機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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前回のあらすじ
キラ「KP、ZAFT兵に説得(30)でダイス振りたいです」
→ダイスロール結果(99)ファンブル
キラ「あっ」



藤原啓治さんのご冥福を、心よりお祈りしております。


第29話「一人の少年、一人の少女」

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”アークエンジェル” 格納庫

 

「つくづく君は、落とし物を拾うのが好きなようだな」

 

またしても救命ポッドを回収してきたキラはナタルの諦め混じりの声を聞かされるが、キラはそれに対して、何かを言い返そうとは思わなかった。

たしかに物資は有限であり、そんな中で更に面倒事を抱えるようなことをしたのだから嫌みの一つも言いたくはなるのだろう。キラとてそれくらいはわかる。

だが、キラにとって救命ポッドを拾わないという選択肢はなかった。殺すだけ殺した挙げ句、無力な救命ポッドを無視するなんてことをしたら、『自分』が壊れてしまうのではないか、という思いを抱えていたからだ。

マリューら”アークエンジェル”組はまたか、というあきれ顔でその光景を眺めていたが、後から合流した”マウス隊”の面々には、いったいどういう状況なのかがわかっていない様子だ。

 

「電子ロック解除、いつでも開きますぜ」

 

マードックの声を聞き、警備員達が銃を構える。

たしかに見た目は救命ポッドだが、中には”アークエンジェル”を中から破壊するための特殊部隊員が、なんてこともあり得る。しかし中に誰がいるのかを知っているユージだけは、他の人間とは違う意味での緊張を抱えていた。

ポッドのハッチが静かに開く。しかし、中から飛び出してきたのは特殊部隊などではなく、ピンク色の球体だった。

 

<ハロ、ハロ……>

 

突如現れた謎の物体に、警備員達もあっけにとられて銃を下ろす。キラはそれを見て、おそらくペットロボットか何かだと推測する。まるで生きているかのように跳ね回るが、よく観察すると一定のパターンの元に動き回っていることがわかる。手のひらサイズでありながら、中々のクオリティだ。

 

「ありがとう、ご苦労様です」

 

誰もがそのピンクの球体に目を取られていた故に、ハッチの中から聞こえるたおやかな声に驚く。

そこから現れたのは、桃色の髪の少女。長いスカートと髪をなびかせながら出てきた少女は、慣性のままに飛んでいってしまいそうになる。

 

「あら……あらあら?」

 

その様子を見たキラは我に返り、その手をつかみ取る。

細く、柔らかな手だと思った。

 

「ありがとう」

 

少女が向ける微笑みから、キラは顔を背ける。その顔は、わずかに赤みがかっていた。

ふと、少女が不思議そうな表情を見せる。

 

「あら?」

 

少女は、キラの制服を見て不思議がっているようだ。そして辺りを見渡した少女は、周りにいる人物達が、キラと同じような服装を纏っていることにも気付く。

 

「あらあら?」

 

そこでようやく、少女は理解したようだ。ここが、自分の想像していた場所ではないことを。

 

「まあ……これは、ZAFTの船ではありませんのね?」

 

一拍置いて、ナタルがため息をつく音が格納庫内に微かに響く。

その光景を、ユージは目を細めて眺めていた。

 

 

 

 

 

「おい、押すなよ」

 

「なんか聞こえるか?」

 

現在、士官室の前には人だかりが出来上がっていた。その中にはキラも混ざっており、扉に近い人間は聞き耳を立てている。

ここに集まった全員が、部屋の中で行われている話の内容に興味津々だった。

不意にドアが開き、ドアに詰め寄っていた者達は部屋の中に倒れ込む。

キラが顔を上げた先には、あきれ顔のユージ、マリュー、ムウ。驚いた様子の少女とアイザック、カシン。

そして、凍り付くような視線を向けてくるナタルの姿があった。

 

「お前達はまだ積み込み作業が残っているだろう!さっさと作業に戻れ!」

 

一目散にその場から離れていくキラ達。キラは最後に、こちらに向かって手を振る少女を見て、顔を赤くする。

ドアが閉まると、会話が再開する。

 

「失礼しました、それであなたは───」

 

「わたくしはラクス・クラインですわ。こちらは、お友達のハロです」

 

<ハロ・ハロ・ラクス>

 

それを聞いたムウはがっくり頭を抱え、アイザックとカシンは驚きで目を見開く。

無理も無い。『クライン』。それは、現在の世界で大きな意味を持つ名だったからだ。

 

「クラインねえ……。たしか、プラント現最高評議会議長どのも、たしかシーゲル・クラインといったが……」

 

「まあ、シーゲル・クラインは父ですわ。ご存じですの?」

 

確定だ。彼女は間違いなく、現在連合軍が戦っている勢力のトップ、にあたる人物、その娘なのだ。

 

「そんな方が、どうしてこんな所に?」

 

「ええ、わたくし、”ユ二ウス・セブン”の追悼慰霊のために事前調査に来ておりましたの」

 

ラクスが事情を詳しく話し始めたことで、ユージ以外の人間ははっといずまいを正す。ユージは最初から、あまり姿勢を変えることはなかった。

まあ、真相を知っているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

「そうしましたら、地球軍の方々の船と出会ってしまいまして。臨検するとおっしゃるのでお受けしたのですが……。地球軍の方々には、わたくしどもの船の目的が、どうやらお気に障ったようで……。些細な諍いから、船内は酷いもめ事になってしまいましたの」

 

なるほど、たしかにもめ事が起こってもおかしく無いような状況だ。連合軍側からしてみれば、『勝手に作った挙げ句に、戦いに巻き込まれることを考慮せずに民間人をとどめておいた』場所でしかなく、それをさも悲劇の舞台であるかのように振る舞うプラント側が気に入らなかったのだろう。まあ、こういった意見は極論だとユージは思うし、いくらでも諍いの理由は考えられるのだが。

その後、ラクスは一人ポッドで脱出させられ、そして今に至ったのだという。

ラクスのポッドを回収したエリアには、比較的新しめの破壊された民間船があったのだが、それをこの少女に言うこともないだろう。その場にいた全員がそう考えた。

 

「そうでしたか……それは、災難でしたな。そして、同僚の非礼をお詫びいたします」

 

「中佐!?」

 

そう言って、ユージは頭を下げる。ナタルはそれを見て動揺の声を挙げるが、これは『敵国の人間に謝罪の姿勢を見せる=敵に弱みを見せる』行為であるため、当然の困惑である。

 

「お顔を上げてください、ムラマツ中佐。わたくしとて、あなた方とZAFTの戦争については存じ上げております。悲しいことではありますが、あれは避けられないことだったのでしょう」

 

「そう言っていただければ、私どもも多少なりとも救われますな。クラインさん、お詫びと言ってはなんですが、我々が必ずあなたを安全な場所までお連れいたします。プラント本国にもお早く帰還出来るように努めますので、それまでは本艦での生活をご了承ください」

 

「そこまでしていただけるなんて……。中佐どのには感謝してもし足りませんわね」

 

ラクスは深く頭を下げる。それは単純に、ユージ達への感謝を示しているだけのようだった。

 

「あなたのような可憐な方にそう言われて、悪い気はしませんな。……申し訳ありません、我々は他にも仕事がございますので、ここで退室させていただきます。それと、何か御用がお有りの時は部屋の外に警備員を待機させておきますので、そちらまでお声をおかけください」

 

「わかりましたわ、中佐。お仕事、頑張ってくださいな」

 

ユージは立ち上がり、会合の終わりを告げる。他の士官達も部屋から出ていく姿を見て、ラクスは小さく手を振る。

士官室を出てしばらくすると、ナタルはユージを問い詰める。

 

「中佐、何をお考えなのですか!あろうことか敵国の人間に対して、自軍の非を認めるなど……」

 

ユージとしても予想が出来た詰問であったため、冷静に言葉を返していく。

 

「報告にあったクライン嬢の乗っていたであろう民間船だが、調査の結果武装の類いは無かったそうだ。それでいて、目的は追悼慰霊。であれば、悪いのは100%こちらだ。これがZAFTのメンバーだというなら話は別だがね」

 

「しかし彼女は!」

 

「父親がZAFTのトップだということだろう?それくらいは知っている。だが、それでも『民間人』だよ」

 

「くっ……」

 

ユージの言うことも、わからないでもない。彼女はたしかにプラントにとって重要な人物だが、戦いに巻き込んで良いような人物ではない。

それでも、とナタルは続ける。

 

「彼女は重要な人物です。それをそのままプラントに返すなど」

 

そこまで聞いてユージは立ち止まり、ナタルを見つめる。

 

「なるほど、つまり君はこう言いたいわけだな?『彼女はプラントとの交渉を有利に進められるカードであり、それを見逃す手はない』、と。驚いたな、今の士官学校では、民間人を人質に取ってでも戦争に勝つことこそが至上である、と教えられているのかね?」

 

「っ!それは……しかし!」

 

「戦争とは非情なもの、私だってわかっているよ。だが最低限守るべきルールというものはあるんだ。それとも、君は連合軍が『可憐な少女を人質に取ることで勝利した』などと後世に言われるようにしたいのかい?話は終わりだ」

 

「……はい」

 

「それに、私が何を言おうとも結局彼女の処遇を決めるべきはハルバートン提督を初めとする将官なんだ。我々は、彼女を提督のところまでお連れすることに専念すればいい」

 

それを聞いて、ナタルも今度こそ沈黙する。たしかに、中佐が最高階級である現在のこの艦隊では、ラクス・クラインは手に余る存在だ。しかるべきところまで連れて行って、しかるべき人間に身柄を預ける。それがベストなのだ。

ユージとしてはなんとかナタルを納得させられたことに安堵しながら、先ほど見たものについて思い出す。

 

ラクス・クライン(Eランク)

指揮 5 魅力 10

射撃 5 格闘 2

耐久 8 反応 5

SEED 2

 

得意分野 ・指揮 ・魅力

 

やはり、彼女も戦いに参加しうる人間なのだということがわかる。おそらくだが、MSにも乗せようと思えば乗せられるのだろう。育ちきれば大体170%まで機体性能を発揮できる計算だ(参考までに、”デュエル”の限界性能は170%。Sランクまで成長したラクスはデュエルの性能を最大限発揮出来る計算)。

だとしても、彼女が戦いに出るようなことにならないようにしたいと思う。

ラクス・クライン。「機動戦士ガンダムSEED」のヒロインの一人であり、作中でも最重要人物。

登場当初は天然なお姫様のような振る舞いでありながら、再登場した時にはどこか超然とした姿の女傑。戦争を終わらせたいと願う人間の一人であり、キラのように信頼出来ると判断した人間に“フリーダム”という剣を託すなど、「ガンダムSEED」という物語において必要不可欠なポジションにある人間。

しかし、前世において彼女はかなり賛否両論な人物だったとも思い返す。

ZAFTの最高機密である”フリーダム”を勝手に個人に渡す。新造戦艦に乗ってプラントから逃げ出す。独自の武装勢力を率いて連合とZAFTの戦いに介入する。他にも、常識外れな行動を繰り返した。

 

(「戦争を混乱させるだけ混乱させて、後は表舞台から引っ込んだ」「戦いは悲しいとか言いながら武装組織を設立してる」「ラクシズ教祖」……だいぶ言われていたな)

 

他にも、様々な批判があったと思い返す。

実のところ、前世におけるユージにも、彼女に対して否定的なスタンスを取っている時期があった。「なんだか超然としていて、理解しづらいキャラクターだな」と。

だが、今はそういうスタンスは取っていない。というのも、かつてのユージがそういう印象を持っていたのは、インターネットの各所でラクスへの批判を聞いている内に、自分も影響されてしまっていたからだ。

割合は少ないが、ラクスという人物を真剣かつ深く考察したスレッドなども存在し、そういったものを眺めていくうちに「ラクスというキャラクターはけして全てを認められる人物ではないが、それでも信念を持ってSEED世界を生き抜いた一個人」という価値観を確立していた。

つまるところ、彼女も戦争さえなければ『ただの歌姫』でいれたはずの人物であり、彼女のような存在が戦争に参加しなくてよい世界にすることが、自分達軍人の仕事なのだ。ユージはそう結論づけた。

そしてなにより、ユージは『ラクス・クライン』というキャラクターは知っていても、『ラクス・クライン』という人間について知っていることなどほとんど無い。会話したこともない人間を一方的に批評するなど、それこそブルーコスモス過激派となんら変わらないだろう。

ユージは、まずはただ一人の少女であるラクスと接していく決意を固めていたのだった。

 

 

 

 

 

『コーディネイターのくせに、なれなれしくしないで!』

 

キラは通路をラクスと共に歩きながら、先ほどの出来事について思い返す。

事の発端は、食堂でミリアリアが避難民の一人であるフレイ・アルスターに、『ラクスの分の食事を持って行って欲しい』と依頼したのをフレイが断ったところにある。

フレイはコーディネイターであるラクスへ食事を届けることを嫌がり、どうしたものかと揉めていたところに、あろうことか当のラクスが現れたことが混乱を加速させた

フレイは『ZAFTの子がどうして出歩いているのか』と驚きの声を挙げ、ラクスは『ZAFTではない』とやんわり応じる。

そして、フレイが言い放ったのだ。『コーディネイターなんだから、同じだ』、と。フレイにとって、ラクスがZAFTであるかどうかなど関係なく、コーディネイターであることを理由に拒絶しているのだ。

キラは悲しかった。戦争から遠く感じられる穏やかな少女であるラクスにも、コーディネイターであるというだけで攻撃的になれてしまう人間がいることが。ナチュラルとコーディネイター。けして変えられない運命を実感した気分だった。

やがてラクスが使用している士官室までたどり着くと、キラはその手に持った食事のトレーをテーブルに置く。結局、キラが食事を持って行くことになったのだ。

 

「またここにいなくてはいけませんの?」

 

「ええ……そうですよ」

 

寂しそうに尋ねてくるラクスに、キラはなんとか笑顔を見せながら答える。

 

「ここはやっぱり地球軍の船で、コーディネイターのこと……あまり好きじゃないって人もいるし。ってか、今は敵同士ですから、しかたないと思います」

 

「残念ですわね……」

 

ラクスは少し()()()()表情を見せながら、呟く。しかし、一転してすぐに笑顔をキラに見せる。

 

「でも、あなたは優しいんですのね。ありがとう」

 

「……違います。僕はやさしくなんかない」

 

キラはラクスの礼を聞いて、急に後ろめたい気分になる。

人の命をいくつも奪って、挙げ句その罪から『仕方ないのだ』と逃げている自分が、優しいわけもない。もし自分がナチュラルだったら、フレイと同じようにラクスを排しようと考えていたかもしれない。

ただ周りに流されてここまで来た自分が、誰かに認められるわけもないのだ。

 

「僕も、コーディネイターですから」

 

ああ、言ってしまった。

ついにキラは、『自分があなたに優しくするのは、同じコーディネイターだからだ』と言ってしまった。次に飛んでくるのは、『なぜコーディネイターが地球軍に』という疑問だろうか?自分だって、連合にも大勢コーディネイターが所属していることをついこの間知ったばかりなのだから、ぼんやりしたこの少女がそのことを知らずに問うてくる可能性は十分にあり得た。

 

「……あなたが優しいのは、あなただからでしょう?」

 

それを聞いて、キラはハッとする。予想が裏切られたというのもあるが、なによりその内容がキラの心に響いた。

コーディネイターだから、ではなく、キラ・ヤマトだから。それは、先日のカシンの言葉と重なった。

 

『力があるからじゃない、誰かの命を背負えたあなたの『勇気』を認めているだけ』

 

何故だろう、どちらも自分のことを認めた言葉の筈なのに、受け入れられないのは。

自分だって好きで戦ってるわけじゃない。しかし、『戦わなければいけない苦しみをわかって欲しい』と思っていたのは事実だ。カシンと目の前の少女は認めてくれたのに、なぜ受け入れられずにいるのか?

この時点でキラの中には、『自分はコーディネイターだから仕方ない』という諦めが芽生えていた。しかし、キラはこれを無意識のうちに『だから戦うことになったのは不可抗力だし、人を殺すことになっても仕方ない』という『逃げ』にも用いていた。

女性達の言葉を受け止めてしまえば、『力を持ったコーディネイター』ではなく、『キラ・ヤマト』が。

人を殺して生きていることを認めることになってしまう。

キラは耐えきれず、半ばムキになって否定しようとした。『知ったようなことを言うな』、と。お前のような戦争を知らない人間に何がわかる、と。

しかし、気付く。───自分もこの少女のことを、名前さえ知らない。

 

「えっと、あの……」

 

「どうなさいましたか?」

 

「……名前。知らなかったなって」

 

一瞬の間。それを聞いたラクスは、ああ、そういえば、と手を打つ。

ラクスはスカートをつまみながら、たおやかに礼をした。

 

「申し遅れましていましたわ。わたくし、ラクス・クラインと申しますの。……あなたのお名前を、教えてくださいな」

 

「……キラ。キラ・ヤマトです」

 

「キラ様、ですわね。わたくしも、先ほどはあなたの事情も知らずに言いすぎてしまいました。よろしければ、もっとお話しませんか?互いを知らないままでいるのは、とても悲しいことですわ」

 

「あっ……」

 

ラクスから差し伸べられる手を見て、キラは知る。

彼女が自分を『優しい』と評したのも、お互いを知りたいという言葉も。全て、彼女の本心から出た言葉なのだと。

彼女は、『コーディネイター』という立場も、『連合軍の兵士』という肩書きも無視して、『キラ・ヤマト』と話をしようとしている。

手を伸ばして、つかみ返したくなる。ふと顔を上げて彼女の顔を見ると、柔らかな微笑みが目に入る。見つめ続けていると、引き込まれてしまいそうで……。

キラは我に返ると、慌てて回れ右をして部屋から出ようとした。

 

ガンっっっっっ。

 

「あだっ」

 

しかし、士官室のドアは自動式であり、一度ドアの前で立ち止まる必要がある。

つまりどういうことかと言うと。キラはラクスに見とれていることに気付いて急に照れくさくなり、照れ隠しのために立ち去ろうとしたが、勢い余って扉とキスしてしまったということだ。

一瞬、ぽかんとした空気が部屋の中に漂う。キラがゆっくりとラクスを振り返ると、心なしかぽかんとしたような表情をしている。

キラは先ほどとは違った恥ずかしさを伴って、今度こそ部屋から慎重に退出する。ラクスが垣間見たその横顔は、赤く染まっていた。

 

 

 

 

 

「なにやってんだ、僕……」

 

キラは部屋から出ると、そのまま近くの壁に寄りかかる。

本当に、何をやっているのかと思う。ラクスの言葉を聞いてムキになりかけたり、照れ隠しで自爆したり……。

だが、何故だろう。不思議と不快な思いはなく、むしろ楽になったような気がする。───彼女が、認めてくれたからだろうか?

仲のよい友人でも、ここまで共に戦ってきた軍人達でもなく、お互いに名前さえ知らなかった彼女が認めてくれたからなのだろうか。ただの、『キラ・ヤマト』を……。

 

「ラクス・クライン……」

 

その名を、口に出してみる。透き通るような響きがある、と感じた。

もう一度、彼女と話をしたいと思った。ただの『キラ・ヤマト』として。

それにしても、綺麗で細い手だった。もう少しで、あの手を握れたのだろうか。キラは自分の手を見つめる。

 

「おーい、キラ……キラ?」

 

通路の先から駆け寄ってきたサイの声に動揺して、挙動不審になってしまったのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

「……」

 

<テヤンデイ!>

 

部屋の中に残ったラクスは、ふと笑みをこぼす。

部屋に入る前はあれほど暗い顔をしていたが、慌てて部屋から出て行く時に見せたのは、どこか親しみが持てる年相応のもの。

不思議なものだと思う。

ベッドに腰掛けながら、更に思いを巡らせていくラクス。

 

「キラ・ヤマト……優しいだけでなく、お可愛いところもある方なのですね」

 

自分も伊達にアイドルをやっているわけではない。自分の容姿が、多少は整っていることは自覚している。

きっと、部屋から出て行く時の姿の方が素なのだろう。そんな彼があのような沈んだ顔を見せるのは、何か辛い経験をしてしまったということは想像できる。

おそらく、コーディネイターであることを理由に辛い思いをしてきたのだろう。先ほどの、フレイという少女との一場面もその一つでしかないのだ。あの場面だけであそこまで沈むことはない、と推測する。

彼のような少年が曇ってしまうような、世界。そのような世界は嫌だと思う。だが、自分に何が出来るだろうか。彼の話を聞いてあげることは出来るだろう。だが、それで根本の原因が絶てるわけでもない。

ラクスは“ユニウス・セブン”まで追悼慰霊に来ていた。だが、結局今の自分に出来ることはそれくらいしかないのだ。戦争終結を願い歌っても、それが戦争終結につながるのだろうか?

知らなければならない。自分が世界に対して何を出来るのか。そして見つめ直さなければならない。自分が、どんな世界を目指しているのか。

今は、出来ることは少ない。だから、せめて。

ラクスは一度目を閉じた後、歌い始めた。

今の自分にはそれだけしか出来なくて、そうするべきで、そうしたいと思ったから。

 

 

 

 

 

「きれいな声だな……」

 

サイの呟きに、同意する。

キラはサイから、フレイの発したコーディネイター蔑視発言に対しての謝罪を受けていた。自分がやったわけでもないのに、やはりサイは律儀だと思う。

歩きながら話をしていたところ、ラクスの歌声が聞こえてきたのだ。サイはそれを聞いて、綺麗だと褒めた。キラもそれに同意する。

綺麗な歌を聴いて、綺麗だと感じるのはナチュラルでもコーディネイターでも一緒なのだ。なぜ、戦争をしてしまうのだろうか……。

しかし、次のサイの言葉を聞いて、キラは凍り付く。

 

「───でもやっぱ、それも遺伝子弄ってそうしたもんなのかね?」

 

きっと、サイは悪気があって言ったわけでは無く、純粋に興味から発言したのだろう。

しかし、それは。気心の知れた友人であっても無意識に『コーディネイターだから出来る』と考えているのだという認識をキラに与えてしまった。

キラの心は、再び暗い闇に落ちていこうとする。

 

「それはぁ、違うと思いますよお?」

 

「え?」

 

不意に後ろから声を掛けられ、キラとサイは振り向く。

そこにいたのは、ギクシャクした関係になってしまったカシン。そして、もう一人。

たしか、セシル・ノマ曹長と言っただろうか?

おそらく、先ほどの発言は彼女のものだろう。カシンは、ああも間延びした話し方をしないのはわかっている。

 

「えっと、ノマ曹長、でしたっけ」

 

「はいぃ、セシル・ノマ曹長ですぅ」

 

「こんにちわ、キラ君、サイ君」

 

「どうして、お二人がこちらに?」

 

そうキラが聞くと、若干困ったような顔をしてカシンが答える。

 

「ほら、先ほどクラインさんが部屋から出てきてしまったでしょ?それを聞きつけたムラマツ隊長が、直接監視する人員が必要だって」

 

「それで、たまたま手空きだった私達を初めとして、ローテーションで女の人がクラインさんの面倒を見ることになったんですよぉ」

 

「ああ……」

 

たしかに、もう一度同じことが起こって騒動を起こされてはたまったものではない。同じ女性の方が気も楽だろうし、ユージの判断は妥当だ。

 

「それで、その、曹長……」

 

「んぇ?あ、そうでしたぁ。クラインさんの歌が、遺伝子弄ったからなんじゃないかって話でしたねぇ。うーん……」

 

チラリ、とカシンを見る。立ち話で済ませるには少しばかり重い話だし、かといってカシンをそのまま付き合わせるのも気が引ける。

 

「セシル。私は先に行ってるから、お話が終わったらこっちに来て」

 

「たはぁ、すいませんカシンさん……」

 

「いいのいいの。じゃ、二人もまた」

 

そう言って、カシンはラクスの部屋の方へ向かっていった。

さて、と言い、セシルは歩き出した。

 

「立ち話もなんですし、あちらに休憩スペースがあるのでそこでお話しましょぉ。時間は大丈夫ですかぁ?」

 

「あ、はい。俺は大丈夫です。キラは?」

 

「え、ああ、うん。僕も大丈夫です」

 

「それはよかったですぅ」

 

セシルはそれを聞くと、今度こそ前を向いて歩き出す。キラとサイは顔を見合わせて不思議そうにした後に、彼女の後を追う。

果たして彼女は、自分達に何を伝えようとしているのだろうか?




なんてこった、キラとセシルの対話やりますって言ったのに…。すまん、ありゃ嘘だった。
……馬鹿やってないで、今回の話の解説にでもいきましょうか。

ユージのラクスへの価値観は、正直いって私のそれと同じです。
つまり、私はラクスのことが嫌いでもなんでもないんですね。一時は否定していた時期もあるんですけど。
ただ、可哀想なキャラクターだと思います。いや、脚本の被害者的な意味じゃなくて。
私個人の拙い考察なんですが、ラクスって本当に物語中盤、キラと再会するまでは戦争に直接関わる気がなかったのではないかと思います。そりゃ、父親がクライン派っていうか穏健派率いて何かやってることは知ってたでしょうけど、それでも戦場に自ら立とうって気はなかったと思います。
それでも戦場に立ったのは、戦争から離れられたはずのキラがもう一度、今度は自分の意思で戦うことを決めたから。キラという優しい人間が苦しみながらも戦いに向かおうとするのを見て、「ただ歌うだけでは何も出来ない」と思ったから。
「思いだけでも、力だけでもダメ」という言葉は、自分に言い聞かせる言葉でもあったのかもしれないと、自分は思っています。
それでも、彼女はやはり戦争をする人間ではありません(少なくとも私はそう思っている)。そんな彼女が戦争に出なくてはいけなくなってしまったことが、なんだか可哀想に思えるのです。
自分から戦争に参加したのはたしかなんですが、そう決断させた『ガンダムSEEDという世界』も悲しいっていうか。
まあ、こんな感じです。異論っていうか意見っていうかは、感想でも個人メッセージでも受け付けます。
ただ、口汚く彼女を非難するのは控えていただければ幸いですね。感想欄を見て、不快になる方がいらっしゃってはいけませんから。(訳:皆がラクスを嫌いとは限らないんだから、自重しろ)

それと、もうひとつ。なんだか妙に初々しいアトモスフィアが漂っていたのですが、いつの間にかああなってました。何を言ってるのかわからないと思うが、俺もさっぱ(ry

次回こそは、セシルとの対話を書ききってみせますから。堪忍してつかあさい!

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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