ユリカ「楽しかったよ、君との友情ごっこ」
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プトレマイオス基地 連絡艇格納庫
「フジミヤ……いや、ZAFT?だけど、君は───」
「”コペルニクス”市民じゃないのか……だろ?」
聞かれると思っていたよ、とユリカは言う。
今日までの1ヶ月間、世間話という形で何度か”コペルニクス”に関する思い出話をユリカとしたキラは、それが嘘や誤魔化し、でっち上げではないということを理解していた。
あれは、実際に“コペルニクス”に住んでいた者でなければ話せない内容だった。
「全部が嘘っていうでもないんだ。10歳の頃に父親に引き取られてプラントに引っ越したんだけど、それまでは普通に”コペルニクス”市民をやっていたよ」
その話を聞いて、キラはユリカが話してくれた過去について、思い当たることが1つあった。
「歌の上手い友人がいる、って言ってたのはまさか……」
「そう、ラクスだよ。口調もそうだし、昔の僕は周囲の子達に馴染めなかったって話はしたよね?ラクスは、そんな僕の、プラントでの初めての友達さ。……そして囚われた彼女の行方を探り、助け出すために、僕はここに潜入した」
そう言うと、ユリカは連絡艇の方を向く。
話は終わりだ、言外にそう言われた気がした。
「───っ、待て!」
銃を向けてユリカを止まらせようとするが、どうにも銃身がブレて定まらない。
何度も訓練した、ここに来るまでに何度も発射した。それでも、腕の震えは止まらない。
「……撃てるのかい、僕を?」
「撃つさっ!僕達を騙して、教官を刺して、基地をこんなに滅茶苦茶にして……逃がすもんか!」
「だろうね。……普通の軍人なら、撃てるだろうね」
「……やめろ、待て、ヤマト……」
いつの間にか、腹部を刺されてコンテナにもたれかかっていたマモリがこちらに這いずりながら近づいてきていた。
這いずった後の地面に赤い線が引かれていることが、彼女の受けた傷の具合を知らせている。
「止めないでください、ユリカは、僕が!」
「私が……撃つ!これは私の失態だ、ゴホッゴホッ!?」
キラはマモリの制止を無視して銃を撃とうとするが、その指は引き金を引こうとしない。
「……そうだ。ねえ、キラ?」
良いことを思いついた、という声色に反して、その表情は未だに泣き出しそうな、寄る辺の無い顔をするユリカ。
次の瞬間、驚くべき内容の言葉を口にする。
「僕は教官を撃つよ、10秒後にね。それまでに、僕を撃ってごらん?」
「……は?」
「いくよ?じゅーう、きゅーう……」
ユリカは右手に持ったままだった拳銃の弾倉を確認し、コッキング。
これにより、ユリカの拳銃はほぼ確実に撃てるようになったということが分かる。
「はーち、なーな……」
「いや、ちょっと待って待て待て待て……」
「ヤマトぉ、私に、銃を……ゴホッ!?」
マモリがうめく声が聞こえる。
キラは、まだ頭が情報を処理出来ていなかった。
「ろーく、ごー……」
ユリカは、拳銃をマモリに向けた。這いずらなければ動けない女1人、外す方が難しい。
ここまでくれば、混乱していたキラも理解する。
「よーん、さーん……」
ユリカは、撃つ。教官を、マモリを撃つ。
それを防げるのは、自分だけ。
「にー、いーち……」
「ユリカぁっ!!!」
拳銃を向け直す。残弾は確かめながら撃っていた、3回は殺せる。
ユリカの指は、既にトリガーに力を込め始めていた。
「ぜー……」
「っ!」
キラは、目を力一杯に閉じた。
パァン!
乾いた音が、響いた。
響いたのは、1度だけ。
「……」
キラは目を開けた。
「……ほらね、やっぱり」
「なんの、つもりだ、シンジョウ……!」
そこには、煙を立ち上らせる拳銃を持ったユリカと、近くの床に弾痕が発生しているものの、生きているマモリ。
キラは結局、撃てなかった。
ユリカは、確実に当たる距離にあった
「君は戦争に向いてないよ、キラ。すぐに離隊した方が良い。……じゃ」
何も出来なかったキラに、哀れみを込めた視線をぶつけたユリカは、今度こそ連絡艇の方に向かってゆく。
もう、キラは何もしようとしなかった。
「くっ、ヤマト……!」
呆けたキラからマモリは拳銃をもぎ取り、ユリカの背へそれを向ける。
しかし、1発も発射することは無かった。
「ち、ちくしょう……!」
キラの視界には映っていなかったが、その目には涙が浮かんでいた。
それは悔しさから来るものだったが、おそらく、どのような悔しさから来る涙であるかを判断出来る人間はいないだろう。
スパイと気付かずのうのうと教練していたことか、裏切られたことか、それとも、教え子を撃てない自分自身への不甲斐なさ故か。
結局ユリカ・シンジョウ、否、ユリカ・フジミヤは1発も銃弾に晒される事無く、連絡艇の中に消えていった。
しかし、キラは見た。見えてしまった。
本来なら離れたユリカの口元の動きなんて詳細に理解出来る筈も無いが。
ごめん
ユリカの口元は、そう動いたように見えた。
「あ、ああ……」
連絡艇がゲートの向こうに運ばれていく。
キラは手を伸ばすが、その行為に意味は無い。
閉じていくゲート、消えていく連絡艇。
───完全に、ゲートが閉じる。
「うあ、あああ……」
キラはへたり込んで、泣き出した。
何も出来なかった自分、裏切られた怒り、そして、最後に見えた口元。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
なんで、謝ったりするんだ。謝ったりするくらいなら、なんでスパイなんかした。
裏切るくらいなら、なんで友達になったんだ───。
キラはその場にうずくまり、ひたすらに泣いた。
それだけしか、出来なかった。
『セフィロト』
”コロンブス”艦橋
「───っ!」
どこからか、女性の叫ぶ声がする。それは、自分の体を揺すっているようだった。
今は何時で、此処はどこだろうか?思考がハッキリしない。
「───長っ!」
次第に、女性の声が明瞭に聞こえるようになってきた。どうやら、自分に呼びかけているらしい。
頭が、痛い。
「───隊長、しっかりしてくださいっ!」
意識が完全に覚醒する。痛みの度合いも跳ね上がるが、そんなことを気にしていられない緊急事態であることも思い出した。
自分は、ユージ・ムラマツは、そして『セフィロト』は。
───襲撃されたのだ。
「うぐっ、はぁっ、はぁっ……マヤ、君?」
「良かった……目が覚めましたか?まったく、隊長が部下をかばってどうするんですか」
マヤは安堵と呆れを混ぜ合わせた溜息を漏らす。
そうだった、自分は急激な揺れに見舞われた艦橋で、バランスを大きく崩したマヤをかばったのだった。
揺れの割に艦橋の内部にはそこまでダメージが及んでいないらしく、頭に手を当てるが、出血の類いも無い。
つまり自分が気絶していたのは、単純に頭を壁か床に打ち付けたから。
「恥ずかしいところを見せたな、今更頭を打って気絶など……」
「いえ……そんなことより、指示をお願いします。現在、我々は攻撃を受けているのですから」
見渡すと、頼れる艦橋組は全員健在で、それぞれの機材に向き合って何かしらの作業を行なっている。
そして、窓の外には破壊された格納庫の光景が広がっていた。
「マイク、”コロンブス”は動きそうか?」
「無理ですね、艦体が歪んでいる上に擱坐しています」
操舵士であるマイケル・ルビカーナの報告、これには苦い顔をせざるを得ない。これで月面への救援という選択肢は完全に消え失せたも同然となった。
まあ、未だに続いているであろう攻撃のことを考えればとっくに無くなっていたのだろうが。
「リサ、司令部からは指示は来ているか?」
「『出れる部隊は直ちに外部の敵部隊を排除せよ』と。ただ、基地の内部でも戦闘が発生しているせいで部隊の展開が遅れているようです」
「……そもそも、奴らはどこから紛れ込んだ?」
月面の”プトレマイオス”基地であれば、地下都市経由であったり”コペルニクス”経由だったりで入ることも出来るだろう。だが、この『セフィロト』は話は別だ。
考えられるとすれば、時々入港する月面や地球から補給艦、その物資に紛れるくらいだが、これはそれぞれ検閲が行なわれている。
「おそらく、月基地の兵站部に潜入した工作員と“コペルニクス”市の運営に紛れ込んだ間者の仕業ですね。”コペルニクス”経由の物資であれば、その2つを抑えてしまえば通過することは難しくありません」
エリクの考察に、なるほどとうなずく。
流石に宇宙空間を飛んで来て張り付いたなどとは考えられないし、地球からここまで潜入するのも現実的ではない。
消去法で、月からの物資に紛れてきたと考えるしかない。
もしや、『セフィロト』内にも工作員が紛れ込んでいたのだろうか?
際限なく膨らむ疑問を、頭を振って追い出す。
今、自分がやるべきことは他にある。
「アミカ、MS隊は、アイク達はどうなっている」
「全員無事です、機体にも問題は発生してません。……というかー、さっきから出撃させろってうるさいですー」
「つないでくれ」
「了解ー」
モニターにアイザック達MS隊の顔が映る。
リーダーを務めるアイザックを筆頭に、歴戦の兵士であるカシンとセシルも動揺の表情を隠せないでいるが、ただ1人、スノウ・バアルだけは闘志を漲らせたまなざしを向けている。
おそらく、指示を待っているのだろう。───「殺せ」の一言を。
<隊長、どうしますか?僕達はいつでも動けます>
「決まってる、敵部隊の排除だ!」
<でもでも、ゲートが壊れて出れないんですよぉ>
「”コロンブス”はもうダメだ、破棄する。お前達は格納庫内の兵員の待避を完了次第、ゲートを破壊して出撃だ。セシル、”ストライク”はどうだ?」
<既にエールストライカーを装着済みですぅ>
次々と飛び込んでくる情報を整理しながら、最適解と信じた命令を矢継ぎ早に下していくユージ。
そんな彼に、スノウが話しかける。
<隊長>
「……アイク達から離れすぎるな、それさえ守るなら構わん。好きにやれ」
<了解しました>
スノウはそう言うと、さっさと通信を切ってしまった。
通信画面が途切れる寸前、その口元に僅かに笑みが浮かんでいるのをユージは見逃さなかった。
「……フォロー、頼むぞ」
『了解』
先ほどまでとは違った種類の不安感を醸しだしながら、全MSパイロットの通信が途切れる。
さて、ここからどうしようか。
基地内の敵の排除にいくというのも手だが、門外漢の自分達が加わったところで何にもならない。大人しく、陸戦隊に排除を任せるのが吉だ。
「総員待避、非戦闘員は各自シェルターに向かわせろ。我々は第5司令室に向かい、戦闘指揮を続行する」
『了解!』
ユージがそう言うと、艦橋内部では各自重要データの持ち出しや破棄が開始された。
ユージはノーマルスーツを引っ張り出しながら、最後に残った疑問について思いを巡らせた。
気を失う前に見た、ノーマルスーツを着た人物。おそらく敵だったのだろうが……。
(あの人物、女……にしても、小さかったような)
<格納庫内の隊員は、これで全員かい?>
<うん。これで、いけるね>
アイザックとカシンの会話を、スノウはコクピット内でじっと聞いていた。
この時をどれだけ待ちわびただろうか。
(やっと殺せる)
憎きコーディネイター、否、ZAFTを殺せるのだ。歓喜に右腕が震えるが、それを左腕で抑える。
もう少しの辛抱だ、それだけ我慢するのだ。
あの時のように暴れなくとも、すぐそこに敵がいて、あとはGOサインが出されるのを待つだけ。
<じゃあ、発進口を破壊するけど……バアル少尉、体に異常を感じたら、すぐに下がるんだよ?>
「勿論です」
それは心配ない。
限界が来たら、そもそも何も出来なくなるほどの苦痛に見舞われるのだから、大人しく引き下がるしか出来ない。
しかし、それまでの間は……。
アイザックの乗り込んだ”デュエルF”が、右手に構えたビームライフルを壊れたゲートに向ける。
<全機、発進!>
爆炎と共に飛び立っていくMS達。
襲撃部隊の1機であろう”ジン”を見つけたスノウは、狂喜と怒りを乗せてビームライフルを向ける。
「お前らは敵だ、宇宙を壊す、そんなお前達は私が殺してやるっ!」
「ったく、やっぱりこうなるのか!いくよ、カシン、セシル!」
<任せてっ!>
<知ってましたよぉ!>
敵を見るや否や、スノウの駆る”デュエルダガー”は突撃してしまった。
目的が基地を襲撃してきたMS部隊の排除であるため、それを忠実に実行していることには問題は無いのだが、1機で突撃するのは危険が伴うことだ。
何度も訓練や模擬戦を共にしているために今更その実力に疑問はないのだが、いかんせん実戦経験の類いは無いのだという。
実戦では何が起きるか分からない。敵が罠を張るかもしれないし、思いも寄らない新兵器を持ち出してくるかもしれない。
それを回避するためにも、連携は重要だというのに!
アイザックは舌打ちをしそうになるが、考え方を変えて、スノウが前衛で攪乱を行ない、自分達が援護しているのだと思うことにした。
スノウはライフルやサーベルを駆使して敵MSを攻撃し、既に3機ものMSを撃破している。だが、撃ち漏らした敵に狙われるといった危ない場面も見受けられた。
彼女がそれに気付いているか、そしてその上で対処出来ると無視しているのかは分からないが、危なっかしい戦い方だ。
そういった敵に対してはこちらで射撃を加えることで対処しているが、いつまでも続けられる戦い方ではない。
<こちらラプター3、”ジン”に挟まれてる、誰か援護を!>
助けを求める声が、通信回線を通じて聞こえた。
見ると、2機の”ジン”に追われる”ダガー”、ランチャーストライカーを装備した機体が追われているのが見える。
性能差は歴然だが、数の利はその差を容易に縮める。
加えて、追いすがる2機の”ジン”は十分に連携が取れており、単独での対処は難しいかもしれない。
そこに、”デュエルダガー”が接近する。
<おお、たすか……!?>
そして、そのまま通り過ぎた。
”デュエルダガー”の向かう先には3機の敵MSの姿があり、その中には見慣れない
”ダガー”のパイロットは一瞬呆けた声を出すが、”ジン”の弾丸が機体をかすめたことで、意識を敵に向け直す。
「クソ、セシル頼む!」
<任されてぇ!>
スノウのフォローをセシルに任せ、アイザックとカシンは2機の”ジン”を速やかに撃破する。
連携が上手く出来たとしても、アイザックとカシンの2人の前にはなすすべも無く倒されるしかない。
自分の危機が去ったことを確認すると、”ダガー”のパイロットは2人に通信を行なってきた。
<助かったぜ……にしたって、あいつはいったいなんだってんだ!?目の前で味方がピンチってのに……>
「……すまない、自分達がフォローに入るからと、彼女にはあちらの部隊を相手にしてもらうように命令した。こちら、”第08機械化試験部隊”所属のアイザック・ヒューイ中尉だ」
味方の窮地を見過ごしたスノウに対して、不満をぶちまける”ダガー”のパイロット。
後々に面倒事に繋がるかもしれないので、アイザックは誤魔化しを入れることにし、でまかせの言葉を吐く。
ついでに、相手方の階級が自分よりも低ければ、それを意識してくれるだろうという見込みもあったため、階級についても言及した。
<第08……ああ、”マウス隊”!それなら納得……です>
「説明が遅れてすまなかった。外から見た限りだと機体の損傷は軽微だが、念のため一度補給するといい」
<了解、後方に下がります>
男は階級よりも”マウス隊”のネームバリューに気を引かれたようで、かしこまった話し方を始めた。
これ幸いと後方に待避を命じるアイザック。これで、味方の窮地を救うことは出来た。
<アイク、これって……>
「……きっと、彼女は意図的に無視したんじゃない。視界に入ってすらいなかった……好意的に見ると、僕達が対処すると思っていたのかもしれないけども」
もしかしたら、とアイザックは続ける。
「より敵の多い方に向かうことを、優先しただけかもしれない」
その有り様は、まさしく
敵も味方も関係無く引っかき回し、多くを傷つけ、多くに畏怖され、そして破滅的に死ぬ。
もしかしたら、あれも自分にあり得た姿だったのかもしれない。
アイザックはもしもの自分、”マウス隊”と巡り会わなかった自分を想像し、戦慄するのだった。
「NフィールドにてMS隊の被害、増大しています」
「流石、立ち直りも早いな。……いいだろう」
「隊長、どちらへ?」
「鋭い牙を持った獣が走り回っているのなら、牙から身を守る盾が必要だ。私が奴らを抑えよう。
「……了解しました」
『セフィロト』 第5司令室
「……クリア!敵影、見当たりません」
エリクが拳銃を持って室内に突入するが、敵が潜んでいるということはなく、無事に目的地にたどり着いた“マウス隊”のメンバーは、すぐさまそれぞれの役割に応じた席に座り、機材を操作し始めた。
ユージはまず戦況を把握するために、中央司令室に通信をつなぐ。
「中央司令室、応答願う!こちら、第5司令室より”第08機械化試験部隊”のユージ・ムラマツだ!」
<ムラマツ中佐、無事だったか!>
画面に映し出されたのは、この『セフィロト』の基地司令を務めるアンソニー・エイハム大佐の顔だった。
初老の黒人男性の顔面には、安堵の表情が浮かんでいる。
「状況はどうなっていますか、基地の内部は!?」
<奴らの侵入経路は不明だが、幸いなことに数は少ない。奴らはドッグや格納庫内に破壊工作を仕掛けていったが、今は第9ブロックで抵抗している。陸戦隊が対処中だ>
「そうですか……敵艦隊の規模は?」
<確認出来た数は5、”ナスカ”級3隻と”ローラシア”級2隻だ。我が方から発進出来た艦艇は無く、現在はMS隊が応戦しているが……状況は、悪いな>
そりゃあそうだろう、ここまで綺麗な奇襲を決められてしまっては、逆転は非常に難しい。
おまけに奇襲に参加したMSの中───これはユージの『能力』ありきの情報でもあるが───には、足が棒の”ドラッツェ”擬きこと”ジン・ブースター”が存在しないどころか、”ゲイツA型”とかいう新型まで出てきているのがわかった。
ビームライフルは装備していないようだが、まさか”ゲイツ”を投入してくるとは!ユージは歯がみしながらも、思考を巡らせる。
敵は明らかに精鋭部隊ないし経験豊富な部隊を引っ張り出してきている。だが、本気でこの基地を落とそうというには余りにも貧弱な戦力だ。
いくらZAFTが連合軍に比べて圧倒的少数の戦力しか持っていないとしても、本気でやるならこの倍は持ってくるべきだ。
経験豊富な少数部隊で奇襲───目的は基地の制圧ではない?
そうする、あるいはそうしなければいけない理由───戦力の温存?
ここで宇宙軍の戦力を温存する理由───後に何か、宇宙軍を動かす大規模作戦を計画している?
地球のマスドライバーを制圧する、と見せかけてアラスカ基地を攻略する『オペレーション・スピットブレイク』か、それともついに”ジェネシス”の開発ないし利用に踏み切って、その防衛のため?
あるいはまったく別の何かを狙っている?
分からない。変化した世界と『原作』のすりあわせが間に合わない。
ユージが考え込んでいると、オペレーター席に座ったエリクは更なる凶報を告げる。
「敵艦から新たに発進する機影を確認、これは……73%の確率で、GAT-X303”イージス”!?」
ほんの一瞬、ユージの思考が止まる。
情報が確かであるなら、アスランと”イージス”は地球にあるはず。ここでアスランが出てくるとは考えていなかったユージはモニターに目を向け。
むしろ
ズィージスガンダム
移動:7
索敵:A
限界:200%
耐久:360
運動:40
シールド装備
PS装甲
変形可能
武装
ロングビームライフル:180 命中 75 間接攻撃可能
スキュラ:240 命中 60 間接攻撃可能
バルカン:30 命中 50
ビームクロー:190 命中 70
ラウ・ル・クルーゼ(Aランク)
指揮 13 魅力 7
射撃 16(+2) 格闘 16
耐久 4 反応 15(+2)
空間認識能力
「嘘やん」
それだけしか、ユージは言えなかった。
「っ、なんだ!?」
スノウ達の方へ向かおうとした矢先、横から放たれるビームを避けるアイザックとカシン。
それはおそらく牽制だったのだろうが、通常のビームライフルよりも高出力の1撃だった。当たれば、ある程度はビームにも耐性を持つPS装甲といえどひとたまりもない。
下手人を確認しようと敵を見たアイザックは、絶句。
そこにいたのは、見覚えがあるような無いような、定かで無い機体。
大きく突き出たトサカ状のセンサーとデュアルアンテナ、そしてツインアイ。各所の造形には確かに”イージス”の面影があるのだが、肩や膝の形状は大きく変化している。
腹部にも砲門を覗かせており、おそらくMS形態でも”イージス”の必殺兵器”スキュラ”を放てるようになっているのだろう。
装備しているライフルと盾もイージスのそれより肥大化されており、それぞれ強化されているのだということが一目で分かる。
そしてなにより、もっとも大きな変化。
───その機体は、純白に染まっていた。
目の前の敵は強い、アイザックは自身の第六感が訴えかけてくるのを自覚した。
かつて敗北しそうになった強敵の姿と、目の前の白い”イージス”が重なって見えたのも、おそらく単なる錯覚ではあるまい。
「ラウ・ル・クルーゼ……!」
『エンジェルラッシュ会戦』と称された戦いの後にムウから聞かされたその名を口にしたアイザックの額を、汗が伝う。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
裂帛を上げながら敵に斬りかかるスノウ。愛機たる”デュエルダガー”は彼女の意思を忠実に代行し、目の前の”ゲイツ”の胴をビームサーベルで横薙ぎにする。主が蒸発した”ゲイツ”だった物は、力なく漂い始めた。
これで、5機目。スノウはニヤリと口端をつり上げ、次なる獲物目がけて躍りかかる。
狂戦士に標的として選ばれた”ゲイツ”はこれをシールドで防ぎ、右手に持っていたレーザー重斬刀で反撃を加えようとするが、斬りかかる直前に前もって自身の盾を排除していた”デュエルダガー”は、左手で2本目のビームサーベルを抜いてその右手を切り落とし、”ゲイツ”の胴体を蹴って吹き飛ばす。
攻撃の手を緩めない”デュエルダガー”の姿を目にして、接触回線が作動してしまった”ゲイツ”のパイロットが声を漏らす。
<ぐうっ……こ、こいつは鬼か!?二刀の、悪鬼……!>
「悪鬼?そうか、そう見えるか!」
悲鳴にも思える声を聞いたスノウは更なる哄笑を上げる。
敵は自分に怯えている。恐怖している。
これまで散々に味あわされた感覚を敵に与えている、それだけの力が自分にはある!
喜びと怒りと悲しみ、そして少しの悲嘆を混ぜて少女は告げる。
「だったら私は鬼となる!貴様ら全員を引き裂いて、その血の一滴たりとも残さずに喰らい、この世界から消滅させる鬼だ!」
それが自分のしたいことで、それだけしか出来ないのだ。
そういう存在になり果てたのだ、貴様らがそうしたのだ!
理性をかなぐり捨て『鬼』と化した少女は、その凶刃を敵に向けて振り下ろした。
「これが、スノウさんの力……」
スノウを追いかけてきたセシルは、辺りに散らばる敵機の残骸を見て、驚異の声を漏らす。
高い基礎能力を持っていることは訓練で理解していたつもりのセシルだったが、それが何の縛りも無く振われた結果を目の当たりにして、驚かない者はいるまい。
自分が付いてくる必要があったのだろうかと一瞬本気で考えるが、彼女が戦える時間には限りがある。そうなった時は、自分の出番だろう。
見れば、既に右腕を失った”ゲイツ”に迫り、切り捨てようとしているのが見えた。
しかしスノウは、チリチリとした感覚が自分の中を奔るのを感じ取った。
生理的感覚のそれではないその感覚には覚えがある。というか、この数ヶ月で散々に感じてきたものを間違えるわけは無い。
称するなら、殺気───!
「避けてくださいスノウさんっ!」
味方、そう認識する女の声を聞いた『鬼』は咄嗟に操縦桿を引き、機体を踏みとどまらせる。
直後、自分と敵の間をビームが奔った。
もし一瞬でも機体を止まらせるのに遅れていたら、おそらく自分は生きてはいるまい。
若干の冷静さを取り戻した『鬼』、スノウはレーダーを確認した。
接近する機影は3つ。内1つは、先ほど警告を飛ばしてきたセシルの駆る”ストライク”のもの。
そして遠くより、赤と青、2つの機影が接近してくる。おそらく先ほどの攻撃を繰り出してきたのは、狙撃機らしき青い機体だ。
右腕を失った”ゲイツ”との距離が離れていくが、もうスノウにとってその敵はどうでもいいものだった。
先ほどの射撃を現在よりも離れた位置で放ったのであれば、それは並大抵のパイロットに出来るものではない。
エースだ。そしてそれを葬ることが出来れば、敵にとっては大層痛手に違いない。
強い敵と戦いたいわけではない。弱い敵を相手にしたいわけでもない。
より大きな苦痛を、屈辱を、恐怖を与えたいだけだ。
「泣け、わめけ、震えろ!それが私の力、私を生み出した力の源だっ!」
スノウのこれまでの判断に、実は大きな間違いは無い。
味方から突出して攻撃するのも、”デュエルF”や“バスター改”といった射撃型の機体の支援を受けること前提で考えれば奇手ではないし、基地を攻撃する敵を片端から切り捨てていくのは、味方の発進の援護に繋がる。
1つだけ誤りがあった。ほんの少し見積もりを間違えた。
───現れたエースは、彼女が考えるよりも強力だった、ということだ。
「避けられた……良い勘をしている」
<いやーははは、あれ抑えろって?ちょっと帰りたくなってきた>
「ぼやくな!落とせと言われてないだけマシだ、時間稼ぎ!」
<それも嫌だ。……けどさ、俺達で抑えねえと、マズいよな>
「そうだな。味方は被害拡大、基地内部に潜入した隊員が脱出する時間も稼げず拘束、捕虜にされれば良い方だろうな」
<後味悪くなりそうだな。……不安しかねぇけど、いくかぁ>
「お前が不安になるなら、皆不安になるさ。私も正直怖い」
<あー、それについては問題ないだろ。俺いるし>
「それもそうだな。それじゃあ、いつもどおり」
「私がお前を支えるから、守ってくれよ?
<全身全霊を賭けて守ってやるよ、
『ディオスクレス』、
(ZAFTのテコ入れは)もうちょっとだけ続くんじゃ。
最後に出てきた2人は、外伝第7話の彼らですね。
それとズィージスの見た目については、漫画版『RE:』に登場した大気圏内用装備のイージスのそれをイメージしてください。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。