機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

35 / 133
前回のあらすじ
マウス隊『fucking Klueze!』

原作を見返したら普通にアークエンジェルがローエングリンを「サイレントラン」の段階でぶっ放してました。『この世界』ではローエングリンをZAFTに披露したのは先の戦いが初だったということにしてください。
オネガイシマス、ナンデモシマスカラ!


第35話「激闘の行き着く先」

2/8

”アークエンジェル” 格納庫

 

「予想はしていたが、ボロボロだな」

 

「仕方ありませんよ、あの激戦の後です」

 

ユージはジョンと共に歩きながら、格納庫内に鎮座するMSの数々を見てそう呟く。

先の撤退戦から少しの時間が経ち、艦隊は現在デブリ帯に身を潜めていた。なんとか合流には成功したものの、先ほどまで激戦の真っ只中に置かれていた”モントゴメリ”、”バーナード”、”ネオショー”は航行に支障をきたすほどのダメージを負っていた。現在は急ピッチで各艦と搭載MS・MAの修理・整備が行なわれている最中であり、ユージ達は艦長同士でこれからの方針を直接話し合うために、ダメージのほとんどない”アークエンジェル”にやってきたのだ。ちなみに、”コロンブス”はデブリ帯に先回りをして修理を行なう態勢を整えていた。

どうせ1日は動けないし、それなら直接顔を合わせて話すことを話しておこうという形になったのだ。

 

「今から頭が痛いよ……。なんてったって、()()()が艦長会議に参加するんだからな」

 

「アルスター事務次官、ですか」

 

「ああ」

 

いちおう艦隊でもトップクラスの地位を持つ人間だから参加する権利を持つ、というのはわからないでもない。いや、やっぱりわからん。

なんで事務次官が会議に参加するんだ。立ち会うだけとかならありがたいが、変に口を出されても困る。

ユージとしては、”ブルーコスモス”に所属する議員というだけで地球に即刻お帰り願いたかった。何を隠そう、現在彼の部隊には4人に1人の割合でコーディネイターが参加しているのだ。

事務次官が穏健派、「コーディネイターは嫌いだが殺してやりたいとまでは思ってない」ような人物であれば良いのだが……。何か一波乱、来る気がしてならなかった。

 

「隊長、セシルが帰還してきましたよ」

 

ジョンにそう言われて見れば、”EWACテスター”が格納庫に搬入されてくるのが見えた。

デブリ帯に隠れていると言っても、この有様では敵襲を受けたらひとたまりもない。それでセシルが”EWACテスター”に乗って周辺警戒に出撃していた。

 

「まさかあいつが半ば強行で指揮権を掌握するとはな……。そのおかげで損害を減らすことが出来たのは間違いないんだが」

 

「下士官が艦隊直掩機の全てを指揮するなど、前代未聞です。独断先行も加えて、どうされるつもりですか?」

 

これから出席する会議では、「戦闘中に下士官が部隊の指揮権を掌握した」ことの是非についても話されることになっていた。

これはセシルだけの問題ではなく、ユージはセシルに対する監督不行き届き、コープマンは曹長に直接指揮権を委譲したことが問題となるだろう。

 

「どうもこうも……口裏を合わせる他あるまい。それぞれに都合良く落としどころを見つけていかねば、艦隊の運営に関わる」

 

「バジルール少尉に噛みつかれそうですね」

 

「言うな……はぁ」

 

この時期はまだ修羅場をくぐり抜けた経験が少ないせいで、ナタルは非常に形式張っている。まあやることは都合良く戦闘の記録を書き換えることなので、彼女が言うだろう小言には反論出来ないわけだが。

 

 

 

 

 

「ふひぃ……つかれ、ましたぁ……」

 

「へばるならあっちでへばれ!これから整備が始まるんだからな!いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「情報処理能力に恵まれた結果がこれ。お前働き過ぎた結果がこれよ?あとでジュースを奢ってやろう」

(恨むなら、”EWACテスター”を任された自分の能力を恨め。いつの時代もこういう機体のパイロットには負担が掛けられるものだ。今は休んでおけ)

 

「いや、別に望んで手に入れた能力じゃないんですけどぉ……」

 

「何いきなり話しかけてきてるわけ?」

(もういいから黙って休んでろ、な?)

 

「話しかけてきたのあなたですよねぇ!?……ああ、もういいですぅ」

 

”EWACテスター”は他のMSよりも特に精密な機器が多いため、整備にはこうしてアキラとブロントさん(変態)もかり出される。中々にパンチの効いたブロントさんの言葉にセシルも反論しようとするが、その体力も無いのかおとなしく近くにあったベンチに寝転がる。

その光景を見て、誰が想像出来るだろう。先ほどまで彼女が戦闘の指揮を執って、被害を軽微に抑えてみせたなど。

今の彼女の姿を表すなら、「文化部が運動部に混ざって運動した後」というのが当てはまる。要は、オーバーワークということだ。

実際、オーバーだったのだろう。ユージが今まで覚えている中で彼女が()()()()になったのは、精々1回がいいところだ。

かつて”マウス隊”がクルーゼ隊との初戦闘を経験していなかったころ、何度かピンチに追い込まれたことがある。そんな時、セシルは先の戦闘時のように、まるで効率を最優先するような行動と話し方をするようになったのだ。

結果、セシルはまるで戦場の全てが見えているかのような采配と指揮を始め、見事”マウス隊”を勝利に導いたのだ。

これは彼女の『高い指揮官適性』を表すものであったが、彼女が当時伍長、今でも曹長という『下士官』でしかなかったために、適正に見合った地位を持っていなかったことが仇となって記録を改ざんすることになってしまった。

このようなことが横行しては、能力があれば何をしてもいい、というジーン某のような人物が現れかねない。故に、今までは自分が指揮を執っていたと改ざんしてきたのだが……。

 

「そろそろ、潮時だよなぁ……」

 

「と、言いますと。セシルの上級士官昇格ですか?」

 

「ああ。いい加減彼女に相応の地位を与えるべきだと思ってな」

 

セシルは元々、父親がコネを使って『事務職』として任官させた身分だ。戦いに出ないのであればそのままでよかったのだが、成り行き(高い情報処理能力保有)で“マウス隊”に配属され、今に至るという極めて異端な存在だ。

本来はきちんと士官学校を卒業しなければ、尉官以上に昇進することは出来ない。しかし、現在セシルが士官学校に入学して卒業を待つような余裕はない、余裕が出来てからでは時期的に遅いという板挟みにあっていたのだが……。

 

「立て直してきたとはいえ、宇宙軍の人材不足は未だ尚深刻だ。『戦地昇進』をさせるだけの理由はある」

 

戦地昇進とは、戦争中に指揮官がモラールアップ(士気向上を図る)を図るために戦功を挙げた下士官を昇進させることの出来る制度である。

ユージは今回の騒動を、『セシルは戦闘突入前から少尉に昇進していたため、コープマン大佐から指揮権を委譲されたユージが更にセシルに委譲した』という形にすることで収めようとしていた。

こうすれば直接の部下でない下士官に指揮権を委譲したという問題は解消されるし、『下士官が指揮を執った』という事実を隠蔽出来る。

奇しくも、”アークエンジェル”側がキラ達に施した処置と同じように、「元から適切な立場にあった」という風にごまかすというわけだ。

 

(これならバジルール少尉も苦言を呈することはあるまい。なぜなら、自分達も使った手なのだからな)

 

「隊長、アイクとカシンです」

 

ジョンが指した先には、一足先に制服に着替えた二人の姿。

MS戦におけるプロフェッショナルとしてこの後の会議に参加することになっている二人は、その前にセシルの様子を見に来たようだ。

 

「うわ……大丈夫、セシル?」

 

「カシンさ~ん……スタミナがガス欠したので更衣室まで連れて行ってくださいぃ」

 

「お疲れ様、セシル。すごい活躍振りだったね」

 

「アイクさ~ん、ありがとうございますぅ」

 

以前のケースでもセシルはこの状態になったため、二人はそれを心配してきたらしい。力無くカシンにおぶられるセシルと、それを見守るアイク。

ちょうど良いから、これからの話を交えながらセシルを更衣室へ運び、会議室となった艦長室に向かうことにしよう。

ユージはそう考え、ジョンと共に一行に加わった。

ちなみにセシルに戦地昇進の件を伝えると、ものすごく嫌そうな顔をされた。

面倒事が増える?その通りだ、諦めろ。なんなら俺の仕事を取っていっても良いぞ!無理だけどな!

ユージは自爆(叶わない現実に涙)した。

 

「あ、ムラマツ中佐~!ちょうどいいところに!」

 

「ん?……ミスティル伍長?」

 

そんなユージに寄ってきたのは、新兵3人組の紅一点であるヒルデガルダ・ミスティルであった。後ろにマイケルとベントもいるし、3人で”アークエンジェル”に来たようだ。

 

「お前達は”コロンブス”で待機のはずだろう。なぜここにいる?」

 

「聞いてくださいよ、中佐。こいつ、機体が大規模修理中でやることないからって強引にこっちに来たんですよ」

 

「なによ、あんただって一度”アークエンジェル”に乗ってみたい、って乗り気だったじゃん」

 

どうやらこの3人組、自分達の機体が役立たず状態なのを良いことにこちらにやってきたようだ。頭が痛い。

まあ、この程度なら大目に見てやってもいいとユージは考える。彼らが手持ち無沙汰なのは事実だし、この程度で怒っていてはあの変態ども相手に太刀打ち出来ない。

 

「自分は止めたのですが、勢いに負けて……」

 

「まだまだだな、ベント。そういう時は流れに立ち向かうのではなく、流れの方向を調整するんだ。我々に事前に確認を取るだけでも大分結果が違う」

 

「はい、ジョンにいさん」

 

ジョンとベントは親戚同士(従兄弟)で会話している。関係良好なようだ。

それよりも、彼らの目的を確認するべきだということに気付いて向き直る。

 

「それで、何をしに来た?見学が目的なら戻れ。今はその余裕はない」

 

「あ、いや違うんですよー中佐。実はお願いがあって……」

 

 

 

 

 

『それなら俺の、俺達のこの怒りはどうすればいいんだ!』

 

キラは一人、人気の無い展望デッキで先の戦闘について思い返していた。

いや、正確には先の戦闘で戦ったアスランの言葉を思い返していた。

 

「アスラン……」

 

キラは先の戦闘で、見事にアスランの駆る”イージス”を抑えてみせた。結果、”モントゴメリ”が沈むことは無かったし、知人から死傷者が出る事も無かった。十分な成果を挙げることが出来たと言えるだろう。

なんと、()()フレイも何度も頭を下げて礼を言ってきたのだ。「父を救ってくれてありがとう」と。それだけでも値千金だろう。

それでも、キラの心が完全に晴れることはなかった。

 

(僕は、間違ってばかりだな……)

 

キラは先の戦闘で、アスランに戦いの悲惨さを説いたつもりだった。

撃てば撃たれ、憎めば憎まれる。そんな連鎖に彼が捕らわれて欲しくないと思った。

だが、その思いが彼に届くことはなかった。むしろ彼に憎しみを思い起こさせてしまったのだ。これでは、デブリ帯の時と何も変わらない。

結局自分の言葉は上辺だけで、誰の心に訴えかけることなど出来ないのか?戦いから逃げて、平和な場所にいた自分の言葉など……。

 

「───どうなさいましたの?」

 

ふいに間近で声がして、キラはぎょっとなる。

振り向いた目と鼻の先に、ラクス・クラインの無邪気な顔があった。戦闘に出る前と同じ穏やかな笑みを浮かべている。

慌てて飛び退くが、焦ったせいで足下が覚束なくなってしまい、挙動がおかしなことになってしまう。

最悪だ。よりにもよってなんでこんなタイミングで。

 

「───いや、なにやってんですか!こんなところで!」

 

「お散歩をしておりましたの。先ほどまで”コロンブス”というお船の中で窮屈でしたから」

 

「ダメですよ!勝手に出歩いて、スパイとかだと思われたら……!」

 

「でも、このピンクちゃんはお散歩が好きで……だから、鍵が掛かっていると必ず開けてしまいますの」

 

なるほど、何度も勝手に部屋から出てこれたのはそういうタネがあったわけか。キラは思わず頭を抑える。

それにしても、このサイズでずいぶんとハイテクなペットロボットだ。それが気になったキラは、疑問を投げかける。

 

「プラントではその……ピンクちゃん?みたいなのが流行ってるんですか?」

 

「いいえ。ピンクちゃん達は、わたくしの婚約者が作ってくださいましたの」

 

そういえば何時だかに、プラントでは出生率改善のために遺伝子的に良相性な子供達に婚約を結ばせるという制度がある、と聞いた事がある。彼女にも、他人から決められた婚約者がいるということか。

だが、その婚約者がピンクちゃんを作ったというなら、関係は悪くないのだろう。

その婚約者はきっと、ラクスの無事を願っているに違いない。そう考えると、彼女が不憫に思えてくる。

なにせ彼女は、戦争の犠牲者を悼むためにやってきた場所で、敵に捕らわれているという状況にあるのだから。

 

「やさしい人、なんですね」

 

「はい。わたくしがピンクちゃんを『とても気に入った』と言ったら、ピンクちゃんのお友達、何体ものハロを贈ってくださったの」

 

それは少し間抜けではないだろうか?

顔も知らないラクスの婚約者だが、同じ物を何度も贈るというのは不器用な人物であるように思えた。

きっと、彼女の部屋はこのピンクちゃんのようなペットロボットが何体も跳ねているのだろう。それを想像して、キラは少し吹き出してしまいそうになる。

 

「……すいません」

 

「え?」

 

「僕があの時、あなたを見つけなかったら。ひょっとしたら、プラントからの救援があなたを助けていたかもしれないのに。僕が助けちゃったから……」

 

キラは彼女に罪悪感を覚えるようになっていた。

彼女と語り合うたびに、彼女から平穏を奪い去ってしまったのではないか、自分が彼女をこのような環境に導いてしまったのではないかという思いが浮かんでくる。

気付けばキラは、ラクスに自分の思いを打ち明けていた。それは、ラクスの優しさに少しでもすがりたかったからなのかもしれない。

 

「最近の僕は、いつもこうだ。自分勝手に考えて、その行動で他の人を怒らせたり不幸にする。僕は、どうしたらよかったんだろう……」

 

「……本当に、そう思いますか?」

 

「え?」

 

弱音を吐き出したキラの、震える手をそっと自分の手で包み込むラクス。その目には、少しもキラを責めるような意思はない。むしろ、慮るような意思を感じさせた。

 

「辛い経験を、繰り返されたのですね。わたくしはキラ様の苦しみを受け止めることはできません。ただ、お聞きしたいのです。あなたのやってきたことは、誰かを不幸にすることだけだったのですか?少なくともわたくしは、キラ様に救われてよかったと思っています」

 

「あ……」

 

「お話を、聞かせていただけませんか?キラ様が、いったいどんな経験をして、どうして苦しんでいるのか」

 

ラクスの優しさを感じて、思わず涙さえ出そうになるキラ。

ひょっとしたら、この人ならこの苦しみをどうすればいいのかを教えてくれるのではないだろうか?そのように考えたキラは、ラクスに思いを打ち明けそうになる。

すると、展望デッキの入り口の方からこちらに声が掛けられる。

 

「あ、見つけました!見つけましたよクラインさん!って、キラ君も一緒か」

 

そう言ってこちらに寄ってきたのは、アイザックだった。

よく考えたら、ラクスが部屋からいなくなっていたことに気付いたら皆必死に探し出そうとするに決まっている。相当気を揉んだに違いない。

 

「よかった、キラ君が引き留めてくれたのか」

 

「あ、いえ、僕は」

 

「皆、あなたを探しててんやわんやなんです。戻ってもらいますよ」

 

アイザックは少々厳しめにラクスへと言葉を投げかける。

しかしラクスは、首を縦に振らなかった。

 

「ヒューイ中尉、少しだけ時間をいただけませんか?わたくしは、キラ様のお話を聞きたいのです。ほんの少しでいいのです」

 

「えぇ?」

 

アイザックはキラをチラリと見るが、キラは目を泳がせるばかり。そして、ここ数日で得た儚げな印象とは逆な、ラクスの強いまなざしに思うところがあったのか、頭を少し掻く。

ため息をつくと、アイザックは通信端末を取り出して起動する。

 

「隊長、クラインさんを見つけました。()()()()()()()()()()()、必ず部屋までお連れしますのでご心配なく」

 

『時間?いったい何に───』

 

「絶対に連れて行きますので!それでは!」

 

『あ、ちょ、待てア───』

 

そのまま端末の電源を切る。何かユージが言いかけていたが、ちょっと通信環境が良くなかったせいで切れてしまった。

つまり、事故だ。アイザックは自分にそう言い訳した。

 

「……少しだけですからね。それとキラ君、良かったら僕も同席させてもらっていいかい?」

 

「ありがとうございます、ヒューイ中尉」

 

「えっと、いいんですか?」

 

「いいよ別に。隊長はなんだかんだ大らかだから、お叱りで済むと思うよ」

 

そのまま2人は話を聞く姿勢を見せる。

なんだか変なことになってしまったと思いながらも、キラは話し始める。

自分が今抱えているものを。

自分の正義を、信じられなくなっていることを。

 

 

 

 

 

「……なるほど。たしかに難しい問題だね」

 

アイザックは、そういう月並みな言葉しか返せなかった。

キラは全てを話し終えた。

自分が殺人という罪から逃げだしたがっていること。

無駄な戦闘を避けようと説得を試みたが、かえって相手を激昂させてしまったこと。

そして、親友と3度に渡り戦ってきたこと。

今までは誰にもわからない、話せないと思っていたこと。しかし一度話し出すと不思議なもので、堰を切ったかのように言葉があふれてくる。

そしてラクスとアイザックは、時折相づちを打つだけでただ聞いていてくれた。キラはそれが嬉しかった。

ラクスは話し出す。

 

「キラ様は、人を殺そうと思って戦ってきたのですか?」

 

「そんなこと、ないです」

 

「ただ、自分に出来ることを必死に為してきただけ……その結果、苦悩に見舞われているのですね」

 

「キラ君、僕はそのことに対して『慣れろ』とは言わないよ。慣れたら、どんどん深みにはまっていく。人を殺しても、『仕方ない』で済ませられるようになっていく。そうなったら、もう戻れない」

 

ラクスがキラの心情を言い当て、アイザックは『これだけはしてはいけない』と言う。

キラに何かを強制するような言葉ではない。しかし、『答えは自分で探さねばならない』という真実を突きつけている。

難しい話だな、とキラは考える。

 

「……生者が死者に出来ることなど、ありませんわ。彼らは既に、遠い世界に行ってしまったのですから。わたくし達には、せめて彼らが安らかであるようにと祈るしか出来ないのです」

 

「僕も、クラインさんと同意見だね。死者のためだなんだと言って行動しても、結局それは生者のためにしかならない。許しを請うても、言葉が返ってくることはない」

 

「じゃあ、僕は……」

 

どうすればいいのだ。そう聞き返しそうになるが、アイザックは手をかざして制する。

 

「キラ君、僕の場合はね、ただ背負うことを決めたよ」

 

「背負う……?」

 

「そう、背負う。罪を『引きずる』のと『背負う』のでは話が違う。引きずっていたら自分が通った道に跡が出来て、心を暗くしてしまう。けれど一度背負うと決めて歩き出せば、苦しくてもいつかそれが力になる。未来を探し出すための力にね」

 

「未来を、探し出す……。アイクさんも、探しているんですか?」

 

「うん、まだ探している最中。というより、皆見つけていないから戦争なんて起きるのかもしれないね」

 

「……ヒューイ中尉、よろしいですか?」

 

ここで、しばらく沈黙していたラクスが手を挙げる。

ラクスは少しだけ迷う素振りを見せた後に、アイザックに問いを投げる。

 

「中尉、あなたはどのような未来を望むのですか?どうすればその未来が見つかると思いますか?わたくしは、それが知りたいのです」

 

「……ちょうどいいから、話しておこうかな。キラ君にも、聞いて欲しいな」

 

手すりに寄りかかると、アイザックは話し始める。

 

「僕は、ZAFTに復讐するために入った。エイプリルフール・クライシスで両親と故郷を失った、その復讐のためにね」

 

「えっ……」

 

「……申し訳ありません、同胞達の行いが、あなたを戦いに駆り立ててしまったのですね」

 

キラからは困惑、ラクスからは謝罪の声が発せられる。

発言力は段々低下しているとはいえ、ラクスの父はZAFTの党首なのだ。つまり、父の決定がアイザックから大切な物を奪ったということに他ならない。

16歳の少女の、良心の呵責に耐えられなくなった末の言葉だった。

 

「……僕は、仇を討つために連合軍に入った。コーディネイターとして差別されることを覚悟してもね。実際、何度かそういう経験をした。だけど、不思議と折れることはなかったんだ。───気にならないくらいに、憎しみが心の中で渦巻いていたからね」

 

この優しそうな人でさえ、復讐に囚われている。この戦争は、いったい何人に深い傷を刻み込んだのだろうか。いや、そもそも戦争が始まる前から……。

 

「キラ君、クラインさん。……復讐って、悪いことかな」

 

「……難しい、質問ですわね」

 

「大抵の人は、復讐は何も生まないとか無意味だとか言う。だけど、そうじゃないんだ」

 

「そうじゃない……?」

 

「僕たちは、『復讐者』と呼ばれるような人間は、何かを得たいから戦うんじゃない。……奪われたから、奪ってやりたくなるんだ。理不尽を味合わされたから、理不尽な目に遭わせてやりたくなる。そうしないと、自分の気が済まない。いつまでも、未来に進めない」

 

復讐とは未来を探すための行程、その一つに過ぎない。

アイザックはそう言う。何も生まなくとも、意味がある行いなのだと。

ならば、キラ・ヤマトにアスラン・ザラを説得することは出来ないのだろうか。激情を抱えた友を、止めることは出来ないのだろうか。

だが、アイザックはどこか晴れやかな顔で話を続ける。

 

「このことを相談したとき、隊長は『それもいい』って言ってくれたよ。だけど『お前がそれで満足するならな』とも言われたんだ」

 

「えっと、それはどういう?」

 

「復讐のタチが悪いところは、そのために他の全てを犠牲にしかねないところにある。自分だけでなく、他人を犠牲にしても、復讐のためだから仕方ないって考えになりかねないんだ。隊長は、それをわかっていたんだろうね」

 

「……わかる、と思いますわ。以前、そのような方々が街でデモをしていらっしゃるのを見ました。『許すな』、『倒せ』、『勝ち取れ』、と。あの光景を見たとき、どこまでもどす黒い『何か』を見た気がします」

 

「誰も、抑えることは出来ないんだ。一度その思いを持ってしまったら。……だから、復讐というものには二つ、必要なものがある。目的を成し遂げるための『力』と、目的を違わないための『心』がね。別に復讐に限った話じゃない。目的を失った力はただの暴力だし、力がなければ何もできない。思いだけでも、力だけでもダメなんだ。……って、これも隊長の受け売りなんだけどね」

 

アイザックは照れくさそうに言うが、キラとラクス、二人の心にしみこんだ言葉がある。

思いだけでも、力だけでもダメ。なぜか、その言葉に対しデジャブを感じる。

 

「隊長も、このことを他の人から聞いたって言ってたよ。……っと、話が逸れちゃったね。僕が言いたいのは、復讐はするのも止めるのも、思いと力が無ければいけないってこと。だから、キラ君。もしも君が友達を止めたいなら、相応の思いと力を持ってぶつからなければいけない。半端じゃダメなんだ」

 

「アイクさん……はいっ」

 

「ありがとうございます、ヒューイ中尉。……わたくしも、何がしたいか、何をすれば良いのかが少し見えてきましたわ」

 

アイザックの話を聞いた二人は、どこか晴れやかな顔をしている。

アイザックはそれを見て嬉しく思った。失うばかり、奪うばかりだった自分でも、誰かに何かを伝えることが出来たという実感がある。

 

(戦争の前は、教師になりたかったんだったな……)

 

もう、戻れない過去。失った未来。

しかし、新しく手に入れることが出来たものもある。

今はそれでいい。今は戦争を終わらせるために戦うだけだ。

 

 

 

 

 

そこで場面が終われば、おそらくそれがベストだったのだろう。

 

「み、見つけたぞ!」

 

展望デッキの入り口の方から聞こえてくる声に、3人は何事かと振り向く。

そこには、予想だにしない人物が兵を伴って立っていた。

 

「お前が『G』に乗っていたという“ヘリオポリス”のコーディネイターか!何を考えて彼らは……とにかく、来てもらうぞ!コーディネイターなど野放しにはしておけん!」

 

ジョージ・アルスターがその場に立っていた。




心理描写、難しい。難しくない……?

ユージが「思いだけでも、力だけでもダメ」という言葉を聞いたのは、当然ラクスからです。この世界ではありませんけどね。
一応、ユージが「ガンダムSEED」を見ている中で一番印象に残ったセリフという隠し設定です。

なぜジョージが最後に登場したのか、いかにも問題起こす気満々という姿勢なのかは、次回に描写するつもりです。
だってこの人、大きく性格改変とかでもしないとこうなる気しかしないっていうか、そもそもどんな人かわからないっていうか……。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

カウント、4

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。