機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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前回のあらすじ
ラクス「私ですわ」
キラ「君だったのか」


第57話「If I back to the past」

3/11

プトレマイオス基地 秘匿区画

 

「な、なんでラクスがここに!?」

 

「いやですわキラ。そんな、お化けを見たような態度」

 

困惑するキラとは対照的に、ラクスはどこまでもマイペースに微笑んでいる。

ラクスは現在、休戦協定に実行力を持たせるための人質として、連合軍が丁重かつ極秘裏に保護しているはずだ。それが、何故自分の目の前のいるのか?

冷静になって考えれば、この月基地こそがラクスを隠していた場所なのだということに気付けるはずなのだが、予想外な人物との遭遇によって混乱しているキラにはその解答にたどり着けない。

 

「さぁさぁ、そんなことより、キラ。───お出かけいたしましょう?」

 

「へ?お出かけ?」

 

混乱するキラを置き去りにして、ラクスは話を進める。

 

「ええ。実は私、『セフィロト』で貴方達と離れてからずぅっとこの場所で、日がな1日、歌ったり歌詞を書いたりして過ごしていたのですけど、退屈で退屈で……どこかに遊びに行きたいと言ったら、誰かと一緒なら良いと言われたので、お呼びしましたの」

 

「へ、へぇ……?」

 

若干混乱したままであったが、なんとなく状況が飲み込めてきたキラ。

つまり、長い人質生活に飽きたラクスの付き添いで、自分が呼ばれたということなのだろう。それで良いのか連合軍。

一応人質の立場にあるはずのラクスと、それを条件付きとは言え認めてしまう軍。今日まで学んできた軍隊の常識とかそういうのが音を立てて崩れていくような気がするキラであった。

しかし、これはチャンスと言えるのでは?

どうせ明日以降も鬼教官による地獄のしごきが待っている。ならば今日、できる限り息抜きをして、万全の態勢で挑むべきなのではないか?

同室のユリカには悪いが、今日は訓練のこととかを抜きにして、ラクスと共に外出することを楽しむのがベストなのではないだろうか?

 

「どうでしょうか、キラ。私と一緒に、お出かけいたしませんか?」

 

「うん、わかったよ」

 

そうと決まれば即断即決。

考えようでは、プラントに留まらず広く人気がある歌姫との、デート、と取れなくもないのだ。

婚約者のアスランには悪いが、いずれ、そう、いずれ出来るはずの恋人とのデート練習としてラクスに付き添うのは有りの筈だ!

最近恋人だとか婚約者だとかとに関する惚気がキツくなってきたサイとトールへの不平不満を解消するためにも、今日は思いっきり堪能して───!

 

「俺もいるぞ!」

「あたしもいるわ!」

「つまり、僕もいるよ」

 

ラクスの背後から、マイケル、ヒルダ、ベントのいつもの3人組が姿を見せた時、キラは自分の目論見が跡形も無く爆破されたことを悟った。

 

(ああ、うん。別に『2人で』とは言ってないもんね……)

 

ちくせう。

キラは上を向いて顔に手を当てることで、胸の内からあふれ出る涙だとか青春のほとばしりだとか熱いパトスだとかを堪えた。

 

 

 

 

 

「おっかいもの~、おっかいもの~♪わたくし、“コペルニクス”は初めてですわ~」

 

「あたしは何回か行ったことあるけど、結構良い感じのお店が並んでたわ。この際だし、遊び尽くすわよ!」

 

「はいっ」

 

「……女共って、なんで買い物だとかでここまではしゃげるんだ?」

 

「そんなこと僕に聞かれても……」

 

ラクスとヒルデガルダ、2人の年頃の女子がこれから向かう街について盛り上がっている中、会話に入れない男達は密かに顔をつきあわせ、理解出来ないものに対する疑問をひそひそと話し合っていた。

現在キラ達は、月面の連合軍プトレマイオス基地から、同じく月面に存在する中立都市”コペルニクス”に向かう連絡船に乗り込んでいた。

”コペルニクス”はプトレマイオス基地からほど近い場所にあり、なおかつ気楽に地球と行き来が出来ない基地の兵士達が赴きやすい場所にあることから、定期的に連絡船が行き交っている。キラ達はその内の一つに乗り込み、”コペルニクス”に向かっているのだ。

 

「何のお話をしてますの?」

 

「えっ?あっ、いや、別に……」

 

「気にすること無いわよラクス、どうせ街でナンパしようとか考えてるだけだから」

 

「あらあら。マイケルさんはナンパをなされますの?応援いたしましょうか?」

 

「いや、しねーから!?」

 

キラは久しぶりにこのメンバーで和気藹々としていられることを嬉しく思ったが、微かに疑問に思ったことを、会話から一歩引いた雰囲気を漂わせるベントに尋ねる。

 

「ベントさん達も、ラクスに呼ばれてきたんですか?」

 

「うん。僕達はあれから『セフィロト』で訓練を続けながら、自分達が正式にどこかの部隊に配属されるのを待っていたんだけど、昨日ホフマン大佐……ああ、ハルバートン提督の副官の人に呼び出されてね。ある重要人物の護衛が任務だって言われて、あれよあれよという間にこうなってたわけさ」

 

「重要人物……ってラクスですよね」

 

「まあそうなんだけど。大方、ラクスに違和感を持たれないように自然な形で護衛を付けるために親交のある僕達が呼ばれたんだろう」

 

自分達が呼ばれた理由については納得がいったが、それはそれでキラは不安を覚える。

いくらなんでも、素人に毛が生えた程度の自分達にラクス、敵性勢力の最高指導者の娘の護衛など任せられるだろうか?というか、一応人質のはずなのにラクスを出歩かせていいのか?

そのことをベントに尋ねてみると、このような言葉が返ってきた。

 

「うーん、ラクスの境遇は結構複雑なんだよなぁ。まず連合軍、もといそのバックに付いているプラント理事国が、プラントやZAFTを正式な国家や交戦団体と認めていないということは教わっただろう?」

 

「はい」

 

一応”コルシカ条約”で捕虜の取り扱いや大量破壊兵器の使用禁止などが定められているが、それはあくまでプラント理事国同士が互いに課した制約である。つまり「プラント理事国の支配するプラントでも適用されなければならない」、従って「プラントの1政党であるZAFTの所属者にも適用されなければならない」という、かなり無理矢理な形でプラントにも適用を求めているのだ。

このような不自然な条約を作らなければいけなかったのには、当然理由がある。

まず前提としてプラント建造のための費用を支払った理事国はプラントの独立を認めるわけにはいかない。先月までただの学生だったキラは当初「独立を認めておけばこんな戦争が起きなかったのではないか」と思いもしたが、マモリらの話を聞いていると「それは無理だ」ということを理解した。

支出した費用も回収し終わってないのに独立など認めれば、費用を出した国家は大損である。その費用を回収し終えるまでは、プラントの独立など認めるわけにはいかない。

しかしMSやNジャマ-といった脅威を抱えるZAFT(民兵)との『戦争』を成立させる、つまりルールを制定するにも色々と問題があった。

有史以来「民兵との戦闘に関する条約」などというものが制定されたことなど1度も無く、従来の条約に基づいた場合はZAFTを正式な交戦団体として認める、つまりプラントを正式な国家として認める必要がある。

こうした矛盾を解決するために制定されたのがコルシカ条約である。

要するにZAFTは依然として連合軍から見れば民兵、あるいはテロリストでしかないのだ。

 

「だからラクスはZAFT、民兵のトップの娘として扱われているわけじゃない。彼女が特別扱いされているのは、プラント最高評議会議長の娘という立場があるからだ。最高評議会自体は理事国の認めた行政機関だからね、偉い政治家の娘さんを特別扱いするのは当然だろう?」

 

「うーん、納得がいったような、いかないような」

 

「……もっと言えば、ここで彼女に優しくしておくことで連合に対して好感情を持って貰い、それを帰した後でプラントに広めて貰うという目的もあるんじゃないかな」

 

キラは、なるほど、と得心した。

ここでラクスを手厚くもてなすことで、彼女にプラント内で反戦活動をしてもらいたいというわけだ。彼女が半ば道具扱いされているように思えてむっとするが、それが大人、自分よりも高い目線から戦争に携わっている人間の見方だということはわかっている。『血のバレンタイン』や『エイプリルフール・クライシス』のように大勢の死者を生み出すようなことに比べれば遙かにマシだ。

あれらの事件のせいで、多くの人が戦争に囚われたのだから。

キラの親友、アスランも。

 

「こーら、何2人だけでこそこそと話し合ってんのよ」

 

キラがわずかに顔を歪ませていると、ヒルデガルダが不満そうにキラ達へ顔を近づける。

会話に加わらずにコソコソと話しているキラとベントが気に入らないようだ。

 

「す、すみません。ちょっとベントさんに質問したいことがあって」

 

「そうなの?」

 

「うん、ちょっとね。マイケルにもこの勤勉さを見習って欲しいよ」

 

「なんでそこで俺に飛び火させるんだよお前は……」

 

無事に話を逸らすことが出来たキラに、ラクスが話しかける。

 

「キラは今、基地で兵隊さんの訓練を受けているのでしたわね。よろしければ、訓練の様子を教えていただけませんこと?」

 

「ああ、うん。いいよ」

 

「あ、それ俺も気になるわ。どんなことやってんだ特別コースって。やっぱり鬼みたいな教官にしごかれまくってんのか?」

 

「特別コースはかなーりハードだっていうもんね。で、そこんところどうなの?」

 

「……マイケルさん、ヒルダさん。あれは鬼じゃないです。そんなもんじゃない。例えるなら───大魔神です」

 

『本当に何があった!?』

 

そのまま話題はキラの訓練生活へと移る。一行は大いに盛り上がったり、キラの経験した様々なしごきの内容に震え上がったりした。

キラは、こんな光景がどこでも見られるようになればいいのに、と願った。

今のように、かつての自分とアスランがそうだったように。

 

 

 

 

 

3/11

月面都市”コペルニクス”

 

「やっぱりこうなるのか……」

 

「覚悟はしていたことだろう……?」

 

キラとマイケル、ベントの3人は市街地中央、広場に設置してあるテーブルに突っ伏していた。原因は言うまでもなく、年頃の女子2人のショッピングに付き合わされたからである。

あっちこっちに飛び回り、目星を付けた店に入っては服やら雑貨やらを手に取り、買い物籠に放り込んでいく2人の少女に付き合わされ、3人の脚部負荷は限界ギリギリまで酷使されている。今は2人がトイレから帰ってくるまで荷物の見張り番という体で休んでいるが、テーブルの上をほとんど覆い隠すように積まれた荷物の数々を見れば、キラ達にどれだけ負担がかかったかがわかるというものだろう。

 

「ヒルダの奴、俺達に荷物押しつけやがって……なーにが『レディの荷物を持って差し上げるのがジェントルメンでしょ?』だ。お前みてぇなレディがどこにいるんだよってんだ」

 

「家柄はかなーり立派ですけどね。奔放というかなんというか」

 

「あはは……前にも”アークエンジェル”で思ったことありますけど、結構ラクスもバイタリティありますよね」

 

「ほんっとそれ。言葉遣いも身のこなしも優雅なんだけど、根本的にアクティブっていうか……やっぱイメージって宛てになんねぇな」

 

「マイケルは実際に会うまで、ラクスのことを清楚で大人しい人だと思ってたんですよキラ君。ま、半分イメージ通りで半分外れといった有様ですが」

 

「あー、わかります。第一印象とかなり違いますよね」

 

「な、キラもそう思うだろ?」

 

5人で過ごす時間も楽しいが、同性だけで話す時間というのはまた別の楽しさ、気楽さがある。

そんなことをキラが考えていると、遠くの方で何か言い争うような声が聞こえてくる。自分以外にも聞こえているのか、周りからはざわざわとした声がし始めた。

 

「なんだ?」

 

「喧嘩でしょうかね?」

 

マイケルとベントが怪訝そうに声の聞こえてくる方向に顔を向けるが、人だかりに阻まれてその先の光景を見ることは出来ない。

しかし、一応ラクスの護衛として来ている立場としては、万が一ラクスに危害が及ばないようにこの声の元を知る必要があった。

 

「2人は荷物を見ていてください。僕が見てきます」

 

「おう、頼む」

 

「危ないと思ったらすぐに戻ってくるんだよ」

 

「はい」

 

何が起きてるかを確認するだけならと、キラは自分から騒動の正体を確かめることにし、2人に荷物を任せて人だかりをかき分けて進み始めた。

押し分けた人々に謝罪をしながらもなんとか進んでいくと、徐々に声が大きく聞こえるようになっていく。

人だかりの最前線に到達して顔を出すと、そこには1人の男性と3人の男女が言い争っている光景が広がっていた。

 

「な、何がおかしいっていうんだ!コーディネイターが戦争を起こしたのは事実だろ!」

 

「だからって、全部がそうだと思われちゃたまらないってことなんだよ!」

 

「そうよ、私達をプラントの連中と一緒にするな!」

 

会話の内容から察するに、取り囲まれている側の男性が「この戦争はコーディネイターが起こした」とかそんなことを言って、それが気に入らなかった3人と言い争いになったということだろう。

この“コペルニクス”は永世中立都市であり、戦火に巻き込まれないようにと移住してきたコーディネイターがそれなりに居住している。

”コペルニクス”市運営が人口過多化を懸念して早期に移民制限を設けたおかげで問題はほとんど起きていないが、それでもこのような小規模の小競り合いくらいは起きるということだろう。

キラはその光景を見て顔を顰めるが、関わろうとせず足早に立ち去ろうとする。

キラはあくまで騒動の元を確かめるために来たのであって、目的を達した以上ここに留まる理由は無い。今自分は、ラクスの護衛としてここに来ているのだ。

何も思わなかったというわけではない。生まれ育った”コペルニクス”でもこのような争いが発生するようになってしまったということは、キラの心に深い影を落とした。

しかし、キラに何かが出来るわけでも無い以上、ここは立ち去るのがベストなのだ。どうせ騒ぎを聞きつけた警備員が駆けつけてくるだろう。

そう考えていたキラだが、何か堅い物が柔らかい別の何かにぶつかるような、そんな鈍い音がその場に響いたことで状況が一変する。

 

「うぐっ!?やったな、やっぱりお前達も野蛮じゃないか!」

 

「俺達の言い分をはねのけて一方的に罵倒するようなお前には、こうしなけりゃわからないんだろ!二度とふざけたことが言えないようにしてやる!」

 

ついにコーディネイター側が手を出してしまったらしい。コーディネイター達は言い争っていた男性を取り囲み、複数人で暴行を加えようとしている。

わかっている。ここで自分が何かをしてしまえば、世話になっている人達を始め、各所に迷惑を掛けることになる。

わかっている、はずなのに。

 

「───やめてくださいよ、こんなところで!」

 

気付けば、男と男女の間に割って入り、手を広げていた。

頭では非合理的だと分かっていたが、それでも飛び出さざるを得なかったのだ。

 

「な、なんだよお前!」

 

「そりゃ野蛮って言われたら怒るでしょうよ!でも、実際に暴力を振るってしまったら本当に野蛮じゃないですか!もっと省みてください!」

 

「うるさい、そこを退け!言葉で言って分からないからこうするんだ!」

 

「言葉を無くして何を解決出来るんです!?言葉で解決しなかったから、戦争だって起きたんですよ!」

 

「黙れ黙れ、邪魔なんだよ!」

 

キラは3人ににらみつけられ、怒鳴られながらも、一歩も退かない。

普段からマモリの罵倒・しごきに晒されている身からすると、こんなものはチワワやポメラニアンがキャンキャン吠えているのと変わらなかった。

ついに1人の男が焦れたようにキラに拳を振るうが、キラはそれをつかみ取り、軽くひねり付けて男性の動きを止める。

 

「ぐぐっ、やめ、いっで!?」

 

「な、なんだこいつ……」

 

「だから、止まってくださいって!」

 

これまたマモリからのしごきを受けたキラには、素人の拳など大した障害ではない。

キラは男性の動きを止めたまま、コーディネイター達に絡まれていた男性をキッとにらみつける。

 

「貴方も!なんでこんな情勢で、そんなにデリカシーが無いんです!?」

 

「わ、私はだなぁ!」

 

「この人達だって普通の人間です!そんな風に言ってたら怒るに決まってるじゃないですか!」

 

「───はい、そこまで」

 

口論が、突如割って入ってきた男性の声によって中断される。

声のした方に目を向けると、いかにも「特長の無いことが特徴」といった風貌の東洋系の男性が、ラフな格好で立っていた。

 

「これ以上喧嘩するのは、オススメ出来ないなぁ。あっちの方から警備員の人達が来てるのが見えるよ?」

 

「んなっ、ああくそ!おい、行くぞ!」

 

「いででで……」

 

「……ふん」

 

男女も頭が少しは冷えたのか、大人しくさっさとその場を立ち去る。

絡まれていた男性も警備員が近づいているという言葉を聞いて顔を青ざめさせ、そそくさと逃げるように立ち去った。

 

「いやぁ、珍しい物が見れたもんだ。ナチュラルとコーディネイターの争いは見慣れてるけどね」

 

「あの、あなたは……?」

 

「うん?私はただの見物人。通りすがりのお兄さん以上おじさん未満で、ごく普通の成人男性だよ。特に気にする価値も無い」

 

そう言うと男性はキラの耳元に顔を近づけ、囁く。

 

「それより、早く戻るといい。()()()()()()()()()

 

ただ一言。何の変哲もない言葉のはずなのに、それがどうしてか恐ろしくてたまらない。

気付けば周囲の人だかりはまばらになり、多くの人々は日常へと帰還していた。

キラは直感した。彼らが人払いをしたのだと、彼らはずっと自分達を見ていたのだと。

よく考えてみれば、いや、考えるまでも無いことだった。戦争の行方を左右する要人の護衛を、素人に毛が生えた程度の自分達だけに任せるわけが無い。

()()に、見られていたのだ。

 

「さて、私も用事があることだし、ここらでお暇しようかな。それではね」

 

男性はそう言い残し、街中に姿を消していった。

結局キラは、マイケル達がキラを呼びに来るまで、その場を動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

「お前なぁ……いくらなんでも無鉄砲過ぎるだろ」

 

「すいません……」

 

「いいじゃないの別に。男らしいわよキラ君!」

 

ラクス達と合流したキラは街を歩きながら、彼らに事のあらましを説明した。

何故そのような無茶をしたのかと心配をかけてしまったことを申し訳なく思うと同時に、キラは自分があの喧嘩に割って入った理由を得心した。

 

「……嫌、だったんです。あんな風に、言葉一つで喧嘩しちゃうのが。ナチュラルだコーディネイターだって、僕は……」

 

「……キラ」

 

ラクスは悲しげにキラを見つめる。

実は彼女がいきなり外出したいと言い出したのには、自分の目でこの”コペルニクス”の様子を観察したい、という思惑もあった。

そんな中で、このようにナチュラルとコーディネイターに別れて争うような事例を知ってしまったのだ。人種差別からは遠い中立都市であってもこのような事件が起こるのだから、地球がどうなっているのかは想像に難くない。

これが戦争なのだ。その災いは戦場だけに留まらず、あらゆる場所に広がり、そしてふとした際に爆発してしまう。

自分が立ち向かおうとしているのは、まさにこういうものなのだ。果たして、自分に何が出来るのか?

ラクスが考え込んでいると、後ろから左肩を叩かれる。

 

「?」

 

振り向こうとしたラクスは、左頬に妙な感触を覚える。何か柔らかく、細い物で頬が突かれているようだ。

果たしてその正体は、ヒルデガルダの右手の人差し指であった。よくエレメンタルスクールの子供がする()()いたずらが、ヒルデガルダの手で行なわれているのである。

 

「ヒ、ヒルダさん?」

 

「だーめよラクス、今は楽しいお買い物の時間でしょ?」

 

そのままヒルデガルダは両手でラクスの両頬を優しく掴み、軽く引っ張ったりする。

 

「フィ、フィルファふぁん?」

 

「辛気くさい顔してたら、幸せは逃げていくんだって私のお母様は言ってたわ。だから笑うのよ、負けないぞって。こんなのへっちゃらだって」

 

そう言うとヒルデガルダはラクスの口端に指を当てて、口をつり上げるように動かす。

 

「何を悩んでるかってのは、わかるつもりよ。だけどさ……こうやって、あたしとラクス、ナチュラルとコーディネイターが一緒に笑い合えるってだけで、そこまで深刻に考える必要は無いって物よ。違う?」

 

「ヒルダさん……私は」

 

「そうと決まれば、レッツゴー!もうあんまり時間も無いし、どこ行く?」

 

そう言って、ヒルデガルダは一行の先頭に躍り出る。

先ほどまでの暗い雰囲気を払い去ってしまったヒルデガルダの姿は、この場の誰からも光り輝いて見えた。

 

「……ありがとうございます、ヒルダさん」

 

「だからもういいんだってば。で、どうする?」

 

晴れやかな表情を浮かべるラクス、そんな彼女を見ていると、キラはある場所に行きたい衝動に駆られた。

 

「えっと、すみません。お店とかじゃないんですけど、一カ所だけ、寄っていってもいいですか?」

 

「うんうん、全然オッケー!」

 

「ここから近いか?流石にヘトヘトなんだが……」

 

「はい、ちょうどここから近いから大丈夫ですマイケルさん」

 

 

 

 

 

キラ達がたどり着いたのは、ある一本の並木道であった。

街路樹は花を付けてはいないが、もう少ししたら綺麗な花を付けるのだろうということが予想される。

ベントはこの木が、桜という樹木であることを思い出した。

 

「キラ君、ここは?」

 

「……別に、大した場所ってわけじゃないんです。名所っていうほどの場所でもなくて。ただ、この場所で()と別れたんです」

 

『!』

 

彼らは既に、キラが連合軍に参加することを決めた理由を聞いていた。

この”コペルニクス”は、キラが生まれ育った街。そして、キラが()と呼ぶ親友と過ごした街。

親友と、別れた街。

 

「また、笑い合えるのかな。彼とも」

 

「出来ますわ、きっと」

 

ラクスがキラの手を取り、微笑みかける。

会って間もない自分達でも、こうやって笑い合えるのだ。昔からの親友同士に出来ない理由が無い。

 

(アスラン……いつか、きっと)

 

この桜並木で、いつか笑い合ったように。

キラは戦争を止めたいと願った思いを、今一度思い出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3/12

プトレマイオス基地 訓練生宿舎

 

「おはようカス共!今日も楽しい楽しい訓練日和の素晴らしい1日だなぁ!とりあえずこの襲撃を乗り切ってみせろ!でなければ死ね!」

 

「ちくしょう!どうして雰囲気とか寂寥感とかそういう大事な物をぶち壊していくんだこの人はぁ!」

 

「ぼやく暇は無いよキラ!訓練の前に医務室送りにされたくないでしょ!?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

どれだけ覚悟を新たにしようが、現実が、日常がいきなり変わるなんてことはない。

また一つ、世界を学んだキラであった。

 

 

 

 

 

同時刻

『セフィロト』 第3工作室

 

「見てください聞いてください、そして恐れおののきたまへ!これこそが、我々が夜も寝ないで昼寝して書き上げた新型MSの設計図!その名も!」

 

「”マジンガンダム”!」

 

『ゼェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェット!!!!!』

 

「黄金の黒鉄の城はつまり最強。これ、ウチのシマでは常識な?」

 

「だからあんた達はもう少し落ち着きを……うわちょ、結構いかすわねこれ……」

 

「……早く帰ってきてください。隊長。自分には彼らの手綱を握れません」




最後の最後でシリアスをぶち壊したのは、私の軽挙妄動によるものだ。
しかし後悔はしていない。

更新が遅れて申し訳ありません、色々とリアルが立て込んでいて……。
もう少ししたら、きっと余裕が生まれるはずなんです。そう信じたい。

ちなみに、現時点の本作におけるメンタル最強キャラはヒルダだったり。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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