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衛星軌道上
”アークエンジェル” 格納庫
「……」
通常のMSよりも狭い”ストライク”のコクピット内で、キラは目を瞑り、瞑想していた。
これより”アークエンジェル”は地球、ハワイのオアフ島に降下する。その島に存在するZAFT軍基地を強襲を仕掛けるためだ。
敵陣中枢に飛び込むも同然であり、極めて危険な任務になる。───しかし、やるだけの価値があるものだった。
(オアフ島はハワイの中心地だ、そこさえ落とせばZAFTの戦力は大きく低下する。戦いを早く終わらせるためには、必要なことだ……)
出来ることは全てやった。”アークエンジェル隊”が率いる降下部隊への支援も約束されている。だから、そこについての心配はしていなかった。
キラが瞑想をしているのは、何かしらの予感とでも言うべきものがあったからだ。
───きっと、
理屈では無い直感がキラの中で警鐘を鳴らしていた。
(今度は……見逃してくれないだろうな)
以前に戦った時は海上、しかも周囲に他者がいなかったがために見逃してくれたのだ。キラはそう考えていた。
しかし、今回はそうもいくまい。
戦いたくはない。しかし、戦う以外に道は無い。キラが戦うと決めた時からそれは決定事項だ。
「よし……」
キラはこれ以上の瞑想に意味が無いことを悟り、目を開けた。
───どうせやることは変わらないのだから、後は全力で駆け抜けるだけだろう。
(ちょっと前の僕じゃ、こんな風に決断出来なかっただろうな)
4ヶ月ほど前までの、ただの工業カレッジの学生だった頃の自分を思い出して苦笑するキラ。
<作戦直前で思い出し笑いか? 随分と余裕だな、ソード1>
「あぁ、ごめん。ここに来るまで、色々あったなぁってさ」
<……まぁ、それは事実だが>
キラを諫めるように開いた通信画面の先で、スノウは
この奇妙な信頼関係がある少女とも、出会って2ヶ月も経っていない。にも関わらず気楽な調子で話せるのは、ここに至るまでの経験がとても濃密なものだったからだ。
戦って、傷ついて、それでも立ち上がって。そうして仲間となっていった少女。
否、スノウだけではない。
<なになに、作戦前のおしゃべりタイム? ヒルダさんも混ぜてよ>
<単に、気の抜けた奴を諫めていただけだ>
2人の会話に混ざって来たヒルデガルダも、アフリカでの大陸で大きく成長した仲間だ。
生来の人の良さに強さが備わり、部隊の頼れるムードメーカーとなった彼女の明るさにはキラも助けられている。
<いいじゃねぇか、無駄に固くなっているよりはさ!>
<今回も危険な戦いではあるけど、他の味方からの支援も十分にある。キラ君を見習って、僕もリラックスしておかないとな>
マイケルとベントの2人は、実力ではメンバー内で低い方だが、キラ達を信じて自分の役割に集中する頼れる仲間だ。
また、同性かつ自分と歳の近い彼らとのコミュニケーションは、スノウ達とはまた違った安心感をキラにもたらしてくれる。
<───時間だ。お前ら、準備はいいな!?>
そんな和やかな雰囲気を引き締めるのは、ついにMS乗りに復帰したムウだ。
アフリカでの最後の戦いで左腕を銃撃された彼だが、なんとかMS戦を行なっても問題無い程度にまで回復したのだ。
乗機をヒルデガルダに渡していた彼のために新しく”ダガー”が配備されており、これで”アークエンジェル”隊の戦力は完全復活したと言って良いだろう。
彼が指揮官として戦場を見てくれているおかげで生き延びられた場面も少なくない。
(───大丈夫だ)
自分は1人ではなく、仲間がいてくれる。キラの問題も、一緒に背負おうとしてくれる仲間が。
なら、きっと大丈夫だ。今回も、きっと乗り越えられる。
「準備、出来てます!」
<トール、少しいいか?>
ムウによる作戦の手順確認が終わった後、愛機である“アームドグラスパー”の各種数値をチェックしていたトールの元に通信が届く。
アフリカで仲間になったイーサン・ブレイクだ。
”アークエンジェル隊”の仲間になってから日が浅い彼だが、卓越した航空機の操縦技術を持ち、高い協調性も持つ彼は受け入れられていた。
特にトールは、同じ航空機乗りとして師事を受けていたこともあって慕っていた。
「は、はい。なんでしょうかイーサンさん」
<無理を言うことになるかもしれないが……今回の戦い、出来る限り俺の動きから学ぶつもりでやってくれ>
「え?」
<たぶん、今回がお前達と一緒に戦う最後の機会になるだろうからな>
イーサンの言葉が理解出来ず、目をしばたたかせるトール。
罰が悪そうに、イーサンは続ける。
<成り行きでこの隊に入隊した俺だが、本来は大西洋連邦空軍の所属だ。お前らは宇宙軍だろ?>
「あ……」
言われてみればそうだが、イーサンはあくまで空軍一本でここまで生きてきた男だ。宇宙での戦いは専門外ということになる。
そして、この『オペレーション・ブルースフィア』が終われば”アークエンジェル”は宇宙に帰還することになるだろうと見られている。ハワイを奪還することさえ出来れば、あとは地上の部隊だけで残るZAFT地上軍は対処出来るからだ。
おそらく、この戦いの後にイーサンには転属命令が下るだろう。
複雑な感情を抱くトール。
イーサンには航空機の使い方について色々なことを教えて貰っている、師弟のような関係だ。別れを素直に受け止めたくないのは、仕方の無いことだった。
<お前はまだまだ未熟だ、俺も中途半端なままで別れるのは心苦しい。だから、今回でできる限り多くを学び取れ。───生き延びるために>
「イーサンさん……」
<なーに、未熟だがお前は筋が良い!───きっと大丈夫さ。戦争が終わったら、今度はみっちり鍛えてやるよ>
「っ……はい!」
イーサンの笑みに、笑みを返すトール。
そう、今回の戦いで別れるとしても、それは永遠ではない。戦争さえ終われば、またいつだって会える筈だ。
気合いを入れ直したトールは、今度は”アームドグラスパー”のチェックをするのではなく、じっと出撃の時を待つようにした。ここまで幾度もの点検を行なったのだ、問題が起こるとすればパイロットの方だろう。
準備は万端だ。トールはそう思った。
───その決意に、致命的な見落としがあることに気付かないまま。
ハワイ諸島上空
<敵降下部隊を確認した、これより攻撃を開始する>
高度2万メートル近い上空で、大気圏突入を完了した”アークエンジェル”と降下カプセル。そこを狙って攻撃を仕掛けようとする者達がいた。
ZAFT地上軍の高高度戦闘部隊。自分達の十八番と言えるMSの降下戦術の有用性をZAFTは理解しており、その対策のために用意された戦力だ。
”インフェストゥスⅡ・高高度戦闘仕様”に搭乗した彼らはまっすぐに降下部隊の元に向かい、今にも牙を剥こうとしている。
<───やらせるかよ、素人共が!>
そこに待ったを掛けるのは、地球連合空軍の高高度戦闘部隊の”スカイグラスパー・ハイオルティチュードストライカー装備”の編隊だ。
『ハイオルティチュードストライカー』はストライカーと名付けられてはいるが、実際は”スカイグラスパー”のために開発された装備であり、2万メートルを超える高高度で戦うためにロケットブースターを装備している。
万能戦闘機の面目躍如と言わんばかりに現れた”スカイグラスパー”の編隊に対し、ZAFT側の取った行動は、直進だった。
”スカイグラスパー”の存在を気にせず、降下部隊への攻撃を優先しようというのだ。
<奴らの機体、一部の動きが悪い……AI制御の無人機か!>
<なるほど、いざとなりゃぶつけてでも降下部隊を止めるってわけか。───やらせねえよ!>
高高度での作戦を完遂させるために、連合軍は精鋭達を集めた。彼らは敵機の挙動の不審な点を見逃さず、敵の狙いを見抜く。
高高度における戦闘は極めて危険であり、人的資源の量で大きく劣るZAFTとしてはできる限り避けたい。
そのため、この場に存在する”インフェストゥスⅡ”の多くは無人機であり、事前に定められた標的に対する攻撃を行なうだけの存在だ。
”スカイグラスパー”はその中に含まれていない。
<1機も逃すな、撃ち落とせ!>
<あぁ、ジョン・レイの降下ポッドがやられた!>
<くっ、脱出を……>
<ダメだ、あれはもう……>
───誰かの悲鳴が聞こえる。キラは努めて感情を動かさないように目を瞑り、じっと耐えた。
”アークエンジェル”に乗っているキラ達と違い、降下ポッドに乗り込んでいる兵達はその無防備な姿を晒している。”スカイグラスパー”も全力で防衛に当たってくれているだろうが、それでも防ぎ切れない攻撃は存在するのだ。
彼らを待ち受けるのは高高度戦闘機だけではない。地上に配置されているだろう対空施設もまた、大きな脅威だ。
(早く……早く……!)
操縦桿を握る手に力が入る。緊張の証だ。
自分を落ち着かせようにも、耳に飛び込む悲鳴の数々がそれを許さない。
それでも、キラはじっと自分の出番を待ち続けた。
<───高度、1万2000メートル地点を通過!>
<アンチビーム爆雷、投下開始!>
<ソード1、発進準備!>
カッと目を開くキラ。遂に、出番が来たのだ。
「いつでもいけます!」
<アンチビーム爆雷の爆発と同時に射出する。……死ぬなよ、キラ>
キラは通信画面の先のサイにサムズアップで返答し、最後に敬礼で締めた。キラ・ヤマトとして、1人の軍人として戦う決意を示すためだ。
それに応えるように、サイも敬礼を以て返す。
<アンチビーム爆雷、起爆を確認!───発進どうぞ!>
「ソード1、”コマンドー・ガンダム”、いきます!」
勢い良くカタパルトで打ち出され、直後に真下に自由落下を始める”重装パワードストライク”……もとい、”コマンドー・ガンダム”。
アフリカ大陸で使用した後に一度補給部隊に引き取られたこの火力重視の装備だが、今回の作戦でキラが担う役割がために再度”アークエンジェル”に配備されたのだ。
その役割とは、『単独での先行降下』。文字通り、”コマンドー・ガンダム”だけで先に降下し、着陸地点付近の敵を排除することが目的だ。
普通に考えれば1機にやらせるような仕事ではないが、様々な条件を考慮した上でこの案が実行に移されたのだ。
「アンチビーム爆雷は正常に機能しているな……有り難い」
PS装甲を持つ”コマンドー・ガンダム”ならば、ミサイルや機銃は無視して降下することが可能だ。
それに加えて、降下し始める前に“アークエンジェル”から投下されていたアンチビーム爆雷のおかげで、対空ビーム砲は”コマンドー・ガンダム”に届く前に拡散してしまう。
防御の面での問題をクリアした後の問題は火力だが、単機で敵基地を殲滅することも可能な”コマンドー・ガンダム”にとって考慮する必要はない。
要するに、”コマンドー・ガンダム”だけが安定して降下し、制圧する火力を保持することが可能だったのだ。
「取得データと地図の照合完了、無誘導ロケット弾の着弾地点指定……」
キラの手が忙しなくキーボードを叩き、敵の対空施設が存在するだろう地点をロックオンしていく。
マルチロックオンシステムなどという物が無い”コマンドー・ガンダム”が複数の敵を正確に撃つためには、全ての標的を手動でロックオンする必要がある。
降下しながらそんなことが出来るのはキラしかいないというのも、このプランが採用された理由だろう。
「今だっ!」
高度計が2000メートルを切ったタイミングで、キラは”コマンドー・ガンダム”の全身に取り付けられた無誘導ロケット弾を全弾発射した。
単機でMS中隊以上の火力を発揮する”コマンドー・ガンダム”のそれは、物量と正確性を両立しながら敵陣地に降り注いでいく。
<『白い悪魔』め、よくもっ!>
降下してきた”コマンドー・ガンダム”に”ディン”部隊が襲い掛かる。今は”コマンドー・ガンダム”に攻撃してきているが、もう少し時間が経てば降下部隊に牙を剥くだろう。
キラは標的を切り替え、左手のアームガトリング『ハーゲル』を発射する。
「死にたくないだろ、退いてくれ!」
<こいつ、あんな重装備で何故ここまで空中戦が出来るんだ!?>
自由落下の勢いを殺さずに、しかし敵からの攻撃を避けつつ反撃してくる”コマンドー・ガンダム”に戦慄するZAFT兵達。
もはやナチュラルだコーディネイターだを超えた超越的技量、そこに怯えを覚えてしまっては、ただでさえ気流に流されて不安定な攻撃の精度が更に低くなる。
「パラシュート展開!」
散発的な攻撃を悠々と回避するだけでなく、ついでと言わんばかりに”ディン”を複数撃墜しながら、キラは”コマンドー・ガンダム”の背中に取り付けられたパラシュートを起動した。
一気に自由落下の勢いが殺され、その分の衝撃がキラを襲うが、それでもキラの手が止まることは無い。
パラシュートを開いたことによって落下軌道が変化した”コマンドー・ガンダム”は、ロケット弾で破壊しきれなかった対空砲やミサイルシステムに、右手のビームライフルを発射していった。
「敵対空陣地の制圧率、90%突破!」
そのことを確認したキラはパラシュートを切り離し、地面に向かって斜め方向から着地する。
周囲の木々をなぎ払いながら着地した”コマンドー・ガンダム”。
ガション、と音を立ててビームライフルと『ハーゲル』を構えた先には、僅かに残った対空砲台と、懸命に”コマンドー・ガンダム”に立ち向かおうとする敵MS隊の姿だった。
「───これより、残存戦力の殲滅を開始します」
<化け物め……!>
眼下で味方を蹂躙していく”コマンドー・ガンダム”の姿を見て、”ディン”のパイロットは歯ぎしりをする。
ヒロイックな赤、青、白のトリコロールをしたそのMSは、その印象とは逆に容赦なくZAFTの同志達を吹き飛ばしていった。怒りはあるが、それ以上に恐怖がある。
───本当にあれを操っているのは人間なのか?
しかしながら、彼もまたZAFT軍人としての矜持を持つ1人の兵士だった。このまま敵を放置しておくわけにはいかない。
<各機、あの『ガンダム』を止め……!?>
指示を出そうとした隊長機の”ディン”は、全てを言い切る前に上から振ってきた何者かに翼を撃ち抜かれ、そのまま墜落していった。
上を見上げた者達の目に映ったのは、翼のようなユニットが目立つ、『ガンダム』のような青いMSの姿。
───最強の傭兵、叢雲 劾の操る“アストレイブルーフレーム・セカンドL”だ。
一定以下の高度に到達した降下ポッドは分解し、内部のMS達を放出していたのだ。
「下ばかりを見て、注意力が足りないな。敵は”ストライク”だけではないんだぞ?」
見下す意図があるわけでも無く、ただ事実を言い捨てる劾。
”ブルーフレーム・セカンドL”は淡々と両手に持った実弾ライフルを構え、次々と”ディン”を撃ち抜いていく。
このライフルはマイウス・ミリタリー・インダストリー社が開発したMS用実弾ライフル*1であり、系統で言えば”ジン”が装備する76mm重突撃機銃と同じ型の武装だ。
同社は半ば『プラント』の国営とでもいうべき企業だが、劾は傭兵としての伝手を使ってこの武装を入手したのだ。
単発発射式で扱いの難しいこの武装だが、劾は悠々と使いこなし、”ディン”を撃ち落としていく。
<俺もいるぜ!>
劾に気を引かれている”ディン”隊に、更なる襲撃者が襲い掛かる。イライジャ・キールの操る専用の”ジン”だ。
落下の勢いを付けて振り下ろされた重斬刀は”ディン”を裁断し、空に花火を咲かせる。
「イライジャ、地上を頼む」
<任せろ!>
劾の一言で、イライジャは降下の勢いを強める。劾よりも先に地上に到達するためだ。
「援護するので先に地上に降りて安全を確保しろ」、劾の言葉に込められたそんな意図を、イライジャは間違えること無く読み取った。
長い間、共に戦ってきた戦友だからこそ為せる連携だった。
「降下ポッドの損耗数は1か……」
他の降下ポッドからも続々と連合軍のMS達が姿を現していく光景を見ながら、劾は冷静に戦局を分析する。
敵陣中枢に突入する部隊は激しい攻撃に晒される。実際、ZAFTが戦争初期に実施した『第1次ビクトリア基地攻略戦』では、地上部隊の支援が無かったことや連合軍の高高度迎撃部隊の手で多くの戦力を撃破されたことが敗因だ。
そのことを理解していただろうZAFTも迎撃部隊は出していたようだが、結果は降下ポッドを1つ撃墜したのみ。
これはZAFTが無能なわけではない。連合が、地力で上回っていたのだ。
「連合も本気か……」
勝てる。ここまでの戦況の分析から導き出された客観的結論と、劾の傭兵としての勘がそう告げていた。
だが、
(何処だ……何処から、誰を狙っている?)
劾が勝利を確信出来ない一点、それは、何者かの『殺気』が原因だ。
まるで、人類全てに向けるべきそれを個人に向けたような。
(戦いながら探る他に無いか……)
<劾、片付いたぞ!>
「分かった」
イライジャの声に答えて”ブルーフレーム・セカンドL”を向かわせる劾。
チリチリと、余波だけで首筋を焼くような殺気。───だとしても、彼らのやることは変わらない。
彼らは『サーペントテール』。どんな敵が現れようと、障害となるならば取り除き、依頼を完遂する傭兵なのだから。
やっと会えるね、お兄さん?
劇場版SEEDを見に行ってない人は悪いことは言いません。
見にいってください。
僕らのC.Eが待っています。
今回地味に再登場したコマンドー・ガンダムの降下シーンですが、『アルドノア・ゼロ』11話の降下シーンを一部参考にしております。
戦闘描写が素晴らしいロボットアニメなので、暇だったが見てみることをオススメします。
最終話らへんの展開は賛否ありますが……。
あと、活動報告を更新しました。劇場版絡みなので、良かったら覗いていってください。
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。