変態4人組+α『俺達今から親友だ!』
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地球周辺 デブリ帯 “コロンブス”格納庫
「ありったけのロマンをかき集め!」
「お宝を探しに行くのさ!」
『”グレイブヤード”!』
イエーなどと盛り上がっている変態4人組に対し、ユージは全力で目を背けることを決めた。これ以上考えることを増やしたくなどなかったのである。
現在”コロンブス”は地球周辺を漂うデブリ帯の中を、あるものを求めて航行していた。
「しかし、本当にあったんですね、”グレイブヤード”。てっきり、噂の域を出ないと思ってましたよ」
「私もそうさ、マヤ君。『かつて破壊された”世界樹”の一部が廃棄衛星となって宇宙を漂っており、そこは当時として最先端の貴重な技術や情報の宝庫である』……
格納庫内で各種点検を行なっていたマヤの言葉にそう返すが、ユージは既に前世で存在自体は知っているので、嘘をついたことになる。
もっとも、知識として知っていても探し出すことになるとは予想していなかったが。
3日前のロウ達との邂逅の後、ガーベラ・ストレートの所以を知った技術者一同は全力でユージ、引いてはその上司であるハルバートンに直談判。
軍内のモラルだとか予算の都合だとかスケジュールとか、そういった数々の問題を踏み倒す、あるいは特急で仕事を終わらせるなどして『”グレイブヤード”の捜索任務』をもぎ取った彼らは、意気揚々として宝島探しに駆りだしたというのが事の始まりである。
ロウは機械を修理することも好きだが、それと同じくらい自分の作ったツールを自慢するのも好きだということを忘れていたユージは猛省している。
(まさか、ジャンクを用いてガーベラストレートの試し切りまで披露するとは……ロウの気前の良さというか、なんというか)
見事にMSを両断せしめる威力を実際に見せつけられた以上、連合軍としては調査する必要が発生する。
当然だ、そのような技術が万が一ZAFTなどに奪われた場合、それが友軍の脅威となって襲ってこないと誰が保証出来る?自分達にとって役に立たないとしても、先んじて確保しておくだけの価値はある。
もっとも、変態4人組はそこら辺のことは考えずに単なる宝探しか何かと考えている節はあるが……。
「まあ、たまにはこういう仕事も良いだろう」
「おや、隊長にしては甘いですね?」
「なんだかんだ、あいつらも最近働き詰めだ。”ストライク”の新装備の開発、”デュエル”・”バスター”の改修、エドやレナ、モーガンの機体の用意……。自分達で要求した内容とはいえ、任務は任務。仕事をきちんとするなら、態度や動機くらいは大目に見るさ」
「……ふふっ」
そう言ったユージの顔を見て微笑をこぼすマヤに対し、ユージは首をかしげる。
何かおかしなことでも言っただろうか?
「いえ、なんだか最近は顔も穏やかになってきたなと。最初に会ったころから、貴方は何かに追われるように任務に取り組んでいるように見えましたから」
「む……」
「不安の一つや二つもあるのでしょうが、最近は連合軍全体に余裕が生まれてきましたし、一度肩の荷を下ろしても良いのではありませんか?」
右頬を指で掻きながら、ユージは今までの自分を振り返ってみる。
たしかに、何かに急かされるように任務に当たってきたとは思う。
なんてったって、『ガンダムSEED』の世界だ。ナチュラルだコーディネイターだで戦争が発生し、戦場では捕虜の虐殺は日常茶飯事。エネルギー不足で貧困に喘ぐ可能性もあるし、どこにいても安全とは言えない情勢。
挙げ句の果てには核ミサイルだジェネシスだ、人類滅亡待った無しな代物をトーストにジャム塗る感覚で振り回す始末。
『原作』よりマシな世界に少しでも近づけたいなどと考えて連合に入隊したものの、個人の力などはちっぽけなものだった。部下2人の命を犠牲にして、ようやく理解した。
その時から『部下を死なせない』『そのために失敗出来ない』という強迫観念に囚われていたような気がする。
「そう、だな。少し根を詰め過ぎていたのかもしれない。休戦協定が有効な内に、里帰りでも考えて見るかな?」
「そうしてください。戦争が再開してから倒れられても困りますから」
流石に部下に心配されるようになっては隊長としてお終いだ。ユージは一度、休暇を取ることを決めた。
その後もマヤと共に格納庫内を見回っていると、電子端末に着信が入る。
手に取って画面を表示すると、ジョンの顔が映る。ユージの副官である彼は艦橋を任せられていた。
「どうしたジョン?」
<そろそろ、ロウ・ギュールの提供した情報の座標にたどり着きます。ブリッジにお戻りください>
「わかった、今───」
ユージが返答しようとしたその瞬間、衝撃的な知らせが耳に飛び込んでくる。
それを告げたのは、”マウス隊”のオペレーターコンビの片割れ、アミカ・ルーであった。
<……たいちょー、悪い知らせでーす>
「どうした?」
神妙な様子のアミカの声を聞いて、何か艦にトラブルでも発生したのだろうかと眉をひそめるユージ。
悪い知らせは、頭に「とびっきり」という形容詞が取り付けられた代物だった。
<レーダーに感あり、”ローラシア”級を確認しました。ZAFTの可能性が高いです>
「総員、第一種警戒態勢!MSパイロットは各自機体に搭乗して待機せよ!」
アラートが鳴り響く艦内を駆けてきたユージは艦橋に飛び込むなり、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
まさか、このようなタイミングでこんな問題が発生するとは!
モニターにはしっかりと”ローラシア”級MSフリゲートの姿が映っている。ジャンク屋組合に所属するのであれば艦体に組合のマークが記されているはずだが、それが無いとなればもはや可能性はほぼ二つに絞られる。
海賊か、ZAFT正規軍か。海賊であるならまだいい。戦闘したところで任務後の報告書が一枚増える程度だ。
だがZAFTであった場合、話は別だ。休戦期間中であるために双方手が出せず、千日手になる可能性が高い。
<ムラマツ中佐!何故MS隊を発進させない!>
既に”デュエルダガー”に乗り込んで待機しているスノウからの通信が届く。
ユージは若干苛立ちながら答える。
「今は休戦期間中だ、いたずらに相手を刺激することはない」
<しかしZAFTがいるんだぞ!あいつらが!>
「黙れ!許可するまでMSの発進は許可しない!そもそもZAFTと断定されたわけでもないんだ!」
<……くっ!>
舌打ちをしながら通信を閉じるスノウ。舌打ちをしたいのはこちらだと悪態をつくが、現実問題あの艦の正体をはっきりさせなければならない。
どうしたものかと悩んでいるところに、通信士のリサ・ハミルトンの報告が届く。
「”ローラシア”級より通信要請が届いています。……開きますか?」
「何か仕込まれてはいないか?」
「チェックしましたが、特に細工などはされていません。普通の通信のようです」
「よし、開け」
モニターに強面の男の顔が映し出される。
黒髪で切れ目のその男は、こちらと通信が繋がると同時に声を掛けてくる。
<こちらはZAFT軍第56警邏隊の”ノージック”、艦長のライエル・アテンザだ。貴艦の所属と航行目的を問う>
ライエル・アテンザ(Bランク)
指揮 12 魅力 7
射撃 10 格闘 1
耐久 8 反応 6
最悪だ。ZAFTの黒制服を着ているだけならまだZAFTからの脱走兵なり退役軍人なりの可能性もあったのに。
ユージは言葉を慎重に選びながら返答を始める。ステータスを見る限り、それなりの指揮能力がある。衝突を避けられるかもしれない。
「こちら地球連合軍第8艦隊直轄、第08機械化試験部隊所属の”コロンブス”。艦長のユージ・ムラマツだ。航行目的は黙秘する」
<第08……”マウス隊”か!>
「そう言われることもある。そちらこそ何故このような場所にいる」
<そちらが黙秘するなら、こちらも黙秘するまでだ。それとも無理矢理聞き出してみるか?>
ライエルの言葉を聞いて、押し黙るユージ。
こうなるから嫌だったんだ!どっちも目的を答えることも、力で聞き出すことも出来ない。まさしく八方塞がりだ。
しかしユージは、向こう側の意図に感づいていた。
「(どう見る?)」
「(間違いなく、我々と同じ目的です)」
筆談でジョンと相談するが、ジョンの導き出した答えが自身と合致したことにわずかに眉をひそめる。
”グレイブヤード”。ZAFTもデブリ帯に隠された技術の情報を聞きつけて探しに来たに違いない。
そうでなければ、どうして地球のほど近いこの宙域に”ローラシア”級など派遣するものか。
「……我々は、そちらとの衝突を避けたい。どうだろう、ここはお互いに見なかったことにでもするというのは」
<普段であれば何をバカな、と一笑に付すところだが……。こちらも休戦協定を破棄してまで行動するつもりはない。それに、輸送艦一隻とはいえ”マウス隊”を相手に、”ローラシア”級一隻で挑む気にはなれんよ>
「賢明な判断だ。では、いずれ戦場で」
通信回線を閉じると同時に、”ノージック”が反転するのが見える。どうやら、大人しく退いてくれるようだ。
ユージはゆっくりと息を吐き出す。
「生きた心地がしないというのは、正にこういうことを言うのだろうな」
「まさかこんなところで戦争再開か、ともなれば当然でしょうね」
「他人事だと思ってないかジョン?」
「はははそんなまさか」
「……まあいい。ともあれこれで───!?」
その瞬間、再びアラートが鳴り響き始める。モニターに映る”ノージック”はこちらに背を向けており、狙われているというわけではない。
ならば、何故アラートが鳴っている!?
「状況報告!」
<隊長、マズいです!バ、バアル少尉が!>
格納庫に止まっているマヤの声を聞いて、ユージは最悪一歩手前の事態にまで至っていることを理解した。
許せない。
許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。
私はこんなにも苦しんでいるのに、何故あいつらはのうのうと生きている。
あれだけ嘲笑っていたのに、私達を踏みにじったクセに。
同じMSを敵に回すとこれか?敵が強くなったらそそくさと逃げ出すのがお前達のやり方か?
許してはいけない、許したら、あれは何だったというんだ。あの悲鳴は、こびりついて離れてくれないというんだ。
殺せ。殺せ殺せ殺せコロセコロセコロセ。「
ダカラ、ワタシガコロサナケレバ。
蒼キ清浄ナル世界ノタメニ。
「アームが千切れるぞ!」
「バカお前、そんなもんほっとけ!踏まれるぞ!」
「ブリッジ、ブリッジ!”デュエルダガー”が!」
「落ち着いて避難を!こんなところで死ぬなんて笑い話にもならないわ!」
マヤは怒号や悲鳴飛び交うその場所で、誰にも負けない音量で指示を飛ばす。
”コロンブス”格納庫内はパニック状態にあった。スノウの搭乗した“デュエルダガー”が、アームを引きちぎって動き出そうとしているからだ。
まさか、このような暴走を起こすとは!マヤは歯がみする。
スノウが持つZAFTへの、いやコーディネイターへの憎しみについては理解しているつもりだった。だがまさか、このような強硬手段に出ようとするほどのものだとは思っていなかったのだ。
普段は刺々しくもまともにコミュニケーションが出来る分、認識が甘くなっていたようだ。
「隊長!そちらから”デュエルダガー”のシステムに介入して止められませんか!?」
<無理だ!”デュエルダガー”のシステムは他の機体とは別系統のプログラムで動いている、その機体だけは無理なんだ!逃げろ!>
思わず舌打ちをするマヤ。そういえばそうだった。
あの白衣連中、整備だ修理だはやらせるクセに、コクピット周りだけは触らせなかったのだ。特殊な機材が積んでるとかなんとかご大層な事をのたまっていたが、その結果がご覧の有様だ。
そうしていると、ついに”デュエルダガー”がアームから解放されて動き出す。まっすぐに発進ゲートに向かっているところを見る限り、出撃するつもりのようだ。
誰と戦おうとしているのかは、明白だ。
<───そこまでだ、少尉!>
その前に立ち塞がったのは、アイザックの乗る”デュエルF”。彼は艦橋からアームを解除してもらい、暴走する”デュエルダガー”を取り押さえるために立ち塞がったのだ。
<邪魔ヲスルナァ!>
ここで”デュエルダガー”は、右手に取ったビームサーベルを起動するという暴挙に及んだ。
ビームライフルでないだけマシといえばマシだが、そんなものを狭い格納庫内で振り回されては何が起きるかたまったものではない。
<くっ、錯乱しているのか!?>
<邪魔ヲスルナラ、マズハオ前カラ───!>
「……ちっ、所詮試作品か」
<ガッ、アア……!?>
突如として”デュエルダガー”は動きを止め、崩れ落ちた。
突然の事態に誰もが呆然とするが、そこに近づいていく一団を見て我に返る。
スノウとともにやってきた、白衣の男達が、”デュエルダガー”のコクピットに近づいていく。
<───はっ!?き、危険ですから近づかないでください!>
我に返ったアイザックが警告するが、白衣の男達は無視して”デュエルダガー”のコクピットを開く。
男達は中から気絶したスノウを引っ張り出すと、何処かへと連れていってしまった。
誰も彼もが現状を正しく理解出来ずにいる中、ユージはその様子を艦橋のモニター越しに、じっと見つめていた。
後日 某所にて
「死人が出なかったからいいものの、そちらの不手際で発生した損害です。補填はしてもらえるのでしょうね?」
<ええ、もちろん。我々の崇高な研究で生じたものであっても、被害は被害ですから>
「それに、
<それについても重ね重ね。なにせ予定にない投薬ですから、検体のコンディションが悪化するのを防ぎたかったという理由がありましたもので>
「次からは即断即決が出来る者を付けておくべきでしょう。それでは」
<ええ、お達者で>
暗転。モニターから光が消える。
男は誰が見ているわけでもないのに、帽子で目元を隠す。
「……クズめ」
”コロンブス”格納庫
「損害は軽微、”デュエルダガー”が破壊したアームを除けば、ほとんど無いようなものですね」
「問題は格納庫内で味方のパイロットが暴れたこと、か」
格納庫内では作業用のワークローダーや作業員が走り回り、破壊された機材の撤去や修理を行なっていた。
先ほどまで物資や装備の点検を行なっていた場所で、今度は損害の確認のために来る。人生とは本当に奇特なものである。ユージは破壊されたアームを見ながらそう思った。
このような有様では、休暇など夢のような話ではないだろうか。
「……隊長」
「言いたいことはわかる。聞きたいこともな」
声を掛けてきたマヤに、ユージは顔を向けずにそう答えた。
言外に、「何も話すつもりはない」という拒絶の意思を表明している。
「しかし、彼女は異常です!ナチュラルでありながらというのは置いても、あの反応速度!ZAFTへの異常な攻撃衝動!このままだと……」
「そうか。一介の部隊長でしかない私には難しい話だな」
「隊長!彼女はいったい───」
「マヤ・ノズウェル大尉」
平時よりも遙かに重いトーンで、ユージはマヤの言葉を切って捨てる。
部隊の誰からの質問にも真摯に対応するユージを知っているマヤでさえ、このような声は聞いた事は無い。
「私は君のように技術畑出身ではない、無知蒙昧の輩だ。戦うことと書類の整理くらいしか能の無い男だ。そんな私には、この言葉を送るしか出来ない。『深淵を覗く時、深淵もまた貴方を覗いている』。……深入りするものじゃない」
「……はい」
マヤはそれを聞いて引き下がった。
ユージがこうも頑なに語ろうとしない、拒絶する。
それだけで、この会話を続けることがどれだけ危険なことなのかの察しも付くというものだ。
「……よし、被害詳細はこんなものかな。ブリッジ、そろそろ見えてきたか?」
<こちらブリッジ、ちょうどいいタイミングですよ、隊長。───”グレイブヤード”です>
ユージが端末で艦橋と通信すると、その画面に”コロンブス”の前方を映した映像が表示される。
”グレイブヤード”。現在は『セフィロト』が存在している宙域、そこに存在した宇宙都市”世界樹”の一部が分解し、デブリ帯の中を漂うようになった廃棄衛星。
そこには、かつての最先端の貴重な技術や情報が眠っていると言われていた───。
”グレイブヤード”内
<隔壁のロック、解除出来ました>
<動体反応無し、安全確保。……本当に、こんなところにあの刀が?>
<同志ロウの話では、破損してからはここに放置されていたガーベラストレートを彼が直し、ここの主から譲り受けたとの話だ。……心が踊るな!>
「気を抜くな。あちらからしたら我々も、ここを狙って襲撃しにきた無法者と変わらないだろう。早くコンタクトを取って、敵ではないと分かってもらわなければならん。周辺警戒は続けろ」
『了解』
ユージは作業用MA”ミストラル”の操縦席から指示を飛ばす。
”マウス隊”はかつてドックだったであろう場所を発見し、そこに”コロンブス”を停泊させ、代表メンバーを探索に向かわせていた。
探索にはユージ、変態4人組、そして”デュエル”に乗り込んだアイザックが参加しており、4人組は2人ずつ”ミストラル”に乗り込んでいるので、機体構成的には”デュエル”一機、”ミストラル”三機と戦闘はアイザックに丸投げする形になる。ちなみに、”フォルテストラ”は今回邪魔になるので取り外されている。
”デュエルダガー”はパイロットであるスノウがまだ復帰していないので、カシンとセシルが周辺警戒に当たっている。万が一ZAFTに攻撃などされてはたまったものではない。
<しかし、ここがかつての“世界樹”、その一部とは……こういうのって、ジャパンエリアの
「まあ、そうだな。『どんなに隆盛した都市や文化、一族もいずれは衰退する』……そういう意味では正解だ。よく知っているな、トラスト少尉」
<ふっふーん、ジャパニーズアニメ-ションを原語で視聴するために勉強しましたからね!そういうなら、隊長だってよく知ってましたね?大西洋連邦出身なのに>
「ああ、それは私が───」
ユージが何かを言いかけたところで、アイザックが何かに気付く。
<───隊長、前方に動体反応を感知しました。おそらく……>
「お出ましか。アイク、
<もちろん>
そう言って、アイザックは”デュエル”に構えを取らせる。どうやら、迎え撃つようだ。
前方から、一点の光が迫ってくる。その正体は、少し前まで連合地上軍にとって悪夢そのものだった”バクゥ”のカメラアイ。
”バクゥ”は加速しながら”デュエル”に迫り来る。”デュエル”はそれを受け止めようとするが、その犬型の頭部の上に立つ男性に気付き、わずかに”デュエル”の操縦桿を引いた。
”バクゥ”だけであれば適当に捕まえた後にどこかにたたき伏せ、中の人ならぬ犬を捕まえようと思っていたが、こうなると話は別だ。下手に叩きつければ、男性が勢いのまま放り出されて死んでしまう可能性もある。
なので。
<ぐぅ、うぅ……!>
腕部だけでなく脚部も操作して、できる限り突進の勢いを殺す。
難しい動作ではあるが、アイザックの腕と、”バクゥ”を動かす存在のことを考慮すれば出来ないことではない。
しかし、本番はこれからである。
<チェストぉ!>
なんと”バクゥ”の頭部に立っていた男性は飛び上がり、その手に持った日本刀で”デュエル”の腕部に斬りかかる。
<っ!?>
咄嗟に”デュエル”の腕を引いたアイザック。刀は手の甲に命中するが、もしも引いていなければ装甲の隙間に命中して、手首の接合部を切り裂かれていただろう。
そういうことが出来る人物だと、話には聞いている。
「───頼もぅ!我々は地球連合軍の”第08機械化試験部隊”です!
そこに飛ぶユージの声。それを聞いて、男性はいったん動きを止める。
話を聞く気になったようだ。
<……ロウの知り合い、ときたか。しかし、何をもって証拠とする?>
「先ほどの動き、お見事でした。事前に話に聞いていなければ、ウチのエースパイロットでもダメージを負っていたところでしょう。これでは不足ですか?」
<ダメだな。それだけなら、以前に追っ払った奴らから聞き出していてもおかしくはない>
「であれば……その”バクゥ”の正体について、では如何ですか?」
<……ふん>
男性は刀を収め、着底した”ミストラル”の中から出てきたユージの前に歩み出る。
マジマジと見ずとも分かるほどに、男性は老いていた。そのような体であの身のこなし、「日本刀を振るう技術」のエキスパートとして”世界樹”に招かれただけのことはある。
「改めまして。”第08機械化試験部隊”の隊長を務めております、ユージ・ムラマツという者です。ここには略奪などではなく、純粋な調査のためにやってきました」
「ムラマツ……?。……ふん、話くらいは聞いてやろう。蘊・奥だ」
差し出した手を握り返してくれるくらいには、対話してくれる気になったようだ。なんとか、第一関門突破というところであろうか。ユージは安堵した。
ちなみに、ユージの言う”バクゥ”の正体とは、動かしているのが伝八という名の犬ということである。
こればっかりは、ロウ達の他にはほぼ知らない情報であったと言えることも、彼の信用を得た理由である。
「なるほど、ガーベラストレートの技術を学びたい……と」
「はい。ロウ・ギュールの所持していた刀は素晴らしい一品でした。どのようにして作られたのか、興味があったものでして」
蘊・奥に連れてこられたのは、彼が”グレイブヤード”内で拠点として使っている小屋だった。
畳が敷かれたその部屋で、ユージ達”マウス隊”と蘊・奥は正座の状態で向き合っている。ここは人口重力装置が働いている場所なので、ユージとジャパンエリア出身のアキラ以外は全員むずがゆそうな表情を浮かべている。
「はるばるこんな所までやってきた心意気は買うが、無理な話だ。帰ってくれ」
『そんなぁ!?』
蘊・奥の言葉を聞いて一気に詰め寄る変態共。ここまで来たら何が何でも手に入れようという意気込みが感じられる。
それはともかくいったん離れろと思う。蘊・奥ドン引きではないか。
「頼むじいさん、いや、マスター蘊・奥!あの技術があればゲッt……いや、人類そのものの技術レベルが発展するんだ!」
「お前頭悪いなこんなところで眠らせるなんてとんでもないその浅はかさは愚かしい!俺は信用にポイント振ってるし不良だからバイクにも乗る!」
(考え直してください、こんなところであの超技術を腐らせることはない!絶対に悪いことには使わないので、どうか我らを信じて託してくれませんか!)
「高周波振動をさせているわけでもないのにあの切れ味、絶対にあの技術は発展させられるはずなんです!こんなところで技術の進歩を止めても良いのですか!?」
「蘊・奥氏の!かっこいいとこ見てみたい!それ、ガーベラガーベラ!」
「……どうするんですか、隊長?」
「もうどうにでもなってくれ……」
アイザックの問いかけにも投げやりになるユージ。こうなってしまったら蘊・奥がウンとうなずかない限り引かないだろう。
幸い、蘊・奥は相当な悪人でもなければ殺人などはしない人間だ。こうなったらあちらが折れるかこちらが折れるか、チキンレースを傍観してみるのもいいかもしれない。
しかし意外なことに、この光景を見て蘊・奥は笑いをこぼす。
「……ふっ、ははは!まさか、このような気持ちの良いバカ共がまだ残っていたとはな」
「まだ……ということは我々の他にも?」
「うむ。そもそも我らは人類の総合的技術発展を目指すために”世界樹”に集められたのだ。あの頃は面白かった。バカ共が集まって、バカをやって、それが日常で……」
「……」
ウィルソンの問いにそう答え、過去を懐かしむ様子を見せる蘊・奥。それに釣られて、しんみりした雰囲気を見せる4人。
彼らとて、盛り上がって良い場面かどうかの判別くらいは付く。
「───だからこそ、ガーベラストレートの技術を渡すことは出来ん。あの力は、戦争のために作ったものではないのだ。純粋に、人間の進化のために生まれたあれらを、儂の一存で軍の人間に渡すわけにはいかん」
「……そんなぁ」
「アリア、これは仕方ない。……突然押しかけて申し訳ありませんでした、蘊・奥殿」
ここまできては、もう譲歩してくれそうにない。それを悟ったウィルソンは、諦めの付かないアリアの肩を叩く。
「だが、そうだな……。条件次第では、渡しても良い」
「リアリー!?」
途端に目の色を変えて詰め寄る4人。何処までも欲望に忠実である。
「うむ。その条件とは……」
『条件とは!?』
固唾を呑んで続きを促す4人に対し、蘊・奥はニヤリと獰猛な笑みを浮かべながらある人物を指差す。
「ユージ・ムラマツと言ったな!お主が儂と立ち合って勝てたら、ガーベラストレートの秘伝、貴様らに渡してやろう!」
グリンっ、と4対の目が自身をロックオンするのを認識して、ユージはため息をつく。
(本当に、どうしてそうなるんだ……)
ということで、グレイブヤードにやってきました変態共。
どうしてユージが立ち合うことになったのか、蘊・奥に目を付けられたのか。それは次回に明かすこととしましょう。
初めての試みとして、アンケート機能を用いてみることにしました。
簡単なアンケートなので、気軽にお答えください。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております!