバラ。その中でも共通する一点が存在するからこそ、彼らは集っているのだ。
だが、それもいいだろう?
ラウは目的も主義も違う3人が集まり、今だけは同じ方向を向いているという奇縁に笑みをこぼす。
果たして、世界は滅茶苦茶になってしまうのか、醜いまま変わらないのか。
それとも、輝ける何かを手に入れて一歩先に進むことが出来るのか。
昔はただただ破滅を望んでいた自分がこのように変わるのだ、彼女達がどのような道を歩んでいくのかも見てみたい。
(ままならないものだな)
見たい、見届けたいと思う物があるというのに、思うように生きることの出来ないこの
───せめて、この戦いの終局までは保ってくれるといいのだが。
「それでは……」
「ちょっと、ラウ。1つ忘れてることがあるわよ」
「?」
「乾杯には音頭が必要でしょ。あのヘタレドクターみたいに、あんたもやってみなさいよ」
唐突に揶揄される
内心で軽く同情しながら、ラウはこの場に相応しい音頭を思案する。
そうだ、どうせなら。
「ならば、いっそのこと3人それぞれ異なるものを唱えるというのはどうだろう。全員、そちらの方がすっきりすると思わないか?」
「さんせーい!あたしもやってみたい」
「はあ?まあ……いいけど」
「では、私から」
「この、
「……
「
『乾杯!』
キィンっ!
破滅の
「皆、心配を掛けたな」
『隊長!』
“第08機械化試験部隊”のオフィス、その場に現れたユージに向けられた視線には、多大に安堵が込められていた。
自分がそこまで慕われているとは思っていなかった、あるいはその自信が無かったユージは顔を綻ばせる。
「隊長、その……大丈夫ですか?」
「大丈夫とは断言出来ないが、『皆が頑張ってる中、俺だけが落ち込んでるわけにはいかない』。……そうやって空元気を出せるくらいには、なんとか」
心配そうに声を掛けてくるウィルソンに対し、ユージは力弱い笑みを見せる。
心の重しは少なくなっただけで、無くなったというわけではないのだ。
いや、きっと無くしてはいけないものなのだろう。
きっとそれは、ユージ・ムラマツがそうであり続けるためのファクターだ。
「まあ、今のところはそれでいいのではないですかね?」
「マヤさん、何やったか丸わかりですよ……」
妥協したというには満足そうな顔をして、ユージの後ろから現れたマヤに対し、アリアはユージの顔に咲いた紅葉を指差す。
時々この技術主任は肉体派になるのだ。以前その洗礼を浴びたことのあるアキラは身震いする。
「皆、少しだけ俺の話に耳を傾ける時間をくれないか?」
ユージの言葉を聞き、居住まいを正す隊員達。ユージには、それがどうしようもなく嬉しかった。
「俺達は仲間を失った。ジョンだけじゃない、ロバート、デビット、ドロシー……先の奇襲だけじゃない、これまで多くの仲間が命を散らせていった。
それでも、俺は歩み続けようと思った。戦争を終わらせようと思った。1個人に何が出来るかとかそんな問題には意味が無い、やろうと思ったんだ。
きっとこれからも、ここにいる何人か、あるいは全員が命を落とすような事態に見舞われるかもしれない。あるいは、そうする必要が生まれた俺がそういう指示を出すかもしれない。
皆は、それでもいいか?」
ユージの言葉を聞き終えた隊員達は一瞬ポカンという顔をすると、苦笑だったり、人を小馬鹿にする顔だったり、とにかく笑みを見せていく。
「何を言い出すかと思えば……」
「俺達の隊長って、意外とバカだったんだなって」
「おいぃ、今のお前ら聞いたか?」
「俺らのログにはバッチリ残っちまったなぁ」
『当たり前だろ、バーカ!』
「なんど言わせりゃ気が済むんすか、あんた。俺達ゃ天下の”マウス隊”、何処からも受け取り拒否の特急危険物の集合体!」
「この部隊でいいか、じゃなくてここじゃないと働けないし、なんなら働く気もないんだよなぁ」
「もっと自信持てよ、隊長!俺達が『隊長』って認めるくらいには、あんた慕われてるんだぜ?」
「まったく、なんだお前ら……」
まったく、屈辱だ。
いつも突拍子の無いことをやらかして、その後始末で忙しくするような奴らのクセに。
一見まともそうに見えることもある変態と、所々本性を見え隠れしている変態と、ありのままの変態の集いのクセに。
───目頭熱くしてくれるじゃないか。
「なら、言うべきことは1つだな?」
「ええ。今ならきっと、どれだけクサいセリフでも皆全力で乗ってきますよ」
「そうかな……そうかも。
よし、じゃあ、お前ら……。
俺に、付いてこい!」
『イエッサー!』
これで、彼らを導いて進まなければいけないという荷物を背負った。
もう逃げることは出来ない。だが、ユージはそれで良いと思った。
もう、1人で背負う、否、1人で背負っていると思う必要は無いと思ったからだ。
マヤはユージに近づいて、小声で告げる。
「当てにしてますよ、隊長」
ついにユージは、自分がこの世界の行く末についてある程度の知識を持っていることを
不思議なくらいに、マヤがすんなり受け入れていたことが印象的だった。
『まあ、18mのロボットが大地を闊歩して戦争なんてやってる世界です。そういうこともあるでしょうね』
それに加えて、ユージが時々見せる奇妙な言動や行動がそれだけで説明が付くのだと、マヤは言った。
そこまですんなり受け止められるとは思っていなかったユージがそのことを言うと、マヤは笑った。
『だって、信じると言ったでしょう?貴方の言うことを切って捨てるのは簡単ですが、それは自分自身の言葉に逆らうことです。吐いた言葉を飲み込んだりはしませんよ』
(俺は、皆のことを見ているようで見ていなかったのかもしれないな。だけど、これからは……)
ユージはポケットに入れた1枚の紙を触る。
それは昨日、マヤに真実を打ち明けた後に渡された物。
ジョン・ブエラの遺書であった。
(俺はこの思いを忘れない。背負って、前を向いて……きっといつか、成し遂げるよ。お前の信頼に答えられるように)
拝啓、ユージ・ムラマツ殿
家族に送るものとは別に、貴方にも用意いたしました。
余計な重荷となるようでしたら、即刻破棄してもらって結構です。
私はずっと、貴方が何かを隠していると思っていました。
何か、大きく、途方も無い物を見ているような気がしていました。
”メビウス”隊のころから、これを見ているだろうその時まで、ずっとです。
でも、私はそれでも良いと思いました。
貴方が仲間を重んじるその姿に嘘偽りは無かったからです。
何かに喜び、何かに悲しむその姿は、よくある人間の姿だったからです。
そんな当たり前が出来る人間は、このご時世だと少ないのです。
だから、皆、貴方のことを信じて、戦えているのです。
結局、この手紙を見られている時点で貴方が戦う理由を知ること無く私は逝ってしまったのでしょうが。
どんな思いがあったとしても、貴方は大丈夫だと、思いながら逝ったはずです。
誰もが貴方を信じています。
信じているから、貴方の力になってくれます。
ありふれた人間の貴方は、だからこそ当たり前な希望になり得るのです。
そしてそれが成るのは、貴方が誰かを心底から信じられたその時です。
願わくば、その時が訪れるように。
最後に、1つ。
どこにでもいるような私から、ありふれた貴方へ。
その道行きに。
───光あれ、と。
勇者でも魔王でも、神でも悪魔でもない、ありふれた誰かの言葉だからこそ力になるということ。
ここから長い後書きとなります。
面倒な方は読み飛ばしてくださっても大丈夫です。
本当はハルバートンじゃなくて、パトリックの演説にするかと考えてました。
そしてパトリックの映った画面に拳を叩きつけて「貴様には負けんぞ……!」というキラとか書こうかと。(元ネタは冒険王版『機動戦士ガンダム』)
雰囲気ぶち壊しになるのでしませんでしたが。
ちなみに、以前に読者の皆様から募集したオリジナルキャラクターの内から2人、登場させていただきました!
エンテ・セリ・シュルフトとマグナウェル・ローガンの2名です!
投稿してくださった「ビルゴルディγ」様、「刹那ATX」様のお二人には、多大な感謝を!
そして、これからも何人か順次登場させていく予定です。
他の参加者の皆様も気長にお待ちください!
活動報告に原案が載っていますが、ネタバレ含むので閲覧することはオススメできません。
それと第3章に向けて、いくつかレイアウトを変えていくつもりですが、作風が大きく変わるというわけではないということを先にお伝えしておきます。
具体的には、
①前書きのあらすじパート
②本分の随所に見られる日付と場面の箇条書き
をカットしたいと。
特に②は、side使いと揶揄されているような気がしますので。
作品の質を上げるために、色々とやっていこうと思います。
-追記-
②の修正ですが、今のままでも良いという意見をいただいたので、やはりこのままで継続していくことになりました。
では、後日投稿予定の第3章でお会いしましょう。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。