ZAFT「協定破り絶許!」
連合「???」
3/23
イギリス海峡
時は、ZAFT艦隊が月面の連合軍プトレマイオス基地に襲撃を開始する30分ほど前にまで遡る。
大西洋連邦軍デヴァンポート海軍基地に所属する“デッシュ”偵察機が、「あるもの」を発見した。
この”デッシュ”偵察機は宇宙世紀に登場するものとほぼ同一の機体であり、皿のようなシルエットが特徴的な本機は、Nジャマー環境下でも性能を発揮出来るように改修されている。
レーダー官として搭乗していたレオ・スタングレイ三等兵曹は、南西方面のレーダーに動体反応が引っかかったことを、操縦士であるマックス・グラドス一等兵曹へ伝える。
「一曹、南西方面に動体反応があります」
「なに?ったく、また海賊船か何かか?」
そうぼやきながら、反応があった地点に機体を向かわせる。
この1ヶ月余り、彼ら偵察兵の仕事は楽なものだった。
敵勢力であるZAFT軍とは休戦中、たまに反応があっても、大抵は民間船や先ほど言ったように海賊船の発するものがほとんど。そしてそれらは航空偵察機であるこの機体に対して有効な攻撃手段を持ち合わせていないため、警備部隊がやってくるのを上空で待機するくらいしかやることが無いのだ。
かといって定期偵察を欠かすことは、軍隊として論外。そうして航空偵察兵は、退屈な数時間を狭いコクピット内で過ごすことになるのだ。
まあ、楽なのはいいことだ。戦争中といったって誰だって死にたくないし、何より給料は楽でも忙しくても変わらない。
退屈に関する不満も、そう考えれば紛れるというものだ。
ボンヤリとそんなことを考えながら反応があった地点に近づく。しかし、そこには何もなかった。
「何もないじゃないか。おい、本当に反応があったんだろうな?」
「はい、間違いありません。たしかに記録にも……やっぱりあります」
そう言われても、見えないものは見えないのだから仕方ない。
”デッシュ”の速度で迫ったのだから、たどり着くまでの間にレーダー圏外に逃れたとは考えにくい。
マックスに考えられる可能性は2つ。1つ目は、漂流物の中でも巨大な何かをレーダーが捉えてしまい、そこら辺を探せば見つかるかもしれないということ。
2つ目は、レーダーに引っかかったものがすぐさま沈降し、レーダーが届かない水中に未だ存在していること。もっとも、これは現状
海賊程度が潜水艦など持っている筈も無いし、同じ連合軍でこの海域を通過する潜水艦がいるという話は聞いていない。
敵対勢力であるZAFTの潜水艦など、ますますあり得ない。たしかにこの辺は未だ領域区分がハッキリしていない海域ではあるが、だからこそ、そんな場所に潜水艦を持ってくるというのは両軍間の空気を刺激するだけで、なんら意味のある行為ではない。
おそらく前者、漂流物をレーダーが拾ってしまったのだろうと、マックスは結論づける。
「きっと、漂流物か何かが引っかかったんだろう。時間も良い具合だし、そろそろ───」
「待ってください、これは……何か、浮かんできます!」
レオがそう言った数秒後、海面に黒々とした、鋼鉄の鯨が浮かび上がる。
まさか本当に潜水艦が登場するとは思っていなかったマックスだが、その形状を確認して目が飛び出そうになるほどの衝撃を受けた。
「嘘だろ、”ボズゴロフ”級?なんでZAFTが……」
MSを8機搭載可能とする大型潜水母艦、”ボズゴロフ”級。ZAFT軍が運用するその艦艇は、今現在、もっともあってはならない存在だった。
ZAFTがなんでこんなところに?
混乱の渦中にたたき込まれるマックスだが、更に驚くべきことが起きる。
「一曹、更にこちらに向かってくる反応を確認しました。これは……”ボニート”?」
新たに現れたのは、連合軍が開発した戦争初期の海戦における敗北を鑑みて開発された対潜哨戒機”ボニート”。
カツオドリの名を冠するその機体は良好な対潜能力を誇り、水中MS”ポセイドン”と協同でZAFT潜水部隊をいくつも葬ってきた、頼もしい存在だ。
だが、今ここにいるのは何故だ?
このエリアをあの機体が飛行するなどという話は聞いていないし、対潜出動というならなぜ単機でやってきたのだろうか?
レオに命じて、所属不明機のとの通信を行なおうとする。
「こちら、デヴァンポート基地所属”第3航空偵察部隊”のシーガル2。そちらの所属と目的を明らかにせよ。繰り返す───」
何度か呼びかけるが、その”ボニート”は何の反応も返さない。それどころか、”ボズゴロフ”級にドンドンと近づいていく。
あれではまるで、今から攻撃を仕掛けようとしているようなものじゃないか!?
「何をしようとしている、待て、待て待て待て!」
<蒼き清浄なる、世界のために>
その言葉をきっかけに、”ボニート”は対潜魚雷を投下した。落とされた魚雷は違わずに”ボズゴロフ”級に落下、命中する。
マックスの脳がその光景の意味を理解するのに、数秒を要した。
対潜魚雷が、ZAFTの潜水艦に命中した。撃ったのは連合軍の対潜哨戒機。両軍は休戦状態である。
「───っ!今すぐ逃げるぞ、掴まってろ!」
レオに警告を飛ばすや否や、すぐさま基地に向けて愛機を飛ばすマックス。
レオは未だに衝撃の光景から立ち直っていなかったが、急加速をその身に受けたことで正気を取り戻す。
「───っはぁ!?」
「ようやく立ち直ったか、今すぐ基地とコンタクトを取れ」
「一曹、あれはいったいどういうことなんでありますか!?」
思いっきり顰めた表情をしながら、マックスは返答する。
自分自身も、認めたくないことではあったが、現実が変化することはない。
「今ある現実をそのままに受け止めるならな、こうなる。……戦争再開だ、クソッタレ!」
「そんなぁ!?」
必死に基地に機体を向かわせるマックスと、基地への通信を試みるレオ。
急速に”ボズゴロフ”級を離れていく”デッシュ”だが、彼らがもう少しこの場に留まっていれば、更なる衝撃的な光景を見ることが出来ただろう。
次々と海面に浮上してくる、複数の”ボズゴロフ”級という光景を。
偽りの平穏が、破られた瞬間であった。
「艦長、全艦隊浮上完了しました。”インフェストゥスⅡ”を順次発進させます」
「うむ。……ついに、やってしまったな」
「勝つためには仕方ないこと……などと言っても、すっきりするわけではありませんからね」
「現状に不満を持っていた連合のコーディネイター兵を裏切らせ、わざと条約を破らせる……なるほど、一人芝居とは考えたものだな司令部は」
イギリス海峡に展開した潜水艦隊、その旗艦をつとめる”ボズゴロフ”級潜水母艦”テグレチャフ”の艦長は、薄暗さと騒々しさが同居した艦橋の中で皮肉気に呟く。
その有様からは、今回の『作戦』を立案した上層部に対する不満がありありと感じられた。
「おまけに、わざと他の偵察機を呼び寄せて”ブルーコスモス”を匂わせる発言を通信越しに記録させることで、連合内部に不和の種を蒔く……いやほんと、考えてますよね」
隣にいる副官も、今回の作戦内容について良い感情を持っていないらしい。
「不満かね?」
「ええ、おおいに。というか、司令部の神経を疑ってしまいますね」
「……素直だな」
「だって、未だに取り繕おうとしてるってことでしょう?わざわざ相手に破らせるように見せるって。まだ私達に『正義』が必要なんですか?」
余りにも素直。もしや、こういう態度をプラント本国でも取っていたからこそ、
正直言うとこういう副官の方がやりやすいのはたしかだが。何かの間違いでコーディネイター至上主義者など来られるよりは遙かに良い。
「人は自分が『正義』の側に立っていないとむず痒いものなのさ。犯罪者がなぜ犯罪を犯せると思う?」
「千差万別です」
「それは視野が狭い者の発言だな。───それが『正しいこと』だからだよ。食うに困る、楽に金を得たい、人を殺したい……全部まとめて、『思うようにならない世界が悪い』」
要するにだ、と男は自分の副官に向き直り、自身の結論を告げる。
「『敵』が『悪』でないと、誰も戦わないということだ。それは非常に、人間らしいことだと思わんかね?」
新人類などというなら、戦争などしないで済ませることは出来なかったのだろうか?
通信兵が一報を告げる。
「艦長、付近に機体を着水させたインテリジェント0が保護を要求しています」
インテリジェント0、とは今回の作戦で大役を果たした”ボニート”のパイロットのことを指し、連合軍から見たら裏切り者に当たる存在だ。
コーディネイターというだけで厄介者扱いをされていた彼に、プラントへの移住と市民権、そして働かなくとも生きていけるだけの金という餌をぶら下げたら、あっさりと裏切りを決めたらしい。
そんな人間に
悪態しか出てこない司令部に対する、唯一と言って良い評価点だった。
「どうしますか?」
「彼もまた、理不尽な世界に立ち向かった『正義』だ。丁重にもてなすとしよう。……魚雷は流石にもったいないな、機銃を掃射しろ」
騙して悪いが、そうすることも計画の内だ。
数秒後、イギリス海峡にまた一つ漂流物が誕生した。
3/23
プトレマイオス基地
「これで2度目、しめて8人……」
マモリは舌打ちを交えながら、敵兵の死体を漁り、予備弾倉をつかみ出した。
彼女と共に敵兵の突然の邂逅を乗り切ったキラは、どうしてこうなっているのかと諦観を含んだ疑問を頭の中で巡らせる。
先ほど、ZAFTの特殊部隊と思われる集団の追撃を決めたマモリとキラは、彼らが向かったと思われる”コペルニクス”との連絡船が留めてある発着場へと急いでいた。
しかしその途中、突如として基地が揺れたかと思うと、あちらこちらで銃撃や悲鳴、怒号が飛び交い始めたのだ。かくいう彼らも、マモリの言うように2度も敵と遭遇し、これを撃退している。
キラも、既に2人ほど敵兵を銃殺していた。平時はあれほど嫌だと思っている殺人も、戦場で銃を握れば考える余裕がなくなってしまうということはキラの心に深い影を落とすが、マモリに話しかけられたことでその思考は中断される。
「おい、ヤマト。……本当に、やれるんだな?」
「はい、こんなになってしまったら、もう戻る方が危険ですから」
マモリは侵入してきた敵がラクス救出のための部隊だけでないことに気付くや否や、キラに待避を命じていた。
救出部隊だけであれば、まだ敵の行方を追跡するだけで、自分がフォローしてやれば危険は無いと思っていたマモリだが、襲撃が基地全体に及ぶとなれば、いつどこから敵が現れるかわからない。
そうなれば自分でもカバーはしきれないと判断したための指示だったのだが、次の瞬間には敵部隊と遭遇し、うやむやの内になってしまったというのが、新兵のキラを今も連れている理由だ。
ここまで来れば、発着場までもう少し。キラの言うように、むしろ進んだ方が危険は無いと言えるだろう。
「それならいい。もう少しで発着場だ、発着場にも警備員はいるが、連中もそれは織り込んでいるだろう。まずは連絡艇が発進してしまったかどうかを確認せねば……っ!」
マモリの言葉を遮って、再び基地が揺れる。月軌道に現れた敵艦隊からの攻撃が続いているのだ。
とは言え、敵も大艦隊を連れて奇襲を行なうのは無理だろうから、規模はそこまででも無いはずだ。となれば、ラクスを連れた連絡艇が発進することを阻止してしまえば、それだけで連中の目論見のいくつかは頓挫させられる。
(いや、むしろラクス・クラインの身柄は
この攻撃の目的について、マモリはうっすらと真相にたどり着きつつあった。
しかし、前方から銃撃音が聞こえたことで、思考を切り替えざるを得なくなる。
既に目前まで迫った格納庫の方向からそれが聞こえてくるということは、まだ敵が格納庫を制圧していないという証拠に他ならない。
格納庫にたどり着くと、そこは既に血や銃痕が辺りに散らばる戦場となっていた。
各所に置かれているコンテナを壁にして警備員と特殊部隊員が銃撃を繰り広げており、周辺には死体がいくつも転がっている。
「……っ、酷いなこれは」
「あれは───ラクスっ!」
マモリはその惨状を見て顔を顰めるが、連絡艇の方を見たキラは、ラクスと彼女を方に担いで連絡艇に乗り込む男の姿を見た。
「……さい!……たくしを……って、……すると……のです!」
ラクスは担がれた体勢のままで兵士の背中を叩いて抵抗する。今回の作戦は、当たり前だが彼女にとって不本意なものであったようだ。
銃を向けるキラだが、ラクスへの誤射の危険性を考えれば撃つわけにはいかない。
「ラクス……くそっ!」
「ヤマト、ラクス・クラインのことは後回しだ!どうせ奴らは管制室を占拠しなければゲートを開けることは出来ん、警備員達と共同で制圧するぞっ!」
それ以外に、出来ることは少なそうだ。
キラはマモリと同じようにコンテナに身を隠しながら敵に向けて銃を発射する。
なんでこんなことをするんだと、何の意味があってこんなことが出来るんだと、戸惑いと怒りを混ぜた銃弾は放たれた。
プトレマイオス基地 司令室
「第4ブロックで火災発生、直ちに消火に向かえ!」
「第7コンピュータ室から違法アクセス、データを吸い出すつもりか!?」
「第2ドッグに侵入された、“ガウェイン”が危ない!」
「”ボストン”出港せよ、奴らを生かして返すなぁ!」
室内のあちこちから悲鳴と共に伝えられる情報の数々が、プトレマイオス基地総司令ドラング・ノマの思考をかき乱す。
基地内で安全だと言える場所はどんどん少なくなり、代わりに被害報告の数だけが増えていく。今もまた、”ネルソン”級を係留していた港口が1つ潰された。
「クソっ、どうしてここまでしてやられている!?観測班はいったい何をしていたというんだ!」
「奴ら、隕石に偽装して接近してきたようで……」
「見た目だけだろう、何も電波を発していなかったとでも言うか!?」
「はっ、その、そうとしか……」
狂人共め!
電波を発する艦内の電子機器のほとんどをシャットアウトすることで、こちらのセンサーを欺く。言葉にするのは簡単だが、実際にやれと言われたらドラングは「NO」と返すだろう。
宇宙空間で
人類が宇宙に進出して間もないころ、隕石を回避出来ずに宇宙船が沈んだという事例は後を絶たなかった。月軌道は定期的にスペースデブリの掃除が行なわれているとはいえ、自らそのような選択を取れる人間は狂人と言って差し支えないはずだ。
「それにしても、敵はどうやって基地の内部にまで侵入出来たのでしょうか?」
ドラングの副官が隣で呟く。
彼は無能というわけではないのだが、いわゆる上司への忖度と書類仕事の手際の良さを評価されて昇進を重ねてきた男だ。そんな彼には、ZAFTが侵入に使った手段について思い当たらない。
仮にも連合宇宙軍の最大拠点、そういった外部からの人の出入りについては細心の注意を払っていたはずだ。
そう、
「おそらく、地下都市部を経由して侵入してきたのだろうな。基地内部への出入りはともかく、あそこには軍人以外にも兵士の家族や出店している飲食店の従業員、つまり民間人も比較的出入りが容易だ」
それにしたって、更に”コペルニクス”をも経由してやってくるのだから、今回の襲撃には”コペルニクス”運営の中にも関与している人間はいると見た方がいいだろうか?
いや、それよりも先にやるべきことがある。
「未だに、
内通者。
敵性勢力を欺いて内部に潜入し、秘密裏に味方へ情報を渡す存在。スパイ。
基地に忍び込むだけならば、先の手段を用いることだけでも達成出来る。だがラクス・クラインの居場所を突き止めた上にそこまで兵士に気取られること無く特殊部隊が潜入出来るとなると、もはやスパイの手引きがあるとみて間違い無い。
『セフィロト』にも襲撃が行なわれていると聞いたが、娘は大丈夫だろうか?
娘が戦場でエースパイロットとして活躍しているということは知っているが、生身となれば話は別だ。せめてMSに乗り込むことさえ出来ているならば、少しは安心出来るのだが。
「……見つけました、これです」
モニターに画像が映し出される。
警備員を暗殺してラクス・クラインを連れ去る集団、そして、その少し前方。
兵士がいないことを確認して、集団を案内するその女性が着ている服は間違い無く。
「これは、我が軍の───!?」
「リロード!」
マモリがコンテナの影に隠れるのに合わせて、キラは銃撃を行なう。キラが敵部隊へ銃撃する間に、マモリはリロードを済ませ、再度射撃を開始。
この動作も、何度目だろうか。
現在キラ達は、警備部隊と共に特殊部隊を挟撃して銃撃戦を行なっているのだが、状況は段々と悪くなりつつあった。
腐ってもZAFT、つまりコーディネイターの特殊部隊が相手だ。2人や3人ならともかく、5人以上集まって連携を行なわれてしまえば、中々押し込むには至らない。
加えてこちらの装備もよろしくない。向こうは小型ではあるがアサルトライフルを持っているのに対し、こちらは拳銃のみ。道中に転がっていた死体から武器を拝借しようかとも思ったが、見たことの無い銃種であったために断念せざるを得なかった。
それに対して敵は贅沢にも手榴弾なんか投げて来るのだから、ますますたまらない。
自分達より先に戦闘を開始していた警備員も、既に半分ほどは戦闘不能へと追い込まれており、壊滅するのも時間の問題と言えるだろう。
これが本当に、
キラが脳内で不満をぶちまけていると、マモリが近づいてきて銃声に負けない音量で話し出す。
「クソ、こうなったら連絡艇のエンジンを破壊して無理矢理にでも止めるか!?」
「危険です、2重の意味で!」
エンジンに傷を付けて発進出来なくするというのは悪く無い案だが、素人が適当に壊していいものではないのは確かだ。そもそも、それが行える場所にたどり着くのだって困難なことである。
日々の訓練でよく聞いていたマモリの舌打ちだが、これほどまでに苛立ちが込められたものを聞くのはキラも初めてだった。
厳しかった訓練を思い出して身震いするが、そんな暇は無い。
「だがこれではじり貧、何か変化が欲しいな……」
マモリはコンパクトミラーを用いて、身を隠しながら敵集団の様子を窺う。
敵は練度こそ高いが、数は少ない。1人でも削れれば、それを機に一気に攻め込むという選択も取れるのだが……。
キラ自身も、まさかここまで苦戦を強いられることになるとは思っていなかった。
元々マモリ、そして随伴したキラの役割は特殊部隊の追跡であって、撃破ではない。精々が警備部隊が到着するまでの時間稼ぎがいいところ、そのはずだった。
しかし現在、基地全体に敵の部隊が潜入してきているために司令部はてんてこまい、こちらに援軍を送ることは難しいのだろう。
何か、きっかけさえあれば───。
「中尉、キラっ!」
そう思った瞬間、予想だにしなかった人物の声が耳に届く。
後方を見れば、なんとそこには警備部隊への連絡員として残されたはずのユリカ・シンジョウの姿があるではないか。
「ユリカ、なんで!?」
「シンジョウ、何故ここに来た?」
「報告は既に済ませました、僕も参加します」
息を切らしながらそう言うユリカ。どこからか調達してきたらしく、右手には拳銃を構えている。
「ああっ、クソ、悩んでいる暇は無いか!とにかく数を減らす、援護しろ!」
「了解です」
マモリも釈然としない様子ではあったが、もう一押しが欲しいところでのユリカの参戦は有り難いものなのは間違い無い。
敵部隊の方へ向き直り、銃撃を再開しようとするマモリ。キラもそれに合わせて、援護射撃の体勢に入る。
ユリカはMSパイロット候補生でありながらも、凡百の歩兵に勝る銃の腕前を誇っている。そんな彼女が味方に付いたなら、心強い。
「ごめんなさい、教官」
激しく銃撃音の響く空間で、布と肉を裂く音が、何故かキラには鮮明に聞こえた。
横を見ると、呆然とした表情をしたマモリが目に入る。
その背中にはナイフが突き刺さっており、刺さっている箇所を起点として、赤い液体がマモリの制服を染めていく。
いったい、誰が?
後方には敵などいなかったはずなのだ、それを、誰が。
いや、もう分かっているはずだキラ・ヤマト。お前は既にマモリを、彼女に刺さった凶刃を見た。
ならば、襲撃者の顔が目に入らない筈が無い。現実を見ろ。
敬愛する教官を刺したのは。
「ユリ……カ?」
そこに立っているのは、キラがよく知っている飄々とした顔ではなかった。
無表情で、感情を見せない、女の顔。
そんな顔をした
「……お前、だったか」
「……」
マモリは何処か納得したような表情で呟く。
ユリカはそんな彼女の腕から拳銃をもぎ取ると、それをキラに向ける。
「どういう、こと」
「こういうことだよ、キラ」
拳銃を向けられている、その光景をキラの精神は理解出来ない。
なぜ、ユリカがそんなものをこちらに向けている?
「動かないでくれよ、もう少しで片が付く」
「何、やってんの……?教官が、ナイフ、あれ?刺したのは……」
立っていられない、目眩がする。
キラがその場にへたり込むと同時に、何かが爆発する音と、数発の銃撃音が響く。
音が、止んだ。銃撃戦が終わったのだ。それが意味することは、つまり。
「終わったみたいだね」
ユリカは管制室の方へ向かっていく。
現状を理解出来ない、否、理解を拒んでいるキラは、そんな彼女に手を伸ばす。
今出たら、撃たれる。
しかしそんなことはなく、ユリカは転がっている死体を避けながら管制室に到着、発進ゲートの内扉を開く。
宇宙船のゲートは万一の事故に備えて多重に重なっているため、内扉を開けただけでは空気が無くなるなどという状況にはならない。
しかし、そこから外扉を抜けられてしまえば、今度こそラクスの身柄は奪われてしまう。
既に特殊部隊は全員乗り込んでしまったようで、後に残されているのは、呆然とするキラ、血を流して倒れているマモリ、そして、連絡船の方へ向かうユリカのみであった。
「───っ、ユリカっ!」
ここまでくれば、キラでも動かざるを得ない。無防備なユリカの背中に、銃を向ける。
本当に撃つつもりはない、それでも向けたのは、そうでもしなければ、彼女はこのまま去ってしまうだろうということが分かっていたからだった。
「どうしてだ、なんで、君がこんな!?」
「……なんで、か。君は頭の回転が速いけれど、兵士には向いてないね」
こちらを向き直る彼女は、無表情ではないけれども、どこか泣きたそうな顔を見せている。
呆れるような、悲しいような、なんとも言えない表情のユリカは、キラに自分の正体を明かした。
「まさか、特殊部隊と言っても内部からの手引き無しにラクスを連れ去れると思うのかい?
入隊して間もない訓練生が最新鋭戦艦の情報を持っていたことに、銃を初めて握った人間が抜群の成績を見せたことに疑問を持たなかったのかい?
そして……教官を後ろから刺す、なんてことをする人間が、
「スパイ……そんな、いや、だって!」
食事を共にした時の笑顔も、訓練後に見せた労いの言葉も。
共にMS戦でマモリを倒すために作戦を練ったあの時間も。
───全部、嘘だったのか!?
欺いていたっていうのか!?
「改めて、自己紹介をしよう。キラ・ヤマト少尉」
やけっぱち、諦念、投げやり。
そんな表現が似合う彼女は、ユリカはこう告げるのだった。
「ZAFT軍第14特殊工作部隊所属、ユリカ・フジミヤだ。シンジョウっていうのは、母方の姓でね。……これでも、赤服なんだよ?」
伏線は、色々と張っていたつもりです。
アスランのことを聞いて挙動不審になるとか、「歌の上手い友達がいる」とか。
たぶん、前々回の話を書くまでに気づけた人は少ない、といいなぁ?
一応、今回登場したユニットのステータスをば。
デッシュ
移動:6
索敵:A
限界:120%
耐久:20
運動:14
武装
無し
ボニート
移動:6
索敵:B
限界:140%
耐久:80
運動:10
武装
対潜魚雷:135 命中 75
ほぼ、本家「野望」の”ディッシュ”と”ドン・エスカルゴ”からのコピペです。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。
P.S
サブ連載、始めました。
スーパー系もいけるという方は、覗いていってもらえると嬉しいです。