機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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前回のあらすじ
覚悟ガンギマリキラ爆誕。

今回は『セフィロト』側の視点でお送りします。


第68話「窮鼠」

結局、自分は『覚悟』が出来ていなかったのだと思う。

今まで何人も殺して、殺されて。

新しい仲間と新たな敵が現れて。

だから、考える暇なんて無かったのだ。───どういう世界に自分がいるのかを。

そして、考えることを放棄した愚者に鉄槌(世界の原則)は振り下ろされる。

この世界は、いつだって残酷で気まぐれで。

───唐突に、希望や絶望を産み落とすのだという事実が、ユージ・ムラマツの精神を直撃した。

 

 

 

 

 

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『セフィロト』 

 

「して、やられたものだな」

 

ハルバートンは自身の副官であるホフマンを連れて、基地内を歩き回っていた。

暇を潰しているというわけではなく、破壊された基地の内部を見て回って現状を正確の把握するように努めているのである。

 

「”アガメムノン”級が1、”ネルソン”級と”ドレイク”級がそれぞれ3、か。MS隊に至っては”ダガー”、”テスター”合わせて11機が大破ないし要修理……”マウス隊”が早期に対応に出ていなければ、もっと被害が増えていたやもしれん」

 

「それだけではありません、閣下」

 

ホフマンがただでさえ神経質そうな顔を顰め、情報を補足する。

 

「我々が『セフィロト』救援のために席を空けた途端に、プラント本国から巨大艦船が発進したのが確認されております。おそらく、衛星軌道上に陣取るつもりでしょう」

 

「今から急いで向かっても遅い、か……。『セフィロト』の防備を固める必要もある、歯がゆいな」

 

一連の奇襲において、ハルバートンは、そして彼が率いる第8艦隊は何処にいたのか?彼らは今や連合宇宙軍でも有数の精鋭として呼ばれるようになっており、居合わせていれば確実に敵部隊を追い払えただろうに。

勿論、それには事情があった。彼らは衛星軌道上において、パナマから打ち出されてきた物資を護送する任務に就いていたのだ。

月面を始め宇宙でまともに生活資源を生産することの出来る設備はプラント本国くらいにしか存在しないため、連合軍は地球から物資を打ちだしてやる必要がある。

「オペレーション・ウロボロス」も、それを封じてしまうことで月面の維持を困難とし、連合との交渉に持ち込むことが狙いだったのだから、その重要性は言わずもがなでる。

司令部ではZAFTは第8艦隊主力が月面及び『セフィロト』から離れているタイミングを見計らう、あるいは事前に知っていたのではないかと想像し、ますますスパイ狩りの勢いを強めているらしい。

潔白が証明されるまではコーディネイター兵士に対して何らかの制限を課すことも考えていると聞くが、どのような結果が生まれるかは予想出来ない。

 

「月面の被害は更に甚大です。『エルビス作戦』のために集結していた戦力のおよそ3割が行動不能に追い込まれたとか……」

 

「実質、1から振り出しか。ZAFTめ、やってくれる……!」

 

司令部は休戦が終了してから即効で戦争を終結させるための艦隊を編成していた。それがここまで被害を負わされたとなると、立て直しに数ヶ月は掛かるだろう。

特に、プラント本国侵攻作戦は大西洋連邦が主導で行なうことになっていた。面子を潰された大西洋連邦と他主要2カ国との間に、何らかの問題が発生することも考えれば、もっと掛かるかもしれない。

月基地と『セフィロト』の立て直し、今後大幅に増加すると思われるZAFTによる通商破壊作戦への対処、衛星軌道上の制宙権の奪還。

ざっと挙げただけでも、これだけのことをやらねばならない。ハルバートンは眉間を指で揉んだ。

懸念事項は他にもあった。

 

「それにしても、オーブは何故このタイミングで主力MSの発表など行なったのでしょうか?」

 

ZAFTの奇襲が全世界に知れ渡ったすぐ後に、オーブは中立姿勢維持の意思表明と主力MS”M1アストレイ”の発表を行なった。

ハワイ諸島が陥落したことで、完全にZAFT勢力圏内に孤立する形になってしまったオーブ。そんな中でも中立を継続しようとする姿勢は尊敬するやら呆れるやらだが、その姿勢と主力MSの公表とが結びつかない。

だってそれは、ZAFTに対して『爆弾』を抱え込むことを強要しているようなものだからだ。

誰だって、自分達の勢力圏内に脅威が存在したまま放置したままにはすまい。

おまけに、”M1アストレイ”に連合とのMS共同研究で手に入れた技術が使われていること、その性能が高い水準にあるだろうことは明白だ。

 

「いや、オーブのあの行動は最適解だ。私はそう思う」

 

しかし、ハルバートンはオーブの行為が最適解であると断じる。

そこにはたしかな確信と根拠が存在していた。

ハルバートンが語ったことを要約するとこうなる。

 

如何に今回の奇襲が完璧に成功したといっても、未だに地力ではZAFTよりも連合の方が上だ。

更にハワイが北米にも東アジアにもアクセス出来る要地なのは間違い無いが、裏を返せばどこからでもアクセス出来るということに他ならない。

そのことを考えれば、連合が早期にハワイ諸島奪還のために動くだろうことは想像に難くない。

そしてその場凌ぎでZAFTへ恭順してしまえば、早期に奪還されるだろうハワイからオセアニアのカーペンタリア基地までの間に位置するオーブは連合に攻められる。

ZAFTへの怒りが最高潮に至った連合が手心を加える筈も無い。

 

「しかし、連合に恭順を示すのも明らかに悪手だ。理念に関係無く、オーブは中立姿勢を維持することでしか未来を得ることは出来ない」

 

「そこまでは分かります。しかし、それと公表にどのような関係が……?」

 

「───時間稼ぎだ」

 

中立を維持するためには、ZAFTに対して「攻めたくない」と思わせることが必要となる。

もしもオーブが自国産MSの存在を明かさなければ、戦力を低く見積もったZAFTは嬉々としてオーブの高い技術力を得るために侵攻を開始するだろう。

そうなってからでは遅い。もしも隠していた”M1アストレイ”によって撃退することが出来たとしても、被害を負ったままでZAFTが引く筈も無く、今度は確実にオーブを攻め落とせる戦力で掛かってくる。

しかしここで”M1アストレイ”の存在を公表すると、話が違ってくる。

中立姿勢を維持している国と戦端を開くということは、それをするに見合うメリットがあるということに他ならない。

”M1アストレイ”という高性能機(と見積もるべき)を相手にしてまで得たいものがあるか。あるいは、そのために発生する被害を許容出来るか?

『原作』でムルタ・アズラエル率いる連合艦隊がオーブに攻め込んだのも、オーブの保有するマスドライバー『カグヤ』を手に入れるという目的があったからこそだ。

今のところ、ZAFTがオーブから手に入れたいと思うようなものは少ない。

 

「それに、オーブ攻略のために注ぐ力など奴らには無い。手に入れたハワイ諸島、維持するのにどれだけの労力を割かねばならんと思う。オーブにかかずらっていれば、海軍はその隙にハワイを奪還するよ」

 

攻略に必要な労力、手に入れられるメリット、残しておくべき余力。

ZAFTに対してそれら全ての要求水準を下回らせることで、オーブは平和の維持に成功したのだ。

余談だが、後の歴史家はオーブのこの行動を『最適解としての全方位背水の陣』と称したという。

 

「後は、ハワイ奪還後に連合との加盟・恭順を示すも、もとのまま中立を維持するも有り、だ。この決断力、流石『オーブの獅子』といったところか」

 

「しかし、中立姿勢を維持するということはこれまで通りどちらの陣営とも交易するということでしょう?虫のいい話です、甘い蜜を吸い続けようなどと」

 

「それが彼らの戦い方だ。敵を作らないことで平和を維持する……並大抵の努力では為せんよ」

 

「はぁ……そうでしょうか?」

 

「そうだとも」

 

なにせ、敵を作らないということは味方を作ることも難しくなるということなのだから。

一方に味方をすれば、それに敵対するもう一方を敵に回すことになる。そして敵を作りたくないなら、味方も思うように作れない。

結局、方向性が違うだけでオーブはオーブで苦労している。

加えてオーブは群島国家であるから自力で全てを賄うのは難しく、国家の発展を目指すなら他国との交易は必要不可欠だ。

その同盟国も、今のところは同様に中立を表明しているスカンジナビア王国くらいしか存在しない。

『中立による平和』と『国家の発展』は二律背反。それを分かっていても、彼らは理念を貫き通すため、彼らなりの『戦い』をすることを選んだのだ。

 

「それに、まだ何か隠し球を持っている。そう思うよ、私は」

 

「”M1アストレイ”は、囮だと?」

 

「ああ。いくら高性能といえども、”アストレイ”は装甲が薄い。あれを防衛の頼りにするとは思えん」

 

現在、連合軍の手元には2機の”プロトアストレイ”───”グリーンフレーム”と”グレーフレーム”───がある。

既に(変態共が勝手に)素体として組み上げた”グリーンフレーム”から得られた情報によると、”アストレイ”は防衛には不向き、むしろ攻撃・遊撃向けの性能であることが分かっていた。

もしも何らかの追加装備を施して空中飛行が可能となるならば軽量化にも頷けるが、今のところその気配は無い。

ならば、別の何かを隠しているに違いない。

MSを本格開発する上で早々にオーブの技術力に頼ったハルバートンは、オーブという国を過小ないし外側から見たままの評価をする気は無かった。

デュエイン・ハルバートンという男は、政治には無頓着だったがいざ戦争となれば輝く男だった。

そんなことを話しながら、通路を歩いていた時のことである。

 

「隊長、隊長!」

 

「参ったな……いや、気持ちは十二分に分かるつもりだが」

 

「現状じゃなおさらだぞ、早く立ち直ってもらわないと」

 

「しかし、なんて言えば良いんだ……?」

 

たまたま居住区を通りかかったところ、ある部屋の前に人だかりが出来ているのをハルバートンは発見した。

そこに集まった面々にも覚えがある。───皆、”マウス隊”の隊員だ。

その中から技術班の代表であるマヤ・ノズウェルがハルバートンを発見して近づいてくる。

 

「あっ、ハルバートン提督……お疲れ様です」

 

「うむ。……やはり、こうなったか」

 

ハルバートンには、この人だかりが生まれた理由について察しが付いていた。

無理も無いことだ。()の心痛は推し量ることも難しい。

 

 

 

 

 

「ブエラ大尉が、戦死したそうだな……」

 

 

 

 

 

扉の外から聞こえるガヤガヤ声が止まない。

おそらく、自分を心配してきているのだろう。そう自惚れるくらいには慕われているはずだ。

だが、どうにも力が湧かない。頭が「立ち上がれ」と命令を下しているのに、体が反応してくれないのだ。

 

(軍法会議に掛けてやろうか?いや、自分で自分を軍法会議に掛けるってなんだよ?)

 

意味不明な一人芝居(現実逃避)を始めるほどに、ユージは参っていた。

行方の知れない隊員の捜索のために単独行動を取り、そして戦闘終了後に血まみれで廊下に倒れているのが発見された。

首筋を鋭利な刃物で切り裂かれ、即死だったとのことだ。

……想像したことが無いわけではない。戦争をやっているのだ、そういうこともある。

ダニエルとラナン、“メビウス”小隊の隊長として初めて出来た部下達。自分とジョンと彼らの4人での日々は、ある意味では今以上に大変だった。

人を指揮するなどということは士官学校以来久しい経験であり、付き合い方を探りながら仕事をこなさなければいけなかったからだ。そのおかげで、”マウス隊”を指揮するのも少しは楽になったのだから、良い経験である。

そして、その時の3人は既にこの世には存在しない。

結局、想像は想像でしかなかった。もう、あの『刻』を知っているのは自分しかいないのだ。

考えれば考えるほど、嫌なビジョンばかりが浮かんでくる。

もしかしたら、次はアイザックが、カシンがセシルが。

マヤが、あの4人が、そして”マウス隊”の皆が。

───死んでしまうかもしれない。

 

「───っ!」

 

急いで、洗面所まで駆け込む。

間一髪、腹の内包物を部屋にぶちまける前にたどり着いたユージは、思い切り吐いた。

言い方は悪いが、先に死んだ”メビウス”隊の2人が死んだ時はここまで崩れはしなかった。

MS隊を早期に発足することを考える余りに落ち込んでる暇が無かったというのもあるが、ジョンが生き残って支えてくれたから、というのも大きいだろう。

 

「なあ、ジョン……俺はいったい、何をすればいい……?」

 

鏡に映る自分は正に幽鬼と称するに相応しい容貌をしている。

行き先を見失い、彷徨うだけの存在だ。

そのまま先ほどまで腰掛けていたベッドに戻るも、そこから何が出来るというわけではない。

俯き続けることしばらく、壁に備え付けられたモニターから音声が漏れ始める。部屋の前に立った何者かが、通信機能を起動したのだ。

 

<ムラマツ中佐、私だ。ハルバートンだ。……話は聞いている>

 

まさかハルバートンまでやってくるとは想像していなかった。

彼も今は『セフィロト』の立て直しに忙しいはずなのに……。いや、そういうならば中佐であり1部隊の指揮官である自分こそ働いていなければならないというのに。

 

<ブエラ大尉の戦死、たしかに悲しいことだ。私は彼のことを少ししか知らないが、実直で真面目な、良い兵士だった。……このままでいいのかね?>

 

ハルバートンは穏やかに、諭すように言葉を紡ぐ。

 

<彼も、君も。そして、君の部隊の誰もが覚悟を持って戦っていた筈だそれは何のためだ?誰かを、何かを守りたいからではないのかね?>

 

守りたい物。……そういえば、一度もジョンにそれを尋ねたことは無かったということをユージは思い出す。

実は、そういう話にならなかった訳ではない。”メビウス”隊時代には、お調子者のダニエルに聞かれたことがあるのだ。

「何故軍に入隊したのか」と。

まさか「未来でほぼ確実に起こる戦争に備えるため」などとは言いづらかったため、ユージは毎度(とぼ)けていたのだが、その時点で話が途切れてしまうためにジョンに尋ねる機会が無かったのだ。

彼は、何のために戦っていたのだろうか?

 

<……悲しむ時間も、我々には残されていない。やるべきことは多い。君が、立ち直ることを信じているよ>

 

通信が終了した。

ハルバートンは多忙だ、一声掛けてくれるだけでも十分に気を遣われていると思っていいだろう。

それでも、立ち上がる気力は湧いてこない。

我ながら女々しいことだ。何時までもウジウジと悩み、部屋に籠もったままでいるなどと。

それだけジョン・ブエラという存在がユージ・ムラマツにとっては大きな存在だったということだ。

 

「俺は……これから、戦っていけるのか……?」

 

一度悪いことを考え始めたら、もう止まらない。

この先いったい何人死ぬのか?

『原作』よりも酷いことになるんじゃないのか?

なんでこの道を選んだ?

一つの迷いは多くの疑念と後悔を呼び、思考を負の海へと沈めていく。

どうしようもない恐怖に体が支配され、精神が破綻しそうになる。───まさにその時であった。

部屋のドアがいきなり開いたのだ。

ドアはロックしていたのだから、当然のごとく不法侵入だ。しかし、ユージには不法侵入者に対応しようという気も湧かなかった。

せめて顔を上げてその顔を確認しようとして、なんとか成功する。

 

「マヤ君……」

 

そこには、マヤ・ノズウェルが無言で立っていた。

明かりを付けていない部屋の中にいれば、必然としてマヤが部屋の外からの光を背負っているようにすら見える。

ユージは思わず笑ってしまった。この光景は、前世で見たことのある光景だったからだ。

 

(まるで『鉄血のオルフェンズ』だな……じゃあ俺はオルガ・イツカか?)

 

『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の劇中にて、主人公の三日月・オーガスが自身の所属する勢力『鉄華団』の団長であるオルガ・イツカに発破を掛けに来たシーンにそっくりだった。

ビスケット・グリフォンという頼れる団員を失ったオルガ・イツカ。

ジョン・ブエラという長年の付き合いの副官を失ったユージ・ムラマツ。

───シチュエーションまで、そっくりだ。

もっとも、自分がオルガ・イツカほど行動力が優れているとは思わないが。

 

「……ドアのロックは?」

 

「外しました。MSに比べたらそれほど難しい工作でも無かったので」

 

「無作法、じゃないかな」

 

「失礼しました。ですが……こうでもしないと何も動きそうにありませんでしたので」

 

マヤは淡々と、無表情で告げる。

───お前を引っ張り出しに来た(状況を動かしに来た)のだと。

 

「皆さん、待ってますよ。貴方も……副隊長も、いなくて。何をすればいいか分からないでいるんです」

 

「……」

 

「指示を」

 

マヤは感情を見せない。淡々と、「お前は立ち上がらなければいけない」という事実を突きつける。

まったく、吐き気のする展開だ。この世界にいるやもしれぬ神はオリジナリティに欠ける上に意地が悪い。

『鉄血のオルフェンズ』ではこの後、オルガ・イツカは「止まらない」ことを決意し、そこから先は……自分が語ることではない。

しかし、自分は彼とは違う。誰もが同じようにすれば立ち上がれるというわけではない。

自分は、そこまで強くない。

 

「マヤ君……もう、無理だ。俺は怖くてたまらない。次はいったい何を失うんだ?」

 

「隊長」

 

「ジョンだけじゃない、麻痺していた感覚が戻ってきてる。今回で6人、今までと合わせて13人。人が死ぬのに慣れていた。……今になって、ぶり返してるんだ」

 

「隊長」

 

「ああ、やめてくれ頼むから。そう呼ばれるだけで吐き気がするんだ。もうこれ以上、何かを背負って戦える気がしない」

 

「隊長」

 

「そうやって俺を呼ぶんじゃないと言って……!?」

 

つかつかと歩み寄ってきたマヤはユージの胸ぐらを掴み、ユージの視線がマヤの顔を映すように体を動かす。

 

「歯を食いしばれ……!」

 

パァンッ!

 

───マヤ・ノズウェル渾身のビンタが、ユージ・ムラマツの左頬を直撃した。

 

「いい加減にしなさいよあんた!あんたの悲しみはそりゃあ格別でしょうけど、皆悲しむ暇なんて無いって気張ってやってんのよ!?」

 

「……あ?」

 

「呆けるなぁっ!」

 

いきなりビンタされたことに理解が及ばず呆けたユージに、それすら許さないと言わんばかりに今度は右頬にビンタする。

ユージの両頬に紅葉が2つ出来上がった。

 

「死んでった人達全員に、あんたとブエラ大尉の関係みたいに大切に思う人達がいる!今日を生きるために、悲しみを背負ってでも戦っている人達がいる!それを、あんたはここで何をしている!?」

 

「っ……無理なものは無理なんだよ!俺はあと何回、その『大切』を背負わなければいけない!?

こんな思いをする人間なんて今時珍しくもない、だがそれこそ異常だ!こんなもん背負ってまで戦争なんて出来てたまるか!」

 

「今までだってやってきたことでしょう!今更逃げ出すなんて許されるものと!?」

 

胸ぐらを掴み、掴まれた両者は至近距離で言葉をぶつけ合う。

今日までの2人を知っている人間ならば確実に目を剥く、それほどに激しい口論だった。

だが、そこに一切の虚飾は存在していない。

 

「そうさ、今までだってやってきた!……その意味も知らずにな!」

 

「そこを都合が良いと言うんです!

今までは知らなかった?

今は知って後悔している?

詭弁、後付け、こじつけ!貴方は結局、ブエラ大尉が死んで悲しいというのを大げさに言っているだけだ!」

 

「うるさいうるさい、うるさぁい!ああそうだよ悲しくて力が入らないんだよ、ほっといて欲しいんだよ!」

 

ついに、ユージは本音を吐き出した。

そう、結局のところ単なる言い訳でしかなかった。

ジョン・ブエラという長年の戦友が散ったということが悲しくて、辛くて。

だけど、それだと余りにも幼稚だったから言葉で飾っていただけだ。

ただそれだけを吐き出すことが、大人になってからはどんどんと難しくなっていく。

今、ユージ・ムラマツという『大人』がため込んでいたモノが噴出しているのだ。

 

「大体、どいつもこいつも俺の気も知らず好き勝手やりやがって!きっといけると、これで大丈夫だと思った矢先にこの様だ!

ナチュラルでも使えるOSが開発された。敵も強くなっただけだった!

トップガン部隊?たかが1部隊に出来ることなんかどれだけある!?

あとは何をやればいいんだよ!何をすれば安心出来るんだよ!?」

 

「また1人で勝手に抱え込む!そんな大きな悩みがあるっていうなら話しなさいよ!

人は言葉無しで誰かを理解出来るように生まれてないんです!」

 

「言って信じるものか!」

 

そう、それこそがユージの抱える歪み。

『原作』、つまりこの世界の本来辿る筈だった未来を知っている。

誰が信じる?この世界が創作の中であるなど。

それは自我の否定に他ならない。この世界が何者かの指先一つで根底から変わってしまうかもしれないなど、人間の意識には耐えられる筈がない。

ユージは隠し続けた。理解されるはずがない、と。

それは無意識の内に、他者との決定的な『壁』を造り出した。ジョン・ブエラの死をきっかけとしてその存在が確定した。

その壁は強固で、誰の言葉もユージに届かない。

筈だった。

 

「皆、皆、貴方に命を預けてここに来たんです!ここにいるんです!

───何を信じられる、信じられない、じゃない!貴方の言うことは信じなければいけないんです!

私は、私達は!貴方の言うことを信じる義務があるんです!」

 

「んなっ───」

 

「貴方の義務は誰かの命を背負うことなんかじゃない。誰かを信じることです。

死んでこいと命じた誰かが生きて帰ってくることを、願うことなんです」

 

マヤはユージを放し、諭すように告げる。

『壁』に罅が入る。

 

お前は必死に頭を使って考えなければならない。仲間に死んでこいと命じるのが嫌なら。

 

お前は先頭に立たなければいけない。仲間はお前の歩んだ後を進むしかないのだから。

 

お前は仲間を信じなければいけない。何故なら……仲間がお前を信じているのだから。

 

そして、それが難しくなってしまったというなら。

 

「貴方は、後ろを向いたって良いんです。

そこには私達がいます。貴方が引っ張ってきた、私達(仲間)がそこに立っています。

話してみてください。どれだけ荒唐無稽な話でも、信じます。

他でもない、貴方が信じていることなのですから」

 

その言葉を聞いたユージは、何かを迷うように視線を所在なさげに目を動かし。

観念したかのようにマヤの目を見た。

 

「っ……」

 

どうしようもなかった。押し込めていた何かが、ダムが決壊したようにあふれ出てくる。

ユージはまるで子供のように泣き出しながら、マヤにすがりついた。

余計なことは何も考えたくなかった。

今はただ、自分を受け入れてくれる人の(ぬく)もりが欲しかった。

 

「うぅ、ぐぁ、ひぐっ……」

 

「いいんですよ、今くらいは。どれだけみっともなくたって、貴方が今まで頑張ってきたことは分かってますから」

 

「マヤ、くん、俺は、俺はな、卑怯者なんだ」

 

「そうなんですか」

 

「色んなことを知ってるくせに、自分はその器じゃないと、理由を付けて逃げて、投げ出して……」

 

「勇者か賢者のつもりですか?」

 

「違う、違うんだ、そういう奴らは、他にたくさんいて……」

 

「そうです。貴方は勇者でも賢者でもなく、”第08機械化試験部隊”の隊長なんですから」

 

「俺は、隊長失格だ」

 

「私達は貴方以外に隊長を持つ気はありません」

 

「話してしまいたかった、誰かに分かって貰いたかった。……誰かに信じてもらいたかった」

 

「信じてます」

 

「マヤ君、話して、打ち明けていいのかな、俺は?」

 

「いくらでもどうぞ。今の貴方にそれが必要なら」

 

マヤ・ノズウェルは、何を言われても信じると言い切った。

『壁』に生まれた罅、そこから、一筋の光が差し込んだ瞬間だった。

 

(こんな俺を笑ってくれ、ジョン。たった一つ、簡単にできる筈の決断も、俺はお前の死というきっかけが無ければ出来なかったんだ───)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別コマンド『演説』 必要資金3000

自軍ユニットの『士気』を向上させる。

実行しますか?

 

>YES NO




信頼する副官の死をきっかけに、色んなモノが吹き出してきてしまったユージ。
そんな彼に必要なのは自分を問答無用に受け入れてくれる『誰か』だった。というお話。

次回、第2章最終話『立ち上がれ、勝利のために』。
お楽しみにお待ちください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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