機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

66 / 133
前回のあらすじ
ラスボスの顔見せ回。



今回は前半と後半で温度差があるので、ご注意ください。


第66話「野望」

3/23

月面 プトレマイオス基地周辺宙域 ”アテナイ”艦橋

 

「アテンザ艦長!ディーバレスキューより暗号通信です。『我、騎士の使命を果たせり』」

 

「は~、やっときたか~。それじゃ潜入している全部隊に通達。『カラスが鳴いた』でお願い」

 

「はっ!」

 

通信士からの報告に肩の力を僅かに抜いたライエルは、続けて指示を出す。

『カラスが鳴くから帰りましょ』。この作戦に対するライエルのやる気の程が窺える『撤退』の暗号文である。

この詩を教えてくれた音楽家の友人も、今では地球の何処かで戦っている。まったく、嫌な時代だ。

 

「……ん?どうした?おい、いったい何があった!」

 

「どうかした?」

 

様子がおかしくなった通信士に気付いたライエルは眉をひそめながら報告を求める。

せっかく比較的綺麗に終わったのだから、さっさと帰りたい。

もっと言うなら、No More 残業。

 

「それが、敵基地の宇宙船ドッグの破壊を担当していた部隊なのですが、どうにも錯乱しているようで……」

 

「はあ?……とりあえず貸してくれる?」

 

通信士からインカムを受け取ったライエルはそれを耳に当てる。

 

「おい、いったい何があった?」

 

<……こちら、クラーケン1。もうダメだ、残っているのは俺だけになっちまった。皆、殺された!あいつら、普通じゃないんだ!>

 

「落ち着け。とりあえず何処にいる?場所次第では救援を───」

 

<ダメだ!絶対に来るな、来させるな!奴らは鬼だ、俺達を絶対に許しはしないし、何人増えようが関係無い。皆、皆殺される!……ああっ、もうそこまでぇ!>

 

様子がおかしいのは、通信先の人物だけではなかった。

通信機越しに何か異様な音が聞こえてくるのだ。何か固い物を切り裂いているような……。

いや、実際に切り裂いているのだろう。宇宙船でもMSでも、工業製品に触れたことのある人間なら誰でも分かる。

あれは高周波カッターが金属を切り裂いている音だ。おそらく、クラーケン1が隠れているであろう場所に踏み入ろうとしているのだ。

 

<ああ、もうダメだ、お終いだ。あいつらには手を出すべきじゃなかったんだ!変に欲張ろうとしたから……戦果なんて、命に比べれば!>

 

「……最後に何か、言い残すことは?」

 

ライエルは隊員1人の救助に掛かる労力と時間、そのメリットを考慮した。した上で、「もう助からない」と死の間際にある兵士を見殺しにすることを決めた。

自分が生き残れればいい、そんなことを考えるほど下衆ではないものの、流石に彼を助けることは出来そうもなかった。

せめて遺言だけでも持って帰ろうとしたのは、精一杯の慈悲だった。

 

<……それしか、もう何も出来ないな。じゃあ、ディセンベル3のアンヌ・ボーラーにこう伝えてくれ。……アンヌ、君の元に帰ると約束したのに、俺は破ってしまった。子供が生まれなくてもいいと君は言ってくれた、それなのに俺は裏切ってしまった。本当に済まない。俺のことは忘れてくれ……そして、新しい幸せを掴んでくれ。以上だ>

 

「分かった。必ず、一言一句違わず伝えよう」

 

<ありがとう……ああ、もう扉が壊される寸前だ。だが、ただではやられないぞ。必ず1人は道連れにしてやる!最後に、1つだけいいか?>

 

「なんだ?」

 

どれだけ無謀でも、間違っていても、命を捨ててでもあがこうとする人間は輝かしい。

せめて死にゆく者の意思を聞くだけ聞いてやろうと思ったライエル、。

───彼は今後、この時の決断を死ぬほど後悔することになる。

少なくとも、このエピソードを綺麗なままで終わらせられたのかもしれない。

 

 

 

 

 

<ナチュラル共の戦艦に手を出すな。変態が編隊を組んで、襲ってくるぞ……>

 

 

 

 

 

「なに?」

 

次の瞬間、金属扉が倒れる音と共に、激しい銃声が鳴り響く。

銃弾が壁に、何かの機材に、そして肉に命中する音がして、静かになる。

 

<───やった>

 

どうやら死兵となった男は通信をつなげっぱなしで逝ってしまったらしく、聞き慣れない、しかし確実に人を殺した後の男の声が聞こえてくる。

 

<やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!我らが『王』に剣を向けた蛮族共を討ち滅ぼしたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!>

 

<<<yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!>>>

 

「……は?」

 

通信機の先にいるのは、紛れもないキ○ガイだということが判明した。

 

<麗しき超重装甲、たくましい主砲!そして崇高なる陽電子砲!もはや兵器ではない、芸術!かの白亜の女王に比べりゃルーブルだパルテノンだなぞカビカビの遺物!>

 

Yes(その通りだ)!>

 

<だがこうして蛮族は打ち払われた、白衣を、そしてツナギを着る我々の手でだ!諸君、何故かわかるか!?我々が正義だからだ!この闘争が正しいからだ!>

 

Yes(全面的に同意)!>

 

<“ペンドラゴン”に栄光あれ!連合宇宙艦隊に栄光あれ!───素晴らしき大艦巨砲に、栄光あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!>

 

<<<YAAAAAAAAAAAAAAAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!>>>

 

「……」

 

ライエルは無言でヘッドセットを外し、通信を切断した。通信先でどのような光景が広がっているのか、彼の脳はそれを考える前に思考は中断した。これ以上思考を続けたら確実に彼は廃人と化していただろう。

怪訝そうな顔をする通信士にそれを返しつつ、艦長席に戻る。定位置に座った彼は右手を顔に当てて上を仰ぎ、溜息をついた。

 

「はぁっ……」

 

「どうされましたか?」

 

心配してるのかしていないか分かりづらい顔で、自身の副官は尋ねてくる。普段は冗句を飛ばしてもつれない返事を返してくれない男だが、今はこの淡々とした態度が現実感を取り戻すのにちょうどいい。

 

「たぶん、たぶんなんだけどさ」

 

「はい、なんです?」

 

「……今日、絶対悪夢見るわ」

 

「本当に何があったんです?」

 

私が聞きたいよ。世の中には、自分の理解の及ばない人間がまだまだ大勢いるもんだなぁ!

ライエルはその言葉をぐっと飲み込んで、全艦隊に撤退命令を発令した。

これ以上、1秒でもこの場には留まりたくなかった。

 

 

 

 

 

”アテナイ” 艦長室

 

バシィっ!!!

室内に乾いた音が鳴り響く。

もしかしたら、自分は世にも珍しい光景を目にしたのかもしれない。ライエルはそう思った。

だって……()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、逆にどうすれば見れるのかというレベルで珍しいに違いないから。

 

「人を叩くなんて、初めてですけれども。───とても酷い気持ちになるのですね、ユリカ」

 

「……」

 

現在、プトレマイオス基地を奇襲したZAFT艦隊は、プラント本国に向かっていた。

()()()の目標を達成した以上、それ以上残って作戦を継続する理由が無いし、ラクスがこの艦にたどり着いた時点で既にプトレマイオス基地の防衛網は復旧しかけていた。そうなればたった7隻の艦隊でしかない自分達は袋だたきに合うだけである。

損害はMS4機撃墜、3機が中破、14機が小破。そして”ローラシア”級が1隻轟沈と少ないとは言えない被害だが、連合宇宙軍の総本山を攻めてこれなら上々と言って良いだろう。

───しかし、室内の雰囲気はもれなく最悪だった。

人質の身から晴れて救出されたラクスにことのあらましを説明した後に部屋にご案内。それでお終いのはずだった。

ライエルは案内役としてユリカ・フジミヤを選んだ自分の失策を悟った。

大方、内心で憤慨していたところに気を許せる友人が現れたことで、かえって『爆発』を誘発させてしまったというところだろう。

 

「あなた方は、いえ、ZAFTは何を考えてこのような暴挙に及んだのです?休戦協定を破棄してまで、事を起こすだけの理由があったのですか!?」

 

「クライン嬢……ですから、協定に違反したのは連合ですと」

 

「今の状況で連合が協定を違反する理由があると?それに聞き及んだ話では、違反が発覚したのは昨日のことだそうではありませんか。昨日の今日で複数の重要拠点に攻め込むだけの戦力を揃えられるとは思えません」

 

流石、シーゲル・クラインの娘だけはある。ライエルは舌を巻いた。

メディアに露出する際には呑気な雰囲気を醸し出していた彼女がこうも変わるとは。普段のそれは演技なのか、それともどちらも本当の彼女なのか。しかも、頭もそれなりに回るときた。

 

「誰の目から見ても、ZAFTが協定違反が起きると知った上で行動していたと映ることでしょう。これでZAFT、引いてはプラントへの信用は完全に失われた。……それを分かってやったというのですか!?お父様はいったいなにを……!」

 

ユリカはライエルに詰め寄るラクスを諫めようとするが、ライエルは手で制する。

頭は良いが、今のプラントは理解が足りていない。ライエルは少女に『真実』を突きつけることにした。

 

「残念ながら、既にシーゲル・クラインに出来ることはありませんよ」

 

「……なんですって?」

 

目を見開き、まったく理解が出来ないという顔を見せるラクス。今日だけで『ラクス・クラインの貴重な表情集』が販売出来るのではないかと思いながら、ライエルは話す。

既に、貴女の知っているプラントは存在しないのだと。

 

「『シーゲル・クラインは秘密裏にナチュラルと通じ、ZAFTの情報漏洩と引き換えに自身らの安全の保証を取引していた。これはプラント全国民に対する裏切りであり到底許せる行いではない。よって彼を解任し、強く正しきパトリック・ザラがこれからのプラントを導く』。……こういう筋書きになっていましてね。きっと今頃、貴女のお家は怖ーい兵隊に囲まれていると思いますよ?」

 

「なっ……!」

 

「貴女はもはや、プラント最高評議会議長の娘ではない。───無力な歌姫なんですよ」

 

驚きの余りに足から力が抜け、倒れそうになってしまうラクスをユリカは後ろから支える。

ユリカは咎めるような視線をライエルに向けた後、「……ラクス様はお疲れのようですので、お部屋まで案内します」と言い、ラクスの手を引いて部屋を退出した。

 

「……はぁ。我ながら、損な役を演じたなぁ」

 

ライエルは自嘲した。

あのままでは、彼女はプラントにたどり着いてすぐに最高評議会に乗り込む勢いだった。いや、()()彼女ならもっと慎重に立ち回るだろうか。

とにかく、彼女には現実を受け入れさせる必要があった。

『悪のナチュラルから勇者によって救出された歌姫』として大人しくするならそれで良し。現場としては任務に支障が出ないなら何でもいいのだが。

しかし、もしも彼女が現実を知った上で『先導者』としての道を歩くなら?

それはそれで、面白くなるような気がする。

 

「どっちにしても、身の振りようは考えとかないとなぁ……」

 

どうすれば生き残れるか、この戦争を乗り越えられるか。そのための考えを巡らせながら、ライエルは仮眠を始めた。

良い考えはきちんと脳を休ませないと浮かばないのだ。

 

 

 

 

 

”アテナイ”の居住区。ユリカはラクスの手を引いてそこを歩く。

2人の間に会話は無かった。有るわけも無かった。

片や、自身が囚われの身となることで戦争を僅かでも鎮火出来ると信じていた少女。

片や、囚われた親友を救うために敵地へ潜入し、その願いを踏みにじった少女。

気兼ねなく話し合えるはずの2人。今もこうして、手をつなぎ合っているはずの2人。

───どうしようもなく、遠かった。

 

「……こちらです。あと1日もすれば本国に到着するので、それまでお待ちください」

 

「……」

 

<ハロ!ハロ!>

 

とてつもなく遠く思えた道のりを歩き、ユリカはある一室の前で立ち止まる。そこは、ラクスのために用意された来賓室のような場所であった。

大人しくしていろ───そういうことなのだろう。おそらく、プラント本国に帰還してからも。

ハロ(ピンクちゃん)も、本来は取り上げられるはずだった。そうされなかったのは、部屋の前に警備員を常に配置することと引き換えだった。

それに、最高評議会議長の娘という立場を失っても、ラクス・クライン個人の人気が失われたわけではない。余りに締め付けては、ファンからの不興を買いかねない。

ただでさえ地力で劣るのに、足並みを乱すわけにはいかないというライエルの判断(面倒事は避けたい)だった。

 

「……ユリカ」

 

「……なにかな?」

 

ラクスの声は、声色は親友に対するものだった。だから、ユリカは親友として応える。

 

「”コペルニクス”にお出かけした時、キラが話してくれました。月基地で新しい友人が出来た、と」

 

「……っ!」

 

歯がみをするユリカ。

まさか今ここで、もっともされたくない話を振られるとは思ってもいなかった。

 

「まさか、とは思いました。しかし同じ名前、覚えのある性格、このタイミングで地球軍に入隊するという不自然さ……わたくしでも気付けます。キラの話す友人が貴女で、何を目的としているのか」

 

「……やめようよ、その話は」

 

「とても頼りになると、何度も助けられたと……」

 

「やめないか!」

 

なおも言いつのるラクスに対し、ユリカは強く拒絶する。

それは努めて冷静であろうとしていたユリカにとって失敗であり、ユリカの真意を探ろうとしていたラクスにとっては答えそのものであった。

ハッとしたユリカはラクスに背を向け、部屋の外のパネルに手を触れる。

 

「ユリカ……」

 

「失礼しました。何か用のある時は、部屋の外の警備員に声をおかけください」

 

目的を果たしたはずなのに胸を締め付ける思いに蓋をしたくて。悲しそうなラクスの顔が、もう見たくなくて。

ユリカは扉を閉め、部屋の前に到着した警備員に任を引き継いだ後、自分の部屋に駆け込んだ。

 

「はぁっ……!」

 

ベッドにもたれかかると、ユリカは息を思い切り吐き出した。

まさか、こんなことになるとは思っていなかった。

きっかけは、親友であるラクスが『血のバレンタイン』の慰霊のために”ユニウス・セブン”へ向かい、そのまま消息を絶っていたこと。

気が気でなかった。親友を守るための力を身につけるためにZAFTに入ったのに、そのためにハードな訓練を乗り越えたというのに、自分は何も出来ないでいる。

友の危機に何も出来ずにいる、いや、もしかしたら既に友は命を落としているかもしれない。焦りと無力感に苛まされながら日々を過ごしていた時のことだった。───休戦協定の締結と、その人質としてラクスが囚われているという情報が入ってきたのは。

当然、自分に出来ることは何かないかと行動を開始した。アカデミーでも上位20位以内の好成績で卒業したこと、そして()()()()()()もあってなんとか手に入れた機会(チャンス)こそ、プトレマイオス基地に潜入しての情報収集任務だった。

連合軍が即戦力を求めて実施していた『特別コース』なるものは、”コペルニクス”出身かつ若年のユリカが潜り込むのにおあつらえ向きだったというのが、ユリカが選ばれた最大の原因である。

”コペルニクス”内の協力者を介してプトレマイオス基地に堂々と赴いたユリカだったが、ここで誤算が生まれる。

 

「まさか、さぁ……」

 

自分以外に、特別コース受講者がいるとは思ってもいなかった。たった1ヶ月の訓練で実戦に送り出される、そんなことを誰が好き好んでやるというのだ。───いて、しまったのだ。

キラ・ヤマト。”ヘリオポリス”の崩壊から生き延び、あろうことかMSに乗れてしまったために戦闘に参加し、何をどうしたらそうなるのかそのまま連合軍への入隊を決めた少年。

まさか自分以外に参加者がいるとは思っていなかったユリカは、なし崩しに同世代の異性との同室での生活を始めざるを得なくなってしまう。

出会ったころから飄々とした態度でキラと接していたユリカだが、内心ではいつ不自然に思われないか不安で仕方なかった。

訓練の際にも、既にZAFTで訓練を受けていたことを悟られないように、必死にクセを隠し、矯正していた。……銃の訓練でボロを出した(好成績を出した)のは、最大の失敗である。

何よりの誤算は、自分が存外に絆されやすい性格だったということである。

 

「キラ、サイ、トール、グラン……」

 

キラは一緒に生活している内に、純粋でからかい甲斐のある、一緒にいて楽しい友達となった(なってしまった)

サイ、トールの2人はキラの元からの友人だけあって、キラを通じて自然と友人となった(なってしまった)

グランは出会った当初の印象は最悪だったけれども、ああ見えて意外と面倒見が良い兄貴肌で、訓練にも真面目に取り組む、良い意味で向上心の強い男だった。

彼とも、先日友人になった(なってしまった)

そして、不審な点がいくつも見られただろうに、真摯に訓練を施し、アカデミーの頃よりも更に自分をスキルアップさせてくれた、マモリ・イスルギ。今までで最高の教官だった(そんな彼女をナイフで刺した)

───彼らを裏切って、自分はここにいる。

 

「この有様で、何処に『諜報の適正有り』、なんだか……本当に適正があるなら、今こうしていることもないだろうに」

 

いずれ裏切る敵と仲良くなって、自分は何がしたかったというのか。

自分の手で殺すかもしれない相手のことを知って、何を望んでいたのか。

───無駄、無駄、無駄なことだ。既に終わったことだ。後戻りは出来ないことだ。

今も遠ざかっているプトレマイオス基地、そこにいるだろう『敵』のことを思って、何の意味がある。

 

「頼むから、折れたままでいてくれ。うずくまっていてくれ。次に会った時は……今度こそ、撃たなければならなくなる」

 

もっとも、そうはならないのだろう。

たとえ友と信じた女に裏切られようと、敬愛する教官が動けなくなっても。

彼は立ち上がるのだろう。あの教官に教えられた男が、そこまで柔な筈が無い。やはり見通しの甘い女だと、ユリカは自嘲する。

この苦悩は自分が作り上げたものだろう?

この後悔は自分の行動の結果だろう?

それを嘆くなんて……滑稽としか言いようがない。

 

「ああ、まったく……吐き気がする」

 

 

 

 

 

3/24

プラント 「アプリリウス・ワン」 クライン邸

 

「これで満足か、パトリック?」

 

シーゲル・クラインは円形テーブルを挟んで向こう側に座る男、パトリック・ザラに問いかける。───望み通り、戦争に歯止めは効かなくなったぞ?、と。

派手すぎず、しかし調和の取れた景観の部屋の中には、彼ら2人だけが存在していた。

勿論、部屋の外には多数の兵士が配置されている。ネズミ一匹たりとて通す気も無いし、逃がす気も無い布陣だ。

では何故、プラントを裏切った()()()()()()()()危険人物のシーゲルと、新たな指導者となる予定のパトリックが2人きりでいるのか。

その答えは簡単だ。───パトリックが望んだ、それだけのことである。

 

「そうだな。イングランドはロイヤルネイビー(大西洋連邦イギリスエリア海軍)の予想以上の抵抗に遭ったためにデヴァンポート基地の制圧までしかいけなかったが、それ以外は概ね順調、予定通りだ」

 

「威力絶大にして最悪のカードを切ったにしては、大きな戦果はハワイ諸島制圧だけのようだが」

 

「ハワイ諸島は要地だ。大きな戦果だよ」

 

戦果を誇るパトリックだが、その顔に喜色は無い。

まったく真意を感じ取れない表情のままでテーブルの上に置かれた紅茶を飲むパトリックの姿に、シーゲルは立ち上がってテーブルに両手を叩きつけ、激昂する。

 

「それで何が解決するというのだ!この奇襲が如何に有効だったとしても、連合の地力の高さを鑑みればハワイなど2ヶ月、早ければ1ヶ月もすれば奪還される!イギリスエリアとてそうだ、このような中途半端な攻撃に何の意味がある!?精々向こうの海軍の動きが多少鈍る程度ではないか!」

 

シーゲルの言ったことは的確だった。

どれだけ派手に見えようとも、ZAFTが一連の奇襲で得られた物は少ない。

月基地を陥落させるでもなく、かといって地上の重要拠点もハワイ以外は大した物を手に入れたわけでもない。あらゆる国家からの印象が最悪になり、どうあがいても講話など不可能、そんな状態に陥ったにしては不釣り合いな戦果なのだ。

しかしパトリックは表情を変えない。

 

「その通りだな、まったく。……それが目的なのだから」

 

「なに?」

 

「月基地の方も目標は達成している。せっかく再編が完了しつつあった連中の宇宙艦隊も、この奇襲によって再び編成し直さなければなるまい。これでおそらく、3ヶ月は宇宙の侵攻を遅らせられただろう。いや、地上に金を割く必要もあるからもっと……」

 

「パトリック……何を、言っているんだ?」

 

シーゲルは、もはやパトリックが何を考えているのか少しも読み取ることは出来なくなっていた。

そんなシーゲルを嘲笑うでも、哀れむでもなく、パトリックは告げる。

 

「無論、算段だとも。勝つためのな」

 

「お前は、まだそんなことを言っているのか?現状を見ろ、いや、お前の方が詳しいはずではないか。連合は次々と新兵器を開発、否、量産すらしてきている。戦争序盤に稼いだアドバンテージなどもはや存在しない。ここからどう勝つというんだ」

 

「ああ、まったくその通りだ。だからこそお前は連合との講和を声高々にし、そのための策を打ちだしていた」

 

シーゲルとてプラント最高評議会議長に選ばれた男、ただ会議で「講和せよ」と叫ぶだけの凡愚ではなく、具体的な方針を持っていた。

休戦終了後に月面を始めとする宇宙の完全制圧作戦を実行、その戦果によって講和を有利に進める。シーゲルは最高評議会議長の座から降りることになる前にその方針を確定させようとしていた。

連合がそれで講和を受け入れるかはともかく、現状から逆転して完全勝利を目指そうとするよりは現実味のある策だった。

 

「しかしな、シーゲル。そこが認識の違うところなのだよ」

 

「何が言いたい?」

 

しかし、パトリックはシーゲルの考えを見当違いであると言う。

 

「もはや地上の制圧は不可能。しかしお前の方策では完全独立は怪しい。───私は、勝ちたいのだ。勝たなければいけないのだ」

 

「何故だ、何故そこまで勝つことに拘る?我らの悲願はプラントの平和と自治権獲得、そうではないのか?お前はこの戦争に勝利して、何が欲しいというのだ」

 

パトリックは紅茶をテーブルの上に置き、シーゲルの目を見据えた。

 

「……シーゲル、お前は生まれて初めて守りたいと思ったものを奪われたことはあるか?しかも、それを自分達の自作自演であると言われたことは?」

 

「レノアのことか。無論、私にも怒りはある。彼女を、“ユニウス・セブン”に住まう24万3721人の命が奪われて、黙ってなどいられない」

 

「それは私も分かっているよ。だが、私は一切の妥協をしないと決めた、ただそれだけなのだ。ようやく気付いたんだよ、このぬるま湯のような時間(休戦期間)を過ごして」

 

テーブルの下に隠した拳を強く握りしめ、パトリックは更に言いつのる。

 

「私は大西洋連邦で生まれた。私は、あの場所での日々が恐ろしくてたまらなかった。コーディネイターであると周囲に知られることが、いつ過激な”ブルーコスモス”に襲われるか。そして、そんな自分を疎ましそうに親の目が」

「疎むくらいなら何故コーディネイターにした?禁止されている遺伝子操作を、高い金を払ってまで行なった?奴らは結局、『優秀な息子』というステータスを欲していただけだった。あんな奴らから生まれたなど、吐き気がする」

「絶望しかなかった。能力を発揮すればコーディネイターではないかと疑われ、隠したら隠したで親に失望される。『この程度しか出来ないように生んだ覚えはない』と、奴らの目は言っていた」

 

淡々と、しかし暗い感情を練り込みながら、パトリックは憎悪を吐き出す。

彼にとって、『生きる』ことこそ地獄そのものだった。

 

「プラントに押し込められたその時もそうだった。不当に高い空気税、現場のことを考えない理事国、加えて何時テロが起きて巻き込まれるか分からない。レノアは、絶望の中にあった私に唯一与えられた『光』だった」

 

パトリックは、レノアに救われたのだと語る。愛しそうに、懐かしそうに。

今は無き妻のことを語る姿は、かつてレノアと交際を始め、仲睦まじく日々を過ごしていた時から変わらない。

どのような格好がデートに相応しいか。彼女へのバースデープレゼントには何を選べばいいか。自分のような人間が彼女と共に人生を歩むことは、幸せにすることは出来るのか。パトリックの数少ない友人だったシーゲルは、よく相談を受けていたものだ。

結婚して息子が生まれる時にはどんな名前がいいか、うんうんと唸っていたこともある。アスランと名付けられた息子もまた、パトリックの『光』となった。

どれだけ苦しい環境でも、間違い無く言える。

あの時、彼らは間違い無く『幸福』だったのだ。

 

「だが、レノアは奪われた。ナチュラル共の、たった1発の核によってな!警告すら無かった!

奪うくらいなら何故与えた!?何故私に希望を持たせたというのだ!」

 

徹底的に、妻の死は貶められた。

あのコロニーでは生物兵器を研究していたのだと。核を用いて攻撃されたのは当然の報いであると。そもそも、ZAFTの演技ではないのかと。

それだけで、十分だった。1人の男が決意するには。

どれだけ狂っていると言われようと、どれだけ荒唐無稽に思われても、たとえ意味が無かったとしても。

 

「私がしたいのはな、シーゲル。───復讐なのだ。たとえ何を犠牲にしたとしても、どのような屍山血河を作り出すことになろうとも、最後には何も残らなかったとしても。私は、この世界に復讐しなければならないのだ」

 

「……パトリック、お前は」

 

「ここに来たのは、別れを告げるためだ。輝かしき過去(思い出)と決別するために、な」

 

そう言うと、パトリックは懐から拳銃を取り出し、シーゲルに銃口を向ける。武器を持たないシーゲルには、何をする事も出来ない。

もはやこれまでか。シーゲルはそう思い、しかし視線だけは逸らさないようにパトリックを見据える。

 

パァン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、シーゲルの体に痛みが生まれることも、意識が暗転することも無かった。

パトリックはシーゲルの後ろ……壁に取り付けられていた鏡を撃ち抜いたのだ。

 

「さらばだ……パトリック・ザラ。これより先には、微かな『光』すらも枷となる。───私は、闇を進むのだから」

 

そう言うとパトリックは、幽鬼と化した男はシーゲルに背を向けて部屋の出口に向かう。

シーゲルは思わず手を伸ばすが、決定的に道を違えた友を踏みとどまらせる力など有るわけもない。

 

「ではな、シーゲル。もうこうして話すこともないだろうから言っておこう。こうして道を違えてしまったが、君は私の、最高の友だったよ」

 

これより先の道に、友は不要だ。

全てをなげうってでも、私は復讐を成し遂げる。

たとえ地球がなくなろうとも、プラントが滅ぶとしても構うものか。このような考えを持つ人間の切り札が『創世』の名を冠しているのは皮肉的だが、それも一興だろう。

何があっても、叶えたい願いがある。

 

 

 

 

 

この世界を壊すのは、自分だ。




Q.結局、パトリックは何を決めたの?
A.本当は全てを滅ぼしたいのだと気付いたので、開き直って絶滅戦争することにした。

第2章もあと3、4話で終わりそう。
完結はいつになるやら……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。