機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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前回のあらすじ
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またもやファンアートをいただきました!
このイラストを見ていただければ、たぶん前回どんなだったか思い出すと思います!


第67話「決意の少年」

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月面 プトレマイオス基地

 

「止血帯を持ってこい!こっちだ!」

 

「痛え、痛えよぉ……」

 

「第18ブロックに火災だ!早く消火しないと!」

 

「瓦礫を退けるんだよ!早くしろ!」

 

悲鳴が、怒号が、混乱の声が基地のどこからも聞こえる。キラは負傷者を乗せた担架を運ぶ手伝いをしながら、どうしてこうなってしまったのだろうかと考える。

見慣れた筈の通路は血痕や銃痕で彩られ、一昨日までの平穏を感じさせることは無い。窓から外を覗けば破壊されたMSや艦艇の残骸を撤去する”ミストラル”や作業用パワードスーツ”グティ”の姿が見える。

これを引き起こしたのは、ZAFTで。そのZAFTを手引きしたのは、昨日までの1ヶ月を共に過ごした、戦友と思っていた少女で。

 

「あっ……!」

 

「うぐっ……」

 

「おい、ぼけっとするな!床だって綺麗じゃなくなってるんだ、足下には注意しながら歩け。今、俺達が運んでいるのは人命なんだぞ!」

 

考え事をしながら歩いていたためか、床に散らばっていた瓦礫に足を引っかけてしまう。幸いにも転倒はしなかったが、今キラは怪我人を乗せた担架を持っていた。

もしも自分が転んで担架から怪我人が転げ落ちてしまえば、傷が悪化、あるいは打ち所を悪くしてそのまま死亡してしまうかもしれない。

そんな状況で考え事をしていた自分を恥じ、キラは同じ担架を持っていた医療班に謝罪してしっかりと担架を持ち直し、再び歩き出す。

兵士(少年)に悩む時間は与えられない。

 

 

 

 

 

普段は会議室として使われるその部屋は、今は医務室に入りきらない怪我人を寝かせておく部屋として使われている。

キラ達は担架からゆっくり、慎重に怪我人を床に敷いたシートの上に寝かせる。

 

「これでよし。後は医者の仕事だ」

 

共に担架を運んできた男に手振りで「もういい」と言われたキラはその部屋から出て行く。今はどこも手が足りていないため、こうして本来はMSパイロットであるキラも何処かしかの手伝いをしているのだ。

部屋を出る直前、チラリと部屋の中を見る。

医務室に運ばれるのは重傷の兵士と決まっているため、酷い怪我をしている兵士の姿は見えない。

それでも、部屋の中には所狭しと怪我人が並んでいる。医療従事者の数が足りていない───先の奇襲でも何人か殺害された───こともあり、未だ治療が行なわれていない怪我人の方が多いくらいだ。

これが戦争なのだろうか。この1ヶ月で兵士として少しは成長出来たつもりだったが、それも結局()()()でしかなかった。

自分も、戦場に出たらこのような光景を作ることになるのだろうか?治療が行なわれずに延々と苦しむ兵士を、そもそも治療すら受けられずに死んでいく兵士を生み出すことになるのだろうか?

そういえば、マモリも「敵に同情するな、するのは自分が死んだ後か戦後にしておけ」と口を酸っぱくしたように言っていた。それは、この光景を生み出すことから目を背けろという意味だったのだろうか。

いや、そんな筈は無い。あの女傑はそのようなことを言うはずが無い。人殺しという罪から逃げることを、マモリ・イスルギは良しとしない。

きっと彼女は知っていたのだ。いや、実戦を経験したことのある兵士なら誰もが知っていたのだ。敵に同情しながら戦える人間なんて存在しないのだと。

───そんなことを考えながら戦ってしまえば、人の心は壊れてしまうのだということを、彼女は知っていたのだ。

 

「うぷっ……」

 

キラは自分の中から吐き気が湧き上がるのを感じ、近くのトイレへ駆け込んだ。

洗面器に自分の胃の内包物をぶちまけたキラは、鏡に映る自らを罵倒した。

 

「何が、アスランを止める、だ……そのために、何人を殺すことになると思っていたんだ、キラ・ヤマト……」

 

アスランを、戦火に身を投じた友を止めたいという思いは、きっと間違っていない筈だ。

間違っていたのは、自分の見積もり。

友を止めるため、救うためと、入隊届(殺人同意書)にサインをしていた自分自身。もしも過去に向かうことが出来るなら、真っ先に1ヶ月前の自分をぶん殴ってやる。

そこでキラは頭を振った。

何をバカなことを。時間が戻るなんて、どこまでいってもSF(空想)だ。もしもそんな装置が存在している、あるいは、未来で生まれるなら、きっと世の中はもっと良いモノになっていたはずだ。

あり得ない妄想に時間を使っている暇など無い。今も、どこかで人手が求められている。

だが、その前に。

キラはトイレを出て、ある場所へと足を進めた。

 

 

 

 

 

「誰だゲロぶちまけたままトイレから出て行きやがったのはぁ!」

 

「す、すいません!」

 

その前に、やらかしたことの後始末をする必要はあったが。

 

 

 

 

 

「彼女のことなら心配ない、今は麻酔も効いて眠っているが、直に目が覚めるだろう」

 

「そう、ですか……」

 

呼吸器を付けられたまま眠るマモリの姿をガラス越しに見ながら、キラは恩師が窮地を脱したことに安堵した。

担架運びを手伝い始める前に、キラはマモリをこの場所に担ぎ込んだ。

既に医務室は逼迫し始めているところだったが、幸か不幸か、マモリは治療を優先されたのだ。マモリがナイフで背中から刺されたということの他に、換えの効きづらいMSパイロットであることが考慮されたのは想像に難くない。

ともあれ、マモリは命の危機からは脱したのだ。ホッと息をつくキラに軍医は告げる。

 

「しかし奇妙なものだった。たしかに、イスルギ中尉は背中から刺されていた。しかしその割には……」

 

「なんです?」

 

「重要な臓器には傷が付いていなかったんだよ。まるで、意図的に避けたみたいに」

 

目を見開くキラ。

その心中には「何故」という戸惑いと「やはり」という直感、矛盾する2つの感情が同居していた。

ユリカは格闘・近接戦闘訓練でも優秀な成績を残していた。そのユリカが警戒していない状態のマモリに致命傷を与えられなかったということはあるまい。何故彼女は、マモリを殺害しなかったのか?

だが、ユリカにマモリを殺す気が無かったというのは当然のことでもある。殺す気があったなら、最後にマモリへの銃撃をわざと外しはしない。

たしかに、自分は撃つことすら出来なかった。だが、彼女だって撃つ気があっても殺す気はなかったのだ。

───ますます、彼女のことが分からなくなった。

 

「どうした、君?気分が悪そうだが……」

 

狼狽するキラを心配して軍医は心配の声を掛ける。キラは「大丈夫です」といって部屋を出て、そのまま近くのベンチに座り込む。

 

「ユリカ……僕はもう、分からないよ……」

 

 

 

 

 

「6番のドライバーを持ってこい!ネジもな!」

 

「酷えな……配線がズタボロじゃねえか。ライフルでとにかく破壊したってところか?」

 

「クソ、ZAFTめ……!」

 

悩んでも答えが出ない問いをキラは後回しにして、今度は格納庫までやってきた。

“ダガー”や”テスター”、”メビウス”がいくつも並んでいた格納庫も、特殊部隊の破壊工作によって見る影も無い。

破壊されたMSの手足が宙を漂い、爆発に巻き込まれたらしき作業員の死体が転がる。

ここでも人手は足りていない。キラは早速、電動ドリルを片手に壁の補修作業を行なっている作業員に声を掛ける。

 

「何か、手伝うことはありませんか?」

 

「ん、ああ、それなら7番レンチを……!?」

 

声を掛けられてキラに何かを言おうとした作業員だが、振り向いてキラの顔を見た途端、表情を険しくして口をつぐんでしまう。

 

「……いや、いい。こっちは別にお前に任せるようなことはねえから、どっかいっちまいな」

 

「え……でも」

 

「いいからいけっってんだろ、コーディネイター!」

 

その声は、機械の動作音が鳴り響く格納庫の内部に響き渡った。

キラは作業員の剣幕に押されて後ずさりするが、何かが背中にぶつかって後退を中断させられる。

振り向くとそこには、憎しみの籠もった表情でキラを見下ろす別の作業員が立っていた。

 

「俺は知ってるぞ。お前らの片割れ、あの女がスパイやってたんだろ!」

 

「俺達はのうのうと、敵の使うMSの整備やってたってことだ」

 

「お前らのせいで……!」

 

次第にキラの周りに集まってくる作業員達。如何にキラが格闘訓練を受けているとしても、同時に3人以上の男にリンチされては抵抗などしようもない。

他の作業員達といえば、遠巻きにこちらを見つめるか、見ない振りをするかのどちらかだ。

前者は「怒りはあるが自分で手を下して後から咎められるのが嫌だ」という消極的加害者であり、後者は「どんな形であれ巻き込まれたくない」という、典型的傍観者。

この場に、キラの味方は存在しなかった。

 

「おい、何やってんだお前ら?」

 

───ただ1人を除いて。

今にも暴力が振われようとしていたその時、キラを取り囲む作業員達の外側から声が掛かる。キラはその声に聞き覚えがあった。

男達が向いたその先には、無精髭を生やした壮年の作業員が立っていた。

その男は主にパイロット候補生の用いるMSの整備を担当することが多いベテラン作業員で、他の作業員からは「おやっさん」と呼ばれ慕われている人物だった。

キラとユリカも、何度かお世話になったことのある人物である。

 

「おやっさん、だってこいつ……!」

 

作業員の1人が、湧き上がる怒りを抑えられずにくってかかろうとするが、男は一睨みするだけでそれを止める。

 

「今やるべきことは何だ?基地を、艦を、MSをMAを直すことだろうが。お前らの仕事はいつから魔女狩りになった?あぁ?そんなことはお前らじゃなくて保安部がやることだ。時間を無駄にしてるだけなんだよお前らは。───分かったらさっさと仕事に戻りやがれ!」

 

怒濤の剣幕に押された男達は、キラを睨みながらも各々の作業に戻っていく。

男の言ったことは正論だったし、キラ(コーディネイター)への怒りよりも自分の仕事への誇りを優先出来るだけの理性は残っていた。

男は首を動かして、キラに格納庫の外まで付いてくるように促す。

キラもこれ以上この場に留まることが良いとは思えなかったため、大人しくそれに付いていくことにいくことにした。

格納庫の扉が閉まって、完全に作業員達の姿が見えなくなってから、男はキラに向き合う。

 

「……悪かったな、ウチの若いのが」

 

「いえ……あの怒りは、きっと当然のものです、から」

 

彼らの仕事は、戦えない自分達の代わりに戦ってくれるパイロットの使う機体を整備することだ。パイロットは整備士に命を預け、整備士はパイロットに命を預ける。それ故に、互いに信頼関係とそれぞれの仕事への誇りを尊重しなければならない。

ユリカの裏切りは、そこに真っ向から唾を吐いたようなものだ。

どれだけの屈辱だっただろうか。自分達が丹精込めて整備していたMSに乗っていた女が、自分達の基地を滅茶苦茶にされたというのは。

 

「お前さんが裏切ったってわけじゃない。だが、あの嬢ちゃんと同じ人種(コーディネイター)ってだけで、怒りが抑えられなくなる奴らの気持ちも、分からないでもないんだ。それだけ……」

 

「……すいませんでした。僕は、軽率に動きすぎた。ここには、しばらく来ません」

 

「……すまん」

 

キラは男に頭を下げて、格納庫とは反対の方向へと歩いて行く。

あまりにも軽率過ぎた。自分が、自分達(コーディネイター)がどう思われるかを失念していた。

消沈しながら去るキラに、男は声を掛ける。

 

「───坊主!今こんなこと言われたって困るだけかもしれんがな、お前らの機体、整備し甲斐があったぜ!整備する度に存分に使い尽くして帰ってくるのは、悪い気分じゃなかった!」

 

男の声に、キラは立ち止まる。だが、それだけだった。

キラは振り向かず、そのまま再び歩き始めた。

心のよりどころを求めるように。

 

 

 

 

 

あてどなく、基地の中を歩くキラ。

手を貸してくれと言われれば真剣に手伝うが、それ以外は覚束ない時間を過ごしていた。

何のために戦うのか、自分はここに居て良いのか、何をしたいのか。暗闇の中を歩くようにキラは悩み続ける。

 

「───ふざけんな!」

 

また、どこかで争い合う声が聞こえる。

今度はなんだろうか。誰と誰が、貶し合い、傷つけあっているのだろうか。

昨日まで、同じ場所で働いていたもの同士で、なんのために?

 

「裏切ったのがコーディネイターだからって、俺達まで一緒にされてたまるか!」

 

「そうだ!プラントの連中には俺達だって迷惑してんだ!」

 

「うるせぇ、そうやって甘い目で見られて調子に乗るから裏切り者なんて出るんだろうが!」

 

「コーディネイター共は出て行け!」

 

なるほど、自分達以外のコーディネイターにも飛び火していたのか。

キラは1種の諦観と共にその光景を見やる。

少し開けた場所で同じくらいの数の集団が、ナチュラルとコーディネイターに別れて言い争っていた。

ユリカ(コーディネイター)が裏切ったことで、先ほどの格納庫でも見られたように他のコーディネイターにも疑惑が及んでいる。

ただ一度の裏切りがここまで影響するとは、殺して殺されての実戦とはまた別の恐ろしさがあるものだ。

 

「大体、俺は遺伝子を弄ってくれなんて誰にも頼んでないんだ!勝手にやられたことを何でゴチャゴチャ言われなきゃならねぇんだよ!」

 

「その強化された能力を使って、今まで生きてきたんだろうが!図々しい!」

 

「黙れ!俺だって、俺だって本当はやりたいことがあった!なのに……!」

 

もう見ていられない。しかし、自分が何かをしようとしても逆に炎が勢いを増すだけなのは明らかだ。

先ほどの格納庫のことを思い出し、キラはそのまま集団に背を向けて歩み出そうとする。

 

バシャアッ!

 

水音が響き渡る。

振り向くと、集団の先頭に立って今にも殴り合いを始めようとしていた男達が水浸しになっており、目をパチクリと瞬かせている。

そして、水を掛けた下手人、バケツを持っている男は、つい先日友となった男。

 

(グラン……?)

 

「───いい加減にしてくださいよ、先輩方。周りは見えるでしょう」

 

「な、んだお前……!」

 

「引っ込んでろ、新兵!お前の出る幕じゃ」

 

「周りは見えているでしょう!ほら!今も倒れてうめいてる奴らがいる!扉が故障して閉じ込められた奴も、壊れた機械を直したり、使い物にならなくなったそれを運んでる奴らも!殴り合うってんなら全部終わってからにしてくださいよ!今こうしてる余裕なんて無いって、先輩方なら分かるでしょう!?」

 

バケツを放り捨てて叫ぶグランに、やはり納得出来ないでいる両陣営だったが、軍人としてのプライドか、各々散らばっていく。

グランは一息をついた後に、先ほどの光景を外側から見つめていたキラの姿を認めた。

キラは無意識の内に後ずさりをする。

当たり前だ。彼になんと言えばいい?何が出来る?

先日、ようやくすれ違いを正して友になれた男に、同じく友になった少女が裏切ったことを、どう告げればいい?

言いよどむキラに、グランは静かに声を掛ける。

 

「……よう、キラ。時間あるか?」

 

 

 

 

 

たどり着いたその部屋は、本来だったら、訓練過程修了祈念パーティーが開かれているはずだった部屋だった。

食堂で用意してもらったチキン、グラスに注がれたままのコーラが置かれたテーブルを見やりながら、グランは部屋に元から備わっていたソファに座り込む。キラも、部屋の中に置いてあった椅子に座り込んだ。

 

「聞いたよ。……あいつ、スパイだったんだってな」

 

「……うん」

 

「そうかぁ……」

 

グランはソファにもたれかかって、天井を見つめる。

数秒後、グランは息を吐いて話し始める。

 

「道理で、銃使うのが上手かったわけだ……」

 

「……赤服だったんだってさ」

 

「なおさらだなぁ」

 

そこで、グランは奇妙なことをし始める。

突如、笑い出したのだ。

 

「グラン?」

 

「ああ、すまんすまん。いや、おかしくってさぁ。俺は訓練生のくせに、本職に喧嘩売ってたわけだ。勝てなかったのも、無理だったとは言わねえけど、別におかしなことじゃなかったんだなぁ」

 

くつくつと笑うグランに、キラは疑念を隠せない。

彼は、何を言おうとしている?

 

「昨日さ、お前が探しにいってしばらくして、俺の端末に連絡があったんだよ。あいつから」

 

「……なんて?」

 

「『絶対に部屋を出るな』ってさ。馬鹿馬鹿しいと思わねえか?これから襲おうって基地の、俺達にこんな連絡寄越すなんてさ」

 

「……」

 

それを聞いて、やはりキラは何も言えなかった。

 

「あいつは俺達を裏切った、それは間違い無い。だけどよぉ、初めて俺がお前に突っかかった時、あいつ本気で怒ってたよな?後から裏切ることになってた、お前のためにさ。あれは、あのパンチは演技のために出来るもんじゃなかったぜ?」

 

そもそもスパイが事を大きくしてどうするんだよ。グランはそう言って、再び笑う。

そこに、ユリカへの悪感情は感じられなかった。

 

「どうしようか……俺、あいつのこと憎めそうにないんだ」

 

どうしようもなく、どうしようもないことしちまったのにな。

そう呟くグランへ、キラは驚いたような視線を向ける。

 

「なんだよ、その目は」

 

「いや……てっきり、『裏切り者は許さねえ』とか言うかなって」

 

「お前……いや、まあ、ぶっちゃけそういうつもりは無いでもないんだが……あー、クソ。頭悪いから何言えばいいかわかんねー」

 

ガシガシと頭を掻くグランと、それを微笑ましそうに見つめるキラ。

事が起きる前と後で、それでも変わっていないものがある。友人関係になったのは数日前だが、きっとグラン・ベリアという人間はこういう人間だったのだ。

憎む理由があって、それでも憎むことが出来ない。そんな彼らしさが、どうしようもなく羨ましく見える。

遺伝子操作などでは得られない『何か』が、あるような気がした。

 

「そんで、結局、さ。俺はこのまま、どこかの陸戦隊に配属されることになると思う。マルコ(ヒョロヒョロ)、それにボーロ(ポッチャリ)と一緒にな。今回は生き延びられたけど、あいつら、見てやんねーとだから」

 

「グランらしいね」

 

「何を知ってんだよ、俺の。……だから、たぶんあいつと会う機会は、俺には無い。だけど、お前はあいつと同じMSパイロットだから。もしあいつに、万が一出くわすようなことがあったら。そん時は……」

 

「その時は?」

 

「……ぶん殴っといてくれ、俺の分。俺は手加減が下手だから、自分でやったらやり過ぎちまう」

 

憎んではいないが、それはそれでぶん殴る。

先ほどまで悩んでいた自分がバカに思えてくる、どこまでもシンプルかつ整合性の無い結論に、キラは笑みをこぼす。

そうだ、それでいいのだろう。元々、アスランという敵を止めるという目的で入った軍だ。

今更『更に1人増える』くらい、大したことは無い。

もしかしたら、いや、間違い無く彼女が連合に捕まったら処刑されてしまうだろう。そこは甘く考えられない。

だが、それでも。

やれるだけやってみようと思った。最後にどんな結末が待っているとしても、自分の出来ることと、責任を負える範囲内で。

───足掻いてみよう。

 

「いやだね。ユリカは見つけたら引っつかんでくるけど、グランの頼みは聞けないよ」

 

「んなっ」

 

「今のうちに、手加減を練習しておくんだね。それは、誰かに任せるものじゃないでしょ」

 

「……あいつみたいなことを言いやがる」

 

「それはどうも」

 

たった1ヶ月、されどかけがえ無い1ヶ月。

彼女ならそう言うだろうと分かるくらいには理解していたし、そのつもりで言った。

 

「絶対に、ユリカを連れ戻す。それで、怒って、泣いて……それからのことは、それが済んでからにしよう」

 

キラだって、出会えるという根拠は無い。

もう2度と会えない、そっちの方があり得る。

無謀な試みだ。

 

(知ったことか)

 

足掻く自分を、笑いたければ笑え。

幼稚だと罵りたければ、好きなだけどうぞ。

そんなことで、この思いは折れない。

また1つ、少年が『願い』を抱え込んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

「そういえば、話をするために呼んだの?」

 

「いや、実はここの片付けを手伝って欲しくてな……。マルコもボーロも、サイにトールも他にやることあるらしくって」

 

「……まずはそれからだね」

 

 

 

 

 

3/25

 

「そう、か」

 

「はい。そう決めました」

 

翌日、キラは再び医務室へ訪れていた。───マモリ・イスルギの意識が戻ったことを教えられたからだ。

いくら急所を避けていたとはいえ、背中から刺されて失血で意識を失ったにも関わらず、傍目からはピンピンしているように見える。軍人ということを加味しても驚異的な強靱性(タフネス)だ。

マモリは事の顛末とキラが新たにした決意を聞き、しばらく黙り込む。キラはベッドの傍らで椅子に座り、マモリの言葉を待った。

彼女もまた、何を言うべきか、何を決断するべきなのかを迷っているのだろうから。

 

「……正直に明かそう。私は教導官としては新米のペーペー、お前達が最初の教え子だった」

 

「知ってます」

 

「えっ」

 

「邪無楼で呑んだ(酔っ払った)時に、言ってましたよ」

 

そうだったかぁ、とマモリは笑う。

 

「教導の経験があって、しかもMSの操縦も出来るなんて人間は今も少ない。当然だな、そういうことが出来そうな兵士は“テスター”完成前に戦没していたんだから」

 

MSを本格的に配備したことで立ち直りつつある連合軍の中で、未だに深刻な問題として残り続けていることでもあった。

20代中頃という軍では比較的若いマモリが教導官という立場になったのも、そのことが大いに影響している。

だから、余裕が無かったとマモリは語った。

 

「自分の教導した奴らが、その教えを元に戦う。……そして、死ぬかもしれない。だけど、だけどな……そんなの割り切れるわけが無いだろう。私だってなぁ、本当は…」

 

「それも聞きました。いきなり責任重大だったんですよね」

 

「ああ。だから、できる限りでやった。お前達が死なないように、生きて帰ってきてくれるように。お前達は最高だった。やれと言われたことを出来て、どうしたらもっとよくなるかを考える頭もあって、自慢の教え子だった」

 

「だから、撃てなかったんですよね」

 

マモリは頭を抱えながら、それでもコクリとうなずいた。

彼女は自分の中の葛藤、教え子を想う『愛』と任務をこなせなかった兵士としての『誇り』の衝突に苦しんでいるのだ。

軍人として、彼女はあの場でユリカを撃っていなければいけなかった。たとえ自慢の教え子であったとしても、その力が敵に回った時の恐ろしさも理解出来るからだ。

それでも、教え子を殺さずに済んだことに対して、安心してしまった。

 

「何もかもが悔しくてたまらない。あの場で撃てなかった上に安心している自分自身も、『敵』を撃てなかったお前も、わざと弾を外したユリカも。私が未熟だったからだ」

 

「……僕は、そう思いたくないです」

 

もう、見ていられなかった。

敬愛する教官が自罰的になる姿も、その葛藤も、そのままにしておくつもりはなかった。

否定しなければいけなかった。

 

「軍人としては、教官の言うことは正論です。敵になったなら、撃たなければいけない。だけど、……僕達、人間なんですよ。やらなきゃいけなくて、それが出来る状況で、それでも出来ないことがあるから人間なんですよ」

 

「ヤマト……」

 

「軍人として失格でも、貴方の人としての決断が嬉しいんです。……いや、まあ。人を殺す仕事を選んでおいてなにを言うのかって話ですけど」

 

そろそろ行かないと。

キラは立ち上がり、部屋の外に向かう素振りを見せた。

基地内各所で手伝いに奔走していた彼の元にも、本来のMSパイロットとしての命令が下されたのだ。彼は今日の内に『セフィロト』へと出発しなければいけなかった。

 

「───ヤマト」

 

「はい」

 

そんなキラを引き留めたマモリは、彼の目を見据える。

何かを迷いながらも、彼女は口を開いた。

 

「もしも、もしもだぞ?シンジョウに会ったら、伝えてくれないか。『鍛え直しだ、お前も、私も』と」

 

「……分かりました。それと、僕は鍛えてくれないんですか?」

 

「何を言う」

 

マモリは笑い、キラに向けて敬礼を送る。

いつもと変わらない、だからこそ『送り出す』のに相応しい、綺麗な海軍式敬礼だった。

 

 

 

 

 

「お前はもう、十分に立派だよ」

 

キラは無言で敬礼を返し、部屋を去った。

もはや、彼の中に迷いは存在していなかった。あるのは、ただ一つの決意。

どこまでも、この世界を生き抜くという決意だった。




良くも悪くも、人間って正しさだけで動けないから人間なんだということ。
次回は番外編の更新になると思います。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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